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■オープニング本文 血も涙もないのは、肉の身ではないからだ。 痛みを知らず、四肢は冷たく、呼吸はなく。 けれど心はある。 からくり。 主のため、剣を手に舞い踊る自動人形は、そう呼ばれた。 ●大アヤカシの陰謀 瘴気に蝕まれる浮遊大陸、天儀。 汚濁の源である魔の森には、大アヤカシと呼ばれるヌシがいる。 ヌシの一人、於裂狐(おさき)の前に僧がひれ伏している。 僧はまだ若く、衣装から察するに位も低いようだ。まだまだ勤行より雑用の方に手を取られる身分といったところか。そんな彼の報告を聞き、於裂狐は満足げにうなずいた。 「クリノカラカミ遺跡の、警備が手薄になっているのか。よい知らせだ。おまえを間者に選んで正解だった。褒美を取らす、近う寄れ」 僧はへつらいの笑みを浮かべて顔を上げた。於裂狐は微笑したまま坊主頭に手を乗せ、握り潰した。 傍仕えの女が、身にまとう着物の袖を差し出す。白い振り袖で血をぬぐい、於裂狐は氷のような美貌をほころばせた。 「今ならば遺跡に侵入し、カラカミを封印できるやもしれん。さすればからくりが動きを止め、天儀にさらなる混乱を招くことができよう。『狐妖姫』、この件そなたに任せる。吉報を待っているぞ」 「御意」 血染めの振り袖のまま、女は立ち上がる。 負の感情をすする大アヤカシは口の端を吊り上げた。背後の暗闇が揺れ、数々の魔物が赤い目を光らせた。 ●機械神クリノカラカミ 年若いギルドの女職員、翠嵐(すいらん iz0044)が、そこへたどり着いたのは昼を回った頃だった。 朝廷の管理する遭都(ほうと)の遺跡だ。最奥へ至ればクリノカラカミの御座所がある。 護衛として同行した開拓者とその相棒たちは、戸惑ったように遺跡を見つめた。 空気が重い。熱く、まるで怒気を孕んでいるように。凶暴な気配が立ち込め、侵入者を拒んでいる。 だが進まなくてはならない。 各地で起きるからくり異変について、神の声を聞くためにわざわざやってきたのだ。 一行は覚悟を決めて乗りこんだ。 奥は暗く、灯りがなくては進めそうにない。魔術師がマシャエライトを唱え、灯りを呼び出そうとした。 その瞬間、雷のような轟音が響き、魔術師は遺跡の外へ弾き出された。 相棒である人妖が、驚いて癒しの風を送ろうとした。続けて、人妖も吹き飛ぶ。 翠嵐が呆然とつぶやく。 「どうなされたのですか、クリノカラカミ様。精霊を尊ぶ術や技能を忌避なさるとは聞いていましたが……」 答えはない。ただ漆黒の闇が広がるばかり。 足を止めた一行の中から、影がひとつ前に出た。 人形のような作り物の体、パーツを組み合わせた姿。 からくりだ。 その相棒は深い暗闇を前にひざまずいた。 「掛けまくも畏きクリノカラカミよ。偉大なる鋼の神にして満ち足りぬ英知よ。 歯車と宝珠にて臓腑組みたる形人、からくりが申し奉る。お怒りを鎮めたまえ」 空気が軽くなった。 凶暴な気配は消え、心なしか温度も下がった気がする。からくりが振り返った。 「ひとまずご機嫌を直されたようです。しかしながら御座所では精霊術の使用を控えるべきでしょう」 翠嵐がからくりに近寄る。礼を言い、気になることを聞いた。 「一体、何が起きているのでしょう」 からくりは無表情のまま首を振る。 「わたくしどもにはわかりかねます。ですが、正体不明の不快感があります。おそらくあなたがた人間で言うところの、胸騒ぎというものでしょう。カラカミの気分を害する何かが迫っているのでしょうか」 なまぬるい風が吹いた。 うなずいた翠嵐はギルドに戻り、より多くの開拓者に頼ることにした。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 喪越(ia1670) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 菊池 志郎(ia5584) / 新咲 香澄(ia6036) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / フェンリエッタ(ib0018) / 明王院 千覚(ib0351) / フィン・ファルスト(ib0979) / 成田 光紀(ib1846) / ケロリーナ(ib2037) / 猛神 沙良(ib3204) / 禾室(ib3232) / 羽喰 琥珀(ib3263) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 針野(ib3728) / 紅雅(ib4326) / レティシア(ib4475) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ヤリーロ(ib5666) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 神座早紀(ib6735) / 玖雀(ib6816) / 円螺(ib6843) / 穂群(ib6844) / レト(ib6904) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / エルレーン(ib7455) / 伊吹童子(ib7945) / 嶽御前(ib7951) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108) / マストゥーレフ(ib9746) / 星芒(ib9755) / 音野寄 朔(ib9892) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978) / ウルイバッツァ(ic0233) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / 綾瀬 一葉(ic0487) / 冴葉(ic0937) / ニノ・コッポラ(ic0938) / 薊 白狐(ic0991) / 空亡(ic1042) |
■リプレイ本文 ●襲い来る、迎え撃つ 藪を焼き、岩を飛び越し、迫るアヤカシの軍勢を前に、余裕の笑みを浮かべるのは、音野寄 朔(ib9892)、オリヴィエ・フェイユ(ib9978)、鶫 梓(ic0379)、徒紫野 獅琅(ic0392)、綾瀬 一葉(ic0487)、 ニノ・コッポラ(ic0938)。 揃いの腕章は【翡翠】。 後方。駿龍、駿河の背で一葉は霊杖を振る。神楽を舞ったつもりらしい。 「俺、戦闘って本当向いてないんですよねー……。だから皆さん、よろしくどうぞ」 朔が羽ばたく駿河を見上げた。 「神聖な遺跡のついでに守ってあげるわ。機械神は興味深いけれど、巫女の貴方も私も相性が悪そうだし。何にせよ無粋者には退場願いましょう」 藪を蹴破り襲い来る火兎に、忍犬の和がダッシュから飛びつく。不意打ちをしかけたつもりが逆に食らった火兎の脳天へ、朔の白霊弾が炸裂する。和は喉笛を食いちぎり、続けて金切り声をあげる鬼面鳥めがけ、地を蹴り大きく跳ねた。 朔はギルドの女職員を振り返る。 「翠嵐さん。ここは私達が押さえます。早く遺跡まで」 「は、はい!」 駆け去って行く翠嵐への射線を防ぎ、朔は風を呼び傷を受けた仲間を癒す。 初陣に臨むからくり儚絲は、主の獅琅を見上げる。 「私は、いかように、動くべきでしょうか」 主の瞳が、駿龍の雛ごと岩の上へ陣取ったまま動かない梓を映す。 「獅琅君には指一本触れさせないわよ」 固い決意そのままに、文字通り矢継ぎ早で放たれる攻撃が鳥の羽根をもぎ、火兎の走りを乱す。 「あの人を任せる、よろしく。儚絲、気を付けて」 「かしこまりました」 言うなり儚絲は身をひるがえし、無痛の盾となり火兎の突進を遮った。燃え盛る獣の眉間を梓の猟兵射が射抜く。鬼面鳥が飛来し梓の頭をかじり取ろうとする。が、その前に雛が動いた。岩の上から跳び退り、距離をとる。 「雛! もっと右、獅琅君の動きが見えるところへ行って!」 逃げまわる雛に激を飛ばす梓の声を、獅琅は背中で受け止めた。思いに答えたかったけれど、何と返せばいいのか。気を付けて、それとも、がんばって? 思いつかず曖昧に笑い、皮の水筒をひっくりかえすと、頭から水を浴びた。火兎に対峙する。 「あは、焼け石に水、かも。雨が降ってくれりゃあな」 頭上には雲が重く垂れこめている。 甲龍トレアドールの上でニノは嘆かわしげに首を振る。 「身だしなみを崩してまで戦うなど。その点僕はきちんと髪の毛を固めてきたからな。戦いの途中に鏡を見るような間抜けなことはしないさ」 隣でオリヴィエは相棒からくりに声をかける。 「フレーズ、ボク達は前衛の援護です。今回も頑張りましょうね」 相棒は右へ左へ体を捌く獅琅の脇に入り、火兎へ制限を解除した一撃を叩き込む。苺をあしらった衣装を火が舐める。 「なんて物騒なのかしら。お洋服が汚れてしまいますわ。主様、新しいドレスを買ってくださる?」 「考えておきます。獅琅さん、キミの背中はボク達も守ります。だから、キミは構わず前進してください!」 火兎の足元から翡翠色の蔦が伸びる。しかし絡みつく直前、蔦はほどけて消えた。精霊の加護を断ち切る金切り声が響く。 オリヴィエに向けて朔が紅一色の扇子を振る。精霊との呼応の再開を肌で感じたオリヴィエは、眠りの呪文を重ねる。 「少しばかり黙っていてもらいましょうか」 鬼面鳥がぼとぼと地に落ちる。 抱っこしていたくまさん人形を、ニノが掲げる。愛くるしいくまさんの口が上下にめくれ上がり、連続で火球を吐き出す。直撃を受けた鬼面鳥がフライに変わる。 「くまさんごときにやられるなど哀れだな!」 「おっしゃるとおりですねー」 一葉が駿河を回りこませ、獅琅がカバーしきれない敵の注意を引く。クロウで牽制しつつ敵の部隊の分断を狙う。 (「きついかもしれないですけど頑張ってくださいね、駿河」) だが数が多い。捌ききれなかった鬼面鳥が一葉の首筋を狙った。 「庚、ごー!」 駿龍、庚の牙が鬼面鳥を食い破る。 翠嵐の願いに応えた同志、その危機を超越聴覚で拾った冴葉(ic0937)が、相棒に命じたのだった。 「どうも」 「いえい」 頭を下げた一葉に親指を立てて返すと、冴葉は火兎の懐にすばやく入り込み、忍者刀で逆袈裟に切りあげる。瘴気をあげてうめく獣。冴葉の周りで青い炎がうずまく。 「どっちの炎が強いやろか」 傷を狙い炎をまとった手刀を入れる。内側から焼き尽くされ、火兎であったものが崩れ落ちる。もはやそれには目もくれず、冴葉は自分を狙う異形どもを相手に口の端をつり上げた。 「アヤカシさんには退場願おーか。徹底的に排除せんとね。ほんなら、庚。うちのさぽーと、頼むで?」 ●遺跡へ 「翠嵐さん、こっちですよー」 遺跡の入り口で、柚乃(ia0638)が手を振った。忍犬の白房が主のもとまで先導する。緊張する翠嵐に柚乃は笑いかける。 「大丈夫ですよ。翠嵐さんは一応開拓者だけど、精霊術はてんでダメみたいですからクリノカラカミ様のお怒りには触れません」 「ちょっと哀しいような」 ハの字眉の翠嵐を相手に、柚乃はおとがいに人差し指を当て思案顔。 「からくり……まるで一つの不老不死のカタチみたいです。その身は造られしモノ。内に眠りしは古代人の魂……なんてね」 腕を組んだ喪越(ia1670)が大きくうなずく。 「からくりの総元締めとご対面できるたぁ、レアなチャンスだな。そこで! 俺様の超カッコイイグライダーの出番なわけよ!」 改造を重ねた滑空艇は空飛ぶ蕎麦屋台。ド派手な装飾の下に宝珠と鋼の無骨な機構がのぞいている。喪越は身をくねらす。 「名前からしてクリノカラカミ、機械だなんだにゃ興味津々。神出鬼没が売りの愛機、目のつけどころが俺様斬新。目指せ変形、行くぜ合体、肝潰すこと間違いなしYO!」 半身で振り向くなり両手でびっと翠嵐を指差す、つられて翠嵐もポーズをとる。 「そ、それだけ大きいと遺跡の中に運べないのでは」 確かに道中の罠や機構に対処できるかはわからなかった。 泣く泣く相棒を置いていく喪越を引きずり、一行は遺跡へ踏みいる。 神を目指して。 ●唸る鬼 火兎を率いる赤鬼に、新咲 香澄(ia6036)が迫る。 「敵の指揮官はキミなのかい? そんなわけないよね。あっちにもこっちにもいるしさ。観羅!」 「我に任せておけ」 懐で管狐が応え、光と化し消える。香澄の狩衣が銀の輝きを帯びた。翡翠隊の押さえる火兎の脇を抜ける。 一人飛び出した香澄に汗血鬼が棍棒を叩きこむ。金剛の鎧で耐えるが、血反吐を吐き足を止める。 全身が淡い桜がかった白に包まれ、痛みが消えた。振り向いた先には明王院 千覚(ib0351)と忍犬ぽちの姿がある。 「ご無理はなさらないで。あちらは強敵です」 かざした杖をさげた千覚は、生死流転の法を使わず済んでほっとした様子だ。胴乱に医薬品を詰めた格好で、千覚は香澄に走り寄る。 「鬼の注意は、私のぽちが引きます。さ、もう一度」 その言葉どおり、ぽちは離れた場所から苦無を投げつけ、咆哮烈を放つ。香澄を狙う火兎は冴葉に阻まれた。 礼を言った香澄は、今度こそ鬼の背面へ回りこんだ。観羅の輝きが符に集まり、尾の分かれた白狐に変じる。 強烈な攻撃を続けざまに食らい、汗血鬼は弾け飛んだ。 「どこにいるの、指揮官さん。いずれボクが叩き潰してあげるよっ」 周囲の火兎がおののき統率を失う。 ウルイバッツァ(ic0233)はアーマー「人狼」スメヤッツァの奥から興味深げにそれをながめる。 「あちらの動きを崩すことができるのですね」 頭をめぐらせばまた別の汗血鬼がいる。 スメヤッツァを動かしオーラダッシュで駆け抜ける。剣を振り回し、火のついた藪は手に届く端から切り払った。そして赤黒い肉体へライドスラッシュを放つが、棍棒に防がれる。 剣と棍棒が打ち合い、スメヤッツァの機体がたたらを踏む。だがウルイバッツァはうろたえない。 開いた道を踏み、相川・勝一(ia0675)とネオン・L・メサイア(ia8051)が迫るのが見えていたから。 「戦力分断なんてさせませんよ?」 ウルイバッツァはアーマーの中で薄く笑った。 仮面を付けた勝一が汗血鬼を狙い、神槍を投げる。 「これ以上先へ進ませるわけにはいかんな。まずは先手を取らせて貰う!」 背に刺さった槍は主の元へ戻ろうとしたが、憤怒の形相の汗血鬼に引き抜かれ、逆に得物にされてしまう。 「なにっ!」 「我は応援しておるで、頑張るがよい」 主の頭の上で人妖、桔梗は杯を傾けた。ネオンは人差し指を唇にあて、豊満な胸の谷間を強調し笑う。 「如何した勝一。此の程度で、もう参ったというのか?」 「ネオン様……其のようなことを言っている場合では……」 神槍を手にした汗血鬼がスメヤッツァを圧倒している。勝一は覚悟を決め、放り出された棍棒をとった。鬼の腕を狙う。避けてのけた汗血鬼が軸足を変え反撃に出る。勝一のみぞおちに槍の石突がめりこむ。 衝撃に杯から酒がこぼれた。桔梗は神風恩寵を勝一に送る。 「ほれ、まだやれるであろう? 限界まで頑張るがよい。……と、我の楽しみの邪魔をするでないわ。下衆なアヤカシが!」 ネオンも冷たい瞳で後方から鋼線をくりだす。 「おまえのような穢れし者が手にしていい槍ではないぞ、鬼め」 闇も切り裂く糸が眼前で踊り、足にからみつく。鼻が削げ、ふくらはぎが裂ける。顔を押さえてのけぞる汗血鬼の手首を強く打ちすえ、勝一は槍が地に落ちる前にすくいあげる。 「取った! このまま脳天を叩き潰させて貰おう。脳天唐竹割!」 首の骨ごとへしおれる音が響いた。 周囲の火兎が恐慌におちいる。跳ね回る火兎が退路を塞ぎ、藪がごうごうと燃える。 もふらのもふもふは主エルレーン(ib7455)の肩にひっついて離れない。 「もうっ、もふもふがんばってよっ!」 「え、ええ〜……む、無理もふううう!?」 牛馬ほどもある火兎の突進が主従をかすめる。もふもふの鼻先を炎が焼いた。 「無理もふ、無理もふ〜!」 泣きわめくもふもふは、これでもたいあたりなんかしてみようとしたんだ。がんばったんだ。誉めてあげてほしい。 「こっちだってたくさんいるけど……大人数で囲まれたら、こっちが負ける!」 彼女の読みは当たっていた。一騎当千の開拓者といえど、技能を封じられ炎に包まれてはなすすべもない。 「私は剣……私は盾ッ!」 数減らしを優先し、一体一体、確実に屠る。仲間のために、そして背のもふらのために。 熱気が珠の肌を焼き、火の粉が降りかかるも、アルマ・ムリフェイン(ib3629)の精霊の唄がやさしく撫で癒していく。 火兎と藪の位置を確認したアルマは相棒からくり、カフチェへいたずらっぽく笑いかける。 「いつも通りで平気?」 「何か問題でも、アル」 泥まみれの聖人の幻が、旋律と共に舞い踊り仲間を鼓舞する。アルマを狙った鬼面鳥が牙を向いた。金切り声が発せられる前に、カフチェの魔槍砲が火を噴いた。 (「……指揮者はどこかな」) 演奏の合間に手を休めては油断なく戦場を見渡す。カフチェは無痛の盾と人形祓を駆使しアルマを狙う火兎を遮る。エルレーンの桜が舞い、足をもぎ、首を跳ねる。 マストゥーレフ(ib9746)が口笛を吹く。 「こりゃありがたいねぇ、向こうの鬼への道が開けたよぅ。対応に向かおうかねぇ、ナーセル君」 「あんたに言われずとも」 妖精が炎を越えて飛んでいく。汗血鬼がうっとおしげに棍棒を振り回した。一撃でも命中すれば絶命する、しかしナーセルは笑みすら浮かべながら突撃していく。 「手を貸してくれないかい。あんなのでも私のかわいい相棒だからねぃ」 「もちろんです」 頼まれたヤリーロ(ib5666)がアーマー、ノッカーを動かす。オーラを噴出し瞬く間に距離をつめた。ナーセルと汗血鬼の間にわりこみ、腕に取りつけた盾をかまえる。棍棒が打ち付けられるが、ノッカーはびくともしない。 攻撃の手を変えようとした汗血鬼の隙を逃さず、ノッカーの戦斧が振りぬかれる。受け流そうとかまえられた棍棒が宙に吹き飛ぶ。不利を悟った汗血鬼は火兎に命じノッカーとナーセルを足止めさせ、自身は遠くへ落ちた棍棒へ向かう。 左右から影が飛び出した。 「一狩り……させて貰おうか……! 抜かるなよチビ助!」 右からは破軍(ib8103)が肉食獣のような咆哮をあげ、唐竹割を叩きつける。わき腹へ刃が食いこんだ。そして左からは。 「その隙……頂きます……っ!」 月雲 左京(ib8108)が刀に炎をまとわせる。気力を吸い上げ、炎は赤から紅へ、そして青へと変じた。 左腕を切り飛ばされた汗血鬼に黒い猫又、夜汐が飛びかかる。鋭い爪が顔をひっかき、血が噴きだす。さらに破軍の迅鷹、疾風が急降下する。片目を掻き出され、汗血鬼は絶叫する。破軍は侮蔑に唇をゆがめた。 「おいおい、ちったぁ手応えがあると思ってきたんだぜ、こっちは……」 汗血鬼は顔をかばい、手を振り回しながら火兎を呼び戻す。夜汐の金銀のオッドアイが光り、周囲に風が生まれる。 「主様! やっちゃっていいんだよね!?」 「あまり、離れすぎないで下さいませ……」 火兎の間を跳ねまわる猫又と迅鷹。疾風は小柄な体にも関わらず果敢に攻めいる。二匹の爪と風が火兎を引き裂く。 破軍は暴れ回る汗血鬼の心臓に狙いを付ける。鋭い突きがくり出され、そしてヤリーロのノッカーに防がれた。 「……なんのつもりだ」 霊剣の矛先を仲間に向ける。ノッカーの中でヤリーロは静かに首を振った。 「マストゥーレフさんは、こいつに聞きたい事があるのだそうです」 ヤリーロはアーマーの膂力で汗血鬼をはがいじめにする。駆けつけたマストゥーレフが場を整え、至近距離まで近づいたナーセルが妖精のキスを投げかけた。もがいていた汗血鬼の体から力が抜ける。 (「さて、何を聞こう。魅了での命令は一度きりだからねぇ」) 顎をつまんだままだったマストゥーレフは、一番気になることを聞いた。 「ボスはどこだ」 汗血鬼の全身ががくがくと震え、残った腕が不自然に吊りあがり、一点を指す。それはマストゥーレフの遥か後方。遺跡の方角。 再び暴れ始めた汗血鬼を霊剣が貫く。鬼はぐずぐずと崩れおちる。 一部始終を見ていたアルマは、カフチェへ命じ伝令に走らせる。自分は残り、なお蠢き続ける異形の群れを相手に鮮やかな歌声を響かせる。魂よ原初に還れ、と。 「退屈な仕事と思っていたが面白いことになってきたじゃねぇか……」 獰猛な笑みを浮かべた破軍は、不意に頬に冷気を感じる。空が泣き、周囲の火勢が衰える。左京は落ち着かない様子の夜汐の背を撫でる。 「そんなに興奮なさらず……今日は、存分に……暴れさせて差し上げます故」 ●遺跡深部へ 蒸し暑い遺跡の中、洞穴のような道を進んだと思えば、奇妙に人工的な部屋を抜ける。 暗闇は二つのシャッター付きカンテラが照らし出し、複数のまなこと耳が罠や仕掛けを見つけ出す。 汗をぬぐう星芒(ib9755)の目は好奇心で輝いていた。遺跡内部の様子が八咫烏に似ていないかと見回すが手がかりは見いだせない。けれどめげずに松明を振る。 「わくわくだね。ねえ朽無ちゃんは覚醒からくりになれそう?」 「情報が不足しています」 「じゃあね、朽無ちゃんは覚醒してみたい?」 朽ちること無しと名づけられたからくりは、ひんやりと固い己の腕を撫でる。この身が覚醒したとして、その結果は果たして主人の益になるのだろうか。演算結果はまだ出ない。 「からくりは主に付き従うが無上の喜び。一生ついていきます、星芒様」 朽無は無表情のまま、そっと主へ寄り添った。 殿を務める伊吹童子(ib7945)も松明を掲げ目を光らせる。忍犬の金剛丸はしきりに同行する開拓者とその相棒の匂いを探っていた。 (「影に潜んだり、人間や相棒に憑依するするアヤカシも世の中には居る」) 金剛丸が視線をやる。 「ん? なにか臭うか、金剛丸」 向かう先の壁際に、からくりであったろう人形が転がっている。 合図を受けた金剛丸が翠嵐に付く。がらくたの脇を彼女が通りすぎる。直後、がらくたの眼窩に不吉な光が灯った。残った機構がきしみ、翠嵐に襲いかかろうとした時には、がらくたのコアはダガーに切り飛ばされていた。 気配を感じた翠嵐がふりむく。 「今、何かしました?」 「何も」 ダガーは既に鞘の中。遠く後方へ飛んだコアが暗闇の中、床に落ちた。 ●鵺の鳴く空 駿龍、狐火が空へ昇る。その背で薊 白狐(ic0991)は多節棍を両手に持ち、骨法起承拳の構えをとる。 「夢に出てきそうな恐ろしい顔だ……」 彼の眼前では鬼面鳥どもが奇怪な声をあげている。 「さあ狐火、この群れにつっこむぞ!」 主の命に応え、狐火はまっすぐに飛んだ。多節棍を振り回し、めったやたらに打ちすえる。羽が飛び散り、欠けた口ばしが宙を舞う。 「ははは、どうだ! アヤカシごときが駿龍の速さについてこられおごぉっ!」 突進して来た鬼面鳥と正面衝突する。 ひんやりと心地よい水のヴェールが白狐を包んだ。痛みが消える。 視界の隅に駿龍暮に乗る嶽御前(ib7951)の姿があった。 「まだ敵の数は多い。ですがご安心を、我がおりまするゆえ」 微笑む口元から八重歯がのぞく。駿龍が翼をはためかせ、背の主を守りながら戦場の空を疾駆する。 「かけまくもかしこき少彦名命。まがことはらいたまへ、きよめたまへ」 目視と瘴索結界で戦場をうかがいながら嶽御前は、暮を駆り仲間へ癒しを振り蒔いていく。清浄な水が傷を消し、技能を封じられた者へは解術の法を。暮の翼が的確に主のきよらな祈りを届ける。 (「なんて美しくそして優しい人なんだ……」) しびれた白狐は意気揚々と棍を握る。 「よし、彼女のためにも遺跡には傷一つつけさせないぞ!」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は手の中の鍵を見つめている。不思議な鉱石で作られたそれは、からくりを目覚めさせる命の鍵だ。 (「ずっと使わない侭だったんだけど……、今、起動させると、どうなるのかな……」) 物思いに沈む主を気にしたのか、空龍が頭を寄せる。 「大丈夫だよ。行こう、カルマ」 微笑み、ユウキは手綱をとる。カルマが羽ばたき、鬼面鳥の鳴く空へ向かう。足元で戦う仲間のためにアイヴィーバインドで地上に足止めをばらまく。助けを借りた仲間が火兎を仕留めるのが見えた。 襲い来る鬼面鳥をカルマはソニックブームで撃ち落す。 「カルマ、もっと引き付けて」 指示を下すユウキを見つめていたのはレティシア(ib4475)だ。駿龍のフィルの手綱を離し、大きく腕を広げた。 「脳みそ足りて無い感じの鳥頭さん、この声が聞こえたら三回まわってワンと鳴いて」 怪の遠吠えに乗せ、甘い声音で罵倒を囁く。しかし人語を理解しないアヤカシどもには不可解な音が聞こえたに過ぎない。注意を払う鳥も居れば、身の危険を感じ距離を取る鳥もいた。 軽く肩をすくめたレティシアは騎士の魂を歌いあげ、遠ざかるユウキに声を飛ばす。 「ユウキさん、私とあなたとで囲いこみましょ。カラカミさん激おこ状態らしいので、アヤカシを撃退して機嫌を直してもらわねば〜」 回りこむレティシアに併走するのは猛神 沙良(ib3204)の駿龍、神鷹。 「孤立しませんように、私が沙良さんをお守りしましょう」 穏やかな物言いとは裏腹に、澄んだ空色の瞳は静かな怒りを湛えていた。鬼面鳥を前に焔を吹き上げる斬竜刀をかまえる。 「からくりたちの異変に続いて、アヤカシの侵攻。正直考えが追いつきませんけれど、神の御前での無作法な振る舞いを許す気はありません。其処に直りなさい」 レティシアを狙う鬼面鳥を、すれ違いざまに払い抜ける。そのまま彼女を中心に、駿龍の翼でひらりひらりと戦場を舞う。そのたびに圧倒的な質量につぶされた鳥が吹き飛び、瘴気に戻っていく。 別の鬼面鳥が金切り声を上げ、二人に襲いかかる。レティシアを彩る燐光が消え、沙良の斬竜刀は焔を失った。気にせず、沙良は刀を振るう。 同じく気にしないでいるのはユウキの身を守る羽喰 琥珀(ib3263)。居合いの極意で鳥を落としていたが、金切り声が響き殲刀が鯉口に引っかかる。相棒空龍の上で、あせらずそれを引き抜いた。 「頼りにしてるぜ菫青!」 答えるように叫び、空龍は主を乗せたまま鳥を急襲する。眼前に迫った異形の鳥の翼を、殲刀が断ち切る。接近と離脱を繰り返す主従、翼を失った鬼面鳥が次々と地に落ちていく。 「下の奴らはうまくやってっかな?」 ひょいとのぞきこんだ地上で、鬼面鳥はフライになっていた。虎耳が満足そうに動く。 かすかな音が雨に備えた外套を打つ。琥珀は顔を上げた。頬に水滴が落ちる。 空亡(ic1042)が弾薬を耐水防御しつつ目をすがめる。 「雨、か……やれやれ、厄介な……」 後方から包囲網を抜けようとあがく鳥を撃ち抜く。強弾撃の反動にも動じないのは、自分と駿龍の空木を荒縄で繋いでいるからだ。弾へ練力を送り込んでいた彼は、不意に鳥銃を冷たく感じた。金切り声が響く。 落とすはずだった鬼面鳥が大口を開け、空亡を狙う。 「おっと、危ない。悪い子だね……」 爪に銀髪をなぶられながらも、空亡は冷静に威嚇射撃を続ける。体が淡く輝き、鳥銃の違和感が消える。視線をやれば暮に乗る嶽御前が霊刀を捧げ、祝詞を唱えている。 空木に宙返りさせ、空亡は鬼面鳥の背後をとった。後頭部に銃口をあてる。 「そうそう……動かないでいてくれるかな……? ……良い子、だ」 至近距離から強弾を受けた鬼面鳥は、脳髄を砕かれ瘴気に還る。 ユウキを乗せたカルマが右舷へ回りこみ、対面からはレティシアが扇を投げ、フィルの蹴りで鬼面鳥を牽制する。包囲からこぼれた異形は空亡が叩き、沙良と白狐が追いつめる。嶽御前が涼やかに寿ぐ中、雷が落ちた。フェンリエッタ(ib0018)は矛をかまえる。 「来たわね鵺。敵はすべて退けるのみ、ね」 掲げた矛が静電気をまとう。気づいた琥珀が応えて陰陽刀を掲げる。二人の間に電流が走った。鵺が穢れた雷を放つ。フェンリエッタは矛に気力をこめ、さらに精霊を呼ぶ。空龍のキーランヴェルがはばたき、鵺の動きを惑わせる。琥珀の援護を受けた青白い雷と、赤黒い雷が交差する。 矛を交えながらも、フェンリエッタの胸中には疑念が渦巻いていた。 (「神様に何かあってからくり達が再び眠りにつくとしたら大なり小なり混乱が生じるでしょう。確かにアヤカシが企みそうな事よね。でも、クリノカラカミの異変はそれだけが原因……なのかしら」) 間でやかましく騒ぐ鬼面鳥の群れへ針野(ib3728)は空龍かがほの上から矢を乱射する。 「あいさ、どーゆー魂胆で攻めてきたのか分からんけど、アヤカシ達を遺跡に近づけさせないっさね!」 ずぶ濡れのままかがほは翼を鳴らし、背の主のため大きく迂回する。鵺の雷から射程を計算し、針野はフェンリエッタの後ろへ。 「花に嵐……じゃない、雨に雷はカンベンなんよ」 響鳴弓の一撃が鵺の足を吹き飛ばす。続けて胴に命中。さらにフェンリエッタの攻撃を受け、鵺が断末魔をあげる。 針野が鬼面鳥を落とす中、穂群(ib6844)は相棒甲龍の上から、耐水防御した爆連銃の狙いを定める。 「一体でも多く仕留める……!」 仲間に向けて翼を広げた鵺に、側面からカザークショットを撃ちこむ。 「呪詛を吐く暇なんてあげない」 息もつかせぬ猛攻をいれる。胴に穴をうがたれた鵺は鬼面鳥の後ろに回りこむ。穂群は甲龍を駆り、旋回する。鵺が牙をのぞかせたのを見て、甲龍に霊鎧をまとわせる。穂群は内心舌打ちした。 (「手数が足りない」) 琥珀が菫青に頼んで龍旋嵐刃を放っている。針野は鵺の眉間を狙い矢を放っている。だが鵺を主軸に相手取ると決めたのは針野とフェンリエッタだけだった。単動作でリロードし奮闘するも鵺のすべてを押さえるには足りない。 開拓者達の穴を突き、鵺が防衛線を突破した。 ●御座所にて 最後の仕掛けを解いたとたん、部屋が揺れた。入り口が閉ざされ、浮遊感が一行を襲う。 「ひゃあああ!」 翠嵐は悲鳴をあげ、伊吹に抱きついた。 「地の底へ降りているのか?」 伊吹は冷静に感覚の正体を探る。 やがて衝撃が彼らを襲う。壁に叩きつけられた一行は気配を殺し聞き耳を立てる。潮騒のようなうねりが聞こえてきた。じっとりと熱い部屋の中、入ってきた側は閉ざされ、出口を探るも見つからない。 腹をたてた柚乃が壁を拳で叩いた。白房も一緒にたしたし。 「しずまれカラカミさーん! お願い開けてー! ここアチーッス!」 天井が音を立ててへこみ、部屋がきしんだ。拘束のはずれる音が響き、四面の壁が外へ倒れて行く。一行は絶句した。 青い光で満たされた広大な地下空間の中央、見上げてもなお全貌の見えない巨大な球体が浮かんでいる。 星芒が、ぽかんと口を開けた。 「壁に、外の人が映ってる!」 「ありゃあ俺の超カッコイイグライダーじゃねえか……」 マジかよとうめき喪越は額を押さえた。天井まで埋めつくすモニターの数々には、様々な景色が連なり高速で切り替わっている。狐妖姫軍との戦闘は終局を向かえつつあるようだ。 からくりのコレットが武器を抜いた。 「お嬢様お下がりください。この空間は明らかに異質です」 殺気だつ相棒に、主人ケロリーナ(ib2037)は小さな手でコレットを押さえ、視線で言い聞かせる。利発そうな緑の瞳が球体を映す。 「お会いするの楽しみでしたの〜、クリノカラカミさま」 彼女はぴょんと飛んでコレットの腕に抱きつく。 「このとーり、けろりーなとコレットちゃんは、なかよしですの。魔法とか使わないで御座所までこれたのもコレットちゃん達のおかげですの」 コレットは警戒を解かず主を抱く。 「カラカミ様、私どもにどうかお告げを。事件の真相を」 「う〜、けろりーなは朝廷が隠してる事が気になるですの。滅びをもたらしたのは誰ですの?」 球体、クリノカラカミは何も答えない。表面はいたるところで細かな部品が跳ね、集まり、合わさり、絶え間なく新たな機構が組まれては解かれていく。微細な振動がうねりに変わり、脈動となり空間を支配していた。 竜哉(ia8037)が踏み出す。 「久し振り、でいいのかな。俺の場合は。しばらくぶりだなクリノカラカミ。からくり一斉停止事変以来か」 過去を思い返し、竜哉は球体を見上げる。一行がここまでたどり着けたのは、彼が遺跡の仕掛けを正確に把握していたからだ。 「人もからくりも、終われば土に還るまで。血肉だろうが、金属だろうがそれは変わらない。俺はあんたと話がしたい。少なくとも俺は、あんたを神としてではなく、友として話が聞きたいのだ。人と言う種族の、友として」 竜哉の真剣な眼差しにも、球体が反応を返すことはなかった。首を振り、念のためアーマー人狼ReinSchwertを起動しようとしゃがんだ竜哉は気づく。よく見れば床も、壁も天井も、作られては砕かれそして生まれ変わっていた。カチカチ、キュルキュル、カシャカシャ。鋼の踊る音に一行は包まれていた。 からくり白雪を連れた娘が、両手を広げる。 「クリノカラカミ様、以前鍵とからくりを納めさせて頂きましたフィン・ファルスト(ib0979)と申します。此度からくりが力を得た一件、貴方様が成した事であればその意図、賜りたく参上致しました」 フィンの声が響いて、消えた。無機質なうねりだけが残る。フィンはあせる胸中そのまま、拳を握った。 「せめて、あの子がどうなったかだけでも教えてください!」 「お嬢様、何か気になるんです?」 白雪のまなこが主を映す。 「以前にからくりを一体、カラカミ様に捧げたの。その子が居ない……」 スペアパーツを握った手をカラカミに掲げる。 「もし壊されてるなら、これでなんとかします。ギルドで完全に修復することもできます」 白雪はおっとりと笑った。 「大丈夫ですよ〜。カラカミ様がほっとくわけないじゃないですか〜」 不服げなフィンは、自分の足元が一瞬で別のパネルに作り換えられたことに気づき、納得する。 「そうだね。ここだって、前に来た御座所とまったく違うもの。あの子は別な場所に居るんだろうな」 禾室(ib3232)はカンテラを消す。 「だとしたら、一体何にお怒りなのじゃ。クリノカラカミ殿、わしらとお話しては貰えぬじゃろうか?」 からくりの玻璃が主に続く。 「……クリノカラカミ様、どうかお言葉を。そのお怒りの原因を、我らからくりとその主達へ。貴方様のご神託を」 「わしらはの、これからもからくり達と、出来ればクリノカラカミ殿とも仲良くして行きたいのじゃ。歯車が欠ければそれを直すように、今、何か歪みがあるのならばそれを正す為に協力したいのじゃよ。じゃが、どの歯車が不調かわからねば直す事も出来ぬ」 禾室の視線が、ふとモニターにそれた。アヤカシの軍勢が敗走する様が映っている。 「守りぬいたか。美事じゃ!」 上げた喝采はすぐに疑念に変わる。部屋の熱気は引かず、鋼の踊る音は止まらない。 「どういうことじゃ。あの軍勢は此度の異変に関わっておらぬのか?」 禾室の後ろで成田 光紀(ib1846)は瘴気計測時計を懐に戻し、胸に秘めた仮説を投げかける。置いて来た相棒炎龍も気にかかる。核心に触れたかった。 「瘴気と精霊力は、根源的に同質の物ではないのか。であるからこそ貴様は精霊力も忌避するのか。……すべての儀は人に造られたものではないか。貴様自身も。なればこそ被造物側の存在ではないのか?」 何の反応もない。光紀は舌打ちし煙管を取り出す。 「これだけは聞いておきたい。宙を飛ぶ円盤状のカラクリを存じているか」 一部でXと称されるそれについて問う。やはり反応はない。 「クリノカラカミは開拓者達など眼中にない、か。何に没頭しているのだ、興味深い」 ぷかりと紫煙を吐く隣で、リィムナ・ピサレット(ib5201)が、からくりヴェローチェに顔を向ける。 「御心を鎮めてもらわなくちゃ話もできないよね。というわけでリィムナ、歌いまーす!」 「ヴェロ、踊るにゃーん!」 相棒とステップを合わせ、リィムナは各地を回った経験を活かし千差万別の歌唱法を披露する。 「どう? 人間の喉もこれだけ色んな声が出せるんですよ♪」 天井から何かが落ちてきた。宙吊りの人形がリィムナの目の前にぶらさがる。頭部の両側から垂れるケーブルの束が、ツインテールに見えなくもない。 びっくりして固まったヴェロと裏腹に、リィムナは軽く口笛を吹いただけ。 人形は耳障りな音声で歌いだし、すぐに内側から解体され、組み直された。声は若干ましになっている。さらに解体、再構築。広い空間のそこここで、様々な歌う人形が作られテストされ解体される。そのたびに歌声はリィムナにひけをとらなくなっていく。 「何これ、訳わかんない」 際限なく自滅と再生を繰り返す球体を相手にリィムナは唇を尖らせる。 「アクアさんとお話して、和んでいただけるかしら……?」 リーディア(ia9818)のつぶやきにからくりのアクアマリンが球体へひざまずく。 「奥様とめぐりあったその時より、私の歯車が時を刻み始めました。偉大なるクリノカラカミ様ならば、私の身上などすべて御覧になっておられるのでしょうが、なお感謝と尊敬の念を禁じえません」 アクアマリンの肩をリーディアが抱く。 「遺跡で精霊術を使ってしまい、申し訳ありませんでした。ですが、突然の覚醒の件、アクアさんも不安がってます。訳を知らねば、彼女達だって不安になります。どうか安心させてやって下さい。あ、ついでに私達にも何か心構えとかお言葉があれば、ああっ!?」 四方から鋼の波が一行をめがけ押し寄せる。 リーディアに当たる直前で波は垂直に吹き上がり、全員を囲み正方形が構築された。頭上から降って来た柱が取り囲む。彼らを乗せ、箱はゆっくりと上昇を始めた。眼下で球体がパズルを解くように崩れ、青い輝きの満ちた空間ごと形を変えていく。箱が脱すると同時に、空間はぐにゃりと歪んで闇に吸い込まれ、消えた。 翠嵐がぽつりとつぶやく。 「御座所、潰れちゃいました」 竜哉が大きく息を吐いた。 「また新たな御座所が開かれるんだろう、クリノカラカミの意思の下」 頬に手を添え、リーディアはガラスに映る自分の顔を見つめた。 「次に目通りを許されるのはいつになるのかしら」 開拓者はお告げを得ることができなかった。だが、御座所の様子から不吉な予感を禁じえなかった。 ●狐妖姫を討て 「指揮官は遺跡付近に侵入」 アルマの相棒、カフチェがもたらした報せにケイウス=アルカーム(ib7387)は目を光らせる。嫌な予感が当たった。心を落ち着けると竪琴に手をかけ、甘いメロディで天鵞絨の逢引を奏でる。迅鷹ガルダに命じ空から探らせる。 アーニャ・ベルマン(ia5465)も険しい顔で鏡弦を試す。弦の弾く音はただ広がるだけだ。からくりのテディは、手にした盾と無痛を活かしアーニャをかばっている。 「僕のことはいいから、アーニャは親玉に集中してよ」 「テディ、頼りにしてるよ」 鋼龍、頑鉄に乗って上空で指揮官を探していた羅喉丸(ia0347)が降りてきた。 「この襲撃は陽動なのか?」 最悪へ思い至り、羅喉丸は居並ぶ面々を不安な思いで見つめる。念のため頑鉄の鱗撒菱を遺跡の入り口近辺に撒いた。神座早紀(ib6735)もそれに倣い、鋼龍のおとめに命じる。 「カラクリに一体何が起こっているんでしょうか? それを知るためにもアヤカシにカラカミ遺跡を侵させる訳に行きませんね!」 濡れて貼りついた髪を手ぐしですき、気合は充分。入り口前は特に念入りに。 にわかに騒がしくなり、振り仰ぐと鵺が迫っている。雷が落ち、泥が跳ねた。鵺は遺跡の入り口を目指し宙を滑っていく。地面から地縛霊が伸び上がり、からみついて爆発する。 鵺の正面に立っていたのは、劫光(ia9510)。落ち着いた様子で更に自縛霊を設置する。 「ここから先へは通さん。もし抜ける奴がいたら、そいつが親玉だ」 「わ、わたしと劫光の後ろに回る人は、気をつけてください」 相棒の上級人妖、双樹が主人の袖をつかんだまま言った。 軌道をそらした鵺が闇雲に放つ雷が彼らを襲う。劫光がとっさに双樹をかばった。雷に打たれ肉の焼ける臭いが立ち、雨に流される。双樹が神風恩寵を送るがまだ傷は残る。 紅雅(ib4326)がゆっくりと扇を広げる。 「大丈夫です。皆がついておりますからね。回復は、お任せを。……前を向いて進んでください」 「主。我も、参る」 相棒からくり甘藍が鵺を狙い銃をかまえる。自動装填を使い次々と弾丸を打ち出した。鵺の翼が舞い散り、後ろ足がもげる。叫びを上げた鵺が甘藍を襲う。主人へ絶対の信頼を寄せるからくりは、背に主をかばい射撃の姿勢を崩さない。 直前で、横合いから龍が飛び出した。鵺は勢いよく吹き飛び、泥の上を転がっていく。炎龍の梓珀から飛び下りた玖雀(ib6816)が放った忍拳だ。撃龍拳、龍を模した篭手で宝珠がきらめく。 別の鵺が割り込み、威嚇の落雷を起こす。劫光が符を投げつけた。 「……氷龍、燦!」 符が裂け、白銀に煌く龍が骨まで沁みる息吹を吐く。鵺の四肢が凍りついた。懐に飛びこんだレト(ib6904)がラスト・リゾートを乗せた暗器を振るう。胸を割られ、あふれた瘴気を駿龍サイフィスの翼が防ぐ。レトはサイフィスの背に戻り、にっと笑う。 「へんっ、どこからでも来いってのさ、な、兄貴!」 兄と慕う玖雀に背中を預けている。何も怖い物はない。遺跡へ近づこうとする鵺の群れへ飛び込む。ナディエで高く飛びラスト・リゾートを打ちこむ。足場はある、相棒のサイフィスだ。飛びあがり、落ちるたびにサイフィスが先回り主を受け止める。鵺の呼ぶ雷がサイフィスを狙う、翼が破れ、駿龍は風をつかみそこねる。レトの足場が消える。 「レト!」 「兄貴!」 梓珀の上から玖雀が手を伸ばす。指先がかすめ、大地がレトに迫る。そこへ鵺の影がレトへ襲いかかった。 「……間に合って良かった」 鵺ではなかった。菊池 志郎(ia5584)の鷲獅鳥、虹色がレトの小柄な体を掴んでいる。包囲網が突破されたのを目撃し遺跡まで戻ってきたら、レトの危機に遭遇したのだった。盛んにくりだされる雷撃に、志郎はアイシスケイラルと閃癒で対抗する。 強い雷が円螺(ib6843)を狙い、落ちた。目がくらみ、尻もちをついた彼女は一息つき、周りを見回す。隣に立つのは相棒のからくり、りかちゃん。そして、見慣れない女。開拓者の格好をしているが軽鎧からのぞく白い振り袖には汚らしい模様がある。酸化した血のような。 女はそのまま遺跡へ向かおうとする。 鵺の応対に追われる一同の中、女の動きを見咎めた羅喉丸が一瞬の逡巡の後、手綱をゆるめた。頑鉄の鋼激突が女を襲う。女は顔を引きつらせ腕を振る。黒い竜巻が頑鉄を防いだ。生み出された鎌鼬が鱗を削いでいく。羅喉丸は確信した。 「その外見に能力、狐妖姫に似ているな。そうか、生きていたか」 志郎の目がすっと細くなる。その名はかつて祖国陰殻を襲った忌まわしい敵のものだった。 「虹色、下がりましょう」 怒りを鋼の意思に変える。鷲獅鳥に命じ、支援に徹するため距離を取った。 開拓者の技能と狐妖姫の鎌鼬が乱れ飛ぶ。 「志体を振るう者よ。遥けき高みを見たいとは思わぬのか」 鎌鼬を潰された狐妖姫が身をくねらせる。両眼が赤く光った。直接拳を交えていた者、皆を脱力感が襲う。強烈な魅了を受けた前衛に向けて、紅雅が扇をしならせる。淡い藍の光が玖雀を包んだが、魅了をほぐすには今一歩足りない。 「おやおや……少々、厄介ですね……」 後ろに引いたまま紅雅は機会を待つ。 「よきかな。使命を果たしたならば存分にかわいがってくれようぞ」 狐妖姫はあえて命令をくださず、その場を後にした。遺跡を目指す。だが鱗撒菱が足を阻み、もたもたと進むしかない。後方では開拓者達が必死に魅了を解こうとしている。狐妖姫はついに撒菱地帯を抜け、入り口へたどりついた、その時。 「最終ラインは必要でしょう」 斬撃符が飛ぶ。狐妖姫の頬に朱が滲んだ。立ちはだかったのは青嵐(ia0508)、そして相棒からくり、アルミナ。万一に備え潜んでいた二人が狐妖姫に襲いかかる。 「クリノカラカミ様、怖がらなくていいと思うであります。もう、クリノカラカミ様は一人ではないのであります!」 背に主上と大精霊を感じながら、アルミナは機械術を駆使し制限を解除した一撃を叩きこむ。油断していた狐妖姫の腹へもろに入った。奇声をあげ無様に転倒した狐妖姫の周囲に黒い渦が吹き上がる。アルミナは飛び下がり、青嵐を守る。 後方から声が飛んだ。 「倒してください! 俺の国を荒らしたそいつを!」 肩で息をしながらくりかえす解術の法。志郎の魔導書から何度目とも分からない藍の輝きが放たれる。ケイウスの息苦しさを消えた。安らぎの子守唄が紡がれ、羅喉丸とアーニャ、そして劫光から脱力感が消える。紅雅の解術が実を結び、玖雀とレトも動きを取り戻す。 ケイウスは笑みを閃かせた。竪琴を強く爪弾く。 「これならどうかな!」 重力の爆音が狐妖姫に叩きつけられる。もんどりうってのたうちまわる狐妖姫の全身に撒菱が突き刺さり汚れた銀髪に絡みつく。苦し紛れに鎌鼬で壁を作った。 「おとめ、お願い!」 鎌鼬の壁は硬質化した早紀の鋼龍によって踏み破られる。己が身を槌と為し、おとめは狐妖姫へ向けて強攻する。細い女の体が天高く舞い上がった。 アーニャが弓弦を引く。 「私に視認されたら矢からは逃れられませんよ。あったれぇ〜〜!」 宣言どおり薄緑に光る矢が狐妖姫の胸に命中する。背まで突き破った。狐妖姫は空中でもがき、せめてもと着地に向けて体勢を整えようとした。だが、レトの暗器が狐妖姫を縛りあげる。彼女は大地を踏み締め、狐妖姫を振りまわし玖雀と劫光に向けて放った。マノラティのオーラが輝く。 「行ったよ兄貴ー!」 「劫光、いつものやつ頼む!」 「しくじるなよ」 奔刃術の構えに入った玖雀の声に劫光は示し合わせたとおり結界呪符を施す。召喚された白壁を足場に玖雀の体が宙に踊る。裏術鉄血針が決まり、瘴気が噴きだす。さらに宙で身をひねらせ、蹴りを叩きこんだ。もはや受身を取ることもかなわず、狐妖姫は悲鳴をあげて吹き飛んでいく。首をねじらせて目をやれば、羅喉丸が待ち構えていた。 ほとばしる気が全身を赤く染める。玄亀鉄山靠で打ち返され、狐妖姫は再び空を舞い、粉々に砕け散る。 「これでおしまいなのか?」 額をぬぐう羅喉丸。アヤカシの軍勢が退却を始めたのが見える。ひとまずの脅威は去った。 雨は勢いを弱め、やがて雲間から光が漏れた。 |