【猫族】祭りを守れ−送神火
マスター名:鳥間あかよし
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/28 21:09



■オープニング本文

●嵐の壁を越えた先

 浮島の儀、泰国(たいこく)。
 今年も土着の獣人『猫族』(にゃんぞく)の祭りが始まった。

 誰が呼んだか知らないが、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。

 月敬いの儀式、天儀で言うお月見。
 夜空にぽっかりと浮かぶ御神体へ、三尾のサンマを供え感謝を捧げる。
 今年は一匹ずつ数えるのが馬鹿らしくなるくらいの、大豊漁。
 儀式は無事に終わりそうだ。

●となると
 気になるのは祭りの締め、25日に行われる『三山送り火』(さんざんのおくりび)。
 請け負うは、帝都、朱春にある『猫の住処』(にゃんのすみか)の獣人たち。
 帝都から、西の劉山、北の曹山、東の孫山。
 百メートルほどのなだらかな山で、三組に分かれ妙技を競い合う。
 彼らは好評だった昨年の図柄を、引き続き採用することにした。

●どっこい

 飛空船がしずしずと近づいてくる。
 船体に大きく危険物取り扱いマークが描かれているそれは、送り火の材料を積んだ貨物船だ。
「これで準備にとりかかれるぞ」
 虎の獣人『劉 面唐』(ルー・ミャンタン)が喜色をにじませて誘導棒をとりだす。『奇想天外』が売りの『劉組』の代表だけあって、今年も動く送り火を心待ちにしていた。

 その時、雲を突き破って襲いかかったあれは、たぶんクジラ。
 アヤカシの体当たりに、貨物船はあっさり吹っ飛んだ。
 ハッチが開き、脱出用グライダーと乗務員が飛び出す。
 クジラはオモチャにまとわりついたままだ。

 ぐしゃめきごしゅ、どかーん。

 嵐の海に落ちていく元・貨物船。
 飽きたらしいアヤカシクジラは悠然と空を泳ぎ始めた。

「ごめんにゃさい。こんにゃ時、どういう顔をすればいいにょかわからにゃいにょ」
 きついなまりで言ったのは猫の獣人だ。
 短く切った髪は、黒と灰と明るい茶が混じってサビ猫風。
 姓は参、名は梨那(サン・リーネイ)。
 わりといい年なのだが、いまだに空気が読めない。
 隣に居た獅子の獣人『曹 信土』(ツァオ・シントウ)。『豪華絢爛』な曹組の頭領は、独り言のようにつぶやいた。
「……材料、今から買いなおせるか?」
 うつろな目で空を見ていた。黒豹の獣人『孫 大遍』(スン・ダービャン)。『質実剛健』な『孫組』の首領が、独り言のように答える。
「無理」
 冷や汗たらしながら参がメモ帳に見積もりを書きなぐる。
「わ、私の友だちに流れの旅泰やってる子が居るにょ。その子が世話になってる天儀の旅泰仲間に頼めば、こにょくらいの額ににゃると思うにょ!」
 代表達は弾き出された数字をのぞきこんだ。孫が顎をつまむ。
「民生費を切れば、ギリいけるな」
「切るとどうなる?」
「飲み食い自腹」
 曹は眉間を押さえる。
「料亭をやっている司空さんところ、お嬢さんが里帰りしていらっしゃるそうじゃないか。
 仕出し弁当を頼んでみるか。あすこのお嬢さんは優しい子だから、後払いでも許してくれるはずだ」
 劉が頭をかきむしり、のんびり泳ぐクジラを指差した。

「何を悠長に! まずアヤカシの討伐だろう!

 材料を調達しても、あいつが居ちゃまた船を沈められるぞ。
 そもそも、送り火の上をアヤカシがうろうろなんて、絶対に許されん。
 送り火は猫族だけでなく、泰国中の人々が楽しみにしてくれているんだ。
 おい、参!」
「にゃんですか」
「開拓者に緊急依頼だ。青丸つけて出してくれ」
「了解!」
 サビ猫の獣人は敬礼するとギルドに向けて走り出した。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 菊池 志郎(ia5584) / 无(ib1198) / 杉野 九寿重(ib3226) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 澤口 凪(ib8083) / 伊波 楓真(ic0010) / 呂 倭文(ic0228) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 庵治 秀影(ic0738


■リプレイ本文

●くじらぐも ああくじらぐも くじらぐも
 嵐の海の上を貨物船が飛んでいく。
 寄り添って飛んでいるのは白 倭文(ic0228)の用意した商用小型船だ。彼が気を回してくれたおかげで予算が浮き、送り火実行委員会は大喜び。会計担当なんか男泣きをしていた。
 もうひとつ、貨物船に十二人の主人とその相棒が乗り込めるだけのスペースができた。倭文はデッキで、相棒の炎龍、暁燕と空を見上げる。頬をなでる心地よい風、流れていく綿飴のような雲、泰国行きのんびり遊覧船と言われても納得してしまいそうな景色だ。
 しかし倭文は肩を落とす。
「空飛ぶアヤカシクジラだっテ? ……帰郷するかと思ったら凄ェことになってるナ、暁」
 暁燕は返事の代わりにあくびをした。
 鋼龍、頑鉄のうえであぐらをかいて物思いにふけっているのは泰拳士の羅喉丸(ia0347)だ。
「以前、武州のあたりに、瘴水鯨という巨大なアヤカシが出没したことがある。そいつの亜種だろうか。だとしたら体のどこかにコアがあるはずだ」
 歴戦の勇士である彼は、過去の経験と依頼書の情報を照らし合わせ、戦いでの自分の役割を考えている。思慮深い主人に似たのか、頑鉄は伏せたまま不動。傍目には鉄鉱石の塊に見える。
 藍に銀のラインが入った滑空艇、天狼の上で立てひざをつく菊池 志郎(ia5584)が返事をした。
「俺もそう思います。まずは弱点となる核を探ってみましょう。なければ口の中を狙いましょうか。瘴水鯨は群れをなしていましたが、今回はどうなのでしょう」
 志郎もまた、数々の修羅場をくぐってきた猛者だ。今は魔術師に籍をおいているが、人のよさげな容姿こそが一番の武器なのかもしれない。
 羅喉丸がサビ猫獣人の参に顔を向けた。
「アヤカシの数はわかるか」
「一頭だけですにょ。仲間は見当たらないようですにょ」
 志郎が肩の力を抜いた。
「それはよかった。急いでアヤカシを倒して、送り火を始められるようにしないと」
 羅喉丸もうなずく。
「送り火を楽しみにしている人のためにも負けられないな。行くか、頑鉄」
 一方、彼ら並みに戦場を渡り歩いて来た杉野 九寿重(ib3226)は、上級鷲獅鳥、白虎のたてがみを楽しんでいる。
「三山送り火を見物しに行こうと思いましたのに、準備もできてないうえにアヤカシが出るなんて、はなはだ不安ですね」
 犬耳が得意げに揺れた。
「こんなこともあろうかと白虎を連れてきておいてよかったです」
 あごの下に手を入れ、もふもふしてやると白虎は気持ちよさげにくうと鳴いた。
 そんな白虎を見て、柚乃(ia0638)もそろっと毛皮に手を伸ばす。轟龍のヒムカがその袖をくわえた。訴えかけるまなざしに柚乃はとりつくろった笑みを浮かべる。
「も、もちろんヒムカが一番よ?」
 轟龍は主人に背を向け、尻尾を巻いて丸まった。すねてしまったらしい。
「よーしよしよし。よしよしよしよーし」
 必死に無骨な鱗をなでさする。すこし機嫌を直したらしいヒムカが首をあげた。九寿重をならってあごの下に柚乃が手を入れると、ヒムカは全身の鱗を逆立て、硬直した。逆鱗に触れたようだ。
「うわわ、ごめんヒムカ!」
 両手をあわせる柚乃の前で轟龍は痛いのをガマンしてぷるぷるしている。ブチキレて炎を吐いてもおかしくないのだけど、さすがに主に手を上げる気はないようだ。
 伊波 楓真(ic0010)がまぶたを閉じ、心得顔でうなずいた。
「相棒との深い絆がなせる技ですね」
 そういう本人は炎龍に頭を甘噛みされているが。
「カルバトス、僕は秋刀魚の塩焼きではありませんよ」
 あぐあぐされるのにはもう慣れたが、よだれだけはなんとかしてほしい。白いスカーフもジルベリア製のテーラードジャケットもべったべたである。
 へさきの方から楓真とカルバトスを眺めていた紫ノ眼 恋(ic0281)は、自分の相棒をふりむいた。
「キイはかぶりついて火炎なんて、やらないな?」
 同じ炎龍である深緋はそっぽを向いた。主の軽口に矜持が傷ついたらしい。鮮やかな紅の鱗に覆われた口元から牙がのぞく。
「あたしが悪かったよ、機嫌をなおしてくれ。嵐の海に振りおとされちゃたまらない」
 首をさすってやると深緋は仕方なさげに恋に顔をすりつけた。
 隣で澤口 凪(ib8083)が目を細めた。
「噂のクジラってなあ、どれくらいの大きさなんだろうな、相方さん」
 自分を守るように尾を巻きつける甲龍の岳に問う。岳は答えず厳しい顔つきで前方をにらんでいる。敵を見かけたとたん羽を広げそうな勢いだ。種族の垣根を越えて主人のことを大事に思っているのだろう。
「そうカリカリしなさんな。私がこいつでドカンとやっちまうからね」
 凪は不敵な笑みを見せ、緑の宝珠が光る魔槍砲に手をすべらせた。
 向かいで庵治 秀影(ic0738)が薄く笑った。
「頼もしいねぇ、凪君」
 秀影の相棒は凪と同じ甲龍、高弦丸。こちらは岳と違って小心者らしい。秀影のうしろに隠れるようにはべっているが、でかい図体がはみ出している。秀影は高弦丸の首を抱えこむ。
「いざって時にびくついてくれるなよぉ? おまえのことも頼りにしてるんだぜぇ」
 酒くさい息に高弦丸はいやいやと首を振った。主人は既に一杯ひっかけているようだ。本人、ほろ酔いなくらいが、ちょうど良いのかも知れない。
 デッキから小型船をのぞけば、操縦に専念する送り火実行委員会の劉、曹、孫、そして空夫をしている呂が見える。手すりに頬杖をついていた倭文は、以前に飲まされた煮え湯を思い出したのか、顔をしかめ身を乗り出した。
「流石に戚史殿は祭側の手伝いだよナ?」
「そうですよー」
「無理しないでくレ」
 呂はへらりと笑った。
「大丈夫ですよー、命綱さんが居ますからー」
「……あんま頼られても困るんだがナ」
 無防備な声に倭文は頭をかいた。
 彼の後ろから、神座亜紀(ib6736)と駿龍、はやてがひょっこり顔を出す。
「呂さん、そっちに居たんだ。探しちゃったよ」
 末妹の声に小隊【姉妹の絆】の屋台骨、長女の神座真紀(ib6579)も炎龍のほむらと共に船べりから小型船を見下ろした。次女の神座早紀(ib6735)は倭文には近寄らず、呂を前にすまなさそうな顔で姉の袖にすがりついている。鋼龍のおとめはやれやれと首を振った。
「先は妹らがえらい世話になりました。一度お会いしたい思うてたんです」
「お世話になったのはこっちのほうですよー。どうもどうも」
 ぺこりと頭を下げた呂に、真紀も剣士らしいなめらかな動きで会釈を返した。
 貨物船のへさきから、恋の声が飛ぶ。
「見えてきたぞ、例のクジラだ!」
 真紀は呆れた吐息をこぼした。
「それにしても、送り火見に来たらアヤカシとかどうなっとんねん。まあええ、さっさと片付けよか。呂さん、また後で」

 筆記用具の墨壷を懐に、志郎は天狼のグリップを握る。十分に温められた機体は応えるように唸った。
「志郎、行きます!」
 甲板を滑走路にし、天狼が飛び立った。急加速で雲につっこむ。視界が開けた先に、抜けるような青空と、のんびり泳ぐクジラ。志郎が目を見張ったのはその大きさだ。
「俺が戦った奴の倍近くある。相手をするのが一頭でよかった」
 天狼を器用にあやつり、志郎は射程内にクジラをとらえ瘴索結界を展開する。モノクロに変わった視界の中で、クジラは炭の塊になる。優れた知力と積んだ経験に物を言わせ、炭の中から瘴気の特に濃い部分を探りあてる。
「眉間、胴の中央、それから尻尾の付け根。三部位もあるんですか、これは手間取りそうです。眉間が一番濃いということは、頭部が本体なのでしょうか」
 天狼の速度を落としてクジラの頭に寄り、わざと併走してみる。アヤカシってのは、人間を見かけると大喜びで襲ってくるものだが、クジラはちらりと志郎を見やったきりだ。
「無視されるとそれはそれで寂しいものですね」
 墨壷を手に天狼で宙返り、クジラの背中に回り奥にある瘴気の核を目がけ投げつける。かちゃんと頼りない音が耳に届いた。墨壷ひとつでは、巨体に目印を付けるには心もとない。
「もっと別なのを持ってくればよかったかしらん」
 首をかしげる志郎の前で、クジラが急に向きを変える。ふらふらと定まらなかった軌道を固め、一直線に泳いでいく。
「しまった、つられてのんびりやりすぎた」
 再度天狼を急加速させ、クジラを抜き去る。雲の向こうから、貨物船が姿を現した。
 デッキの上で岳の背にまたがっていた凪は、向かってくるクジラを相手にあんぐり口を開ける。
「ほあー……こいつぁまたでっけぇもんだなぁ」
 高弦丸の上で秀影も背を丸めて笑っている。
「おいおい、こりゃまたでけぇ魚じゃねぇか。くっくっく、空を飛べる魚たぁ夢にでも出てきそうだなぁ」
 恋は手綱を引き、二人に激を飛ばした。
「このままだと正面衝突だ。皆、出るぞ!」
 深緋が翼を広げ、蒼穹へ羽ばたく。岳と高弦丸も続いた。恋を頂点に正三角形の陣をとり、クジラに接近する。恋はクジラの頭上に位置取ると、先ほどまでの凛とした態度から一変、凶暴な笑みを口の端に浮かべた。
「行くか、深緋。――送り火の興を削ぐ連中なんざ、叩き潰してやるぜぇッ!」
 クジラに咆哮を叩き付ける恋は、戦に興奮し頬を朱に染めていた。手綱をゆるめれば勇ましい炎龍が高揚した叫びをあげクジラの頭部へ急降下をしかける。鋭い爪が肉をつかみ、千切りとる。だが、表皮をこそぎとられた程度だ。クジラはものともせず貨物船へ向かう。
「ッの野郎! 深緋、もう一回だ!」
 自分も雷神を冠した斧を振り上げ、宙を一閃。真空の刃がクジラの表皮を更に傷つける。
 続けて秀影が高弦丸をけしかける。だが巨体を前にまごついたのか高弦丸は旋回するばかり。くわえていた葉巻をふかし、秀影は首に手をやる。
「いいとこ見せてくれよ、相棒。恋君と凪君に笑われちまうぜぇ?」
 主人に脇を蹴られ意を決したようだ。宙を引っかいた爪の先に衝撃が生まれる。撃ちこまれたそれが、頭皮を十字に切り裂く。瘴気がこぼれているが、クジラにとってはかすり傷だ。
「よぉし、良くやったなぁ高弦丸。もうちぃっと頑張るぜぇ」
 相棒をねぎらった秀影は高弦丸を操ると、今度は後方の凪を頂点に逆三角の陣を敷く。
 志郎から手短に弱点を教わった凪は、ひとまず武器の照準をクジラの眉間にあわせた。
「的がこれだけでかけりゃ、はずしようがないやね」
 うそぶくなり魔槍砲に練力を送りこむ、緑の宝珠が微細に振動しながら輝きを増していく。出力最低ラインに達した宝珠がグリーンからライムに色を変える。凪は呼吸をとめ手ブレを押さえると、砲撃を放った。紫の穂先が光り、練力の塊がクジラの眉間に直撃する。
 だがまだまだ余裕のようだ。クジラの動きはゆるまずまっすぐにこちらへ向かってくる。凪はつまらなそうに唇を突きだし、前の二人に声をかける。
「頭は硬いのかね。正面はご同輩に任せて脇へまわろうか」
 すっかり血が昇ってるのか、頭部に貼りついたままの恋を軸に左翼へ回りこむ。
 彼らに続いたのは魔術師の亜紀だ。
「送り火楽しみにしてきたんだから、くじらなんかに邪魔させないよ!」
 後方にいる姉の位置を計算し、ホーリーサークルを展開する。亜紀を中心に天と地にまばゆい白の魔法陣が生まれ、無数の銀糸で繋がれる。ほどけて消えた魔法陣の代わりに、仲間が光のコートをまとう。そのまま亜紀は、尻尾の傍まではやてを飛ばす。大きくうねる尻尾、それに伴う乱気流がはやての翼を捕らえる。きりきり舞いした亜紀は必死で相棒の首にかじりついた。どうにか体勢を立て直し、頬をふくらませる。
「やってくれたな。絶対逃がさないからね」
 邪悪討つべしと拳を握る亜紀。クジラは単に泳いでいただけなのだけど、まあアヤカシに人権はないからいいのだ。
 クジラが貨物船へ迫る。巨体が船影に重なろうとした瞬間、船首の大砲が火を吹いた。いや、そう見えたのだ。鋼の鱗に包まれた頑鉄が砲弾さながらに突進し、クジラの眉間に激突する。間髪入れず羅喉丸は八極門の構えを取った。丹田で練りこんだ気が正中線を昇り増幅されていく。
「はああっ!」
 裂ぱくの気合が全身からほとばしる。五感を開放、覚醒で研ぎ澄まされた拳を連打。ただ振るっているのではない。寸分たがわず同じ箇所を狙う。右と左を交互に打ちこむたび、クジラの頭がめり込んでいく。怒涛の九連撃の最後の一撃が岩盤を叩いた。頭骨らしい壁を殴った拳が裂ける。さすがに今のは効いたのか、クジラは首をひねって貨物船から軌道を逸らした。
「なかなか頑丈だな。だがそれでこそだ!」
 拳を押さえ、犬歯を見せて笑った羅喉丸の後ろから早紀の澄んだ歌声が響く。
「泰の天空にかむずまります千の精霊、万の精霊。まがことあらんをば禊祓い、よごと下したまえ」
 おとめの背で早紀は、胸の前であわせた手をゆっくりと空へ掲げる。かすかな鳴き声をあげ集ってきた青い鳥に似た粒子が、開いた両手の間から飛び立ち羅喉丸の傷に集まり塞いでいく。そのままゆったりと腕をおろし一歩踏み出すと、早紀は宙を凪ぐように両手を左右にはらう。
「もろもろのまがことつみけがれより十重に二十重に守りたまえ、幸いたまえとも白す」
 早紀の神楽舞に合わせ、羅喉丸を取り巻いていた微粒子が、彼を中心に八重桜のような陣を描く。
 真紀が満足げに口角を上げた。
「ようやったな早紀。前の守りは万全や」
 顔を赤くする妹には気づかず、真紀は愛用の長巻を抜き放った。長身の彼女をゆうに越える刀が日の光を弾き、刀身に施された繊細な彫刻を浮かび上がらせる。
「ほむら、左翼ぎりぎり飛んで」
 クジラの脇に近づいた彼女は長巻を胴体に突きたてる。皮膚の下、肉の裂ける感触が伝わってきた。
「行けほむら!」
 炎龍が高く鳴き翼をはためかせる。ほむらと真紀が通った後には、焔のような陰がこぼれ刀傷がばっくりと口を開ける。瘴気があふれだした。
 クジラが動いた。尻尾で宙をたたくと一回転する。乱気流が巻き起こり、全方位に放たれる。居並ぶ開拓者と二隻の飛空船に襲いかかった。
「カルバトス! 出番です、行きますよ!」
 楓真の号令一下、遊んでいたカルバトスは目をきらんと光らせ小型飛空船の前で翼を広げ、乱気流から船を守る。気流に鼻の頭を叩かれたカルバトスがきゃんと鳴いた。
「こ、こら。じたばたしない。だいじょうぶだいじょうぶ」
 主人が必死になだめ、ようやく相棒は落ち着きを取り戻した。小型船の護衛を決めこみ旋回する。
 貨物船を狙う気流には、頑鉄が体を張った。だが鋼龍一頭で押さえるには貨物船は大きすぎた。脇をすり抜けて行く乱れた空気の波に、飛びこんだのは白虎に乗る九寿重だ。
「牙持たぬ人の盾となるため、推して参りました。青龍の覚悟、とくと御覧に入れます」
 白虎の羽が舞い、九寿重の全身に浅い傷が走る。鮮血が風に散った。貨物船の無事を確認すると、九寿重は理穴式の弓を取り出し、狙いを定める。黒漆の弓に練力で生まれた紅葉の彩りが添え、楓の枝を手にしているようだ。
「狙うのなら、私になさい。はた迷惑なアヤカシめ」
 九寿重から放たれた一撃がクジラの頭部に突き刺さる。弾けた瘴気が朝顔のように花開いた。
 柚乃が大きく息を吸う。胸元の銀の鈴が愛らしく鳴った、が。
「アヤカシさんなんてー! だーいっきらいでーすーうー!」
 クジラの胴を狙い、くりだされたのは重力の爆音。真紀が裂いた傷から瘴気が噴き出した。
 空一杯に響くエコー付きの尻上がりな大音声に、一同、思わず耳を塞ぐ。貨物船のほうでパリンと音がした。
「あ、ガラス、ヒビ入っちゃいました? ごめんなさいっ」
 ヒムカの上から柚乃が頭を下げる。一枚板のガラスはけっこうな高級品なのだけど、船長本人がかわいいからよしと、いい笑顔で親指たててるから問題ない。
「女って得だよナ」
 ぼそりとつぶやいた倭文は気を取り直して弓をかまえ、戦場を睥睨する。正面と左翼に人が固まっているのがわかる。嵐の海の向こうには既に船着場が見えていた。
「時間がないゾ、皆。潰すなら左からダ、我は左目を狙う。協力頼ム!」
 暁燕に命じて自身も左に回り、長弓を引き絞る。十分に手の内を作り射ちこんだ矢は凍気めいた青をまといクジラの目へと飛んだ。しかし、分厚いまぶたに防がれる。
「そんな簡単にはいかねえカ」
 軽く口笛を吹き、続けて牽制の矢を放つ。
 頑鉄の上で、羅喉丸が拳を打ち合わせた。
「なるほど、目か。硬いコアよりそちらを優先したほうがよさそうだ」
 頑鉄を駆り、左目へ近寄る。クジラはまぶたを閉じる。だが呼吸を整えた彼の全身から闘気があふれだす。頑鉄の背を踏み込んだ羅喉丸の三連撃が、まぶたをえぐり、千切り、消し飛ばす。
「よし、いける! 精霊よ、俺に加護を!」
 至近距離から続けて眼窩に拳を三連打。まなこは簡単に潰れ、大量の瘴気があふれだした。身をよじるクジラを難なく避け、頑鉄に命じてとんぼ返り。右へまわりこんだ彼は、余力で構えをとると掌打から衝撃波を打つ。
 残った視界に羅喉丸の姿をおさめたクジラは、彼をめがけて動き出す。突然視野を吹雪が荒れ狂った。あわてたクジラは動きを止め、亜紀の生み出した吹雪に飲まれる。
 吹雪に巻き込まれた倭文と羅喉丸、そして恋に青い鳥のような粒子が集まる。
「ごめんなさい皆さん。すぐに治しますから」
 早紀から飛び立つ微粒子は、楓真と九寿重にも降りそそぎ傷を癒していく。続けて早紀は重心を落とし、静かな足裁きで精霊と呼応する舞を始めた。クジラの尻尾が見えない網にかかったように動きをゆるめる。踊りながら早紀は柳眉を寄せた。
「空飛ぶくじらなんて普通ならメルヘンなんでしょうけど……。ともかく退治しましょう!」
「まったくだね早紀ちゃん、そんなの御伽噺の中だけで充分だよ!」
 亜紀が燭台に似た杖を掲げた。狙うは尾の付け根。空いた手ですばやく柄を打ちすえる。燭台に灰色の火がともった。
「略式座標指定、視界前方。射程計測完了、目標尾骨部位をチェンバーに設定。ララド=メ・デリタ起動!」
 燭台が輝き、尾の付け根に灰色の光球が生じ、肉が削げて灰になる。残ったのは棘だらけの骨と、不自然に脈打つ黒い塊。
「真紀ちゃん、お願い!」
「きばってや、ほむら!」
 亜紀の声に長女、真紀は鋭い叫びをあげた。ほむらも絶叫しながら核に向かい突撃する。重い体当たりが核に炸裂した。さらにほむらは傷を狙い鋭い牙で食らいつく。飛び散った核のかけらが主を襲うが、真紀はものともしない。すらりと抜いた長巻が炎をまとう。
「妹らも泰の祭りを楽しみにしてんのや。お邪魔虫は帰ってくれへんか」
 白刃一閃、遅れて炎が軌跡を描く。付け根を両断された尾がマグマのように瘴気を噴き上げ、嵐の海へ落ちていく。
 高弦丸の上から秀影が手を叩く。
「ひゅぅっ、やるねぇ。俺達も負けてられねぇなぁ」
 手綱を握り、恋は斧に紫電を散らした。
「この隙か。一気に攻める!」
「おーい、恋君ちょっと待った、一緒に突っ込もうぜぇ。凪君、頼むわ」
 高弦丸の上から手を振り、秀影は急降下をしかけようとした恋を止める。
 三角陣の後方で、凪が魔槍砲に練力を送りこんでいる。瞳は冷静に脇腹の傷を見つめていた。
「さて、どう料理してくれようか」
 分厚い肉と瘴気のもやに隠れ、核のありかは定かではない。魔槍砲の宝珠が、グリーンからライムに、そしてイエローを通りこして白く輝き始める。
「ま、でかかろうが飛んでようが魚は魚だ。どてっぱらに風穴開けりゃ、さぞかし火の通りもよくなるだろうよ。しのしの! アジさん!」
 魔槍砲が胴に炸裂し、大量の瘴気が爆散する。もうもうと立ちこめるそれが風で薄まっていく。えぐりとられた肉の間から核がのぞいていた。恋が目の色を変え、深緋に突進させる。甲高い絶叫をあげて斧を振りかぶる。
「散れえええッ!」
「大丈夫かぁ恋君。血管切れちまうぜぇ」
 秀影の肩の筋肉が盛り上がる。高弦丸を操り、抜け目なく別方向から同時に突っ込んだ。急接近した二頭の龍が交わる。
 影が交差した後には、十文字に切り裂かれた核が残っていた。周りの肉がぐずぐずと腐り、崩れ落ちていく。クジラは悲鳴をあげる。逃げようにも尻尾は落とされてしまった。残った胴をじたばた揺らし、苦し紛れに乱気流を起こす。
 貨物船の前から動いていた志郎と羅喉丸があわてて後ろを振り向く。押し寄せる乱気流を、楓真と九寿重、そして倭文が身を呈して堰きとめる。
 志郎が魔杖を掲げる。先端の宝珠から星々の輝きがこぼれる。
「今傷を癒します。総攻撃にご協力ください」
 杖を振り回すと、淡い藍の波動が志郎を中心に広がった。さざめく波が後方の彼らの傷を癒し活力を与える。続けて志郎は魔杖をクジラの眉間にむける。そこは羅喉丸の拳で肉をそがれ、頭骨がのぞいている。
「……弾道トレス完了。アイシスケイラル起動します」
 杖にそって生まれた氷の刃が打ち出された。奥にある核を目標にした一撃だったが骨に遮られる。だが露出した頭骨に食いこんだ氷刃が膨れ上がり、硬い骨に亀裂を入れ炸裂した。
 九寿重が紅葉を散らして矢を射る。一本目は骨に弾かれたが、二本目はあやまたず眉間を穿つ。ヒビ割れがさらに広がった。
「楓真、倭文。今です、攻撃を眉間に!」
「いいですとも!」
 楓真がカルバトスと共に突撃、精霊の力を身の内に宿らせ、シャムシールを亀裂に突き刺す。てこの要領で力をこめると、頭骨の一部が音を立てて剥がれ落ちた。瘴気が勢いよく吹き上がる。倭文は手綱を引き、相棒に声をかけた。
「暁、一蓮托生。行くゾ」
 炎龍は咆哮をあげ突撃する。ひとつの弾丸となった龍は肩まで傷口に埋まる。肉が飛び散り汚液が跳ね、激しく瘴気があふれだす。瘴気を吸わぬよう呼吸を止めたまま、倭文は背から鋭い突きを放った。インパクトの瞬間、凝縮された気と精霊が呼応し、爆発する。肉が飛び散り、暁燕が顔を上げ離脱する。
 ヒムカの上で、柚乃がトネリコの杖を正眼にかまえる。眉間の置くから姿を現した、毒々しい黒が渦巻く瘤に狙いを定め、まぶたを閉じ、脳裏に虚空へ浮かぶ白い珠をイメージする。
「ええっと、月様、月様……守給、幸給」
 まぶたの裏、月がくっきりと浮かび上がり、夜空が広がる。柚乃が目を見開くと同時に杖の先から閃光がほとばしった。核を打ち砕かれ、クジラが断末魔を上げる。自重で潰れながら瘴気の塊は嵐の海へと沈んでいった。

●泰は送り火 秋刀魚は塩焼き
 亜祈がふんわり笑った。
「皆さん、討伐おつかれさまでした。ご覧のとおり、送り火は今年も盛況です」
 開拓者をねぎらう白虎の獣人、司空亜紀。天儀に戻れば浪志組九番隊長、けれど今日は料亭の娘だ。送り火実行委員会、それから呂も頭を下げて礼を言い、仕出し弁当を配り始めた。
 赤飯に根菜の煮しめ、タコときゅうりの酢の物。デザートはもちろん、完熟めろぉん。七輪を持ち込んで糠秋刀魚の炭火焼をふるまう。
「おお、なんておいしそうな!」
 あふれてくるつばをハンカチで拭き、楓真が手を伸ばす。だが亜祈の秋刀魚は、龍にばっくり食われた。
「カ、カルバトスぅ……」
 涙目の楓真のために、亜祈はもう一皿秋刀魚を焼いてあげる。横取りした本人は味が気に入らなかったのか、やわらかそうな野草をもしゃもしゃ食べはじめた。
 眼下には艶やかな火が並び、一夜の花畑になっている。遠目にながめるのもいいが、参加者側から見る送り火もなかなか趣があると秀影は相好を崩す。
「ふぅ、流石『豪華絢爛』ってぇだけはあるな。くぅ、こいつを眺めながら酒を飲むのも良かったかねぇ」
 聞きつけた恋が深緋に秋刀魚をやりながら、いたずらっぽく笑った。
「委員会の人が酒樽を持って歩いていた、声をかけてみるといい。今なら虎耳さんと早紀さんが、秋刀魚の刺身を作ってくれている」
 返事はしたものの高弦丸に背を預けたままの秀影に代わって、凪が飛んでいった。うしろを岳がついていく。樽を小脇に抱える参、その耳を凪は遠慮なくひっぱる。
「やっぱり猫の獣人にゃ、ネコミミがついているんだねぇ」
「いたいですいたいです、やめてくださいにょ。にゃんでこんにゃことするんですか」
「迷惑料だよ」
 委員会の面々は青い顔で尻尾を隠す。凪のほうこそ、獲物を前にした猫だ。
「やめてやりなよ」
 苦笑いしている恋に、亜祈が秋刀魚の薄作りを手渡した。
「皆さんが準備まで手伝ってくださったから、泰の祭を締めくくることができるわ。お酒も料理も食べ放題だから、ゆっくりしていってね」
 亜祈の声に、代金はどうなるんだと考えた倭文だったが、やめにした。
 呂の手から山積みの弁当を取り上げ、応援に来た猫族たちに配り始める。
「戚史殿、他にできることはないカ」
「ありがとうございます、あとは片付けくらいですね」
「労力は惜しむ気ねェから使ってくれヨ」
「はーい、お覚悟くださーい」
 楽しげに笑う呂は、左足を引きずって歩いている。くるぶし丈のズボンから傷跡が見えた。
 呂の裾がひっぱられる。振り向くと神楽家の亜紀がいた。皿の上には早紀の手料理、頬張ってむぐむぐしていたがごくんと飲みこんだ。
「呂さん、捕まえた。ボクたちから伝えたい事があるんだ。早紀ちゃんがね、ずっと気にしてたから聞いてあげてね」
 神楽家の次女が近寄る。手にはおたまを持っていた。
 呂を前に目を伏せ、握った拳を胸にあてる。
「まだきちんとお礼が言えてなかったですけど……あの時は有難う御座いました」
 深々と頭を下げる。そんな早紀の背を真紀がやさしく叩いた。
「姉として、一族の次期当主としてあたしからもお礼言わせて。ほんまに有難う」
 長女にあわせて、末の妹も礼をする。三頭の龍まで整列している。呂は面食らった様子で手を振った。
「わ、私は私にできることをしただけですってば」
「それが俺達の予想外でしのたで」
 振り返ると志郎が立っていた。天狼での見回りから帰ってきたようだ。
「お世話になりました、呂さん。今後も依頼に同行されるのでしょうか。だとしたら、気を引き締めて行きます」
 真剣な顔の志郎に呂はにっこり笑いかけた。
「あんな危険なのめったにないですよ。でもこれからもお力を頼る事があると思います。よろしくでーす」
 志郎は口元をゆるめ、送り火に目をやった。炎が天を焦がし、月まで届けとゆらめいている。
 羅喉丸も頑鉄とそれを見上げながら、刺身を肴に杯をあけた。辛い酒がのどをすべり落ち、胃の腑を焼く感触をしみじみと味わうと、羅喉丸は手酌で杯を満たし相棒に差し出す。
「よくがんばってくれた、頑鉄。おかげで人々の楽しみを守ることができた」
 泰拳士は快活な笑みを見せた。
「おまえを誇りに思う」
 返事こそしなかったものの、頑鉄は舌先で杯を舐めた。
 お弁当を空にした柚乃が、調理場の亜祈に近寄る。
「亜祈さん、柚乃もお手伝いしますよ」
「まあ、ありがとう。私、秋刀魚の調理に忙しくて他のが作れないの。何か一品お願いできるかしら」
 喜んで柚乃は食材を選びはじめた。首を突っ込んでくるヒムカの額をぴんと弾く。
「つまみぐいはダメです」
 九寿重は白虎の背から月と送り火をながめていた。白虎の上からならば、さらに遠くまで見渡せる。
「泰国は一年を通して温暖と聞きましたが、天儀はもう秋なんですね」
 白虎の首に体を預け、炎の熱気に目を閉じる。
「私もお月見をしてみましょうか、白虎と」
 上級鷲獅鳥はうれしげに鳴き、九寿重の手からよく焼けた秋刀魚の身をついばんだ。月は中天、祭の夜がふけていく。