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■オープニング本文 「ここを本陣とします。 先の報告によれば強固な防壁が築かれているそうです」 場所は、理穴東部僻地、『十矢羽村』。 「私は精鋭1,000名を率いて本陣から討って出ます。 状況は厳しい、前回のような大侵攻があれば指揮に専念している余裕はありません。 開拓者にも助力を願いましょう。彼らなら駆け出しでも5人分の戦力が期待できます。 各師団の指揮は側近のあなた方に任せます。魔の森周辺全体の侵攻を食い止めてください。あなた方ならば私の期待以上に動いてくれることでしょう。氷羅側での興志王(iz0100)との共同戦線も、羽柴麻貴(iz0048)と開拓者ならば必ずやり遂げてくれます。 ……私に何かあった時には、この国を頼みます」 淡々と響くのは覚悟を終えた者の声音。 松明が燃えている。 自ら火に飛び込む虫の羽音が、かすかに響いている。 側近だけが残った会議の間で儀弐王(iz0032)は透明なまなざしのまま座していた。 血の気の薄い、性を感じさせない顔立ちには、焦りも惑いもなく深慮だけがある。 弓術士の国、理穴。王は儀弐、名は重音(ぎじ・しげね)。 東部を魔の森に汚染されて久しく、国土は危機に瀕している。 天儀暦1013年、初夏。 その魔の森が突如膨れ上がりアヤカシの大侵攻が始まる。 三日三晩の激しい戦いの後、謎の巨大アヤカシは姿を消し、森は静まりかえった。 機をうかがうように。 このままで終わるはずがない。 理穴を導く女王は、報告書の束を手に地図を指差す。 慎ましやかな薄い唇からひっそりと考えがこぼれた。 「目撃情報から推察するに、次に『砂羅』と『氷羅』が現れるのはこちらと、こちらでしょう」 指先が地図の上をすべる。 「先の急変の大量の敵は彼奴らの手駒に違いありません。 侵攻再開時も物量で押してくるはずです。 我々の戦力を分散させるために」 儀弐王は考える。戦力を集中させ、速やかに大アヤカシを討ち取る方法を。 「砂羅と氷羅の討伐は、別口で開拓者の方々による部隊を編成します。 幸いにも武天と朱藩より飛空船団が援軍に駆けつけ、武天の綾姫には上空を制していただき、朱藩の興志王には氷羅の取り巻きを押さえていただくこととなりました。 ならば我々は……」 まなざしが、わずかに炎をはらむ。 「魔の森よりあふれる砂羅の取り巻きを倒しましょう。 此度の戦も、不眠不休となることでしょう。長引くほどに不利。 全力を尽くし、二日過ぎぬうちに決着を付けねば。 砂羅・氷羅という支配者を失ったアヤカシの群れが暴走しないとも限りません。 大物は倒せるだけ倒してしまいたい。 瘴気感染覚悟で魔の森に討ちいるも止むをえません。 その力を蓄えるためにも、安全の確保された場所が必要です。 ゆえに十矢羽村を本陣とします。 ここならば不意打ちされても守りを固めやすい。 何より、開拓者に恩義を感じた村人達から、勝利のためなら村をどのように扱ってもかまわないと陳情が上がっています」 王の指が地図を叩く。そこは十矢羽村付近の魔の森。 「砂羅側も総力で来るはずです。 擬態し、目視での索敵も必須と報告のある『玻璃小石』の出現が予想されます。 毒牙をもつ地上のアヤカシ。 遠距離攻撃に優れ呪詛を撒く飛行系アヤカシ。 まとわりついて動きを封じる青い粘泥『雫鬼』もいるでしょう。 そして何が来るかはわかりませんが、魔の森の内部にはまだ大型のアヤカシが複数巣食っているはず」 女王は立ち上がり、側近を見渡す。 「慈悲深い先々代儀弐王は、飢えた兵のために戦の傍ら獲物を狩り、部下に与えました。 しかし民の命を預かる私としては、これは美談ではなく教訓です。 一つ、貧弱な兵站がもたらす悲劇。 二つ、場当たり的な対応が起こす士気の低下」 讃えるでもなく、謗るでもなく、王はただ熟慮の結果を口にする。 「我が軍にはどちらも必要ありません。 重要なのは周到な連携。前線は後方に支えられ、後方は前線に守られる。 両輪そろえば必ず勝利が得られるでしょう。 先の、断たれた補給路の回復により、手に入れた物資を有効に活用いたしましょう。 残された時間は少ない。物資も無限ではない。 だがしかし我々はやり遂げなくてはならない、そうですね?」 側近は一斉に敬礼し、腹の底から了解の号を発した。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲
イグニート(ic0539)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●構え 理穴東部僻地、十矢羽村。儀弐王軍、本陣。 千人の弓兵は、二重に築かれた防壁を盾に奮戦していた。百人を一個小隊、三重に分かれて防壁を中心に左右へ扇状に展開。 最前列が直射、二列目以降が曲射し魔の森からあふれるアヤカシの群れを一列に制御、防壁前まで誘い込む。 そこに立つは女王、儀弐重音(iz0032)。 紅の矢が大弓から放たれ、群れを貫通する、衝撃波すら巻き起こし残った小物を切り刻んだ。 彼女の弓手には包帯が巻かれている。部下をかばった痕だ。 (「儀弐王様、どうか理穴を、我らの故郷を……」) 自分の腕の中、こときれた兵の遺言を胸に、王は戦う。弦を引くたび新たな血がにじんだ。 魔の森より溢れるいびつな影は次第に数を増していく。鳥めいた影が弾丸を降らせ、兵の肩や太ももを穿つ。戦線は横に広がる一方だ。討ちもらしが増え、毒の牙が儀弐王へ迫る。 「王をお守りしろ!」 防壁の前列百人が山刀を抜く。乱戦が始まった。 後方から伝令が来た。報告を聞くと王はかぶら矢を取り出し天へ放つ。鋭い音が鼓膜を叩いた。兵長らが号令をくだし、再度防壁を中心に固まる。だが向かい来るは地を埋め尽くすアヤカシ、圧倒的な戦力差だ。 王は汗をぬぐい、背後を振り向いた。 「来てくださったのですね」 無機質な紫の瞳に映るのは、開拓者とその相棒。 龍、人妖、滑空艇、駆鎧。 それから又鬼犬。名は初霜。立派な黒の毛並みで、額と尻尾の先だけがほんのり白い。大軍勢を前に元気よく吠えた。主人、菊池 志郎(ia5584)は魔杖で前方を指し、初霜に命じる。 「訓練の成果、見せてあげなさい」 初霜は矢の生えたアヤカシに飛びかかり爪を振るった。相手は瘴気に溶け、残された矢がぬかるんだ大地に落ちる。志郎の癒しの閃きが広がり、乱戦の兵が力を取り戻していく。 右舷。利き腕を押さえる兵達の前に小さな影がぴょいと飛びだした。 「ほほほ、くるしゅうない近うよれ。妾がいたいの飛んでいけしてやろうぞ!」 「これ、火ノ佳」 相棒の人妖をたしなめ、すみませんねと笑った六条 雪巳(ia0179)は扇を広げる。全身が淡い銀にきらめき、長い髪が透きとおるような輝きを帯びる。手首を返した瞬間、光が放たれた。兵の傷が癒えていく。 バリケードを乗り越え、咆哮を上げたのは鋼龍の頑鉄だ。青みがかったごつい尻尾が地をなぎ払い主の露払いをする。背から飛び下りたのは龍袍に身を包んだ羅喉丸(ia0347)。 「遠野村と、理穴の人々を守るために!」 強い意思を宿した瞳そのままに、手刀が粘泥を断ち、蹴りが獣を跳ね上げる。厄介な個体を狙い、瞬く間に近づいた彼は勢いを乗せてトドメを刺す。 優れた身のこなしで群れを相手取る羅喉丸、その脇を影がすべり行く。鷹の獣人、津田とも(ic0154)のグライダー、九七式滑空機『は号』だ。器用に風を捕まえるたび短く切られた黒髪がなびく。飛び回る鳥のアヤカシに火縄銃の照準を合わせた。 「魔の森ともども消え失せろ」 朱藩の興志王も一目置く射撃の腕。羽の付け根をやられた鳥型は瘴気を吹きだし地に落ちる。 憂国の士、不破 颯(ib0495)もまた、駿龍、瑠璃と共に空を舞っていた。軽やかに高速飛行し火炎を吐く。主人は安息流騎射術で激しい上下動をいなし、鳥型の集中攻撃をかわすと焙烙玉を投げ込む。 「出奔した身だが俺とて理穴武士。ここまで荒らされて、黙ってるわけにはいかねぇなぁ。……覚悟しろアヤカシ共」 金の瞳が標的を映す。漆黒の角から削りだされた弓が矢を撃ち出していく。 防壁の中央に陣取った劫光(ia9510)が叫んだ。 「左舷、どけ! 出すぎだ、巻き込むぞ!」 聞き取った王がすぐさまかぶら矢を放つ。兵が引き、開けた野に向かって彼は符を放った。 「いざ吹雪けよ氷龍、燦!」 符が裂け、姿を現した白い龍がアヤカシの群れを凍らせる。散った瘴気が彼に再び力を与える。巫女服の人妖、双樹が小さな手を伸べて王へ癒しを運ぶ。 「お願いです、無理はなさらないで下さい」 王は答えず次の矢をつがえた。 まだまだ敵の数は多い。水を吸った大地に足を捕られつつも突進する。対して開拓者と相棒たちの足には、草鞋の要領で荒縄が巻かれており、すべりどめの役割を果たしていた。 勧めたのは玖雀(ib6816)だ。紅い髪紐でくくられた黒髪をなびかせて走る。すれ違いざまに自在棍をアヤカシにからみつけ、陰殻流の動きで打ち砕いていく。相棒の炎龍、梓珀と息のあった攻撃を仕掛ける。 「相棒も開拓者も弓兵たちも、俺にとっては戦と寝食を共にする仲間。無駄死になんかさせてたまるか。村も兵も仲間も守る。それが俺のやり方だ!」 「はぅ! そのとーりなのです!」 桜色の駆鎧が玖雀の隣を駆け抜けた。群れに踏み込み、急ブレーキ。ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の駆るヴァナルガンドが巨大な戦斧を振り上げた。はねとばされた小物が宙を舞って崩れる。駆鎧の中でネプは力をこめる。 「アヤカシさんいらっしゃいなのです! ヴァナルガンドは無敵なのですよ!」 退いた左舷では、兵の流れに反し前へ出る人影。 「待たせな理穴の兵ども! この俺様がああっ?」 突っ込んできた猪形に吹き飛ばされる。めげずにすぐさま跳ね起きた。 「大英雄、イグニート様だ。俺の名を呼ぶときは様を付けろ!」 イグニート(ic0539)は魔剣をかまえ再突撃する。空から彼の炎龍が邪魔な小物を片付ける。猪型は脳天をかち割られ、瘴気を吹き上げて倒れた。 調子よく剣を振り回す彼を、神座早紀(ib6735)はジト目で眺める。 「……男の人が苦手なのは我慢します。でもあの人には近寄りたくないです」 気を取り直し早紀は澄んだ声で歌う。青い鳥のような光の粒が彼女の周りに集まり、広がっていく。 「儀弐王様が命を懸けておられます。今度は私が王様の為に戦う番です! おとめ。大変だけど、いっしょに頑張ろう!」 身を盾としていた鋼龍は、応えて高く鳴く。 アヤカシは、ようやく数を減らしつつあった。 どうにか魔の森までアヤカシ勢を押し返し、一息つくため開拓者は防壁の内側に集まった。 雪巳が進み出、彼らを待っていたその人に頭を下げる。 「お久しぶりです、儀弐王様」 理穴の女王は怒号渦巻く戦場の隅にひっそりと咲いていた。 「よく来てくれました。あなたが見知りを名乗ってくれるとは喜ばしい」 においもぬくもりもない透明な声は、雪巳がよく知ったものだ。微笑んで再度癒すが傷口はふさがりきらない。 「これは相当に重い傷ですね。一国を預かる方が無茶はいけません」 早紀がおずおずと進み出た。 「あの、先日、遠野村の人達がどうしてらしたかご存知ですか……」 「報告待ちです」 にべもない一言に湖底姫の恩人である早紀は肩を落とした。王は続ける。 「長く関わってきたあなたの方が、彼らについてよく知っているでしょう」 「そう、そうですね、きっと勇敢な人たちが助けてくれましたね」 早紀の瞳が輝きを取り戻す。少し離れた所で、イグニートは王をじったり眺めまわしている。 (「ぐふふ、相変わらず細いくせに出るところは出ているな。いいぞいいぞ」) 彼の視線を羅喉丸が遮る。 「行きがけに村をのぞきましたが、兵しかいない様子。王よ、十矢羽村の住人たちはどうしているのですか」 「首都に避難しました」 「それはよかった。存分に拳を振るえます。遠野村も、この村も、弓兵たちだって、俺が守って御覧に入れます」 力強い言葉に王も応えた。 「頼りにしています」 進言しようと楓が姿勢を正す。王も彼に向きなおった。 「恐れながら、兵に休息を。俺達は三班に分かれ交代で休息をとるつもりです。弓兵にもそうするよう命じて頂けますか。防壁も追加で作りたいので、余力がないと厳しいですからねぇ」 「心得ました。お気遣い感謝します」 ともが村へ視線をやる。 「役に立ちそうなものを色々と持ち込んでる。遠慮せず使ってほしい」 「ありがとうございます。早速兵に検めさせます」 「んー、儀弐王さま。恐れ入りますが、あなたさんに直接行ってほしいのですよ」 桜色に輝く駆鎧からネプが降りてきた。今の話を聞いていたようだ。 劫光も厳しい顔で言葉を引き継ぐ。 「指揮に影響する、俺達に託したって事で下がってくれ」 彼の目は王の、血に染まった包帯へ向けられている。 「他国の王が援軍として立つ中、理穴の主たる私が後ろに下がっていられましょうか。兵は精鋭ではありますが、助けなくしてあの数は討ちきれません」 確かに負傷してなお、彼女の弓はすさまじかった。紅の軌跡が天を穿ち、地を削ぐ姿を開拓者は目の当たりにしている。 だが同じ弓術士の楓は気づいていた。 (「命中精度が低い。衝撃の余波に巻き込んでいただけだ。もし誤射でもされたら、俺達もただでは済まないぞ」) 静かに拒む王を、新たな癒しの光が包んだ。志郎だ。 「兵、開拓者、十矢羽村の方々……多くの人々との繋がりがあって、今この場に俺は立てている……。あなたもそこに含まれるのです儀弐王様、それだけは忘れずに行動してくださいませんか」 王は弓手を押さえていたが、やがておとがいをあげた。 「わかりました、全権をあなたがたに託しましょう。ですが休むわけには参りません。村での品を検めたならすぐに戻ります」 「いいえ、休んでください」 玖雀が強い口調で割り込む。 「もう目の前で人が死んでいくのは沢山だ、皆大切な者がいる」 亡くしてからじゃ遅いんだと、王の瞳を玖雀は正面から見据える。先に目をそらしたのは女王だった。 「よくわかりました。ほどほどに休みをいただくことにします」 ●狙え 儀弐王は戦線から離れることになった。 指揮を取るのは開拓者だ。楓が一同をざっと見回す。 「それでは班分けだねぇ。ともと羅喉丸は儀弐王様を護衛してほしいところだな。特に色々持ち込んでるみたいだから、検分に立ち会った方がいいだろう」 志郎もうなずく。 「多くの兵が傷ついています。俺はひとまず手当に励みたい」 イグニートは。 「重音が行くなら俺も行くぞ!」 皆のしらっとした視線。羅喉丸が腕を組んだ、つま先が地を叩く。 「無礼だぞイグニート。一国の主を呼び捨てにするなど。改めろ」 「お、やるのか?」 気色ばむ二人に王はまぶたを半ばまで落とした。 「くだらない争いはやめなさい。その軽口が軽挙妄動からか豪傑となる大器からかは、戦果が示してくれるでしょう」 二人は不穏な視線を交わし、すぐに王へ向きなおった。 「儀弐王様がそこまでおっしゃるのなら」 「いいだろう、今回は顔をたててやる」 矛先を収めた二人に代わり、楓は瑠璃の頭を撫でた。 「まだ敵の数は多い。俺はこの場に残り、夜中まで空のアヤカシを引き受けます」 ネプは駆鎧を誇らしげに見上げた。 「暗くなったら、気づかないうちにでっかいのと御対面なんてことにもなりかねないのです。でもヴァナルガンドなら大物どんとこいなのです」 早紀もおとめの尻尾を撫でてやる。 「私も、お二人と共に前線の人たちを守ります。おとめは鋼龍、いるだけで盾になれますもの」 彼女の向かいで、劫光が魔の森を見やった。 「試してみたいことがあるんだ。玖雀、雪巳、頼めるか」 「何をするつもりなんだ」 玖雀の問いに劫光は、瘴気計測用の懐中時計を取り出した。 「魔の森に入り大物の巣を探りたい。もし発見できれば一気に叩ける」 彼の人妖、双樹が両手で主人の裾をつかむ。 「危ないよ劫光」 王も言い添えた。 「今の魔の森ならば、瘴気感染は免れえません」 劫光は王に向きなおる、強い瞳で答えた。 「その瘴気感染も調べに行く。俺は陰陽師だ。瘴気を取り込めば符の威力も高まる。進行度を自分の体で確認できれば、仲間が魔の森に踏み込む目安になれるだろう」 「一緒に行く俺達は不利になるだけなんだが」 玖雀のもっともな一言に劫光が言葉に詰まる。その様子に雪巳は扇で口元を隠し、くすくす笑った。 「この程度で自分の意見を曲げる方と思ってらっしゃるのですか」 「一人で突撃しかねんのじゃ、違うかの?」 火ノ佳にまで言われて肩をそびやかす劫光に雪巳の笑みが深くなった。不意に真面目な顔になる。 「人々の思いが心に沁みます……劫光、あなたの志も。今回は厳しい戦いになるでしょう。それでも、明けない夜も、止まぬ雨もないのです。一人でも多く生き延びるために、持てる力全てで応えねば」 玖雀は梓珀の首を叩いた。 「俺だってこいつを我侭に付き合わせてるんだ。嫌とは言わないぜ」 「弓兵に援護をさせましょう」 儀弐王の言葉に劫光は首を振る。 「お気遣い痛み入る。だが踏み込むなら俺達だけでさせてもらう。兵に被害は出したくない」 魔の森の入り口で、玖雀は相棒の首を一撫でする。 「上空で待機警戒だ」 指笛で空に放った。そして劫光に顔を向ける。 「万一の時はおまえだけでも梓珀と離脱しろ」 「……そんなことにならんようにするさ」 懐中時計を手に森へ踏み入る。進むにつれて濃い瘴気が三人を包んだ。 「弓兵を連れてこなくて正解だったな。短期決戦ならまだしも偵察には不向きだ」 そう言った劫光の隣で玖雀が目をこする。 「変な霧だな。目がチカチカする」 雪巳は口元を押さえた。 「少し吐き気がします」 「ほほ、もう弱音かえ雪巳。妾を頼ってよいのじゃぞ」 雪巳は火ノ佳の頭を扇で軽く小突いた。同じ人妖でも双樹は劫光のそばから離れない。時折爪先立って木立の暗闇をのぞきこんでいる。夜目が利くのだ。 「人魂を頼む。双樹」 劫光に言われて呼んだ人魂を白蛇の形にした。 「何故蛇なんだ」 「地形とか気にせず動けそうで、いいかなって……ごめんなさい」 「謝らなくていい」 玖雀が割って入る。 「ぶっきらぼうに言ってやるなよ。藪もひどいし暗いとこも多い。どこに潜んでいるかわからないから助かる」 双樹は頬を染めて劫光の後ろに隠れた。火ノ佳も人魂を作る。 「妾はこうじゃ」 緑のリスは尻尾を振りながら白蛇と反対の方角へ駆け去った。 踏み出した劫光の、足元で何かが爆発した。間一髪で飛び退る。藪の下から、薄黄色の透明な板が這い出てきた。 素早く棍が叩きつけられる。板はあっけなく砕けて瘴気に戻る。玖雀がまばたきをした。 「たいした強さじゃないな、なんだこれは」 物音に釣られたのか、青い粘泥と兎型のアヤカシが寄って来た。劫光は玖雀を振り向く。 「いけそうか」 「当然だ、なめるな」 自在棍が宙を裂き粘泥を逆にからめとる。そのまま振り回し、木の幹に叩きつけた。 また何かが弾ける音がする。双樹が悲鳴を上げた。ふとももが裂けている。 「てめぇ!」 目の色を変えた劫光が霊剣で板を断ち切る。火ノ佳が双樹に抱きついた。涼風が二匹の服を揺らす。 「よしよし、もう痛くないぞよ」 「ありがとう」 雪巳はしゃがみ、藪の下に枯れ枝を差し込んだ。硬い感触を引き出すと宝石のような小石だ。表面がうねり、一気に広がって薄黄色の板になる。閉じた扇ではたき返すとすぐ崩れた。 「玻璃小石というやつでしょうか」 眉を寄せた雪巳の袖を火ノ佳がばしばし叩いた。 「首のたくさんある蛇を見つけたぞ」 一行に緊張が走る。雪巳が問いかけた。 「場所は?」 「ここからまっすぐ、かなり奥じゃ。四、いや五匹。まだおりそうじゃのう」 双樹も劫光の裾をつかむ。 「こっちにも大きな蛇みたいなのが。それと、牛の頭をした鬼が……」 劫光は深く息を吐いた。こめかみを押さえる。 「戻るか、俺も頭痛がひどくなってきた」 村についた儀弐王は山と積み上げられた開拓者の志を見てまばたきをした。志郎はひとまず両手に抱えられるだけ抱える。 「医薬品も食糧も、持ち込んだものは皆で使ってください。俺は兵の手当をしてきます」 ついでに帯へ酒もねじこみ、志郎は井戸の近くの大きな家に向かって走り出した。初霜は風呂敷包みをくわえて主人を追いかける。負傷兵が既に外まであふれていた。 王は休憩中の兵を呼び寄せる。整列した弓兵を前に、ともは羅喉丸が持ち込んだ矢盾や荒縄を指差した。 「俺達開拓者は夜明けが来たら魔の森に討って出る。おまえ達の援護がほしい。そのためにも戦線を押し上げる必要がある」 羅喉丸が望遠鏡を取り出す。それから狼煙銃を一式。 「諸君にはもう一枚防壁を築いてもらいたい。だがその分反撃も手薄にならざるをえない。だから物見を立ててほしい。大型の敵影を見かけたらすぐに狼煙銃で知らせてくれ」 王もうなずいた。兵はかしこまって受け取る。羅喉丸は続けて数々の弓を取り出す。 「それからこれだ。戦力にならないかと持ってきた。よければ試してくれないか」 ともが銃やゴーグルを渡す。王の許しを得て弓兵たちは武器を試すが、いまいちしっくりこないといった顔をしている。遠慮して口ごもる彼らの胸の内を儀弐王が代弁する。 「理穴の流儀で育った私達に、他国の弓や銃は向きません。天儀式の弓をお借りいたします。よろしいでしょうか」 羅喉丸はうなずき、王に面を向ける。 「少しでも戦力が上がるなら本望。しかし、ひとつだけお願いがあります」 「なんでしょう」 「……必ず、返しに来るように」 彼のまなざしは王のさらに向こう、名も無き兵たちを見つめていた。 「心得ました」 羅喉丸の心意気に王は礼を返す。弓兵たちも一斉に挙手返礼した。 その頃、志郎は即席野戦病院を駆け回っていた。 地べたに転がされた兵を布団に寝かせ、照明を集めて傷を診察する。血は井戸水で洗い、酒で消毒。紫に腫れ上がった四肢へは解毒処置。 今は魔術師に籍を置く彼に巫女の術法は負担が大きい。精霊との交信にひっかかりを感じるたび息を整え、符水を飲み干しては閃癒を撒いていく。 重傷者へは特に念入りに。 だが腕を失った者、足を食われた者。傷が癒えても彼らには暗い影が落ちていた。 志郎はあえて柔和な笑みを崩さなかった。自分が近づくたび、未来への恐怖と戦う兵のうつろな眼に、安堵が灯るのを知っていたから。 (「ここは安全ですよ。泣いていいですよ、笑っていいですよ……」) 傷が塞がっても体力までは戻らない。精霊による不自然な回復は志体を持たない者の底力を奪っていく。初霜が尻尾を振り座りこむ兵たちに風呂敷包みを渡した。志郎は言い添える。 「召し上がって英気を養ってください。食事の配給は別にやりますので」 兵の間から歓声が上がる。包みの中身は団子や木の実の詰め合わせといった嗜好品。特に樹糖は喜ばれた。理穴名産の甘味が詰まった小さな瓶を、兵たちは順にまわして味わっている。 「しかし、防壁をもう一枚作るには資材が足りません」 儀弐王は積まれた土嚢をながめて言う。 「持ち込んでくださった物資は活用します。しかし今の規模をもう一枚となると心元ありません」 王は利き手をあげた。指差した先には無人の家が並んでいる。 「あれを資材にしましょう。すぐに取り掛かりなさい」 とまどいを飲み込み、兵は解体にかかる。ともが王の顔色を伺う。 「戦が終われば村人が帰ってくるのではないのか」 「問題ありません。勝利のためならどのように扱ってもかまわないと陳情が上がっています」 羅喉丸がぼそりとつぶやいた。 「……餌にしないだけましか」 「何か言ったか?」 「いや、なんでもない。頑鉄、運ぶのを手伝ってやれ」 ともの声に首を振る羅喉丸。 音を立てて崩れ落ちる家々。村人を思い眺める一同の中、イグニートだけが儀弐王の横顔を盗み見ていた。 防壁作りが始まった。 魔の森との中間にあたりをつける。 ネプは駆鎧の馬力を活かし大量の土嚢を抱えあげた。アヤカシどもが牙を剥く、しかし。 「はぅ! へっちゃらなのです!」 群れを物ともせずヴァナルガンドは進む。弓兵を狙う敵の進路を塞ぐ駆鎧の、桜色装甲が夕陽にきらめいた。強引に目的地へたどり付き、基礎となる土嚢を積む。 「交代ついでに皆さんが村から色々持ってきてくれてるのです。僕はちょこっと運ぶだけだから楽チンなのですよ」 雑魚にたかられながらもネプはけろりとしている。楓の駿龍が矢を降らせる。 「かなり数が減ってきたな」 戦場を睥睨しながら楓は攻撃を続ける。 「夜になる前に基礎だけでも築いてしまいたいねぇ。早紀さん、そっちはどうだ」 「は、はいーなんとか」 鋼龍おとめは背の主人が気が気ではない。全身を硬質化させ龍尾を振りまわし、寄らば斬るぞとばかりに敵をつぶしてまわる。おかげで資材を積んだのに前へ出れない。 「おとめ、私は大丈夫だから。ね? あそこまで行ってほしいの」 早紀のお願いにおとめはようやく歩き始めた。前へ出たおとめの両眼がかっと開かれる。魔の森からのぞく、あれはヒュドラだ。 「おとめー!?」 早紀を守ろうと突進する。ヒュドラは身を引こうとしたが、時既に遅し。鋼龍と正面衝突し腹をそがれる。勢いあまって積んだ資材が天高く飛んだ。ほうほうのていでヒュドラは逃げ出す。 「はぅ! 主人思いなのです!」 「空回ってるけどねぇ」 ネプがヴァナルガンドで散らばった資材を集める。楓は瑠璃の上から雑魚を倒す。 基礎が築かれると弓兵の半分が新たな防壁まで移動してきた。暗くなる中、矢盾を組みつけ、玖雀から借りた不死鳥の羽で松明を灯す。志郎の提案を受け、足元にも土嚢や板を敷きすべり止めにする。 空からは楓が、地上では早紀とネプが彼らを守る。そして後ろの防壁では仲間が、じりじりと削られる弓兵をかばい戦っていた。 ●討て 夜明け前。 「炊き出しですよー!」 おたまとフライパンを手に早紀がバンザイしている。家の一つを借り、調理器具セットで手の込んだ品まで作った。空の皿を重ねた儀弐王は、早紀に透明なまなざしを向ける。 「戦場において、食事の質は士気に直結します。感謝を」 「えへへ、縁の下の力持ちならぬ料理人なんです」 食べ終えたネプは太平楽に爆睡していた。 「むにゃ、修理はかんぺきですー……ヴァナルガンドちょーかっこいいのです……ぐう」 ごろんと寝返りをうつ、そこは王の足元だった。無言のまま王はネプの頬の土をはらってやる。 片付けをまかせて早紀は野戦病院に入る。あちらでは手当に没頭している志郎、そちらには青い顔で癒し続ける雪巳。二人の周りには薬草や包帯、空になった符水や節分豆の袋が散らばっている。 早紀も応援に入る。 「若いのにがんばるねえ」 不意に話しかけられた。壮年の男だ、床に伏している。 「さっきのメシね、美味かったですよ。私にも娘が居ましてね。料理はさっぱりだったが、弓が上手くて。武家の誉だなんだと調子に乗らせてしまってね」 早紀は黙って話を聞く。男の目は落ち窪み、死相が現れていた。 「初陣で昇進しましたよ、ええ」 男は力なく笑い、むせた。早紀は彼を抱き起こし、口元に清潔な布をそえてやる。吐血がにじむ。 「ありがとう、ついでに頼まれちゃくれませんか。この村に埋めてほしい。娘は、ここで……」 それが遺言になった。早紀は男を布団に寝かせ汗を拭いてやる。脳裏に映るのは真新しい塚の数々。玖雀がそっと愛飲する酒を供えた英霊の墓。 嗚咽をかみ殺す。こらえきれなかった涙が一粒、男の目元に落ちた。彼自身の涙のように頬を伝う。 「救えなくてごめんなさい……」 空が白みはじめた。 ともは疲れた顔の兵をながめて呟く。 「士気を上げられないだろうか」 考えをめぐらすも妙案は浮かばない。イグニートが大またで儀弐王に歩み寄った。 「おい、もらえるものはもらえるのか」 兵たちは目をむく。国の命運をかけた場で天へも昇る豪欲だと陰口を叩かれたが、イグニートは王を正面から指差した。 「金だ! 金を用立てろ」 殺気立つ兵たちを王が制す。イグニートは、まだわからんのかと言いたげに指を振った。 「……言っておくが俺が使うのではないぞ?」 自分に向けられたように見える手が指すものを、賢王は見抜いていた。己の背後にある村を、本陣の名目で踏みらされた家を、畑を。 「十矢羽村復興の補助金を、と言いたいのですね」 「さすがだな。既に考えてあったか」 王は訂正しようとして口を開く、しかしイグニートが両手を広げるのが早かった。意気揚々と兵を見渡す。 「聞いたか、王は戦後まで見据えているぞ。すなわち重音にとって勝利は当然のもの。つまり、貴様らに全幅の信頼を寄せているのだ!」 相対する兵たちは、自尊心をくすぐる言葉と、王を呼び捨てされた無礼と、どちらに反応していいか迷っているようだった。 すらりと霊剣を抜き、劫光が進み出て視線を走らせる。ねめつけられた兵が後ずさった。芝居がかった仕草で襟を整える。 「迷うな、惑うな、ただ射ち抜け。一切合財を弓手にこめろ、千載一遇の矢を放て、儀弐王の御心のままに……」 霊剣を真上に掲げる。昇る日の最初の光が刀身できらめいた。 「俺達は勝つ!」 兵たちが快哉を叫ぶ。拳を突き上げ、理穴万歳と声を張り上げる彼らの目は、自信と誇りが輝いていた。熱狂する兵を眺め、イグニートは腕組みして笑う。 「効いたな。今ので重音の心も俺に傾いたはずだ、ぐふふ」 「ありえないから安心しろ」 ともは鷹の生まれらしい目つきで威嚇する。王が振り向いた。感情をつかみかねるその瞳に、イグニートが映る。 「先ほどの進言で私も思うところがありました。お礼を。寸志になりますが、受け取ってください」 「そんなはした金なぞいらん。他の連中にくれてやれ。代わりにその胸をおッ!」 ともの鉄拳制裁。イグニートはぬかるみに沈んだ。 開拓者達は集合し、強襲の策を練る。 ネプがしゅんと狐耳を伏せた。 「はぅ……今のヴァナルガンドがフルパワーでいられるのは長く見積もって10分なのです。敵を探しながら魔の森をうろうろしてたら、小物に邪魔されて立ち往生しかねないのです」 だけど、と胸を叩く。 「馬力は十分、十二分なのです! 僕はバリケード前で討ちもらした大物をやっつけちゃうのです」 楓は瑠璃にまたがり、矢筒を背負いなおす。 「引き続き空から援護をする。敵をひきつけるから上から狙われることはない、安心してくれ」 「俺も協力する」 ともがは号に飛び乗った。羅喉丸が拳を打ち合わせる。 「魔の森へは俺達が討ち入ろう」 志郎は顔を曇らせ、瘴気感染の三人を気遣う。 「大物は奥だそうですね。具合はいかがですか」 玖雀が答えた。 「動けはする。森前で待機し、大物が現れたらともさんに合図をもらって乗り込むつもりだ」 懐中時計をながめていた劫光も口を開いた。瘴気感染の度合いを時間から逆算した上で。 「今からなら半日以内に勝敗が決すれば後遺症までは……ッ!」 鋭い痛みが走り、眉間を押さえる。早紀が頬に手を添えた。 「半日で勝負をつけないといけないわけですね」 「余裕だな」 「イグニートさんは黙っててください」 雪巳も切り出す。高熱のせいか、頬が紅い。 「道に迷うのが一番恐ろしい。防壁傍で狼煙を上げてもらい、方向確認に使いましょう」 汗のにじむ額をハンカチでぬぐう。 「それと、弓兵たちに援護射撃を。矢の届く範囲なら倒すもたやすいでしょう」 ともが首をひねる。 「魔の森の中で、敵と戦いながら背後からの矢を避けるのか。俺達ならともかく、相棒には厳しくないか」 志郎も口をはさんだ。 「定位置から木立の合間を縫ってとなると、威力も薄れそうですね」 しかし早紀が遮る。 「斉射は必要です。初撃を見たでしょう。あの数の小物に魔の森で囲まれたら、動きを封じられてジリ貧になります」 ネプが瞳をくるりと動かした。 「弓が届くより奥が皆さんの戦場ってことなのです、はぅ」 どうしたものかと腕を組む。 「私が援護しましょう」 淡々とした声に一同が振り返る。たたずんでいたのは理穴の女王、儀弐重音。 「私ならば、あなたがたの元まで矢を放つことができます」 楓は包帯の巻かれた彼女の弓手を見つめる。 「頼めるものならお頼みしたい。しかし誤射の危険が」 「よく、狙いますので」 そう言って王は、ともの水晶のゴーグルを身につけた。 儀弐王の援護射撃は十秒に一度。だが狙いを定められたそれは、開拓者たちがここぞと願った瞬間に標的を打ち抜く。 皮一枚で落とし損ねたヒュドラの首を、薄緑に光る王の矢が砕いた瞬間、志郎は確信した。 (「いける!」) 魔杖を手に意識の底を開放、精霊に繋ぐ。 「略式座標指定、十時から二時、弾道トレス完了、ブリザーストーム起動!」 杖の先から巻き起こった吹雪が、正面のヒュドラ二体を回りの雑魚ごと巻き込み、凍てつかせる。 頑鉄から飛び下り、羅喉丸が前へ出る。 「泰拳士の秘技、見せてやろう!」 魔の森深く、瘴気に感染してなお羅喉丸は鬼神の如き強さを発揮した。 右、左、右。手刀で首を飛ばし、独楽のように蹴りを連続で叩き込む。それで終わりはしない。膝蹴りで胴をすくい上げ、両手を組み合わせ打ち下ろし、指三本の至近距離から骨まで砕く拳を入れる。 力に覚醒した怒涛の九連撃には六つ首のヒュドラでさえも瞬く間に粉砕される。すぐに瞬脚で別のヒュドラと間合いをつめ、三面六臂もかくやの攻勢をかける。 うごめく小物を相手にイグニートは魔剣を掲げ、逃げる。 追いかけてきた群れが防壁からの射撃で瘴気に還った。 「ガハハハハ! くたばれ雑魚ども! おっと、ここから先は通行止めだ。イグニート……スラァァァァッシュ!」 一回り大きい個体を倒し、イグニートは防壁を振り返った。 「見ているか重音! ……こっちにはおらんのか、まあいい」 今度は兵に向けて魔剣を掲げる。 「いいか、貴様ら。儀弐王の為に手柄を立てるなら今だぞ!」 早紀もまた大量の雑魚を引き連れ、弓兵の射程を出入りする。 「この程度で音をあげていては、姉さんのお役に立てませんもの。おとめ、力を貸して!」 受けた傷をすべて癒すかわりに、反撃もできない早紀の為に、おとめは龍尾を振りまわす。そこには三つ首のヒュドラが居た。突然中央の首が射抜かれる。 瑠璃が早紀の上空を旋回していた。楓は意識を涅槃に飛ばし薄緑に光る矢を放つ。左の首が射抜かれる。後方から王の矢が飛び、右の首を吹き飛ばした。 「ありがとう!」 「礼には及ばん、続けてくれ」 楓の声に早紀は手綱を握りしめ、また魔の森奥を目指す。 ともは、は号の上からざわめきだした森をながめる。 「大物狩りが始まったな」 滑空艇を切り返して待機する仲間に合図する。玖雀が手を振り返した。後ろでは望遠鏡で森の内部を伺う兵が、弓を構える王に逐一状況を報告している。 「よし、行くか」 「はぅ、歩いていくのです?」 地響きを立て駆鎧が近寄る。ぎらりと光る大斧に、玖雀の顔色が青くなる。 「魔の森に居る時間、ちょっとでも減らしたくないです? 僕は皆さんが心配なのですよ?」 「嘘だ。ぜったい嘘だ」 玖雀は懐のお守りに手をやり数瞬目を閉じ、覚悟を決めた。 「やってくれ」 「はぅ! 玖雀さんジャンプなのです!」 玖雀を大斧がすくいあげ、魔の森へ飛ばした。劫光が遠い目をする。 「……効率的だな、犠牲も出てない」 「次はお二人なのです!」 雪巳と劫光は顔を見合わせる。 「ほらほら、とっととかまえるのです。いくのですよー!」 劫光と双樹が放り投げられ、雪巳と火ノ佳が飛ばされる。落下地点では引きつった顔の玖雀が待ちうけていた。 「ええい、受け止めてやる。来い!」 落ちてきた劫光を両腕に収め、すぐに横へ転がし雪巳に手を伸ばす。 「もう一丁!」 しっかり受け止める。遅れて落ちてきた人妖二匹は主人の胸に抱きとめられた。上空で梓珀が呆れたように鳴く。 集まって来た群れの中に四つ首のヒュドラが混じっている。劫光がすかさず符を取り出した。 「蓮の葉の蔭に沈みし朽ち縄の、七夜偲ぶは文披月……瑛!」 角を持つ蛇が首を目がけて走る。玖雀の棍が雑魚を蹴散らしヒュドラを止める。 「ネプの野郎、あとで説教してやる!」 「同感だぜ」 「生きて戻りましょう、絶対に」 狼煙から防壁の位置を確認すると、雪巳は扇を広げた。 暗い森を初霜が駆け抜ける。又鬼犬の嗅覚が点在するヒュドラの巣を探り当てる。 視界に敵をとらえた羅喉丸が叫ぶ。 「回り込め、逃がすな!」 志郎が天狗礫でヒュドラの退路を塞ぐ。 「小物は追い立てます! 弓兵の射程内へ!」 「まかせてください、そっちはお願いします!」 「ガハハハ、俺様の美技に惚れなおしても良いのだぞ!」 早紀はおとめを駆り囮を引き受け、イグニートも雑魚の列を乱し弓兵の射程にひきずりだす。厄介そうな小物を楓が叩き、呟く。 「いいぞ、その調子だ」 は号のともは飛び立つ鳥型を片っ端から狙撃する。 「空は俺達のものだ」 梓珀が主の上を守り、火炎を吐く。弾ける玻璃小石は雪巳と人妖たちの癒しでなかったものにされ、鎌首をもたげるヒュドラは羅喉丸の九連撃が瘴気に変える。滝のような汗が全身を濡らしていた。 「覚醒が切れる……負けるものか!」 回復剤を惜しまず使い、ここまで練力を保っていた羅喉丸と志郎ですらついに底を尽いた。 劫光が霊剣を抜き放つ。 「こっちのが得意でな!」 玖雀は雪巳を振り返る。 「この状況だ、多少無茶しても構わんな?」 言うなり群れに飛び込み、中のヒュドラに放ったのは鋭い針だ。首の一つに命中し目を潰す。雪巳はわずかに苦笑を浮かべた。 「いつものことでしょう。回復はお任せを。存分に暴れていらして下さいな」 その時、魔の森の中を衝撃が走りぬけた。 手を止めた一同は、空の彼方に砂嵐の柱が立ち昇るのを見る。 魔の森前でネプは駆鎧で待機していた。捨て置けない敵が出たときだけ動かす。 森の一角を破り、牛頭の鬼が突進してきた。既に全身から瘴気を吹き上げている。鬼はやぶれかぶれの咆哮をあげ、左翼の先端に襲いかかる。 金属音が響いた。 「残念さんなのです!」 駆鎧が割り込んでいた。 斧の柄で鬼の一撃を防ぎ弾き飛ばす。ネプは操縦席から白阿傍鬼へ不敵に笑いかけた。斧を落とし、鬼の両腕をつかみ、勢いをつけて振り回す。 ヴァナルガンドを中心に白阿傍鬼の巨体がひきずられ、やがて地を離れ宙を舞う。兵がどよめいた。鬼の巨体は空へ投げ上げられる。桜色の駆鎧がそれを指差した。 「それじゃあ皆さん……」 理穴兵は、儀弐王は、一斉に狙いをつける。 「やっちゃってくださーい!」 ネプの手が振り下ろされる。号と風が唸り、白阿傍鬼はハリネズミとなって、瘴気を振りまき爆発した。 「大成功なのですー!」 戦果に気分をよくしてネプは小さく拍手した。つられて駆鎧も拍手した。 魔の森の向こうで、砂嵐が天へ吸い込まれ、消えた。 |