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■オープニング本文 弓術士の国、理穴。 その奥地にある『遠野村』(とおのむら)。 周囲を魔の森に囲まれながらも、地下に住まう精霊のおかげで、瘴気に侵食されることなく存続してきた稀有な村だ。 美しい女性の姿をした精霊は、名を『湖底姫』と言う。 今、遠野村は理穴軍の駐屯地になっている。 魔の森の急激な膨張とそれに伴うアヤカシ大量発生事件のために。 軍靴の音響く中、村人たちは長の家に避難していた。 行灯で魚油の燃える匂いが部屋にこもっている。 若き村長『遠野 円平』の姿はない。 志体を持たない彼らの代わりに前線に出、兵と共にアヤカシと激しい戦いをくりひろげているはずだ。続報はない。 「井戸が枯れかけているらしい」 誰となくぽつりとこぼした言葉にまた別の誰かが力なく続ける。 「聞いたか、不浄の水のことを?」 「ああ、湖底姫さまのお力が弱まっているそうだな」 「……これからどうなるんだろうな」 返事はない。女が顔を覆う。 「去年の暮れまでは、こんなことになるなんて思わなかったのに。開拓者さんも交えて湖でワカサギを釣って、餅つきもして……。あんなにはしゃぐ湖底姫さまは初めて見たって村長も言ってたのに……」 あの穏やかな日が、遠い昔のようだ。やがて若い男が意を決し拳を握った。 「俺たちが今まで生き抜いてこれたのは、村長と湖底姫さまのおかげだ。だけど、それでいいのか。理穴軍や、開拓者に、おんぶに抱っこでいいのか。こうして嵐が過ぎ去るのを待っているだけで、本当にそれでいいのか」 瞳には強い光があった。 「俺たちの村だ、俺たちにだってできることがあるはずだ」 年配の男も身を乗り出す。 「そうだとも、よく言ってくれた。 今は湖底姫さまが不浄の水を退けてくださっているが、この先どうなるかはわからん。 湖で飲み水を確保しておこう。 ただの水になっているだろうが、それでも井戸が枯れることを思えば十分だ。軍の補給もできる」 村人たちは立ち上がる。生き抜くための努力、最後まで諦めない。それは村長と湖底姫への恩返しでもある。老若男女関係なく、人々は長の家を出て樽を背負い、拳を突き上げて士気を高める。 そこへ部屋から白くて丸いのがとてとて歩いてきた。 「反対もふ」 遠野村で生まれたもふらだった。 ちんまり座り、尻尾を振る。後ろの窓では、残された子どもたちが鈴なりになり、涙を浮かべている。 もふらは眠そうな目をさらに細くした。 「その程度じゃたくわえには足りないもふ。 湖までの道は開けているけれど、兵隊さんに魔の森から追い出されたアヤカシが現れるかもしれないもふ。それに、樽いっぱい水を背負ったら、歩くの大変もふ」 現実を突きつけられ、村人たちは奥歯を噛みしめる。若い男が声を絞り出す。 「……それでも、できることがあるなら」 「もふらは親を亡くした子の泣き声なんて聞きたくないもふ」 厳かに告げるもふらに、村人は苦虫を噛み潰した。皆の胸の内を、村を思う気持ちと、我が子を思う気持ちがせめぎあっている。 もふらが一歩踏み出す。 「というわけで荷車を引いてくるもふ。ありったけの水がめを乗せるもふ。 もふらは小さくても力持ちもふ。一緒に行けばたくわえに必要最低限の水がくめるもふ。 湖まで行って帰って小一時間で済むもふ。 みんなだけでいいかっこするなんて水臭いもふ、水だけに」 「今の笑うところですかね」 「ツッコミができるなら安心もふ」 彼らは大きく息を吐き、背の樽を担ぎなおす。 「教えてくださいもふらさま。俺たちには何が足りていないのですか」 「人手もふ。 もふらもみんなもアヤカシとは戦えないもふ。 それから、子どもが泣かないよう見てあげないといけないもふ。 もふらは子どもの泣き声が大嫌いもふ。みんなも残していくのはつらいはずもふ。 だから変に気負わずに開拓者さんにもお願いするもふ。セリフ多くて疲れるもふ」 今にも寝そべりそうなもふら様に、村人はあわてて荷車を引いてとりつける。彼ら自身も背に樽を背負ったままだ。飲み水は多ければ多いほどいい。けれど、大量の水を背負えば、開拓者であっても身のこなしが重くなるだろう。 それでも彼らの顔は先ほどまでの悲壮な表情ではなく、未来への希望に満ちていた。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
角宿(ib9964)
15歳・男・シ
白玉刃(ic0071)
19歳・女・武
御鏡 咲夜(ic0540)
25歳・女・武
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●なれど我らの村ならば 樽を背負った遠野村の人々を前に、明王院 浄炎(ib0347)は眉間を押さえた。 「覚悟を決めて……か。主等がすべき覚悟とは、命を賭して水を汲む事ではなかろう」 同じく御鏡 咲夜(ic0540)も思案気に頬を押さえた。 「ただ人を頼るのではなくて〜自分達でも、出来る事をしようと言うのは良い事ですよね〜。だけど大切な人達の為に、命を繋ぐ水を得ようとするのなら〜、自分の命も大切にしないとダメですよ〜」 武僧である彼らは命の尊さと儚さを身に沁みて理解している。そんな二人にモユラ(ib1999)が霊騎のハチベーを杭につなぎながら小さく笑った。 「戦う為の力を持たなくたって、何かをしようとする人達が居る。じゃぁ……開拓者のあたい達が何もしないわけにゃ、いかないじゃない」 村を離れないよう相棒にきつく言いつけると、モユラは立ち上がり村人達をふりかえる。 「あなた達の事……守ってみせるよ。全身全霊で、ね」 村人達の表情にすこぶる安堵の色が見えた。やはり足元も不確かな闇の中、湖まで向かうのは心細かったのだ。ルオウ(ia2445)は彼らの顔を見回し、にぱっと笑った。 「俺はサムライのルオウ、よろしくな!」 心底、感心した様子で続ける。 「危険だってのに皆、勇敢だな! 任しとけって。絶対まもるかんな!」 太陽のような笑顔と力強い言葉に村人達は肩のこわばりが解ける。 そこへ角宿(ib9964)が戻ってきた。残念そうにしているのは目立った成果があげられなかったからだ。理穴軍とアヤカシの動きを探っていた彼だったが、戦線が広すぎて把握しきれなかった。わかったことは、遠野村は戦火のただ中に投げ込まれた笹船ということだ。 角宿は荷車を引くもふら様を見つめる。 「……なんか、このもふらさま。他のもふらさまと違ってきりっとしてるね……?」 ドヤ顔のもふら様に首をかしげる角宿。彼から少し離れたところには、子どもたちが見送りのために集まっていた。白玉刃(ic0071)が優しく微笑む。 「皆さん。おとなしくお留守番をしていましょう。大丈夫、きっと無事に帰ってきますから、ね?」 不安の残る子ども達を相手に菊池 志郎(ia5584)も言い添える。 「俺達がご両親やもふらさま皆で、絶対無事に水を運んできますから、あなた方もこちらのお姉さんと一緒に、留守を預かっていてくださいね」 ぐっと涙をこらえた子に、志郎は手持ちからぬいぐるみを取り出す。 「約束の証です」 柔らかいもふらのぬいぐるみに子どもたちが寄ってきた。もふらは遠野村の平和な日々の象徴だ。まるまるとしたそれを抱っこしていると落ち着くようだった。 蔵 秀春(ic0690)はひょっこり顔を出したジライヤのちりめんを懐に戻し、地味な簪を差し出す。女の子たちが興味を持ったようだ。 「よう、ボウズども。必ず帰ってくるから、それまで泣かずにまってろよ」 ボウズじゃないとふくれた子どもに破顔し、秀春は頭を撫でてやった。男の子にも声をかける。 「お前さん達にもきっちり作ってやらぁ。お母さんへの土産にでもしときぃ。楽しみに待ってな」 ●闇を往く 荷車を引くもふら様に列をなす村人。彼らを囲むように、開拓者たちは円陣を組む。 「俺、先に行って露払いをするよ。夜目が利くから」 斥候役を買って出たのは角宿だ。松明と火打石を手にしている。 「敵の集団を見つけたらこれに火を点すね。警戒しておくれよ。それじゃあ行ってくる。みんな後はお願いね」 そして彼は抜き足差し足、夜の闇に消えていった。 月と星、そして遠目に見える村の灯りを頼りに道を進む。風がすこし湿っぽいのは、水面を渡ってくるからだろうか。 (「やさしい精霊がいるんだってね、ここ。湖も澄んでてきれいなんだろうな」) 夏の近づく今宵は襟をくつろげたくなる暑さだ。こんな時でなければ一泳ぎしてみたかった。精霊の加護を受けた湖は命の水と四季の喜びを授けてくれる。出発前に、そう語ってくれたまだ若い夫婦の顔を思い起こす。特にその妻を。 角宿の父は健在だが、母はいない。親を失う子の気持ちはわからないものの、想像はしたくない。 目を伏せ、耳を澄ませた。雑多な足音を人並みはずれた聴覚で拾う。理穴軍とアヤカシは森の奥で激しい戦いをくりひろげている。いつ追われたアヤカシが行く手をふさぐかわからない。兆候をとりこぼさぬよう、彼は油断なく進む。 残してきた子ども達に自分を重ねながら。誰かのために戦おうとする父兄を守るために。 秀春は列を整えた村人に体を向け両手を広げる。 「アヤカシってのは恐ろしくてたまらないもんだ。だが頼む、自分達を信じてくれ。荷車を離れないでくれ!」 もう一度くりかえし、念を押す。浄炎も腕組みをしたまま続ける。 「己が手でなせる事を成さんとするその志、無駄には出来ぬな。かと言って、少々無謀と言えぬ事は無い。水を必要とするは、村の……何より家族のためであろう。此度は我らが付いているのだ。無理はせぬようにな」 咲夜がひらりと手を振って角宿の消えたほうを指差す。 「村の方々の安全が第一ですからね〜。それでは参りましょう〜」 荷車の車輪がきしみ、ゆるゆると進みだした。もふら様の歩みにあわせ人々も歩調をそろえる。 先頭には、自らも樽を背負った志郎。瘴索結界でアヤカシを探る。 魔の森の急激な膨張を受け、辺りは瘴気で煮えくり返った大釜のようだ。経験と勘に支えられ、あたりをつけながら進んだ。 片手には火を点した松明を持っているが、それだけに頼らず夜目も利かせる。時折振り返るのは村人に進路を確認しているからだ。 「道はこちらでよろしいですか? 砂利が多い。足元にお気をつけて」 ルオウは荷車のすぐ隣で睨みをきかせている。気合をこめ野生の獣のように五感を研ぎ澄まし、森の中まで気配を探る。横目でちらりともふらを見た。 「なあもふらさま、駆け足できないか?」 「ノミの心臓が破裂してしまうもふ」 「よく言うよ、毛が生えてるくせに」 ルオウはつい急ぎがちになる歩調を遅らせ、荷車の進みに合わせる。そっと村を振り返った。 「皆、心配してるだろうしよ。できるだけ速く安心させてやりてぇんだよ」 殿を請け負うモユラは利き手におどろおどろしいくまのぬいぐるみ、もう片方に手裏剣をかまえ、どこから攻められてもすぐに攻撃を叩きつけるつもりだ。 「あたいにできることを、やらなくちゃ。何ができるのか……正直、今はわかんないけど。それでも……」 風が梢を揺らす。闇を歩く今この時のように、まだ自身の進む道は見えないけれど、誰かの笑顔をたずねて行けば自ずとわかる日が来るだろう。モユラは確かな足取りで歩んでいく。 ●未だ来ない 玉刃は村長宅の座敷に子ども達を集め、帰りを待つことにした。 出発前に親から聞いておいたとおり、子どもたちの数を確認。順番に名を呼び、手をあげさせる。 「全員そろっていますね。初めまして、私は白玉刃。華国から来ました。これでもけっこう旅をしてきたんですよ?」 昔語りをしながら玉刃は子どもたちの遊び相手をする。 子どもたちはしきりに外を気にしているが、障子も襖も閉め切った。もし出て行こうとした子が居たら、すぐ気づけるように。 「小腹は空いていませんか。恵方巻きがありますよ。みんなで分けて食べましょうね」 食べ物で気を引くと、皆喜んで手を伸ばしてきた。用意した恵方巻きは具材の確認を済ませたものだ。なんでもない食材が人によっては毒になることもある。もし障りがあっては大変と、ひとりひとりに与えていい食材も聞き取っておいた気配り上手な玉刃だ。 年長の子が、どういうわけか真剣な顔で閉めたままの障子を向いている。それに気づいた玉刃は他の子に声をかける。 「湖のほうを向いて食べましょうか。最後まで黙って食べきれたなら、願いごとが叶いますよ」 全員そろって同じ方角を向いた。心にあるのはただひとつだ。一心不乱に口を動かす子どもたちの姿に玉刃も祈りを捧げる。 (「この地にかむずまります精霊達よ、お願いします。どうか、皆さんを無事に村に戻ってこさせてあげてください」) ●戦火を抜けて 湖に着いた一行に、角宿が振り返る。 「対岸に何かはねてる姿が見える。十中八九アヤカシだ。こっちも気配が増してきたや。急ごう」 角宿が警戒を務めている間に、ルオウと秀春が荷車を寄せ、モユラも水汲みを手伝う。 志郎は湖底姫を思い手を合わせた。今はいずこにいるともわからないが、あの村長と頼もしい開拓者達がいるなら安心だろう。そう願いたい。同じ思いをしているのか、村人たちも湖を前に頭を垂れている。 短い祈りを終えるとさっそく樽に水を汲みいれた。 浄炎も皮水筒をいくつも取り出しパンパンにする。もとより村人だけに苦労をさせるつもりは無い。 (「無謀には変わりないが心意気は汲もう。幾らかでも水を確保してやらねば」) 咲夜は汲んだばかりの真水に砕いた桜の花湯を溶かしいれ村人に配る。 「喉湿しに〜如何ですか〜」 にこやかに差し入れながら咲夜は彼らの顔色を伺う。 (「緊張のせいですかね〜、少し疲れてらっしゃるご様子〜。これから重い水樽を背負うのですから〜、塩分を補給していただかないと〜」) 秀春がもふらをのぞきこむ。 「行けそうかい?」 「まかせるもふ」 「怖がって逃げたりしないでね」 言いながらモユラが積荷に最後の縄がけをする。浄炎は皮水筒を紋入胴乱につめながら志郎に声をかけた。 「量集まればずしりとくるな。志郎とやら、歩けるか」 「それなりに力はありますから、平気ですよ」 答えた志郎は村人に視線をやる。準備は整ったようだ。角宿の姿はない、既に帰りの道へ露払いに出たらしい。 「村へ帰るぞ。はぐれないようにな」 秀春が手をあげ、先導を始める。行きと同じように開拓者達は気配に注意しつつもふらの歩みにあわせて進む。 前方で灯りがともった。角宿の松明だ。短刀で影を弾き、こちらへ走ってくる。 「おいおい、遠慮なく来なすったな」 真っ先に動いたのは心の眼を研ぎ澄ませていた秀春だ。 武天で鍛えられた刀をふりかざし、紅をまとわせて寄せてくる異形の影を相手取る。 「悪いが、この水はやれねぇなぁ。村人の命はもっとさね」 横様に放った一閃がアヤカシの胴を分断する。分かたれた腹から黒い煙を撒き散らし、小鬼の姿は掻き消えた。 ルオウが群れの中へ飛びこみ、声をはりあげる。 「てめえの相手はこの俺だあ! 逃げてんじゃねえよっ!」 挑発に乗ったアヤカシ狼の牙をかいくぐり、舞うような動きで翻弄する。手を出しあぐねた敵の隙を突き、ルオウは刀を返し短く息を吸う。 「回転!」 反動をつけて一気に。 「剣舞!」 なぎ払う。 「くらえええ!」 溜めから一転、白刃の暴風雨が吹き荒れ、四肢が飛散し醜い悲鳴が響き渡る。 数を頼みに村人を囲もうとするアヤカシの群れに、浄炎が瞬脚で右舷へ割って入った。 「今は引け。こぼれた水は撃退後にまた汲めばよい。今は自らの命を守れ!」 村人に指示を飛ばし、荷車に胴乱の皮水筒を放り投げると、彼は大きく利き脚をかかげ大地に叩きつける。衝撃波が走り小鬼の群れが跳ね上げられた。 「このまま押しきりましょう。敵は理穴軍によって手傷を負っています」 水樽を地に降ろし、志郎は天狗礫でアヤカシの頭を砕く。彼の言うとおり、雑多な群れは刺さった矢もそのままに生者の気配を求めて森から這い出た様子だった。 「アンタ達の相手はあたいらさ……抜けるもんなら抜いてみな!」 荷車と村人をかばいながら、モユラは呼び出した式を端から叩きこむ。長い距離をうがつ蛇神はアヤカシの群れを退くも進むも難しくしていた。戦いながら手薄な方角にも注意を向ける。 「荷車のまわりに固まっててくださいな〜。すぐ終わらせますから〜」 咲夜は優雅な、その実、悪路を物ともしない体捌きで、左舷に割って入る。 「村の方々に、おいたはめ〜ですよ〜」 群れから頭一つ出た猪アヤカシの顎を、清めたショーテルで掬い上げる。軽々と吹き飛んだ。俵のような影は遥か後方の樹に激突し、爆ぜる。 「これで、2つ! ついでに3つぅ!」 ルオウの快進撃は止まらない。首を跳ね飛ばすたびに型を決め、新たな力を得る。軽く跳ねて振り下ろした殲刀が、自分より大きな影をずっぱり斬り取った。そのまま一回転して着地、村人相手に大見得をきる。 「どうでえ!!」 にっと笑った千両役者。歓声が上がる。 その後ろで蠢き、逃げ出そうとした小物が、志郎の天狗礫で手足をもぎ取られ瘴気に還る。無言のまま隙間を潰すように礫を投げる志郎は狙撃手の目をしていた。角宿も群れからはみ出す敵を切り取って一対一に持ち込み、確実に数を減らしていく。気配を察知し振り返った彼の目に、モユラを狙い突進する狼の姿が映った。 「モユラ、危ない!」 角宿の短剣がアヤカシを振り払う。逆手に持った短刀が、開いたアギトを割り裂いていく。 「おや、ありがとさん」 彼女は長い髪を跳ね上げ礼を返すと、取り出した符を二枚、放り上げ印を結んだ。敗走に入った敵陣の退路が扇状に連なる二枚の白壁で塞がれる。 「……逃がさないよ! 村のみんなの為にも、戦ってる奴らの為にも、あたい達がここで決着をつける!」 「その意気やよし!」 浄炎が応えて吠える。八尺棍でアヤカシの脳天を叩き割る。空波掌が唸り、壁に叩きつけられたアヤカシが四散する。 残った影に向かって紅の尾を引き秀春が飛ぶ。 「瘴気まで焼き尽くすがいい……炎魂練武!」 壁ごと斬り裂かれ、最後のアヤカシが絶命した。 「お加減はいかがですか〜」 咲夜の浄境が打ち身や擦り傷を癒していく。 「閃癒を使うまでもなかったですね」 そう呟く志郎は、どこかうれしげだ。誰一人欠けることなく人々は務めを果たすことができた。飲み水は十分に手に入れたし、士気も高いままだ。今後も戦への協力を惜しむことはないだろう。 村まであと少し、念のため張った瘴索結界にも異常は見えない。 「できること……精一杯こなせたかな」 「……きっとね。あたいもアンタも、きっと」 角宿の呟きに隣を歩くモユラも答えた。ルオウは後ろを振り返り、広がる森を眺める。今もどこかで誰かが戦っているはずだ。 「へこたれてんなよ。俺も手が空いたらそっち行くからさ」 秀春が不意に屈み、小石を拾った。覗きこんだ浄炎に見せる。白い小石だ。石英を含んでいるのか、松明の灯りを受けてわずかに輝いている。 「どうするのだ、それを」 「簪にするのよ。約束したからからなぁ」 前を向いた二人の目には、村長宅からまろび出て、喜びの声をあげる子ども達と玉刃が映っていた。 |