【百鬼祭】ジャックなう
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/21 05:19



■オープニング本文

 白いの、黒いの、ぶち模様、なんか着ているの、被ってるの、あれやこれや‥‥

 それは、ジルベリアの地方都市にある中規模の開拓者ギルドでのこと。
 古くなった記録類が、大事に保管されているお部屋に、今日も整理された記録を運び込もうとした係員さんは、最初は自分の目を疑いました。
 しかし、そこでうろうろしている連中は、間違いなく存在しているのです!

「なんなのっ、これーっ!!」

 上がった悲鳴に駆け付けた人々も、一瞬自分が見ているモノが何か、わかりませんでした。
 色々な依頼のおかげで図太い神経の持ち主であるはずの彼らを混乱させたモノは、でもだけどかなり可愛らしかったのです。

 やぎのぬいぐるみ。

 一言で表せば、これに尽きます。
 体色や模様、顔の作りも色々で、服を着ていたりいなかったり、着ているものも色々と、加えてたまにお面のような物を被っていたりしますけれど、やっぱりやぎのぬいぐるみ。
 しかし、それが三十センチから一メートル前後の大きさで大量に、しかも二足歩行しているとなれば‥‥異常なのです。

『やぎ?』
『おなかすいたやぎ?』
『ごちそう、はいってるやぎ?』

 しかも、しゃべった!

「アヤカシだーっ!」
「いや、アヤカシじゃない。でも、こんなの見たことないよ!」
「いやぁっ、可愛いぃっ」
「あー、これって」
「ぎゃーっ、記録を食うなーっ!!!!」

 やぎっぽい何かが、手当たり次第に棚の記録を引っ張り出して口に運びだしたことで、口々に喚いていた係員さん達の行動は一つになりました。
 食われちゃ困る、この部屋からつまみ出せ!

『きゃーやぎっ』
『たべたいやぎ?』
「食うなー!」

 しかし、このやぎっぽいものは一体なんなの?

「誰かぁ、休憩室のお菓子を隠しておいてよ。これが出てくるとかぼちゃも来て、お菓子が強奪されるから。ついでにかぼちゃを一つ捕まえてくれると、これを追い払えるんだけど」

 やぎっぽいものは一体なんなの?
 眼鏡の係員さんが何か言ってるけど‥‥

 記録が食べられないように、開拓者さん達も助けてください。


■参加者一覧
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
月野 魅琴(ib1851
23歳・男・泰
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

 開拓者ギルドに響く、あまりお上品ではない悲鳴。
「何事かしら?」
「はて? ギルドの中でというのが、面妖ですね」
 たまたま開拓者ギルドにやってきて、掲示板に張られた依頼を眺めていたフェンリエッタ(ib0018)さんと月野 魅琴(ib1851)さんが、一体何が起きたのかと顔を見合わせています。
 そうして。
「うっわー、なにこれぇ! あははは、可愛い〜っ」
 悲鳴を聞いた途端、えいやとばかりにギルドの奥、普段は係の人以外は入れない場所に駆け込んだアムルタート(ib6632)さんは、こんな風に叫んでしまいました。さっきの悲鳴に比べると、緊迫感というものがガクンと減っています。
 減るのも当たり前。だって、アムルタートさんが入ったお部屋には、ふわふわもこもこしたやぎのぬいぐるみがいーっぱい、いたのです。
 いやー、これはびっくり!
「誰かぁ」
 眼鏡の係の人が何か言っているけれど、アムルタートさんも、後からやってきて中を覗いたフェンリエッタさんと月野さんも、あんまり良く聞いていません。というか、騒がしいのです。
 誰がって、やぎのぬいぐるみ風の方々が。
『たべたいやぎ?』
『たべるやぎ!』
 ぬいぐるみ風なのに、やぎさん達は部屋に置かれた箱を開けたり、棚から置いてあるものを引っ張り出したり、よく動きます。挙げ句に、そこから出した紙を、
『あーん、やぎぃ』
『もぐもぐするや〜ぎ』
 大きな口を開けて、食べ始めたではありませんか!
「あら‥‥まあ、なんてことかしら」
 やぎさん、開拓者ギルドの大事な記録をうまうまと噛み締めます。このままにしておいたら、記録がなくなってしまうと係の皆さんが次々とやぎさんを捕まえようと走り回っている中で、なぜだかフェンリエッタさんが妙に明るい声を出しました。手には、どこから持ってきたのでしょう? 大きな箒が握られています。
「敵‥‥そう、天敵だわ」
 なんだか足元から『ごごごごごごごっ』と音がさせて、フェンリエッタさんが箒を逆さに構えました。柄が下では、お掃除が出来ませんが?
「誰かぁ」
「カボチャだね、私が探してこよう。ここは皆にお任せするよ」
 眼鏡の人が、なぜだかカボチャさんを探してこいと言うのに、月野さんがイイお返事をしました。一緒に来たはずのフェンリエッタさんから、すすす〜っとはなれていくのはどうしたのでしょう?
 何はともあれ、カボチャを連れてくるとこのやぎさん達を追い払えるそうですから、探してくるのはいいことです。そういえば、掲示板には似たような精霊とかが出てくる依頼があったかもしれません。それによると、やぎさんにはカボチャさんが有効なのです。
「あ、こらーっ! 可愛いからって、食べちゃ駄目なんだよ!!」
 すたこらさっさと月野さんがいなくなり、お部屋にはフェンリエッタさんとアムルタートさん、それから係の皆さんが残りました。あと、いっぱいすぎるやぎさん達。
『もぐもぐするやぎ?』
 どっかから引っ張り出されたやぎさんが、それはもう可愛く首を傾げて皆さんを見上げています。
 いや、ここにあるものはもぐもぐしちゃったら駄目なんですってば!
「人が一生懸命綴った記録や手紙を食べようだなんて‥‥!」
「とりあえず応急処置だよ!」

 さっさかさーっ
 ぺちこーん

 ふわふわもこもこ、とっても可愛いやぎさん達を、箒と鞭が襲いました。
『『『『や〜〜〜ぎ〜〜〜〜』』』』
 悲鳴をあげ、ついでにもぐもぐしていた紙を落としたやぎさん達が、係の皆さんの所にくるくると飛んできます。
 フェンリエッタさんが無断でお借りしている箒で、アムルタートさんがたまたま持って来ていた鞭の柄で、食欲旺盛なやぎさん達を記録からひっぺがしているのでした。
 やぎさん、目をうるうるさせながら飛んで行きますよ?
「受け取れ皆っ、ファイトだ皆っ」
「うっ、可愛いけど‥‥ダメっ、外に出して!」
 こんな可愛くて小さいものをポコポコするなんて‥‥アムルタートさんも、フェンリエッタさんも心がちくちく痛みます。でもだけど、やっぱり記録を食べさせるわけには行きません。
 だがしかしっ!
「「「「「ぎゃーっ」」」」」
 ポコポコ飛んできたやぎさん達を、係の皆さんが受け取って‥‥次々と逃げられています。やぎさんはとっても素早い、係の皆さんは普通の人なのでそんなに素早くない。
 結果、やぎさんの勝ち!
『『『『やーぎーっ!』』』』
 やぎさん達が、また記録に向かっていきます。
「こいつらは、けっこうお菓子が好き」
 眼鏡の係の人がぽそぽそ言うのに、アムルタートさんとフェンリエッタさんが悲鳴をあげました。
「「そういうことは早く言ってー!!」」

 その頃。
外に出た月野さんは、かぼちゃさんを探し回っていました。
「おかしい、確かこの辺で見掛けたはず‥‥ん?」
 さっきギルドに入る時に、かぼちゃの飾りがころころしていたのを見たのです。あれが、もしかしたらかぼちゃ精霊だったかもしれません。
「うん、可能性は高いな。少なくとも、あのやぎ達が何かの隠滅を狙うために送り込まれた‥‥なんて」
 やぎっぽいものが記録をもぐもぐしていると聞いて、月野さんはついそんなことを考えてしまったのですが、やぎさんはそんな大それた存在には思えません。
 だって、ぬいぐるみっぽいんです。外にいても、『やぎー』と鳴いているのが聞こえてきます。緊張感の欠片もありゃしません。
 それ以外の声は、『食うなー』とか『また逃げたー』とか、悲鳴になっていますけれども。
「ないですよねー」
やぎさん達は、まだまだ大暴れ中のようです。
「うおおぉぉぉぉーっ、可愛いものはどこだーっ」
 そして、月野さんの前を誰かが駆け抜けていきました。ちょっとびっくりした月野さんですが‥‥何もなかったことにしたようです。
「お、見付けた」
 背中にうさぎさんを背負っていた男の人より、屋根の上でうろうろしているかぼちゃさんの方が大事なのです。
 さて、どうやって捕まえましょう?


 ぺしこん、ぴしこんっ
 さかさかさっさーっ
 きゃっち、どろっぷ、しゅたたたたーっ

 記録の保管庫では、相変わらずやぎさん達が走り回っていました。アムルタートさんとフェンリエッタさんがとっても頑張っているのですが、ギルドの皆さんがやぎさん達を捕まえていられないのです。
 やぎさん達も逃げるのに忙しいから、記録は食べられていません。だけどこのままでは、どんどん散らかっていくばかり‥‥になっていたところで、部屋の扉がばたんと開きました。いや、今開けたらやぎさんが他の部屋に行っちゃうかも。
 誰ですか、開けちゃったのは?
「ふ、ふああああぁぁぁぁぁ! かぁいいいいいっ、かぁいすぎるううううぅぅぅ!」
 ちょっと、皆さんが静かになりました。やぎさんも、動きが止まりました。
 駆け込んできたのは、男の人です。角があるので、修羅か龍の獣人の人でしょう。ここにいた誰より大きくて、がっしりした体付きです。
 背中に、うさぎさんのぬいぐるみを背負っています。なんだかほころびを男らしい縫い目で直したり、汚れを払おうとして引き伸ばしちゃった跡が見えますが、可愛いうさぎさんです。
 それを、大事そうに背負ったラグナ・グラウシード(ib8459)さんが、目を血走らせて、ぜえはあしながら、扉のところに仁王立ちしていました。
 ‥‥‥‥‥‥えーと?
「うおおぉ、やぎが、やぎのぬいぐるみが動いている!」
 びくびくっ。
 やぎさん達が、びっくりしたように後ずさりしています。
『や、やぎ?』
『やぎぎっ?』
 やぎさん達が、更に後ずさりしました。
 だけどラグナさんは、ものすごーく嬉しそうです。
「話も出来るのか、これは素敵だ!」
 ラグナさん、心臓の辺りを押さえてぷるぷるしています。大丈夫でしょうか?
 そして、保管室にいる他の皆さんは。
「ど、どうすればいいと思う?」
「え、私、箒で掃き出したりするのは嫌よ」
 そんなラグナさんを、遠巻きに見ていました。いやまあ、同じお部屋の中なのでけっこう距離的には近いのですが、気分的にはかーなーり遠いです。
 けれども、遠巻きにされている本人は気にしません。いや、気付いていません。
「やぎと言えば‥‥紙かな。よし、これを食べるがいい。そんなかび臭い書類より、よっぽどいいぞ」
 どうして持っていたのか分かりませんが、ラグナさんはとっても上質そうな紙をどっさりと出しました。
 保管室はかび臭くないもんと言うギルドの皆さんの抗議の声はどこへやら。少なくとも記録がびっしり書き込まれた古い紙より、まっさら新品の紙はやぎさん達にも魅力的に見えたようです。
『くれるやぎ?』
 びっくりしていたやぎさん達、紙の魅力に釣られて、ラグナさんに寄っていきます。
「うわ、紙ならなんでもいいんだ? あ、新品を選ぶから、何でもじゃないのね」
「なんだかおなか壊しそう‥‥あ、お菓子も食べるんじゃないかしら。ほらほら、お菓子あるわよ〜」
 お菓子も出てきましたが、ここのやぎさん達は綺麗な紙がいいみたい? じりじりラグナさんに寄っていって、紙を貰うと一目散に元いた位置に帰りました。そこで寄り集まって、紙をもぐもぐしています。
 その光景はたいそう可愛らしかったので、ラグナさんは満面の笑みで見守っています。荷物から今度は絵草子を出したところを見ると、それもあげてしまおうと思っているのでしょう。
 でもやぎさん達に苦労させられたフェンリエッタさんやアムルタートさん、ギルドの皆さんはにこにこ見てはいられません。だってラグナさんの紙を食べ終わったら、きっとまた記録を食べようとするに違いないのです。
 ギルドの皆さんが、空き箱を用意しました。やぎさん達がもぐもぐするのに夢中の間に、今度こそこれに入れて、とりあえず蓋をしてしまうつもりです。捕まえるのは、この場にいる開拓者で、にまにましていない女の人二人のお仕事になる予定。
「このまま外に追い出しても、他所で騒ぎを起こしそうだし‥‥このやぎとかぼちゃって、どういう関係があるの?」
「さあ? うちの実家のある町は、たまにこのやぎとかぼちゃが出るから、かぼちゃを捕まえてやぎを追っ払ってたけど」
 出所や正体はさっぱり分かりません。と、フェンリエッタさんの質問に、眼鏡の係の人はちっとも役に立ちませんでした。とりあえず町から追い払うと、しばらくはやぎさんも寄り付かないそうです。でも開拓者ギルドがあるような地方都市だと、やぎさん的美味しいものが多すぎて、すぐに舞い戻って来そうです。
「うーん、そこに餌付けしている人もいるしねぇ」
 まったくもって、アムルタートさんの言う通り。
 なにはともあれ、もぐもぐしている最中は割と動きが遅いやぎさん達に、箱の中に入ってもらおうと思ったら。
「何をするんだ、こんなにきゅーとでぷりちーな生き物を箱に閉じ込めるだなんて!」
「「だって迷惑だから」」
 やっぱり予想通りの反応を示した抵抗勢力に、ビシッと言ってしまいましょう。だって、このままの勢いで街中の紙やお菓子を食べつくされたら大変なんてものではありません。
 と、ビシッと説明されたラグナさんは、真剣な顔になりました。
「よし、そういうことなら、このやぎは私が引き取る! さ、私の家で一緒に暮らそうじゃないか、紙でもお菓子でもなんでも好きなだけやるから。大丈夫、仕事を倍に増やしてでも、君らのことちゃんと養ってみせよう!」
「「「「「あ〜‥‥‥」」」」」
 見ていた皆さん、目が半分になって、じとーっとしています。
 いえね、今のが女の人に言うのなら、聞いていた人達だってまあ頑張ってるなあとか思うわけです。でも相手はやぎさんです。ぬいぐるみちっくな、正体不明のやぎさん達。
 いわゆるあれですね、何かが残念な人に対する目付き。
 それがまた、やぎさん達にも伝染している気配ですよ。その、残念な人への目付きが。
 だけどラグナさんは、とっても真剣です。

 ちなみに、この間の月野さんはといえば。
「なんだって、依頼も受けていないのにこんな真似をしなくてはいけないのか‥‥」
 事情を知らない通りがかりの人達に、不思議そうな顔で見られながら、屋根の上によじ登っていました。そういうことは、苦手ではありません。泰拳士さんですから、体を動かすことは、そんなに大変ではないのです。
 屋根の上でころころ動き回るかぼちゃさんを追い掛け回すのは、ちょっと面倒です。でも、フェンリエッタさんやギルドの皆さんに探してくると言ってしまったので、頑張っている月野さんでした。
あそこに残って、めらめら燃えていたフェンリエッタさんと一緒にやぎさんを追いかけるのと、一人でかぼちゃさんを追いかけるのは、どちらが楽だったでしょう?
 なにはともあれ、一体だけようやく捕まえましたよ。せっかくなので、やぎさん達がお好きらしい紙をぺたぺたかぼちゃさんと自分に張って、記録から引き離せるようにしてから、保管室に行くのです。
「お待たせ。これを連れてくると、どうなるのかな?」
 かぼちゃさんとやぎさん達の対面で、一体何が起きるのか。月野さんはちょっとわくわくです。珍しいことを調べたり、見たりするのは楽しいですからね。
 だから、保管室の扉を用心しながら開けてみて、中の人達にかぼちゃさんを見せてから、室内を見渡したら。
「なあ、いいだろう? 私の家に来てくれ!」
 何か、全然考えてもいなかった台詞が聞こえました。今って、困ったやぎさん達を捕まえていたはずでは?
『や〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぎっ』
 不思議すぎて、扉を閉め忘れた月野さんの横を、やぎさん達が次々と通り抜けて行きます。たまにかぼちゃさんに気付いて、びっくりして転がるのもいますが、起き上がるともっと慌てて逃げていくのでした。中にはちゃっかり、かぼちゃさんから紙だけ貰っていくのもいますが、とにかく逃げる逃げる。
『もうだめやぎーーっ』
 やぎさん達の気持ちは、誰にも分かりません。
 そして。
「待ってくれーっ!!!!」
 追いかけていくラグナさんの行方も、誰も見送ったりしませんでした。

 しばらくして。
「かぼちゃと一緒に見回ってきたけど、やぎはもういなかった〜」
 ギルドの人に貰ったお菓子をぽりぽりやっているかぼちゃさんを抱えたアムルタートさんが、記録が食べられてしまう脅威が去ったことを確かめてきました。
「それはなにより。これらの記録に込められた願いは、やぎ達に噛みさかれることなく済んだのですね」
「可愛かったけど‥‥いえいえ、食べられてしまったら大変だもの!」
 お片付けを手伝っていた月野さんとフェンリエッタさんも一安心で、月野さんなど記録を読みふけっているみたいですが、まあ怒られはしないでしょう。後片付けが終わるまで、帰らせてはもらえない様子ですけれど。
 終わったら、かぼちゃさんも交えて、皆でお茶にしましょうね。