神父と行方不明者
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/07 09:31



■オープニング本文

 元の住人がようやく戻ったエルズィジャン・オアシスに、神楽シンという天儀人がいる。
 職業は天儀神教会の神父。職業というよりは立場だが、彼にはもう一つ、このアル=カマルではより重要視される立場がある。
 遊牧民独立派の頭目ジャウアド・ハッジの客分なのだ。周囲は押しかけだとか、居直りだと言うが、まあ案内人契約続行中なので、一応は客分であっている。たまたまジャウアド本人と契約した後、大アヤカシ退治だ、その後の神砂船探索だと続いているので、ジャウアドと一緒にエルズィジャン・オアシスにいる。

 最近は、戻ってきた住人と、神砂船を中心とした魔の森内部の探索に居座る遊牧民独立派達との間に立って、双方の言い分の調整までやっていた。なぜと言って、双方を直接話し合わせると、血気盛んな連中が喧嘩を始めるからだ。
 そこで、アル=カマルではまったく無名の宗派だろうが聖職者としてオアシス側からそこそこ敬意を払われ、遊牧民には頭目の客分として物が言える立場を活かして、日々水や食料のやり取りだので働いていたのだが。

「誰達がいなくなったって?」
「ほら、昨日そっちの連中と喧嘩した若い奴らが、森の中の船を勝手にさせないとか息巻いて」
「森の中に入ったって? あいつらはジンじゃなかろうにっ。すぐに何人がいないのか、ちゃんと確かめてくれ」

 ある日、オアシスの住人から、常々遊牧民達が神砂船の探索をほとんど独占している事に不満を抱いていた若者達が、勢いだけで魔の森に入って行ったと知らされた。
 人数は八人。全員がジンではないから、入って間もなく瘴気感染で倒れている可能性が高い。アヤカシの被害も心配だが、森の外縁部近くは遊牧民側と王宮軍とが念入りに討伐を重ねていたから、無事だと信じたいところだ。
 ただし、ここ数日はアヤカシの魔の森外部への移動が増加しているとの情報があり、瘴気感染と合わせて悠長に捜索している場合ではない。
 また間が悪い事に、王宮軍はこれらのアヤカシに対処するために出払っていて、捜索の協力を頼むのは難しい。となると、人手はおおむね遊牧民となるが。

「勝手に入った連中を探すのに、なんでこっちが動いてやらなきゃならねえんだよ」
「そう言うと思ったがな。考え方を変えろ。オアシスに恩を売れば、これから森の中の探索がしやすくなるだろう。そしたら、あんたが直接目を光らせなくても、他の連中で探索が出来るぞ」
「けっ、そもそも最初に助けてやったじゃねえか」
「ふぅん‥‥行方不明の一人は、あんたが威勢がいいって目を付けてた娘の弟だけど?」
「なにっ。うーん、そういうことなら、探索ついでに探させてもいいかもしれねぇな」

 定住民とは衝突するのが習慣みたいなジャウアドが、簡単に人手を貸すなどと言うはずはなく。
 しかし、シンもその性格は承知している。なんのかんのと言いつつ、ジャウアドは女性と子供には甘いのだ。特に自分好みの女性には、めっぽう甘い。
 そこに付け込んで、ジャウアドが目を付けていた娘を引き合いに出して捜索の言質を得たシンは、その話を遊牧民達に伝えに行くついでに、遊牧民内でも名の知れた女性のところに寄った。

「姐さん、ジャウアドの奴、またぞろ浮気の虫が這い出たみたいでさ」
「またぁ? もう、これ以上増やすなって、何度言えば理解するのかしら」
「そういう馬鹿は、男同士じゃ言っても直らないんでよろしく」

 これで、ジャウアドがオアシスの娘さんにちょっかいを出す危険性は封じられる。
 続けて、オアシスから行方不明者の名前や外見を聞き、それをぶつくさ言う遊牧民達に知らせて捜索の準備をさせ、駿龍の乗り手を探して王宮軍と遊牧民独立派の砂上船に瘴気感染者の輸送のために戻るようにと伝言に飛ばしたシンは、最大の問題と向き合っていた。

「どこから入ったのか分からん連中を探すのには、まだ手が足りないよな‥‥」

 あいにくと、シンも志体持ちではないから捜索には加われない。遊牧民のジンの大半を占める砂迅騎が、こういう探索に向いているかといえば微妙なところ。
 王宮軍のジンが駆けつけてくれるまで、行方不明の連中が持つだろうかと、非常に嫌な計算をしていたシンのところに、オアシスの住人が転げてきたのはその時だ。
 勢い余って転んだ勢いで突っ込んできた青年は、砂まみれのままでこう叫んだ。

「開拓者が来た!」
「‥‥それはまた、依頼もしてないのに素早いな」
「王都からっ、なんか持ってきたらしいっ」
「じゃあ、悪いがもう一働きしてもらおうか」

 王宮からの依頼で、オアシスと王宮軍宛の物資を輸送してきた開拓者達に、まるきり悪いと思っていない態度で、シンが『もう一働き』を要求したのはそのすぐ後のこと。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
誘霧(ib3311
15歳・女・サ
エラト(ib5623
17歳・女・吟
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
アーディル(ib9697
23歳・男・砂
リーフ(ib9712
16歳・女・砂
ディラン・フォーガス(ib9718
52歳・男・魔
ソヘイル(ib9726
15歳・女・ジ


■リプレイ本文

 かなり頭ごなしに、『ジンなんだから行ってくれなきゃ困る』と言い放った割に、開拓者の八人全員がすんなり頷くと、神楽シンは妙な顔になった。
「なに? ちょうどいいところに俺達が来たってわけだろ? なんでそんなに意外そうな顔してんの?」
「断られる心配をしていたのか? 確かに依頼外のこと、人によっては難色を示すかもしれんが、今回はそうではなかった。さ、すぐに手立てを講じようか」
 もちろん救出に行くと答えたのに信じられないと言い出しそうな表情をされ、ケイウス=アルカーム(ib7387)が不思議そうに首を傾げた。それに対する返事より先に、羅喉丸(ia0347)が皆を急かす。魔の森での行方不明、しかも志体がない人々となれば、救出は急務だからだ。
「んじゃ、探しに行こう! 早く見付けないと」
 それはもう元気に誘霧(ib3311)が声を上げたが、その頭をディラン・フォーガス(ib9718)が撫でつつ、
「地図と、森の中の詳しい情報が欲しい。あと、装備で足りない物を借りられるように手配してもらえるか?」
 一般的な森歩きで必要なものを次々と口にした。後半には一般的ではない物も混じってきたが、道以外に分け入るなら必要なものばかりだ。
「荷車があったら、見付けた方を運ぶのに便利ではありません?」
 邪魔な下草や枝を払う鎌や手斧、足元を確かめるための長い棒、来た道を見失わないようにするための印をつける道具など。あれこれと並べられた物品に一つずつ頷いていたソヘイル(ib9726)が、行方不明者が自分達と同数の八人もいるなら運ぶ算段も必要ではないかと口を挟んだ。間違いなく行方不明者は瘴気感染を起こしているだろうから、歩かせることは出来ないだろう。
 だから荷車と考えたのだが、振り向いたシンはあからさまに乗り気ではない顔だ。
「うーん、俺も伝聞しか情報がないが、平坦なところの方が少ないらしい。うちの連中は背負子と担架を用意して行ったが、どうする?」
「背負子ですと、一人が一人を運んでこなければなりませんね」
「いや、二人が一人ずつ背負って、更に担架を使えば二人で三人運べる。でも開拓者なら女性でも、一人背負うのは難しくなかろう?」
 エラト(ib5623)が困惑気味に言うのに、シンは背負子なら手が塞がらないがと返した。
 けれどもエラトは瘴気感染対策に、自身が精霊の聖歌を使用することを考えていた。この呪歌は瘴気を祓い、瘴気感染にも対抗力を持たせてくれるが、その効能の高さの代償に術者から能動的な行動の一切を奪ってしまう。誰かに運んでもらわねばならないから、背負子を使う場合には行方不明者を運んでくるのが難しくなってしまうのだ。
 しかし、精霊の聖歌の効果は行方不明者にこそ必要だ。発見してから使うとしても、結局輸送人員の問題が発生する。
「全員が同じ場所で見付かるとは限らないだろ。見付けた順に運び出すなら、荷車は森の外に置いてもいいんじゃないか?」
 ぱらぱらと見付かった場合は、後で合流する算段も必要になるが、アーディル(ib9697)が指摘する通りに発見した者から運び出すことになろう。急ぐなら、悪路で速度が落ちる可能性がある荷車よりは、自分達が走った方が確実だ。
 もちろんアヤカシに襲撃されたら担架は危ないとか、言い出したらきりはないが‥‥森の縁まで荷車を引いていって、中の様子ではそのまま進めるかもしれない。色々手立てを用意しておけば、エラトが精霊の聖歌を使用していても対処も出来るだろう。
 大体そんな感じに話がまとまったところで、すでに必要そうな物品は続々と運ばれて来ていたが、
「他の砂迅騎の入った場所と、行方不明者の足で倒れるまでに行けそうな距離の計算を」
 いかにも今写しが出来ましたという地図が届いたのを目にしたリーフ(ib9712)が、シンにその地図を押し付けた。相手が受け取ったと見るや、すでに住人達の中に入り込んでいるソヘイルのところに走っていく。何事かと怪訝そうなシンに補足したのは、ディオンだ。
「ちょいと家族に無茶した若人の装備を確かめてくる。早めに仕上げてくれよ」
 特に相談してもいないが、経験からか全員が行方不明者の特徴と情報を聞き込みに行き、戻って来た時には地図にも必要な情報が書き込まれていた。
 その頃には、行方不明者の名前と外見、装備に服装と捜す手がかりは一通り確認された。魔の森に入った場所の目撃者はいないのが、鉈や鎌を持ち出しているから、その痕跡を探して行けば足跡が見付かるかもしれない。
 探索用の装備を載せた荷車を羅喉丸が引き、それ以外の七人は足を急がせて先に森の外周に向かうのを、住人達が心配そうに見送った。

 魔の森は大アヤカシとの戦い以降、遊牧民に限っても大体毎日誰かが中に入っているという。本当は端から焼き払えれば簡単だが、中に神砂船があるのでそれが出来ず、今のところは道を拓くのがやっと。
 行方不明の八人はその道には入っていないが、かなり幅広の道のおかげで神砂船の大体の位置は推測が出来る。
「神砂船を見に行ったのですよね? 見に行ける場所にあれば、こんな事にならなかったのに」
 本人も興味を隠さず、ソヘイルが森の木々の向こうを透かす様に眺めやった。傍らのリーフも、無言ながら多少の興味はあるのだろう、耳と尻尾がパタパタと動いている。
「ねー、みんなで仲良く探せばいいのに」
 森に入るなら下草を払った後があるはずだと目を凝らしながら、誘霧も顰め面を作って見せたが、声は心配そうだ。
「中に入れるのがジンだけでは、なかなか調整も難しかろうが‥‥ふむ、遊牧民が行方不明者を探し当てると、恩に着せて増長する可能性はあるか」
 バダドサイトで遠方を確認していたアーディルが、何かいい方法はなかろうかと考えをめぐらせていたが、先に嫌な可能性に気付いてしまった。ジャウアド・ハッジが噂通りの人物なら、まあ恩に着せて着せまくるだろう。
「うわ、ありえる」
 アーディルと同じくアル=カマル生まれのケイウスが、聞き知っているジャウアドの評判を思い出して、嫌そうに頭を振った。会話が届く範囲にいた者は、一様に似た表情になったが‥‥
「おぉい」
 羅喉丸の呼ぶ声に、慌ててそちらに走った。そこには、ついさっき切り落としたと思しき木の枝が、乱暴に放り出されている。遊牧民達なら判別用に使用しているはずの塗料の痕跡もなく、行方不明者達の足跡である可能性は高い。
「では皆様。三時間ほど、よろしくお願いいたします」
 アーディルが担いだ背負子と胴体を布紐でぐるぐる巻きというなにやらとんでもない姿のエラトが、それでも損なわぬ上品さで会釈して、精霊の聖歌を奏で始めた。初めて見る者がいれば驚くほどの無我の境地に、すぐさま入り込む。
「よし、背中は頼むぞ」
 こちらはディランが羅喉丸に向けた言葉で、その手には担架にも使う予定の長い棒がある。足元を確かめながら先導する彼の分まで、周辺警戒は羅喉丸が行うからだ。後はケイウスを真ん中に、それぞれ特に警戒する方角を決めて、移動して行く事になる。
 しばらくは木の枝が払われた後を辿って、その歩みは順調だった。

 魔の森に踏み入って二時間ほど。
 エラトが背負われているという事実とは別に、入ってすぐに気色悪い色の落ち葉や苔で覆われた地面は細かな凹凸が目立つようになり、足の運びに慎重さを要するようになった。行方不明者達も難渋したようで、所々で大きく滑った跡なども見受けられる。これなら道は間違いないと誰もが考え、注意散漫にならないぎりぎりの速度で足を進めていた。そうしながら、行方不明者の名前を呼ぶ。
 けれども呼びかけに応える者がいないままに進んだ先で、開拓者の前に広がったのは、地図に描かれていたより大きな陥没孔だ。さして深くはなく、中に誰も落ちていないのが確認出来たのは幸運だろう。
 これを見て、誘霧がぽんと手を打った。
「この先に、焼けた跡があるでしょ? 迷子になったら広いところを目指すんじゃない?」
 調子が悪くなっても、明るいところに行きたいのではないか。陥没孔を避けた跡は少しずれた方角に向いているが、地図で見る限りは誘霧の指摘した場所もそれほど遠くはない。二手に分かれても、声が届く距離なら多少見通しが悪くても何とかなるだろう。
 そう皆が考えた時、超越聴覚で人の気配を探っていたケイウスが目的とは違う音を聞き取った。
「大百足とか、そういうのかな」
 細かい足音が多数、規則的に響いて近付いてくる。精霊の聖歌で瘴気が祓われるとはいえ、移動しながらでは効果外から人の気配を嗅ぎ付けて突っ込んでくるモノがいるのだろうか。
 速やかにアーディルがエラトを降ろし、後はソヘイルとディランが引き受けた。その三人を庇う位置にリーフと誘霧が回るのを確かめてから、羅喉丸が前方に旋棍を振るう。次の瞬間には前方にあった木々が数本まとめて薙ぎ倒され、茂る枝がなくなった上方から陽射しが入り込んできた。
 その下で陽射しに身を捩って隠れ場所を探しているように見えたのは、確かに大百足だ。加えて、更に先に。
「布が見える!」
 リーフが叫んで指し示した方角を、アーディルが視た。
「二人倒れている。他は‥‥いないようだ」
「では、手早く片付けよう。誰か回り込めれば、先に向かってくれ」
 羅喉丸のあっさりした言葉には、大百足の素早さを脅威に感じている様子はない。何人かが感心と驚きが半々の表情を一瞬浮かべて、だがすぐに視線を交わして誰が向かうか相談してのけた。
 同時にケイウスが、陽射しを避けたいのか倒れている二人のほうに頭を向けた大百足に、夜の子守唄をぶつける。もがく巨体がどこに向かうか心配するより先に、誘霧とリーフが大きく回り込んで倒れている二人に向かう。アーディルは一発射撃を食らわせてから、二人を追った。ケイウスは呪歌を剣の舞に切り替える。
 この頃には夜の子守唄の効果で倒れた大百足に、羅喉丸が旋棍を振るった。ここで手間取って、他の仲間を呼ばれては厄介だ。その思いがあるから、迷うことなく頭部を狙う。
 後方でエラトの護衛と、もしもの時は応援にと留まっていたディランとソヘイルは、少しして飛んでくる千切れた足を打ち払うのに忙しくなった。
「なんだか、もう」
 ソヘイルの呟きは、多分『刃が付いてないのにどうして』の意を含んでいたのだろう。ディランは『そんなこともあるさ』の一言で済ませてしまった。
 しばらくして。
「一人、気が付いたーっ!」
 ここまでの無口振りが嘘のように、リーフが叫んで知らせてきた。

 最初に発見された二人が倒れていた姿勢から歩いてきた方向を見定めて、そちらに向かうと、誘霧が指摘した空き地に残りの六人が身を寄せ合って倒れているのが見付かった。
「最初に倒れた者を庇っていたのかな。性根は悪くなさそうだが、血気盛んも今後は程々にしてもらわねばな」
 ディランが倒れていた六人に、親子くらい歳が離れた年長者でなければ似合わない言葉と笑顔を向けているが、もちろん六人共に意識はないから返事などない。ディランの行動も、彼らを毛布でぐるぐる巻きにすることだから、意識があってもさぞかしおかしな空気が漂ったことだろう。
 最初に見付かった二人は、助けを求めに戻りかけたところで倒れていたらしい。ケイウスがここまでしていたように、目印に枝に布を巻いていたのを、リーフが見付けてくれたのだ。
「まったく帰り道はどうするつもりだったんだ」
 後になって、王都に向かう砂上船上で意識を取り戻した一人が『途中で遊牧民が作った道に入るつもりだった』と語るが、準備のなさを怒るアーディルも手付きは丁寧だ。こちらはケイウス、羅喉丸と、背負子や担架に八人を固定しているところ。
 先程三時間が経過したエラトと、リーフとソヘイル、誘霧が八人の顔を濡らした布で拭い、別の布で唇を湿してやっている。一度は意識が戻った一人も、仲間が見付かったと聞いて気を失い、八人共に意識はないが大きな怪我はしていなかった。
「よし、連れて帰って誉めてもらおう!」
 誘霧がにこやかに宣言して、一人を背負った。この状態では誉めるより先に心配するんじゃないかと思いつつ、ソヘイルとリーフも同様に一人ずつ背負う。エラトは最初同様にアーディルが背負い、帰り道も精霊の聖歌を使用することになった。案の定瘴気感染で衰弱している八人には、どうしても必要だからだ。
 更にディランとケイウスも一人ずつ。残りは三人だが、いずれも担架に固定されているのを見て羅喉丸が首を傾げかけたところに、
「先を塞ぐ木があったら、さっきので切り拓いてくれよ。そしたら直線で出られるだろ」
 歩いてきた方角と距離を考えたら、荷車は後で回収として、まっすぐオアシスに向かった方がきっと早い。太陽が見えれば方角は間違えないぜとケイウスがにかっと笑いかけ、方角については同じだと砂漠の護衛経験があるアーディルも頷いている。
 よって、羅喉丸とエラト以外の六人が担架を持って、羅喉丸が苦笑と共に責任重大だと先頭に立った。アヤカシが多発するなら危険極まりない隊列だが、今のところ出遭ったアヤカシは一体だから、エラトの聖歌と今までの遊牧民と王宮軍の討伐の成果に期待しても良さそうだ。
 実際に殴り倒された木々は何本もなかったが、体力と膂力を活かしての先行と、誰も休憩などと言わなかったこともあって、魔の森を抜けるのには二時間と掛からなかった。そこからは乾燥した風やちょうど高い位置の太陽にしばし悩まされたものの、オアシス側でも人が向かってくるのに気付いて迎えに来てくれた。
「見付けてくれてよかったよ。こっちだと、またジャウアドが恩に着ろって騒ぐからな」
 労を労いと砂上船に乗る希望者を確かめに来たシンが、森に入る前にアーディルが心配していたことを口にするので、エラト以外の七人は『やっぱり』と思ったり、顔に出したりした。
「あまり政争でやりあうのは、互いの首を絞めるぞ」
「情報独占を緩めるとか、オアシスにも少し仕事を回せば、心労が減るだろうに」
 ディランとアーディルが周囲に遊牧民がいないのを確かめて指摘したのは、シンはまだ王宮やオアシス側の心情を汲み取ると考えてだろうが、当人はそれは渋い顔になった。
「まだろくに中にも入れてないのに、回せる仕事はなくて‥‥あぁ、悪い。茶を飲む時間くらいはあるよ」
 あまり楽しくない話題を打ち切ったのは、リーフの腹の虫だった。当人は耳を垂らして黙り込んでいるが、他の者も茶や菓子、軽食の一つも欲しいところだ。
 互いのこの後の移動方法の希望と、聖歌が終わるのにもう半時間ほど掛かるエラトにも何か用意してもらおうと相談しながら、開拓者達は示された天幕に向かい‥‥
 道すがら、オアシスの住人達に礼の言葉や笑顔をふんだんに向けられた。