帝国歌劇団・終〜紅嵐
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/27 12:34



■オープニング本文

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 不服従が人の姿で歩いているような神教会の信徒達を相手に、身元の確認は困難を極めた。ほとんどが名前一つ言わない上、捕縛、保護した者と逃走したと思われる人数を足すと、千三百人ほどになったからだ。
 ちなみに、徴税用の書類上では、関係する地域の住人は千人前後。実に三百人の隠れた住人がいたわけだ。これでは、どこの誰だか記録がない住人が続々と出てきてしまう。
 この状況に業を煮やしたソーン・エッケハルトは、保護した子供達を捕らえた人々の所に連れてきた。叔父のガリ家当主からは反対されたが、幼児に自分の親兄弟と近所の人々を指し示させて、ある程度の確認をしたのである。

「引き離したり、会わせたりを繰り返すと、子供の情緒不安定が余計に悪くなるだろうに」
「逃がした連中がどこか襲ったら、今度は孤児が発生する。そちらの方が問題だ」

 一部とはいえ、神教徒達もガリ家所領の領民だが、統治側の優先順位は決まっている。
 危険な神教徒より、普通の領民。後者の生活が脅かされないためなら、保護対象たる子供に負担を掛けるのも已む無しだ。
 であるからして、大人、特に各集落の代表層を締め上げるのに、ためらいなどない。移動の目的、行き先、統率者と諸々の情報を引きずり出すのに、相手を見ながら色々の手法が使われた。

「集合場所の地名が取れたぜ。神教会統治時代の地名だが、多分礼拝堂の跡地だろう」
「やれやれ、ようやく白状したか」

 点在していた神教徒の集落から、預言者を騙ったフェイカーの指示で多数の住人が向かった場所は、ちょうど百年前まで大きな礼拝堂が存在していた場所だった。帝国と神教会の衝突の際、人は排除されたが、建物はしばらく帝国側が砦代わりに使っていたので、まだ残っているはずだ。
 とはいえ、もう廃墟も同然である。石造りで頑丈な建物ながら、維持する者がいなかったから、どこが傷んで崩れているかも分からない。この地に繋がる街道も廃止され、いかに山野育ちの農民でも辿り着くだけでも一苦労だろう。
 そして、辿り着いたところで、彼らが効果的に帝国へ武力で抵抗する術があるわけではない。時間を掛けて煽ったフェイカーも、帝国打倒など考えてはいないだろう。ただ、ただひたすらに、人が相争って殺しあう姿が見たいに違いない。おそらくはそのために、あれほど強固で危険な信念を抱える集団を作ったのだ。

「皇帝陛下に事の次第はお伝えした。フェイカーや神教会の活動が疑われる地域には、すぐに連絡が行くだろう。今回の件では、奴の手がどこまで長いか、よくよく警戒するしかないな」
「ふぅむ。神教会の噂が絶えない場所は多いから、城の兵力はお借り出来ない、と。我らの殿下の評判を落とさないためには、また開拓者の手を借りるしかないか」
「住人の八割を捕らえたのは、開拓者だけ。吟遊詩人の配置を、我らもよく吟味せねばな」

 そればかりではなかろうが、開拓者の真似を軍人がしても効果は出ない。一番使えそうなところは参考に、後は手勢の能力を最大限発揮して、よい結果が出るように動かすしかない。
 今回の良い結果は、集合した神教徒達の意気を短時間で挫いて、死を恐れない狂戦士集団とせずに制圧すること。さすればフェイカーの目的も、同時に挫くことが出来るだろう。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
葉桜(ib3809
23歳・女・吟


■リプレイ本文

 アーマー・アマリリスが、礼拝堂の正面入口に立った時、内部から最初に飛んできたのは石礫だった。向こうの方が少し高い位置にあるので、飛んできた石の勢いはけして弱くはない。
「皆さんの教義を聞かせてくれませんか」
 超越聴覚を使用した耳に入る音は、あまりに周囲の人が多いからか雑多で、細かい会話や呟きはなかなか聞き分けられない。それでも辛抱強く前方に意識を集中し、イリス(ib0247)は口笛も使った後に、声を掛けた。もちろんアーマーの中からでは声は届かないから、前面装甲を開けての大声だ。
 そんなことをして、直接攻撃魔術を使われたら命がないと反対したり、呆れたりした仲間や騎士らも多々いたが、イリスは過激派と一括りされている神教会信徒達の真意と、彼らをこうして突き動かす預言とを知りたかった。
 けれども、近付くために已む無しとはいえアーマーを警戒する内部からは、問いに対する返答はない。聞こえるのはイリスの知識とも大分違う祈りの言葉と、背面への警戒を呼びかけたり、攻撃手段を確かめる声ばかり。
「あなた方をここまで駆り立てた預言者は、どこでどうしているのです? 人を殺すことが正しいと、信じるに足る預言がされたのですか?」
 おそらくフェイカーが装った預言者に触れると、内部の反応が少し変わった。教義に対するなにがしかの言葉ではなく、預言者を疑う言動への怒りが表出している。
 もとよりイリスがこうした行動に出られたのは、他が布陣をし終えるまでの時間稼ぎでもある。それらが完了すれば、魔術や砲術での攻撃が始められる。もうたいして時間はなかろうと、イリスがそっと砦の向こう側に視線を巡らせた時。
 それまで、人の気配はしていても、姿は伏し隠していた窓の内側から、ファイヤーボールと思しき術が放たれた。アマリリスの足元目掛けたそれで、イリスは後方に転がり落ちないように対処するのに追われてしまう。丘程度とはいえ、斜面を転がり落ちれば後方の味方を巻き込むからだ。
 これを合図としたように、射撃の轟音が鳴り響いた。

 八十年前の図面は、神教会の建築に知識がある者なら一般的な礼拝堂とも修道院とも異なる造りだとすぐに分かっただろう。それがなくとも、妙な間取りであることは、よく見れば分かる。
「元は礼拝堂だけ、住んでいたのは聖職者が少しだったものが、帝国とのせめぎあいの中で流民を受け入れて増築を重ねた建物だ。そういう造りなんで抜け道があったわけだが、この破線だな、ここは放棄する際に魔術師を使って壊してる。で、森のこことここの陥没はその跡だから、落ちないように周知を徹底な」
 放棄したのも八十年前。その時に現地に居合わせた祖父からの伝聞という、古い情報と図面を元にした解説をしたのは、ガリ家家臣に当たる砲術士・イワノフだ。開拓者の何人かは、白峰傭兵団長とシテ村領主として、二年余りも前に顔を合わせた事がある。
「増築だから柱が多いのか。これだと、どこが一番弱いもんかな」
「抜け道を掘りなおした可能性は? 以前から用意していた可能性もある」
 顔を知らなくても、もとより遠慮はしない性質のヘスティア・ヴォルフ(ib0161)と、過去にあったものを再利用しようとするのは自然だからと確かめた竜哉(ia8037)に答えたのは、それぞれ別の人間だ。
「この図面でなら、正面から見て屋根の左半分が重いですが、偵察によれば裏面の壁が大分傷んでいるそうです。どちらかといえば、おそらく壁の方が崩れやすい」
「掘り返した土や石を捨てた跡もなく、細工した跡はなし。元の抜け道は逆方向から辿ったが、十数メートルで崩落していて、内部潜入も無理」
 他にも周辺に展開する予定の戦力などの情報が、変化した順に報告されていたが、敵方の詳細な人数はどうしても分からない。もっとも正確な人数より、周辺に潜んでいないかの方が重要で、結構な人数の斥候が後方にも放たれているようだ。
 そしてユリア・ヴァル(ia9996)、フェンリエッタ(ib0018)、葉桜(ib3809)が特に警戒していたアヤカシは、弓術師の鏡弦での確認では礼拝堂の中には反応がない。
「ハーピーって、間違いないの?」
「散々戦ったことがある奴が視認してる。十四か五の群れだと。注意点は、魅了能力があるだろう個体が二体、顔がいい奴な。あと、飛んできたのが帝都の方角だ」
 ユリアの問い掛けには、イワノフが明朗に答えたが、最後に追加された言葉に引っ掛かりを感じる者は開拓者ばかりではなかったようだ。帝都までの距離は短くはないが、最近フェイカーが近郊に現われていたことくらいは、ガリ家に限らず知っているらしい。流石に今まさにとは考えていないだろうが。
 それと。
「あれ? まだ他にも誰かいたの?」
 南方後方に、紋章を示した一団が近付いてくるとの報告が寄せられ緊張が走った中、フラウ・ノート(ib0009)が目を丸くして素直な感想の元に声を上げた。紋章を示すなら貴族だろうと考え、それは間違っていなかったが、フラウがまだ関係者がいたのかと思ったのは事実と異なる。
「その紋が多いのは南部だが、どこの家だ?」
 誰の紋章か知っている開拓者もいたが、ソーンの疑問にすぐには答えなかった。複数の貴族が領内の反乱鎮圧中に、満足な先触れなしに近付いてくれば敵対行為と取られかねない。取り成すとしても、機を見る必要があるからだ。
 やがて南部の領主の一人だと判明して、わざわざ来たのは神教会に縁があるのではないかなどとも取り沙汰されたが、連れてきて真意を訊いている暇はない。前線に出てこないようきつく言い渡すための使者が向かって、後のことは日を改めるとなった。
「せっかく目指せ全滅で話がまとまったのに、でしゃばりがいたもんだ」
「こちら方の者が世話になるかもしれんだろう」
 この決定に胸を撫で下ろした者もいる中、最初から強硬に殲滅を主張していたイワノフは吐き捨て、同輩で衛生班責任者のミエイ領主アリョーシャにたしなめられている。アリョーシャは戦意がない者まで殺害することを反対していたが、ソーンが礼拝堂破壊を決めてからはその意見を引っ込めていた。それでも、この『でしゃばり』を擁護する気持ちにはなるらしい。
「士気さえ挫けば、投降者が増えて、結果として被害も少なく出来ませんか?」
 そうした会話に口を挟んだのは、フェンリエッタだった。全滅させられると分かれば、相手は死に物狂いで向かってこよう。被害少なくが目標なら、竜哉が先に口にした投降者の罪を問わないとの呼びかけも有効であったはずとの意も含んだ言葉に、イワノフは『優先順位が違う』と返した。
「奴らに情けを掛けて、この先何十年も見張りに人と金、物を使うのは無駄だ。逃亡したら、まず確実にお礼参りに来る。ここで終わらせれば、他の領民は安全でいらぬ負担も減るだろう」
 もとより神教徒に罪を問わないことは、帝国と地域の法に合わない。まあ投降してくる者がいれば、強制労働という助命はありえるとイワノフは口にするが、当人が投降を聞き届けるかはまた別のようだ。フェンリエッタの表情が先より曇ったが、初対面のイワノフは気付かなかっただろう。
 これでいいのかと迷う者は、開拓者に限らずいた気配だが、最初の直接攻撃に加わるのは各種技能を修めたテイワズばかり。こちらは粛々と指示された配置に向かうべく動き出した。イリスが願い出た先陣とは呼べぬ行動が認められたのは、アーマーを使う騎士の配置が変更になって異動する時間を稼ぐためだ。
「周囲の木々を払わなくても良かったのか?」
 竜哉が示威行為と砲術士や弓術師達の射撃がしやすくならないかと確かめたものの、彼らは森の中の方が動きやすいと見るからに森歩きに慣れた足取りで散って行った。拓けた場所に踏み込んで、高所から魔術で狙い打たれることが怖くもあるらしい。
「よし。建物破壊から逃れて、まだ抵抗する者は殺せ。テイワズは絶対に逃すな。‥‥なんだ?」
「いえ‥‥声の限りに、歌ってまいります」
 ソーンの確認を兼ねた命に、それまで黙り込んでいた葉桜が何か言いかけ、その何かは飲み込んだ様子で背筋を伸ばした。ソーンは一度問い返そうとして、そんな場合ではないと思い直したらしい。
 抵抗する者は殺せと言うなら、抵抗出来ない状態の者は捕らわれて命永らえるかもしれない。どうしても争いが起きて、人死にが出るなら迷うより行動しなくては。葉桜のその思いは、どれだけの人が察したものか。
 フラウがホーリースペルを開拓者とその朋友、更に乞われて数人の騎士に施した。初撃に加わる者は攻撃の的にもされやすいからと、練力回復に要する品を渡されてでは断る方が難しい。
 術を受けた騎士が礼拝堂から見えやすい場所を移動し始めると同時に、イリスがアーマーを起動させて、周辺に緊張が張り詰めた。

 上空を旋回しつつ、フラウとユリアは帝都がある方角にも視線を配っていた。そちらの方向からアヤカシが来ると言うなら、フェイカーの息が掛かっている可能性は捨てきれない。不思議なのは、どうして神教徒達に同行させていないかだが、
「フェイカーも、手駒が切れてきたってことかしら?」
 人に混じって行動できるアヤカシは種類が限られるから、これまでに戦力を削いできた結果ならいいがと、ユリアは一人ごちた。ハーピーも面倒な相手だが、人に混じるアヤカシとは比べ物にならない。とはいえ、後背にも警戒が必要なのはありがたくはないが。
 彼女が手綱を握る炎龍・エアリアルの右を、フラウが乗る駿龍・ヘイトが飛んでいる。どちらもじくざくと地上からの攻撃を警戒して小刻みに動きながらの旋回だが、当然礼拝堂でも気付いている。時折窓だった穴から人の姿が見え隠れするが、偵察と思われているのか攻撃はまだだ。
 地上のイリスがどうしているものか、そろそろ時間切れだとフラウを見れば、そちらも下の様子を気にしていた。地上では、竜哉のNachtSchwertも含むだろうアーマー五体が起動準備を終えたようだ。こちらに攻撃がないのはそのせいもあるだろうか。
 と、礼拝堂からの最初の攻撃は、やはり正面に展開するイリスのアマリリスに向かい、それが引き金になって、まずは抱え大筒の一撃が三階あたりの壁面から屋根に向かう角度で放たれた。
「ユリアんっ、あれじゃ降りられない!」
 示し合わせていた通りに、その砲撃の粉塵が収まらないうちに、崩れやすいと見られた左の屋根にメテオストライクを放ったユリアに、壁面へとファイヤーボールを撃ったフラウが叫んだ。届いた声は半分くらいだが、意味は十分に伝わっている。
 崩落した屋根が階下も巻き込んで、一階か二階まで落ちている。礼拝堂の三分の一がそんな様子だが、階段は残っているのか階下に駆け下りていく人々の姿も見えた。残っている少数は、明らかに上空の二人を狙っている者だ。
「あっちに降りればいいってことかしらね」
 エアリアルはユリアの意向をきっちりと受けて、崩落した屋根のあった場所をかすめる様に下りていく。その背後に迫るように寄り来たヘイトの背から、フラウがアイシスケイラルを放っていく。
 多分四階だろう床に、槍を手にしたユリアが飛び降りたのはその直後のこと。

 アマリリスが転倒しても、NachtSchwertは助けには向かわなかった。メテオストライクほどの魔術は一度でも、ファイヤーボールは上空と地上から立て続いて何度か放たれた。それで弱い箇所が続々と崩れる礼拝堂から、蜘蛛の子を散らすように飛び出してくる人々が多数いるからだ。
 石造りでも放置されて八十年なら、そもそも建物の形を保っていた方が珍しかったかとちらりと考え、竜哉は正面に向かってくる者達の中から特定の条件に合う存在を探し始めた。指揮者やこうした状況下でなお効果的な攻撃を実行に移せる者だ。
「投降しろと言っても無駄か。しかし、どういう理由の狂乱だ?」
 アーマーの中からも竜哉は正確に走り向かってくる神教徒達が、蛮勇ではあるが戦意を持続させているのに首を傾げた。崩落で半狂乱にでもなりそうな女達まで、何か口々に叫んで向かってくるのだ。イリスが気にしていた預言の効果だとしても、度合いがひどい。
 こういう状態の者は武人には予測できない動きで被害を拡大させることを、目にも耳にもしている竜哉は、何人かに取り付かれ、起き上がる動作に慎重さを保っているアマリリスのイリスほどの情は持っていなかった。
「誰かを手に掛ける覚悟もない奴は去れ!!」
 アーマーの中からの叫びは、よほど近くにいた者でもなければ耳には出来なかったろう。だがNachtSchwertが手にした剣を掲げた意味を、取り違えた者はいない。それが素早く振り下ろされて、アマリリスに槍を向けていた一人を叩き潰した時には、狂乱の叫びも文字通りの悲鳴に変化した。
 けれどもその中に、怨は死なぬと叫んだ声が混じっていたのを聞き取ったのは、アマリリスを起こして、しがみ付いていた人間達をふるい落としたイリスだったが‥‥誰が発したものかは分からない。怨みが何を言うのかも、神教会と帝国の歴史を考えれば、思い当たることが多すぎた。
 なにより、竜哉の一撃で戦意が萎えたかと思われた一団は、また、今度は意味を為さぬ叫び声を上げつつ、それでもアーマーの足元を駆け抜けて、後方で包囲網を展開する兵士達に向かおうとし始めた。
 足止めに盾を横に薙いだアマリリスの横を駆け抜け、NachtSchwertが礼拝堂入口で魔術を行使している男に向かう。他のアーマーが礼拝堂壁面に穴を開けるべく、槌を振るった。
 けれども彼や彼女達がすぐに気付いたのは、自分達がいる正面には、予想されていたほどのテイワズがいないということ。

 心眼の反応は、大きな出入り口がない裏、礼拝堂の奥に人の気配が多数あると伝えていた。この結果に沿って移動していたフェンリエッタは、大筒の轟音に引き続いた爆音の後に崩れ落ちた屋根と壁に目を見張った。これは背後を懸命についてきた葉桜も同様だろう。
 先んじて反応したのは、忍犬の土筆だった。土埃の舞う中、転げるように崩れた横合いの壁のところから飛び出してきた何者かに吠え掛かる。突然の吠え声に身をすくませた相手は、だが葉桜やフェンリエッタの姿を見ると慌てた様子ながらも武器を構えた。フェンリエッタや従うからくり・ツァイスに比べれば貧弱だが、それでも剣ではある。
 しかし、どう見たところでフェンリエッタに叶うはずもない武器と腕だろうに、相手が躊躇ったのは一瞬だけ。
「神教会の教えは、こんな状態をよしとするの。救いとはどんな気持ちを言うの!」
 手付きも覚束ない様子で向かってきた戦闘の一人をあっという間に気絶させ、剣を遠くに蹴り出したフェンリエッタの呼び掛けには、
「行動だ!」
 そう叫んだ次の者が、飛び掛ってくる。心根ではなく行動で示すのが救いだと言いたいのか、確かめようにも会話する気が相手にはない。またフェンリエッタが気絶させなくても、葉桜の呪歌で次々と倒れていく者達から聞き出すことも無理だ。
「どういう意味だというのかしら」
「上の方にまだ随分残っているようです」
 歯噛みしたフェンリエッタに、超越聴覚で人の動く音を捉えた葉桜が注意を促し、同時に彼女も殺気を捉えた。咄嗟に葉桜を抱えて飛び退いたが、飛んできた複数の矢を全て避けきれてはいない。だが掠めただけで済んだから、二人共にすぐさま内部から見えない場所に移って、様子を窺う。
 ここで神教徒達が攻撃された危険性を思い出したが、倒れている人々は今のところ無事だ。ただアーマーの攻撃か、別の方向の礼拝堂外部から壁を壊す音がして、内部で怒号と悲鳴が重なった。と同時に、彼女達が障壁代わりにしていた壁が、内側からの何かの攻撃魔術で崩落していく。
「なんてことを。生き埋めになりますよ!」
 落ちてきた壁の欠片を振り落としつつ、葉桜は攻撃した者がいるだろう方向に、自分達が埋まってしまうではないかと詰問というには心配する感情が含まれた叫びを向け、
「仲間を助けなさい! 攻撃などしている場合ではないわよ!」
 崩れた屋根や上階の床の石材、木材の下敷きになっている人々の姿にしばし声を失った。代わりにこんな犠牲や痛みを強いる事に意味があるのかと、フェンリエッタが自分で助けようかという勢いで内部に乗り込んだが、神教徒の大半は救助より抵抗を選んだようだ。
 けれども、それが徹底されたかといえばそうではない。
「どんどん崩れるぞ、奥に入るな。貴様らは死にたいならそのままでいればいい!」
 なぜという思いが先に立った二人とは違う場所から中に入り込んでいたヘスティアが、からくりのD・Dと一緒に神教徒の中を駆け抜けて、相対していた魔術師を切り伏せた。二人に気を取られていた者達は、突然降って沸いたような存在に度肝を抜かれたか、初めて浮き足立って見えた。崩れるという言葉も効いたかも知れない。
「エッケハルト様の護衛は?」
「親衛隊がいるからいらんとさ」
 加えて、傭兵も一流に近いなら信頼に値するだろうとも言われたヘスティアは、ユリアが別の方向でソーンの不手際に怒ったよりも立腹しているらしい。幼馴染み達が聞けば、感性の違いと一流と断言されなかったことのどちらを怒っていると判断したろうか。
 この勢いで、派手に崩れたおかげで強敵はいないとまでうそぶいたヘスティアは、闇雲に向かってきた男も躊躇いなく切って捨てた。その腕前に恐れ入って投降するかと、フェンリエッタと葉桜は思い、周囲に視線を向けて、違う反応を見た。
「向かってくるなら斬る。命が惜しいと思う頭が残ってるなら、後ろを向いて逃げやがれ!」
 何か暗い感情に取り付かれた目付きで、奇声を上げて向かってくる者達には、前衛の二人もからくり達も手加減はしない。中にテイワズが混じっているから、技量の差はあっても余裕に欠けた。葉桜も崩落しそうな場所に睡眠状態の者を量産することも出来ず、武器を振るいながらも説得を諦めていないフェンリエッタが口ずさむ歌の伴奏をしたり、外に出るようにと言葉を尽くしていた。
 けれども。
「しまっ‥‥!!」
「怨は死なぬ‥‥預言者の、見せてくれた、貴様らの悪行の‥‥報いを受けるがいい」
 正面の壁が新たに崩れた音に、三人が僅かに耳をそばだてた一瞬に、もう息絶えたかと思われたテイワズが、ヘスティアとフェンリエッタの足首を掴んだ。容易に振りほどける力しかないが、それでもその分は動きが遅れる。
 今度こそ、誰もが外を目指した大崩落は、内部や周辺にいた開拓者と騎士にも多大な被害を与えたが、なんとか一人も飲み込まれずに済んだ。外に逃れた神教徒達は包囲を抜けようとあちこちで暴れている。
 そうした者を始末するのか、または戦意を奪って捕らえようとするか。その思いと行動はそれぞれながら、開拓者もほとんどがそちらの鎮圧に向かった。

 包囲の一部が突破され、ごく少数が逃げ、幾らかが南部の領主の一団に保護されたが、捕らわれた者を含めても生き残りは百には届かないだろう。崩落した礼拝堂は、疫病やアヤカシの発生、集合を警戒して厚く土が被せられた。
「もうこんなことは起こさせない」
 そう誓うように口にしたのは、一人ではない。
 今回の元凶が斃れたことは、まだこの場には伝わっていなかった。