学校、壊れた
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/16 02:30



■オープニング本文


 メキメキッ‥‥

 妙な音がするなと、その建物の中にいた少年少女と青年達が首を巡らせた。
 天井からしているようだが、どのあたりかよく分からない。

 メキッ!

 今度の音は大きくて、だいたいの場所が分かった。
 だから、その方向をしげしげと眺めた青年の一人が、原因に気付いたのだ。

「梁にひびが入ってる!」

 彼らがいる壁面煉瓦、スレート屋根の建物の、天井を横切る一抱えもある丸太の梁が、こともあろうにひび割れていた。
 その梁から、何かはじけ飛んだように見えるのは、もしや丸太の破片だろうか。

 ミシミシミシミシッ
 ペキペキ‥‥

 段々と音が増し、種類を変えて来るにあたって、彼らも理解した。
 梁が折れそうになっているようだ。
 折れたら‥‥もちろん、怪我をする。
 それで済めばいい、場合によっては死ぬかもしれない。

「避難だ、避難っ」
「教本を持ち出せー!」
「違う、本より薬を持って逃げろ」
「そうよ、薬が先よ!!」

 その建物は学校として機能していたから、彼らは室内にある有益なものをせっせと持ち出した。
 梁の割れていく音を聞きながらの作業は、

「この馬鹿野郎ども、とっとと逃げないかっ!」

 スレート屋根の一部が崩壊したところで、駆けつけた教師の一喝されて全員が屋外に避難するまで続き‥‥
 その直後。

「うわぁ」

 派手な音を立てて、屋根が落ち、徐々に壁が崩れ、最終的に学び舎は瓦礫の山になってしまった。
 怪我人はなし。
 正確には、慌てて荷物を搬出する際に突き指だの捻挫だのした者がいるが、

「ええと、捻挫、突き指にはどの薬草をすりつぶして塗るんだったっけ?」
「離せーっ、俺はこいつの治療だけは嫌だーっ」
「あ、分かった。大丈夫、教本にあったから」
「ちょっと待て、その頁を俺にも見せてみろ。間違ってないか確かめる」
「はいはい、怪我人は興奮すると体に毒ですよ〜」
「ちょうどいい。安定剤の処方、試してみる?」

 倒れた学び舎は、各種医療関係者の育成を最終目標とした中等教育機関の役目を持っていたので、同級生が寄ってたかって治療に勤しみ、まあ大体問題ない手当をしたので負傷者として数えられていない。
 口が悪い教師からは『実験台が一人、二人』と数えられたが、それが一番正しい扱いだったろう。
 この医療関係者の養成学校は、通常の教育ではちょっと追いつかない、問題児揃いなので。


 しかし、現在の最大の問題は。

「先生、倒れた建物の下の教本とか、どうしましょう?」
「なんだか、陥没してます。下まで降りますか?」
「おぉ、冒険だ、冒険。準備してくる!」

 崩れた建物の下に埋もれてしまった、貴重な資料や薬草類の回収である。
 あと、暴走しそうな学生どもの監視も。




■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文

 突然建物ごと崩落した陥没穴の、その建物の中にあった物品の回収。
 こんな依頼なので、いかに見た目はもう大丈夫そうでも、再度の崩落を警戒するのは当然だ。だからこそ、わざわざ開拓者ギルドに依頼がされたのである。
 そんなところに、こんな奴がいたら、そりゃあ迷惑である。
「いーじゃん、一緒に冒険させてよ。もう危なくないって」
 そうだそうだとはやす仲間を率いての行動は、十五六と見える年頃には似合わぬ餓鬼大将っぷり。反抗心が頭をもたげる年頃だけれど、もうちょっと分別もつけていてほしいお年頃だ。
 でもまあ、こういうのの一人二人はいるよねと、先からサライ(ic1447)は予想していた。だから、彼が得意‥‥いや、相手の安全を思いやって、確実にこちらの指示を聞いてもらうための方策を実行しようとした。
 簡単に言うと、色仕掛け。同性相手でもシノビたるもの、目的達成のためならそういう手段も辞さない。と、素人相手に夜春まで使用して、
「貴方を‥‥いえあの、皆さんを危険にさらしたくないんです」
 上目づかいに、震える声。
 心の中で、『うん、この調子ならすぐ言うとおりになるね』と思っていることなどおくびにも出さず、順調に冒険好きのやんちゃ坊主達を手懐けていたところ。
「おいおい。いくら子供でも、この骨盤にくびれのない腰なら男だって」
「えー、分かんないわよ。発育が悪い女の子かも。男子にしては、随分可愛すぎるもん」
 おとなしく様子を見守っていると思わせていた外野が、妙なことで騒ぎ出した。
「流石はお医者さんの養成校。目の付け所が違うね!」
「それはいいけど、ちゃんと何が校舎にあったのか、説明してよぅっ」
 昼日中から、妙な雰囲気を作り出しかけていたサライ達がげんなりするほど、平然とした品定めにルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が手を叩いて笑い転げている。リィムナ・ピサレット(ib5201)は一応真面目なことを言ってはいるが、表情がへらりと笑っている。
 なんか、色々気分が盛り下がった。
 そんな感じのサライが、『とにかく駄目』の一言でやんちゃ坊主達を押し留めたのを待っていたかのように、重要物品の目録を手にした鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)が一同に声を掛けた。
「だいたいの様子が分かった。取り急ぎ、書庫があった辺りから探ってみるぞ」
「あ、アーマーが来た」
「アーマーではない、からくりだと教えたではないか」
 一度で覚えなくては駄目だと、ふざけた生徒にテラドゥカスは鷹揚に返している。ちなみに彼をアーマー呼ばわりしたのは、そもそも開拓者達が先。
「テラさん、アーマーとからくりの違いが分かりませーん」
「そういう話は、作業がある程度済んでからだ」
 そんな仲間のおかげで、彼は『テラさん』や『大公ちゃん』と呼ばれる羽目に陥っていた。なにしろリィムナとルゥミがそう呼ぶので、よほど引っ込み思案か礼儀を心得ている生徒でなければ、尻馬に乗っている。
 何はともあれ、テラドゥカスは生徒ではなく教師達から状況聴取を行って、さっさと作業の手順を組み立てていた。まずは教本や教材が多数保管されていた書庫があった辺りからと、他の三人にさらっと書いた図面を見せる。
「人手がいるだろ、手伝おうか?」
 懲りずにしゃしゃり出てきた生徒達には、サライが今度はものすごく健全な笑顔で、あるものを差し出してお願いしていた。
「僕達だとちゃんと作れないので‥‥皆さんは寮生活だから、お上手かなって」
 食材は持って来たけど、料理は不得手。事実かどうかは別として『頼りにしてます』と言われたことで、今度は女子の母性本能をくすぐったようだ。
「サライちゃん、えらいっ。おなかすいたら、大変だもんね」
「ねえねえ、お風呂も入れると嬉しいなぁ」
 そういうことは任せておけ、翻ってこちらの作業は邪魔する暇がない。という状態にして、四人はおもむろに穴に入る準備を進め出した。もしも誰かが落ち込んだ時の手助けと、上から見付けた物の要不要を教えてもらうのに、一部の教師には居残ってもらっている。

 作業手順は、まず屋根を葺いていたスレート、薄い石材で作った平面瓦を取り除け、壁材と学校の備品とを仕分けて、必要なものから運び上げる。床材になっていた木材や石材は、穴の中の状況によっては、いっそ埋めてしまった方がいいかもしれないが、判断はある程度様子が分かってからだ。
 降りる順番はリィムナ、サライ、ルゥミ。テラドゥカスは体格が良く、それに見合った重量もあるので、三人が崩落しないか確かめている間、上で命綱を保持する役目を担っている。
 無事に瓦礫のところまで降りた三人は、足元を少し掘り返して覗きこみ、交代で跳ねたりと安定性を確かめてから、テラドゥカスに両手で丸を作ってみせた。
「横の方に、やっぱり洞窟があるみたいだけど、ここは大丈夫。下まで落ち切った感じ」
「あっ、でも大公ちゃんがここに降りたら、下の本が潰れちゃうかも」
 早くも三十センチ四方はあるスレートの、形が大きく残っている分を重ね始めながら、リィムナとルゥミがあれこれとテラドゥカスに知らせる。
 サライはすでにスレートを重ねて、下を覗きこんでいた。梁や何かの木材の下には本棚が倒れているのが見えるのだ。早く回収してあげたいと、その気持ちは強い。
 すぐにするするとテラドゥカスが降りて来て、足場の強度を確認しながら、本棚の掘り起こしが始まった。手袋は皮の物を貸してくれたので、多少の石材の尖り、木材のささくれは気にならない。
 ついでに開拓者であるから、年少者に見える三人とて力はそこらの青年を上回る。途中で掘り起こした木箱にリィムナが器用に縄をかけ、上から引っ張ってもらう手筈を整えて、中にスレートをどんどん詰めていった。最初は教師達が引き上げていたが、四人の作業が早いのですぐに生徒の中の力自慢が数人呼ばれてくる。
 一か所だけ掘り返すとその周りが崩れるからと、途中から掘り下げる範囲を広げたので、本棚の中から教本を取り出せたのは小一時間も経ってからだ。
「新しい箱を持って来た〜」
「よし、降ろしてくれ。とにかく本を入れるから、整理や汚れ落としは皆でやるのだぞ」
「降りたら、駄目かよ」
「ん〜、掘るのは僕達で出来るけど、本は皆さんでないと整理出来ませんから」
 途中、また冒険心を起こした少年達が顔を出したので、テラドゥカスとサライがそれぞれの方法で押し留め、違う仕事に振り分けた。
 最初は瓦礫を直接穴の外に放り出そうと思っていたが、外の様子を確かめる方法がないので誰かにぶつかる可能性もある。ちょろちょろしそうな者が何人もいたから、彼らに引き上げや何かをさせて、少し冒険心を満たしてやることにしたのだ。
 実は外見から予想も出来ないような学問の修得をしているルゥミとリィムナは、本を取り出すたびに書名を見ては目をきらきらさせている。普段は見慣れない知識の素があるのか、開きたくてうずうずしている時もあるようだ。特にリィムナに回数が目立つが、現在は依頼の最中。掘り出した本棚が空になったら、別の場所を掘り返しにかかる。
「休憩してくださ〜い」
「「「はーい」」」
「わしは食事の時だけ休めばいいからな。三人は行くといい」
「‥‥あの、全員呼んできなさいって‥‥先生が」
 作業を始めて二時間と少しで、今度は女子が顔を出して、お茶だと皆を呼ばわった。テラドゥカスは茶なら無用と言い張ろうとして、おずおずと掛けられた声に沿うことにしたらしい。
「テラさん、やっさしーい」
「大公ちゃんだもんね」
「なんだか美味しそうな匂いがしますよ。お茶もちゃんといただかないと」
 世界征服の後、圧政で平和な世の中を構築する。どこかの帝国のやりようめいた、更にその上を行く野望を持つからくりは、仲間達の言い様にも平然としたものだった。そもそも、考えてみれば一人では作業もろくに進まない。この機会に生徒達と言葉を交わしておくのは、後の作業をはかどらせる一つの方策だろう。
 彼がそんな判断をしたとは気付かず、引き揚げ作業や地上に戻された本や道具類を整理、洗浄したり、料理などの家事をしていた生徒達も集まって、お茶の時間が始まった。
「うわぁ、止めてくださいよぉっ。僕は男ですから」
「声変わり前だからか、女子みたいな腰だよな」
「あ、でも喉仏出て来てる?」
「えー、てっきり女の子だと思ったのに」
 その前に、サライが何人かに取り囲まれて、性別はどっちだとあちこち触られていたが‥‥開拓者は誰も助けない。腹を抱えて笑っているのは、二人ばかりいたけれど。
 サライも歓談はしたいが、こういう接触を好むわけではない。相手が驚かない程度の素早さで身をかわして、意地悪しなさそうな集団に混じり込んだ。勉強熱心はいいけれど、生徒の一部は遠慮がなさすぎる。
 これが問題児だと言われる由縁の一つかと、案外冷静に見て取ったリィムナは、だがそんなことを引きずりはしなかった。彼女には、もっと重要かつ必要な知識があったのだ。
「ねえ、どういうお医者さんになる勉強してるの?」
「薬の研究したいなぁって」
「俺は稼ぎが上がる場所で仕事したいねぇ」
「‥‥あたし、子供を助けるお医者さん」
 なんだか俗っぽいのが混じっているが、女子が一人、まさにリィムナの求めていた知識を伝授してくれそうだった。いきなり尋ねたらおかしいので、お茶を飲んで心を静めて、頃合いを見てこそっと挑戦だ。
「あのね、おねしょの治し方って知らない?」
「おっ、まだ寝小便たれか?」
 耳の早いのがはやし立てるのに、慌てて妹だと否定してみたが‥‥周りの表情を見ると、あまり成功した風ではない。ルゥミも、なんだか可哀想な人を見る目でこちらを見ている気がする。
「気にしなくていいよ。絡んで、女の子の気が引きたいだけだって、先生が言ってた」
 子供の専門医になりたいという女子は、おっとりときっついことを口にしてから、リィムナに『日が暮れたら水分を控える』から始まる夜尿症を防ぐ生活習慣を教えてくれた。中にリィムナがまだ挑戦したことがない方策が含まれていたかは、本人が『妹のため』と言い張っている最中なので、口外されない。
 とりあえず、その後の作業でリィムナの機嫌がよかったのは間違いないようだ。

 本棚一つ目は順調だったが、全体の真ん中あたりにあったはずの薬品戸棚は難物だった。
 全体に瓦礫を除けて、中心に向かって瓦礫が雪崩を起こさないようにしてから、掘り起こしていかなくてはならない。結局のところ、瓦礫を片端から引き上げていくのが一番早そうという次第。
 これは流石に一日では終わらず、暗くなるまで頑張っても瓦礫はまだ相当残っていた。それでも人数を考えたら相当の進み具合で、これは引き揚げ作業を延々と繰り返していた男子生徒達のおかげでもある。
 だからサライが夕食時にそのことを褒めたら、すぐに調子に乗る奴がいた。餓鬼大将性質の彼は、多分これが問題児と言われる理由だろう。そんなむら気では家の跡継ぎは務まりませんと、友達にからかわれている。
 すると、彼は憮然とした様子で、親がしつこいからとかなんとか口にした。多分いつもそんな調子なのだろう。周りは『またか』と、さして呆れる様子もない。
 そこに、テラドゥカスが口を挟んだ。
「本当に嫌なら、止めればよかろう。不真面目な者は、周りの足を引っ張る原因になる」
「ちょっ、俺、そんな成績悪くは」
「だが全力を尽くす気概はないのだろう? それなら、打ち込めることを早めに見付けるのが賢明ぞ。懸命に身につけた技術や知識なら、いずれ貴様を助けてもくれようが」
 かなり率直に『今の調子では、先が思いやられる』とやられて、成績は上の中でも医者になる気概のない餓鬼大将はむっつりと押し黙り、周りもとりなす方法が浮かばない様子で目くばせし合っている。教師陣は様子見だ。
「なんで、お医者さんが嫌なのに、学校に来てるの?」
「うちは‥‥代々医者なんだよ」
「ふぅん。やりたいなら練習すればいいんだよね。あたいはじいちゃんにそう言われたから、毎日射撃の練習してるんだよ! 好きだから、楽しい」
「俺は楽しくない。どんだけやったって、家じゃ誰も頑張ってるって思わないんだ」
「うん、だからさ、好きなこと探したらいいよ。それでお医者さんのお嫁さん見付ければ、おうちの仕事はお願い出来るでしょ?」
 この子、何を言い出したんだろうと周囲が固唾をのんで見守っていた中、ルゥミはあっけらかんとこんな提案をした。言われた方は開いた口が塞がらず、周りは大爆笑である。
「直ぐにやりたいことが見付からんなら、誰より良い成績を取るのを目標にしてみたらどうだ?」
「やるなとかやれとか、なんなんだよ、おっさん」
「医者になる気がないのにここにいたいなら、せめて他人の発奮材料になれ」
 さらりと言い放たれ、餓鬼大将は今度は考え込んでいる様子だった。
 翌日。
 今度はあまり無駄口も叩かず、冒険がしたいとも言わずに瓦礫の引き揚げ作業に集中していた生徒達は、相変わらず休憩時間には餓鬼大将とふざけていたが‥‥
「なんか、ちょっと真面目になったんじゃなぁい?」
 リィムナが仲間内にだけ面白がって囁いたが、からかったりはしなかった。代わりに地盤が全体にしっかりしていると判明したので、交代で降りて来るかと声を掛ける。何事も経験、女子からも希望者を募り出した。
 最終的には、全員が教師に勧められて、陥没穴での物品回収に従事する。もちろん開拓者たる者、素人に手伝わせて怪我をさせるような不手際は起こさない。
「埃だらけ〜」
「お風呂行こう、お風呂」
 作業が終わって、やはり女子が先に身綺麗にしたいと騒ぎ出す。ちなみにここでは、天儀風の湯船ではなく蒸し風呂だ。小屋の中に蒸気を充満させて、体を温めてから水を被ったりする。
 そんな小屋を二つも建てるのは大変なので、男女交代で使用するのだが‥‥
「皆、あんまりです‥‥」
 その日の夕飯時、サライはなぜかしくしく泣きながら、テラドゥカスの陰に隠れていた。
 ふざけたリィムナとルゥミが、彼の両腕を取って蒸し風呂に引っ張り込み、女子生徒達が叩き出されるはずが‥‥研究熱心な彼女達にどういう目に遭わされたものだか。
 サライは、興味津々尋ねる男子生徒達からも逃げ回っている。