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■オープニング本文 丁寧な物腰で切り出した天儀神教会神父・神楽シンの言動に、オアシスの村長は素直に驚いたようだった。 「こちらで食用に潰した家畜の代価だが、金銭と労働とどちらがいいだろう? 他に希望があれば、出来るだけ叶えたいと考えているが」 魔の森の大アヤカシが退治された報が巡り、アヤカシの襲撃から逃れた人々の大半は、故郷に帰り始めていた。いまだアヤカシの襲撃が頻発するエルズィジャン・オアシスはやや遅れる見込みだが、他はほとんどのところで住人が帰還している。 その中の一つに、ジャウアド・ハッジの遊牧民独立派がたまたま保護した定住民を送り届ける役になったのが、ちょっとした事情で独立派と一緒に行動することになったシンだった。ジャウアドがこのオアシスと事を構えた事はないが、いい印象を抱いている風ではないから、天儀生まれで保護した住人とも多少は親しくなっていたシンが代表で向かわされたのだ。 もちろん彼と三家族ほどの住人達だけでは、途中アヤカシに襲われても対応できないので、護衛が生業の遊牧民が三人ほど付き添っている。幸い、アヤカシの影を見ることもなく、目的地に到着した。 という訳で。 シンは現在、住人達と一緒に保護したのに、瘴気感染を起こした者達に滋養を付けようとかなんとかで、捌いて食してしまったこのオアシスの家畜達の賠償問題に取り組んでいた。ジャウアドは住人をアヤカシから助けて、今まで保護していたのだからいいじゃないかと言ったが、それでも対価を払うことで評判が上がると説き伏せたのはシンや側近衆である。 そして、村長は尊大で知られたジャウアドの友人を名乗る青年が、家畜の対価を支払うと言い出した事に驚かされている。 「対価と言うが、そもそもアヤカシに食われるところを助けてくれたのだし、諦めていた家族も無事に戻って、更に何か受け取っては、我々の評判に関わる」 「そちらのお考えも納得できるが、こちらは他人のものと承知していて、勝手に手をつけた負い目がある。このまま放置しては皆に示しが付かないので、相応の金銭を受け取るか、片付けにでも使うか選んでくれまいか」 村長はシンの人あたりが良い笑顔と、他の遊牧民の『いらないって言うなら帰ろ?』といった表情を見比べていた。 実際のところ、オアシスは倒壊した家屋や破損した水路、倒れた果樹と手を付けねばならないところは多々ある。人手は幾らでも欲しいのは事実だ。単に付き合いのない遊牧民を入れて大丈夫かと心配なだけ。 それに、四人でも増えれば嬉しいが、全然足りないという気持ちもある。対価として不十分なのではなく、四人では片付けも何も手が足りないのだ。加えて、天幕生活の遊牧民は家屋の修繕の役には立たないだろうし。 諸々の考えを表情から見て取ったようで、シンがにこにことこう申し出た。 「自分は故郷で壁塗りの経験ならある。他の三人も家具を作ったり出来るから、多少はお役に立てるのではないかな。それで足りなければ、多少金は掛かるが人を呼ぶ手伝いも可能だが」 「人を‥‥? ご存知ないかもしれないが、この辺りはどこもアヤカシの被害で人手が足りなくて、近くの村の親戚にも手伝いが頼めないのだが」 「首都の開拓者ギルドに頼んで、ジンを寄越してもらう方法がある。家を建てられるようなのが来てくれるか分からないが、ジンがいれば力仕事はまず困らない。申し込みの方法はすぐに説明出来るが」 多少家屋修理や木工の経験がある四人の青年と、どういう人が来るのか確約されないがジンが数人。 どちらがいいか、掛かる費用や手間やなにやかやを相談した村長や住人達は、最終的に開拓者ギルドを頼ることにした。 ただし、報酬額は諸般の事情でかなり渋い。 |
■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲 |
■リプレイ本文 『うっきゃーっ!』 オアシスに、少女っぽい悲鳴が響いたのは、開拓者が到着した初日の昼前のことだった。 続いて、からくり・減色が貯水池に落ちた水音がする。岸辺で水を飲んでいた迅鷹・万黎が水飛沫を避けて飛び上がったが、当の減色はそちらに目もくれない。 『乙女を突き落としてくれましたよ。何か言う事はないのですか、お兄様っ!』 「お前が性根を入れ替えて働け」 不精な妹なぞ持った記憶はないと、からくりの主人であるらしい八十神 蔵人(ia1422)が、大層嫌そうに減色を追い払う仕草をした。 「まあまあ、仲違いはいけません。仲良く、オアシスのお役に立ちませんと」 『働かざるもの食うべからずでふ』 にこにこと割って入ったエルディン・バウアー(ib0066)ともふら・パウロが、減色を庇う仕草だけ示している。あくまで示しただけで、言葉では働けと言っていた。そして、こちらも減色を貯水池に叩き込んだ神楽シンを咎めてはいない。 『間接に砂が入ったのにぃ』 「茹でてふやかすか?」 よよよと泣き崩れた減色は、さぼる口実を却下されていたく衝撃を受けていたが、誰も取り合ってくれないので悔しそうな顔付きで作業に戻った。突然の出来事に驚いていた住人達も、笑顔が崩れないエルディンや別人のようににこやかな表情になったシンに促されて、それぞれの作業に戻っていく。 「神父っちゅうのも、妙な連中やな」 八十神の呟きは、多分住人達も思っていることだろう。でも彼の場合、相棒がちゃんと働くなら、それでいい。 自分にばかり仕事を押し付けてくるからくりなぞ、庇う気持ちは毛頭なかった。 なんだか悲鳴みたいなものが聞こえたがと、アーマー・武神号から降りようとしていた皇 りょう(ia1673)は耳をそばだてたが、危険なことが起きた様子は伝わってこない。まさか自分がアーマー内の暑さにやられているのだろうかと心配になってくるが、幸い事情は両肩に椰子の木の枝を大量に担いだ和亜伊(ib7459)が教えてくれた。 「そうか。仕事だから、苦手でもさぼるようでは怒られても致し方ないな」 「そりゃそうだが、あんたはよく休まないと駄目だぜ。その中は、さぞかし暑いだろう」 二人が担当しているのは、幹が半ばで折れてしまった数本の椰子の木の伐採と掘り起こしだった。すぐにでも次の木を植えたいオアシス側では、切り株を簡単に掘り返してくれそうなアーマーを歓迎したが、深く根を張った切り株の撤去はなかなか大変だ。最初は要領がつかめず苦労したが、一本片付いたので、午後の作業はもう少し手際よく進められるだろう。 ただし、それでなくても陽射しが出ると急激に温度が上がる砂漠で、オアシスの周辺とはいえアーマーの中は暑い。和がりょうに休養を強調するのも当然で、彼女は髪の毛まで汗でぐっしょりだ。外で活動している和が汗をかいた様子がないのは、単に出る側から乾いてしまうからで、こちらも水分補給は心掛けている。 その和が連れてきた甲龍・堅も、度々日陰で自発的に休んでいるが、こちらは開拓者が連れている龍には珍しく高齢なので、体力的な問題らしい。作業が一段落と踏んで、すでに昼寝の態勢に入っていた。 「あ〜、日陰は涼しいな。すぐそこが砂漠だとは信じられない気温だ」 「ここが涼しいなら、やっぱり中は暑いんだろ。湿気がない分、確かに日陰は温度が低いけどな」 武神号から降りたりょうが言うように、オアシスの水源から五キロも離れると岩の砂漠が広がっている。その辺りも砂地の砂漠に比べれば植物などが見えるが、日差しの照り返しが厳しくて昼間は暑く、夜は急激に冷えていく。オアシスは幾らか温度変化が緩やかながら、和が思うに涼しくはない。日向と比べれば、幾らかましという程度だろう 椰子の枝を運んだら、堅にも水を飲ませておかねばと考える彼は、更に元気を出す方法に頭を悩ませ‥‥ 「甘いものなんか食べるのもいいよな」 自分の特技である菓子作りを披露したら、住人が喜んでくれるかもと思い付いた。でもまず喜んでいるのは、その背後にいる人物のようだ。 自分の故郷には、この季節に断食の習慣があり、それが明けるとお祭りみたいに祝うのだと、世間話を兼ねた双方の習慣などを交換していたモハメド・アルハムディ(ib1210)は、取りまとめ役の合図で午前の作業を終えた。彼が手伝っていたのは、日干し煉瓦を作るための土を掘ることだ。他の儀のように、煉瓦を焼き固めなくても雨が降る回数が極度に少ないアル=カマルでは、モハメドが考えたように日干し煉瓦で大抵の建物を造っていた。その上から土を塗ると、熱とたまの砂嵐を防ぐ丈夫な建物になるようだ。 問題は、そのための道具類は避難時に優先して持ち出すものにはなっておらず、いささか不足気味なことだが、そちらは土地の鍛冶師や大工と一緒にメグレズ・ファウンテン(ia9696)が鋭意作成中だ。自分達が知らない技術の持ち主が来た事をこちらの住人も喜んでいるし、メグレズもアル=カマルの技術が見られると、大層話があっていたように見えた。 とはいえ、こちらの一団ほどではない。 「ヤー、皆さんで並んで、何をしているのです?」 「ふふふ〜ん♪ なんだと思うかな〜♪」 背中と胸に赤ん坊を一人ずつ、服の裾を掴んだ幼児が三人、更に周りに切り分けた果物を載せた盆を掲げた数人の子供と一緒に日陰で並んでいる門・銀姫(ib0465)が、歌の続きの節回しでモハメドの質問をはぐらかしている。 「金属の上で水分が多いものを風に晒せば、それなりの冷却効果は見込めそうですが、それほど冷えますか?」 「あはは〜♪ 種明かしは〜、もっともったいぶらないと〜♪」 鍛冶場から出てきたメグレズが、金属特徴にも詳しいことを窺わせつつも、貯水池に漬けておいた方が冷えるのではなかろうかと首を傾げていた。けれども土地の人々は、水よりこちらの方が簡単に冷えるよと口にしつつ、果物を二人に勧めてくる。口にしてみると、疲れていることを差っ引いても、確かにそこそこ冷たく感じる。 「ナァム、成る程。あまり冷たくても、体に触りますからね」 「そうだね〜♪ さあ、皆、お昼を食べに行くよ〜♪」 何事も人手が足りないオアシスで、皆が作業に集中するために子守を頼まれた銀姫が移動すると、幼児の集団が一緒によちよちと歩き出す。それはそれでなかなか気苦労が多そうだが、当人は他の皆の作業が捗るならよいと楽しげだ。子供達も、珍しい歌や話を披露し続ける銀姫から離れないように、ちょこちょこと歩いている。 でも、中には独立心が旺盛な幼児もいるわけで。 「小さい子供は、ちょっと扱いに迷うことがありますね」 うっかり腕を引っ張ったら関節が抜けそうと、違う方向に行こうとした幼児を両の小脇に抱えて、メグレズも銀姫の後を追い始めた。けれどもモハメドは駿龍・ムアウィヌンの腹の下に潜り込んだ子供を捕まえるのに、もう少し掛かりそうだ。 依頼された仕事は、家屋の修繕やアヤカシの被害を受けた果樹の伐採などだ。開拓者達が来るまでも、もちろん住人達が総出で作業に勤しんでいた訳だが、こと規模が大きなものほど後回しにされていた。一つところに大人数を当てる余裕がなかったからで、そういうところが開拓者の担当となる。 「いやぁ、魔術師の私も実は力持ちでした。普段は力仕事はしませんからねぇ」 季節の野菜を炒め合わせたものを、極薄のパンで包んで食べる昼食の最中にも、エルディンはにこにこと笑顔を振りまいていた。多彩な話題で、午前中だけですっかりとオアシスの住人に馴染んでいる。もちろん真面目に働く姿があってのことだが、当人が言う通りに力仕事で素晴らしく役に立った事も大きく関与しているだろう。 この点は他の者も変わりないが、アーマーを使っていたりょうより、子供を五人しがみ付かせて歩き回っていた銀姫の方が力持ちだと誤解されている。技術面での協力から始めたメグレズも、男性陣ほど体力があるとは思われていないようだ。 何はともあれ、なかなか片付けられなかった倒木や、運べずにいた瓦礫、それから一番困っていたらしい水路補修用の石を運ぶ算段が付いたので、住人達も朝に比べて表情が明るい。 「昼からは、水路用の石をまとめて運んでもらってもいいかい? そうしたら、明日からきちんと直せるからさ」 「それが一番緊急だろうから、もちろん構わないが‥‥水路はどこにあるのだろう?」 井戸ならたくさん見るが、水路は見当たらないと応えたメグレズに、他の大半が同意の頷きを示した。 『そんなの、気にしなくても言われた場所に運んで行けばいいのですよ』 「そないに言うなら、お前も一緒に行くんやろうな? まったく口ばっかり達者な駄人形め」 相変わらず自分だけは力仕事から逃れようとする減色に、八十神が拳骨を喰らわせた。幾ら二人を比べれば、段違いで八十神の力が上でも、減色も住人よりは力仕事に向いている。 更に、八十神がそのつもりで持ってきたとはいえ、勝手に荷物から出した飲食物を自分の物のようにオアシスに提供し、夜には地元の酒が飲みたいなどと注文しているのだから‥‥パウロが自分の希望も言ったら駄目だろうかと、そわそわしていた。 「あれ、井戸と水路を兼ねてますよ。中が涼しそうでしたね」 そんなパウロに果物の端っこを分けてやりつつ、珍しく普通の口調で銀姫が指摘した。彼女は水汲みもしていたから、直径が二メートルもあって、中に降りられるこのオアシスの井戸の中まで見てきた現状唯一の開拓者だが、今は食事中なのでなかなか説明が進まない。 とうとう『実際に見たほうが早い』と途中で説明を放棄したのは、懐いた子供達の口に食べ物を入れ込む事を優先したからだ。上着など大分汚れてしまったが、気にせず子守に邁進している。 おかげで井戸と水路の関係が良く分からなかった一同だが、知っていそうなシンや遊牧民も『知らないなら見に行け』とすげないので、子供と一緒に昼寝を始めた銀姫以外は昼の休憩時に覗きに出掛けた。そちらは涼しいと聞いて、汗で濡れた服を着替えて袖なしにしたりょうも混じっていたが、こちらは上着を着せられている。日差しを直接浴びると肌を傷めるから、住人も遊牧民も長袖なのだ。 さて。そうして出掛けた水路は地下に走っていた。地上を通すとどんどん蒸発していくから、地下というのは理に叶っているのだろう。 「ヤー、インシャッラー、これはすごい」 三層に渡るという石組みだけで大雑把ながら四角い空間を延ばして行き、四方八方に渡した水路は、アル=カマルでは多少の技法の違いはあれ、それほど珍しくはない。もちろん水路を引ける場所は限られるから、どこにでもあるわけではないものの、水源から離れた集落や畑まで水を届ける重要かつ普及した施設だ。このオアシスでは、あちこちに開口部を設けて井戸にもしているが、他所にはもっと長距離を掘り進んだものもあるらしい。 という説明を真面目に聞いていたのは、半分ほどだろうか。メグレズは無言で、モハメドは感嘆の声を繰り返し上げつつ、りょうは興味津々の様子で、井戸の部分から高さと幅が一メートルほどの水路部分に入り込んで、ぺたぺたと壁や床部分を触りまくっている。 「これは涼しくて良いな。でもここに水がないのは、どこか壊れてるのか? それなら、その部分に最初に石を運んだほうがいいよな」 「そやなー、作業の順をゆってくれりゃ、そこから手をつけるで」 「うんうん。でも水がないのは、貯水池の水門をこの水路の分は締めてあるからだよ。仕事する時に水が流れてると、崩れることがあるから」 専門的なところは手助けできないが、作業効率が良い様に使ってくれと気軽に申し出た和と八十神に、修理をする住人も砕けた口調で説明をしている。朝には敬語だったが、開拓者の存在にも慣れて、お互いに仕事がやりやすくなってきたところだ。 しかし、床に這いつくばってしまった三人はなかなか立ち上がる気配がない。 「研究熱心ですねぇ。弟子入りしてみたらいかがです?」 色々説明を受けたエルディンが、冗談のつもりでそう石壁観察中の三人に声を掛けたら、一度に三人ともから真剣な表情で振り返られてしまった。りょうはすぐに自分は他の仕事が向いていると思い直していたが、他の二人は悩んでいるようだ。 最終的に、やっぱり力仕事が夕方からの仕事になったが、時間があれば本当に弟子入りする者が出るかもしれない。 水路補修の準備は一日目にだいたい完了して、二日目はおおむね家屋の修繕を皆で手掛ける事になった。日干し煉瓦を作る者と、すでに作られていた日干し煉瓦で崩れた壁を積み直す者に分かれるが、これはもう作業の心得があるかどうかだ。 日干し煉瓦を作るのは、それ用の土を水でこねて、型に押し込んで抜けばいい。これは子供や老人でも出来るから、開拓者がやるのはもっぱら型抜きされた煉瓦を集落の端に運んで、早く乾くように日向に次々と並べていく作業になった。 「よっしゃ、ここに置いて大丈夫やな」 「あぁ、並べるのは私がやるよ。こういう作業なら得意だ」 両肩に大きな板を担ぎ、その上にびっしりと干す前の煉瓦を乗せた八十神が、そっと板を地面に下ろした。近くには本日も借りた上着着用のりょうがいて、板の上から煉瓦を取っては、一つずつ丁寧に幅を取って並べていく。八十神はさっき持ってきて、すでに煉瓦が下ろされた板を担いで戻る。 戻った先で、和と一緒にまた板の上に煉瓦を積み上げ、今度は和が担いで運んでいった。 「ほい、交代な。明日はまた木の伐採が待ってるから、疲れがたまらないようにやらなきゃな」 時々煉瓦を干す役目を交代して、やることに大差はない。おおむね単純労働だ。 ただ和が言うように、翌日はまた果樹園で伐採と決定された木を切って、掘り起こす作業の予定だから、本日以上の本格的な力仕事。よって、下手に疲れを溜めておくことは出来ない。 「そういや、伐採した木で何か作らないのかね。結構な量の材木になりそうだけど」 「メグレズ殿が、木工に用立てるなら乾燥させないと駄目だと言っていたが?」 「どの木だったか、皮を剥いでから保管やて。種類を確かめて、そこまで済ませたろ」 そして、余裕がある今日のうちに、明日の計画も立てていた。 かたや、家の壁を積んでいる方はといえば。 「この配列に、地方独自色が出ますね」 「ナァム、ええ、アーニー、私もそう思います」 自分の故郷ではこう積むのだと、壁をひとしきり積み上げところで、足元にモハメドが煉瓦を並べた。メグレズとこちらの大工がそれを見て、角がどうのと始める。 だが柱に木材を惜しまず使えるジルベリアと、木材はほとんど梁だけのここでは、やはり色々と違いがあって当然。屋根も平らにして壁と同様に土を塗るのは、雨の心配がない地域ならではだろう。天儀や泰国でこれをしたら雨漏りで、ジルベリアなら雪の重みで、間違いなく屋根が落ちる。 それでも流石に、天井部分はほとんど煉瓦は使わず、椰子の枝を編んだ物を積み重ねて、土で固めるとか。それを教えられたエルディンが、しきりと感心していた。 「こんな気候なので、暑気を遮る工夫が必要だと知恵を絞ってきましたが、ちゃんと考えられてましたよ。この編み方、覚えておかなきゃいけません」 「椰子の木がないところで、いつ使うんだ?」 ちょっと教えられると、器用に大きな椰子の枝を編めるようになって神父二人は、朝からひたすらに同じ作業をやっている。早くに編みあがった分で、陽射し避けの簡素な小屋まで作っているが、使うのはもっぱら暑さにやられた龍などだ。 もう少し涼しい木陰では、朝から度々パウロが毛を刈られていた。絨毯に使う糸にされるらしいが、パウロも毛があると暑いから協力的。それ以外は、銀姫を手伝って子守をしている。 その銀姫は椰子の葉で編む籠を習って、迅鷹・銀姫の日傘にするつもりがすっぽり被せてしまい、猛抗議を食らっていた。以降、籠は野菜の収穫に使われる事になったようだ。 否、一番大型のものは、赤ん坊が入って寝ている。 一週間の前半は、そんな感じであっという間に過ぎた。 そして後半。 「こう広げて、上にこの盆を乗せる。まずは一度使ってみて、不都合がないか確かめてくれよ」 折りたたみ式の足と載せる盤とが別々の丸座卓をメグレズの指導の下に仕上げた和が、注文主になる家族に完成品を届けていた。木材は家財の壊れたものを再利用だが、メグレズが少し飾りの彫刻を入れてくれたから新品同然だ。 上に乗ったのは、彼が二日目に披露して好評で、作り方を教えた焼き菓子である。 『えー、こんな力仕事ぉ』 「黙って支えてください」 そのメグレズは、八十神と減色を助手に、収穫物を納める木箱の修繕と作成をこなしていた。相変わらず言い訳が多いからくりが一言で黙らされて、八十神が含み笑いを漏らしているところだ。 後の開拓者は、親達がいつもの生活に近くなって余裕が出たので子守から解放された銀姫も含めて、果樹園と畑での作業に勤しんでいた。 「瓜と胡瓜は〜♪ 見た目がこんなに似てるのに〜♪ どうして味が違うのだろう〜♪」 ご機嫌な歌声が響いている反面、ほとんど初体験の収穫作業でうっかり西瓜に回ってしまい、どれなら採っていいのかとりょうが途方にくれている。あまりに狼狽しているので、見た目で分かりやすいトマトに配置換えされた。 「もっと人として成長して行かねば‥‥」 なにやら妙に考え込んでいるが、今は手が動くほうが大事。隣の畝に入ったシンに、あっという間に追い越されて、慌てて鋏を握り直していた。 そうした収穫は籠や椰子の葉の手提げ、修理したての箱に詰められて、どんどんと集落の中心に集められていく。普段は商人が引き取って行ったり、自分達で市場に売りに行くが、市場の再開はもう少し先なので、多くは加工に回されていた。 加工出来ないものは食べるしかないから、食事はなんだか豪勢だ。嬉しい反面、申し訳もないので、エルディンが率先して天儀などの野菜加工法を伝授していた。調味料も限られるが、漬物なら簡単だからまずは西瓜の皮で見本と思えば‥‥ 『やぎさんが食べてたもふよ。僕は実の方が好きでふ〜』 山羊と一緒に、積んでおいた西瓜の皮をもぐもぐやっているパウロと堅とムアウィヌンがいた。 「ヤッラー、ムアウィヌン、まったくなんてことを。乾燥野菜に妙に興味を示していると思ったら」 大抵の野菜はこの気候なら乾燥させればいいが商品価値を高めるなら何か新たな価値が必要だと、故郷での調理法を教えていたモハメドも驚愕の表情だが‥‥龍達は食べてはいけないものには手は出していないと、人語が話せるなら言いそうな態度だった。しかし、なぜ西瓜の皮など口にしてしまったのか。 山羊達は、美味しそうに食べ続けている。 |