【翠砂】魔の森再探索
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/21 23:04



■オープニング本文

 今日も、遊牧民独立派に所属するナヴィドは、こう呟いた。
「やっぱ駄目だ、こりゃ」
 彼と一緒にあるものを目指していた砂迅騎達も、まったく同意だと頷いている。
 彼らの前に立ちはだかるのは、大アヤカシを失くしたはずの魔の森だ。けれども主がいなくなったら消滅するような軟弱さの持ち合わせはない森は、相変わらず中にアヤカシを大量に抱えて存在していた。
 おかげで毎日アヤカシがわさわさと出てきて、それを彼ら遊牧民と王宮派のどちらが退治するか競っているような状態だ。今後のエルズィジャン・オアシスの警護を担うのはどちらかという駆け引きの最中なのと、今更オアシスをアヤカシに蹂躙させるものかという意地の張り合いで、獲物の取り合いは壮絶である。
 簡単に言うなら、『キャー』と威勢良く出てきたアヤカシの群れが、『ギャー』と悲鳴を上げて全滅したり、魔の森に逃げ込んだりする毎日。ただしオアシス周辺限定で、そこから遠い魔の森外縁部から抜け出したアヤカシもいるらしい。そういうのも見逃すまいとどちらも頑張っているが、流石にオアシス周辺以外は完璧と言い切る自信はない。
 だがナヴィドの呟きは、そういう『外』のアヤカシ退治云々ではなく。
「船に辿りつけねー!」
 十日ばかり前、焼き討ち狙いで奥まで入り込んだ森の中で、ナヴィド達は神砂船に酷似した巨大な船を見出していた。森の発生と共に呑み込まれたのか、土砂や変異した植物の残骸に大半が覆われ、更に巨木の根が絡み付いた船の内部には入れず仕舞い。
 それどころか、戻って独立派頭目のジャウアド・ハッジにそれを報告し、人数と装備を揃えての再調査に繰り出したところ、初回はアヤカシの大軍に阻まれた。次の日以降は、その大軍に消された船までの目印を探し回ることに費やされ、現在まで船に再度辿り着くことは叶っていなかった。
「大体アヤカシが多すぎる。もうちょっと人手を増やさないと無理だな」
「でも、そんな余裕はないぞ」
 しかし、独立派もアヤカシ退治やらオアシスの設備の修理やらあれやこれやと、どこもかしこも人手が足りない状態だ。
 だが、王宮派の手は絶対に借りない。これは相談しなくても遊牧民独立派の総意だ。長年積もり積もった諍いからの感情的なものもあるが、神砂船が二隻も王宮側に渡ることを警戒する気持ちがより強い。
 仲間に余分な人手はないが、すぐそこにいる連中から借りるのは絶対に嫌。となると、ジンしか入れない魔の森の中で借りられる手など限られるが‥‥
「開拓者ってのもなぁ」
「結局は定住民が大半だろ」
 やっぱり自分達だけで頑張ろうかと、ナヴィド達が思い始めた時。
「あ‥‥‥‥」
 木々の合間から、ドラゴンマミーが飛び上がるのが見えた。そのまま森の外に出れば追っ手が掛かるが、森の上部を飛び回るだけのようだ。
 その足に、ここしばらく姿も見られなかった檻型のアヤカシが吊られているのを見て取った遊牧民独立派は、開拓者ギルドに依頼を出すことを決めた。


■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
針野(ib3728
21歳・女・弓
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
リリアーナ(ib7643
18歳・女・魔


■リプレイ本文

 魔の森探索の二日目。
「だ〜め〜だ〜♪」
「魔の森とは、よくも言ったものだ」
 いつもの軽い笑いが湿った門・銀姫(ib0465)と、忌々しげに呟いた无(ib1198)の手の中で、それぞれの記した覚え書き付きの地図が握り潰されかけていた。後者の手では、危うく管狐・ナイも潰されかけている。背後では案内人のナヴィド(iz0264)が、ようやく分かったかと頭を掻いていた。
 魔の森の探索を地上で担当しているのは、開拓者では他に鈴木 透子(ia5664)とモユラ(ib1999)と鉄龍(ib3794)で計五人。ここにナヴィド他遊牧民が三人加わって、合計八人が昨日から魔の森の中を探索し続けているのだが‥‥
「標しも匂いも、これでは追えませんね」
 様子が変、というよりも錯乱しているとしか表現できないアヤカシの群れが右往左往しているだけでは、透子のこの感想には結びつかない。ジャシの行方探索で、道標代わりに使われた木の幹への傷、色付けした石、香料等は、熱心に記された地図と共に、翌日の捜索範囲を示す手掛かりになるはずだった。
 ところが、そういう努力を一部のアヤカシが無為にしてくれている。
「ドラゴンマミー、ぶっ倒す!」
 これまた錯乱している様子のドラゴンマミーが、ちょくちょく現われては、各所で墜落するのだ。昨日の出だしは、仲間達の攻撃が早くも功を奏したかと期待したが、そうではなかった。更に、地上では巨木を模したアヤカシが突発的に暴れだす。
 結果。
「アヤカシの数を減らせば、もう少し混乱も減るだろうな」
 鉄龍も忌々しさ全開の口調になっている。なにしろアヤカシが森を踏み潰し、蹴り倒し、薙ぎ倒した後には、せっかく付けた印は消し飛ぶ。腹も立とうというものだ。ナヴィド達は木の傷と色付きの石を目印にしていて、石を下級アヤカシの群れに蹴散らかされ、道に迷って危うく瘴気感染者を出す寸前までいったらしい。
 だから、モユラのドラゴンマミーぶっ倒す発言には皆の力強い賛同が得られた。問題は、いかに奴らが墜落して再び飛び立つまでの短時間で、一撃食らわせてやれる位置まで駆けつけるか、だ。
 ちなみに目的のジャシは、これまでのところ目撃されていない。よって、地上のどこかにいるはずだ。その姿を探すのは、あちこち空き地が出来た割に鬱蒼とした感じが減じない森の中では、どうにも難しい。
 だが。
「また意味もなく〜♪ 行軍しているようだね〜♪」
 超越聴覚で周囲の音を拾っていた銀姫がくるんと背後を振り返ると同時に、迅鷹の銀姫も警戒の唸りを上げた。唸りこそしないが、透子の忍犬・遮那王も同じ方向に視線を向けていた。人も同様にする中で、例外は鉄龍のからくり・御神槌だ。こちらは常に主とは違う方向を警戒する手筈なので、おかしな態度ではない。
 銀姫が示したのは、森の深部に向かう方角だ。今朝からの偵察でアヤカシがいそうな地域だとされていたが、そこから深部に行軍を開始したらしい。人を食うアヤカシが、人がいない方角に向かっても意味はないというのに。
「ジャシの命令だとしたら、相当無理があるようですが‥‥どうして従うのか、聞いてみたいところですね」
「アヤカシと話すと呪われるぞ」
 探究心たっぷりの透子の口振りに、ナヴィドが口を挟んだ。挟んだ当人は軽口のつもりだったようだが、それは何に由来する話なのかと透子と无に詰め寄られ、困惑している。
「なるほど、呪いという言葉は危険に近づく事への戒めか」
 散々聞き取りをして、二人は納得していたが、本来の目的から離れすぎていないかと周りが思っていたら、无はちゃんと人魂を騒ぎの方角に送り込んでいたらしい。
「よし、向こうの数が少ないうちに、本丸を落としに行くか」
「獣道くらい残しておけば、自分達も通りやすいのにねぇ」
 アヤカシの群れが暴走し始めた辺りに、ジャシがいる可能性が高い。それは昨日のうちから推測されていたので、鉄龍が御神槌に移動の合図をした。モユラも霊騎・ハチべーの手綱を握り直したが、足元がでこぼこしている上に倒木や陥没もあるので、人も獣も通りにくいことこの上ない。アヤカシも歩行するなら同様だろうに、避けて道を作るような知恵は働かないようだ。
 少しはそういう知恵を働かせてくれれば、ジャシの居場所を捜すのももう少し楽になるのにとは、誰も口にはしないが思っていることだろう。

 地上班がアヤカシ大移動を察知するより少し前。
 上空からの探索を担当している四人の開拓者、ジルベール(ia9952)、ジークリンデ(ib0258)、針野(ib3728)、リリアーナ(ib7643)は同行の遊牧民二人と共に、アヤカシの移動の跡からジャシの居場所を見付けるべく、目を凝らしていた。昨日はドラゴンマミー一体と交戦になり、多少時間は掛かっても首尾よく退治することが出来たが、今日はまだ飛行型のアヤカシとは遭遇していない。目撃もないのは不自然だが、アヤカシどもが下から様子を窺っている気配でもなかった。
「大アヤカシを倒したんだから、もっと勢いがなくなったらいいのにさー」
「倒れた木の上に、這っているのは植物の姿のアヤカシですわね」」
 魔の森には、先の戦闘の余波で木々が倒れた場所から、その前後に焼き払われたところまで、あちらこちらに空き地が見える。一番大きな空き地は、大アヤカシ・レジェフが神砂船の主砲で消滅させられた場所だろう。
 だが、それらの空き地も良く見れば、地面にはもう蔦が這い、草が茂っていたりする。山火事の後のような光景だが、蔦が自分でうねったり、草葉の色が緑以外だったりするのが、魔の森らしいところだろう。
 そうした光景から、瘴気の勢いが衰えていないことを察しての針野とリリアーナの会話だが、相互に相手の言うことがちゃんと聞こえているわけではない。だいたいは表情、後は口の動きや身振り手振りで、大体こんなことを言っていると当たりを付けて喋っているだけだ。話題は限られるから、今のところ行き違いはない。
 なにしろリリアーナが駿龍・セレスティン、針野も駿龍のかがほに騎乗して空中移動中のこと。情報交換の度に地上に降りようとすれば、わざわざ魔の森の外周まで戻る必要があるから、先に重要な情報伝達の方法だけは決めてある。おかげでおおまかな意思疎通には困らない状況だ。
 それでも、別方向からの捜索を続けているジルベールとジークリンデに連絡をしようと思ったら、簡単にはいかなかった。ジャシ発見の際には、地上班にもすぐに分かるように狼煙銃を使う手筈だが、故に下手に音が出るものは使えない。幸い、狼煙銃の持ち合わせがない者にはジャウアド・ハッジが用立ててくれたから、空中と地上を問わず、ジャシを発見したら誰でも合図が送れるようにはなっていた。
 準備は万端ながら、いまだジャシの姿は見当たらない。鏡弦が使える針野とジルベルーが二手に分かれて、それぞれに二人が警戒につく形で魔の森上空を手分けして探知して回っているのだが、アヤカシの反応が濃い場所が度々出てくるので、詳細な確認に手間取るのだ。
「樹木型のアヤカシのことは失念していましたわ。素早く動かないとはいえ、移動するのが厄介ですわね」
「おーい、西側、でかいのが来そうやで」
 そういう反応の中には、植物型のアヤカシが密集しているところも多々あり、こちらの姿に気付いて緩やかに移動したりするのでややこしい。植物型はジャシの指示で動くことは少ないとの遊牧民の見立てだが、他のアヤカシと鏡弦での反応が異なるわけではないから確認には手間取るのだ。いっそまったく動かないでくれれば、確認もしやすいのにとはジークリンデの素直な感想だ。
 今もそうした集団を一つ確かめ、地上班にその周辺は避けて通るように合図したところで、ジルベールが飛行型のアヤカシが現われそうだと知らせて寄越した。同行の遊牧民も鷲獅鳥に揃えた三騎が、いずれも警戒で首筋の羽毛を膨らませている。
 ジルベールがでかいのと評したものは、死竜のようだ。幸いというべきか、一体きりでジャシを運んでいるわけではない。地上班も移動しているのが、空き地を横切る影で見えた。
「何か指示されているようではありませんが‥‥」
「もー、どーんと出てきたらいっぺんに退治してやれるのにさー」
 上空班の基本攻撃は、遠距離だ。リリアーナがまだ射程から遠いアヤカシの姿と様子を観察している横で、針野がこれまた思ったことを素直に叫んでいる。死竜相手にそんなことが言えるのは、他の仲間の力量に対する信頼があるからだ。
 この二人に合流したジルベール達も、気負ったところは見られない。代わりに、
「飛ぶ奴は片端から潰したらな。まったく、あの時のアヤカシの面がまえっちゃー」
 目前で、ジャシが宙に放り投げられるのを見たジルベールは、その時のアヤカシの得意満面を思い出しているらしい。うっかりとしてやられた苛立ちを、死竜にぶつける気満々だろう。
「どうしてこう、血の気が多いのでしょう‥‥」
 冷静に手綱を繰りつつ、ジークリンデが呟くのは羽音に紛れた呟きが耳に入ったからというより、遊牧民側が今にも突っ込んで行きそうな様子を目に留めたからだ。開拓者も相当熱いが、遊牧民達は更に血の気が多い。
 空中で出るの出ないのと叫び交わされたのは、半時間足らず。地上班からの応援も得て、死竜を退治した一行は、今の騒ぎで大きく動き出したアヤカシの気配を再度探り始めた。
「出番がなくて、腕がなーまーるー」
「その程度で鈍る腕やったら、帰れー!」
 男同士の言い合いは、女性達からは『困ったもんだ』の一言で流されている。

 空中で五回、地上で八回。
 四日の間に、それなりの時間を要した戦闘はそれだけだった。予想以上に少ないが、短時間で一方的に片がついたものを加えたら、桁が一つ上がる。その全てを記録して、地図に起こしているのは主に透子と无だが、三日目からの彼らの地図はそれまでとは様相を異になしていた。
「やっと、逃走の方向がまとまってきましたね」
 通った道を地図に起こすのは相変わらず難しいが、アヤカシが移動する方向と勢いを片端から記載した地図の上で、ようやく一つの流れが見出せるようになっていた。アヤカシからジャシの居場所が聞き出せればもっと簡単だったが、そもそもまともな会話が可能なアヤカシが滅多にいない。いても、こちらの言うことには耳も貸さないので、わざと逃がして戻る方向を確かめたりして、方角を見定めたのだ。
 合間に、鏡弦で探し当てた植物型アヤカシは残さず退治して、予想外の移動で道を塞いだりされないようにもした。もう少し時間が掛けられれば、遊牧民達は火を掛けて森の中をすっきりさせたかったようだ。
 それは叶わなかったが、多くのアヤカシが向かう方向を推測して、上空班に重点的に捜索してもらう。するとジルベールと針野の二人が、他よりアヤカシの気配が濃い地域の報告を寄越した。ただし、上からの観察では、鬱蒼と茂る木々が邪魔で地上の様子は分からない。
「なあ、あと何人か追加は頼めんのか? ここで戦力集中して、逃げ道塞ぎたいんやけど」
 五日目の朝。あからさまに怪しい区域に地上と上空の両方から攻撃を掛けようと相談している中で、ジルベールがナヴィドに持ちかけた。が、返答は人手がないの一言だ。
「そういえば〜、ジャウアド氏も昨日から寄って来ないね〜♪」
「あいつは二度と顔を見せなくていい。余計な手が掛からない奴で、来られるのはいないのか?」
 銀姫はいつもの調子で楽器を爪弾いているが、鉄龍は不機嫌に吐き捨てた。モユラが堪えきれずに吹き出し、針野やリリアーナと透子が苦笑し、ジークリンデが頭痛に耐えるような顔付きになるのは、名前が上がった依頼人がそこそこの年頃の女性は片端から口説いていたからだ。それで鉄龍が不機嫌になって、針野に宥められているのは、まあ察してあげるべきだろう。ジャウアドは頓着しなかったので、同じ龍の獣人ながら二人の間は冷え冷えとしていた。
 その無類の女好きが留守の理由は、一昨日から魔の森からの流出が増えたアヤカシ狩りに出掛けているためだ。開拓者一行がアヤカシ狩りに勤めているので、ジャシの勢力下にはない様子のアヤカシ達が森の外に逃れていて、その退治に明け暮れているわけだ。人手が足りないのも道理で、この調子では王宮側の軍も似た状態だろう。
 ではやはりこの人数で行くしかないかと、皆が改めて地図を見て、目的地を頭に叩き込んでいると、ナヴィドが他の遊牧民となにやらひそひそ話を始めた。何かあったかと、問いかけたのはリリアーナだ。
 すると、ナヴィドは言葉を濁していたが、
「あ、分かった。大きい船があるかもしれない場所? 方向くらいは覚えてるんでしょ?」
「あら、それって秘密なのでは?」
 モユラが遠慮なく突っ込んだ。リリアーナも首を傾げつつ、はっきり言わなくてもいい事を口にしている。更にモユラが、『あったらどう使うの?』と畳み掛けた。
「天儀のアヌビス、神威人の伝承では巨大な船で天儀に渡ってきたとあるそうです。古代の精霊が眠る脱出船かも知れませんので、神の巫女にはお伝えするべきかと」
「そんなの、見付けたらだろ。神砂船並に使えるなら、ここを焼き払って、後の土地の占有権を王宮に認めさせてからなら、天儀にくれてやってもいいけどさ」
「少なくとも、アヤカシに占拠、利用されるのは本意ではありませんよね? その点が一致したところで、ジャシ討伐に集中しましょう?」
 王宮が絡む話が出てくると平常心が損なわれる気配の遊牧民達を透子がうまく宥めて、目的地までの経路をもう一度指し示した。その後に、无が遊牧民の砂迅騎達にジャシを地上に縫いとめてくれるようにと、鎖分銅を渡そうとして、そういうことならと当人達が慣れた道具を持ち出してくるのに十分ほど掛かる。
「普通の縄では切れるぞ?」
「飛空船用の縄だから、しばらくは持つさ。雁字搦めにすればいいだろ?」
 簡単に言ってくれると、无も他の者も思ったのだが、家畜相手の投げ縄で鍛えている遊牧民達の自信は根拠がないわけではない。と、魔の森の中で彼らは証明してのけてくれた。

 魔の森の最深部ではないものの、かなり険しい道程の先で、狼煙銃が上がった。同時に、上空から魔術が炸裂して、繁茂していた枝を打ち払う。
 陽光が入るようになった森の一角には、確かに船らしい巨大なものと、その前の空き地にひしめくアヤカシの群れとが『あった』。
「これはまた、気色悪い‥‥」
 誰かの感想は、全員が納得の事実だった。多種多様なアヤカシが、船の縁にみっしりと取り付いて、下の方でも山をなしている。中には他のアヤカシの毒でも喰らったか、その重さに潰されたか、瘴気に還っているものまでいる始末だ。とにかく、見た目がとてつもなくよろしくない。
 しかも、それらのアヤカシのうち、目らしきものがあるモノが一斉に開拓者達の方向を睨んだのだ。
「少しどころか、ばっさりと減らさないとな」
 下級アヤカシの群れを前に、鉄龍が嘯いたのが総攻撃の合図になった。
 まずは矢や魔術、陰陽術など、遠距離で攻撃が可能な攻撃が撃ち放たれた。支援のためでも、音楽が鳴り響くのが不可思議な光景ながら、開拓者には慣れた話。
 一部の攻撃は巨大な船に当たっているが、この段階では配慮する余裕などない。各種攻撃を逃れて、というよりは人の姿に目の色を変えたアヤカシが向かってくるのを迎え撃っている前衛達も、一人で何体も相手取る状況だ。
 だが、そんな騒ぎの中で崩れたアヤカシの山がずるずると動き出した。
「「「うわぁ」」」
 透子とモユラ、銀姫と、普段の口調も声の高さも違う三人が、一様にほぼ同じ調子の一言を漏らした。地上にいたからだろうが、山の中から這い出た、もちろんアヤカシどもが担いでのことだが、ジャシの紋様染みた眼とばっちりと目が合ってしまったのだ。移動しながらも、自分の方を舐めるように見ている視線は感じる。
『おい』
「すぐ離脱しろよ」
 管狐・ナイに声を掛けられた无が、狼煙銃をそちらに投げた。器用に口を受けたナイは、ジャシの上に当たる木の枝に取り付き、四苦八苦の末に発射に成功している。直後に飛び退ると、上空から降ってきたのは今の一点を狙い済ました攻撃の数々だ。大半は張り付いたアヤカシを退治するに留まったが、確かに被害を与えたものもある。
 そして、アヤカシの群れを踏み越えた遊牧民達が動き続けるジャシに投げ縄を絡めて、周りの木と結び始めた。が、それに集中するあまり、アヤカシの攻撃を受けまくっている。
「なんか、下がひどい状態なんよー」
 上空でも、アヤカシの群れの下になったり、弾き飛ばされたりする者達が見えたが、針野が鉄龍も同じ目にあっていると見て嘆いた以外は、誰も何も言わない。針野も手は休まず、ジャシへの攻撃を続けていた。
 ともかくも、ジャシの移動が止まり、後は攻撃を当て放題、退治間近と誰もが思ったところ。
「うっわー」
「なんてこと」
 ごろん、と。
 自らに絡んだ縄の先の木々を引き摺って、ジャシが横様に転がった。
「なして毎回喜劇的‥‥」
 周囲のアヤカシは狂乱状態で、攻撃か逃亡か分からない動きを取り始めたが、ジャシはごろんごろんと転がっている。多分、この場からの逃亡を図っているのだろうが、速度はびっくりするほど遅い。
 それでいて、船の中に逃げようとするので、懲りない遊牧民達が綱引きに入り、彼らに影響を及ぼさない攻撃が厳選され、治癒の術も相当使われている。
「まったく、被害を出さないようにすることも考えなさい!」
 とうとう透子が怒鳴りつけ、その事に驚いた開拓者も多かったが、怒鳴られた方は平然と。
「逃がすより、怪我したほうがまし」
 これには、後の説教に加わらなかった開拓者の方が少なかった。
 あまりの無茶っぷりに、誰がジャシの止めを刺したのか良く確かめなかったが‥‥ごろごろ転がるアヤカシに止めを刺したと自慢したい者もおらず、そちらの追求はされていない。
 なにより、その時は周囲のアヤカシを逃さないように、退治して退治しまくるのに忙しかったのだ。それでもジャシを叩き壊している間に幾らか逃げてしまったが、森の外に飛び出した分は遊牧民や王宮の軍が対処してくれたらしい。まだ中にいるのは、次の機会を待つしかないだろう。
「誰達のせいで、追いかけられないか‥‥よく反省してくれ」
「血の気が多いからと、瀉血する必要はありませんよ」
 透子に怒鳴られ、ナイやジークリンデに冷たく諭され、他の人々には心配されつつも文句も言われたのはほとんど遊牧民だったが、
「この馬鹿ーっ」
 胸を強打して血を吐いたところを目撃された鉄龍も、針野に叱り飛ばされていた。
「オアシスに戻って報告して、それからあの船をどうするか、相談しよ」
 モユラの意見が、この場では一番真っ当だったと言えよう。
 ただし、無茶しすぎた人々への説教が終わったら。
 ジャシを退治したのに、なぜだか達成感が低めの一行は、よろよろしている一部の人々を守りながら、魔の森の外へ戻る道を辿り始めた。明日からは、きっとこの道を行くのに迷うことはないだろう。