【神乱】逃亡貴族捜索
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/24 17:26



■オープニング本文

 ジルベリア南方の反乱が一応の終結を見たからといって、一気に治安が回復することはない。
 戦災で住む地域を追われた人々の帰還は始まったばかりだし、戻るあてがなくなった者もいる。ましてや領主が反乱に加担したとなれば、その地域は通例として増税される。
 増税は他の地域への見せしめと軍備を整える余裕をなくすための処置だから、これから数年は反乱に加担したか否かで隣接する土地でも庶民の生活ぶりがひどく異なる事態も出てこよう。
 また、戦乱で領主不在になった地域には、近親者や血縁から帝国に近しい者を新たな領主に据えるように圧力が掛かることもあるかも知れない。

 だが、それはそれとして、始末をつけねばならないことはまだ多数残っている。
 その中の一つ、反乱に加担し、戦闘終結後に所領に戻らず、再度の蜂起の機会を狙うために潜伏しようとしていたり、単に処罰を厭うて財産を抱えて逃げ出したり、事情が明らかではないが行方が知れない者などの捜索があった。
 この最大の『獲物』は当然コンラート・ヴァイツァウだが、他にも数名の行方不明の貴族がいる。


「目的とする捜索相手は三名で、コンラート・ヴァイツァウや傭兵マチェクは対象外でよろしいですか?」
『そちらは他にも捜索者が多数出ているから、よほど有力な情報が手に入ったのでなければ、先にあげた三名を優先で。なにしろコンラートは報奨金が大きいと噂になって、あちらこちらの住民が徒党を組んで山狩りをしていたりもすると聞くからね』
「傭兵相手に、農民が山狩りですか‥‥?」
『マチェクの方は、どこぞの貴婦人が身代金を払ってくれるという噂だったかな。そんなことになるくらいなら、当人が自分で身代金を払いそうだがね』
「‥‥そういえば、どこぞの戦場で女性騎士を泣かしたって話は聞いたことがありますねぇ」
『私は、アヤカシ退治を請け負った先の当主夫人が彼に熱を上げて、夫君と決闘騒ぎになったと耳にしたが?』
「相当の美男子だと聞きますから、そうした話題にもなりやすいのでしょう」
『確かに。あぁ、他にはエヴノ・へギンが存命だとも言われている』
「そ、それは大変な話ですよっ」
『彼の遺体は、私も確認した。大分損傷していたが、彼を知る人間が複数で確かめた。間違いがあるとは思えない。ただ、開拓者にも留意はしておいて貰おうか』
「承知しました」
『ヴァイツァウ家討伐の際にも、騙された。同じ轍を踏む訳にはいかないな』
「え?」
『陛下の討伐命令だ。理由も理由だから、遺体の確認は念入りに行われた。子供一人でも足りなければ、ずっと探されていたはずだろう? 今回は騙されないように用心するよ』


 南方の領主達には追跡の命が下っているが、その武力がない領地から開拓者ギルドに、代理で捜索を行ってくれるようにと依頼があった。
 風信術で交わされた契約は、戦闘後に生存は確認されているものの、所在が分からぬ貴族三名の捕縛を目的とするものである。


■参加者一覧
八重・桜(ia0656
21歳・女・巫
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
風月 秋水(ia9016
18歳・男・泰
ハイネル(ia9965
32歳・男・騎
アルセニー・タナカ(ib0106
26歳・男・陰
アルフィール・レイオス(ib0136
23歳・女・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎


■リプレイ本文

 逃亡している貴族は三名。他にも騎士や爵位はないが地方氏族の有力者などの行方不明者はいるが、それらの大半は戦死が確認されていないのだろうと考えられていた。
「大体このような分け方になりますわね」
「写しは五枚しか描けませんで、申し訳ございません」
 反逆の上に逃亡。ジルベリア帝国では相当の重罪になりかねない者達を捜索する一団の相談風景としては、アレーナ・オレアリス(ib0405)とアルセニー・タナカ(ib0106)の会話は少しばかり奇妙だった。なぜと言って、見るからにお上品なのだ。
 国の大事の後始末とて、今回の依頼を受けた開拓者十人のうちアレーナとハイネル(ia9965)、アルフィール・レイオス(ib0136)、風和 律(ib0749)の四人が騎士、アルセニーは貴族の従者と、追われる側に近い立場の者が半数を占めた。残りも雲母坂 芽依華(ia0879)と和奏(ia8807)の二人は志士で、仕える相手が名目上でも明朗に存在する身分。
 そういうものがなくても、捜索対象に反旗を翻る意志強固な者が混じっているとなれば、再びの戦乱を避けるためにもと思う開拓者は多い。陰陽師の八嶋 双伍(ia2195)はその口だし、巫女の八重・桜(ia0656)は世のため人のためと意気込んでいる。
 泰拳士の風月 秋水(ia9016)は何を考えているのかさっぱりだが、口数が少なかろうが話し合いには真摯に耳を傾けていた。
 彼らがまず確かめたのは、捜索対象の名前に年齢、外見の特徴や分かる限りの装備など。もちろん同行者のそれも忘れない。加えて、当人達の所領に親類縁者のものも加え、近隣の友好的、敵対的な貴族の情報も加えておく。更に地図には、ケルニクス山脈に確認されている隠れ潜みやすいそうな洞窟などがあるところも印が打たれていた。
「辺境の帝国下にない方々のところに、伝手があるかもしれませんね」
 和奏が指摘したのは、叛意のある貴族のこと。所領が辺境に近いこともあって、可能性はなくもない。ただし本当にそちらに逃げていたら、この人数で追うのは自殺行為だ。
「南方はかなり捜索の手も厳しいし、北方は陛下がアヤカシ討伐の軍を出している。東西のどちらかと言えば、西方が怪しいかも知れん」
 ハイネルは別の思案もあるが、最後の目撃情報として聞かされた位置だと、どちらに逃げたのかは判然としない。現地から詳細に足取りを追う必要があるだろう。
「こういう後片付けも、せぇへんかったら次の火種になってまうやろし‥‥難儀なこっちゃ」
 芽依華が調査区域の割り振りを確かめつつ、誰にともなく零している。まったくだと頷く者は少なくない。
「でも、やっぱりこの人には格別の注意が必要でしょうね」
 最終的には見つけた順から捕らえる羽目になるかもしれないが、八嶋が気にするのもやはり叛意がある輩。
「わたくしは、原因も分からぬ方が気になるのです」
 桜は小首を傾げつつ言うが、確かに近親者すら理由一つ思い当たらぬのもややこしい。捜索対象の中では一番若年の十代半ばで、後見貴族に半ば強制的に反乱軍へ加わるよう勧められたそうなので、他の二人と違って即戻って来そうなものなのだが。
「ん〜、逃亡する理由はそれぞれだが、やはり貴族は好きになれんな」
「自身も騎士も名乗るなら、その貴族の一員であると心得よ」
 アルフィールの言い分は、おそらく多くの庶民も思うことだが、風和には許容しがたいものだったらしい。騎士の誇り、矜持の持ちようも人それぞれ。更に境遇や親族、主の地位などで、騎士を拝命していても帝国への忠誠度合いなどは変わってくる。
 その辺りが噛み合わない様子の二人は、しばし双方不機嫌そうだったが、ハイネルに小言をくらい、アレーナにたしなめられた。険悪なことにはなるまいと眺めていた六人にしたら、『こういう行き違いで帰って来ないかも』と思わせる一幕だった。
 アルセニーが写した地図を分配し、最初の集合地をよく確かめてから、彼らはまず情報収集のために散った。多くが龍を連れていた中で、風月だけは相棒の忍犬・牙狼丸と一緒に馬での出発を選んでいる。

 どちらも駿龍の颯とブラートを駆った和奏とアルセニーが最初に向かったのは、財産を抱えて逃亡している貴族の所領だった。二人共に叛意ある者を放置するのは危険だと承知していたが、そちらを気に掛けている仲間は存外多かったので、ならばとこちらへ。
 領内の人々は困惑した様子で、上空から訪れた二人を遠くから眺めているが、話し掛けようとすると逃げ散ってしまう。他の地域に比べて、着ている服も立ち並ぶ家も大分貧しげな様子で、人々の表情にも覇気がなかった。
「あまり裕福な土地とは見えませんね」
「畑の土は悪くなさそうですが‥‥まずはお屋敷をお訪ねしてみましょうか」
 貴族の使用人の身分も持つアルセニーが辺りに笑顔を振りまきつつ、ブラートの手綱を握って町と村の中間くらいの大きさの集落の奥に向かっていく。和奏も颯を促して歩き出したが、全体に龍の中では細身が多い駿龍の中でも見た目が麗しい颯であっても、住人は恐々眺めやってくるばかり。ブラートが頭を低くして歩いているのも、威圧感を与えないためのアルセニーの配慮らしい。
 どうにも不自然なと思いながら、アルセニーの後をゆっくりと追いかけた和奏は、しばらく後に呆然と貴族の屋敷前に佇んでいた。
 貴族の住まいは見栄を張る必要もあって、普通でも集落の中でよい造りにするが、周りの家々と比べて、あまりに立派なのだ。ついでに言うなら、華美である。
「ジェレゾのお城も、こんなに派手ではありませんでしたよ」
「国が荒れるは、我が主に限らず国と貴族の不利益。好んで荒らすお方ならば‥‥」
 この機にいっそ‥‥となにやら物騒なことを呟いた様子の後半は聞き取れなかったが、アルセニーの笑顔が先程の愛想よいものと種類を異にしている。それでも裏口に回り、礼儀を守って使用人のまとめ役に面会を申し込んだところ、すっかりと憔悴した様子の老人が出てきた。
 こちらの貴族は三十代半ば。贅沢を好むのは屋敷を見ても分かるが、そのために領民から搾取すること甚だしく、他に領地を構える有力な親族達から一門の恥だとそしられていたらしい。どちらかと言えば武門の一族で、質実剛健を尊ぶ皇帝陛下に倣う人々の中では異質すぎて、いっそ誰かとすげ替えようかとそんな話にまでなっていたようだ。
「それで反乱軍に加わって、負ければ財産を抱えて逃亡ですか‥‥逃げるにも、色々理由があるのですね」
 貴族が全て我侭で贅沢をしているとは思ってもなかった和奏だが、やはり世の中にはそういう『嫌な貴族』の典型もいたりする。皇帝自ら戦線に立ち、皇女も武器を取るお国柄では、豪奢にうつつを抜かすだけの者は忌避されるだろう。
 横目でアルセニー見れば、かなり現実的なこちらは早々に考えていた『所領近くにいる』を破棄して、老人に逃亡先の心当たりを尋ねている。逃げるにしても土地勘は大事。部下がある程度地勢を把握していると聞いたが、それとてどこまでもとは行かないだろうから、当人達を知っている人物の証言は重要だ。
 二人が、ここの領主同様に贅沢が過ぎ、周囲に離縁させられた商家の娘の元妻にところに向かっているのではないかと聞いたのは、それからさして時間も掛からぬうちのことだった。

 桜が駿龍・染井吉野と向かったのは、少年貴族の足取りが最後に確認された場所だ。どうして戻って来ないのか、様子を聞けば聞くほど不思議だし、いかにも戦意たっぷりの叛意ある相手よりはこちらの方が興味深いからでもある。同行したのは、いの一番に皇帝への叛意など許さんと言いそうなハイネルだった。
 ちなみにその点については、まったく無自覚に、甘やかされて不自由なく育ったらしい性格、要するに我侭で自分の思うがままに振る舞いたく、ついでに無自覚に口の悪い桜が、心の底からも邪気のない笑顔で口にしたのだが。
「八重一人で行かせて、どんな依頼が果たせると言うのだ」
 負けず劣らずの傲慢な口調、かつ冷静沈着な判断で返されていた。他の者が同行しなかったのは、この辺にも理由があるのかもしれない。こちらも駿龍・グロリアスでなければ、途中で桜に振り切られていたかもしれないが‥‥龍同士は角突き合わせる理由もないようで、最速で二人を目的地へと運んでくれた。
 後は、一緒にいても悪目立ちする二人連れだし、ハイネルは兵の詰め所にまず足を向け、桜はその直感の告げるままに、情報を求めて訪れた街の中では別行動になった。
 白い旗を巻きつけた棒を担ぐように抱えた桜は、人通りがあるほうへ。アルフィールやアレーナなどから、食糧補給は必要だろうと知恵を借りているから、まずはそういうものを商っている露店や市場、商店などを探す。そのつもりで、ついつい甘いものを買ったりしてしまうが、話はちゃんと聞いているからいいのだと自分を納得させていた。
 露店の蒸し菓子を買うような者が、今回の探索対象にいるとは考えにくいが‥‥彼女が妙な旗や仮面を持っていても、甘いものに目がない姿を見ると反乱の後始末に掛かっている開拓者には見えないのだろう。尋ねた相手は、大抵が気持ちよく知っていることを教えてくれた。
 ただし、武装した集団を見たかと尋ねれば、『危ないから近寄るんじゃないよ』といった風情だったが。
 かたやハイネルは順調に情報を集めていた。あまりに理路整然、自分の役割に徹した様子が多少煙たがられたこともあるが、町や村に詰める地元の兵士や住人は残党狩りで武人がうろうろするのも早く終わって欲しいのだろう。ハイネルは威圧感こそあるが、無体なことをするわけではない。出来るだけ早く元の生活に戻りたい人々には、速やかに仕事をこなした上でお帰り願えればありがたい相手だ。
 まったく立場の違う人々からの情報を集めて、この二人は他に先んじて目指す相手を見付けだしていた。移動を重ねて四つ目の村で村人達が示した家屋に、戸惑いも露わな若年の兵士達と当の少年貴族とがいたのだ。村人に多少の金品を渡して、逗留していたものらしい。
「ふむ、確かもう一人、相談役がいるのではなかったか?」
 抵抗の意思はなさそうな相手にハイネルが尋ねると、戦時の傷が化膿して、療養していると返された。それなら誰か付き添わせ、自分は領地に帰るか、帝国軍に下れば良かろうが、
「それなら地位を陛下に返上し、自分は前線で傭兵としてアヤカシ退治に努めて、贖罪とすればよかろうが! 地位が剥奪されたとて、ここにいてどうやってそれを知る!」
「もう、うるさいのですぅ。領地に帰ったら捕まって殺されちゃうかもって思ったら、隠れていたくなっても仕方がないです」
 領地経営のあれこれを他のものに指図されるばかりの自分が領主では、領民は安定した生活など望めない。だからいっそ行方不明で、他の有能な誰かが後を引き取ってくれれば‥‥と、確かに相手の言うことは後ろ向きだ。ハイネルが言うほどのことも考え付かなかったようだし、多少は桜が指摘した気持ちもあったろう。
 それを止めるべき年配の相談役が伏してしまって、当主がここから動かぬというのを他の兵士ではどうにも出来ず、ずるずる逗留していたところで二人がやってきたのだ。村人は、礼儀正しい彼らが追われる立場だなどとは考えもしていなかったらしい。
 なんで今まで見付からなかったのかと、ハイネルが帝国軍の捜索に怒り心頭で、桜が癒した相談役は兵士達に支えさせ、少年貴族を皆の元に引き摺ってきたのはその日の晩のことだった。
 おかげで延々と地上を歩かされた龍二頭はやや疲れた風で、桜は不機嫌になっていた。

 一人は予想外に早く捕まったが、反対にほとんど足跡が辿れないのがやはり叛意を持って姿を隠している相手だった。端から追っ手を警戒しているのだから当然だが、どういう経路を辿ってどこに向かっているものか、なかなか掴めない。
 風月はあまり目立たない毛色の馬で移動し、通る町村の宿や商店など、大人数での利用が目立つ場所での情報収集を心掛けていた。あまり会話は達者ではないが、子供好きで見れば構ってしまう上、見た目も若い風月は警戒され難く、話は結構色々と聞けている。
 ただし、目的の情報よりは世間話になることが多く、時折合流場所への到着が遅れるのが難点だが、そういう時は忍犬・牙狼丸が先んじて連絡に来ている事があった。流石に歩いたこともない街まで迷わず到着するのは無理でも、まっすぐ道を辿って、到着した街の入口で人待ち顔に座っていれば、誰かしらと会える。
『収穫なし』
 首に括られた文には一文のみでも、街道沿いに丹念に歩いている分、手掛かりがなければその周辺は排除できる。下手をすると、他の者が集めた情報まで牙狼丸が風月に持って行く羽目にもなるが、全体としては困らない。
 だが、同様に大人数での移動や物流に焦点を絞っていたアレーナとアルフィールも、これといった情報は仕入れられていなかった。こちらは龍での移動だから、他にもそういう者がいそうな大きな街以外では、町村に龍は連れずに向かったりする。アルフィールの駿龍・ヴィアライン、アレーナの駿龍・ウェントスはどちらもおとなしく待っていられるが、捜索対象に見付かれば余計に警戒されるので置いていく場所にも神経を使う。
 後はもう、どちらもただの旅人だとは見えないから、人を捜していることは隠さない。最初は明らかにせずにいたのだが、どうしたところで話を聞く相手に勘付かれるし、かえって喋っていい相手なのかと警戒されるなら、正直に開拓者だと名乗ったほうがよいからだ。それでも何か話して、後で不利益がないかと警戒されることもあるが、戦乱直後では仕方のない反応だろう。
「無補給で移動できるとも思えないが、こうもどこにも出てこないと‥‥」
「風和殿の推測が正しいかもしれません」
 彼女達のように、街道やある程度の人の移動がある地域中心ではなく、小さな集落を回っている一団の方が『当たり』かもしれないと思ったものの、同じ地域を全員で探しても実利は薄いので、彼女達は任された地域を丹念に辿ることに集中していた。
 念のために人数に比して大量に食料などを仕入れている者も捜してみたが、そういう者までいないのは、非常に嫌な方法で手に入れている可能性が高いと示しているのかもしれない。

 同じ頃の、街道から外れた小さな村で。
「なんちゅうこと、してくれはったんやっ」
 芽依華が炎龍・青紅から転がり落ちるように飛び降りていた。同じく炎龍の燭陰に跨ったままの八嶋は、新たに式を飛ばして周囲の果樹園や畑に向かわせている。
「嘆かわしいにも程がある‥‥我らは開拓者ギルドから依頼で派遣されて来た者だ。この村に危害を加えるつもりはない」
 甲龍・砦鹿を地に降ろし、すぐに伏せさせると共に、自分も両手を広げて武器に触れずに声を掛けたのは風和だが、龍の姿に驚いた村人は家の影から恐々と顔を覗かせているばかり。その家とても、幾つかは扉が打ち壊されている。
「怪我人がいるようです。先に手当てをしましょうか」
 周辺にはもう誰もいないようだと確かめて、八嶋が口にした。
 彼らは、捜索対象が自らの負けを認めていない様子と、必要物資の補充の足取りがないことから、どこかで強制的に徴用している事を疑って、小さな集落を回っていた。龍など一度も来た事はないような場所ばかりで、どこでも大抵驚かれたが、外から来る人そのものが珍しいので危険がないと分かれば話のしやすいところも多かった中、別の村で突然やってきた騎士達に備蓄を奪われたと聞いた。
 そこは相手の装備におののいて、抵抗もせずに食料などを差し出したそうだが、ここの村は多少の反抗をしたのだろう。結果が、扉を壊された家や重傷ではないもののあちこちに打ち身をこしらえた男達の姿になる。
 しばらくは芽依華も怒り心頭の様子だったが、話に聞くにも手当ても大事だと落ち着いてきて、まずは青紅の手綱をきっちり村の端の木に結びつけた。砦鹿と燭陰も同様に、とりあえず待機だ。すぐに他の者達にも知らせたいが、ここで一人でもいきなりいなくなったら、村人を余計に怖がらせてしまいそうだ。せめてもこちらの身分に納得してもらってからだろう。
 壊れた扉などを邪魔にならない場所に移し、怪我人の手当てを手伝うと言い、逃亡している反逆者を追っている開拓者だと繰り返すこと三回目で、ようやく村人も信じてくれた。と思えば、口々に騎士らの一行がどの方向に行った、誰を殴った、何を盗っていったと訴え始める。
 甲龍よりは炎龍が早いし、女性がいた方が相手も安心だからと、途中で八嶋が他の者を探しに出て、大体いるはずのところで出会って連れてきた時には、おおまかに行った先は判明していた。
 ただし、和奏と風月、アルセニーは元妻のところに向かった貴族の捕り物に向かっていて、この頃には妻の家の近くに張り付いていたから合流出来ず、彼らも七名のみ。相手は馬だが、森の中を突っ切る道を通って港町に向かったようで、もし追いつけなければ船に乗られてしまう可能性がある。飛空船なら乗船希望者の確認は厳しいが、水路を行く船なら相手を選べば乗れるかも知れず、また伝手がないとも限らない。
 龍だから速度の点では勝るが、なにしろ村人から理路整然と話が聞けたわけではない。追いつくかどうかは、やや不安なところだ。
 更に追いついたとして、こちらは龍だが森の中での戦闘になった場合に、乗馬している相手の方が有利となる可能性もある。拓けた場所まで待っていたら、今度は他人を巻き添えにするかもしれない。
 加えて敵討ちしてくれる者が出て来て、今度は盗られたものが返ってくるのか気になりだした村人達の質問攻めを八嶋やアレーナ、芽依華が受けて、巻き込まれた桜が耐えられないと思う寸前に、風和が『まず追いかけて、捕まえたら物資は送り返すように帝国軍に掛け合う』と皆に宣言した。同時にハイネルから細かい指示を受けて、アルフィールが風信術の使える近くの街まで出発する。
 もちろん彼らも追うが、目的地とされる港にも現地の騎士、兵士に警戒をしてもらい、捕らえられる者が機を逃さず実現する。もとより情報だけでも掴んで来いとの条件だから、自分達で捕縛することに執着しないことで確実性を高める計画だ。
 流石に足が速い龍だけ先行するのは、相手にも志体持ちがほぼ同数いることから無謀故、そろそろ疲れも溜まったろう龍達の足並みが揃う最大速度で飛ばせて、心眼や式が使える者に随時地上の様子を確かめてもらった彼らは、だが実際の捕縛には間に合わなかった。
「反逆者の治療は、いらないそうですの」
 せっかくやる気になってあげたのにと桜がふてくされていたが、港町にはやはり逃亡を警戒して詰めていた帝国軍がおり、連絡を受けるや否や多数の騎士や兵士を繰り出しての大捕り物が展開されたという。
 暴れたりないという開拓者と龍がいない訳ではなかったが、
「‥‥夜に、踏み込んだでござる」
 後程、金品を抱えて逃亡していた貴族一行を、やはり土地の兵士らと一網打尽に出来たはずの和奏が真っ赤になって詳しい事情を語らず、風月が散々言葉に迷った末にそう言い、アルセニーはにこやかに『油断する時刻を見計らいまして』と述べた辺りから、どういう状態に踏み込んだのか察しが付いた者は、こちらがよかったとも思わなかったようだ。
 その中で、取り返された食料などは生真面目そうな土地の代官がちゃんと返すと言ってくれたのは、安堵出来る話だった。