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■オープニング本文 オアシスへのアヤカシの大攻勢を凌いだ翌日。 「ようし、持ち出せたか」 アヤカシが狙っていると指摘される謎の『巨大な指』が、遺跡の中からジャウアド・ハッジの目の前に運び出されてきた。 遺跡の天井を破壊して地上に繋ぎ、そこから引き上げた『巨大な指』は、他の何にも形容しがたい姿をしている。現物を見た目撃者が、大アヤカシを退治する似たようなものが出現すると指摘したそうだが、確かにこんな指を持つのは大アヤカシかもしれない。 だが、今のところは動きもせず、触っても大丈夫な、『おかしなもの』である。 「船の用意は出来たな」 「出来ましたけど、お頭、こんなものをどうするんです?」 「天儀の連中が欲しがってて、あっちの言いなりの王宮が手に入れたがってるんだ。そんな大事なものなら、俺達が国を作るための切り札にならあ」 だから別の場所に移して、王宮に渡さないようにするのだ。ジャウアドは上機嫌に、『巨大な指』を砂上船に運び入れるように指示した。 目的地は砂上船なら一日半程度。ジャウアドと親しい部族が所有する別のオアシスだ。 陽光の下にさらされた『巨大な指』は、多くの砂賊の目を奪っていた。こんなものを欲しがる王宮はおかしいと誰かが呟いたが、まったくその通りだとナヴィド(iz0264)も思った。 こういう巨大な部品と大アヤカシには何か関連があるのだと、そう彼に言った開拓者達がいる。ジャウアドの客分として砂賊と行動を元にしている天儀人も、同じ話を聞いた事があると口にした。アヤカシの行動からしても、まあ無関係ではなかろう。 けれども、危険だから王宮に渡してしまえとは、ナヴィドも考えない。 これを引き渡したところで、放牧地を無断で農地に開拓されて生活に困窮している部族の土地が返ってくるでなし、弱小部族に不公平な取引を迫る隊商を本腰入れて取り締まってくれるでなし、砂賊の側に得はないのだ。 なによりも、王宮はこの『指』を手にした後にどう扱うか、まともに説明して寄越すこともないだろう。彼が生まれるより前から、そういうことが繰り返されてきて、不信感はすっかりと彼のような若い砂賊にも根付いていた。 しかし。 「ナヴィド、これ、ホントに運ぶって?」 「おう。速度が出る様にいじってあるんで、滅多なアヤカシも追いつけないだろうってさ」 「そりゃいいけど、いつまで置くか聞いてるか? 俺の家族、冬はあのオアシスで越すから、長居はして欲しくねえなぁ」 「あたしの部族は、夏にちょくちょく寄るのよねぇ‥‥アヤカシがついて来たら、面倒だなぁ」 年頃が近い砂賊達が集まってきて、『指』を運んだ先の安全が確保されるだろうかと心配を口にした。自分がアヤカシと戦うのは平気だが、故郷の家族に危険が及ぶのは嫌に決まっている。 ついでに『指』の外見は気色悪いから、近くに寄った家畜が調子でも崩したら困ると、そんなことをいう者もいた。 「これで国が作れなかったら、どうなっちゃうのかな?」 誰かがぽつんと呟いた声には、誰も答えられない。 彼らとて、遊牧民だけで生活していくのは困難だと知っている。ただ自分達の土地にきちんと線引きがされて、定住民に生活が脅かされない、そんな国が切実に欲しいのだ。 だから、『指』を輸送する砂上船に乗り込んでいった。 かたや、アル=ステラの開拓者ギルドでは、首脳部が長い会議を続けていた。 「天儀朝廷の説明は不十分すぎる。発見された物について、まだ何か知っているはずだ」 「その情報は別に求めるとして、ジャウアド達の暴走を許しておくわけにはいくまい」 状況はすべてが、『指』がアヤカシの動きに関係していると示しているのに、ジャウアドは王宮からの引き渡し要求をつっぱねていた。危険なものを危険人物が保管しているわけで、王宮はもちろん頭を痛めている。 その王宮から、内々に『指』を確保出来ないかと持ちかけられた開拓者ギルドは、なにがしかの動きを取るべきかと話し合いをしているところだった。アル=カマル人とそれ以外が混在する開拓者ギルドの会議は、議題が議題だけになかなかまとまらないが、 「少なくとも、あれが権力闘争の道具になるのは避けた方がよい。その点は明らかでしょう。こちらで確保して後、ジャウアドとはきちんと諸々の問題を徹底的に話し合ったほうがいい」 簡単に頷くとは思えない相手だが、これも内々に王宮から知らされてきた予言がある。 この儀が緑の野に生まれ変われるかどうかの分岐点だと知れば、ジャウアドとて考えるところがあろう。定住民の側にも、彼らと長く諍いを抱えて絶対に信用できないと息巻く町や村は多い。そちらのとりなしも必要だが、僅かな使える土地を争う必要がなくなることをよく知らしめることで解決を図らねば、アル=カマルという儀の先はない。 問題は、予言の公表がいつになるのか分からない現在、『指』の確保を半ば強制的に行わなければならないこと。そのために動いてくれる開拓者がどれだけいるのか、だった。 |
■参加者一覧 / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 倉城 紬(ia5229) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / フラウ・ノート(ib0009) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ジークリンデ(ib0258) / トカキ=ウィンメルト(ib0323) / 十野間 空(ib0346) / 門・銀姫(ib0465) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 晴雨萌楽(ib1999) / シータル・ラートリー(ib4533) / アーニー・フェイト(ib5822) / アムルタート(ib6632) / アルバルク(ib6635) / ソレイユ・クラルテ(ib6793) / トィミトイ(ib7096) |
■リプレイ本文 いつの間にか地上に運び出されていた遺物、『指』は、遠目にもそれと見える存在感を放っていた。もちろんこんな巨大な人はおらず、アヤカシならば瘴気に還る。造り物には見えず、生きていた痕跡も見付からず、ただ『指』だと主張している。 その『指』が、アヤカシの猛攻を一時的に凌いだオアシスの一角で、砂上船に運び上げられようとしていた。少し離れた砂漠の一角では、いまだ戦闘が続いていると情報が入っているから、作業に携わる人々の動きは慌しい。 柚乃(ia0638)が見上げたところ、それは『親指』だ。左右の区別は付かないが、足ではなく手の親指。全体が硬質化しているから爪と指先の境目もよく分からないものの、それで指だと分かるのはある意味気持ちが悪い。 こうしたものが、結局なんなのか。明らかにする気配のかけらもない天儀朝廷の秘匿主義には賛同しかねるが、これがアヤカシの手に渡れば更なる災厄の種になるだろうとは推測が付く。 なのに、どうしてわざわざ運び出そうとするのか。その答えが見出せない柚乃とは別に、たった一瞥で事態の先を見通したジークリンデ(ib0258)は、少しでも速い移動手段を求めて走り出していた。 目指すのは王都か、せめてもこのエルズィンジャンオアシスの長がいる場所。 いまだ正体不明の『親指』移送の依頼は、戦闘直後で休息していた開拓者達にも回ってきた。 「いいねぇ、うっせー猫もいないし、メシの種は次々転がってくるし。いよう、親分、あたしも船に乗せてくんなっ!」 「元気のいい娘っ子だな。残ってれば、振舞い料理や菓子にもありつけるぞ?」 「あっれぇ? 親分、まさか護衛に一文も払いたくねえなんて、ケチは言わないよな?」 そりゃあ飯や菓子に興味がないとは言わないが、アーニー・フェイト(ib5822)にはたっぷりと銭が入ってくる方が有り難い。というか、たまたま見付けたジャウアド・ハッジに顔を売ろうと話し掛けて、にかっと笑い返されるとは予想外だ。こういう奴は金払いがいい、そうでなければ踏み倒しに来る。 ちゃんと搾り取るにはどうしたらいいか。そう悩んでいたアーニーだが、答えはすぐに出た。 「ジャウアド殿〜、お久し振りだね〜♪ お互いに壮健そうで、何よりだよ〜♪」 「ん? あぁ、ナヴィドさんの叔父さんですか」 「おぉい、傭兵仕事があるのはどこだ? 三人ばかり雇ってくれ。腕は確かだぜ」 「あ、もう一人呼べるよ〜」 同じ仕事を請ける仲間がいればいい。まさかこれだけの人数との約束を反故には出来まい。ついでに仕事も楽になると有り難いのだが。 そんなことを思われているとは知らない開拓者の面々は、それぞれの思惑でジャウアド側の味方になることを申し出ている。単純に金のためから、この機会に独立派の遊牧民達に恩を売ろう、今までの繋がりでなんとなくと様々。ジャウアドは腹の中ではどう思っているか分からないが、見た目はご機嫌だ。 このご機嫌ぶりに拍車が掛かったのは、顔見知りの門・銀姫(ib0465)や傭兵団の一員だというアムルタート(ib6632)のおかげではなく、もちろん以前も依頼を受けたトカキ=ウィンメルト(ib0323)と傭兵団長のアルバルク(ib6635)は端から一瞥投げられただけだ。 「おっと、大将御自らとは恐れ入ったね。傭兵を集めてるってのはここかい?」 「ほう、こりゃあまた好い女傭兵じゃねえか。わざわざ遠くになるのは勿体ねえなぁ」 「そりゃどうも。でもどうせ確かめるなら、腰じゃなくて腕にしとくれよ」 大層分かりやすい男女差別に加え、年齢と体型で瞬時に下された区分により、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)はジャウアドには歓迎する対象だったらしい。一緒のリエット・ネーヴ(ia8814)は無視されて、ヘスティアの腰に伸びてきた腕に齧りつこうとしている。その前に当人があっさりかわしてしまったが。 こんなに人目があるところでよくやるよなぁとトカキが、女傭兵はこういうのがあって面倒だろうなとアルバルクが思っているが、ジャウアドの配下も似たようなことを考えているようだ。ヘスティアの世慣れた様子から、わざわざジャウアドを止めもしないのがありありと分かる。 つまりは大の男が十人近く、加えて少女達が数人、親分と女傭兵のどうしようもない会話を眺めていたのだが、この女傭兵は突然こんなことを言い出した。 「大将、アレはアヤカシを呼ぶそうじゃないか。どっかに置いた後で、灯火に群がる蛾みたいにアヤカシが集まったらどうする?」 「そんなもの、追い払えばいいじゃねえか」 「そりゃ、俺達の理屈だろ。下のモンの気持ちも聞いてやりなよ。そんでさ、嫌いな奴がいるところに投げ込む準備をしたらいい」 ジンですら、時に不安を口にするのが、『親指』の存在だ。もたらされる情報もろくなものではないから、ジンでない人々などもっと不安に思うだろう。それに耳を傾けろというのは悪くないが、いざとなったら嫌いな奴に押し付けてしまえとは乱暴な意見だが‥‥ あいにくと、この場にいた人々はジンであるなしを問わず、反対はしなかった。よくて『それも取引のうち』と頷き、無責任に『そりゃ面白い』と笑っていたりする。ジャウアドは、呵呵大笑した方だった。 「おっと、向こうは大将の船じゃねーだろ?」 アーニーが開拓者ギルドが寄越した船も出航準備を始めたのを見付けて、指差した。 「ははん、なんか動けって話になったんだなぁ」 アルバルクが、こりゃあ面倒な仕事になったもんだと愚痴っているが、傭兵として請けた仕事は全うする心積もりだ。それが先々の仕事にも繋がるのである。 なにやら後方は相変わらずきな臭いし、速やかに出航すべきだとの意見が多々あって、輸送砂上船は『親指』と護衛や船員を載せて、出発した。 「ちょっとぉ、遅れるかと思ったじゃない」 『親指』狙いのアヤカシの群れを撃退してあげたのになんで置いていくかなと、僅かに遅れて出航する護衛船に荒い息で辿り着いた鴇ノ宮 風葉(ia0799)が文句を垂れ流した。 「まったくだねぇ。ま、俺らが追い払ってやったから、安心して進んでいいぞ。あー、茶でもくれないか」 砂漠の戦闘が輸送船を狙ってのものだったと知らされた乗組員は緊張したが、知らせた不破 颯(ib0495)はすぐの敵襲はないと休息に勤しんでいる。風葉も一緒になって、積荷から飲食物を漁る有様だ。 開拓者ギルド側が出そうとしている船では、遊牧民側ほど暢気な者は開拓者にもいなかった。 「だからっ、開拓者ギルドがどこまで関われるかだけでも教えろって! 王宮に話し合いを飲ませるくらい、ごり押し出来ないのか?」 「こんな出張所で下手な約束は出来ませんよ。上に掛けあうのはやるけど、承知するかなんて分からんって」 「それじゃ‥‥いや、それでもいい。頼んだぞ」 竜哉(ia8037)に詰め寄られていたギルドの係員は色々言いたい事がありそうだが、ギルド側で準備した砂上船も出発するところだ。とやかく言っていると竜哉が乗り遅れるか、船の出発が遅れるか。 だから、こちらの船に乗った人々も、神の巫女の神殿から使者が来たことと、伝えられた予言に『砂漠に緑が蘇る』とあることは耳にしたが、詳細を知ることは叶わなかった。 いずれ後方から追っ手が来るのは分かっているから、輸送船は速度を上げている。もちろん護衛船を振り切るほどではないし、前方の安全も確かめながらだから全速力ではないが、かなりの速度なのは間違いがなかった。 けれども不破や風葉、鈴木 透子(ia5664)がディーヴェ撤退の報を伝えていたから、甲板上の緊迫感は少しだけ薄い。警戒も分担して行うくらいの余裕があった。それともう一つ。 「積み込む時に瘴索結界「念」で警戒しましたが、反応はありませんでしたよ」 「では、これから瘴気回収と瘴欠片を掛けてみましょう。瘴索結界に反応がないのなら、こちらも同じかもしれませんが」 「瘴気を感じさせないとは‥‥何を目印にアヤカシは追ってくるのやら」 調べる前から謎を増やすなと誰かが突っ込んだが、先に術で瘴気の有無を確かめていた倉城 紬(ia5229)と符を用意している透子は真剣な面持ちのままだ。无(ib1198)は視線を『親指』に固定しつつ、思案を巡らせている様子で突っ込みには反応もない。 『親指』がどのようなものか、よく調査するべきだとの出発前の開拓者達からの申し出に、ジャウアドは最初に自分のところに報告を寄越すことを条件に頷いた。指揮官ゆえにオアシスに残る彼への報告より先に、輸送船の面々には知られてしまうが、そこはジャウアドも気にしない。 だから周りでは心配顔のソレイユ・クラルテ(ib6793)や、興味津々の風葉、銀姫、不破に、顔を黒子頭巾ですっぽり覆って偽名で乗り込んだからす(ia6525)が無言で見守っている。動き出してから、また紬が瘴索結界「念」を使用したが、相変わらずこれには反応がない。 透子が瘴気回収を掛けて、しばし反応を見るように首を傾げていたが、ふるりと横に振った。特別な反応なしの知らせに大半は安堵したが、たまにがっくりと肩を落としている者もいなくはない。无はおもむろに帳面に結果を記録している。 「瘴欠片で活性化するかも知れません。警戒をお願いできますか」 瘴気回収に『親指』があることでの変化はなかったが、今度は瘴欠片の使用だ。透子が何か言うより先に身構えている者も多かったし、船員は離れた場所から緊急時の対処に走れるよう固唾を呑んで見守っていた。 しかし。 「何事もなし。それが一番ではないか?」 レイブンと名乗る黒子頭巾が、まったく何事もなかったことで気が抜けている一同に淡々と声を掛けた。まさにその通りだが、『ではこれはどういうものだ?』という疑問も頭をもたげてくる。 そうした疑問を晴らす方策を誰も提示出来ないでいる間に、搭載グライダーで偵察に出ていたアーニーが、前方から向かってくるアヤカシの存在を伝えた。元の進行方向はオアシスだったのが、すでにこちらの船に狙いを定め変えたらしい。 単に動くものを見付けたからそちらに来るのか、『親指』に呼ばれるのか。それを確かめるほど悠長な気持ちになる者はいない。 「いっそ、そのアヤカシを振り切って、追っ手に任せたらどうだ? 我々は単なる運び屋で、これの処遇を決めるのはジャウアドのはず。そちらを無視して追ってくる奴らが、まともな交渉を目指すはずもないからな」 中にはトィミトイ(ib7096)のように辛辣なことを口にする者もいるが、彼自身はジャウアドのやりように反発してその部族を飛び出た過去がある。ジャウアドの配下達がその意見を容れるには気持ちのしこりが大きいから、そちらは相手にしなかったのだが。 「え、ヘスティアさん、なんですって?」 「俺の案じゃないぜ。向こうの傭兵だよ。賛成はしたけどね」 護衛船に乗り込んでいる傭兵達は、力の温存と敵戦力を削ぐことを優先した。この辺りは組織は違えどの連携で、シータル・ラートリー(ib4533)が甲板上を右往左往している間にアヤカシの横の通過を終えている。 輸送船ではその様子を知って、意地の悪い笑い声が上がっていたが、砂賊と呼ばれる遊牧民達もモユラ(ib1999)の問い掛けにはいささか面食らったようだ。 「だってほら、皆が必死になる理由をちゃんと知らないと、余所者のあたい達はずれたことするかもしれないだろ? なんであのひげのおじさんが張り切ってたのとか、時間があるうちに説明してよ」 「ひげのおじさんって言うなよ。依頼人なんだから、せめて族長とか言いようがあるだろ」 「んじゃ、その族長が‥‥って、何族の族長?」 そこから知らないのかと、砂賊達が頭を抱えている。ようやくジャウアドの甥のナヴィド(iz0264)がハッジ族だと答えたが、声に力がなかった。 皆揃って何も知らないではないし、モユラのようにちゃんと内実を知ろうとする者もいる。だがどうして彼らが今こうしているのかと、それを語るのは簡単ではないのだ。 「遊牧民の暮らしの基本を知らないと、まず話も通じないでしょう。私が最初に説明して、足りないところを補ってもらうのでは?」 まだ警備の時間まで少しあるからと、ソレイユが解説者を買って出たことには、誰の反対もなかった。一から説明するには、どこから話し始めればいいのか。砂賊達には整理出来なかったようだ。ハッジ族出身でも、トィミトイは端から無関係を決め込んでいる。 それからしばらく後。 「あぁ、アヤカシ退治ばっかりじゃ、いい加減飽きがくらぁっ」 いまだ癒えぬ傷を抱えていそうな有様で、だが口調はふてぶてしい鷲尾天斗(ia0371)が、また現われたアヤカシ相手に毒づいていた。進路上、度々手負いのアヤカシが出現して、興奮のままに襲いかかってくるとなれば、愚痴の一つも出ようというものだ。 わざわざ誘導しているとまでは思わないが、先を行く船がこちらが追いかけているのを承知でアヤカシを放置しているのだろうから、愚痴で済んでいるうちはましな方だ。 「私は暴れられればいいが‥‥これはちょっと、手応えがないねぇ」 こちらは言葉通りに全力とは思えない仕草で、しかし矢継ぎ早に弓弦を鳴らしている雲母(ia6295)が、砂漠の行軍を強制終了させられた瘴気の消える様に手を止めた。開拓者同士でやりあうのが楽しみとは言わないが、どうせ戦うなら手強いほうがいい。 まさにそんな態度に口調だが、傍らで術を放っていたフラウ・ノート(ib0009)は違う考えだ。先を行く輸送船の人々が何をどう考えているかはさておくにしても、こうもアヤカシを残していくのはいただけない。これがどこかの集落や、それこそ避難しているエルズィンジャンオアシスはじめ近隣部族の居場所に行ってしまったらどうするのか。 「攻撃方法を選ばないで済むのはいいけど‥‥やっぱりあれって、アヤカシが引き寄せられるんだよね」 「災厄の主をどうして後生大事に持ちたいのか、さっぱり理解出来ないな」 「いっそ王宮に恩を売りつつ譲り渡して、アヤカシの襲撃に難儀する王宮の人々を傍目にほくそえむ、なんて方が、ジャウアドの評判とは合致しそうですけれどね」 憤懣やるかたないというフラウと竜哉か思わず振り返ったのは、十野間 空(ib0346)がここまでの柔和な物言いと態度から来る印象を鮮烈に裏切る発言をしたからだ。鷲尾や雲母は内面を窺わせない笑みを浮かべたが、柚乃などは真っ青になっている。 「家族の生活を守りたいのなら、あの遺物を保持する意味は遊牧民の大半にはないはずでしょう?」 自分が言わなくても分かっているだろうに、ジャウアドが何か余程の良策でも示して見せたのだろうかと、十野間は考えていたが‥‥ではどんな策があるかといえば、何も思いつかない。そもそも、アヤカシを引きつけるものに良い使い道などあろうはずもないのだし。 「予言の解明が出来そうなこっちが持ってた方が得策だろうしなぁ」 「でも‥‥これが何か解明されても、私達に知らされるとも‥‥思えませんよね」 ジャウアドが持っていることは危険だが、ならば誰が持っているのが一番なのか。柚乃の思い詰めた様子に、鷲尾はなんとも渋い顔になったが、そんな問答を続けるには場所が悪い。 「今度のは‥‥ふふっ、私達にも追っ手が掛かったようじゃぞ?」 今来た方角の空に、複数の歪な影が見える。 アヤカシに『親指』を渡すことは出来ない。そう思う理由には雲母の『面白くない』まで含まれていたが、船員も含めた開拓者ギルドが送り出した船の総意だったから、 「全速で頼むぜ! 甲板には降ろさねえ!」 追う船も全力で進んでいる。 そうして。 「来た!」 「見えた!」 追う側と追われる側の船が双方の姿をようやく認めた時には、すでに一日余りが経っていた。運がいいのか悪いのか、周囲にアヤカシの姿はない。お互いだけの姿を見て、輸送船と開拓者ギルドの船との間に、護衛船が立ち塞がるように位置を取った。 「攻撃ってなったら、全力だよね。手加減する余裕なんかないし。で、あちらは何を理由に攻撃するつもりかな?」 トカキが護衛船の甲板でうそぶくと、周囲の『傭兵達』がくすくすと笑いを漏らした。確かに彼らは遺物を輸送しているが、それを他の誰かが止めるなら相応の理由が必要だ。納得いく理由を聞かせてくれるならよし、ただ危険だから渡せでは、砂賊は納得しない。 もちろん、彼らも納得できない。 「先に言わせて貰うが、どっちが正しいかは問題じゃねえ! 今、俺を雇っているのはこっちだ! 邪魔するんなら、覚悟しやがれよ!!」 アル=カマルに限らず、傭兵稼業なら正義が対立するところなど毎度のように見るものだ。だからアルバルクの理屈は『金を払ってくれる奴のために働く』、これに尽きる。が、わざわざそんなことを叫んで聞かせるのは、当然作戦のうち。 これと同時に、仲間達が周囲に降りた輩がいないか、向こうの船の戦闘員数や装備などを確かめに走っていた。今回はこの辺がよくお分かりの同業者もいて、仕事がしやすそうだ。アムルタートが個人的に連れてきた不破は、団子が食いたいと連呼していたが‥‥まあ、仕事はちゃんとするだろう。どうも団子を食わせるお安い報酬で連れてこられたようだし。 ところが、突然に彼らが考えもしていないことを十野間が言い出した。いや、家族のために危険なものは手放せとか、そういうのは砂賊だって予想していたのだ。単に聞く気がないだけで、言うなら言わせておいてその間に輸送船だけ進もうと計画していたのが、 「新たな予言の成就に一丸となるべき時に、敢えて決別の意思を伝える。それは誰にとっても、なんら良いことはない気がしますよ?」 護衛船も輸送船も、誰一人として『新たな予言』なんてものは耳にしていない。戸惑いの気配に十野間もそれに気付いたようで説明をしたが、聞く側は半信半疑だ。 更に、ナヴィドがわざわざ輸送船から渡ってきて、十野間にこう言い放った。 「大アヤカシを退治することになら、我々は率先して参加している。それとこれとは別問題だ。話がそれだけなら、もう聞いた。とっとと帰れ」 遊牧民にとっていいか悪いか、余所者に判断されたくない。切って捨てる言い様に、開拓者の船では柚乃が身を乗り出して何か言いかけた。けれどもその前に輸送船は帆を張り巡らせ始め、全力走行の構えだ。 「ナヴィドさん、話を打ち切るのはよくありません。予言の内容だけでも、きちんと確かめなくては」 「本当に予言が下されたなら、めぼしい地域には使者が回る。そちらで確かめればいい。あいつらの言うことでは信用出来ない」 ソレイユが慌ててナヴィドに予言の内容は確かめねば駄目だと繰り返したが、船長はすでに速度を上げ始めている。もちろん向こうも付いてくるから、振り切れるかどうかは護衛船の活躍にも掛かっているが。 「でもさ、予言は大事だって言ってたじゃない? ちょっとだけ聞いてみたら?」 モユラも聞いたばかりの知識を頭の中で巡らせて、何かうまく予言を確かめる方法はないものかと考えつつ、ナヴィドに話しかけている。ジャウアドも崇拝している神の巫女が受けた神託なら、きっと皆早く知りたいと思うはずだ。 この頃、護衛船とギルドの船とでは、かろうじて舌戦の範囲で均衡が保たれていた。リエットが竜哉をパパと呼んだり、アムルタートが実は義兄の鷲尾に日頃の恨みをぶつけたり、不破が団子のためにも帰れと叫ぶのが、舌戦と言えるなら、だが。 内容がたまに低俗、時に不条理、意味不明で、かつ竜哉と鷲尾には非常に不名誉な悪口が含まれていて、柚乃とフラウが雲母と十野間に二人から引き離されたりしている。 これでは流石に砂賊の誰もが話は聞かなくてもいいと判断したようで、明らかに先に進むことを優先する態度になった。乗り込んだ際の立場は色々でも、開拓者には予言が気になる者もいるのだが、あいにくと彼らの意見では船員は動かない。 「予言かぁ、そんなのもあるのね」 「まだ気を抜くと危険です。あちらが激昂して足留めを狙って来るかも」 「話し合いで〜♪、軟化する雰囲気じゃないしねぇ〜♪」 件の『親指』の側に控えて、風葉と透子、銀姫が思いのほか暢気に語りあっていた。風葉にいたっては、親指の上に寝転がっている有様だ。いずれ自分のものだから、このくらいいいのだと思っていることは、口にしなければ誰にも分からない。紬が何か悪い影響がないかと心配して見てもいるが、今のところはなんの異常も見受けられなかった。 それは喜ばしいことだが、舌戦は僅かの時間で険悪化していった。最初に遣り合っていた当人同士より、そこに加わった船員間や砂賊と開拓者のやり取りがだ。ついでにモユラやソレイユのとりなしも、ナヴィドや他の砂賊には受け入れられていない。 「やれやれ、人同士で争っている場合ではないのだがな」 こちらも『親指』の護衛のみが仕事と、舌戦に冷静な目を向けていたレイブンが呟いた時、グライダーでまた周辺警戒に出ていたアーニーと、各船の見張りがほぼ同時に叫んだ。 「後方、砂上グライダー一機!」 加えて叫んだのは、アーニー以外だ。 「神の巫女の神殿の使者だ!」 首尾よくエルズィンジャンオアシスの長は避難場所ですぐに見付かった。そこに予言を知らせに来ていた使者から、その細かい内容の説明と協力も得られた。不足しているのは、出遅れた自分達が輸送船と追っていた船とに追いつくための速度である。 夜間走行を含む強行軍を、使者と自分の魔術師二人でこなし、合間に一度ならずアヤカシを退けて来たジークリンデは、目的の船にようやく追いつき疲労で膝を付いた使者に促されて、預かった旗を掲げた。神の巫女の神殿の使者であることを示す、砂賊もよく知る旗だ。 「神の巫女セベクネフェル様より、新たな予言をお預かりしました。加えて、使者殿より輸送中の『護大』について提案があります。三隻とも停船されたし!」 開拓者の中には、ジークリンデの顔を知る者も少なくない。更にナヴィドも彼女が開拓者だと知っている。 それでも、一目で使者と分かる服装の青年と同行しているのなら、その護衛として停船を求めてくるのを無視は出来ない。アル=カマル生まれでなくとも、船員達に従わないなど許されないと強調されれば、その崇拝のされ具合が分かろうというもの。各船の船長が、エルズィンジャンオアシスの長が乗る砂上船が到着するまでの停船を了解する辺りにも、神の巫女の威光が現われている。 「ゴダイとやらについても、説明が受けられるのだろうな?」 砂賊の側が求めたのに、无が懐の帳面に手をやったが、そちらはジークリンデが請け負っていた。 『護大』そのものの正体ははっきりせずとも、それにアヤカシが触れれば大アヤカシが生まれるのだと‥‥言われて素直に信じるかどうかは、また別の話だが。 そうして、オアシスの長と神殿の使者を加え、『親指』の扱いを決める話し合いの場が持たれる事になった 砂賊の長はジャウアドなので、その不在の場で彼らが押さえた品物の扱いを決めるのはそもそも交渉ではない。 砂賊が保有するより、予言を解明できる勢力が持っているべきだ。 王宮と砂賊の話し合いは、第三者として開拓者ギルドが仲介することでどうか。 砂賊側が保管するとして、アヤカシの攻勢を凌げる確約がないのなら危険すぎる。 王宮なら安全に保管できる保障はどこにあるのか。 いつから王宮は天儀の使い走りになって言われるがままなのか。 争点は主にこの辺りだが、発言者がよほど穏やかな人格者でなければ、悪口雑言のスパイスが大量に塗された言葉になっていた。神殿の使者は苦笑を隠さないし、オアシスの長は若い者達の余りの態度に不機嫌だ。 それでも、長は自分の発言では、ジャウアドを責める言葉は一つも発しなかった。 「我らが襲われた際、最初に駆けつけてくれたことにはとても感謝している。けれどもあの護大とやらは、我らが管理する遺跡から出たものだ。襲撃より先に王宮に引き渡す約定も交わした」 故に、ジャウアド達への礼は別に行うとして、自分達の信用の為にも約定は果たせるように取り計らって欲しい。遊牧民や砂迅騎の掟にも触れる事柄を混ぜての要求は、堂々としたものだった。 「後の話し合いには、神殿から巫女様に選任された調停人を同席させるように取り計らう。その間、あの遺物は神殿にてお預かりする。それでいかがなものかと、ジャウアド殿に確かめていただけまいか?」 「取り計らうというが、巫女様が了解してのことなのか?」 「只今献策して、返答待ちだ」 使者も言葉を添えるが、こちらも確約ではない。届いた返答が仲介しないだったら、砂賊が『護大』を持ち去っても構わないとも明言している。 こうしてもめるのはジャウアドが国を興すと息巻くからだが、モユラが色々聞いていたのを耳にしていれば、要するにアル=カマルは人が住める土地の広さと人口が不均衡ゆえの諍いだと分かる。それが世代を超えて続くと、簡単に消えない悪感情が先にぶつかるのだ。緑の大地が蘇っても、そこに遊牧民の土地があるとは限るまいとトィミトイが怒鳴ったように。 『護大』とよばれるモノの周りには、相変わらず遊牧民側の開拓者達が調査や護衛目的で張り付き、後から追いかけて来た人々が近寄るのは許していない。下手に近寄らせると話し合いが続かないのと、依頼として受けたからとか、色々ある。後は日陰で休んでいないと、そろそろ日差しが攻撃的に強い時間帯だから。 神の巫女の旗がなかったら戦闘に入るのも必須の空気は、ジャウアドの指示を仰ぎに誰か戻ってはとのソレイユの提案で一時的に解消された。開拓者ギルドの指示、『指』の確保が変わることはないだろうから、こちらは再度指示を仰ぐ必要はない。単純にジャウアドの返答で、力尽くになるかどうかが決まるだけだ。 自らも調停人の経験があるソレイユが、直接説明がしたいと立候補し、ナヴィドと更に立候補した数名の護衛役を加えて、エルズィンジャンオアシスのジャウアドに事の次第を伝えに行き‥‥アヤカシへの警戒以外は解いて、皆が交代の昼寝から完全に覚める時間帯にはもう戻ってきた。 「神の巫女様の仲介であれば断るなどありえない。そちらの指示する場所に保管するのも同意する。けれど神殿の方々の手を煩わせるのは心苦しいので、警備は我ら遊牧民が引き続いて行いましょう、とのお返事です」 もちろん輸送もこのまま自分達が行うので、使者殿に行き先を示してもらいたいと、ソレイユはあまり表情のない顔付きで一気にジャウアドの返答を述べた。一部は彼女の案で、少しでも王宮に恩が売れればと考えてのことだが、ジャウアドは二重三重に恩を売ることを選んでいる。 なるほどそう来たかと、遊牧民側の船の面々は依頼内容が変化したことを、ギルドの船の面々は依頼の主目的である『指定の場所に運ぶ』が叶うことは理解した。理解するのと納得するのは違うが、前者の大半は依頼人の意向がそれであり、これ以上の争いが発生しないならとりあえずは良い。後者は自分達の手で運ぶのではないことや、砂賊側の態度に不満がありそうだが、それを持ち出すと輸送が滞るから無理に飲み込んだような状態だ。 神殿が介入したとはいえ、結局のところは王宮から天儀に渡されるのではないかと、その懸念か希望は誰もが持っているが、口にしたのはごく少数。彼らも、開拓者や傭兵である以上、目的地に到着すれば仕事は完了だ。何を言ったところで取り上げてもらうことは叶わない。 後の事をどれだけ気に掛けても、関われるかどうかはまるで分からないとは因果なことだと、溜息と共に吐き出したのはジークリンデだった。 |