開拓村未満〜六月
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/12 07:18



■オープニング本文

 馬車の荷台には、足枷を嵌められた少年少女が十五人ほど。年の頃は十代半ばが大半だ。そんな馬車が二台、前後を荷物を満載した馬車と騎馬に挟まれて、道もない平野を進んでいた。
 彼らの服装は揃いの作業着で、帽子もあるが被っていたり、その辺に放置していたり。身なりは清潔で、血色もいいけれど、全体に痩せ気味だった。狭いので膝を抱えて座っているが、大半はうたた寝をしているようだ。そうでなければ、靴紐を結んだり解いたり、暇を持て余しているらしい。
 と、御者台から様子を見ていた騎士が、少年の一人を棒で小突いた。

「サヴァー、足は外すなって言ってるだろ。もう一時間くらいだから、我慢してろよ」
「尻がいてぇ」
「俺だって痛いよ。アルミア、サヴァーの足、嵌めなおしてくれ」
「なんで俺が‥‥」
「あたしとか言えないもんかね」

 靴紐を弄っている見えた少年が器用に足枷を外していたから、騎士はその頭を棒でこつんと小突いたが、まるで痛そうではない。挙げ句に隣に座っている少女に足枷を嵌めなおせと、何のための枷だか分からない言い草だ。
 これを機に、同じ馬車に乗っている少年少女が口々に、腹が減ったの喉が渇いたの、尻や腰が痛いのと騒ぎ始めた。先程までは無気力な集団だったのが、人が変わったように声を揃えて文句を言い、足をばたばたさせて床を踏み鳴らしている。
 急の反抗的な態度だが、騎士は気にした様子もなく、にこやかに言い放った。

「お前ら、あんまり騒ぐと夕飯抜き。それでも暴れたら、開拓者に尻叩いてもらうか」
「なんでこっちに回す!」
「俺、もうこいつらの尻は叩き疲れたから」

 出発してから同様のやり取りが十数回あったので、いい加減慣れて様子見していた開拓者が、突然話題に出されて文句を言うが‥‥騎士も少年少女も気にした様子はない。
 きいきいきゃあきゃあとすっかり騒がしくなった馬車の様子を見に、他の開拓者もぞろぞろとやってきたが、誰にとっても見慣れたやり取りになっている。あまり優しい顔をする方が教育によくない相手なので、それぞれに少し厳しいことを言って持ち場に戻っていった。

「こんな、たらたら進むから悪いんだっ」
「そうだよ、馬だからもっと早く行けよ〜」
「そうか? じゃあ、そうしよう」
「‥‥おいおい」

 それでも静まらなかったサヴァーという少年が、いっそ馬が走ればいいんだと言い出し、また少年少女が同調したものだから、騎士が頷いた。手綱を握る開拓者にしたら、それは止めておけと言いたくなる話だが‥‥

「ちっと痛い目見せなきゃ駄目だ」

 騎士が断言するので、徐々に速度を上げた
 平野と言っても、石ころだらけの凹凸激しい場所。道もないので、目的地まで何を避けるでもなく一直線。

「「「「「「ぎゃーっ」」」」」」

 ぎゅうぎゅう詰めの馬車の中、上下左右に振られ続けた少年少女が悲鳴をあげていたのは最初のうちだけ。
 目的地に到着した時には、蒼い顔をしたふらふらの集団が出来上がっていた。

 目的地には、名前はない。名付けられるのは、早くて来年の春の話だ。
 今はただ領主家の紋章旗がぽつんと立てられた下に、掘っ立て小屋が四軒並んでいるだけの場所だった。
 この周辺の土地から幾らでも出てくる石を拾い、深く掘り起こして土を返す。
 離れた森で間伐を行い、切り出した木々を薪にするために切って蓄える。一部は杭にして、集落の境界線を示すために打つ。
 もちろん自分達の生活の世話は、自分でやる。
 それが、あちらこちらで色々な犯罪を行ったものの、環境や反省度合い、家庭環境などから牢獄行きを免れた少年少女が課せられた労働だった。

「まったく、町育ちは軟弱だねぇ」

 ただし、彼らは揃いも揃って大都市の下町や貧民街育ち。こんな何もない場所に放り出されるのは、生まれて初めてのことだ。
 もちろん土を掘る農具も使い方を習っただけ。すでに東西南北の区別もつかない。普通の生活をする能力も皆無に近い。
 見張りと監督を兼ねて、騎士や兵士が八人ばかり付いているが、最初と手が足りない時には開拓者に支援を頼もうというのがこの開拓村準備の基本方針で、雇われた一同が同道していたのだった。


■参加者一覧
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
明王院 玄牙(ib0357
15歳・男・泰
サブリナ・ナクア(ib0855
25歳・女・巫
煌星 珊瑚(ib7518
20歳・女・陰
三条院真尋(ib7824
28歳・男・砂
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎


■リプレイ本文

 騒ぎが鎮まったのは、皇 りょう(ia1673)が少年少女の集団の中から明王院 玄牙(ib0357)を遠くに投げ飛ばしたからだ。明王院の警戒心は少年少女にだけ向いていたから、りょうに投げられるとは思っていなかっただろう。
 派手に尻餅を付いた明王院は目をぱちくりさせ、掴みかかっていた少年達も固まっていた。
「いい連携だけどね、こんなことに体力使われちゃ困るんだよ」
「暴れたいのでしたら、後で槍の訓練をさせるであります」
 騒ぎの輪の一番外で癇癪を起こしていた少女を片手で吊り上げたサブリナ・ナクア(ib0855)の姿と、今の騒ぎの中でも石を拾い集めていたエルシア・エルミナール(ib9187)の冷静すぎる声掛けも、少年少女には薄気味悪く見えたらしい。じりじりと距離を取る者までいた。
 仕事はさっぱりなのに、喧嘩とこういう動きは妙に慣れていることに気付いて、御剣・蓮(ia0928)がやれやれと額を押さえている。濃厚に真っ当でない道で生きてきた気配が伝わってくるから、予想していたより矯正が大変そうだ。
「まったくもう、なんで働かなきゃならないか忘れてるの?」
「暴れる元気があるなら、もっと働けるかしらね」
 突然の暴力沙汰だったので、事情ははっきりしない。投げ飛ばされたのは明王院だが、向かっていったのは少年達が先だ。
 それで咄嗟にりょうが明王院を輪から弾き出したが、素人の少年達に明王院もやられてはいない。尻餅こそついたが怪我はないし、少年達にも痣以上の傷は負わせていなかった。今は三条院が伸べた手を礼儀正しく断り、一人で立ち上がっている。
 かたや、目の当たりにした開拓者の膂力の衝撃から我に返ったらしい少年少女は、ゼクティ・クロウ(ib7958)と三条院真尋(ib7824)の叱責を揃って無視した。やる気はまるで感じられないが、鍬を手にして作業に戻る素振りを見せている。言われたことをすればいいのだろうと、そんな投げやりな様子に憤った様子の明王院が何か言おうとしたところで、煌星 珊瑚(ib7518)が彼の肩を叩いた。
「武器を使わず済ませたってことは、ちょっとは我慢したんだろ。で、なんで暴れたのか言ってみなよ」
 話を聞こうと珊瑚が口にした途端、一斉に何か言い出した少年少女を一度怒鳴りつけ、彼女は明王院と少年少女を一人ずつ指名して話させた。
「もっと年少の、戦地で家族と死に別れたような子供だって、己が力で生きていくべく必死に働くのに、あまりに不真面目な態度で」
 明王院の言い分は、まあ開拓者や監督者達には理解出来るし、似たようなことを感じる者の方が多いのだが、少年少女は明王院のこの考え方とそれをことさら辛辣に言う態度が気に入らない。先程はそれが爆発したのだ。
 ちなみに彼らの言い分は、大雑把に自分達が犯罪行為で生きてきたのは、他に方法がなかったからだとなる。
 元の順法精神がないので、罰を受ける意味も理解が浅く、不満が先に立つ。その辺りが矯正に力を入れようとする者には不真面目な態度にしか見えないが、少年少女らも『こいつらの求めることは全然わからない』のだった。
「苛々したのは分かったが、とりあえずやらねばならぬ仕事は進めようではないか。これ以上遅らせて、皆でまとめて食事抜きになったら大変だ」
 態度と意見は平行線の少年少女と明王院達に、りょうが切実な問題を投げかけた。
 全員食事抜きだけは嫌だったようで、気持ち悪いほど素直に少年少女はりょうの言う事に従った。
「さて、真っ当な道でやる気になってくれるものか‥‥」
 蓮は頭痛が増したとぼやいている。
「あのね、奴らは言われた言葉の裏は考え付かないから。心配が通じなくて腹も立つだろうけど、子供の癇癪と一緒だと思ってやって」
 実際は将来を心配してのきつい物言いは、額面通りにしか受け取れないと言われた明王院が、困惑の表情を露わにしていた。彼もたいして変わらない年頃で、持っている常識が違いすぎる集団をどう思えばいいのか、大分迷ってしまったようだ。
 もう少し大人の面々は、先の苦労を思いやって嘆息している。

 その『先の苦労』は二時間後に巡ってきた。
「汚れてねえよ」
「四の五の言わずに、全員手を教えたようによく洗え。そこ、洗った振りをするな!」
「井戸の中に汚れた水を戻さないのよ! 水を汲んだら、洗うのは別のところ!」
 初日だけは監督役の女性陣が作った食事にありつけるはずが、その配給前に一悶着だ。少年少女らの『汚れてない』は医師のサブリナばかりでなく、誰が見ても『埃塗れ』なのに、綺麗なうちらしい。手を洗わせれば、井戸に汚水を戻そうとするから、水の汲み方から指導していた三条院が真っ青になっている。
「あぁ、桶は口を下にして落とさないと、水が入らないのだ。一度にたくさん汲めば、楽が出来るから、こつを覚えないとな」
 一緒になって水汲みをしていたりょうも、変なことをされないように目を配りつつ、皆の様子を見ているが‥‥これで大人の助力なく生活していたとはにわかに信じ難いほどだ。
「その手でものを食べたら、腹を下しますですよ。苦しい思いをするのが楽しいなら、止めませんですが」
 手を洗う場所、洗い方を口を酸っぱくして教えているサブリナと三条院の傍らでは、エルシアが一人ずつ捕まえて、強引に手を洗わせている。逆らうと両肩を掴んで、懇々と諭し始めるものだから、捕まった者は観念してされるがままになっていた。
 もちろん食事風景も見られたものではなく。
「うーん、もはや調教」
 こそりと呟いた珊瑚の言葉を耳にした開拓者は、誰一人として言葉の使い方が間違っているとは言わなかった。
 そして、皿を洗うことも知らなかった事実に、どこから手を掛ければいいのかとゼクティや明王院が衝撃を受けている。

 少年少女に課された労働は、開拓村予定地周辺の石拾いだ。作業そのものは開拓者達に参加の義務はない。とはいえ、農機具の扱いを教えるなら、自然と一緒に動くことになっていた。
「人買いを退治?」
「役人に突き出すと、俺らも難癖つけられて捕まるじゃん。だから皆でぼこぼこにして、闇医者に始末してもらったんだ」
 今までどういう武勇談があるんだと作業の合間に尋ねた珊瑚が、数時間かかってようやく色々話を聞けていた。悪事の話はしない知恵はあるようで、少年達が話したのは仲間の少女達を騙して売ろうとした男を捕まえた話だ。当時貧民街に暮らしていた闇医者に引き渡された誘拐犯の末路はさておき、得意気に語る少年達の顔には達成感があった。仲間を守るのは、彼らの中で相当重要なことらしい。
 ただし、それ以外で集中力は発揮されない。つまり、手がお留守になっている。
「こら。作業が遅れたらどうなるか、また言って聞かせないと駄目か?」
 作業の停滞を注意に来たりょうの言葉に、珊瑚まで一緒に鍬を握り直した。この辺りは予想されていたよりよほど石や岩が多く、やる気が続かないのは確かだ。
 でも、りょうの力の程は前日に皆が目撃しているのと、規律正しい生活の重要さを説くのに『食事の作り直しは燃料が無駄だから、時間を守らない奴は食事抜き』と話したのが利いている。彼女の目が届く場所では、そこそこ働くようになっていた。その割に、他の開拓者も種別は違っても目を見張る能力の持ち主達だとは考えていない。
 その認識をまず改めさせたのが、蓮だった。彼女はサヴァーを含んだ少年五人と騎士の一人と七人で、近くの森まで薪拾いに来ていた。燃料を集めること自体には珍しく不満を見せない。感心した事に、生木ではなく枯れ木を探していた。
 これでぱっぱと見分けて集められれば合格だが、そこは覚束ない。大きな朽ち木をばらすための刃物の扱いなど、目も当てられない。見本に一抱えある倒木を簡単に割って見せた蓮に、あからさまにおかしなものを見る目付きだ。
「なんですか。あなたも道具の使い方さえ分かれば、この程度は簡単ですよ」
「後から来た奴、皆こんなかよ!」
 開拓者が全員志体持ちだと今頃気付いたのかと、蓮も驚きで一瞬手が止まったが、少年達も驚いたのか動きがよくなった。相変わらず道具の使い方はいい加減で、ある程度まとめて縛る手付きもぎこちないが、担ぐ分量は体格で見れば結構なものである。
 これで、来た方角が分からなくなってまごまごしなければいいのだが。

 二日ばかり少年少女を働かせると、彼らが寝食に執着するのは実感できた。だが、食生活の充実には興味がない。
「どうして芋は直火焼きだけかしらね」
 三条院が度々頭を抱えたが、彼らの態度は『食べられれば、味や調理法は気にしない』だ。芋の芽は取るが、玉葱が少し腐っているのは食べようとする。塩漬け肉は茹でて、汁ごと口にするが、一緒においた人参は生で丸齧り。
 食事の準備ごとに、三条院はじめ料理が出来る面々が手本を見せるが、同じようにはしない。生活の術も厳しく教えるべきだと、最初は皆が思っていたが、この妙なやる気のなさをどう払うかが悩ましい。
 と、その日の夜。
 日が暮れたら寝る習慣の少年少女が男女別に入れられた掘っ立て小屋で一緒に横になったサブリナが、天井を見上げると屋根の隙間から星が見えた。
「この小屋も、ちゃんと雨露凌げるものにしたいねぇ」
 暴風雨でも来たら吹き飛びそうだと、つい心配が口から飛び出すと、開拓者仲間は確かにと同意する気配が伝わったが、少女達の何人かが鼻で笑っている。
「誰か、枝持ってきて塞いでやれよ」
 それで良くはないのだが、彼女達は十分だと思っている。毎日食事が出来て、壁と屋根がある場所で毛布にくるまって寝られれば文句ないとは哀れに過ぎるが、彼女達にとってはこれでも『いい生活』だ。
 翌朝には話を聞いた少年達が近くの木の枝を切って屋根に載せ、重石を置いて隙間は塞いでくれた。多分に仲間意識の産物で、開拓者や監督役達のことはどうでもいい様子ながら、板壁の外側に掘った石で垣根までこしらえた。
「妙な技術があったり、常識が抜けていたり‥‥どうなっているのだか」
 明王院が理解の難しい集団だと悩んでいると、べーっと舌を出して見せるあたり、成熟度は彼よりよほど低い。が、サブリナはそこはさておいて、持っている技術で家の補強をさせる方策を立て始めていた。材料も掘り出した石を使えれば無駄はないし、なにより単純作業に集中しない彼らの目先を変えるのにはちょうどいい。
 加えて周辺に出没する野犬への対処方法を教える必要があったが、最初に戦法を教えようとしたゼクティはあっさり跳ね付けられていた。最初の口火を魔術の使い方で切ったのが、自分達が使えない方法など聞いても仕方ないと反論されたのだ。
「なんでもない志体持ちって、最近会ってなかったわ。今まで、何をしてたのかしら」
「ふむ。前に捕まえに行った時は、なかなかの壊し振りでございましたですよ。そこ、仲間や兄弟姉妹がケモノやアヤカシに食われていいなら、練習は止めてもよいです」
 話をするにも、力量が知れなくて困ると次の案を考え始めたゼクティの疑問に中途半端に答えつつ、エルシアは少年少女達に棒の使い方を教えていた。
 すぐに槍を持たせない理由は、確実に怪我をするから。加えて、どうしても初日の事が尾をひいて、明王院に突っかかっていくのだ。数人がかりで攻撃されても、明王院が涼しい顔で避け切るので余計に頭に血が昇るらしい。
「まったく、そうやって頑張れる力があるなら、暴力以外に使わなきゃもったいないだろ。って、言った側からだらけるなっ。仲間食わせる時も、そんないい加減にやってたのか!」
 明王院に避けられ、転倒したまま起き上がらないでさぼり始めた少年が、珊瑚に踏みつけられている。彼女がこういうことをしても攻撃対象にはならないのが、明王院には不思議だ。女性相手だからではないから、彼らがどういう感性か掴みかねるのだ。
 まあそれは置いて、多少でも腕前を鍛える役に立つなら相手になるかと思う明王院の気持ちは、まだまだ相手には理解されていなかった。
 いずれにせよ何か教えるなら、特にサヴァーとアルテアの二人に何かの技能を仕込むなら、もっと落ち着きと集中力を養ってからとは、大人達の一致した意見である。
「色々仕込む事はありますが、あの調子で野犬に当たらせると怪我人必至でしょう。今のところ姿は見せませんが、私どもが戻った後はどうなさいます?」
「その時は対処させますよ。不意を突かれない様に、目を配るのは俺達の仕事ですけど」
 癒し手がいない状態で大丈夫かと気を配った蓮に、騎士の返事は危機感が感じられない。
「力押しではなく、知恵を絞って追い払う方向に持っていくべきではないか?」
 りょうも、罠なりで野犬から距離を置いたほうが安全だろうと提案したが、騎士達がそれを採用するかは怪しかった。かと言って、少年少女に言うだけでは意味をなさない。本人達が罠を掛けられるかと考えれば、この平野では難しかろう。
「うっかり本人達が引っ掛かりそうよね。派閥が三つあるでしょう、完全に仲良しではないし」
 ゼクティが言う通り、彼らは元は三つの集団だ。今は監督役や開拓者への反感で協調しているが、基本は元からの仲間優先。衣食住が満ち足りているのと、街に留め置かれている仲間のことがあるから喧嘩もしないが、多少のことで暴発する可能性は今もあると感じたのは、ゼクティばかりではない。
「ま、逃げ足は速いようだがね。でも犬を相手に背中を見せて走るなとは教えておくか」
「あー、それは言っといた。だからって、向かっていっても怖いけどさ」
「つくづく‥‥環境が人を作るのだと再確認しましたよ」
 やる気のあるなしの基準が、自分達に益があるかを本人達が理解しているかだと気付いた三条院が、生活の基準の根本をきちんと覚えさせないねばと、やるべきことを指折り数えていた。すでに読み書きは後だと割り切ったサブリナも共に、どこかで見たような光景だが‥‥こちらの方が無謀でまともな生活の楽しさの一つも知らない点では手強い。
 皆で今日を生き延びるしか目的がないから、土地を耕して畑を作る意味も想像出来ないし、食べるに困らない現在はやる気も湧かない。唯一の目標が明王院に一太刀くれてやろうというのは誉められないが、
「口答えは許さないのであります」
「いえ、そうではなくて、ええと」
 作業時間になっても棒術の鍛錬とは名ばかりの喧嘩腰の少年達に付き合ってしまい、一緒くたにエルシアの説教を喰らっている明王院に対して、初めて少女達の視線が同情的だった。なにしろエルシアの説教は長い。懇々と時間のメリハリの重要さを説かれる明王院を含んだ少年達が、少しは仲間意識を持ったかどうかは、見守っていた人々には分からなかった。
 二度とこんな目に会わないようにしようと、その決意だけは共通していたようだ。