【翠砂】妖しの遺物
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/27 11:07



■オープニング本文

 砂漠の向こうに見えるは、エルズィンジャン・オアシス。さらにその向こうには、重苦しい不安をそのまま凝り固めたような、魔の森が目に入った。
 もちろん、そこからオアシスを蝕むように染みて広がる、アヤカシの群れも。
「お頭ぁ、ほんとにやるんですかい」
「おうよ」
 その光景をにやにやと眺める長身の竜人に、後ろに控えていたベドウィンの一人がおそるおそる尋ねれば、その男──ジャウアド・ハッジはにやりと口端をゆがめ、鷹揚にうなずいた。
「今この時! あのオアシスを奪い返せば、王宮の奴らの鼻を明かせる。オアシスを救ったのは奴らじゃなくて俺たちでござい、ってな寸法だ。それにオアシスから上がる利権のうまみは、お前たちも知らねえわけじゃあねえだろう」
 王宮と対立する砂漠の部族をまとめ上げるジャウアド・ハッジ。その性格、実力からすれば、慢心を差っ引いたとしても、アヤカシの群れを前に、この大言を吐くに足る実力はある。
 そして、その決を後押しするものが今一つ。
 振り返るジャウアドの視線の先、後ろで保護されているのは、あのオアシスの遺跡を採掘していた採掘人の一人。命の恩人に獰猛な笑顔を向けられ、あたふたしつつも、自分が見て来た物について、改めて口を開く。
「へ、へえ! 遺跡の中にはどでかい指が、そ、そのままなんすよ」
 ジャウアドや周囲の無言の圧力に、採掘人は慌て、先ほど告げたことを繰り返した。
 宝珠の採掘現場から、巨大な指に見える遺物が発見されたこと。
 時を置かずして宝珠の採掘が停止され、遺物の調査隊を迎える準備が始まっていたこと。
 そのためにわざわざ、王宮から兵士まで派遣されていたこと。
「なぁ? 王宮がわざわざ調べに来るような遺物で、しかも指に見えるってよ」
「親分! そいつを手に入れて、王宮の奴らの鼻を明かしてやりましょうよっ!」
 顎に手を当て悦に至るジャウアドに、別のベドウィンが意気高く叫ぶ。
「あったりめぇだ! 分かりきったこと言ってんじゃねえぞっ」
「さすがおやぶぅん。オアシスも手に入れて、いっせきにちょう、ってやつよねぇ〜」
「おうともさ。俺がお前らに損になるようなこと、するはずがねぇだろ?」
 採掘人にとっては、怒声に首をすくめたり、猫なで声に脱力したりと忙しいが、他の連中にはいつもの親分の姿だ。どうせオアシスを獲りに行くものと承知しているので、あっけらかんと笑って見ている。
「しかし、いい巡り合わせじゃねぇか」
 駐留軍もなく、王都よりも遠いこの場所で、自分たちがこの場所にいたことは、天啓か。遺跡で発見された謎の遺物は、直接役に立たなくとも、王宮との取引材料としても十分すぎるカードだ。
「さあ気合を入れろ、てめえたち! 俺たちの時代に向けての、第一歩だ!」
 大笑いするジャウアドに続き、彼に従う砂漠の者たちは、鬨の声をあげた。

 それから半日ほど過ぎて。
「おじ‥‥親分」
「おう、ナヴィドか。どうだった」
「アヤカシども、オアシスと遺跡に集中してる。オアシスの連中を追ってるのが少なくて変だ」
 エルズィンジャン目掛けて押し寄せるアヤカシの群れをある程度追い返したジャウアドの元に、甥のナヴィドが戻ってきた。アヤカシの大発生となれば、逃げ出したオアシス住人や採掘人達にも殺到しているに違いないとナヴィドが申し出て、周辺地域の探索を行う一団が組まれていたのだが‥‥
「ふぅん、人を食らうしか能がねえアヤカシどもが、それを忘れても欲しいってことか」
「そんなこと、あるのか?」
「阿呆。だからアヤカシにとっても、よっぽど大事なものってことだろ」
 ごっつん。
 周りの男女がいい音だと感心したくらいの拳骨直撃に、ナヴィドはしばらく後頭部を押さえていたが、ジャウアドも本気で殴りつけたわけではない。この先もアヤカシ退治が続くのに、ジンを痛めつけても益はない。
 なにより、これで遺跡の中の『指』が王宮との勢力争いで、素晴らしい切り札になりえることが重ねて証明されたのだ。なんとしても手に入れねばならないと、そう考えるわけだが。
 これを実行するには、少しばかりの問題がある。
「おやぶぅん、ちかなんて、あたしらには分っかんないよぅ」
「アヤカシだらけで、ありゃ、ジンだけじゃないと危ないって」
 アヤカシ溢れる地上よりは遺跡の方がまだ安全だろうと、ジャウアドのいつものあからさまな男女差別で編成された女性だけの探索隊が引き返してきたのもつい先程だ。複数のジンを含む戦闘経験豊富な女性ばかりを集めて、助けた採掘人を案内に遺跡に入っていったのだが、中の通路はすでにアヤカシが埋め尽くしていたらしい。
 彼女達が口々に訴えるとおり、遊牧民主体のジャウアドの軍勢は砂漠の戦闘には強いが、遺跡や建物の内部には強くない。またはめっぽう弱い。挙げ句に遺跡の中もあちこち崩落して、採掘人も覚えていた通路がなくなったり、新たな横道が現れたりと、案内のしようもなかったようだ。
 新たにジンだけで探索隊を作って送り込むにも、遺跡内部での不利は変わらない。それを補うだけの数を遺跡に送ってしまうと、今度は地上の戦いが危うくなる。
「オアシスは後回しで、先に遺跡を獲りに行くのはどう?」
「駄目だ」
 まだ成人前の少女の砂迅騎が、順番に獲ればいいと言い出した。それをすぐさま却下したジャウアドの声色が厳しくて、少女はナヴィドの背後に隠れてしまう。女子供には甘い親分が不機嫌な声を出すのは怒らせた時で、そうなったら身内に取り成してもらうのが一番だからだ。
 だが幸いなことに、彼女はジャウアドを怒らせたわけではなく。
「目の前にオアシスがあるのに、水の補給に苦労したくねえだろ? そんで」
「王宮の奴らが後から駆けつけたら、高値で売ってやるんですね!」
「俺の台詞を盗るんじゃねえよっ!」
 うっかり口を開いた青年は、これまたいい音の拳骨を食らっていた。それでも今度の相手はジンではないから、ちゃんと手加減はしている。
 そういうところも含めて、親分らしいやと呵呵大笑していた一団の中で、ナヴィドだけは渋い表情をしていたが、笑いが収まると同時に口を開いた。
「いっそ、開拓者を呼んだらどうだろう?」
 ナヴィド個人は開拓者に恩があったり、何度か行動を共にして相手に対する印象は悪くないが、ジャウアドと配下の大半は開拓者といえばろくでもない連中だと思っている。だからもちろん、ナヴィドのこの案には異論反論が轟々と湧き起こったが、言った当人は動じなかった。
「危ない先陣をさせる傭兵と思えばいいじゃないか。どうせ『指』は簡単に運び出せない大きさだというし、横取りされる危険もない。彼らは依頼が終われば帰るから、居座られることもないさ」
 淡々と主張するナヴィドの案に、ジャウアドや側近達が唸り始めていた。
 ナヴィドが開拓者ギルドに駿龍で乗りつけるのは、この翌日のことだ。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
露草(ia1350
17歳・女・陰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
アーニー・フェイト(ib5822
15歳・女・シ
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
トィミトイ(ib7096
18歳・男・砂


■リプレイ本文

 遺跡の入口がある区画は、砂賊と呼ばれる独立派の遊牧民達が固めていた。
「あのさぁ、アヤカシが中に入りそうになったら連絡くれよ?」
 それならさぞかし物々しい雰囲気かと思えば、アーニー・フェイト(ib5822)に声を掛けられている砂賊の親分は、
「おやぶぅん、いってくるよ〜」
「きゃー、生親分だーっ」
「この霧雁、貴方のお役に立てる機会を待ち望んでおりましたぁ!」
 配下の砂迅騎の少女とレティシア(ib4475)を左右の腕にぶら下げ、すがり付こうとする霧雁(ib6739)を足で遠ざけようとしている最中だった。妙な興奮状態の霧雁を蹴飛ばすのは、まあアーニーにも分かる。
 しかし、レティシアともう一人の『親分、素敵〜』状態はさっぱり理解出来なかった。どこからどう見ても、むさくて偉ぶったおっさんである。まあアーニーにとっては、払うものを払ってくれれば、相手のことはどうでもいいのだが‥‥
「あっはっは〜♪ 相変わらずだねぇ。でもそろそろ中に入らないと、時間が過ぎるばっかりだよ〜♪」
「そうやな。他に目撃証言がないんやったら、入って確かめてきたほうがええやろ」
 ちゃかちゃかと賑やかな旋律を奏でつつ、門・銀姫(ib0465)が一同に持ちかけるとたいていの者が頷いた。だが八十神 蔵人(ia1422)の言う事になると、遊牧民側は白々とした反応だ。
 巨大な指のような骨。これが今回発見されて、以降アヤカシがオアシスを襲ってくるようになった遺物だが、その扱いに口出しされるのか砂賊側は相当面白くないらしい。もちろんそれが霧雁のように褒めちぎるのなら別だが、八十神は他の勢力と協力した方がよいと口にしたからだろう。
「そうそう。早う済ませて、明るいうちに一服したかろう? わらわはもう準備が出来ておるが」
「やれやれ、綺麗どころがいなくなるのは寂しいなぁ」
 畳んだ扇子でジャウアドにじゃれていた二人を突付いた椿鬼 蜜鈴(ib6311)は、野性味溢れるといえば聞こえがいいが、下品と言ってしまえばそこまでのジャウアドの笑顔を向けられて、黒い爪を目の前に突きつけた。文字通りの目の前で、今にも抉ってやろうかと言わんばかりだ。
 もちろん本気ではないから、それを察した砂賊達は苦笑している。
「中には蟲がいっぱいなんですよね‥‥そこはちょっと嫌かも」
『いやかも〜』
「おいおい、依頼を受けたんだから気張ってくれよ。おめえらも、きりきり働いて来い」
 とっとと動くのだと、身振りで蜜鈴に急かされた露草(ia1350)が、持参した松明や岩清水を担ぎ上げながら、その場の空気とちょっとずれたことを気にしている。一緒になって人妖・衣通姫もぼやいたが、女性には徹底して甘いジャウアドはよしよしと頭を撫でてやっていた。反対に、羅喉丸(ia0347)や八十神、ついでに霧雁には励ましの言葉一つない。そういう相手だと霧雁以外は納得しているから、格別不満もないし、親しげにされても反応し難いからいい。どうせ同行するわけではないのだし。
 だが、その点で言うなら。
「相変わらずだな」
「あー、お前もな」
 砂賊の大半からは徹底無視されているトィミトイ(ib7096)に、ナヴィド(iz0264)が何かと突っかかる方が鬱陶しい。
「ねー、ところでさ、アヤカシが入り込んだら合図してくれんのかよ」
「おやぶん、よわくないもーん」
 そして、最初の話に戻したアーニーは地図書き担当だという少女に拳骨をくれてやりたい気分に駆られていた。似たような気分になった者は他にもいるかもしれないが、砂賊達はこれにもちょっと冷たい。
「合図のしようがあるなら、方法を言えよ。こういう時は、仲間は信じとくもんだ」
 どうせ中にはアヤカシが埋まるほどいるから、出会ったのは全部退治するしかないのだと単純思考も加わって‥‥合図の件はうやむやにされている。実際、遺跡内部まで確実に届く方法はないかもしれないが、こんなことで大丈夫かと考えさせられる。
 でも、中にはこういうのもいる。
「そうでしょうとも、ジャウアド殿やお味方なら、アヤカシに突破されるなんて万に一つもありませんから!」
 さあ参りましょうと威勢のいい掛け声をあげたのは、もちろん霧雁である。

 採掘場の地図は、まあおおまかなものがあったので借りてきた。入る前に、一度中に向かった砂賊達の証言を集めて、変化したところも記入してある。
 が、内部は更に変化していた。
「今んとこ、足元が崩れてないのがありがたいな」
 壁のあちこちが崩れ落ち、坑道が狭くなっているところが多々ある。今のところ脇道からアヤカシが溢れ出たりはしていないので、外と繋がっているところはなさそうだが、先に入り込んでいるアヤカシどもはどこから出てくるか分からない。
 そんな環境の中、現在先頭の八十神が足元を人妖・雪華に照らさせながら確かめて先導しているが、彼が言う通りに足元はまあまあ平らだ。おかげで崩落した壁の破片を避けるだけでいいから、思っていたより歩きやすい。
『でも、進み具合は悪いがな』
 冷静な雪華の指摘通り、歩き易かろうが進み具合は遅々としたもので、目的の遺物を目にする事が出来るかどうかは非常に怪しい。アヤカシとの遭遇がまだ少ない事を考えると、途中で引き返す可能性がすでに出ていた。
 原因は崩落した跡を片端から確かめているからで、そういう依頼だから致し方ない。
「地図を書くのも、こんなに変わっていると大変ですねぇ」
「でもぉ、おやぶんにたのまれちゃったしぃ」
 灯りが届きやすいようにと、地図担当の脇に付いていた露草が嘆息するも、当人は重要な仕事を任されたのが嬉しいらしい。手と一緒に口も忙しく動かして、霧雁とジャウアド賛美の話が途切れることがないほどだ。はっきり言ってうるさいのだが、それで寄って来るアヤカシが今のところいないから、誰が止めても止まらない。
「いやはやしかし、ジャウアド殿は部下にも恵まれておりますなぁ。本職に負けぬ出来栄えですよ」
「おとーさんにならった」
「何それ、お前の親父って農民じゃなかったの?」
「地図描くなら、技術者じゃない。お母さんは?」
 なんでもかんでも褒め称える霧雁が言うのはちょっと大袈裟だが、地図の出来は悪くない。描いている少女も自慢げに返事をしたのに、開拓者より先に砂賊達が驚いている。詰め寄られた露草も仰天したが、衣通姫はもっとびっくりしたようで、露草にしがみ付いている。
 反面、一人で納得している者もいた。
「どうりで知らない顔だと思った。遊牧民にしちゃ、妙ななりだしな」
 遊牧民出身のトィミトイには、他の者には分かりにくい部族ごとの服装や着付けの違いが分かるようだ。少女はその中でも異質だったと一人で納得しているが、もちろん当人からはぶうぶう文句を言われている。
 この頃にはトィミトイがジャウアドの部族から離脱したエルフだと、砂賊達の会話で全員が分かっていたので、余計な揉め事にならないようにと身構えたが、
『人付き合いを学ぶ気がないんだ』
 取り成したのは、からくり・レイだった。主従逆転していると失笑したのは砂賊で、からくりにしてはきついことを言うとレイを見たのが開拓者達。
「おかーさんはのーみん」
 そして、全然空気が読めていない少女の頭を、ぽんぽんと蜜鈴が撫でた。
「この先に、少し広いところがなかったかえ?」
 鉱夫達の休憩場所が近いはずだと問い掛けた時には、全員が前方を透かし見ていた。それから数人がアーニーに視線を流す。
「結構来てる。この足音は、蟲だろうね」
『何か溶ける臭いがするぞ』
 猫又・ベールニィも情報を寄越したが、鼻がいい者は同じ事に気付いていた。溶ける臭いというより、酸の臭いだ。そこに固いものが擦れるような音が加わって、こちらに押し寄せてくる。
「よし、後方の警戒は頼んだ。通路にいてくれれば、防御しやすいだろう」
 全体で先に急いだが、休憩場所に飛び込んだのは直接アヤカシと戦える手段がある者だけだ。中には蜜鈴のからくり・吉祥も混じっている。
 術を使うものは通路から出ず、後方は砂迅騎が二人守って、休憩場所との境は霧雁とアーニーのシノビ二人が控えた。二人の猫又のベールニィとジミーも足元で毛を逆立てて唸っている。
「いやぁ、英雄譚の最初の試練だねぇ〜♪」
「こういう密集隊形はそっちの十八番やろ? って、雪華に何するんっ」
「灯りがないと分かりにくいじゃないのよ」
 出番を見計らっているような迅鷹・銀姫を肩に留めたまま、銀姫が嬉しそうに声を張り上げる。格別意味はなさそうな、でも勇壮な曲が流れる中で、八十神が砂賊に声を掛けたら、雪華がいきなり抱えられて松明を取り上げられていた。その松明は、別の砂賊が奥に投げた灯火用油に着火するために放られている。
「そいつらも仕事はする。動きを邪魔するなよ」
 トィミトイが振り返りもせずに、あまり人妖達の心配はしていないだろう声色で言い放ってくるも、誰も返答はしなかった。
『やれやれ、妾も下に降りるとしようか』
 解毒や治療は任せておけと羅喉丸に言いおいて、その肩から人妖・蓮華が滑り降りた。器用に人の間を縫って、術師達の前に陣取る。
 その頃には、別の通路から溢れ出てきたアヤカシが床に広がった炎に炙られるように姿を見せていた。
『主様はきぃがお守りするですよ』
 吉祥が先に立とうとして、ナヴィドに押し退けられた。それに文句を言う間もあればこそ、ほぼ同時に前に踏み出した八十神や羅喉丸、トィミトイなども、甲虫めいたアヤカシにそれぞれの得物を振るっている。一メートルはある相手は、力も相当あるようで、簡単に投げ飛ばされてはくれない。
 その足元をするすると這い出してきたのは、二十センチくらいのバッタのような代物で。
『強さはどうよ、蹴飛ばして消えるくらいだと嬉しいねぇ』
 ジミーが無茶なことを言っているが、幾らなんでも猫又パンチで消えてくれるほど弱々しくはない。ついでに跳ねる。吉祥の双刀で切り捨て、そこから猫又パンチで一体消滅といった具合。
 わさわさ這い出るアヤカシは床に広がっているが、一同は相棒達も含めて上下左右の担当を決め、不意をつかれない様に警戒していた。中には練力節約だと、自ら足元まで来た小型アヤカシを切りつけているレティシアもいるが、そこまで行ったのは数体だ。たいていは手前でアーニーと霧雁の地道な攻撃に消えている。
「鬼アヤカシもいたんでしたっけ?」
「いたよ〜、おくにいっちゃったかな?」
 最初の試練は案外容易く乗り越えましたと、また景気よく歌っている銀姫の横で、露草が地図を照らしてやりつつ、砂賊の少女と緊張感がない声色で話している。皆の記憶にある地図だと、その『奥』が遺物が発見された場所で、今アヤカシが出てきた通路をひたすらに進んでいくと辿り着くはずだ。
 休憩場所には他の通路も繋がっているが、前回砂賊達が入った時には全ての通路が埋まっていたのが、今回は一箇所からしか現れていない。知恵があるアヤカシが統率しているか、それとも‥‥
「封印された大アヤカシの一部かも知れねえって、あれ、やっぱ違うと思う」
 出てきた一群を退治しつくした後、すぐにはアヤカシの襲撃がなさそうだったので、一同はそのまま一時休息を取っていた。警戒は交代で行って、地上よりは涼しいが水分と少しばかりの食べ物を口にしている中で、八十神はナヴィドに突然切り出された。
「わし以外にも、それを見た奴はおるんやで?」
「俺達のところに入る天儀の奴は、魔の森は大アヤカシがいるところにあるらしいと言っていた。なら、大アヤカシはまだいる」
 そもそも天儀には封印方法が伝わっているのかと問われると、即答できる開拓者はいない。あるとも言われるが、正確な情報を知っているのは朝廷や各国開拓者ギルドの中枢の者くらいだろうか。
「べつになんでもいいだろう。単にアヤカシに奪われれば、砂賊は大言壮語するだけの連中と謗られる材料を与えるだけだ」
「まあまあ、まずはモノを見てからのことですよ。危険なものでも、ジャウアド殿ならなんとかしてくれますって」
 トィミトイが論議に冷や水を浴びせたのに、霧雁が割って入って、砂賊達を宥めている。なんで一々こうなるのかと、主に女性陣が溜息をついているが、それぞれ絶対に譲れないところがあるらしい。
「いずれにせよ、アヤカシを払わねばオアシスの人々も戻ってこれまい。これ以上の被害は出さないようにせねばな」
 まだ先があるのだからと、羅喉丸が議論は一旦収めて、先に目指そうと促した。砂賊の側もそれに反対はしなかったが、一人が壁を蹴りつける。
「いいよな、定住民はすぐに誰かが心配してくれてっ。俺の部族はもう行く場所もねえんだよ」
「今言っても仕方ないだろ。‥‥こいつの部族は、先祖伝来の放牧地を農村に開拓されたせいで離散しかかってるんだ。農地を攻撃すると、俺達ばかりが悪者だからな」
 何事かと目をむいた露草やレティシアに気を使ったか、ナヴィドが補足してくれたが、霧雁が同情的なことを口にしたら、仲間と一緒になって蹴り飛ばしている。最も関係が良好な相手にその態度だから、かなり神経質になる話だと理解して、しつこく追及する者はいなかった。土地問題は、どこでももめ始めたら長く尾を引くものだ。
「おんしら、猫とじゃれるのも程々にせい。わらわは夕餉は外で採りたい」
「そうですね、ジャウアドさんも美味しいもの食べさせてくれるって言ってましたし」
『甘いもの、あるかなぁ』
 蜜鈴がわざとらしく皆を急かしたのに、露草がおっとりと同意した。傍らで衣通姫が目をきらきらさせて、好物が出るだろうかと期待している。
 まさにご馳走でももらわにゃやってられないと表情で訴えるアーニーや、ミルテにも分けてくれるしらと思案顔のレティシアが、妙な具合に雰囲気を和ませたが、もちろん気を抜いていい場所ではない。
 こうも事情が入り組んでいると、アヤカシに隙を突かれ放題ではなかろうかと八十神は危ぶんだが、口にするのは後のこと。組み直した隊列を確かめて、問題の通路に足を踏み入れた。

 アヤカシの気配と何か流れるような音は前方にずっと感じるものの、出くわすのはスライムばかりで、たいした戦闘もせずに進むこと、体感で一キロほど。
「奥行きは、ざっと一キロ半ってところだね〜♪」
 音の反響具合から、天井までは十数メートル。下手をすると地上に突き抜けるかもしれないよと、珍しく小声になったのは銀姫だ。広い場所は、広範囲に影響を及ぼせる吟遊詩人や魔術師にはいい場所になることもあるが、目の前の光景は聞いていた話と大分違う。
 確かに遺物は運搬予定で、そのための準備をしていたところをアヤカシに襲撃されたのだが、
「いやはや、アヤカシが採掘作業とは、初耳初目撃ですな」
 さっきちょっとだけべそべそしていた霧雁が、相変わらずの調子を取り戻して囁いた。
 足元には数メートル崩落した跡があり、そこから広々とした空間が広がっている。次々崩落して広がったのではなく、アヤカシ達が掘り進めていたようだ。どう見たところでは、遺物を持ち出そうとしている。
 ならばどうするかと、相談する暇はない。人の気配にアヤカシが鈍感であるはずはなく、足元には大百足が這い寄ってきたからだ。その動きが伝わったか、大音量を立てつつ壁を崩していた鬼アヤカシ達も振り返った気配がする。
「ふふふ、ダンジョンに軍勢を入れるのも素人考えですが、そもそもの組織編成がなっていない!」
 多少広くても、こんな連中に遅れは取らないと、レティシアが胸を張った。ミルテも威勢良く吠えているが、事はそれほど簡単ではないと思っている者もいた。
 けれども、砂賊達はどちらかと言えばレティシア思考らしい。
「総数百三十くらい。一人十体もいないだろ」
 細かいのは数に入らないと、威勢良く下まで滑り降りていく。
「ばかやろー、帰りのこと考えて戦えよーっ!」
 アーニーが叫んで、置き去りにされた荷物から油を出して、どんどん投擲する。霧雁と二人、十は投げたところで、蜜鈴のファイヤーボールが放たれ始めた。
「取り合って楽しいもんや‥‥ないはずやけどな」
「アヤカシに渡したら、もっと駄目だろう」
 運び出そうとするなんて、とてもではないが様子見だけで戻る訳に行かないと、八十神と羅喉丸も互いの間合いを計って飛び降りた。トィミトイは単独で、とっとと降りている。
「やれやれ、手のかかる坊やが多いのう。吉祥、おんしも行きや」
 あちらこちらに篝火を点けた蜜鈴の指示を受けて、吉祥が嬉しげに押し寄せるアヤカシに向かっていく。
『手間を掛ける』
 レイは坊や扱いされた一人の代わりに礼を言いつつ、射撃を開始した。アーニーの銃撃とあいまって、すごい音が響き渡るが、人もアヤカシも気にしない。
「足止めします。いつきちゃんは後ろを見ててね」
 いつの間にやら、後方は相棒達が守っている。それでも人妖で残っているのは衣通姫だけで、雪華と蓮華はそれぞれ相方についていた。迅鷹の銀姫は、飛んでくる中型の蟲を見付けて、気合を入れて飛びあがっている。
 置いていかれた方は、重力の爆音やスプラッタノイズに結界呪符「黒」と繰り出し、合い間に灯りの確保に油や松明を下方に投げ込んでいる。下手をすると、下の誰かに当たりかけるが、もちろんそれで文句を言っている場合ではない。
 下では。
『ええい、咆哮なぞ使ったら愚かの極みと言い触らしてくれる』
『修練の成果を披露するには、いささか暗い場所だな』
 最前線に立つ相方に愚痴とも励ましもつかないことを言う人妖達の姿があった。かと思えば、途中からは形勢有利と見て、顔を洗っている奴らも出てくる。
 組織編成がなっていないとか、まず統率がないと度々罵られたアヤカシの群れは、一時間ほどで姿を消したが、
「やっぱり、緑茂で見たのとよう似とる」
 かなり酸も浴びた武器の手入れも後回しに、八十神が険しい顔で巨大な親指の骨に見えるモノを見上げた。アヤカシが執着していたのは間違いないし、大アヤカシとも関係していているだろうが、では何かといえば『指』としか言いかねる。
「相当でかい図体の持ち主だな」
 とにかく自分と武器を清めておけと、羅喉丸がくれた水を手にした八十神の様子に、砂賊達もなにがしか考えているようだが言葉にはしない。同様に、王宮ばかりが力をつけることを危惧するトィミトイも、危険性は感じつつもどうすればいいとは言い切れずにいた。
「これもアヤカシかのう」
 まさに蜜鈴の漏らした言葉が、皆の意見を代弁していたのだが‥‥シノビの二人は、そうした感覚とは少し遠かったらしい。
「おいおい、長居しても帰りが辛いだけだろ」
「ジャウアド殿にご報告せねばなりませんよ」
 さあ戻ろうと繰り返す二人の脇で、『指』に触ろうとする衣通姫の肩を両手で押さえた露草が、術を繰り出していた時とは別人のようにおっとりとこう言った。
「きっとジャウアドさんが、悪いようにはしませんよ。ね?」
 もちろんと頷いた地図片手の少女ほどたいていの者は楽観的にはなれないが、しばしはそれに期待するしかないようだ。