おはな、とりにいこ?
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/17 08:57



■オープニング本文

 開拓者ギルドの入口となれば、珍しい姿の人々が、たまにもっと珍しい生き物を連れて出入りしているところだが、

「ねーねー」

 ゆったりと歩いていた開拓者の一人の服の裾を掴んだ女の子は、周囲からも特別珍しい存在に写った。

「おはな、とりにいこ?」

 なにしろ、年の頃は三歳になるやならず。どこから歩いてきたものか、ほっぺが真っ赤になっているのが可愛らしい。
 加えて身なりもいい。服もいい生地と仕立てだが、髪を結んでいるリボンも上等そうだ。
 そしてなにより、

『花なんか、その辺にも咲いてるじゃないか』

 猫又連れの幼児など、幾ら開拓者ギルド前でも滅多に見られるものではない。

「だめ! とーくのおはながいーの!」
『しょうがねぇなぁ。なんでお前は、そんなにこだわり屋なんだ』

 どうやら女の子と真っ白けの猫又は、花を摘みに行く行かないで騒いでいるらしい。目当ての花があるのか、女の子には目的地があるようだ。白猫又が面倒そうにしているところを見ると、子供の足では相当遠いのかもしれない。
 などと、話し掛けられた開拓者はじめ、目撃者一同が思っていたら。

「あー、いたー!」

 もう一組、増えた。
 何がといって、女の子と猫又の組み合わせだ。
 多少の違いがあるとすれば、こちらの女の子は六、七歳くらいで、連れている猫又は真っ黒け。
 でも顔立ちが似ているから、女の子達は姉妹だろう。

「あ、おねーちゃん」

 やはり姉妹だった。
 じゃあ、二人と二匹でお花摘みに行くのだろうかと、そう思った者はちょっと甘い。
 姉妹はなにやら甲高い声で話し出し、白黒の猫又は黒が白を威嚇したり、白が黒にちょっかい掛けたりしていたが、そのうちに相談がまとまったらしい。

「あのねぇ、お仕事なかったら、お散歩に行こう? 龍が一緒に遊べて、お花がいっぱいの場所、教えてあげる」
「いこ?」

 姉妹はにこにこと誘ってくるが、黒猫又が補足してくれたところでは、目的地はジェレゾ郊外らしい。明らかに子供の足では往復に無理がある距離で、つまりは同行してくれる開拓者を探しているわけだ。間違いなく、帰り道はおんぶして帰って来る羽目になるだろう。いや、行きの段階から怪しい。
 だけど、姉妹はなんだか妙に必死だし、往復の『足』以外の子守は白黒猫又がやるつもりらしいし、ジェレゾの街からすぐのところで『龍も一緒で大丈夫』な場所というのは悪くない。

「これ、あげるー」

 妹が出した飴玉一つは依頼報酬としては格安以前の現物支給だが、まあ自分も遊びに行くと思えばいいだろう。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

「おはな、とりにいこ?」
 この誘いに足を止めた開拓者は結構いた。途中から二人がかりでねだられた上、有無を言わさず飴を押し付けられた者もいたので、ちょっとした人だかりである。
『ふふん、女どころか子どもにさえ怯えられる貴様には珍しいことだな、ラグナ』
 もしかしたら二度とないかもしれないと、外見を裏切る毒舌を放つ羽妖精・キルアをじろりと睨みつけ、ラグナ・グラウシード(ib8459)は慌てて表情を取り繕っていた。彼の服の裾をマーシャがしっかり握り締めているのだから、怖がらせるような真似はしてはいけない。
 と、努力はしているのだろうなと、ジークリンデ(ib0258)や羅喉丸(ia0347)は察したが、ものすごく変な表情になっていることは指摘しなかった。幸いにして、姉妹は他の者と話していて、ラグナの顔を見上げてはいないからだ。
 しかし、
「お花畑のお散歩っていいね〜。ファイも一緒でい〜い?」
『猫‥‥又? 尻尾が、二本』
「あ、天澪。引っ張ったら駄目ですよ」
 見るからに強面の青年を囲むのが、姉妹よりは多少年上でも羽妖精・ファイ連れのフレス(ib6696)に、せいぜい十歳にしか見えないからくり・天澪と手を繋いだ柚乃(ia0638)では、見るからに妙な様子である。
 更に、落ち着き払った所作で、外見から受ける年齢の印象と雰囲気が噛み合わないからす(ia6525)や瀬崎 静乃(ia4468)、熾弦(ib7860)がいるのだから、ここが普通の市場だったりしたら元締め辺りに声を掛けられそうだ。開拓者ギルドの前では、通行の邪魔にでもならない限りは、変な目で見られることもないのがありがたい。
「今日は天気もよいし、種類はなんでもお花見は彩衣にもいい経験になるでしょうか」
 どこに出掛けたいのか、屈みこんで姉妹から詳しく話を聞いていた菊池 志郎(ia5584)が、少し離れたところに控えるからくり・彩衣を振り返った。たまたま一見すると年齢が近しいからくり・ホーライと一緒で非常に目立っているが、彩衣の方が少々表情に乏しく見える。街以外に出掛けるのは、少なくとも見聞を広めるのにいいだろう。
 似たようなことを考えたか、ゼタル・マグスレード(ia9253)もホーライに今の時期に咲いている花の話を振っていた。
「天儀とは違って、見応えがあると思うよ、ホーライ」
『蓬莱、ですよ』
 たまに発音を直されているのを、黒猫又・吹雪が物珍しそうに眺めている。
 と、その背中をつついた者がいた。
「吹雪殿、主人と奥方はこの外出をご存知で?」
『今決まったのに、知るわけないね。カーチャ、マーシャ、ジノヴィに出掛けるって言ってくるから、待ってるんだよ』
 からすが、幼児のお出掛けには絶対に必要な保護者の許可の有無を確かめると、吹雪は尻尾を一振りして開拓者ギルドの中に飛び込んでいった。
「花束の贈り先が、ご両親でないといいがな」
 内緒だったのにと言われたらどうしようかと、羅喉丸がちょっと困り顔で自分の顎を撫でている。これには他の者達も同感だったが、贈り物に違いなくとも相手は両親ではないのか、姉妹は素直に待っている。
 吹雪が飛んでいってすぐ、来客中のギルドマスターに猫又は取り次げないから、母親のところに断りを入れてくれと係員が吹雪を抱えてやってきた。
「猫又連れの可愛い姉妹に『ついてきて〜』と言われれば、子供の頼みに弱い開拓者達は誘われるままホイホイとついて行く事になったよ。と、ギルドマスターには伝えておくれ」
「なっ、私は別にホイホイなどとはっ」
「だめ?」
「いやいや、行くとももちろん」
 からすの言い分に食って掛かろうとしたラグナが、マーシャの問いにあからさまに動揺したが、他にもちょっとは否定したかった者もいるかもしれない。とはいえ、端から見れば、からすの言い分が勝っている。
 その後、母親を訪ねたところ、今日は実家の食堂が多忙を極めるようで是非にと昼の弁当付きで子守を頼まれた。

 遠出の許可を貰った姉妹と、子守と遊山を兼ねた開拓者だけで十二人、からくりが三体で見るからに大所帯の一行は、人目を引きまくりながらジェレゾの街から出る事になった。原因は鷲獅鳥・クロムがのしのし歩いていたことにもあるが、なにより。
「身を乗り出すと危ないから」
「クロム、もう少し低い姿勢でね」
 クロムの背中に女の子が三人も乗ってはしゃいでいれば、目立たないほうがおかしい。最初はクロムの飼い主ジークリンデと熾弦が両脇についていたが、現在は静乃に変わっている。
『く、苦しい』
「子供のしたことだから、怒らないのよ。よく言っておいたから」
 熾弦が交代したのは、羽妖精・風花が姉妹に話しかけに行ったら、マーシャに胴体を握り潰されそうになったからだ。実際に握り潰せるほどの力はないが、物珍しさに力が入ったのだろう。シンノスケがマーシャの手を引っ叩いて助けてくれたが、今は歩きながらの介抱中だ。
 これを見て、静乃は管狐・白房は目的地で落ち着いてから呼び出そうと決めている。クロムを見て大歓声をあげただけでなく、鷲獅鳥の特性をすらすらと並べ立てたカーチャに白房を見せたら、風花の二の舞決定だからだ。彼女は動物型朋友に燃えあがる性格らしい。
 姉と違って可愛いものが好きなマーシャは、今はフレスのファイやからすのキリエ、ラグナのキルア、羅喉丸のネージュという、多彩な羽妖精を前に手をうずうずさせている。一緒にクロムに乗っているフレスが後ろから抱えていなかったら、とうに転げ落ちているだろう。カーチャは手綱を握らせてもらって、堂々とした乗りっぷりだ。
 姉妹がまるきり自分の足で歩かなかったとはいえ、途中で一度休憩をして、二時間程度で目的地に到着した。

 花束の目的について、マーシャはこう語った。
「じーじがね、ばーばにね、まえに‥‥なげたの」
『投げちゃいましたか』
 聞いていた者のほとんどが意味を取れずに悩んでいるのを他所に、天澪が頷いてやっている。
 カーチャは、こう語った。
「おばあちゃん、怒っておうち出て行っちゃった‥‥」
『えー、どこ行っちゃったの?』
『大人なのだし、行く宛くらいはあるのでは?』
 いらんことを言うなと、キリエとネージュに突っ込みたい人はほぼ全員だ。
 それはさておき、判明した事柄はこうだ。姉妹の祖父母が夫婦喧嘩を派手にやらかし、祖母が家出の真っ最中。しかも長期化している。これを心配した姉妹は色々知恵を絞って、仲直りさせるのに花束を用意する計画を立てたのだ。どうしてここの花束でなければならないのかは、どう話を聞いてもよく分からないのだが‥‥まあ、細かい事に拘る者などいない。
 事情が分かれば、素敵な花束作りに協力するだけである。直接的に手伝うかどうかは、それぞれの才能と性格と、なにより器用さに掛かってくるのだが。
 ただし。
「「「きゃー」」」
『『きゃー』』
『『こらーっ』』
 なるほどお花畑というにふさわしい場所まで辿り着いたと同時に、歓声をあげて走り始めた三人と、飛んで行ってしまった二体とが落ち着いてからだ。
 三人の内訳は姉妹とフレス、二体は風花とファイ。即行で追いかけて行ったのは、白黒猫又だ。
 反対に。
「よく働いてくれましたね、クロム。あのあたりで休んでいるといいですよ」
 花が少なく、柔らかそうな草地を指したジークリンデに従い、クロムは這うように移動している。無造作に背中を蹴られたり、意味なく手綱を引かれたので、随分と消耗したようだ。ぺたんと座り込んで後、『動きたくない』と背中が主張している。
「いるだけで動物避けになりそうな」
 走っていった三人と二体は、柚乃と天澪、ラグナ、羅喉丸まで追いかけて行ったので、静乃はまず周囲の様子を確かめていた。開拓者が警戒するような危険な獣が出る場所ではなかろうが、野犬程度でも姉妹には危ないことこの上ない。そういう動物避けには、クロムが役に立ちそう。
 と、周辺の地形まで確かめて、姉妹が走り去った方向に目を向けると、
「あら?」
 ラグナと羅喉丸しか見えなくなっていた。
 流石に慌てて近寄っていったらば。
 ごろん、ごろん、ごろん、ごろん、べしゃ。
「あぁ、着替えまでは気が回らなかったな」
 何が楽しいのか、草の上を転がり回っている姉妹とフレスに、巻き添えを食ったとしか思えない柚乃が土埃まみれになっていた。猫又達はこういうことは止める気がないようで、冷静に準備の足りなさを残念がっているからすに『濡れなきゃいい』とか言っている。
『えーと?』
 一緒に混ざるべきか迷っているらしい天澪には、妙な顔付きで尻尾を揺らしていたから、ここは静乃が止めてやった。何も被害を拡大することはない。からすも着替えがないので、これには同意していた。あれば経験だとやらせていた気配は濃厚だが。
 とりあえず、最初に柚乃を助けあげて、残りの三人は満足したところで引き起こす。
「花束を作りに来たんだから、あんまり転がったらお花がなくなっちゃうわよ」
 なぜに地面を転がる事になったか、フレスもよく分かっていないが、熾弦に諭されると姉妹よりは周辺被害を理解したようだ。それでも、本人は花が少ないところを選んではいる。一緒に二人に、そういう考えがないだけだ。
「さぁて、花束を作るのだろう? 遊ぶのなら、それが終わってからだぞ」
 羅喉丸がカーチャを抱え上げて、どの辺りで花を摘もうかと高い位置から周りの景色を見せてやっている。マーシャが自分もと騒ぐので、羅喉丸は二人とも抱えようとしたが、マーシャはラグナがいいらしい。
『もしや‥‥この子は目が悪いのではないか?』
 口が悪いキルアが、それでも遠回しにマーシャの態度を珍しがっている。他の者は、感想を口にするのは避けていた。子供の好かれるのが余程嬉しいのだろうが、ラグナがなんとも言えない顔なのだ。そう、街中だったら警邏に引き摺られていきそうな。
「あたしもーっ!」
「それは構いませんが、まずは飲み物でもどうだろう。あれだけはしゃいだら、水分を取らないと大変だ」
 フレスも荷物を置いたりしてからやってきたゼタルに肩車をねだったが、先にお茶にしようと呼び掛けられて、いいお返事をした。もちろん彼女一人が誘われたわけではなく、全員がお茶にするのに異論はない。
 ホーライと彩衣が誰かが以前に作った石積みの竈を手直しして、火を起こしていた。時々手を止めて方法を二体で相談していたが、なんとか側で水を出したりしている菊池の手は借りずに済ませている。どちらも見た目が冷静沈着、知性的なからくりだけに、野中で石積みしているのは変な光景だが、本日の依頼人達は気にしない。
「やってあげるー」
 カーチャが竈に慣れた様子で木切れと枝を放り込み、火を点けるのを、今度は天澪まで一緒になって観察している。
「随分手慣れたものですね。おうちでも、よくお手伝いしているんですか?」
「うん!」
 三体を前に先生役が出来て、菊池にも誉められたから、カーチャは鼻高々だ。
 それからしばらくは、姉妹はミルク、他は好みに応じて紅茶や香草茶も含めた飲み物をとり、少しばかりお菓子も摘んで、ようやく目的の花束作りが始まった。
 ただし、どういう花束が作りたいのかという質問に対して、姉妹は『いっぱい』と微妙にずれた応えを返してくれた。行動を見るだに、色や花の種類にこだわりはないようだ。

 呼び出されてみれば、どこぞの草原で、白房はしばし首を傾げた。
『姐さんが花摘み? 珍しいこともあるものだ』
 静乃はいつも通りの無表情ながら、時々視線を賑やかな方に向けつつ、本を紐解いている。首を巡らせると、そちらに静乃をここまで連れてきた姉妹と他の開拓者達が、なにやら花細工を作っているらしい。
 ちょっと興味がなくもないが、わざわざ見に行くより静乃の膝の上でぬくぬくしていたいような気分で、とりあえず白房は体を伸ばして、ほぐすことにした。
 すぐに、自分を見て尻尾をゆらゆらさせている吹雪との睨み合いに突入するのだが‥‥静乃が気付いたので、吹雪はそっぽを向いてしまった。もちろん白房は『勝った!』と思っている。
 花摘みといったら、花冠とか腕輪とか、作り方は同じだがあれもこれも作れるものだ。もちろん細工に向いた花と向かない花とあるが、そこはそれ女の子の経験でここでは柚乃が先生役を務めている。
 最初はそれに付き合っていた天澪だが、割と早くに飽きてしまった。正確には、横で尻尾をゆらゆらさせているシンノスケが気になって仕方ないのだ。その向こうに座っている彩衣も、同様にシンノスケをしげしげと観察している。
『尻尾は引っ張るなよ』
『あら、先程お子様は掴まって歩いていませんでしたか?』
『子供は仕方ない』
『尻尾以外なら、触ってもいい?』
 天澪が尋ねたら、シンノスケが触らせてやろうと許可をくれたので、彩衣も一緒にぺたぺたと触り始めた。撫でるではなく触る感触に前足で二体とも手を叩かれ、あれやこれや注文を付けられている。
 猫又に詳しい者が見ていたら、いいように使われていると分かったろうが、たまに天澪が力加減を間違えたり、研究熱心な彩衣が耳の中を見ようと引っ張ったりと、撫でられる側もなかなか大変だ。たまにシャーっと鼻息を吹き出して、天澪が固まったり、彩衣が謝ったり、賑やかにしている。
 そういう輪から少し離れた場所では、キリエが器用に刃物を使って、花を切り取っていた。受け取るのは、植物談議でゼタルと盛り上がっているからすではなく、ホーライの方だ。丈が長いものは、ホーライが茎を支えて、キリエが切っている。
『これは天儀ではあまり見ないお花ですね』
『涼しいところが好きなんじゃないの?』
 最初は薬草や食用になる草とか、どちらもそれぞれの相棒の潤沢な知識を傾聴していたのだが、現在は目に付いた綺麗な花を少しずつ、あちらこちらから集めている。一箇所から根こそぎ採っては駄目だと、最初に教えられたことはきちんと守っているのだ。
 残念ながら、名前や効能などの知識の方はどちらもさっぱり。一度聞いたくらいで覚えるには、ここにある草木は多すぎる‥‥という事にしておくべきだろうか。
『んー、こんなに集めたのに、まだ初めて見る花があるよ』
『花冠は、どうなったでしょうね』
 もう花が足りているなら、気になるけれども見るだけに留めておくし、足りないならもうちょっと集めよう。籠にはもう少し余裕があることだし。そう顔を見合わせることで相談も完了した二体は、花冠製作班の様子を覗きに行った。
『え、花? あぁ‥‥幾らあっても、足りない状態だよ。ラグナ、この不器用者!』
 そこで、キルアがこめかみをひくひくさせながら、花冠を作るはずが力の入れすぎで茎をぶちぶち折っている相棒を叱っていた。なるほど、花は幾らあっても足りない状態だ。ラグナの膝では、マーシャが同じことを仕出かしている。
『でも、ここ、綺麗よ?』
 同じ羽妖精でも風花は意見が違うが、これも別に間違ってはいない。一見すれば周囲に花を散らした光景はなかなか綺麗なのだ。代わりに彼女の相棒の熾弦は、溜息が止まらなかったりするのだが。
 しかし、やはり花だけぽろぽろ落ちているのもあんまりなのと、羽妖精には茎が短い方が扱いやすいのとで、ホーライが別に持ち出してきた空の小さな籠に、羽妖精達が短くなった花を集めていく。途中からファイも加わって、こんもりと綺麗に花が盛られた籠が出来上がった。
『無理に花冠でなくても、こういうのでいいのに‥‥』
 ファイががっくりと肩を落とすのは、彼女の相棒が作る花冠も妙に歪でがっしりしているからだ。みっちり編むからいけないのだが、真剣に取り組んでいるのを見ると、キルアのように頭ごなしには叱れないらしい。
 苦労が多い同輩達がお互い大変よねとやっているのを、そういう苦労と無縁の風花とキリエはそれぞれの性格が表れた表情で見守っていたが、ふいに舞った風に悲鳴を上げた。
 風にまた散らされた花を集めるのに、またここの一団も忙しい。
 突然の悲鳴に、クロムはむくりと顔をあげたが‥‥しばらく様子を窺って、立ち上がることなくまた元の姿勢に戻った。おかげで、寄りかかっていたジークリンデの午睡も邪魔されることなく、もう少しの時間は続きそうだ。日によっては昼寝には涼しい日もある季節だが、今日はちょうどいい日和である。
 そんな昼寝日和は散策日和でもあり、ネージュは羅喉丸とお邪魔虫と一緒に、木の花を集めていた。花束にするにはちょっと重いが、一緒に籠に入れていけば見栄えもいいし、姉妹がいらなければ自分達が持って帰ればいい。
 だからせっせと、高いところの綺麗な花枝を求めているのだけれど。
『もっと枝の下のほうから切らないと、花瓶と合わないよ』
『そんなに長くしたら、持って帰るのが大変でしょうに』
 どうせ持ち帰るのは、ネージュでも吹雪でもないが、彼女達の意見は先程からよく衝突している。吹雪は自宅に飾るつもり、つまりは全部貰っていくつもりだし、ネージュは少し自分のものにするつもりだから、意見が合わないことこの上ない。しかも花摘みも枝切りもネージュ達の役目で、猫又なので仕方ないが、吹雪は口出しするだけだ。
 だんだん熱が入ってきた羽妖精対猫又の言い合いは、昼食で中断される事になった。昼にはちょっと早かったが、そこはそれ、子供は早くにおなかがすく、ということだろう。

 昼食の後、カーチャは満足が行く花束と花冠を自分で作ることが出来た。マーシャはやはり花冠の自力作成は無理で、羽妖精達作成の花籠を貰った。その後は、それぞれに好きなことをしていたのだが‥‥
 帰り道に、静乃は大量の花木を抱え、羅喉丸とラグナは倒れるように寝てしまった姉妹を背負って歩いている。それ以外の荷物は主に菊池とゼタルが、残る女性陣は花束や花冠、花篭を持っている。自分で作ったものあり、他人から預かったのもありと、結構な量だ。
 だがなにより目立つのは、クロムの頭に乗っかった固そうな花冠で、人目を引くのは色とりどりの花の首飾りを掛けられた羽妖精達とからくり達。作成者により重かったり、途中で崩れたり、よく見たら毒草だったりしているが、多少の差はあれ嬉しそうだ。たまに出来に文句を言うのは、照れ隠しだろう。たぶん、きっと‥‥冠があえなく崩れたからではないはずだ。
 のんびり歩いて、でも日が暮れる前に姉妹を母親のところに送り届けたら、大量の花を差し出された祖父がぎょっとした後、みるみる真っ赤になった。しどろもどろの言い分から察するに、喧嘩中の祖母に結婚を申し込んだのが本日の目的地だったようだ。
「じーじぃ」
「おばあちゃんと仲直りしてくれる?」
 孫のお願いに、慌てて頷いている壮年男性の姿に笑みを誘われたのは開拓者ばかりではなく。
 微笑を浮かべなかったのは、そういう表情がない鷲獅鳥くらいのものだったろう。