神父と親分と冤罪裁判
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/10 08:00



■オープニング本文

 このまま、生き埋めだろうか。
 天儀神教会のある宗派から、アル=カマルに布教を目的に派遣された神楽シンは箱の中で考えていた。
 これまでにも、増水した川に流されて溺死しかけたり、有力者宅で間男と間違われて切り殺されかけたり、倒木の下敷きになって圧死しかけたり、妙な思い込みに囚われた女性に追い回されて包丁で刺殺されかけたり、暴走馬車に踏まれて轢死しかけたり、同性の告白を断ったら絞め殺されかけたり‥‥結構色々な目にあっているが、箱詰めにされたのは初めてだ。
 またこの箱が棺桶を思わせて、気分がよろしくないことこの上ない。

「いや待てよ、この国で木製の棺桶なんか使うか?」

 シンは先日、慰霊の儀式を要請されて訪れた小島でアヤカシに襲われた。これは異常を察した周囲の人々が、開拓者に救助を頼んでくれたおかげで事なきを得ている。
 だがこの時のアヤカシは、海難事故で亡くなった人々の遺体が瘴気に入り込まれた屍人だった。遺体はその島に埋葬したが、かなりの数の遺品が回収出来ている。
 その遺品を縁者に届ける旅の最中、シンは盗人と間違われて捕まっているところだった。
 盗人扱いの理由は簡単。彼が遺品だと思って持ち歩いていた品物が、ここの部族長の持ち物だったからだ。修繕を頼んだ職人が持ち逃げしたとかで、その一味と思われたのである。余程大事な品物で、怒りに怒っていたらしく、『この意匠はこのあたりの部族のものだろう』と聞いていたシンが心当たりがないかと出したところでの盗人扱いだ。本物なら、被害者に見せるはずがないのだが、それにも思い至らないらしい。

 そして、箱に詰められて数時間。
 狭い箱の中でうとうとしていたシンは、あたりが騒がしくなったことで目が覚めた。なにやら近くで、数名が言い争っているようだ。
 と思ったら、何か重石が載せてあったはずの箱の蓋が開いた。覗き込んできたのは少年だ。

「‥‥珍しい服だな。あんた、どこの部族だ?」
「天儀は神楽の都の、天儀神教会の者だ。神楽シンという」
「カグラは街の名前と、あんたの名前のどっちだ?」
「俺の祖父母は故あって、元の名前を捨てて、新しい故郷に定めた都の名前を自分達の名前にした。だから両方同じだ」
「そうか。開拓者か?」
「いいや。ジンでもない。たまたま難破した船から乗組員の遺品を拾ったから、遺族に届けに行くところだった」
「いつ難破した船だ? ここの部族長の儀式用宝剣が盗まれたのは三年前なんだが」
「俺が遺品を回収した船は、去年の暮れから先月までに難破した六隻だぞ?」

 少年はシンの縄を解いてはくれなかったが、箱から出るのに手は貸してくれたので、シンは天幕の中に勝手に座って事情の説明を始めた。相変わらず外では言い争う声がするし、シンの処遇をもめているから、ともかく誰かにきちんと説明をしておかなくてはならない。
 幸いなことに、遊牧民だろう少年は海運貿易や開拓者などのことにも詳しく、シンの話をすぐに呑み込んでくれた。
 それからシンが持っていた宝玉が、ここの部族の祭祀儀礼用の貴重なもので、盗まれてからは部族を挙げて捜索していたものだと知らされた。聖職者であるシンには、その必死さにも納得がいく話だ。それでももっと冷静になってくれよとは思うが。

「三年前の盗難じゃあ、難破した船の商人達が盗人とは限らないな。転売されたかもしれない」
「あんた、それはここの連中に言うなよ。頭に血が昇ってるから、斬られるぞ」
「そういや、アヌビスのジン殿はなんでここに? 今の口振りだと、違う部族だろう」
「叔父さんが‥‥いや、親分が乗り込むって言い張るからついてきたんだ。あんたが王都で持ち主探しした話が、どっかから耳に入ったらしい」

 難破した船に乗っていた人が誰か調べるのに、あちこち訪ねて歩いたし、その時に遺品も見せた覚えがある。
 まあ、少年の話ではこれから裁判をするというし、きちんと事情を説明すれば、幾ら興奮した人々でも誰かは分かってくれるだろう。そこから他の人にも働きかけてもらうのは、布教の際に良くやっていたことだ。それが実らず殺されるとしても、力を尽くした後ならもう仕方がない。
 なんぞと、シンが思っていたところ。

「貴様が立会いの裁判なぞ、やってられるかーっ!」
「ど阿呆っ。てめえんとこの掟が、三部族は立会いでなきゃならねえんだろうが! わざわざ立ち会ってやるのに、何を偉そうにっ。そんなだから盗人にやられるんだよ!」

「‥‥ジン殿」
「ナヴィドだ。敬称が付く身分じゃない」
「じゃあ、ナヴィド。まさかと思うが、族長殿と言い争っているのが、お前さんの叔父さんか?」
「あれでも、別の部族の族長だ。名前はジャウアド・ハッジという」
「‥‥その名前は知ってる。主に悪名で。遊牧民を悪く言うのが王都には多いから話半分で聞いてたが、ちょーっと態度に難がないか?」
「ある。が、あの態度にも理由がある。それに、叔父さんはあんたが盗んだと思ってない。ごり押しで、放免してもらえ」
「それはそれで、先があった時に困るな」

 ここの部族では、他部族を死刑にする時だけ裁判があり、外聞がいいように別の部族の立会人が付くらしい。このままだと、シンは死刑にされるわけだ。
 だが、掟では罪人の部族の者も希望すれば立会いと弁護が出来る。シンは部族社会の者ではないが、天儀人か教会関係者なら同等の権利が与えられるだろう。

「開拓者ギルドは、本人から頼めば記録を出してくれないのか?」
「俺は開拓者でも依頼人でもないぞ。あ、でも依頼人なら隣の神殿がそうか」
「じゃあ、そこが記録を貰って、開拓者に運搬と立会人も頼めばいい」
「しかし、どうやって頼みに行くかな。立会人を要求したら、余計に興奮しそうな勢いだ」
「俺が行って来る」

 なんでわざわざとシンは思ったが、ナヴィドにしたら叔父が無用に諍いを起こすのは避けたいのだろう。他にも何かありそうだが、細かいことなど聞く暇はない。
 訊くと言えば、ジャウアドが自分の裁判に関わる理由も知りたいものだが、いつ果てるとも知れない言い争い真っ最中の男達に声を掛けることはせず、シンは縛られたままで後の運命をナヴィドの好意に委ねることにした。


■参加者一覧
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
ソレイユ・クラルテ(ib6793
18歳・女・巫
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟


■リプレイ本文

 小気味いい、とはとても言えない、なんとも腑抜けた平手打ちの音だった。
「猫の平手でも、もうちょっと迫力があるぞ」
 殴られた神楽シンは、相変わらず手を戒められたままで平然としたものだが、平手打ちを見舞ったエルディン・バウアー(ib0066)の顔からは血の気が引いている。
「ちょっと。今のは感心しないわね」
 普段は凛々しくも和やかな表情のシーラ・シャトールノー(ib5285)が、きつく眉を寄せて言い放ったのは、エルディンにではなくシンに対して。車座に座る彼女ら彼らの輪の中、シーラの隣ではソレイユ・クラルテ(ib6793)が困惑も露わに、両手を握り合わせて二人の神父を見詰めている。
 そうした女性達とは対照的に、呆れ果てたと言わんばかりの男性も二人。
「さっきの話で、この人は神父のくせに‥‥呪われているのではと思いましたが、単に自分で面倒ごとを引き寄せる振る舞いが多いんですね」
「俺は力を尽くして駄目なら、そこが死に時だと思っているだけだ」
 一応自分も天儀神教会で魔術を修得した手前、トカキ=ウィンメルト(ib0323)はシンを『神に見放されている』と評するのは控えた。が、今のやり取りを見ていたら、神が悪いのではないことは察せられる。当人の性格と行動が、今の状況に相当関与しているのだ。
 けれども、雨傘 伝質郎(ib7543)はちょっと意見が違うらしい。
「単に厄介ごとが好きなだけなら、その綺麗なご面相は保てませんな。問題は、諦めが早すぎるってとこじゃねぇかと」
 ついでに、必死に帰らねばと思うような美人妻や子供はいないのかと、シンに戯言を向けるのは雨傘がその頭蓋骨そのままのような形のご面相に似合わぬ愛想のよさを示すものだろう。この間に、エルディンが振り上げたまま固まっていた腕を下ろしたので、ようやくソレイユがシンの近くに膝でにじり寄ってきた。
「お気を悪くしないで欲しいのですが‥‥貴方は盗人ではない。そうなのですね?」
「例え信仰が違っても、祭事の宝物に手を付ける真似はしない」
 きっぱりとした宣言に、ソレイユは深く頷いたが、シーラとトカキはなんとなく不満そうだ。雨傘はソレイユと一緒になって頷いているが、こちらもなんだか調子を合わせているだけに見える。
 そして、まだ怒気が治まらない様子のエルディンは、立ち上がってシンを頭ごなしに怒鳴りつけた。
「それなら、もっと無実をきちんと主張してください! それをせずに死に時だなどと、布教に携わる者として覚悟が足りません!」
「‥‥布教ってのは、なんだ?」
「神という存在の元、人は全て平等だと、そう信じる宗教が俺の寄る辺だ。それを信仰する仲間を増やすために働くのが布教だな」
「ああ、神殿の信者増やしか」
 頭を冷やしてくると離れていったエルディンのことを気にせずに口を挟んできたのは、裁判立会人のジャウアド・ハッジだ。当人も月精霊への信仰はあるのだろうが、見るからに熱心な信徒であるとも思えない。シンが、ここの部族に捕まった際に満足に申し開きもせずに死に時だと思ったなどと口にした時は、嘲笑にしか聞こえない笑いを遠慮なく挙げていた。
 それで、シンの態度に驚きすぎて固まっていたエルディンが、カッカと来たのだが‥‥元凶二人は悪びれた様子もない。
「こんな人でも‥‥間違って処刑しちゃったなんて後で分かると、ここの部族の人は寝覚めが悪いわよね。なんだか目的が変わりそうだわ」
 シーラが頭を左右に振りつつ、頭痛でも堪えるような顔で溜息をついた。シンの無罪は疑っていないが、弁護し甲斐のない人物と話していてもやる気は沸いてこないので困る。
 だが。
「誇り高く、曇りなく、公正な裁きが行われることこそが、誰にとっても大切です」
 シンの態度にも気力を保ち続けるソレイユは、次の手順として、シンを宝剣盗難犯と主張する部族長達に挨拶に出向くと言い出した。顔見せは必要だから、エルディンも捕まえて五人で行くことにして、そこからは裁判までは自由行動だ。

 実のところ、盗難事件が三年前ならば、シンは少なくとも実行犯にはなりえない。天儀出身者は、その頃はまだアル=カマルの存在を知らなかったからだ。
「立会人殿も、そこにはお気付きでやんしょ? だが真っ正直にそれだけ指摘したら、無罪の人間は助けられても族長の面子を潰しちまうことになる。面子の問題ってのは面倒っすよねぇ」
 最初にそれを仲間に持ち出した雨傘は、現在はジャウアドにその話を向けている。おそらく先方もそれに気付いて、だからこそ立会人に名乗りを上げたのだろうが、真意がどこにあるのかが雨傘には良く分からない。他の部族ともめるより、縁もない天儀人一人に拘る理由があるはずなのだが。
 一緒になって話を聞いているソレイユも、ジャウアドがシンを犯人と考えない理由を知りたくて同席しているが、不躾な視線に晒されて居心地はあまりよろしくない。それでもジャウアドが頼りになる相手と思ったと口にしたのは本心だ。まあ辺境生まれの彼女の部族にも、風の噂でジャウアドは揉め事を起こして悪びれないとは聞こえて来ていたが、よくよく聞き回れば遊牧民の利益を優先する余りの出来事も多いのだ。
「天儀だの開拓者だのって連中が来た時期は、ここの阿呆が宝剣盗まれたより後なのは間違いねえ。俺もお前らとも何かとご縁があるからな、そのくらいはすぐ分からぁ」
 滅茶苦茶含みがある言い方をされたが、ソレイユは真剣に聞いていて、雨傘は右から左に流している。この反応がつまらなかったのか、絡む気をなくした様子のジャウアドがあちこち端折りながら説明したところでは、元々はシンの遺品返しを代行するつもりでいたらしい。もちろんそこから他人に恩を売りつけるためだ。
 と、ここまで判明するのにソレイユがせっせと言葉を足したり、質問を投げかけたりせねばならなかったので、雨傘は同席してくれてよかったなと思っている。そこまで手間を掛けるのは、彼の性格では面倒すぎる。
 まあなんにせよ、ジャウアドはシンが有罪になって、持ち物がここの部族に取り上げられるとわざわざ駆け付けた甲斐がなくなる。更にシンの無罪を証明して、部族長が恥をかかなくて済んだろうと恩を売りつけたい。あわよくば、シンにも恩を売りつけて、遺品を持っていくつもりだ。これだけ分かっていれば、何とでもなる。
「発言力は大変ありがたいお方ですが、なんとも‥‥ぎらぎらしすぎているのが困り者です」
 雨傘とソレイユの意見は、中立の立場でジャウアドにもシンに有利、かつ真実を端的に示す発言をしてもらえるようにしようと一致したが、当人はその後にソレイユにも恩着せがましい言動を取りそうだ。

 客観的事実は、どうやってもシンが無実だと示している。だがそれも曇った目で見れば歪んで捉えられるから、その曇りを取り除くにはどうしたらいいか。
「うーん、なんとも血の気が多い部族だわ。地道な努力を厭わないと言うべきか、それとも執念深いと呼ぶべきか」
 思考の曇りは誇りや名誉を汚されたと怒る気持ちであるから、部族の伝承から特に誇られる先祖の偉業を思い起こさせ、落ち着きと公正さを取り戻させるのがシーラの目的だった。事実だけ突きつけても、それこそ面子が潰されたと恨まれる事になって嬉しくない。落ち着いて話し合えば、労せず手打ちが可能な状態なのだから、まずは裁判の雰囲気をよくすべき。
 そう考えて、挨拶回りをしながら、部族に伝わる伝承を聞き回っていたシーラだが、ここの部族は呆れるほどに血の気が多かった。どうも近くの定住民と百年超の土地を巡る諍いがあって、どうしても性質がきつくなるらしい。最初に挨拶した部族長も、老齢でジンではないのに驚くほど鋭い気配を放っていたから、厳しい風土が育む気質というものだろう。
 だから規則破りには厳しい罰が与えられるが、わざわざ裁判に立会人を求めるのだから公明正大であることにも拘るはずだ。そのシーラの印象は間違っていなかったようで、数代前の部族長が敵討ちをした話を皆が語る。盗賊を十年がかりで探し出したとかで、その道中の行動がよく言えば我慢強く努力を惜しまず、悪く言えば執念深い。
「妙なところに飛び火しないように、説明の仕方を相談しなきゃ」
 うかつな説明をしたら、今度は遺品の出所の沈没船に乗っていた人全部を疑いかねないと、シーラは他の人々と綿密な計画を練る事にした。

「確かに私共、神教会はこの国ではほとんど知られていない宗教ではありますが、他の宗教のいずれもが亡くなられた方への祈りを大切にするのと同じく」
 やがて始まった裁判では、開拓者達の求めにより、宝剣の盗難に関する事実が時系列にしたがって全員に説明された。これは宝剣の持ち主達に任せても情報が変質することはなく、族長が重々しく語ってくれた。
 宝剣は三年前、修繕を依頼した職人が持ち逃げし、以降は行方が杳として知れなかった。もちろん職人の行方を探し回り、どうも一時期王都にいたことまでは突き止めたが、そこから先は判っていない。ちなみに王都に職人がいたのは、二年十ヶ月前。その時に宝剣を所持していたかは不明のままだ。
 後を引き取ったのはエルディンで、良く通る声で朗々と、シンが宝剣を手にしたいきさつを語っている。この事情は彼自身も他の遺品集めに協力したので、きちんと細かく説明されていた。もちろんシンが三年前にアル=カマルに存在できない理由も述べられたが、これは押し付けがましくならないよう、穏やかな笑みを追加しての弁だ。更に、天儀神教会がいかなる組織であるかまで話は続いた。
 これらの話をまるきり信用していない様子の部族長も、何かに付けてエルディンに『こちらの部族ではいかがか』などと問い掛けられたから、内容はしっかりと聞いていた。王都の神殿の巫女達も証人になってよいと言っていた旨が伝えられると、少々視線が泳ぎ始める。
 と、この反応に、エルディンの話の継ぎ目を受けて、トカキが開拓者ギルドの依頼報告書写しを差し出した。
「そこに回収された遺品の一覧もあります。見ていただくと分かりますが、この周辺の出身の方の物が多い。シン氏が真実盗賊なら、持ち主達が住む地域に証拠を持って立ち入るのは危険すぎる行動です」
 いっそ大上段に突きつけても良かろうと考えていたトカキだが、シーラの情報で相手の頭に血が昇らないような言葉を選んでいる。おかげで回りくどくなったが、要するに『犯人なら被害者に盗品を見せるか』の意だ。族長より少しは冷静な様子の息子が、自分達の主張に分がないことを感じたか、背後に控える人々と何か小声で話し始めた。
 裁判の雰囲気が、最初よりはいい風向きになってきたとソレイユとシーラも視線を合わせて、ちょっとだけ表情を緩ませた。が、ジャウアドが口を挟もうとしたので、両側から腕を伸ばして押し留める。雨傘は何を考えているのか、下を向いたきりだ。
「なんでえ、うだうだやらなくても、ビシって言えば終わる話だろ」
「それをしたら、ここの族長はあなたを恨むと言ったじゃないの」
「たとえ正論でも、発言は求められてから言うほうが重く聞こえるものです」
 シンは今回の件でここの部族ともめるつもりはないと断言していて、相手の面子が立つなら雨傘が提案した『許可なき布教を咎められての追放でもいい』と承諾している。エルディンが頷かせたとも言うが、今は族長達の立場も考慮しているのだと示すのが大事だ。ジャウアドが割り込むと、全部台無しである。
 幸い、ジャウアドが甥や側近に宥められて口を噤んだので、裁判は相変わらずトカキとエルディンがシンの弁護をしていた。言いたいことはまとめてあるから、それが尽きるまでだ。
 そして、女性陣の出番である。
「先にお伺いしておくべきでしたが、盗品の売買はこちらではどういう罰があるのでしょう?」
「あらそれって、いえ、説明していただくほうがいいわね」
 シンが何を言い出したのかと首を傾げているが、シーラが聞いた伝承では、過去の族長は盗賊から知らず盗品を買い取った商人から、その品物を買い戻している。相手の生業を尊重しての行為で、相手方とはそれから代々良好な関係が続いているのだ。ソレイユももちろんそれを知らされていて、わざわざこの場で言い出している。
 別にそれを嵩に来て、無罪放免にしろと迫るつもりはない。落ち着いて状況を見れば、おのずと取るべき道が見えるだろうから、部族の側からシンを解き放ってくれるのが、開拓者達の希望だ。それから、エルディンに『なんか急に死刑もいいかなと思って』とのたまった張本人は、たっぷりと説教する必要を感じている者もいる。
 そんなこんなで、ようやく頭が冷えたらしい族長が他と相談して、シンが盗難事件とは関わりなかろうと認めたのは裁判開始から二時間の後。当人共々開拓者も宝剣を戻してくれた客人に格上げされた。ついでにお詫びか、それとも不始末の口止めか、なにやら贈り物を積み上げられる。
「いやあ、今回はいい仕事になりましたな」
 裁判中、なんと勝ちを確信してうたた寝していた雨傘は、シーラに軽く小突かれながらもほくほく顔だ。反対に何も贈られていないジャウアドは不満そうだったが、ソレイユから協力の礼を言われ、シーラが持参の酒を勧めたことで、あっさりと機嫌を直した。
 挙げ句、シンに対して、
「まだ旅するなら、俺達と一緒に行くか? 砂漠の旅は案内人を付けるのがならわしだぞ」
「それは知らなかったな。なら、頼まないと駄目か」
 明らかに手柄横取りの申し出をした。シンも相伴している酒で判断力が鈍ったか、うっかり頷いている。
「シン殿、あなたとは時間を掛けて話をする必要があります」
「‥‥何度も死に掛けるわけだ」
 エルディンはうっかり者の襟首を掴んで、向こうに引き摺っていき、呆れたトカキは手をひらひらさせて見送った。
「おっと、あっしらが拾って帰るって言うの、忘れましたかね」
「旅を続けるのも大切ですが、一度戻って、ご近所の皆さんを安心させたほうがよいのではないかしら」
 確か言ったはずだと記憶を探っている雨傘と、事情を聞いて心配していた神殿の人々のことを持ち出したソレイユは、ジャウアドにも視線を向けたり、声を掛けたが、あからさまに無視されている。
 そして。
「あの二人は、抱き合って何をしているのかしらね‥‥」
 目に楽しくない光景が視界に入ってしまったシーラは、自分の酒を煽ってしまった。
 言われた二人は、兄が弟を慰めている姿に見えなくもなかった。
『私はかなり怒っているんですが、ちゃんと理解してますか? まだ心配掛けてくれるとは』
『さっきも思ったが、心配で怒るなんて‥‥お人よしにも程があるぞ、兄弟』
 エルディンが、シンの背をそっと叩いてやっているから尚更だ。