軟弱絵師と観光案内〜結
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/18 23:43



■オープニング本文

 看板絵師クラーラは、生活無能力者である。絵師としての才能があるからいいが、なかったらどうなることかと思われるほど、絵を描く以外の事に無頓着、無気力、無関心だ。ついでに集合住宅二階の自室に上がるのに、気合を入れ、掛け声をかけながらでないと階段を登れない体力なしでもある。
 そんな性質なので、女性らしい以前に人間として最低限の何かがぽろぽろ抜け落ちているが、

「やだー、これを消すのはやだー」
「このど阿呆! こんなところになんで絵を描くんだ!」

 この日、クラーラはこともあろうに、ジェレゾ市民の憩いの場、戦勝記念公園の衛視詰め所の壁にいたずら書きをしたと捕まっていた。なんでも園内で揉め事があって、詰め所が空になった一時間足らずの間に、壁一面にどでかく衛視の姿と帝国紋章を描き付けていたのだ。
 小さいといえど、帝都の治安を守る施設の一つ。戻ってきた衛視の皆さんは、他の儀の人々にも役立つ観光案内用に公園の素描に通っていたはずの絵師の振る舞いに驚きつつも、身柄を拘束して、所属する工房から親方を呼びつけた。
 クラーラがいきなり牢に放り込まれなかったのは、公園に通ってきた五日間に、道に迷ったと遊歩道にうずくまっていたこと二回、転倒して起き上がれないともがいていたこと三回、野良猫に威嚇されて悲鳴をあげ騒ぎになったこと一回、とにかく色々と騒ぎを起こしていたからだ。
 ゆえに、当人に何を言うより前に、親方といたずら書きの対処について相談しているが、クラーラ当人は『消すのは嫌だ』とうるさく騒いでいた。両足を踏み鳴らして抵抗する彼女の姿は滅多に見られるものではないが、そんなことよりなんとか放免してもらうのが重要だから、親方はがみがみ叱り飛ばしている。
 だがしかし、クラーラには彼女なりの理屈があった。

「だって、この建物、遠くから見たら、なんだかわかんないもん」
「だからってな、看板は頼まれたところに描けばいいんだよ」
「‥‥ここが詰め所だと分かるように、看板を描いた訳か?」
「はーい」

 この時点で、いたずら書きとクラーラの扱いは、当人が費用を負担していたずら書きを消す、つまりは詰め所の壁を塗り直すことで決まりかけていた。元に戻せば、とりあえず目を瞑ってやろうという温情溢れる判断だ。
 これは別に、彼女が衛視達の姿を絵に描いて、全員に配ってやっていたからではない。と、表向きはなっている。まあ、親方はクラーラが捕まらなければ、なんでもよいのだが。
 だから、クラーラの失礼発言に頭を抱えてしまったけれど、衛視の隊長は『なんだか分からない建物』というのが、実は気になっていたらしい。もちろん帝国の紋章は正面に掲げてあるが、横から見たらなんの建物か分からないのは確かだ。
 そうして。

「許可が取れたのでな。この壁の絵を完成させたら、勝手な落書きは罪に問わないことにする。他のところには、勝手に描くなよ」
「はぁい。‥‥署名、入れていい?」
「それは駄目だ。誰かに尋ねられたら、工房の名前は教えておくから」

 クラーラはただ働きで、詰め所の壁に看板代わりの絵を描くことになった。かなり本格的な仕事だが、絵具などの費用は全部クラーラ持ちだ。工房にも利益はない。そのはずだが。

「完成したら、皆さんにも一冊ずつ持ってきますんで。そんなわけで、ぜひ」
「事実を書く分には、とやかく言わん。ところで、妻の実家が遠方でな」
「じゃあ、二冊ずつお持ちしますよ」

 親方は、戦勝記念公園詰め所の壁に絵を描いた事実を観光案内に載せ、ついでに工房の宣伝に使う許可を遠回しに貰っている。
 ジェレゾの観光案内の名所名跡案内の章は、誰もが分かる名所の数々はすでに挿絵も解説も完成している。ただ、

「お城も機械ギルドも入れたけど‥‥まだなんか足りない気がするなぁ」

 生まれも育ちもジェレゾの人々が大半の製作者達は、よそから来た人達が何を珍しがるのか、よく分かっていなかった。
 こんな時に頼るべきは、あらゆる儀を知っている開拓者達であろう。



■参加者一覧
ティア・ユスティース(ib0353
18歳・女・吟
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
宵星(ib6077
14歳・女・巫


■リプレイ本文

 観光案内の肝心要、帝都の見所をまとめるにあたり、知恵を貸してくれる開拓者は四人いた。絵画工房では絵師との顔合わせがあるから一度集まってもらうのだが、そんなこととは露知らなかった狼 宵星(ib6077)が、泡を食って慌てている。
「どうしたの? おなかでもすいた? それならねぇ、美味しいパン屋さんを教えてあげようか」
 明らかに原因が別にあるのを理解していながら、琉宇(ib1119)が尋ねている。それへの返事にも言葉が詰まる慌てぶりに、宵星の後見人であるウルシュテッド(ib5445)は笑いを堪えるのに忙しかったが‥‥すぐにティア・ユスティース(ib0353)と同じ理由で溜息をついた。
「クラーラ、それはちょっと思い切りすぎだよ」
「そんな格好で戦勝公園まで行くつもりだったんですか‥‥」
「楽しい服ね〜」
 天儀の着物の上にアル=カマルの上着を合わせた、というか無理やり羽織ったもこもこの人物が、よろよろしながら歩いている光景に宵星も慌ててはいられなくなった。うっかりすると自分の方に転がってきそうだからだ。一応自己紹介もしたけれど、さて相手の頭にしっかり残ったものかどうか。
「今回は、あいつは他の仕事だから心配しなくていい」
「えっと‥‥」
 一緒だと心配しなきゃいけないのかと思ったのは宵星だけで、他の三人はあからさまに『奇妙なもこもこ』を『一人で解き放つな、危険』と認識しているようだ。
 甘えるわけではないが、基本的に後見人と一緒に依頼は受けないように。と常々注意されていた宵星だが、
「だ、大丈夫ですか?」
 目の前でころんころん転がられると、色々気後れしている場合ではないと思い直さざる得なかった。正しくは、余計な事を考えている時間はない。
「さて、じゃあ手分けしていくかーっ!」
「クラーラも気を付けんのよ」
 工房の人々は、全然構わず四人が紹介してくれる場所に出向く準備をしているのだから。
 でもクラーラは、ティアに服を取り替えてからでなければ出掛けさせられないと、家に追い立てられている。

 戦勝公園の詰め所にクラーラを送り届け、そのついででウルシュテッドはそこの人々に話を訊く事にした。
「梅と桃は泰国風のここの区画、天儀は桜が二種類と梅があったかな。開花時期なんて、そんなのどれも大体五月だよ」
「それがさ、天儀では梅が二月に咲いたりするんだよ。その後が桃で、桜は四月くらい。早いところは三月で、遅いと言ってもジェレゾよりは早いところがほとんどなんだ」
 ジルベリアの大半の地域では、春の花は雪解けと共に一斉に咲き乱れるのが当たり前。梅も桃も桜も、どこにでもあるものではないが、咲くとなったらほぼ同時に開く。それが他所では当たり前ではないと聞いても、詰め所の人々もあまり実感は持てない様子だが、そういう事情なら解説が必要だろうと大雑把な開花時期を教えてくれた。ついでに花の見所情報も手に入れたウルシュテッドの首尾は上々だが‥‥
「いつもあんな風かね?」
 クラーラが壁にへばりつくようにして、帝国紋章を描いている姿はティアが捨てるなと散々言い聞かせている女性らしさのかけらもないが、詰め所の人々はいつもあんな風だと頷き返してくれた。

 そんなクラーラの姿は知らないが、彼女のことを話題にしていたのは琉宇だ。相手は久し振りに顔を合わせた裏開拓者ギルドマスターの猫又・吹雪である。一緒についてきた絵師は、猛然と猫又を描きまくっている。
「今日は裏開拓者ギルドはお休みなの? 土偶さんともふら君は?」
『小遣い稼ぎに、荷物運びしてるよ』
 裏開拓者ギルドはもちろん公的な機関ではなく、ついでに裏社会ともまったく無関係だ。朋友有志が勝手に名乗っているだけで、ギルドマスターの吹雪も自称。ただし彼女自身は本物の開拓者ギルドマスター・ヤシンの朋友で、彼らが話しこんでいるのはその自宅の庭である。
 琉宇はここの庭がなかなか見栄えがいいことを、以前に花見パーティーが行われた時に見知っていて、塀の外から覗く程度なら可能かと尋ねに来たのだが、あいにくと家の人々は留守だった。すぐに戻るようだから、留守番の吹雪と近況を話し合ったり、庭木の花を眺めたりしているところだ。
 でも。
『人がホイホイ来るなんて駄目』
 今の段階でも吹雪が駄目出しするので、前途は多難だ。この家の女児二人の子守を自認しているらしい吹雪は、安全に事のほかうるさくなっている。その割には、
「え〜、そんなこと言わないで、ちょっとは話を聞いてよ」
 琉宇がひらひらさせる猫じゃらしに、ものすごい勢いで飛びついているのだが。いや、こういう性質だから、誰彼構わず来られると困るのかもしれない。
「そうねぇ、うちはやっぱり子供もいるし‥‥裏の奥さんならどうかしら」
 結局、ヤシン夫人の紹介で、ご近所の庭弄りが大好きなご家庭を紹介してもらうことが出来た。こちらの方が外から簡単に覗けて、見られることまで意識した庭造りをしつつ、家の造りもジルベリアによくあるもので悪くない。
 ここでも絵師がせっせと素描を描いている間、琉宇は家の方々と延々とおしゃべりを楽しみ、ちゃっかりお昼までご馳走になっていた。

 ちゃっかり者の琉宇がお昼ご飯を満喫している頃、宵星は親子ほど年が離れた女性絵師と一緒に、知る人ぞ知るジェレゾの占い通りを訪れていた。ここはこの世のあらゆる占い方法が試せそうな占いの小店が連なる通りだ。名前は見たままと、『占った通りになる』という験担ぎと二通りの意味があるとかないとか。
「開拓者のジプシーの人もいるそうですよ」
「ジプシーってなんだい?」
「え‥‥あのアル=カマルの‥‥えと」
 相手は年齢以前に開拓者とはたまにしか縁がない生活で、ジプシーと言われてもピンと来ない。ここまでの会話は開拓者仕事のことを含めても普通に繋がっていたから、宵星も説明に手間取ったりしたが、まあなんとかこなすことが出来た。普段あまり仕事でご一緒する年代の人ではないので、ちょっと緊張しなくもない。
 とは申せ、占い通りは占いの他に開運はじめ様々なお守りや願掛けの飾りなど、細々した物品も商っていて、中には他の儀のものもある。そういう説明はそんなに苦労せず、通りのまとめ役にも案内に載せる許可を貰えたので、宵星も一安心だ。おかげで口も最初よりすべらかになったが、
「えーと、今のは内緒‥‥です」
「そりゃいいけど。あの兄さんは、そんなに仕事に厳しいの?」
 うっかりここで仕事していたことを口にした宵星は、内緒と絵師にお願いしている。別にギルドを通したならいいのにと絵師は考えているようだが‥‥開拓者ギルドを通したかどうかも、内緒だ。

 他の三人がジェレゾのあちこちを歩き回っている中、ティアは繁華街の一角に来ていた。繁華街でも、どちらかと言えば夕方以降に賑わう界隈だ。だから日中は人気が少なく、行き交うのは開店準備に追われる店の店員や出入りの商人達ばかり。
「この辺は酒場が多いところですよね」
「お酒もだけど、このお店は食事もいいものが出るんですよ。それにほら、中に舞台があるでしょう。日替わりで色んな演目が見られるんです」
 治安がよい場所は選んだが、最初に来たのが旅慣れた商人達が良く使う店だったので、一緒に来た二つくらい年下の少女絵師はやや腰が引けている。おかげで観光案内に載せたいと説明したのもティアだが、相手はいい宣伝だとばかりに丁寧な物腰で接してくれた上、かなり本格的な造りの舞台裏や楽屋も見せてくれたので、だんだんと仕事に熱が入ってきたらしい。
「なるほど。こういうお店が何店かあって、一番大きいのがここと」
「せっかく遠くから来るなら、色んな娯楽が楽しめる場所を知りたいでしょう? ここなら食事も出来るし、かなり本格的だから、満足してもらえるんじゃないかしら」
 実際はちょっとお値段もいいので、ティアは他にも何店か候補を用意してあるが、支配人が真横でにこにこしているのでそれは後の話。
 更に参考にと、本日登場の劇団の練習を見物させてもらった二人は、衣装と楽器とそれぞれの興味の対象にうっかりとのめりこみ‥‥
「クラーラさん、ちゃんとお昼ご飯を食べたしら」
「あたし達が食べてないのに?」
 お昼ご飯は持っていきますよと約束していたのに、すっかり時間が過ぎ去っていたと気付いた。

 時間と生活に余裕がある家庭なら午後のお茶を楽しむ時間、ウルシュテッドは時計塔博物館の前にいた。周りには彼と同じく、時計塔のからくり時計から姿を見せる楽隊人形を見上げている人々がいる。
「へえ、真ん中の皇帝陛下も綺麗に塗り直してあるな」
 さっきまで博物館の中を歩き回っていたウルシュテッドが職員に聞いたとおり、彼が以前訪れた時に見た楽隊人形は全体が綺麗に化粧直しされていた。真ん中の皇帝陛下の姿を模したといわれる騎士も、綺麗になって‥‥ちょっと若返っている気もする。
 ちなみにこの時計塔博物館は、からくり時計に限らない帝国自慢の機械工房ギルドの技術を紹介、解説する場所だ。あいにくと解説は関係筋なら誰でも知っている話に終始する上、情報も古いが、現役引退したアーマー現物に乗ることが出来るなど、特に男の子に大人気の施設である。女の子はオルゴールの展示会場から動かなくなるらしい。
 更にすぐ隣に、工房職人相手の店があり、何かと便利で丈夫な品物が揃いやすい場所でもある。
「よう、どうだった?」
 からくり時計の素描は済んでいるとかで、同行した絵師と工房に戻ろうとしていたら、ここに来るまで乗せてもらった馬車がまたやって来ていた。ウルシュテッドと友人でもある元軍人の御者が、観光名所も案内してくれる辻馬車だ。
 どうと尋ねるのは、博物館内に隠されたアーマー工房の意匠を全て見付けると記念品がもらえるからだが‥‥にんまりしたのは絵師で、ウルシュテッドは返事をしない。
 なお、以前はぜんまい仕掛けの玩具だったが、最近はからくり時計の楽団人形だ。種類数あるそれを全部集めるのが、常連の楽しみだとか。

 夕方になって、あちこち回っていた全員が戻ってくると、素描を広げての情報交換が始まった。
「もふらさまなら、開拓者ギルドで声を掛けたら、誰か連れて来てくれたんじゃない?」
「‥‥それは、思い付きませんでした」
 ギルド近く、もふらさま関連のアイテム各種を売っている店を紹介したら、現物を見なくては駄目だと港をぐるぐる引き回された宵星は、琉宇がやまほど買ってきたパンを分けてもらっていた。一緒になってクラーラが手を出しているので、琉宇はそちらにも気前良く分けている。パン屋に観光案内に載ると言っておまけしてもらったようだが、いいのだろうか。
「そういえば、前に依頼で会った人がお嫁さん探してたから、クラーラさんはどうかなって訊いてみようと思ったんだけど」
 琉宇がとんでもないことを言ったので、ティアの手から帝都内の植物園や著名な庭園の素描がばさっと落ちた。
「この間、お嫁さん貰ってたんだ〜」
 この落ちに、ウルシュテッドがほっとしていたが、彼より親方達の方がもっと安堵していた。世の中には、気軽に紹介していい人と駄目な人がいる。
「だからね、このココレフさんとこにお願いしてみたよ。一度顔を見せて欲しいって」
 言われた当人は、宵星要望の『浴槽がある宿』一覧の方やもふら店のお菓子が気になるようで生返事を繰り返している。
「これ、あげます」
 そのやる気のない態度が今ひとつ分からないお年頃の宵星は、占い通りで貰った縁結びのお守りをクラーラに渡していた。
 観光案内には、占い通りのお守りの実力の程は書かれない予定だ。