神父とアヤカシの島
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/05 08:55



■オープニング本文

 大半は白骨と化していたが、ごく稀にそこまで至らない姿のモノがいる。

「俺、吐くかも」
「これ以上汚れるのは嫌ーっ!」
「すでにびしょ濡れですけどねっ」

 場所は、一見のどかな小島。
 浜から少し離れた場所にはこんもりと木々が茂り、島のどこかに水源があるのを知らせてくれる。
 ぐるりと周囲を歩くと丸一日掛かるというから、人が住むにも適した島のように思えた。
 ところが、棲んでいるのはアヤカシばかり。

「人の遺骸に取り付くアヤカシですかしら」
「他にいたらどうしましょうか」
「わ、わしが食われてる間に、皆さんは逃げてくだされ」
「まあまあ、そんなことは出来ませんわ」

 天儀神教会の神父が一人、アル=カマルの聖典主義の神殿の巫女が五人、彼らを案内してきた漁師の老人が一人。
 七人は、風光明媚な景色の中でアヤカシに囲まれて、どこに逃げようかと考えている。
 乗ってきた船には魚の形のアヤカシが群がって穴を開け、すでに沈没しているのだが。



 時間は少し遡り、アル=カマルの開拓者ギルドの受付にて。

「神殿と教会は、海難事故の慰霊儀式を頼まれて出掛けて行った訳ですね。じゃあ、武装は‥‥してないか」
「いえいえ、天儀神教会のシン様と当方の巫女が一人、念のために棒術用の棒は持っていきましたよ。でも、ジンはおりませんの」

 この冬に海難事故が相次いだ海域にある島で、慰霊の儀式を行って欲しいと頼まれた神殿の巫女と天儀神教会の神父が出掛けていった。両方に依頼をしたのは同じ老人で、聖職者がたくさんいるほうがいいだろうと、そのくらいの考えだったようだ。
 相手によっては怒られそうだが、今回依頼された神殿と教会は関係も良好で、巫女達と神父は連れ立って出掛けて行き‥‥

 祖父がよそからの客人と一緒に出掛けたきり、戻ってこない。探しに行こうとしたら、魚の姿のアヤカシが群れていて、島に近付けない。
 そう顔面蒼白で騒ぐ青年と、やはり顔面蒼白だがおっとりした話し振りは変わらない巫女長とが、大至急で助けに行ってくれと繰り返している。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
からす(ia6525
13歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ミーファ(ib0355
20歳・女・吟
ティアラ(ib3826
22歳・女・砲
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
烏丸 紗楓(ib5879
19歳・女・志
愛染 有人(ib8593
15歳・男・砲


■リプレイ本文

 海面は凪いでいたが、白い小波が立っていた。
『え〜、これでゆれないんですかぁ』
 羽妖精の美水姫が、主の風雅 哲心(ia0135)の頭の上でへたばっていた。どこから見ても典型的な船酔いだ。
 けれど。
『あ、あの島ですね。先に行った方がいいかしら?』
 こちらも羽妖精の颯が、こちらは愛染 有人(ib8593)の肩の辺りをふわふわ飛びながら、遠方を透かし見ている。目的まではまだ少しあるが、まっすぐ飛べば二キロかそこらだろう。羽妖精なら半時間は掛からない。船は潮の関係で、ここから半時間強と聞かされたばかりの颯が気合を入れるのも無理のないことだが。
「まあ、待て。この辺りからアヤカシが出るのだったな?」
 言葉の前半は颯に、後半は船を漕ぐ漁師に向けたからす(ia6525)は、手元の荷物の重石になっていた石を一つ取り上げ、会場に放った。見た目が子供でも開拓者が投げた石は、結構遠くまで飛んで行き‥‥
「あの波のところから向こう側は、アヤカシでびっちりよ〜」
 慣れない船のうえで四つ足を踏ん張っている霊騎・黒龍石の手綱を押さえつつ、烏丸 紗楓(ib5879)が石の落ちた場所で大きく跳ねた魚影のようなものを指した。遠目に魚との区別は付け難いほど魚に似たアヤカシだが、飛んできた石を跳ね上がって口で受け、噛み砕く魚はいない。そしてアヤカシが近くの魚を食らわぬ道理もないので、心眼の反応はアヤカシだけと見て間違いないだろう。
「あれがお魚だったら、良かったのにねぇ」
「まったくだ。さぞかしうまい料理がたくさん作れることだろうよ」
 普段なら魚の群れを示すと喜ぶべき小波が、アヤカシの群れと聞かされた漁師達は真っ青になっていたが、愛染と風雅の会話にアヤカシへの怒りを誘発されたようだ。いつまでもアヤカシに居座られては、今後の生活も成り立たなくなってしまう。なにより、この先の島に渡ったはずの人々を助けるのに、一番の障害はこのアヤカシどもだ。
 五人の開拓者が乗っている船は二隻で、それぞれに四人の漁師が乗り込んで櫂を操っていた。普段は帆走するそうだが、目的地に少しでも速く近付くために櫂も加えている。とはいえ、乗っている人数も多いから極端に速くはならないし、ここからはアヤカシをなんとかしないと先に進むこともままならない。
 羽妖精達も、海上でも地上と大差なく飛べることはすでに確認したものの、アヤカシが跳ね上がってくるのではうかうかと飛び出すわけにもいかない。ましてや、飛べない朋友や開拓者ははなから船で行かねばならず、帰りを考えればアヤカシはここで退治するのが賢明だろう。
 もちろん気は急くのだが、
「先行している者もいるし、あの神父殿なら多少の危険は跳ね除けている気がするな。まずは退治に努めるがよかろう」
「そんな強いお人で?」
 開拓者ギルドで別れて、すでに滑空艇や龍で先行している開拓者もいる。そちらへの信頼と、救出対象への妙な感慨とを口にした皇 りょう(ia1673)に、神殿と教会への依頼人である老人の息子が少しばかり安堵の表情を見せた。まさか悪運の持ち主だとは言えず、りょうは借りた銛の重さを手で測りつつ、あいまいに頷いた。神父シンを知っている者には、なんとなく彼女が飲み込んだことが伝わったようだ。
 ちょうどこの時、上空を併走する形で船の護衛に努めていた秋霜夜(ia0979)と甲龍・朧が低空まで降りてきて、島の方角を指した。その方向に見えるのは、こちらに向かってくる滑空艇の姿だ。
「シーラさんですよ〜。手を振っているから、皆さんは無事みたいです〜」
 途切れ途切れに聞こえてくる声は、先方からの合図が良い知らせであることを教えてくれている。

 船移動組がアヤカシと遭遇するより随分前の、開拓者ギルドで人が集められていた時。
「あら、この地図には出てないの? 村はここ? じゃあ、そこからの目印を教えて」
 事態は一刻を争うようだと、滑空艇で先行を申し出たシーラ・シャトールノー(ib5285)が、問題の島の場所を細かく確認していた。正確な場所に目印を把握しておかねば、目的地を誤ったり、現地近くで迷子になりかねない。急がば回れで、確実に到達出来るように準備は大切だ。
「さあ、急がなくては! アヤカシの脅威に晒される方を助けるのは、我らの使命ですよ!」
「神父様! 行く先も確かめずに、どこに行きやがるおつもりですか!」
 その脇では、今にも龍に乗って飛び出しそうな神教会神父のエルディン・バウアー(ib0066)の襟首を、助祭のティアラ(ib3826)が引っ掴んでいるところだった。言葉遣いがなんだか荒っぽいが、ティアラが顔馴染みの神殿の巫女頭に向けた表情は完璧な聖職者スマイルだ。彼女とエルディンはシンともかなりの縁があり、その流れで神殿側の巫女達とも面識がある。
 顔も名前も知っている巫女達の危機だとエルディンは速やかに飛び出そうとして、非常に最もな論理展開のティアラに止められたが、気忙しいのは彼一人ではない。
「高速飛行を使っても、滑空艇には及びませんか‥‥」
 目的地までの大体の距離と、自分の駿龍・ミューズの速度を比べて、ミーファ(ib0355)が難しい顔付きで色々と考えを巡らせている様子だ。彼女もそれこそいきなり飛び出しそうな勢いだったが、シーラが冷静に目的地への目印を聞き始めたのを見て、懸命にそれを覚えている。
 ただ、駿龍でも滑空艇との間には速度差が大きく、救出対象の人数を考慮したら、なんらかの被害が出ていることは覚悟した方が‥‥と、最悪の状況まで思い浮かべたミーファに対して、この時もシンをよく知る人々は口を揃えた。
『あんなしぶとい人間は、滅多にいない』
 シンに会ったことがない者は、一体どんな神父かと思う有様だが、まあそれは助けに行けば分かることだ。今は悪運でもいいから恵まれていることを願いつつ、役割分担をして助けに行くのである。

 そうして、最初に島に辿り着いたのはシーラだった。
「ちょっと、なんで別のアヤカシがいるのよっ」
 流石に最高速度は維持出来なかったが、教えられた目印を辿り、迷うことなく目的地に到着したシーラは、低空飛行で慌てて浜にいる人数を数えた。まさか魚型以外のアヤカシに襲われているとは思わなかったが、誰も欠けていなくて一安心だ。とはいえ、最初の予定通りに取って返して、皆に様子を知らせるとはいかない。
 いかによく対処していても、アヤカシに囲まれていたら万が一ということもあるかもしれない。
「すぐに他の人達も助けに来るから、もうちょっと頑張ってね」
 強行着陸ついでに、アヤカシの一体か二体を薙ぎ倒したシーラが声を掛けると、巫女達と老漁師はほっとした顔をしたが、一人へそ曲がりがいた。
「どうせなら、あっちに降りてくれたら良かったのに」
 爽やかな笑顔つきで示されたのは、外見がぐずぐずのアヤカシ二体。確かに手間取っているのは上からも見て取れたが、シンが相手をしているので近付きすぎても危険だと避けたものだ。それが分かっていないとしても、あんまりな言い草である。
「あることないこと、じゃなかったみたいね」
 来る前に聞いた話の幾つかは脚色されているのだろうと思っていたシーラだが、どうやら大体事実だったと思い直したらしい。それはそれとして、ぐずぐずアヤカシは素早く斬り伏せている。

 これより少し後の時間。
「開拓者ギルドで依頼を受けたわ。どの船を出してもらえるか、教えてちょうだい」
 霊騎・黒龍石で馬を使う仲間より一足先に漁村に到着した紗楓が、慌しくしている村人達に声を掛けた。すでに上空を滑空艇や龍が通っているから、漁師達は出航予定の船を三隻ほど見せてくれた。大型の漁船が一隻、もう二隻は中型だ。
「馬がいるなら、大きい船の方が安定するが」
「でも小回りが利かないでしょ? アヤカシを追い回すのに、足が速いほうがいいわ。あと、丈夫なのでね」
 すぐに追いついてくる風雅はじめ、仲間達の使う技能や武器などとの相性と、乗れる人数とを紗楓が漁師達と相談していると、他の者達が到着した。
「ああ、この銛なら使い易そうだ。あるだけ借りられると助かるな」
 すでに依頼されていた漁師が、普段使っている銛の中でも大きく丈夫なものを出してきて、りょうに渡している。それを五本ばかり借りて、りょうは船の準備が出来るまでに投げ方のこつを習っている。
「うんと遠くは任されるよ。それと特殊な蝦蟇‥‥どでかいカエルを使うから、驚かないように」
 りょうが銛を使うとして、届く範囲は限られる。それより遠くは自分が請け負うと、平坦な調子で口にしたからすは、ジライヤの説明に幾つか言葉を選んでいた。漁師達はそれでもピンと来ないようだが、あとはもう現物を見てもらうしかない。
 愛染や風雅の羽妖精達や、霜夜の甲龍・朧を見ても動じていないから、多分に慌てているせいだとしても、ジライヤも大丈夫だろうと思うことにした。
 やがて。
「こんな大きいのが来るなんて、聞いてないですー!」
「ごめん、船はよろしく!」
 島までの距離大体半分という海上で、上空の護衛に付き添ってきた霜夜が誰ともなく文句を叫び、船の上では愛染が漁師と一緒になって漕いでいた櫂を放り出していた。りょうは銛、からすと紗楓は弓を手に中腰で、いつでも攻撃出来るよう態勢だ。
「ジライヤに離れるように指示してくれ、上もだ」
 こちらも櫂を上げて、風雅が海面から飛び出した大型のアヤカシが潜った場所から視線を左右に走らせた。潜ってしまうと相手の位置が分かりにくいが、飛び出してきたところにアークブラストを叩き込むつもりでいる。
「もっと近くに来たら、容赦なく串刺しにしてやるのにね」
「まったくだ。しかし、船に当たられると厄介だからな」
 紗楓とりょうが落ち着き払って会話しているからか、漁師達は大型の鮫に似たアヤカシが間近で群れていてもなんとか平常心を保っていた。船の姿勢を保ちつつ、皆の邪魔にならないようにしてくれているから、開拓者側にはありがたい。
 ついでに開拓者の誰より早く、船の周囲のアヤカシの影を見付けて指してくれた。相手が船に向かってくるから、流石に声が悲鳴染みていたが。
「颯、大きいのがいなくなったら、先に行ってね」
『あらまあ、ここでももちろんお役立ちですわよ』
 その影目掛けて銃声を轟かせつつ、愛染は羽妖精・颯に島への先行を指示しているが、当人はつんと胸を反らしての返事だ。
『みずきにもお任せですよ〜』
 煌めく粉が船の上と海上とに撒き散らされた。美水姫の幸運の砂に、颯の眠りの砂だ。後者は海面上に顔なり出していたアヤカシだけしか効果がないが、美水姫の支援もあってか、ぷかりと浮かんだ魚体もどきはいい攻撃の的になる。
 その間に、新たな指示でアヤカシを海面に追い立て始めたジライヤ・峨嶺の働きで、大型アヤカシが海面上に跳ねる。そこを狙って、風雅の術が飛び、それで瘴気に還らなければ、降下した朧から霜夜が八尺棍で叩き、りょうの手から銛が飛ぶ。別のアヤカシには愛染が銃撃を、紗楓とからすが矢を食らわせていたが、
『お嬢、下に潜られちまったよ。しつこく船を狙って来るね』
 ひょこんと船縁に顔を出した峨嶺が、からすに告げた。小型のアヤカシも船の周りに群がってきて、人と言うより船そのものを狙っている。
「ふむ、最近の事故はこれらのせいだったのではないか?」
「それは置いといて、船がひっくり返ったら危なすぎだよ」
 そこのところはどうするのと、愛染が投げられた銛を引き寄せようとして、引きずり込まれかけた漁師を片手で引き戻しながら問い掛ける。開拓者でも海中では動きがままならないのに、漁師達がアヤカシの群れに放り込まれたらどうなることか。
「捜し人が島で無事なら、そちらに合流して、こいつらをまとめて片付けるか」
 たまたま船に乗っていた開拓者の中では、一番年長に見えるからだろう。風雅が漁師達から一斉に視線を向けられて、仲間に提案している。船から放り出された時のことは失念していたから、対策も立てていない。そろそろ漁師達の忍耐も限界のようだと、皆が見て取ったので、誰も異議はなかった。
 ゆえに、アヤカシの群れを牽制しつつ、交代で櫂を漕いで島に向かった。羽妖精達と霜夜は先に状況を知らせに行っている。

 この頃、島では。
「聖なる矢で瘴気に還す事で、犠牲者の御霊も救われたのではないでしょうかねぇ」
「アヤカシは犠牲者の遺体を乗っ取っただけで、御霊はとうにこの世を離れていると思うが?」
 二十人分くらいいた屍人を、シーラの後から駆け付けて退治したミーファとティアラが、妙なところがよく似た神父二人の問答を前に、深々と溜息を吐いている。なんだかずれていると言うか、状況認識能力に難があると見るべきか。
「大きな怪我もなく、ご無事でよかったのですが‥‥」
「ええ、その点は皆さん大変頑張ってくださいましたけれど‥‥ねぇ?」
 一般人が、アヤカシとしては最下層の存在とはいえ、たいした武器もなく対処していたのは素晴らしい。無事で何よりだ。だが二人がそれを素直に喜べないのは、エルディンとシンがその存在について問答を始めたのを、巫女達が興味津々で取り囲んでいるからだ。宗教的差異への純然たる興味だとしても、若い男二人を女性陣が囲んでいる図に違いはない。
 なんだかおかしくない? というのが、二人の正直な感想だった。老漁師は緊張が解けて、近くの岩に座って休んでいるから、二人ともが離れるわけには行かないが‥‥
「ええい、迎えが来るまでに、荷物を引き上げて、慰霊式をするならしてもらわないと!」
 いつまでも話し込んでいる場合ではないと、ティアラが意を決して、神父達の会話を制止に向かった。別に巫女達と話し始めたのを邪魔しに行ったのではない。そんな心の狭いことはしないが‥‥ミーファがティアラの背に、ちょっぴりの怒りを感じ取ったのも事実。
「もう何にもしてもらわんでいいんだが」
「それは聖職の方々のお気持ちが済まないようですから、迎えが来るまでご祈祷していただきましょう。あぁ、シーラさんが戻っていらしたよう‥‥?」
 すっかり意気消沈した老人を慰めていたミーファは、シーラと霜夜が妙に上空を大きく旋回しているのを見て、隣に気取られない程度に身構えた。祈祷を急かそうとしていたティアラと、やっと問答を打ち切ったエルディン、シンと巫女達も上空を見て、それぞれに察するものがあったようだ。
 はたして。
「まだいたわ。もう船も来るけど、そっちもまだ残してるのよね」
 浜に着陸したシーラが、浅瀬で先程の戦いで汚れた足をじゃばじゃば洗っているミューズとヨハネを上がらせるように、手真似で促している。少し離れた場所で、周囲を見回していたパトリックは、浜の先に見えた何者かに威嚇の唸りを上げた。
 またも現れた屍人を見た霜夜は、アヤカシは海だけだと思ったのにと悲鳴じみた声を上げ、
「こんなに聖職者がいらっしゃるんだから、ぱぱっと成仏させられないんですかーっ」
 こう叫んだ。水難事故の遺体だから、年頃の娘が近付きたくないのは道理だが‥‥聖職者の大半は一般人である。
 よって。
「アヤカシ退治は開拓者の仕事だろ」
「後の祈祷はお任せくださいませね」
 冷たいのと温かいのと、二種類の声援を浴びせられている。
「うわ、何、こっちにもアヤカシがいるの?」
「クロちゃん、船を岸に上げるお手伝いをして。ええと、そちらの神父様も大丈夫よね?」
 そこに、浜に突っ込むように到着した船から、素早く飛び降りた愛染が片膝を付く姿勢で、近付いてくる人型のアヤカシを狙い撃ち始めた。からすと紗楓も弓を構えて矢を放ち、その間に他の全員で船を水面から引き摺りあげる。黒龍石も相当踏ん張ったが、さすがにころもなく船を引き摺るには、龍達の力も必要だった。
 帰路の心配がなくなれば、後は地道にアヤカシを退治し続けるだけで。
「うぅむ、このご遺体を埋葬するのは、なかなか難しそうですね」
「エルディンせんせ、その心配は今することじゃないですよぅ」
「まったく、神父という人たちはもうっ」
「‥‥」
 漁師と巫女達が、次々と繰り出される技や珍しい武器にきょろきょろし、銃声で大体の会話が聞こえなくなっているのが良かったのだろうかと、ミーファがふと思った時もあったが、彼女も呪歌に力を注いでいるから細かい観察はしていない。
 だから、りょうがアーマーを出して、海岸から離れて突き出した岩の上に風雅を運び、追いついて来た魚型アヤカシにトルネード・キリクを放った時には悲鳴が上り、襲われたかと駆けつけそうになった開拓者達は護衛を勤めていた羽妖精達に『そんなへましない』と後でぶつぶつ言われる羽目になる。
 風雅の術に耐えたアヤカシも、アーマーの一撃や岸からの様々な攻撃にまでは対抗できず、また海中では峨嶺に岸へと追い立てられて、上空偵察や心眼での確認に異変なしとなった。
 ただどうしても手間取る部分はあって、たっぷり二時間は掛かったから、その間に祈祷や慰霊の儀式は済ませてくれたかと思いきや。
「ここからが出番だろ。誰か一人、付き合ってくれ」
 人型のアヤカシが倒された辺りから、一般人は皆でせっせと穴を掘っていた。もちろん犠牲者を埋葬するためだが、かなりの惨状なので近寄るなと止める間もあればこそ。シンが皮手袋を出して、『慣れてるから』と遺品の抜き取りを始めた。それが終わると、彼らが乗ってきた船の残骸の板に骨やら何やらを掴んで乗せている。
「あぁ、お花でも探してくれますか」
 付き合う一人にそれを運んで行けと言いたいようなので、力仕事だしと最初に向かおうとしたりょうには、エルディンが笑顔を振りまいた。
「香を焚いておこうか。後で茶も飲もう」
「あ、おうどんもありますからね。流石に皆さん、おなかが空いたでしょう」
 巫女達は自分の神殿の様式で香を焚いたり、幾つかの道具を広げているので、何人かはそれを手伝った。神教会側は関係者がいるから、そちらが準備する。
 その後には、まったく宗教が違う二組が、それぞれに祈りを捧げるばかりではなく、開拓者も自分の礼法に従って鎮魂の気持ちを示し、たいそう厳かな時間が流れた。
 が。
「シン殿、美水姫殿も、耐えてくれねば‥‥っ」
『あっちの船はどうしたのかねぇ』
 帰路に二手に分かれた船組一行の片方では、蒼い顔で胃からうどんが戻ってきそうと訴える人と羽妖精がいて、もう一隻の脇で酒瓶片手に泳いでいる峨嶺に首を傾げられていた。
 後に話を聞いた滑空艇と龍の移動組と、問題の船ではない方に乗っていた人々は、自分の幸運にちょっぴり感謝したらしい。