砂に埋もれた故郷
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/23 11:20



■オープニング本文

 砂迅騎のナヴィドは泳げなかった。
 アル=カマルでは、海か大河沿いにでも住んでいなければ、そうそう泳ぐ機会になど恵まれない。だから遊牧民の彼が泳げなくても不思議はない。
 そんなナヴィドが、この日に限って首都近くの川縁に来ていたのには、もちろん理由があった。案内人の仕事を請けて訪れた首都で、たまたま月に一度あるかどうかの出来事を見物出来ると知ったからだ。
 神の巫女セベクネフェルの船遊びである。

 セベクネフェルは噂では農耕民の出身で、神の巫女にしては珍しく長く在位しているアヌビスだ。今年の頭に成人したばかりのナヴィドにとっては、神の巫女といえばセベクネフェルを指す。確か在位も二十年に届いたそうで、部族の老人によればこれはたいそう珍しいことだとか。
 神の巫女は多くが短命だと聞かされて育ったナヴィドだが、長生きするならそれに越したことはないと思っている。なにしろセベクネフェルは、彼の母親と同い年。それで長生きだと言われては、なんだか可哀想である。
 なにはともあれ、母親と同い年の一点だけに親近感を感じるセベクネフェルを遠目に拝んで、土産話の一つにしようと考えたナヴィドだったが、事はそうは運ばなかった。
 船の姿を捜して川縁を歩いていたら、目の前でエルフの老婦人が若者に押し退けられて、川に転落したからだ。

「ここの家でいいか?」
「そうそう。すぐに孫が帰って来るから、お昼を食べていっておくれ」

 川に転落した老婦人を追って、ナヴィドは咄嗟に川に飛び込んだ。これで彼の背丈より川が深かったら溺れる人が二人になったところだが、川縁のことで深さは腰丈ほど。足が立てば、いきなり突き落とされる羽目になって水の中でばたばたしていた老婦人を抱えあげるのは、砂迅騎の彼には造作もない。
 ついでだからと、大分足が弱っている様子の老婦人を背負い、家まで送り届けている。老人へ敬意を払い、その安全に気を配るのは、ナヴィドの部族の常識、かつ亡き父親の厳しい教えだったから、わざわざ礼をしてもらうほどではなかったが、老人の切々とした申し出を断るのもよろしくない。
 もう一つ、彼の服を見て、すぐに部族名を言い当てた老婦人の来歴が、気にならなかったといえば嘘になる。
 そうして。

「そう。やっぱり埋まってしまってるのね。家に残してきた子供を、なんとか取り戻したいんだけどねぇ」

 今を遡ること百年余り前。
 エルフの老婦人が、ナヴィドの母親と同じくらいの年の頃。彼女が暮らしていたオアシスは、アヤカシの襲撃で壊滅した。
 正確には、アヤカシだけが問題ではない。そのオアシスは旧き首都から伸びていた街道にあたり、魔の森に侵食された土地に近かった。その魔の森から瘴気が溢れ出て、オアシスの水と植物を汚染したのだ。住民は持てる限りの家財を抱えて逃げて行き、帰る者のないオアシスは、今はほとんどが砂に埋もれている。
 ナヴィドは、そのオアシスの残骸を遠目に眺めたことがあり、彼をそこまで連れて行ってくれた叔父は兄と、つまりナヴィドの父親と二十年も前に集落の中まで入ったことがある。その頃には瘴気も消え失せていたが、土地は水源と植物を失ってもいたそうだ。もう人が住める場所ではない。
 そんなところに残してきた子供を取り戻すのが、老婦人の長年の願いだという。
 連れ出せなかった子供がいたのかと首を傾げたナヴィドに、人間である孫夫婦が教えてくれたところでは、老婦人が元所属していた部族では、子供が死ぬと木彫りの人形を家に飾る習慣があったとか。その人形を取り戻したいと、老婦人は百年以上も願ってきたのだ。
 もしも自分が動けるのなら、それこそ故郷に歩いて戻ったかもしれないが‥‥瘴気こそ失せたとはいえ、アヤカシが頻繁に目撃される地域だ。老婦人が若かったとしても、一人で向かえる場所ではない。

「昔の道は分からないが、今の道は覚えてる。地図を描こう」
「でもねえ、あたしの身内にジンはいないのよ」
「多分、開拓者ギルドなら請けてくれるジンがいるはずだ」

 開拓者という名前も満足に知らない老婦人と孫夫婦にひとしきり説明をしたナヴィドは、結局また老婦人を背負い、孫を案内して、開拓者ギルドを訪ねることになった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
向井・操(ib8606
19歳・女・サ


■リプレイ本文

 瘴気に還るアヤカシを確かめて、向井・操(ib8606)は周囲を見回した。
「おーい、こっちこっち」
「皆、怪我はなさそうだね〜♪」
 皆で走り回ったせいで舞い上がった砂埃を避けつつ、ケイウス=アルカーム(ib7387)と門・銀姫(ib0465)が手を振っている。二人の傍らでは、ジークリンデ(ib0258)が被った砂をはたいているところだ。
「この辺の砂は細かいなぁ。目に入ると痛いぜ」
「洗うか? そのくらいの余裕はあるぞ」
 マミーの群れが崩れた上を踏みしめつつ、滝月 玲(ia1409)が顔を払っている。だが幸い、羅喉丸(ia0347)が差し出した水筒の水を使うほどではなかったようだ。目を擦るのはいけないからと、彼ほどの経験豊富な開拓者に珍しくぽろぽろ泣いているが、生理的なものだから仕方ない。
「次から砂漠に来る時は、ゴーグルを持ってくるようにするわ」
「でもいざって時には、つい視界が狭いから外しちゃうのよね」
 便利そうな装備も良し悪し、ついでに顔が隠れて変な日焼けをしたらちょっと恥ずかしいと、真面目から女性らしいところまで会話が広がっているのはシーラ・シャトールノー(ib5285)とリンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 単なる移動時なら風も砂も日差しも、しっかり除けられるように上着などで調整していても、アヤカシが出れば身なりに構っていられない。どうしても砂を被る事になるが、この辺りの砂は特に粒子が細かいので叩き落とすのも一苦労だ。
「やれやれ、砂漠に住んでいる人は大変だな」
「昼は暑いくらいですものね」
 真夏に比べたら肌寒いと言うのはアル=カマル出身のケイウスくらいで、他は皆が今日の陽気は良すぎるほどだと、明王院 浄炎(ib0347)と明王院 未楡(ib0349)夫妻の会話に頷いている。
 昼夜の寒暖差が大きく、今は日差しを遮るものもなく、何より変化に乏しい砂漠の旅は、一度歩みを止めると進む方向を確かめるのも一苦労だ。操は先程から、首を傾げて太陽と周りの景色を見比べている。
「ええと、あっち?」
「少しずれていますわね。こちらの方向ですわ」
 明王院夫妻が引いてきて、戦闘時に放置したそりの場所から方角を確かめたジークリンデが、操の示したのとは大分違う方角を指した。口振りと行動がかみ合わないのは、一応気を使ったものらしい。
 目的地近くに出向いたことがあるナヴィドが描いた地図によると、目的地まではまだ四時間くらい掛かる。それでいて、この一日でのアヤカシとの遭遇率が三度目となると、先が思いやられるが‥‥
「さあさ、依頼人のご婦人のためにも、道中で作っちゃった借りのためにも、気合を入れなおしちゃおうかね〜♪」
 銀姫が歌うように宣言したかと思うと、口笛を吹き出した。気分を高揚させる吟遊詩人の技能だ。そういう効果を受けたものか、滝月が元気に先頭を切って歩き出した。地図を片手に、リンカが遠方を透かし見ながら続く。
 もうすぐ、オアシスが近いことを示す塚が見えるはずだ。

 千里の道も一歩から。
 文句なしの名言だが、その一歩が途方もなく重い場合は精神的に厳しい。
「えぇと‥‥泉の位置がそもそも分かりませんわね。植物は跡形もなく、さて、どこから手を付けましょう?」
 目的のオアシス跡に到着した一同は、ジークリンデが持つ図面を覗いて、一様に渋い表情を作っていた。ジークリンデ、未楡、シーラの三人が老婦人から聞き取った在りし日のオアシスの姿を描いた図面と現在は、ひどくかけ離れている。
老婦人の家の場所に目星をつけ、その周辺を重点的に探す計画の彼らだったが、計画は最初の段階からつまずいていた。老婦人の家は泉から歩いて五分ほどで、周りに椰子の木が十数本植えてあったそうだが、目印になるものが残っていない。家の残骸は幾つも見えるが、どれが誰の家だかさっぱりだ。
「残っている家が誰の家か分かれば、依頼人の家の在り処も推測出来るのではないか?」
 開拓者ギルドから借り出したシャベルを肩に担いだ操が、図面にやまほど書き加えられた依頼人以外の家の場所や特徴を示す書き込みを指でなぞりつつ、首を傾げた。
「そうだな。悩んでいたところで時間が過ぎるばかりだ。片端から当たってみるか」
 羅喉丸が頷き、率先して働くとばかりに一番大きなシャベルを引き出した。これが切っ掛けになって、浄炎と滝月もシャベルを取り、未楡、シーラ、ジークリンデは一抱えもあるふるいを持つ。四つあるそりのうち、空にした三つをケイウスが引いて移動させ、銀姫とリンカは周辺の警戒をする。
 三組の掘り返し担当班と砂の運搬役、警戒と休憩場所の設営と分かれた十人は、速やかに作業を開始した。
「この壁の具合だと、こっちが家の中か。中と外なら、中を掘ったほうがいいよな?」
「そうね。いい具合に日陰だし、屋内の方が何か出てくるわよ」
 ケイウスからそりを一台受け取ったシーラが、その上で滝月がすくった砂をふるいに受ける。ふるいの目は粗いから、砂はあっという間に流れて、最初は何も残らなかった。屋根が抜け、壁だけが残った家の中の砂も、掘った先から崩れてどこが掘り下げられたか分からなくなる。
 それでも作業を続けていくと、徐々に落ちた屋根に葺かれていたと思しき植物くずが砂に混じってくる。壁も埋もれていた部分が確かめられるようになったから、聞き集めた話に合致するところがないか、ケイウスが回ってきてそりで砂を運び出している合い間に顔を寄せて睨んでみた。眺める程度では、大分傷んだ壁から何かを探し当てるのは難しい。
 滝月もシーラも、頭のてっぺんから上半身はスカーフや上着で目元以外はぐるぐる巻き。下半身も靴とズボンの隙間にも布を詰めて、砂が入らないようにする徹底振りだから、しゃがんで背中を丸めていると、どちらがどちらだか分からない。そのくらい姿勢を屈めて、二人とも壁や砂の中から手掛かりを見付け出そうとしていた。
 二時間ばかりもそうした事を繰り返していたら。
「あのね、さっきから壁が随分落ちてると思ってたんだけど」
「うん。屋根との境かな。多いよな」
「これ‥‥二階の床が抜けてるんじゃないかしら?」
 誰かの思い出の品らしいものが出てきたら、まとめて持って帰ってあげたい。
 その思いは共通していた二人だが、何も出てこないことに多少の疲れを覚え始めた頃。シーラが出てくる漆喰の破片から『もしや』と言い出し、滝月がそりを立てて砂が崩れないようにして一箇所だけ掘り進めたところ、確かに二階の床が顔を出した。
 だから埋もれた家の壁の大半が低い位置にあるわけだと、二人は他の仲間がいるところに走り出している。

 幼い頃は穴掘り操と呼ばれ、近所の住人から恐れられていた自分が、何故にここでは捜索に加わっていないのか。操はたいそう疑問に思っていたが、任された仕事は休憩場所の設営だ。それがそのまま野営場所になるから、大事な仕事なのは承知している。
「私のスコップは、天地を抉るスコップなのに‥‥」
「あー、天幕の柱と裾、もっと掘って埋めないと強風で中身ごと飛ばされるから。その気合で、よろしく頼むよ」
 砂地で重い荷物を引いて歩くのは慣れが必要と、掘り担当の三組がそりに積み込んだ砂を、延々と空き地に捨てて回るケイウスが、水を取りに来たついでに言い置いていった。
「まだ足りないのか? 結構掘ったぞ?」
「ここの砂はすぐ流れるって、ナヴィドも言ってたよー」
 どうも小隊仲間の知人だったナヴィドと、アル=カマル人同士で会話が弾んでいた様子のケイウスは、操が言われた点を守って張ったはずの天幕がまだ危ないと言ってのけた。そんなことがあるものかと、操が天幕を支える柱を試しに押すと‥‥確かに傾いたので、地道にまた掘る事にする。
 途中から、荷物で柱を支える手段も考え始め、二つの天幕を張り終えた操が荷物を収めて、外に出るとケイウスが火を焚いている。日が暮れないうちに火を焚いておくのは、まあ当然だろう。
 ただ、その燃料が道々立ち寄った部族から貰って来た家畜の糞を乾燥させたものだというのが‥‥開拓者生活は色んなことがあるものだと、操に実感させている。

 掘り返す担当の作業は、いずれも同じだ。これと思った家の屋内だった場所の砂を掘り、ふるいにかけ、除けた分は別の場所に捨てる。捨てる分だけはケイウスがまとめて担当しているから、ひたすら同じ作業の繰り返し。
「百年は長いな」
「ええ、目的の品が無事か図りかねますが‥‥この調子では、相当下の方に埋まっていそうですね」
 そもそも他の儀では百歳を生きることは稀だ。アル=カマルでもエルフ族だけが、その長寿を達成することもままあると聞いたが、人間の羅喉丸やジークリンデには祖父母かその前の代の話になってしまう。そんな長い時間、一人で抱えてきた想いをなんとかしてあげたいというのは、二人に限らず全員の望みだった。
 だが、自分達が掘り返していた建物が、どうやら二階家だと知らされ、図面にある二階家から老婦人の家を割り出した一同は、改めてそこをどう掘り進めるかと相談を始めた。
 ついでに、もう一つ。
「この家から目的の人形がすぐ出てくれば、他のところも探せるかな?」
「便宜を図っていただいたお礼は、必要ですからね」
「ナヴィドに、魔の森の話だけ聞けばよかったんだけどなぁ」
 せっかく現地までの道を知っている者がいるなら、危険な場所について教えてもらおう。そう考えた羅喉丸は、老婦人に開拓者ギルドを紹介したナヴィドにあれこれと現地の情報を尋ねた。ナヴィドは依頼を受けた中に母の恩人がいるからと、丁寧に質問に答えただけでなく、近隣の部族や水場の情報を教えてくれた。おかげで道中に何度も水の補給が出来て、水の心配はしなくても良くなっている。
 代わりに、老婦人同様に避難して以降の様子が知りたいと老人に強請られること、両手の指では足りず。そうした人々からの情報もより集めて、オアシスの図面は詳細さを増し、ついでに彼らも一宿一飯の世話を受けたりしている。銀姫が借りを作ったと冗談めかして言うのは、あながち間違いではなかった。
 時間が残れば、羅喉丸は他の家も掘るかも知れない。ジークリンデも依頼人以上に歳ふりた老人に頭を下げられたのを思えば、手伝ってしまいそうだ。
 なにはともあれ、まずは百年も一人寂しく眠っていた子供を助けてからのこと。

 志体持ちだのテイワズだのと言われ、弓術師の技能を見つけた者なら、一般人に比べれば段違いの力を持っている。だが、そうした能力者の中だけで見ると、リンカは自分が少しばかり非力な方に分類されるのではないかと思っていた。
「あっはっは〜。適材適所と言うんだよ〜♪ 一番目が利く人が見張り、なんの不思議があるものか〜♪」
 適材適所に文句はないが、銀姫の節回し付きの言葉はふわふわと妙に楽しげだ。生来か、今までの生活で培われたのか、そういう性質らしい。吟遊詩人らしくて結構なことだが、
「あぁ、上を向いて跳ねたら、ここじゃ転ぶわよ。楽器は平気?」
「う〜ん、うっかりすると足元が崩れるのは大変だね〜♪ ナヴィド達は、よくこんなところで生活してると感心するよ〜♪」
 それは慣れか、住んでいるところがもっとしっかりした場所だろうと、うっかり砂に足を取られて転倒した銀姫に手を伸ばしつつリンカは言いかけ、立ちあがろうとする銀姫の肩の遥か向こうに小さな影が落ちたのを見付けた。すぐに視線を跳ね上げると、銀姫も振り返る。
 かねてからの手筈通りに呼子笛を鳴らしたのは銀姫だが、応援を頼む長い次の音は発せられなかった。たかが一体のアヤカシ、飛行するからといって応援を呼ぶほどではない。
 ただ。
「うん。こんなところで走れるのは、尊敬に値するかも」
 帰り道だと途中まで同道したナヴィドが、何度か砂漠でも全力疾走していたのを思い出し、リンカは足元の砂を恨めしく見下ろしている。弓を射るのに、軽く踏ん張ったらよろけるなんて、細かい砂はなかなか難物だった。
 銀姫も平家琵琶から砂を落とすのに、索敵より余程苦労している。

 夜間はアヤカシも休息する、という訳でもなかったろうが、十分に穏やかな休息が取れた捜索二日目。明日は昼前に発たねば約束の期日に間に合わない。つまりは今日のうちに、老婦人の家の跡と目星をつけた場所を捜索するのが安心だが、平屋のほとんどが埋もれた家から何かを探し出すのは、予想していたがやはり重労働だった。
 それでも、半日も八人掛かりで掘り続ければ、何かしら出てくるようになるもので。
「何か硬い感触があったな。ここから下は、掻き分けたほうが良さそうだ」
 老婦人の記憶もいささか混乱して、問題の人形は台所と居間のどちらに置いていたか分からなくなっていた。他にもう一部屋あるから、台所は浄炎と未楡の夫婦が担当して、居間に四人、もう一部屋に二人が入り、それぞれに延々と掘っていた。そうこうするうち、浄炎が砂に刺したシャベルが硬いものに当たる音がする。
「今の音だと、木ではありませんね。家財かしら」
 一緒になって、手で掘り返しだした未楡は、少しして覗いた石造り竈に目を細めた。老婦人はここで毎日食事を作って、家族を養い、死んだ子供を弔っていたのに、その生活が一気に失われてしまったのだ。母親である点は同じ未楡には、考えるだけでも辛い。
 死んだ子供も、母の手を失って砂に埋もれて、いかほど寂しかったかと思いを巡らせていた未楡だったが、夫の手に肩を叩かれて顔をあげた。
「ここが竈で、あちらが勝手口だ。居間に通じる扉が、ここ。お前なら、燃えやすいが離したくないものはどこに置く?」
「こちらのおうちは煉瓦ですけど、棚があって便利な場所は変わりないでしょうし‥‥この竈なら、調理道具はここが置き場所だったかしら」
 窓の近くよりは奥。日が当たらない位置で、動線の邪魔にならない。だが部屋の造りからして、窓のある壁にも作りつけの棚があっても不思議はない。一家の主婦らしい視線で台所を見回した未楡は、棚の位置を二箇所推測した。
 場所を絞っても、砂を掻き出す作業の苦労はこれまでと大差ないが、息の合った夫婦二人の作業で棚が掘り出された。壁に作り付けで、扉が付いている。扉は軽く引いたら外れてしまったが、おかげで中は砂を被ることもなく整然と並んでいて。
「‥‥‥‥」
 花柄だろう布を敷いた上に、小さな人形が置かれていた。エルフの女の子の人形。老婦人に聞いたとおりの姿である。
 自然と手を合わせ、頭を垂れた夫婦は、しばらくその姿勢でいたが、布ごと取り上げた人形を大事に手拭いに包んだ。後はすぐさま帰っても、依頼は果たした事になるのだが。
 それでさっさと帰り支度をするような者なら、はなからこんな手間ばかりの依頼など請けてはいないのだろう。