砂迅騎の成人
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/01 10:12



■オープニング本文

 ラクダレースは、アル=カマルでは何かにつけ行われる。
 祭りの余興、吉凶占う祭事、時には部族間の揉め事の決着を託すことまで、開催される理由は様々だ。ついでに賭け事の対象と、異性への見せ場作りにもなりやすい。
 なんにしても、アル=カマルの人々にとっては、住む場所と老若男女を問わず身近なレースである。

「うちの息子の成人祝いにも、近くの部族も集まってラクダレースをやるんだけどね」
「それは盛大な。部族長のお身内か何かで?」
「全然。うちの周りでは、ジンが成人する時は部族を挙げてお披露目する習慣があるだけ。普段、関係がある隊商も招くから、よその連中も新人の腕試しでだいたい砂迅騎を出してくるかな」

 アル=カマルでも成人年齢は余程偏屈な部族でもなければ、十四歳としている。だが成人の儀は部族ごとの習慣が色濃く残り、様々な形式があった。
 これまでに何度か開拓者ギルドと縁のある女性、ミーザーンの部族でジンの成人は披露する習慣があるのは、砂漠の護衛を生業の一つにするからだろう。さぞかし多数の客が集まって、賑やかにラクダレースをするに違いない。
 もちろん、ミーザーンにしたら一人息子の成人だから、盛大に祝ってやろうと考えてもいる。これまでは修行で部族を離れていたと言っていたから、久し振りに戻ってきた息子の晴れの舞台である。母親の多くが息子の当日の衣装選びに腐心するのは、都市住民でも遊牧民でも大差はない。
 そんなことを、アル=カマル出身の係員は思ったのだが、事はラクダレースだけでは済まないらしい。

「あと、砂龍のレースと、ラクダと羊の品評会と、今回はジャウアドのとこが駿龍か何かを連れてくるって言い出して、別のとこが甲龍を持ってくるから、多分競うわね」
「龍も出てくるとは、すごい話‥‥って、ジャウアドってあのジャウアド? 他ともめたりするようなら、こちらも人を出すのはお断りですよ」
「もめたらレースで決着付けろって言ってあるから大丈夫。よそだって、たまにはあいつをへこませてやろうって、砂迅騎達がてぐすね引いてやって来るわよ」
「はあ‥‥それで、開拓者は何をしたらよいので?」
「単なるお客。何度も世話になってる人もいるし、開拓者になっているジンも見てみたいし、よその儀の人を招待したら息子の箔にもなるかと思って。レースに参加してくれるといいけど、乗り慣れない動物は嫌かしらね」

 依頼人ミーザーンは、遊牧民の過激派の頭で知られるジャウアド・ハッジと義理の姉弟の関係になる。彼女の亡夫がジャウアドの兄で、二人の間には血縁はないが、今回の成人の儀の主役である息子とは血の繋がった叔父と甥。どちらも龍のアヌビスだというから、母親でもエルフのミーザーンとより似通ったところがあるかもしれない。
 親戚だから当日はもちろん訪ねてくるが、ジャウアドの部族は先の戦乱以降も何かと小さな問題を起こして、都市住民とはたいそう仲が悪い。ミーザーンの部族と取引がある隊商や商人と、些細なことで揉め事を起こす可能性は無きにしも非ず。
 そういうのに巻き込まれると、後々の活動に差し障ると係員は心配したが、ミーザーンは短気な義弟でも甥の恥になる真似はするまいと、それなりに信用しているようだ。

「ジャウアドより、うちの息子の方が心配でねぇ。父親が早く死んだせいか、叔父さんはカッコいいとか馬鹿なことを言って、二年近くも家出して向こうで修行してたのよね。ジャウアドに突っかかるのがいたら、率先して喧嘩を買いに行きそうで」
「主役がそれは困りますね」
「だからさ、開拓者が来てたら、息子も皆もそっちに興味が出て、つまらない揉め事にもなりにくいと思って。座ってて、飲んだり食べたりしてくれればいいから、暇な人に声を掛けておいてちょうだい」
「気が向いたらレースに参加、と」
「そうそう。あ、自分の龍を連れてきて、他の客に挑んでもいいわよ」

 それなりに信用している義弟より、息子の方が若い分だけ暴走しそうなので、目の前に色々珍しいものを揃えて興味を引いてやれというのも、今回の招待にはあるようだ。
 だが、単純に開拓者には世話になったから美味いものでも食べに来て欲しいと言うのも本心に違いなく、ミーザーンは当日出る予定のご馳走をあれこれ説明し、係員もその豪華さに笑顔で応対して、依頼は無事に受付となったのだが。

「あれ、どうしました?」
「さっきの話って、本当に食べ物のこと?」

 係員が振り向くと、天儀出身の同僚が真っ青な顔で尋ねてきた。
 係員には、その理由がさっぱり分からない。


■参加者一覧
露草(ia1350
17歳・女・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
アルセリオン(ib6163
29歳・男・巫
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
トィミトイ(ib7096
18歳・男・砂
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

「のぅ兄ぃよ、母様を蔑ろにするでないぞ。家族の絆は、仲間や友に劣ることなき宝じゃからな」
「そのくらい、わざわざ土地を離れなくてもわかって当然だぞ、お子様め」
「餞に言い返す奴があるか、貴様こそ子供だ」
「けっ、部族を抜けた奴にとやかく言われたくねえや」
「‥‥だから、俺は言葉なぞ送らん」
「なんじゃ? めでたいと思うなら、祝えばよかろうに。客ならば、それが当然であろうが」
「‥‥‥‥せっかく成人したのだから、ジャウアドの真似はせずに親孝行でもしろ」
「叔父さんの真似するなって、お前で二人目だ! 腹立つ!」


その依頼を見て、アルバルク(ib6635)は考えた。
 宴会である。ただ飯、ただ酒、綺麗なおねえちゃん。金にはならないが、これは行くしかあるまい!
「トイ、出掛けるぞ」
 別の依頼書を眺めていたトィミトイ(ib7096)は、新たな仕事かと頷き‥‥中身を知って、渋りだした。
「俺が顔を出す席ではない‥‥おい、何をする、聞いているか?」
 もちろん、アルバルクは聞いていなかった。トィミトイが今回の宴の主役や依頼人と旧知の仲で、主役とは禍根がある間柄だと知っても、結局『まあ、なんとかなるだろ』で済ませ、トィミトイの意思が無視だ。
 それからしばらくして。
「おぉ、成人のお披露目か。めでたい話じゃなっ」
 どう見ても当人はまだ成人前のヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)が、朗らかな声でこれまた注目を浴びていた。当人は気にした様子もなく、ラクダレースだ龍もあると、跳ねるように受付のところに向かっていた。
 こんな風に騒ぐ者達がいれば、それなりに人目も引こうというもので。
『アル、これに行くにゃっ』
 押しかけ相棒の猫又・柘榴の主張に、片眼鏡を押し上げながらアルセリオン(ib6163)が振り向いた。珍しいから見に行こうと興奮気味の柘榴に対して、アル=カマル生まれのアルセリオンにはラクダレースも、オアシスでの宴会も珍しいものではない。
 宴会はどこもたいして変わりはないと思っているが、急ぐ予定もないので、柘榴の願い通りに行くことにした。人が集まるところなら、何か街とは違ういい買い物が出来るかもしれない。
 その後もぱらぱらと人が集まり、出発日時を一応揃えて、十人ほどが出掛けることになった。

 だが、出発するからには色々と準備も必要で。
「さぁ、いつきちゃん、アル=カマルのお祝いの席ですからね。お洒落して、お行儀よくしましょうね?」
 龍まで連れて行っていいのだから、人妖の一人二人は問題なしと聞いたので、露草(ia1350)は人妖・衣通姫に晴れ着を着せ掛けていた。うきうき動く衣通姫にようやく綺麗に着せ付けて、今度は露草が自分の持って行くものを包んでいたら‥‥くるくる回っていた衣通姫が転げて、また最初から。
 そんな元気すぎる相棒も大変だが、熾弦(ib7860)は昼夜の激しい寒暖差と乾燥に疲労気味の羽妖精・風花の対処に追われていた。単純に気候に負けているなら、アル=カマルを離れるだけだが、ちょっと元気が出ると興味の赴くままに動き回る風花自身に原因があるのでは如何ともしがたい。
「そんな調子で、先方にご迷惑は掛けないようにね?」
 修羅の自分が行くだけでも驚かせるかもしれないのにと、行く前から少々後悔気味の熾弦だったが‥‥
「お祝いやからな。こーいうのはド派手にやったほうが、先方さんも喜ぶもんや」
 しかるに、この帯はどの順番で掛けたら一番映えるだろうかと、霊騎・ヘリオスにこれでもかと飾りつけ、まだ鞍に天儀の着物帯を翻させようとしているジルベール(ia9952)が、皆と合流してから真顔で尋ねてくるのに出会えば、大抵の心配はすっ飛ぶだろう。
 だが、あまりの飾り立てに呆然とした者もいた中、最初に身を乗り出したのはこれまた天儀の礼装に虹色の外套と着飾った門・銀姫(ib0465)だ。依頼人のミーザーンからの依頼を受けたことがある彼女は、その時の相手の服の色が赤だったからそれが上だと主張する。
「天儀の着物柄はね〜、アル=カマルと意匠が全然違うから〜、どれでも喜ぶとは思うけどね〜♪」
 早くも楽器をかき鳴らし、即興で歌っている銀姫の背後から、やはり赤を推したのは雪刃(ib5814)である。こちらもミーザーンと別件で面識があり、赤の地に他の色を配した服を来ていたのを覚えていた。
「何、天儀も泰国も、赤はめでたい色ではありませんか。ジルベリアの祝い事でよく使う金銀も入っているし、アル=カマルで無作法ということはありますまい!」
 こちらは紋付袴と、たいそうめでたい姿の霧雁(ib6739)が、これまた全面芍薬柄の華やかな扇子を振り回して、おどけている。あんまり浮かれて見えるからか、『ねえ?』と同意を求められたアル=カマル出身者達の反応が鈍かったが、まあ問題はなさそうだ。

 無事に到着したオアシスは随分な人出で、一体どんなお披露目かと思えば。
「部族間で境界線付近の草地の使用順を決めるんだ。その相談で集まってる」
「ほぅ、ジャウアドの奴も、そういう相談は出来るのか」
 アルセリオンが無理やりトィミトイに説明させた人出の理由に、ヘルゥが鼻の頭に皺を寄せてひとくさり文句を言った。早くもジャウアド達と縁がある霧雁は、彼らを見付けて
挨拶に走っているが、定住民から砂賊と呼ばれる彼らと友好的な者は開拓者には少ない。大抵はヘルゥ同様、『話し合いが出来るなら、武力に訴えるな』と感じているだろう。
 いつまでも表情を曇らせている訳にはいかないし、何より招待主への挨拶もまだだと、手近の者にミーザーンの部族がいる場所を尋ねようとしたら。
「こいつは売り物ちゃうで。お祝いがあるゆうから飾ってきただけや」
 いつの間にやら、彼らは『他の儀の商人ではないか』と目敏い人々に囲まれていた。特に見るからに派手な霊騎連れのジルベールは、複数の馬商人にがっちりと腕を捕まえられている。
「おい、お嬢ちゃん達、こっちこっち」
 他の者も商売の話をしようと誘う人の輪に取り込まれかけたが、アルバルクが女性陣の手を引いて、上手に脱出した。トィミトイも無愛想に人を掻き分けて出てくる。
 つまり、取り残されたのはジルベールとアルセリオンだ。どちらも相棒に目を付けられて、売れ売らぬ、では家畜と交換だとやられているようだ。
『ワガハイも、人気者、過ぎて‥‥大変にゃ』
『愛想を売るのも、時によりけりだよな』
 人より先に騒ぎから逃れた猫又・柘榴は、同族のジミーと龍達の影でしばし毛繕いに勤しんでいた。

 ジルベールがまだ大変な目にあっている頃。他の一行はミーザーンを見付けて、それぞれに挨拶をしていた。
「こんな賑やかな席に、わざわざ招いてもらってありがとう」
「いやぁ、こんな人数のところで歌えるとは〜♪、吟遊詩人冥利に尽きるのだねぇ♪」
 よく来てくれたとぎゅうぎゅう抱擁して出迎えてくれたミーザーンに、雪刃は丁寧に頭を下げ、銀姫は元締めへの断り無用で歌えると知らされてほくほく顔だ。
 初対面のヘルゥや露草、熾弦もぎゅうぎゅうとされ、熾弦は龍のアヌビスと間違えられている。修羅を知らないミーザーンやその部族の人々は、あまり種族に拘りがないのか違うと聞いても『珍しい客が来たよ』で終わっている。
 それはそれで良かったけれども。
「さあ、遠慮なく!」
「あんた、面白いのと一緒にいるね」
 女性陣が抱擁されたのを見たアルバルクが、にこやかにミーザーンに両手を広げている。露骨に抱きつこうというのが見えて、露草と熾弦、彼女達の相棒からは呆れ果てた視線を投げられていた。ヘルゥは容赦なく、客の分を弁えろとアルバルクの足を蹴り付けている。
 そんな上司の様子に、トィミトイはますます仏頂面になっていくが、ミーザーンは笑って受け流していた。
 それから後は自由行動だ。

 ところで。
 本日の主役であるところのミーザーンの息子は、ナヴィドという。まだ挨拶はしていない。それで雪刃がただご馳走になるばかりでよいのかと悩んでいると、正しく彼女の名前を呼んだ少年がいた。
「母の命の恩人の一人だと聞いた」
 言葉の選び方はあまり上品とはいえないが、丁寧な口調で礼を言ったナヴィドは、最後に慣れぬ様子で頭を下げた。天儀のようなお辞儀の習慣はないと見えてぎこちないが、一緒に果物と茶菓をいただいていた熾弦と露草にもぺこりと一礼する。
 が。
「うわっ、なんだ、これ。ちょっと借りていいか? 母さんに見せてくる」
 人妖と羽妖精を目にしたところで、よそゆきの顔がはげた。捕まりそうになった二体はきゃあきゃあ賑やかに走り回るが、衣通姫が掬い上げられた。
「「ちょっと」」
 借りていくと待てとが重なった。思いのほか扱いは丁寧だが、この調子で連れて行かれたら、いつ戻ってくるか分からない。というか、ジルベールが馬商人に囲まれて、どこに連れ去られたのだか不明なのと同じ事態が、間違いなく発生する。雪刃は管狐・神影の呼び出しを今は絶対するまいと、密かに心に決めていたほどだ。
 この危機感は、熾弦と風花も切実に感じたらしい。
「母君が手の空いた時に見に来たらいい」
 祝いを述べに来る人の相手で忙しそうな人のところに連れて行かなくてもと、熾弦が妥当な意見を出したが、ナヴィドは渋っている。この辺はまだ子供だなと、三人が思っていたら。
「ナヴィド兄じゃな? よその部族が祝いに来てくれるのに、当人がおらぬのは感心せぬぞ」
 この中では誰より子供のヘルゥが、料理が大量に載った皿を抱えつつ、ナヴィドに背後から声を掛けた。自己紹介も忘れてないが、なにしろ手にしているものがもの。
「挨拶を立派に受けるのも、一人前の証ぞ」
「飯に夢中の子供に言われてもな」
 久し振りの故郷の味を、皆に勧めるだけだと噛み付いたヘルゥだが、どう見ても『ご馳走山盛りで満面の笑み』だった。でもおかげで衣通姫は無事に露草のところに戻ってきた。
 だが、ナヴィドが未練がましい視線を向けてくる上に、その様子を見ていた辺りの人々も興味津々な様子に、露草と熾弦は急ぎ対処を考えて‥‥ヘルゥが各種レースを口にしたので、閃いた。
 羊のレースに二体を出すことにしたら、きっともみくちゃにされることはないだろう。今のままだと、危険な気がする。
「せっかく招待してもらったのだから、少しは盛り上がりに貢献せねば」
 それは確かにと、ナヴィドが他の参加者に断りを入れてくれた。とはいえ、出番はまだまだ先のこと。
 ならば、まずは腹ごしらえとヘルゥが女性陣の前に広げたのは、色々な料理で。
「この頭は羊かな?」
「滅多に食べられないものばかりですねぇ。陰陽師たるもの、なんでも経験です」
「‥‥‥」
 まったく物怖じしない雪刃と、気合が入った露草と、何もまるごと出てこなくても良かろうにと思った熾弦とが、皿のど真ん中に鎮座している羊の頭の塩茹でに取り掛かった。ヘルゥは頭の中に入っていたものを、美味そうに食べている。

 オアシスとはいえ乾燥した場所では、蜂蜜がちょっと入った水がたいそう美味しい。
「いや〜、至れり尽くせりでありがたいねぇ〜♪」
 本日の主役の顔は全然見ていないが、銀姫はたいして気にしていなかった。こんな場所でやることといえば、それはもう歌って踊る。これに尽きる。わざわざこんな心遣いをしてくれる相手なら、とやかく言わずに賑やかしに徹するのだ。
 ここしばらくは開拓者ギルドの依頼はそっちのけで、アル=カマル各地で歌や演奏を仕入れていたから、いい披露の場が得られて、気合も入る。しかもご馳走付き。
 ただ、同業者からはジャウアドの近寄らないようにと忠告された。首都との揉め事がどうとかではなく、単純に酒癖が悪いからだ。力加減なく抱きつかれたら、大抵の歌姫も舞姫も苦しいに決まっている。
「お祝いの席で〜、蹴飛ばしたら駄目だしね〜♪」
 そりゃ避けるしかないと歌っていたら、それは平気と返された。主役の叔父を蹴飛ばして平気な理由は流石に分からず、銀姫が首を傾げたら。
「酔いが醒めたら、全部忘れてるよ。取り巻きが五月蝿い時もあるけどね。ま、振られること百回は超えたっていう義姉さんがいるから、酒は控えるんじゃない?」
「亡き兄の遺した妻に懸想? ‥‥似合いませんよっ」
 珍しく節を付けずに叫んだ銀姫に、周りが一斉に笑い出した。

 同じ頃。吟遊詩人達に噂されているとは知らないジャウアドは、すでに結構出来上がっていた。それでも今はまだ陽気になっている程度。もともと機嫌も良いから、無茶な振る舞いはしていない。
「いやぁ、いい呑みっぷりですよ。ささ、天儀の酒もぐいといくでござる」
「なんだぁ、二本きりか。もっと持ってこなきゃ、皆にいきわたらねぇだろ」
 無茶はしていないが、飲ませ続ければ怪しいのに、せっせと酌をしているのは霧雁だった。何を見てもめでたい、吉兆、先が楽しみと並べ立て、旧知のジャウアドや取り巻きに酒を勧めている。取り巻きもすっかりいい気分で、この後の各種レースに出られるのかいささか危ぶまれる状態だ。
 実は霧雁がジャウアド達の棄権を狙っている、なんてことなく、性格的にこういう場所では偉ぶる者に追従してしまうのだ。その合い間に、自分も美味しい思いが出来ればいいわけで、酒は程々だが、料理は出てくるものを片端から堪能している。
「いやぁ、ミーザーンさんのご子息が成人とは、おめでたいでござる。ジャウアド殿にも良く似ておいでだ」
 あれなら将来も有望に違いないと、根拠なく褒め称える霧雁の態度も、宴席でのお世辞ならよくあることだ。それまで陽気だったジャウアドが、突然しんみりしたのが予想外なだけで。
「兄貴に瓜二つだ。街の連中に殺されなければ、今日はどんだけ喜んだか」
 後で霧雁がミーザーンに聞いたところでは、彼女の夫は護衛の仕事中に大砂蟲と遭遇、依頼人や仲間から引き離す役を引き受け、逃げ切れずに死んだ。ただ大砂蟲に近付きすぎたのは依頼人に非があって、ジャウアドは殺されたと言うのだ。
「ま、ま、ジャウアド殿がそんなお顔では、ミーザーンさんが心配するでござるよ」
「あいつに、そんな神経はねぇ! 俺んとこに来れば、苦労させねえって言ってるのに意地張りやがるし」
 それは意地を張ったのではなく、ジャウアドがちょくちょく引き起こす揉め事に巻き込まれるのを嫌っただけではと霧雁でも思うが、もちろん口にはしない。開拓者と繋がりがあるミーザーンに影響されて、ジャウアド達も依頼を出すくらいに距離を縮めてくれればと考えているが、こちらももちろん秘密だ。
 今日のところは、皆が楽しく過ごせればいいのだ。

 ところが、あんまり楽しく過ごせていない人もいる。
「あぁ、大丈夫や。ちゃんと揃うとる」
 ベルナールが馬商人に囲まれている間に、ヘリオスの装飾を人々が触っていった。それでもヘリオスを興奮させずに行くから、皆が馬の扱いにも慣れているのだろう。ただ遠慮がなくて、色々飾っていたのがばらけてしまい、なくなったものがないかを確かめていたのだ。
 失せ物の一つでもあったら大捜索するつもりのミーザーンとナヴィドも、胸を撫で下ろす。どちらも馬好きで、装飾をやり直すのに嬉々として手を貸してくれた。宴会の主役と母親だが、そろそろ場が砕けてきて、お客の相手も一段落したようだ。
 つまり、ベルナールは延々と馬商人に捕まっていたのだが、途中からは宴会と馬談議になっていた。とはいえ、油断すると値段の話を出してくるから気が抜けず、ちょっと疲れ気味。
 だがしかし、そろそろラクダレースが始まるという。それに合わせて準備が必要だ。乗るのはいい、馬とたいして変わるまい。宴会らしい仕込みが大事なのだ。
「これか? 薬玉ゆうて、祝い事に良く使うんや」
 早く準備して、ラクダの前の羊を見ようと思っているベルナールは、たいそう大雑把に仕込みの道具を説明している。

 さて、羊レースには滅多にないことだが、子供以外が参戦する事になった。
「人妖と羽妖精に猫又‥‥大穴過ぎて、狙っていいものかどうか」
 こういう場所にはつきものの、着順を賭ける胴元の近くで、アルセリオンは慣れた様子で料理の骨付き肉を自分の猫又に取り分けてやっている。それが実は子羊の丸焼きだとか、添えてあるのが脳の丸揚げだなんて言わない。ごく普通の宴会料理だし、これも経験だ。柘榴が来たいと言い出したのだから、食べ物に文句をつけられては叶わない。
 それよりも、あまりに予想外の騎手に賭けるべきか否か。宴会中に随分話し込んで、近隣の名産の情報を教えてくれた商人も、アルセリオンの解説で人妖と羽妖精はいけるかもしれないと悩んでいる。
「しかしちっこい生き物だよな。大丈夫か?」
「あれでも、鍛えればアヤカシと戦える」
 身に付けているのはどこの儀で作ったもので、人の使うものと大差なく仕上げられているとか、どういう特徴があるとか。語りつつ、アルセリオンが他に幾つか示した日用品は製作した儀での価格を尋ねる商人が他にもいた。
 彼も買い物したくなる物があればよかったが、遊牧民相手の商売で来た面々は彼にとって目新しい品物をほとんど持っておらず、たまに目を引く物があっても値段が折り合わない。だが目の保養と修行にはなったので、そのうちにもっと大きな市が立つ時に出会えればいい買い物が出来そうだ。
『これ、美味いな』
「羊の脳みそだ」
 その時は、柘榴には買い食いするなら自分でどんな料理か確かめろと、念押ししたほうが良いだろう。ぶつくさ言いながらがっつかれるのは一度で十分だ。

 そして、羊レースが賑やかに開幕する。
「さぁさ、見所は昨年優勝者と、天儀の人妖、猫又、羽妖精の勝負ですよ〜♪ でももしかしたら、あなたのとこの子供さんが抜け出すかも〜♪」
 人目を集めるのに、吟遊詩人達が揃って勇壮な曲を奏でて盛り上げる中、ジミーは羊に括りつけられて登場した。衣通姫と風花は、一応それらしく跨っている。
 だが、疾走し始めた羊の上からは、三種類の悲鳴が響き渡り。
「羊の胴体を足で挟んでさ、走る方向を調整しなきゃ駄目だよ」
 優勝者は、明後日の方向に走り去った羊が連れ戻されるのを横目に、そう得意げに語ったという。
 これだけならよかったけれど、どこぞの族長が人以外三体の様子に笑い転げてしまい、とある一人の怒りに火をつけた。
「許しませんわっ、いざ尋常に勝負!」
「え? あの、勝負ってまさか」
「あれは確かにいただけないが‥‥私は騎乗は苦手なのだが」
「いやぁ、酔っ払いのやる事に目くじら立てたらいかんでござる」
「よし、自分で足で勝負だ! それなら文句ねえな!」
 実は酒癖が悪いのが一人、はなから悪いと分かっていたのが一人、更に巻き込まれたのと飛び込んだのとが集団で、周りに囃し立てられながら適当な目印目掛けて走り出した。
「なんだ、これも賭けるのか?」
「おっ、楽しそうなだな。混ぜろ混ぜろ」
「なんや、人が必死に乗っとったのに賭けか。あ〜、揺れるから酔うなぁ」
 ラクダレースは、疾走順なら主催した部族の青年が優勝したが、祝いの席だと曲芸まがいの射的をこなした客人も、優勝に準じる扱いになった。割れた薬玉から飛び出た紙吹雪は、子供達が楽しげに拾い集めている。おかげで配当に大穴が出て、稼いだ分を吐き出させようとまた誘われた客に、別の客が混じり、曲芸でいいならとその後の龍レースにも別の技が披露される始末。
 胴元は随分儲けが少ないと嘆いていたが、結局稼いだ側がその場で財布から吐き出して振舞い酒に化けたから、宴席は盛り上がっている。
 そんな中で、若い砂迅騎が三人で何か静かに話していたと思ったら、途中からお互いに砂の掛け合いになっていた。あんまり続けると、きっと誰かが砂漠に追い立てていくだろう。勝負はレースでつけるのが、本日の決まりだ。