|
■オープニング本文 魔の森のアヤカシの動きが活性化した。 そう知らされても、土地に根ざした生活をする庶民は簡単に逃げ出せるものではない。だが、その集落では里にあるだけの荷車に馬やろば、もふらを繋ぎ、山積みの荷物を載せ、押し進めていた。周りにはそれぞれの家財などを持てるだけ持った人々が、急きたてられるように歩いている。 皆が背後を振り返るのは、家を心配してではなく。 「病人の様子はどうだ?」 「ようやく落ち着いたけど‥‥なんでこんな、食い詰めた行き倒れみたいなことに」 荷車の一台には、子供や老人ばかり数人が横になっていた。一様に顔から血の気が引き、ぜいぜいと荒い息を繰り返す。中には布団で巻かれていても、ぶるぶると震えている子供もいたが、それでも最初よりは少し落ち着いた状態だ。 「おまえ達は調子が戻ったか?」 「なんとか。しかし、嫌な汗は出るし、足は震えるし‥‥真夏の昼間に気分が悪くなるのとは、また違う変な感じだ」 荷車の周りには、横になっている者達の家族とは別に、若者が数人いた。彼らと倒れた者達は一緒に里の外れの作業小屋から種を運び出していて、里に急を知らせたのだ。その時、子供や老人を担いで運んだ彼らも、体が冷えているのに汗を流すおかしな状態だったが、こちらは頑丈な分、回復も早い。 子供や老人も薬師達が茶や薬を与えて、なんとかひどく冷たくなっていた手足に体温が戻ってきた。こんな避難の時でなければ、煎じ薬を与えたりも出来るが、ともかく逃げるのが先決。 なぜなら、若者達が口を揃えて、里の外れに人のような怪しい姿を見たと言うのである。怪しいとは、その人影が半ばもやのようにはっきりしない様子で、声を掛けても何の返事もなかったから。どこかの人里から逃げてきたのなら、声掛けにはなんらかの反応をしようというもの。 それで、人々は急病人を抱えながらも、満足に休憩も取れずに歩き続けていたのだ。 倒れた者達の呼吸が安定して、薬師達がほっと安堵の息を吐いた時。 今度は荷車が数台、最近の雨で出来たぬかるみにはまって動けなくなった。 「逃げるのが先だ。後で取りに来たらいい」 「この荷は北面の皆があてにしているのだぞ」 荷車の上には、租税として里が収める物資が積まれていた。一旦放置して、後で兵士らに力を借りて取りに来ようと言う者と、これを持っていかねば駄目だと主張する者とが睨み合い、その間に他の者達が少しばかりの休息を取っていると、 「おい、後ろのほうになんか来てる!」 里の外れで見た怪しい影と、それ以外になにやら蠢くモノとが、やってきた道の果てに見えていると、ずっと警戒を続けていた里の猟師が知らせて寄越した。 更に。 「前のほうにも、何かがっ」 遅れないようにと、先頭になっていた病人らの荷車に張り付いて、子供の母親が悲鳴を上げた。それに、疲れた人々が慌てて逃げ散ろうと仕掛けたが、前からやってきた『何か』の方が速い。 近付く影から聞こえてきたのは人の声で、呼ばわるのは里の名前だ。 「芹内王からの依頼で駆け付けた。薬師の里の皆さんに、間違いはないだろうか?」 北面がわざわざこの里をと指定して助けを寄越したのは、そこが薬草を栽培し、様々な薬を作り、古くから北面に収めてきたからだ。その扱いに長けた者も多いので、急病人を抱えての無茶な避難をここまで続けてこれた。 しかし、その薬を積んだ荷車が動かず、背後からは『何か』が近付いてきて、けれども荷を捨てることも出来ず。 危ういところで現れた開拓者の姿に、人々は安堵して座り込んでしまったが‥‥避難は、ここからが正念場のようだ。 「さあ、立てるか? 後ろは気にせずに避難するぞ」 「だが荷物が、薬が」 「薬か‥‥」 積まれた薬は軽いが嵩張り、荷車を捨てて担ごうにも、人々の腕や肩にはかろうじて持ち出した財がある。 けれども、北面の王が無理を通してこの里の救援を願ったように、薬の到着を待ちわびている人々がいるのも確かだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 四頭の龍の巨大な姿に、避難のために歩を進めていたはずの人々の足が止まった。 「芹内王の依頼で駆け付けた。薬師の里の皆さんに間違いはないだろうか?」 甲龍・獅子鳩の背から尋ねてきたのが、一見子供のからす(ia6525)だったことにしばし呆然とした人もいたが、多くは開拓者の姿を見て安堵の表情を浮かべ、中には座り込んでしまった者もいる。開拓者が二十人近く、わざわざ駆けつけてくれたと知れば、気も抜けようというもの。 だが、後方からはいまだ怪しい影が近付いている。更には薬を積んだ荷車を捨てては行けないと、そう主張する者も少なくない。 それでも。 「さあ、立てるか? 家族が揃っているなら、荷車のことは任せて、先に行け」 急かすのではなく、様子を確かめながら声を掛けていく滝月 玲(ia1409)に励まされたように、多くはなんとか立ち上がった。 「里の皆さんは、これで全員ですか?」 里長に声を掛けたのは柚乃(ia0638)だ。これまたようやく成人したかどうかの若い娘の姿に、その祖父ほどの年代の里長は少しばかりいたましいと感じているような顔付きになったが、里の住人は全部だと返す声は先程より落ち着いて張りが出ている。 「ですが、近くにもう少し小さい里や集落もあります。そちらの様子は分かりません」 おそらくは薬師の里同様に避難の指示は受けているだろう。逃げる先は同じだから、道の先にいるならこれから出会う可能性はある。または、まだ後ろにいるか。 後方から追ってくるのは、大きな鬼と小鬼のようなアヤカシが合計十体あまり。その報告を区切りに、開拓者の約半数が里人達が今来た道を走っていく。 「薬だってなら、とっとと動けるようにすればいいな」 アヤカシの気配濃厚な後方に向かった仲間を見送った酒々井 統真(ia0893)が、ぬかるみにはまってどうにも動かない荷車を前に、なんでもない事のように言う。簡単なやり取りでも荷物の重要さはわかるし、積み替えたり、後で取りに来るからと説得する手間を掛けるなら、引っ張っていった方が早いに違いない。 その判断は他の開拓者にも伝わったようで、 「毛布をかませたら、動きやすいっすかね?」 「その前に車軸が無事か確かめます。その間に、車輪の下に敷けるものを集めてください」 以心 伝助(ia9077)や十野間 修(ib3415)が、あっという間に荷車の周りに取り付いた。それどころか、十野間は服が汚れるのも構わず、荷車の下に這い入っている。 そうかと思えば、霊騎・白蘭に騎乗していた皇 りょう(ia1673)は降りてきて、人間同様に疲労困憊している荷役馬の代わりに白蘭を繋ごうとしている。霊騎側は承服しかねる態度だが、しばらくの間と言い渡されて、我慢を受け入れたらしい。 『ごちそう、貰うもふ〜』 同様に荷車に繋がれても、柚乃にご馳走を約束されたもふら・八曜丸はご機嫌だ。こちらも疲れ果てた様子の同族と、顔をすり合わせて挨拶までしている。 素早く作業を手分けし始めた開拓者の姿に、主に男性陣が手を貸そうと動き出した。が、それを『まずは』と留めたのは御鏡 雫(ib3793)だ。 「また症状が出ている人がいるわ。アヤカシの影響も疑われると言うし、まずはこの場を離れましょう。それに私も医者だから、何かお役に立てるかもしれない」 薬師の里ならあまり心配はないかもしれないが‥‥と、控えめな発言を追加しつつも、雫が病人の荷車に近付くと、すぐさま症状や発症前後の様子などが説明された。里で彼らに近い場所にいた若者達を診ると、こちらも疲労は大きいが倒れるほどではない。 新たに症状を示したのも、まずは年少者や老人、それと体の小さな家畜などに目立つ。こちらはまだ歩ける状態だが、開拓者達がこれだけいる中での発症だ。滝月が以前の依頼で目撃したような、直接的な接触で影響を及ぼすアヤカシとは別物だろう。いささか乱暴な推測なれど、開拓者の誰一人として気付きも出来ないアヤカシがこの場に潜んでいるとは、彼ら全体の経験と知識を考えたらまずないとみて良いはずだ。 つまりは遠方から影響を及ぼすか、時間差で症状が発症しているか。いずれにしても、ゆっくりと足を止める余裕がない中では症状の進行や新たな発症を抑える術を探すのも難しい。もちろんそれで手をこまねくことなど、誰もまず己に許しはしないのだが。 ならばと、柊沢 霞澄(ia0067)が歩き始めながら精霊の唄を奏でたのを皮切りに、幾つかの治癒術やそれに類する効能の物品が使用された。次々と出てくる品物が、どうも開拓者の私物ではないかと見た里長が遠慮しようとしたのは、なまじ価値を知っているからだろう。それには、早期に依頼を達成するために必要だと、数人が異口同音に返事をしている。 「術は‥‥効果がありませんね」 『何が原因かしらっ』 霞澄の演奏は足を傷めていた里人何人かと家畜には効果を見せたが、あいにくと病人の症状は回復させなかった。門癒も同じく。酒々井の相棒、人妖・ルイの神風恩寵や解毒もなんら変化を見せず、物品では梵露丸と甘露水が少しばかり効果があるように見えたが、本来の効果と比べたら微々たるものだ。 それでも、特殊なものでも医薬品は幾らか効き目があったと見た薬師達が、こちらも提供された岩清水で手持ちの薬を与えている。続けて雫が梅干や飴を砕いたものを、水に溶かして飲ませた。急激な疲労感を訴えた他の里人には、甘酒や飴を口に含ませる。順次、まだおかしな症状はない里人にも、疲労回復を促すものを与えながら、歩かせる順番は病人や歩くのが早くはない者が先と伝えていった。雫や霞澄、柚乃にからすが、今は前方の警戒についている。 家族単位で移動したい里人の希望を入れるとすぐに整然と出発とは行かないが、荷車と家畜は後方と定め、それらの管理をする者以外は先に行けとしたのは、もしもの場合に荷物や家畜に避難路を塞がれないための用心だ。本来なら、もっと神経を使って列を組ませ、死角がないように警戒の手と目を巡らせたいが、アヤカシの脅威が迫る中ではまずは移動が大事。それはないと信じていても、後方から悲鳴の一つも聞こえたら、里人達が恐慌状態に陥る可能性とてある。 りょう以外の女性陣と一緒に周辺の警戒に意識を向けたのは、霞澄の管狐・ヴァルコイネンと滝月の迅鷹・火燐、以心の忍犬・柴丸。人も朋友も慌てた素振りも、不安そうな表情も見せることなく、里人の周囲を足取りだけは速やかに巡っている。 「やはり、反応はありません。これでも影響が続くなら、余程遠くから何か仕掛けられるアヤカシかも」 ただ一つ。 瘴索結界で周辺のアヤカシの反応を調べた霞澄の報告だけは、里長にすら知らされていない。 里人が動き出しても、すぐに全員が離れるわけではない。集団ゆえに、どうしても速度が遅いその列の最後尾が家畜と共にようやく動き出そうという頃合いになって、十野間が四台の荷車の無事を確かめ終えた。周辺に目を配りつつ枯れ草を集めていた羅轟(ia1687)が、荷車の車輪の周りにそれを敷きつめると、甲龍・太白に合図をする。 「早くせねば‥‥護衛に、ならぬ」 すぐそこに、最後尾の里人の顔が見える程度の距離だが、その人数には護衛の数が足りていない。速やかな合流と、その先の移動には、荷車の速やかな移動が大前提だ。それはもう、羅轟が指摘するまでもなく、全員が心得ている。 「失うのを畏れて歩みが滞るのでは、な」 りょうが口にした通り、里人の移動が遅々としているのは、人数や疲労の他に、荷物が気に掛かることも作用していた。この薬が租税であれば、一緒に砦に着かねばという気持ちも強かろう。 「ちまちまちまちま、鬱陶しい攻め方をしてきやがるぜ」 酒々井の呟きは、皆に共通するものだ。アヤカシが人を襲うのは本能だと知っていても、弱い者を集中して狙う手管に反発する感情が起こらないはずもない。 問題の荷車は、十野間、以心、酒々井、滝月、羅轟、りょうに十野間の駿龍・ルナに獅子鳩、太白、八曜丸と白蘭が手分けすると、準備具合もよかったのだろう。たいした時間も掛からず、あっさりとぬかるみから脱出した。振り返っていた里人は目を丸くしているが、志体持ちと朋友とが技能まで使えば、一人や一体で軽く里人数人の力にはなる。 よって、一時的に龍や霊騎に牽かれた荷車は、すぐに里人の列に追いついた。 「おっ、飴をもらったでやすか? 後でもう一個あげるっすよ」 前列まで、荷車が無事に追いついたことを知らせに走った以心が、途中で目が合った子供に話し掛けている。左頬に目立つ傷のある以心だが、温和な笑顔と魅力的な申し出に子供の表情も綻んだ。 それがどう作用したものか、里人全体の足が少し速くなった。同時に、先程まで急激な疲労感を訴えていた人々も、それ以上の進行はしなくなる。一気に回復はしないが、進行もしなければ、里の薬師と雫が移動しながらでも対処が出来るし、最初に伏せっていた者も何人かは座っていられるようになった。 「アヤカシの気配がないようなら、一度休憩を入れましょう。その時に、私の龍に載せてもいい荷物があれば預かるわ」 「だが、いざという時に邪魔になるだろう」 薬師と一緒に病人の荷車の傍らを歩いていた雫の申し出に、相手は戸惑いを見せた。皆の疲労を減らすのなら、もちろん背負う荷物は軽いほうがいい。また荷車に余裕が出来れば、疲れた者を乗せてやり、全体の移動速度も上がるかもしれない。 けれども朋友や開拓者に荷物を預けると、もしもアヤカシが追いついてきた時に大丈夫だろうかと、その不安は消えないようだ。今まで後方からの追っ手は現れていないから、そちらに向かった人々がきっちり対応してくれていると思っても、簡単に安堵は出来まい。 似たような反応は、同様の申し出をした全員が見たもので。 「こんなのを放り出したら、かえって足元が危なそうだな」 「そっと置いて、蹴飛ばさないようにするしかありませんね」 滝月と十野間は、鶏がぎゅうぎゅう詰めになった大きな籠を。 超越聴覚を使用している以心は、薪の山を。 羅轟と酒々井は薬をすりつぶす小型の石臼などの道具類を。 雫は水桶を、それぞれに背負うことになった。 朋友達は大半が家畜用の飼葉や風除けのむしろなど、軽いが嵩張るものが任されている。いずれも、危急の際には放り捨てても構わないと、里長とまとめ役達が相談して決めたものだ。ゆえに、鶏を背負った十野間と滝月は最後尾の荷車に付いて、鶏の様子に変化がないかと神経を尖らせてもいた。 かたやりょうと白蘭は、避難経路を先行している。アヤカシの存在の有無の捜索は上空を行くからすと獅子鳩が担当で、りょうは道の状態と休憩に適した場所があるかの確認のためだ。幸いに里人達の記憶の通りに、皆がまとまって休めそうな開けた平地があり、風もない。 歩き詰めでも、里人達がそれだけで疲労困憊することは、普段のきつい農作業をこなしている体力からあまりない。だが状況に不安があり、寒い中を休む暇なく歩いた後ゆえ、白湯でも飲ませて体を温めさせたいのだと、これは薬師達からの申し出だった。そのためもあって、りょうが先駆けしてきている。 さっそく火を熾そうとしたりょうだが、からすが急降下してきたのに異変を察した。 「前方に瘴気の流れがある。人影らしいものも五つ見えた。知らせを頼む」 「承知した。すぐに戻る」 鏡弦や懐中時計「ド・マリニー」の効果だろう。からすが察知した存在は、りょうにはまだよく見えてこない。だが細かいことなど問い質す間もなく、より足の速い霊騎に乗るりょうが皆のところにとって返す。その程度は事前の相談などなくても通じ合うものだ。それに弓術師のからすの方が、より遠い敵に攻撃出来る分、撤退もしやすい。 けれども、撤退の必要はなかった。 りょうが知らせた急報に、走り出した開拓者は羅轟と滝月、酒々井の三人だ。取って返したりょうとからすを加えて、ちょうど半数。 「止まったら、出来るだけ周りの人と固まってくださいね」 「近くには来ていないから、心配ありません」 残された朋友達の手綱を預かりながら、霞澄と柚乃があちらこちらに声を掛けて回る。近くに他のアヤカシがいないことは確認したが、万が一近くに忍び寄られた時のため、座らないようにと促すことも忘れない。 「実は私、サムライなのよ」 だから安心してねと、担ぐものを大薙刀に変えた雫は、薬師達に片目を瞑って見せた。最前線でも救命活動が可能なようにと技を磨いているが、それはここで言っても緊張させるだけなので黙っておく。 「人数が減っても、龍もいるから安心してください」 前後が詰まった列の、相変わらず最後尾での警戒を続ける十野間も、落ち着き払った笑顔で周りの里人に話し掛けている。 「大分離れたっすね。今は何にも聞こえない」 それぞれに武器は出したが、まだアヤカシは近付いていないと断言し、殺気も見せない開拓者の様子に、何とか落ち着きを保っている里人達は以心の口振りからも不審は感じなかった。超越聴覚で仲間たちが走っていった足音を常人の何倍も先まで拾っていた以心だが、その足取りが乱れないうちに消えたことで、彼我の距離が相当あると察している。 五人が、なによりも新たに疲労感を訴える者が出ないかと警戒していたのは、半時間に足りない程度。 しばらくすると、行きとは別人のような足取りと飛行とで、五人と二騎が戻ってきた。 「少しばかり‥‥疲れた」 もう大丈夫だと請け負いつつ、怪我はないかと老人に労わられた羅轟は、少し考えてからそう答え、りょうも頷いた。まるきりなんともないと返事をするには、少しばかり疲労感が表に出た自覚があったからだが、他の三人と二騎はもう少し率直だ。 「「はらへった」」 「うむ、妙な空腹感がある」 そして、これが募れば里人が倒れたような状態かもしれないと聞かされた雫と薬師達に、質問攻めにあっていた。 アヤカシは、確かに人型だが少し霧がかったような姿をしていた。体の輪郭全体がぼやけていたものもいるが、ふわふわと浮いて移動する点は共通だ。 けれども歴戦といって遜色ない開拓者と同数では、地上に縛られないという特性も、ほとんど役に立たなかった。手応えが小鬼程度では、さぞかし危険な存在だと勇んで向かっていった者も拍子抜けだったろう。ただ接触するか、戦闘時間が長くなると、急激な動悸や疲労感、なぜだか空腹感などに取り付かれるようではあった。里人ほど症状が重くないのは、志体持ちの体力だからだろうか。 つまり里人に近付けないうちに対処出来れば、危険は少ないアヤカシだ。ただ影響範囲は広そうだから、どこで見付けられるかと言う問題は残る。休憩時にそんな説明を聞かされた里人は、以後の道中も時折不安そうに辺りを見回していたが、アヤカシと遭遇したのは一度きり。後方からは、とうとう追っ手はやってこなかった。 途中の休憩が二度ほど、アヤカシ退治を待っていた時間もあって、五時間余りの後に目的地に到着した里人は、今度こそへたり込んで動けなくなった。体調云々ではなく気力の問題だ。 薬師達も疲れた顔で薬の載った荷車に寄りかかったりしていたが、砦の担当者と箱の中身は報告と確認をし合っている。荷物を下ろしているのは、すでに元気を取り戻しているりょうと羅轟だ。品物の確認は雫も手伝っていた。 それを横目に確かめて、柚乃は借りた竈で大量の湯を沸かして、生姜入りの茶を淹れていた。子供は味がきついと顔をしかめているが、大人は温まると喜んでいる。まだ体調が戻りきらない病人達には、霞澄が桜の花茶や緑茶を振る舞っていた。 途中から、誰かに乞われて霞澄は歌を披露し始めた。精霊の唄のような効果はなくても、気持ちが落ち着くのだろう。子供には子守唄とも聞こえたのか、親に抱えられて寝付く子も出てくる。 里人の家財や家畜を指定された場所に運んでいた滝月と以心、酒々井の三人は、歌に耳を楽しませつつ作業を終えて、十野間が手入れした荷車を邪魔にならないところに運んでいった。覆いを掛けて、帰宅時にもすぐ使えるようにしておく。 帰路は、あんなアヤカシに出会わないよう、鬼の群れを追い出さなくては。そんな話題が出るのはここばかりではないが、居合わせる人数と性質から一番声高なのはここ。 「アヤカシを退治すれば症状も消えれば、もっと簡単だったがな」 里の荷役馬の世話をしていたからすの希望は、対峙した者には納得の言葉だ。度を過ぎた身体の異常や飢餓感を与えてくるアヤカシなど、一般人が出くわしたらとてつもない被害が出るだろう。 対処や被害を考えて、少しばかり空気が重くなった時。 「薬の仕分けがあるそうなので〜」 「手伝いに来て!」 柚乃と雫に呼ばれて、開拓者達は声のした方に向かっていった。薬師達もふらふら付いてきたが、もうしばらく休むよう勧めておく。 依頼はここまでの護衛。だからもう依頼された仕事はない。それは確かだ。だが時間が許すのに、ここから薬を送り出す手伝いを厭うような者なら、最初からこの依頼には来ていない。 願うのは、これが必要とされる場所に届くこと。 でも使われることは少ないこと。 |