砂漠の喪失者
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/03 14:39



■オープニング本文

「いない‥‥」
「荷物も見当たらないぞ」
「二人とも、護衛の経験者だ。簡単に遭難するもんか」

 その日、この辺りでは時期的に珍しい砂嵐が起きた。
 来るだろうことは遊牧民なら誰でも予想出来たが、襲ってくるまでの時間は皆が考えていたより半日ばかり早く。
 五時間ほどで砂嵐は去ったが、その頃には日も暮れ掛けている。

「‥‥落ちたな」

 砂嵐が去るより先に、近くの宿場町を飛び出してきた一団が、ようやく視界が晴れてきた砂漠で右往左往していた。
 近くには旅の目印にもなる砂の中に屹立する大岩があり、そこから一キロばかり離れるところから岩砂漠に変じていく。砂嵐が来たら、その勢いに応じて岩陰に隠れるか、岩砂漠の端で敷物を被って伏せてやり過ごすのが、この辺りの氏族や街道を利用する隊商の常套手段だ。
 ただ、街道そのものは砂砂漠の方にある。岩砂漠の方が歩きやすいが、ここには無数の亀裂があって、多くが十数メートルの谷になっている。周辺は崩れやすく危険なので、近辺の氏族の護衛は滅多に通ることはなかった。

「誰か、町に戻って裂け目を下りる道具を借りて来い」
「じゃあ、俺が。‥‥宿にジンが何人かいたけど、手伝いを頼んでみる?」
「開拓者とかいうのだろう? 元締めを通さなくても、手助けしてくれるのか?」
「よし、とにかく一度頼んでみろ。あの二人をここで死なせたら、子供達に詫びようもないぞ」

 一団が探しているのは、同じ氏族の女性二人だ。
 二人共にジンではないが、護衛の経験があり、この辺りの地理は良く把握している。今回は氏族の用件で、他の者達と一緒に宿場町を訪ねて来て、個人的な用事を果たしに出掛けていた。目的地がこの辺りで、砂嵐が予想通りに来ていれば、その何時間も前に宿場町に戻ってきているはずだったのだ。
 二人はどうやら砂嵐で足場を間違えたか、それ以前に岩砂漠に深入りしすぎて、亀裂に落ちたものと思われた。
 百も二百もあると言われる、亀裂のいずれかに。

「亭主の弔いだからって、二人で行かせるんじゃなかったな」
「追い返された奴が今更愚痴るな。動け、動け」

 足場を確かめつつ、亀裂の中を覗いて声を掛ける。
 応援が来るとして、その頃には日も暮れきっているだろう。
 それまでに居場所だけでも見出したいと、男達は用心深く動き回っていた。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
和奏(ia8807
17歳・男・志
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
雪刃(ib5814
20歳・女・サ


■リプレイ本文

 宿の外が騒がしくなった時、彼らは宿の主人に夕食の希望を尋ねられていたところだった。
「あまり穏やかでない騒ぎのようだな」
 耳を澄ませた将門(ib1770)が眉間に皺を寄せて呟くと、即座にリエット・ネーヴ(ia8814)とルオウ(ia2445)が窓を開けて外の様子を窺い始めた。
「さっきの人が帰ってきたみたいだよ〜」
「でも一人だな」
 彼らも、先刻の砂嵐で足止めされた仲間を迎えに慌しく出て行った一団がいたのは覚えていたのだが、戻ってきたのが一人だったので首を傾げている。結構華やかな上着を着ている氏族だから、見間違いではないと思うのだが‥‥
「怪我人を収容したかなにかで、先触れに駆けて来たのではありませんか?」
 一緒になって覗きはしないが、外の声を気に掛け始めたフレイア(ib0257)の言い分はもっともで、リネットの頭の上から外を見た主人も医者が出てきたと口にした。そちらを目で追い始めたのはカンタータ(ia0489)だが、目立つ行動ではないから誰も気にすることはなく。
「それなら‥‥藍玉に癒しの水を使ってもらえます」
 宿の他の客に物珍しげに眺められていたミヅチ・藍玉を抱え込んで、乃木亜(ia1245)の今にも外に出て行きそうな様子に、中の人々は気を取られ、外を見ていた者はこちら目掛けて駆けてくる人物に注目していた。
「女二人が行方不明だ。ジンの方々の手を借りたいが、大丈夫だろうか?」
 ギルドの掟に触れるなら、遠慮なく断ってくれていいと、行方不明者が出たのに悠長なことを付け加えた相手は、
「義を見てせざるは勇無きなりよ!」
 シーラ・シャトールノー(ib5285)の凛とした声に、気圧される事になった。
「依頼以外の人命救助禁止なんて掟はない。で、具体的にどういう情況だ?」
 竜哉(ia8037)も分かりやすく『よし任せろ』とは言わなかったが、より手早く話を進めている。
「暗くなるまで、二時間もありませんね」
「なら、急げばいい」
共に鷲獅鳥を連れていた和奏(ia8807)と雪刃(ib5814)が窓から空を見上げて、太陽の位置を確かめている。
 雲一つない天気で、昼間は十一月とは思えない陽気のアル=カマルの砂漠だが、夜間は急激に冷え込むことは、彼らも片付けてきた依頼の中で身に染みている。
「薬草は手持ちがあります。治療の術も。灯りの手配をお願いしますね」
 人が通らぬ場所とて詳細な地図はないが、おおまかな亀裂の場所の一覧は頼みに来た氏族が一枚だけ持っていた。それを手隙の者が写して、他は移動速度に合わせて自分の装備に足りないものを補充して、治療の道具はカンタータが自分の荷物を叩いて大丈夫と請け負った。依頼の帰り道ゆえ、他の者にもそうした準備はある。
 さほどの時間も掛からず、開拓者の一行がそれぞれの朋友や借りたラクダで出発した。

 普通の移動なら、出来るだけ足並みを揃えて行くものだが、今回は危急のこと。
 よって滑空艇を駆るシーラとルオウは、十五分も掛からずに現地に到着していた。余力十分の二人は、地上で捜索していた人々に手を振って合図をしながら同じことを思っている。
「こりゃ、地図はあんまあてになんねぇな」
「この大きな崩落跡から、広がっている感じね」
 亀裂は大半がおおまかに南北に線を引くように開いているが、一本だけ地図にも記された東西に長く開いたものがある。地図は七年前に作成されたものだが、それから東西に走る亀裂は幅を相当に広げていた。地図にある亀裂のうち、何本かは消失しているようだ。
 なお、事前に確認した行方不明の二人が目的としただろう場所は東西の亀裂の街道から離れた辺り。街道から見ると、相当亀裂がある地域の奥に入っている事になる。なんでこんなところまでと訝しむのも、二人ともだった。
 なにはともあれ、手伝いに来たことと後から来る人数は知らせておかねばならず。
「最近崩落した場所は分かるかしら? そこから捜していくわ」
「去年と比べると、この直線状が全部な。降りる時は、あっちの方にしてくれ」
 降りる時間も惜しんで、空中静止で情報交換を済ませたシーラは、互いに命綱を結んで捜索を行っている男性陣の返答に、思わず空を見上げてしまった。『直線状全部』は、ざっと百メートルはある。その東西の亀裂の広がりの進路上にある南北の亀裂も影響を受けているに違いなく‥‥
「よっし! 向こうの端から見て来らぁっ!」
 その『端』も十数メートルの幅になっていて、捜索範囲は予想以上に広い。だがルオウは迷わず叫んで、ここまで来るのとは別機体のような低速で亀裂の上を移動し始めた。もちろんシーラもそれに続く。

 続いて龍三頭と鷲獅鳥二頭が到着し、亀裂の上は一気に騒がしくなった。各自が上から呼び掛けてみるせいもあるが、羽ばたきの音も小さくはない。普段の移動ではたいして意識しないものだが、今回は目的が目的だ。
「お二方が合図をしていたら、聞き落とさないようにしませんと」
 和奏がポツリと呟いた声は、当然他の者には聞こえない。かろうじて鷲獅鳥の漣李が反応を示したが、自分への指示ではないからそれだけだ。常とは反対に、低速で飛ぶように指示されて、羽ばたきの回数が多いのは致し方あるまい。
 滑空艇二機ほどではないが、騎影を傾けて亀裂の中を覗く。同様に甲龍・妙見を操っていた将門が、西の空を見やって、他の者達に合図を出してきた。亀裂の中は地上より暗く、上空から目視での確認はもう困難だ。
「声が出ない可能性も高いが‥‥それなら一晩越すのは厳しいだろうな」
 捜索する側は寒さ対策もしているが、これほど亀裂が走っているところを真っ暗闇の中で捜索するには時間が掛かる。となれば、今のうちに一つでも亀裂の中まで確かめておかねば、後が辛い。
 幸い、近くに野生動物の気配はなく、蛇や毒虫の類も今の時期は活動が鈍ると宿の主人が言っていた。捜索以外の手を割かれることはなさそうだ。
 滑空艇を下ろしたルオウとシーラは、急いで地上捜索用の道具類を担いでいて、和奏は鷲獅鳥に静かに待っているように言い聞かせている。もう一頭、炎龍・カノーネは先に降りていて、カンタータが人魂を放っている姿を目で追っていた。
「間に合わせで印をつけてあるので、灯を置いてもらえますか」
 皆が下りてきたのを見たカンタータが、地面を指した。足元には白墨で大きく×印が書かれている。人魂で捜索して、下には行方不明者がいないと判明している亀裂だ。点々と記されたそれの精度は高いが、あいにくとこれも真っ暗になっては使用が難しい。
 ゆえに開拓者一行はこれでもかとばかりに縄を担いでいた。灯りは松明だが、目印にするのは素焼きの小皿に油を入れた灯りだ。松明よりは持ち運びやすいので、カンタータもどっさり持ってはいるが、人魂の効果時間を考えたら、一々点けて回る時間が惜しい。もちろん降りてきた四人は、速やかに手分けして目印を灯していく。
 亀裂がある地域の更に奥には、駿龍・シャートモアと鷲獅鳥・焔翔とで急行したリエット、雪刃が入っている。捜索を依頼して来た氏族の人々は三人か四人一組だが、ジンの彼女達は二人でも十分と、亀裂の中をくまなく観察して歩いている。主に雪刃が足元を確かめ、リエットが呼び掛けに応答がないかと超越聴覚を使っていた。
 こちらは早いうちからカンテラを提げ、時折足場を確保してから、片方が亀裂の中に降りて行ったりする。もちろん縄を十二分に担いでいるが、場所により使わなくても降りられているようだ。もちろん、ジンの体力と技能に開拓者の経験があればこそである。
「次から私が行くね〜。暗視を使えば、足場も見えるし」
「あぁ。命綱はちゃんと保持しておくから」
 縄が亀裂の縁で擦れて切れないようにと、部族の一人がラクダの皮をなめしたものを持たせてくれている。それを縁に置いて、命綱を渡して降りるが、もちろん上で様子を見守っている人も必要だ。行方不明の成人女性は無理でも、リエットなら自分一人で引き上げられないことはないと、雪刃はリエットの腰に別に結んだ命綱をしっかりと握っている。シノビのリエットは、これまではそれが役立つような羽目に陥ってはいないが、そろそろ暗視なしでは崖面の上り下りは厳しくなっていた。
 予定より少し早く到着したラクダの群れの姿に、シャートモアがいなないたのはこの頃だ。

 ラクダで来た三人は、助けを求めてきた者と町に居残っていた部族の人々と合わせて十人ほどで駆け付けた。
「ご遺体が見付かったのは‥‥この辺りになりますか? でもそこはとうに捜索したわけですから、もっと奥に入っているか、横にずれたか」
 砂嵐の通った方向も確かめつつ、フレイアが捜索済みの地点と来る道すがら仕入れた情報を突き合わせている。行方不明の二人は夫の弔いに行ったと聞いた時は、その場所から捜索するのが早道だと考えた彼女だが、詳細を聞くと二人は確実に亀裂のあちこちに降りていると思われた。
「このでかい亀裂は、大砂蟲が通って斃れた跡。頭の位置が向こうの端の‥‥今より十メートルくらい手前か。カーヴェ、ミーザーンの亭主は、蟲の頭を開いたら上半分が出てきた。セミラミスの亭主のケレトは、この辺まで捜したが見付かってない」
 ミーザーンとセミラミスが行方不明の二人。二人の夫は護衛中に大砂蟲に遭遇し、厳密には片方は今も行方不明だ。けれども大砂蟲がこの地域で斃れた後の捜索でも見付からず、戻ってもいないので、死んだと考えられていた。そのケレトの遺品なりを捜そうと思ったら、亀裂に降りているだろう。地上は皆が探し尽くしている。
 一緒に話を聞いていた乃木亜は蒼い顔だったが、フレイアはとりあえず表情は変えず、二人が潜りそうな亀裂と捜索済みとを照らし合わせて、先行組が描き直した地図から残りを導き出している。
「最近崩落してる範囲が広いな。昨日今日落ちた場所は、分からないものか?」
 竜哉がまだ何とか見える亀裂に視線を配りつつ、ずっと捜索をしていた人々に問い掛けた。普段ならある程度推測出来るが、今は砂嵐で表層が砂で覆われている場所がほとんどで、氏族の人々もその判断が付かなくて片端から降りているような状態だ。
 それなら可能性があるところは全部捜すしかないかと、腹を括った様子の竜哉は次に亀裂の合い間で岩盤がしっかりしているところを確かめている。捜索の手はすでに街道近くから大分奥に行っていて、何かと集まって確認をしあうにも当初の起点にしているラクダや朋友達の置かれた場所からは遠くなっていた。時間の無駄を省くなら、もう一箇所、人が集まって情報交換出来る場所が欲しい。
 なかなか難しい注文だったが、東西に走る亀裂の反対側なら何とか大丈夫だろうとなった。亀裂からは十メートルばかり離れるが、今の地点よりは捜索場所に近い。では、まずはそこに捜索道具や燃料を運ぼうと、滑空艇と龍、鷲獅鳥乗りの七人が動き出したが、先に乃木亜が自分を運んで欲しいと言い出した。
「お二人が持っている水を、感知出来ればと思うんです。今ならあの辺りには水がないわけですから」
 術の範囲内にいてくれれば、一発で分かる。最もな言い分だから、まずは将門が妙見に乗せて運んでいく。他の者は、荷物を積む時間分だけ遅れるが、ちょうど捜索にはいいずれだろう。
 これで大体の場所が分かればと期待した向きは多かったが、結果は。
「反応がないと言うことは‥‥」
 水が尽きたか、なんらかの事情で零して失っているか。前者は二人の経歴から考えにくく、後者だろうと言うのが氏族側の見立てだ。
「赤と紫の上着じゃ、暗くなると見付け難いな」
 亀裂に落ちていても、どこかしらに衣類か装飾品が引っ掛かっているなり、見えるかしないかと竜哉は期待していたが、二人とも昼間なら目が覚めるような派手な色の服だったものの、宵闇には溶け込んでしまう。遊牧民らしく装飾品は持っているだけ身に付けていた様だが、今のところはそれらも見付かっていない。
「えーい、片っ端から降りて捜せばいいよな」
「単独行動は厳禁ですよ」
 飛び出しかけたルオウを、シーラが一旦留めた。きっちり担当箇所と捜索の組み合わせを決め直して、それから皆がゆっくりとあちらこちらに散っていく。二箇所になった火の番は、氏族の人々が交代で務めることになっていた。

 亀裂の中に、率先して降りて行くのはリエットとルオウ、将門の三人だ。それを雪刃、シーラ、フレイアが地上で支援している。亀裂によっては下を歩き回れるほど広いから、そういう場所では移動しながら上と下で合図を送りあい、捜索済みの印も次々と灯していく。
 地上を歩く三人も、それぞれに棒を持って、地盤を確かめながらの移動だ。フレイアは時折足元を蹴りつけて、アーマーを出せるかも検討している。なかなか命綱を結ぶ場所もないから、アーマーを重石にするのも一案だろう。シーラと雪刃は、岩があれば強度を叩いて確かめていた。
乃木亜は藍玉に亀裂の下まで入ってもらい、その際の灯りは縄に結んだランタンを和奏が降ろしてやっている。藍玉は恐々降りていくが、人がいればすぐ知らせるくらいはお手の物だろう。和奏も氏族の人々のやりようを真似ての動作だが、すぐにこつを飲み込んで、器用に縄を操っていた。
『血の臭いがしたら厳しかろう』
 竜哉から捜索を依頼された人妖・鶴祇は、注意点に上げられた一つに眉を顰めつつ、松明を持って亀裂の底目掛けて降りて行った。暗視の術だけで捜索は出来るが、松明の灯りに反射するものがあるかもしれない。
 だが、最初にそれに気付いたのは、すぐ横でどういうわけか灯りを遠ざけたカンタータだった。
「酸い臭いがします」
 松明の脂の臭いを遠ざけたと竜哉が理解したのとほぼ同時に、鶴祇からは砂に二人の荷物らしいあれこれが埋もれていると知らせて寄越す声がした。

 カンタータが嗅ぎ付けたのは、吐寫物の臭いだった。
 相当ひどく崩れたらしく、岩破片が山になっている場所に半ば埋もれた状態でミーザーンが、一番大きな岩と壁の隙間にはまり込む格好でセミラミスが発見された。後者は意識がなかったが、ミーザーンは呼び掛けで気付いて声を出そうとしたらしい。そこで吐き戻したのをカンタータに気付かれ、すぐに鶴祇にも発見された。
 セミラミスが挟まっていた隙間は、報告を聞いてすぐに竜哉が降りた際、底に溜まっていた砂に踏み込んだだけで傾きを変えた。隙間が潰されていくのを、竜哉が身体を差し入れて止めている間に、ルオウや将門が駆けつけて、三人で別方向に倒しても大丈夫かと思い悩んだのは一分足らずのこと。
「そちらは避けたほうが早いですね」
 ララド=メ・デリタで瞬時に岩を消し去ったフレイアは、亀裂を半ば滑り降りてきたらしく砂塗れだった。挙げ句、魔術で生じた灰も被っているが、それは他も同じこと。セミラミスは縄を伝って降りてきたカンタータに任せて、ミーザーンにまずは治癒の術を掛けていた。
「こちらは徐々に圧迫された? 頭は打ってない、でも体温が下がってる」
 てきぱきと肩の骨に多分ひびなどと普段より口早に言いつつ、カンタータも治療符を使っている。その間に将門と竜哉がミーザーンを掘り出した。
「今から、背負子を降ろしますから〜」
 流石にこれ以上は降りてこられず、上から和奏がするすると簡素な背負子を下ろして来た。運び上げる方法は皆それぞれに色々考えていたが、氏族の人々もあれこれと用意していたようで、担いで上がってきてくれということだろう。セミラミスの意識は戻っていないが、負傷はきっちり癒したはずだから、体格的に将門と竜哉が担いで上がれば良さそうだ。
 その前に、上に命綱を結ぶ場所がないから、引き上げる人手が必要だとシーラが叫んで寄越し、意識がない二人をきっちり背負子に留めたフレイアとカンタータが苦労しながら先に上がっていった。
「何をしてる?」
「いや、この人、片手だけ砂の中に突っ込んでたから‥‥なんか形見でも見付けたかと思って。荷物かな?」
 万が一に備えて、下で踏み台になるよと言ったルオウが、せっせと砂を掘り返していたのに将門が首を傾げた。すぐにルオウが袋を掘り当て背負ったので、遠慮せずに踏み台にして、竜哉共々慎重に登っていく。
 地上では、命綱を保持する場所がなくて、開拓者七人がかりで怪我人が運び上げられるまで縄を支えていた。力が分散するようにし、雪刃が鬼腕も駆使してなら、二人ずつ上がってくる間くらいは安定を保てる。代わりに皆であちらこちら擦りむいたが、その程度はどうということもない。ちょっとひどいのは藍玉が治してくれたし。
 ただ。
「荷物? 砂を払っておいてあげようよ」
 ルオウから袋を掻っ攫うようにして、リエットが中を覗きこみ、突然押し黙った。雪刃が灯りを掲げてやって、やはり黙る。こちらは元が無口だが、不自然な沈黙だ。
「なあに、二人とも。荷物なら、この上に広げたら?」
 手当ての手が足りていると見たシーラが、借りた敷物を広げて促したが、二人とも身振りで『駄目』とやり始めた。
 開拓者といえど、いきなり骨が出てくるとびっくりするもので。後で町に戻ってから気が付いた二人は、開拓者と氏族の人々に百回は『ごめんなさい』を繰り返しつつ、セミラミスの夫の遺骨を見付けた報告もしてくれた。
「これで来年からは、普通に墓参りでいい」
 セミラミスの台詞に、氏族の人々は相手が熱を出しているのも失念したか、くどくどと説教を始めた。彼らとて、一日余りも気を揉んでいたから、言わずにおれないところもあろう。おそらく、そこで医者が待っていてくれたからと彼女達を食堂に寝かせていることも、すっかり忘れている。
 それが止まったのは、宿に戻ってもローブを深く被っているカンタータが、小鍋を提げて来たからで。
「あちらでは、体温を上げただけだから」
 ついでに捜索していた人々もちゃんと食べなさいと、いつの間にやら料理をしていたらしい。宿の台所では、シーラとフレイア、リエットまでが、鍋をかき回したり、窯を覗いたりしている。乃木亜はその間を、あれこれ運んでいた。
「急な出来事の後は、いつもやっていることをすると、気持ちが静まりますよね」
「そういうものか」
 場違いなほどにのんびりとご馳走が出来るのを待つ姿勢の和奏と、丸め込まれた風情の雪刃が、並んで卓に着いている。いや、言っていることは正しいが、雰囲気が周りとちょっと噛み合っていなかった。
 でも、竜哉がカンタータの作った滋養食に興味を示したり、ルオウが腹減ったと台所に突進し、なにより。
「軽く一杯やって、暖まりたいね。その後で妙見も世話してやらにゃ」
 治してはあっても怪我人は休ませようと、将門が軽い調子で口にしたので、説教も続けられなくなった。皆も疲れているのに変わりはない。
 結局、お世話されるが翌日になった龍と鷲獅鳥の中には不機嫌だったのもいたが、氏族からの礼で食事が段違いに良くなっていたので、長々と不満な態度は続けなかったらしい。
「舌が肥える‥‥」
 相棒の今後の食生活がわがままにならないかと、心配する者はいたようだ。