月と神父と砂漠の国と
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/26 09:52



■オープニング本文

 アル=カマルの首都の一角、庶民のための様々な店が軒を連ねる通りの端に、天儀神教会の看板を掲げる建物があった。
 名前を見れば一目瞭然の、天儀からやってきた神教会の信徒のための建物だが‥‥

「シンさんや、昨日頼んだ繕い物は出来てるかね?」
「せんせー、おはようございます」
「シ〜ン、この間の編み物の続き、教えてちょうだ〜い」
「神楽様、月の神殿の者ですが、今月の祭りにご寄付をお願いできませんでしょうか」

 天儀から来た神父がこの建物を借り受けてから、そろそろ四ヶ月。人の出入りは大層多いが、信者は一人として増えてはいなかった。

「繕い物はこれな。子供達は中に入ってろ。編み物は、今糸を切らしてるから明後日の市の後じゃないと駄目。寄付はしないって、毎月言ってるでしょうに」
「忙しいねぇ。じゃ、ここに菓子を置いとくよ」
「せんせー、これ先生の分の弁当な」
「やぁん、残念。じゃあ、市場には一緒に行きましょうねぇ」
「まあまあ、ではお気持ちが変わられましたらいつでも。神殿は来る者を拒んだりしませんから」
「教会の門も常に開かれてますから、信仰してみません?」

 天儀神教会の一派が借りた建物には、二十代半ばの青年が一人だけ派遣されていて、地道な布教活動に勤しんでいる。
 まずは毎日の教会前と周辺の早朝の掃除に始まり、近所の子供に天儀の話を聞かせる合い間に神の威光を説き、出掛けた先では大人に同じことをして、時には近所の酒場で近隣住人との友好を深める。
 ついでに、一本向こうの通りにあるアル=カマル聖典主義信仰の一派の神殿の人々とも親しく交わり、互いの教義について学ぶ事もしていた。仲良くなってからは、時折お互いに『うちの宗派に変わろうよ』と言い合う仲だ。
 おかげで近所の人々からは『気のいい青年だ』と認識されている神父だが、当然教会本部に知れたら布教活動をなんと心得るかと叱責されること間違いない。ただ、一人しか派遣していない時点で、アル=カマルでの布教活動を、神父が所属する教会本部が重要視していないのも明白だ。

「せーんせー、今度あたしにもおさいほー教えてね」
「わかった。母さんに針と糸を借りて来い」
「先生、女にあまい」
「じゃあ、おまえには虫かごの編み方を教えてやろう」

 重要視されていない派遣は資金も不足気味で、神父は毎日近所の商店の子供達を預かり、なぜだか得意な裁縫や編み物をして糊口をしのいでいる。信徒がいないので寄付もないが、天儀や祖父母、両親の生国ジルベリアの裁縫、編み物の技法は珍しがられて、神父の生活費と教会の維持費は十分に賄われていた。
 最近では、それらの教室まで開く繁盛振りだ。そうした席での世間話に神教会の教義を語るのを聞くのが教えてもらう対価だから、通うほうにはお安いものだろう。
 そんなある日の、子守の時。

「お月見ってなにするの?」
「月を見るって名目で、皆で集まって飲み食いしたり、歌を作ったり、話をしたりするんだよ。そういう時にだけ出てくる料理なんかもあってな」
「たべたい、つくって」
「無理だよ、先生、料理へたくそだもん」
「せんせーはごはん作れないから、おべんとーもらってるんだよ」

 天儀の観月の宴やら、あちらこちらの月見の風習を説明していたら、子供達はそうした料理が食べたいと言い出した。けれども神父は近隣でも有名な料理ベタで、作って見せることはまず無理だ。その点は、彼がやってきた当初に色々ねだった近所の人々はよく承知している。
 だが、珍しいものを食べてみたい子供達は活動的だった。神父が初めて現れた時に、連れていた仲間がいたことを覚えてもいた。

「お月見のお料理を作ってください!」

 開拓者ギルドの前で、数名の子供達がやってくる開拓者に次々と叫ぶのはこの日の午後のことだった。


■参加者一覧
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
からす(ia6525
13歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ミーファ(ib0355
20歳・女・吟
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ティアラ(ib3826
22歳・女・砲
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文

 開拓者ギルドの前で子供達のおねだりに負けた十人ほどの開拓者は、そのまま天儀神教会に連れ込まれていた。
「どこの子を連れてきたんだ?」
「開拓者の、お料理が出来る人に来てもらったんだよ!」
「久し振りだね〜♪ その後の様子はどうだい?」
 まったく事態を承知していない様子の神父が、子供達と連なっていたシータル・ラートリー(ib4533)、羽喰 琥珀(ib3263)、礼野 真夢紀(ia1144)、からす(ia6525)の四人を見て尋ねたが、子供の返事と、にこやかに話し掛けてきた門・銀姫(ib0465)の姿で大体察したらしい。
「子供の依頼なんか、ギルドで受け付けてないよな?」
「何を言うんです、シン殿。子供の願いとあらば、受けて叶えるのも勤めですよ!」
「ギルドの前でのお願いしますとのお願いに、無償で引き受けてくださった皆様です」
 依頼をする用件でもなければ、そんなお金もないと態度と表情と口調に滲んでいた神父に対し、にこやかに同業者のエルディン・バウアー(ib0066)とティアラ(ib3826)が『無償奉仕』を強調した。
 観月の宴というには、いきなり情緒に欠ける会話で。アル=カマル生まれのクロウ・カルガギラ(ib6817)など、天儀神教会はどういうところかと悩んでいそうな顔つきだ。
「えぇと、お月見は行っても?」
 なにはともあれ、期待に満ちた子供達の表情に押されて、ミーファ(ib0355)が問い掛けた。
「せっかくのお誘いだ。他国での月見も楽しそうだと思って来たのだが」
 氷海 威(ia1004)も言葉を添えて、神父はようやく頷いたが、すんなりことが運んだわけではない。子供達には、まず説教だ。
「お月見が知りたいって言うから、色々持ってきたんだぜ?」
「まゆも、実家からたくさん届いた物があるので、皆様に楽しんでもらおうと」
「たかりを覚えたら困る」
「ははっ、客人をもてなすのはこちらの流儀だしな」
 琥珀や真夢紀が、他の者にも手伝ってもらい持参した大量の荷物を示すと、神父は渋い顔になった。クロウが言うように、願って来てもらった人にご馳走になるだけは、子供はともかく大人はよしとしない土地柄でもあるのだろう。
「ふむ。では、皆はちゃんと手伝いをして、その後に私達にこちらの話をするのだ。私達はお返しに、皆が知りたい話をしよう」
 子供達の中で一番体が大きい少年を指して、からすが大人びた態度で提案した。自分より小さいと思っていたからすの言い様に呑まれて、少年はじめ子供達はうんと頷いている。
「あらまあ、それではこれから忙しくなりますね」
 シタールがにこりと微笑んで、小さい子供に語りかける。
 やおら突然始まった観月の宴諸々は、まず準備するだけで確かに大変なことだった。

 天儀神教会といえども、実体は神父・神楽シンの独り住まいだ。ゆえに、長卓と椅子から借りてくる必要がある。
「こちらの巫女様でいらっしゃる? そうですか、では私と愛について語りませんか?」
 借りる先が別宗教の神殿でいいのかとは言わず、エルディンはにこやかに応対に出てきた巫女に話し掛けた。しっかり相手の手を握っているとか、愛の前に『神の』の一言が抜けているとかあるが、相手は彼に負けない満面の笑みで頷いた。
「まあ、嬉しい。では精霊の恵みや愛について、お聞きくださいますね」
「‥‥相当な強者ですにゃ」
 付いてきたティアラが驚いて口調が変わっているが、初対面で『愛を語ろう』と言われて、平然と『精霊の恵みと愛を』と押し返してくる女性は滅多にいるまい。エルディンの不埒に見える言動には、常に矯正の一撃を見舞ってきた彼女も、今回は必殺の蹴りを見舞う機会を逃していた。
 何はともあれ、先方は気前良く必要なもの一式を貸してくれたので、まずは料理道具を運んでいく。
「このお鍋を使えば、もち米が蒸せますね」
 別の家からも鍋を借りて、芋をふかしていた真夢紀が、運ばれてきた道具を確かめて、次の作業を決めている。周りでは、主に女の子達が数人の大人を手伝って、こちらの料理作りを進めていた。
 男の子は、からすと一緒に井戸へと水汲みに出掛けていた。戻ってくると、からすの荷物から出てきた様々な茶葉を物珍しそうに眺め、冷茶を淹れる手伝いをさせられている。
「この容器は、そうやって閉めるのか。なるほどねぇ」
 料理に忙しい真夢紀と違い、からすは時折手を休めて、子供達が使う道具類を眺めて感心したりしている。言動から、見た目と違ってからすは自分達より年上らしいと考えている子供達も、感心されると単純に喜んで、あれやこれやと喋っている。
 真夢紀も手はせっせと動くが、料理の内容の説明は出来る。並べられた料理数には大人も目をぱちくりさせたが、楽しみも増すというもの。
 賑やかな台所の脇では、
「遊んで、飯が食えると思ったのに〜」
 琥珀が積み上げられた食器の埃を拭きながら、がっくりとうな垂れていた。
 しかし、シンに連れられて市場にでかけたクロウとシタール、氷海の三人が、明らかに今日使う分だけではない食材はじめ、色々な物を持たれさて帰ってきた時には、少し考えを改めたかもしれない。香辛料市場を満喫したシタールは元気だったが、狭い路地を連れまわされた氷海とクロウは少々疲れ気味だ。
 市場では、いまだミーファと銀姫が本日の観月の宴の宣伝にこれ努めている。
「あんまり布教する気のなさそうな神父様だよね〜♪」
「種を撒いても、芽が出るには時間が掛かるとおっしゃっていましたが‥‥気の長い方のようですね」
 あまりたくさん人が来ても、通りに入らなくて大変だから、程々のところで戻ってくるように。なんてことを言われた銀姫は、琵琶を鳴らす合い間にからからと笑っている。ジルベリア生まれながら、神教会の教えと縁が近かったミーファには複雑なところもあるが、十年以上の布教の旅ばかりしていたと話したシンのやりようにとやかく言う経験はない。
 何はともあれ、二人が月見の場所は通りの名前と天儀神教会と口にすると、近くの商店主がすぐ了解したので、教会の知名度は少しずつ上がっているようだ。

 そうして、銀姫とミーファが切りの良いところで戻ってみると、教会では団子などの茶菓子が並べられているところだった。一部に作り掛けの団子があるのは、皆で作りながら楽しむためらしい。
 兎型の団子作り方を実演中の真夢紀の周りは、手元を覗く近所の女性達でいっぱいだ。さして難しいものではないが、見た目が可愛らしいからこの機会に覚えてしまおうと考えているのだろう。
 おかげで三方に盛られた団子を虎視眈々と狙う子供達への注意は、誰もしていないかと思いきや。
「団子を取っていいのは、夕方になってからだ。取り方も決まりがあってな」
 そういう決まりも地域で色々だがと付け加えつつ、氷海がこっそり伸ばされてきた手をぺしぺしと軽くはたいていた。叱っているわけではなく、薪から切った極細の棒を渡して、団子はこれで刺して取れと教えている。
 団子は大人の目を掠めてこっそり取るものだと聞いた子供達は、掠めようもない卓の上にある団子の位置に不満そうだが、シンが三方を真夢紀提供の秋の七草と稲穂を飾った瓶と一緒に別の卓に置いたので、しばらく様子を見ることにしたらしい。
 そう考えたのもつかの間、氷海がもふらさまの絵を出し、天儀にはこんな神の使いがいて‥‥と始めたので、そちらに集まっている。
「全身をカールしたもふもふの毛で覆われた可愛らしい外見ですわね。とても食いしん坊なんです。『もふ』が口癖でして、明るい人が多いですの」
 これは天儀の神様の使いの絵で、あちらでは多くの町や村にもふらさまがいるから、豊かな土地が多いのだ‥‥と、一部誇張した話が混じっていそうな語りは、シタールのもの。時折こんこんと咳をしていたが、お茶を飲みつつ話しているうちに落ち着いたらしい。天儀とアル=カマルは空気の質が違うから、クロウは向こうに渡った時に喉の具合が少々おかしくなったと言い、シタールは逆のようだ。
 だがそういうこととは無縁そうなエルディンが、シタールの説明の後をついで、もふらさまについて怒涛の説明を始めた。
「もふらは聖霊なのです!」
 説明というより、自分の好きなものを語りまくり。ついでに自分の教会にいるもふらさまの絵を描き始めた。シタールまで一緒になって見入っているが、細かいところが氷海の持ち物と違うのはなぜかと、子供達の視点はシタールとエルディンの間を行き来した後、氷海のところに落ち着いた。
 返答は、もふらさまもそれぞれちょっとずつ違ったりするのだと、絵の出来とは別次元の説明である。
「そうそう。色と模様も色々あるそうですよ。金色のもふらさまは眩しいくらいだとか」
 シタールが人に聞いたのだと、目を輝かせて話し出したが、さて誰が教えたものやら。
 その近くでは、別の子供達相手に、からすとクロウが色々な絵を描いて見せていた。
「ほら、こういう景色があってな。近くに行くと、この緑がよじ登るのも苦労しそうな大きな木の葉の色なんだ。山にびっしり木が生えてるんだよ」
 船に使うような立派な木と言うあたり、説明の仕方がからすには珍しいが、そうした大きな木を産するのは極限られた地域のアル=カマルでは、確かに珍しい光景に違いない。子供達はすぐには想像が付かないようだが、からすが幾つかの木の葉を描いてみせると、それぞれに想像を逞しくしている。
「天儀で有名な河、ジルベリアは石造りの街に白い雪、泰国の海は他と色が違うな。こちらの砂龍は他では見ないが、あちらには猫又や人妖がいて‥‥」
 からすがすらすらと絵を描くと、クロウが知っている物には言葉を添える。画材がシンの提供する紙と筆で彩色は出来ないが、覗きに来た親の方が持って帰りたいなどと言い出していた。
 そのうちに書き手が子供達に変わって、自分達が知っているものをあれこれ慣れない筆で描き出した。なんだか分かるものも分からないものも混じっているが、からすは楽しんでいる。クロウはまたも補足説明で忙しい。
 そろそろ日が傾いて、仕事を終えた人々が新たに集まりだしていた。

 他の儀の話が聞けるとの触れ込みに、やってきたのは大抵が近所の人々。それから市場の商人達だ。これとどう考えても銀姫とミーファの手柄だが、なぜかこうした人々の間を巡っているのはティアラである。
「お志で十分です。ご協力、ありがとうございます〜」
「‥‥なんて逞しいんだろう〜♪」
 寄付という名の飲食提供代金の徴収に、銀姫の感嘆は末尾に行くほど音階が上がっている。ミーファも苦笑するしかないが、教会とご近所の持ち出しになるよりは気が楽というものだ。あとは吟遊詩人が興を添えれば、寄付に文句を言う者もいないだろう。
 ミーファにしたら、シンがこの期に布教するつもりがまるでないのが驚きだが、教会の説話などは、時間があれば教えてあげてと言われているので、銀姫と演奏などを打ち合わせしようかと思ったら。
「アヌビスを泰国では猫族と呼んでね〜♪ 彼らはこんな細い剣みたいな魚、秋刀魚をこの時期に溢れるほどに取るんだよ〜♪ あ、秋刀魚は海にいるから」
 すでに泰国の秋の風物詩について、琵琶で弾き語るという器用な芸を始めていた。海は見た事がある者ない者いるが、身振り手振りも加えて、秋刀魚の姿や漁の様子を語る。そのまま、矢継ぎ早に加工方法も語りまくり‥‥それが美味しいものだと、皆を納得させている。
 しまいには市場と近所の商店主達に、泰国との商売まで勧めていたが、流石にこれはすぐさまどうにかなるものではなかろう。銀姫は座っている椅子を叩いて、更なる大熱弁中。ノリのいい客数人との掛け合いが楽しくなっているらしい。
 どうにも教義を語るような雰囲気でもなくなっていたが、エルディンが聖人の姿を書き起こして、これが話に聞いた人の顔かなどとしたり顔を作っている子供もいた。ミーファもそれらに合わせて伝承を語り、賛美歌を歌うと、何人かは一緒に歌うので驚いた。
「先生が歌ってるから覚えたー」
「せんせーよりじょーず」
「俺だって素人にしてはうまい」
「素人って‥‥そもそも賛美歌は上手い下手をいうものではありませんから」
 歌の性格上、確かに巧拙をとやかく言うものではないと納得したのは関係者だけで、子供達は上手いほうがいいに決まっている。
 やがて、話を伝え聞いたこちらの吟遊詩人が駆けつけて、今までの話と歌をもう一度繰り返してくれと無理を言い‥‥なにやら騒ぎになっているが、まあ大抵は楽しんでいた。


 月には兎が住んでいて、餅を搗いている。
 いや、あの模様は女性の横顔だから、美人の精霊がいるに違いない。
 もしかしたら、兎の獣人がいるかもしれない。
 住んでいるのは、実は蟹。
 蟹より大きいワニにしよう。
 愛でるなら、満月より三日月。
 あらゆる月夜に名前があるが、一番風流なのは実は月が見えない夜である。
 シタールが子供達と一緒になって、興味津々で聞いている話は、日が暮れきって、すっかり宴会になってしまった場の方々から上がっている。首都には氏族も様々な人がいて、飲食の好みも様々。だが皆が持ち込んだ甘酒も普通の酒も、料理もどんどんとなくなっていた。月にまつわる話も色々で、クロウのように太陽より月、でも満月より三日月と主張する者もいれば、太陽もいいと譲らない者もいる。
 子供達は、氷海が人魂で作る小さな生き物に釘付けで、うっかり手を出して握り潰したりもしている。氷海は怒りもせずに、また新しいのを出してやるが、虫の音を楽しむより『戦わせたら強い?』と尋ねられるのに苦笑していた。
 真夢紀の料理やからすの茶が好評な中、琥珀が蒸しあがった何かを抱えて駆けて来る。彼は夕方から天儀の遊びをあれこれ披露し、独楽の扱いで少年達の尊敬を一身に集めていたが、今度は遊びではないらしい。
「餅つきをするからなー。最初はお手本だから、後でやりたい奴は見てろよ!」
 胸を張って宣言したのは、一生懸命担いできた杵を片手に、臼の傍ら。横には水が入った桶を持って、ラビットバンド装着のエルディンが控えている。琥珀も甚平に着替えて、準備万端ということらしい。
 餅つきというのが、まったく意味不明だったアル=カマルの人々は、最初は月と餅つきを見比べて首を捻っていたが‥‥
「うりゃーっ」
「てぇーい!」
 良く分からない掛け声と共に高速化している杵と返し手の掛け合いを、祭りの余興として楽しみ始めた。天儀の人々は、ああいう餅つきをする地域も耳にしたことがあるなぁと眺めていて、良く知らない人々は単純に感心している。
「こんなに早く搗く必要ねーけどなー」
 後程、子供達に杵の使い方を教える琥珀はそんなことを言い、先程のはやはり余興だったかとの認識を広めていたが‥‥それはそれでもいいのだろう。