未来を創る〜荘園・壱
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/08 09:37



■オープニング本文

 ジルベリア帝国の一角に、ガリ家という貴族が治める領地がある。
 当主は皇帝の側室の一人を姉に持ち、甥に当たる皇子の親衛隊長を務めているが、中央政治での権力はかけらも持たない。元々軍人家系だし、現在の地位も皇子との血縁があればこそ。また、その皇子も皇位より跡継ぎがないガリ家の次代を担うと、皇帝の目を畏れて表面立ちはしないが存在する皇位継承争いから、早々に離脱を表明していた。
 他の皇子皇女が死に絶えでもしない限り、ガリ家の地位が下がることはあっても、上がることはないというのが、中央で政治を担う家臣達の共通した認識だ。
 そして現在、ガリ家はその立場が危うくなりそうな火種を一つ抱えていた。

 ガリ家の所領には、ツナソーという地方がある。ここの領主はガリ家当主の従弟だったが、先日謀反を企てていたのが判明して、逃亡。現在まで行方をくらましており、追っ手がかけられている身分である。
 当然貴族の地位も剥奪され、ツナソー地方はガリ家が仮に治めている。ツナソーの先代は存命だが、持病の眼病がよくないので政治は任せられず、領主の地位はその孫に当たる幼子がいずれ受け継ぐ事になっていた。いずれというのは、逃亡した父親が正式な結婚も認知もせずに芸妓との間にもうけた子供なので、すぐさま跡を継がせるには幾つか問題があるからだ。
 それでも政治向きのことは、領内のことゆえ、当主一族でなんとでも出来る。手間が掛かることを任せられる家臣もいる。身内から反逆者を出したのは汚点だが、不幸中の幸いは帝国に対してではなく、ガリ家に対する反乱計画だったこと。外聞は悪いが、一族内の揉め事で片を付けられるだろう。
 様々な手を打って、一族、特に皇帝側室の姉とその子供に類が及ばないよう画策を済ませた当主はそこで一安心したのだが、今は別の問題に頭を抱えていた。

「読み書き出来る者が村に十人? 二百人の村でか?」
「村というより、荘園です。その十人は元の荘園主の一族や側近で、働いてる者達は読み書きも計算も覚束ない有様だそうで」
「ツナソー担当の監察官は」
「すでに捕らえました。自宅から分不相応の金品が出たので、賄賂で虚偽報告をしたのは間違いないでしょう」
「‥‥やれやれ、祖父が俺の性癖を見限って、叔父に跡目を継がせていれば、こんな騒ぎにはならなかったものを」
「その叔父上に遠慮して、事を大きくしたのは貴方様です。ぼやく暇があったら、次々手を打っていただかないと」

 ガリ家当主の相続では、幾つか揉め事があって、ガリ家とツナソー領主は濃い血縁でも仲が悪い。ツナソーの領内視察に当主が出向いたことはなく、監察官を寄越していたのだが、いつの間にやらあちら側に取り込まれていたようだ。
 皇子と共にあちこちの戦地を渡り歩いている間に荒らされた足元の手入れは手早くやるとして、ツナソーの領民達の生活改善も火急の責務だ。ただし、まともにやるとなると、人手は幾らあっても足りない。
 ツナソーは近隣でも有数の穀倉地域で、これから麦の刈り入れをはじめ、あらゆる農作業や畜産業のやらねばならないことが山積みになる上、収穫から徴税を行い、必要な分を備蓄に回し、余剰は商人に売って金に換えねばならない。ついでに農閑期から冬までの僅かな期間に、地域の共用施設の修繕も済ませる必要があった。そうした計画は、今のうちにしないと間に合わないのだ。
 だが、ツナソーではこれまでそうしたことをしていた領主の家臣や荘園主達の多くが、税のごまかしやらなにやらで引っ立てられている状況だ。残っているのは、何年もただ働くばかりで、生活に支障が出るほどに教育を受けていない農民達だけである。

「各領から人を出すように指示は出しましたが、まあ、まず足りませんな。皇子の伝手で、親衛隊の皆様のご実家も頼らせていただくとしても、まだまだ」
「開拓者ギルドに依頼を出してみるか」
「一度では済みませんので、金が掛かります」
「‥‥姉上に、アル=カマルの花を取り寄せてやるのは、来年だな」

 
 行政機能が麻痺した地域の中、荘園一つの管理・監督の大半を開拓者に任せたい。
 最低限行うべき業務の一覧と一緒に、そんな依頼がジルベリア帝都ジェレゾの開拓者ギルドに張り出された。


■参加者一覧
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂


■リプレイ本文

 ツナソーに点在する荘園の一つで、各種行政作業に従事すること。
 この依頼に応じた開拓者は女性ばかりが四名。領主から派遣された報告書担当の者が男女五名いるので、合計十一名での作業開始だった。ただし、後者の中にもこの荘園を直接知っている者はいない。
「土地を知らぬ者だけでなんとかしろとは、あんまりな話ではないか?」
 領地経営は帝王学の一環と、移動中はのぼせた顔で繰り返していたヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)が、首を傾げた。レートフェティ(ib0123)も詳しい状況を荘園の関係者から聞き取りたいと考えていたのだが、それも叶わないようだ。
 一応派遣されてきた五名は先んじて荘園入りしていたが、荘園主の家から押収された徴税名簿その他とガリ家が保有するそれとの照らし合わせなどに追われて、荘園内の様子は良く分かっていない。荘園主とその関係者は捕縛されて連れ出されているので不在。現在判明しているのは、ガリ家に提出されていた書類内容は実情とまったくあっていないということだけだった。
「読み書き出来る方も残っていないとは‥‥なかなか手強そうですわね」
「実際の作業の補佐を頼める職人がきちんと残っているといいが」
 示された書類から荘園内の悲惨な状況を見て取り、フレイア(ib0257)とメグレズ・ファウンテン(ia9696)が眉を寄せた。あちらとこちらの書類の数字が全然違いすぎて、この先の作業の困難さが察せられる。
「そういえば、荘園の皆様は外に出られないとか。自給自足出来るほど、手広く色々こなしているのでしょうか?」
「いえ、ここの荘園は生活用品が配給制で、外部との商取引は荘園主が一手にやっていたんです」
「はいきゅーせい? ジルベリアの制度か?」
 レートフェティが疑問を口にして、返答内容の珍しさにしばし呆然とした。ヘルゥには耳慣れない言葉だったか、頓狂な声を上げている。こうした反応に、担当官達は『他所では聞きませんよね』と苦笑した。貧しくて買い物もままならない人や家はどこの儀でもあるが、麦畑が広々と続く荘園の住民が買い物一つ出来ないなど、滅多にあることではない。
 人口調査は十一人で手分けして行う事にしたものの、先行きはかなり困難そうだと全員が思っていた。

 依頼時の連絡事項に、確かに人口が届出と実際で異なるだろうとはあった。それで隠れ住んでいる者がいるかもしれないと、フレイアは考えていたのだが‥‥
「今回は正しい人数が知りたいので、隠れることはありませんからね」
 行く先々で、役人が来るなら今回は何人隠れたらいいかと尋ねられ、『隠れさせられていた』のかと理解した。監察官も不正に目を瞑っていたと聞くが、それ以上に人数の誤魔化しは長年慣例化していたようだ。
 荘園の農作業も牧畜も忙しい時期ゆえ、まずは早朝夕刻の住人が家にいる頃を見計らって訪ね回っているが、どこの家でも『偉い人が来た』とかなんとか言い交わして、応対に出てくる一人二人以外は家の中で息を殺して隠れてしまう。よくよく訊くと、各家で指定された人数以上の家族は数日家畜小屋に隠れたりするのが常だったとか。
 怪我人の有無を尋ねればいないと返るが、どこの家も皆一様にやせて顔色が悪く、栄養状態が悪いと一目で分かる。家も粗末だし、家財もようやく最低限があるだけといった様子だ。
 農具は納屋にまとめて管理されていると聞いたので、それを確かめる必要もあるのだが‥‥
「ここの人達から指導出来る人を選ぶのは、いささか厳しそうですね」
 正直、頼りに出来る人手がないことが、フレイアには最も目論み違いで困ったことだが、他の面々が調べてきた中にも、これという人材は見当たらなかった。出来れば地域の測量を行って、正確な地図を作成しなおしたい者としては、計画の建て直しが必要である。

 家畜は毎日世話をするものだから、誰かしらそれに長じた人物がいるはず。そう考えて、その人物に家畜頭数の確認作業の補佐を頼むつもりだったレートフェティは、住人が名乗りを上げるどころか、誰が詳しいとも言い出さないので困惑していた。
 実際、人口調査の際にも皆で色々聞き取りをしているのだが、住人は自分が何に通じているとか、得意だとか、まず口にしない。人数も二度回って、ようやく実数が二百九十人だと判明したくらいで、レートフェティのような見た目も物言いも温和な相手にもおどおどしっぱなしだった。
 それで尋ね方を変えて、誰が家畜の世話をすることが多いのかと確かめたら、ようやくまともな返答があった。荘園内でも、やはり畑と果樹園、家畜の世話は余程の多忙な時期以外はおおまかに担当が分かれていて、数家族ごとに畑や果樹、家畜の割り当てがあったらしい。今もそのまま仕事は続けているのだが、麦の収穫は全員で指示された日から始めるので、住民達も困っていたようだ。
「収穫は明日からなので、今日のうちに家畜を数えられるといいんですけど、いつもはどうやって数えてたんでしょう?」
 家畜担当の家族達は、丁寧に尋ねられて途惑っていたが、彼女の予想通りに数が多い家畜は小屋への出し入れを一頭ずつにして数えると説明してくれた。牛、馬、ろばは見るからに数が少ないので普通に数えるとして、豚、羊、山羊はその方法で住人と一緒に作業すれば早そうだ。鶏と家鴨は一緒くたにいるらしいので、分けるところから始める必要があるだろう。
「なるほど、あれが家畜小屋なのね‥‥人の家より立派って、どうなのかしら」
 冬に雪が積もると壊れそうな古い煉瓦の家々と、石と煉瓦造りで壁も厚い家畜小屋の落差に、レートフェティはこそりと溜息をついた。
 家畜小屋も家畜もよく世話をされていて、その仕事には子供も加わっている。それだけならどこにでもある光景だが、自分の姿を見ると慌てて目を逸らして、必死に仕事をこなそうとする姿を見るのは、やはりいたたまれないものだ。

 人口調査で、最も効率よく仕事が進んだのは実はメグレズだった。開拓者の中でも女性では飛び抜けて大柄な彼女は、勇ましい鎧姿の印象とは異なり、言動は落ち着いて物柔らかだが、住人には身長だけで威圧的に映ったらしい。調査で訪ねた家々で、住民から平伏されることを繰り返して、そんな必要はないと説き続けるのにも疲れたものの、質問にすぐ返答が戻る点では便利だったと言える。
 この規模の荘園なら内部に大工や鍛冶師がいるはず、との問いにはすぐにどこの家の誰それと返答があって、メグレズはその中から二人に荘園内の共用施設確認の同行を依頼した。受ける側の態度は命令されたかのようだが、それを逐一直していたら日が暮れるので、細かくどうこうは言わずにいる。
「生活用品が配給だと聞きましたが、職人だと少しは優遇されたりするのですか?」
「いえ‥‥賦役なんで」
 やはりメグレズの顔色を窺う姿勢はあるが、住人の中ではかなりしっかり受け答えをする大工の青年が、問いかけに不思議そうな顔をした。技能職だから優遇されるとか、給金、ここの場合には配給が多いなんてことは考えも付かないらしい。収穫物の計量方法は枡を使うと聞いたが、その数を確かめてみると効率的な計量とは程遠い分しかない。
「ここの収穫なら大きな単位で計って、必要な分だけ小分けにすればいいはずです。しばらく憶えることが多くなるかもしれませんよ」
 幸いというか、共用施設の管理は厳しかったそうで、急ぎの修繕を要する箇所はなかった。唯一、水車小屋の床が少し傷んでいたくらいだ。だが農具は数が不足していたり、傷みが激しいものも少なくない。取り急ぎ収穫に要する農具の手入れを優先して行わせることにしたメグレズは、自身も鎌の柄を取り替える作業を始めて、住人達をひどく驚かせていた。

 麦の収穫は機を逃すと穂が湿気を含んで傷んでしまう。よって、収穫開始は今日。
 そう決められた日の早朝、どの畑から刈り取りを始めようかとお伺いを立てられたヘルゥは思わず言葉に詰まってしまった。そのくらい経験があるのだから自分達で判断しろと言えば、ここの住人が右往左往を始めるのは徴税台帳を作る時の混乱で予測出来る。
 だがアル=カマル生まれ、砂迅騎のヘルゥには小麦の刈り入れに適した順はよく分からず、他の三人も自信なさげだ。ついで領主派遣の五人に目を向けたら、一人がこの順番がよかろうとおおまかに記されただけの地図上で畑を次々指した。
「ふむ、では南端の畑全部と、向こうの丘の畑から始めるか。人数は‥‥こら、手分けしてやらねば、進みが悪いではないか!」
 どの畑と口にしたら、全員でぞろぞろ移動し始めたので、ヘルゥは思わず大声を出した。するとまた全員揃って平伏しそうになったので、地団駄踏みたいところを必死に耐える。まだ年齢的にも一人前とは言い難い彼女の言う事にさえ、こうも大袈裟に反応する人々が三百人近く。赤ん坊や年寄りは外しても、的確に分けねばどこかで労力が余って無駄になる。
 ここに何人と言っても、それだけでは住人はちゃんと動けない。成人は全員がかろうじて数は数えられるが、足し算も覚束ないと判明している。結局どの家の者がどこに行くと指定して、ようやく収穫作業がまともに始まった。農作業そのものは、口出ししなくてもきちんと進む。
 他の仕事にも住人が振り分けられて、あちらこちらで忙しく働く彼らと、その様子を確認して回る霊騎・ラエドに乗ったヘルゥの姿がジルベリアの夏の遅い日暮れまで見られて‥‥
「夜になったら、家で寝てよいに決まっておるのじゃ! 残りは明日、明日!」
 例年、麦の刈り入れは終わるまで不眠不休だと聞いたヘルゥが、大慌てで畑を巡って住人を家に帰していた。ぷんぷん怒っているのは、もちろん前の荘園主に対してだ。

 麦の刈り入れと同時に、家禽を種類別に飼育場所を分け、数を確かめる作業をする。続けて、それらをまとめて書類にするのは住人の協力が得られないから、開拓者と派遣された者とで頑張るしかない。おかげでレートフェティ達は目が充血してしまっていた。これまでの表向きの数字の四割増しの家畜・家禽がいた旨の報告書も必要だから、作業はなかなか難解だ。
 更に収穫量を確かめるための道具立てを新たに据えて、その使い方を住人の中から覚えが良さそうな男女を選んで叩き込む。メグレズがごく当然のように着けている鎧が五十キロだと聞いて住人はぎょっとしていたが、これまた徹夜作業だった計量が楽になる方法を考えてくれたと分かって、最初よりは怯えた様子を見せなくなった。
 そうした作業に道具の手入れは不可欠なのに、鍛冶師達が自由に使うことも出来なかった鍛冶場は開放されて、腕に覚えがある者達が忙しく働いていた。最初は及び腰で使っていいのかと躊躇っていた鍛冶師達も、フレイアがてきぱきと何をすべきか指示を出すうちに、他の者の仕事が楽になるのを見て作業に熱が入っている。
 相変わらず、自分で次に取るべき行動を考えるには及ばないし、言われたことしか実行出来ないが、代わりに言われたことはきちんとやる。開拓者や派遣されてきた者の顔色を窺うのも変わらないが、失敗や怠惰は配給が減らされたとかで、仕事をさぼることがないのはよい傾向だ。
 ただ、
「姉ぇ達! 私は腹が立ってしょうがないのじゃ!」
「そうでしょうねぇ。でも、食べる時は怒らないほうが美味しいわよ」
 ヘルゥが一日何度となく、住人がいないところで叫ぶのは、他の者も納得の理由だった。臨月間近の妊婦や幼児まで不眠不休で働かせたり、その間の食事は一日一回だったりと、前の荘園主は加虐嗜好があったとしか思えない。当初は住人の主体性がなさ過ぎる態度に不満があったヘルゥも、折に触れてそうした話を漏れ聞いては心が折れても致し方ないと怒るのに忙しいのだ。レートフェティに宥められて、涙目で皆と少しでも作業が円滑かつ楽に進む方法を検討しては、また見回りに飛び出していく。
 住民達は、ヘルゥの話を聞いたフレイアが急ぎ備蓄倉庫を開けさせて出した食料の配布と食事をきちんと取るようにとの『命令』を受けて、何か信じられないものでも見るような顔で開拓者達を見たが‥‥この時だけは躊躇うことなく手を出して、素直に食料を受け取っていた。それが収穫初日の昼過ぎで、午後からの作業は少し早くなっていたようだ。
 とはいえ、実際は備蓄の利用は開拓者の権限にも入っていなかったが、フレイアは荘園主の屋敷をまだ裏帳簿があるのではと家捜ししながら、平然と『依頼された作業を遂行するために必要ですから』と言い切った。裏帳簿までは出てこなかったが、元々ガリ家に提出されていた書類と荘園との実数の差が激しいので、相当の脱税と過重徴税があったのは分かる。耕作面積も違いそうだが、人手が足りなくて測量が追いつかないので、次に必要な物品と人員の請求書もこしらえていた。
 これについては、共用施設の修繕がほぼ必要ないと判明したメグレズも一筆追加している。施設はよいが、一般家屋がひどく粗末で、冬季の居住に適しているとは思えない。その修繕用に備蓄されている木材の使用が可能かと、不足が激しい農機具の請求だ。普通は他所から送ってもらうことなどない物も多いが、原料も不足しているので致し方ない。
「少しでも、住人で仕事を任せられる人がいればよかったのですけれど」
「ああまで指示が必要だと、かえって経営に手間が掛かります。当人の嗜好以外に何か原因があるかもしれませんね」
 報告担当の人々がせっせと二人があげる問題点なども書き記したのを、後で確かめたレートフェティがあることを指摘した。収穫の時には、皆で調子を合わせるのに歌を歌うのがよくあることだが、この荘園では見掛けない。吟遊詩人として、そうした歌も多数知っている彼女が不思議に思って、幾つか歌って聞かせたところ、住人はそれらを知らないわけではなかった。だが歌わない理由を問うと、口ごもってしまう。
「聞いた事がないのは、十二、三歳くらいから下の子供たちだったの」
 この状況と直接関係はないかもしれないが、念のために依頼人に報告はしておいたほうがいいかもしれない。そうして追加事項が一つ増えて、最後に報告書を確かめたヘルゥが疲れすぎたか鼻血を吹いたが、麦の収穫作業は無事に終了した。
 麦の保管方法などは住人も承知しているが、計量はまだ終わっていない。それで計量後の保管場所や分類の仕方を絵にして、口頭の説明をつけて渡しておく。派遣された者はそのまま待機だから、荘園全体が機能しなくなることはないだろう。
「ふむふむ、何事もただ与えるだけではいかんのだな。しかし、一々言われなくては駄目だというのは直さねばならんぞ、うん」
 帰り道も、ヘルゥは他の三人と今後の計画の検討に余念がない。