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■オープニング本文 その村の名前は、ゴーヘンカン。 ジルベリア帝国のどこにでもありそうな、ごく平凡な農村だった。 唯一つ、他と違うところをあげるとすれば‥‥ 「てりゃーっ!」 「上がって来たぞ、気をつけろ!」 「とうっ!!」 「しぶといアヤカシめ!」 「えいやっ!!!」 村人は、アヤカシ退治に慣れていた。 ゴブリンの一体、二体なら、他所の人になど頼まない。村の男衆が寄り集まって、普段から使っている農具でぼこぼこ殴って退治していた。 だって、その方が早いし、お金も掛からない。 これまでの記録はゴブリン十八体を、村人だけで退治。他所の村に行ったら、誰しも一度は自慢する武勇伝である。 それに。 「また女房に酒代減らされた!」 「息子の服を作るなら、俺にも作ってくれ!」 「わしの顔を見て溜息をつくなー!」 「太っ腹なのは気持ちだけでいいんだ!」 本人には直接言えない愚痴をぶつけて、憂さを晴らすのにもちょうどよかった。 例え、物陰で見守っている奥さん達に後で怒られようと、暴れて発散するのは大変気持ちがいい。 結婚していない若い衆は、この機に頼れる男っぷりを示すのに大忙しだ。 そんな訳で、ゴーヘンカン村はだいたい毎年やってくるアヤカシを、大抵は自分達で退治しているのだが‥‥ 数年に一度、開拓者ギルドに依頼を出しにやってくる。 「今年は村の連中じゃ無理そうだから、またよろしく頼むな」 「分かりました。って、まさか、また前みたいに、十体だけ村に回せとか言わないでしょうね?」 「言うともさ! 今年は十五匹までなら回してくれても大丈夫だ!」 「うん。この日のために、皆で練習してきたからなっ」 それは練習ではなく訓練だが、根が素朴な村人は訓練なんて言葉を知らないらしい。 でも、大量発生したアヤカシの一部は、日頃の鬱憤晴らしと村の女性陣と子供達へのいいところ見せのために、自分達に回してくれと我侭を言っている。 開拓者ギルドで、ちょっとだけ有名なゴーヘンカン村。 そこは近くを流れる川が毎年この時期に雪解け水で増水し、なぜだかその水でアヤカシがどばどば流されてくる謎の場所だった。 いつもは白っぽいゴブリンが数体、多いと十数体。 だが何年かに一度だけ、冬が似合う白っぽいゴブリンとか、氷のゴーレムとか、つららが下がったでかい木とか、真っ白毛の狼とか、溶けかけ氷みたいなでろりんなんかのアヤカシが、大挙して流れてくることがある。 なんでだか分からないけれど、どばどば流れてくる。 あんまり多すぎて、アヤカシ同士で絡み合っているうちに喧嘩で消えるのもいるくらいだが、仲間割れで全部消えることはないから、ここは開拓者達の出番なのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
エリーセ(ib5117)
15歳・女・騎
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ |
■リプレイ本文 蒸し暑い天儀の気候に比べたら、日差しの強さに変わりはなくても、からりとした風が涼やかなジルベリアのゴーヘンカン村では、大量発生中のアヤカシ退治を請け負った開拓者を迎えたところだった。 「なんと気概に溢れた姿だろうか」 「あたしも負けてられんなっ」 アーマーケースを背負ったエリーセ(ib5117)と、身の丈よりさらに半分近く高い戦斧「アースブレイク」を器用に担ぎ、炎龍・赤雷を連れた沖田 嵐(ib5196)とが、村人のいでたちと態度に素直な感想を漏らした。 「備えあれば憂いなし。まあ‥‥ここまで憂いのないところは珍しかろうな」 「こういうノリは好きだなぁ」 今回多数連れてこられた迅雷のうちの二羽、詩弩と花月を肩や腕に止まらせたからす(ia6525)と水鏡 絵梨乃(ia0191)とも、視線を一巡りさせて笑顔を見せている。にぱっと笑った絵梨乃がごそごそ荷物を漁りだしたのは、村人の今にもアヤカシ退治に出かけそうな姿とは無関係に、芋羊羹を取り出したいのだろう。 そういう姿が村を助けに来た開拓者にふさわしいかは怪しいが、村人達は普通の依頼なら怯えて弱り果てているのに、これから祭りが始まるかと思わせる浮ついた様子だ。 「ねえねえ、これでアヤカシ退治できるの? 怪我しない?」 プレシア・ベルティーニ(ib3541)が物珍しげに、村人の持つ草刈り鎌や斧などを指して尋ねているのに、去年はゴブリンを二体も退治したとか、返る応えも威勢が良い。その周囲で若い娘達がきゃっきゃと笑っていたり、普段の依頼とはまったく異なる光景が展開されていた。 「夫婦円満に意中の人へのアピール、アヤカシも役に立つ事があるんだなぁ」 「あの鎌の飾り‥‥梟の羽だな」 そもそもの依頼からして、『十五体は村人が退治するから村の近くまで追い込んで』と一風変わっていたが、これは相当だと感心している滝月 玲(ia1409)の横では、幼馴染みだという焔 龍牙(ia0904)が、自分の趣味の世界にはまりかけていた。焔は梟やミミズクが好きなので、あの羽を譲ってもらえないかとか色々なことが頭の中を駆け巡っているのかもしれない。滝月は村人の持つ農具の手入れ具合が気になって、あれこれ見せてもらっていた。そんな飼い主達に、迅鷹の汪牙と火燐は我関せずで、赤雷の背中を借りての休息中だ。 一応、近くの川にアヤカシが大量発生しているはずだが‥‥と、お祭り騒ぎにしばし距離を置いてしまった風雅 哲心(ia0135)も、そろそろゴーヘンカン村の気質が分かってきた。年に一度、他所では脅威以外の何物でもないアヤカシを皆で退治して、団結力を高めているわけだ。からすがアヤカシが毎年流れてくる原因究明も検討したほうがと口にしていたが、もしもアヤカシが出なくなったら喜ぶより残念がりそうな人々である。 「こちらも負けずに、いっちょやるか」 物怖じしない子供達に、大鎧「戦鬼」の模様を見せろと寄ってこられた風雅が相手をしてやっている間に、風鬼(ia5399)とエルディン・バウアー(ib0066)とが情報収集に努めている。いかに祭り染みていても、畑でどこまで暴れていいかとか、アヤカシが上がってくるところとか、色々確かめるべきことはあるのだ。 「てな訳で、私らは村の皆さんから見えないところで頑張りますんで」 「皆様の活躍を損なうわけにはいきませんからね。でもケルブや楽鬼さんはアヤカシと間違えないでください」 そして、風鬼とエルディンの二人は、『どこで戦えば、村から見えなくて村人達より目立たずに済むのか。やっぱり村の皆さんにかっこいいところを見せるのは、村の男衆じゃないとね』との策略を、村長達と巡らせていた。エルディンは村娘に黄色い声で応援されるのもやぶさかではないが、場の空気はきっちり読んでいる。 迅鷹達と忍犬でゴブリンを誘導するから、ゴブリンだけ退治してねと話がまとまったところで、開拓者達は歓声に送り出されてアヤカシがどんぶらこと流れてくる川に向かったのだった。 じたばた、びしゃばしゃ、ごっつんこ。 うん十メートル離れた場所からでも、川がアヤカシに埋まっているのはよく見えた。川の方がほんのちょっとばかり坂の下にあるからだが、なによりも川いっぱいにアヤカシがぐちゃぐちゃの状態で流れてくるからだ。 あまりに珍しいのでちょっと現実味が薄い光景だが、こんなのが村に押し寄せたらゴーヘンカン村は全滅である。それが何年かに一度のことだと、平然としている村人達は只者ではない‥‥かもしれない。 それはさておき。 誘導班と討伐班とに分かれて、ゴブリンだけ十五体ばかり村に送り込んだら、後は見敵必殺だ。うっかりこの十五体もまとめて必殺すると依頼失敗なので、その点だけ要注意。後は見えるものを全部片端から潰していい。 「民を守るのは、血税を搾り取る騎士の務めだ!」 おいおい、あんたのところは搾り取ってんのか。 威勢良くアーマーケースを開いたエリーセのうっかり発言に、心中突っ込んだ者も何人かいるが、まあ取られる側は大抵そういう気分だろう。エリーセももしかしたら、取られる側に近いのかもしれない。アーマー・ウィルフレッドは当然ながらそういう事情を語らないので、細かいところは不明のままだ。 この間に、風雅も管狐の翠嵐牙を呼び出した。どちらも操縦や同化でより大きな力を発揮するわけだが、 「見敵必殺! ゴーヘンカーン!! なの〜☆」 『‥‥何を考えているんだ』 やはり呼び出された管狐の玖耀は、プレシアの謎の身振りに頭を抱えたいような感じだ。何かの芝居に出てくる謎の騎士にでも感化されたとしか思えないが、四六時中一緒でない玖耀には理解不能だったのだろう。 そこはかとなく、同族の翠嵐牙の視線が可哀想なものを見る目付きだったかもしれない。寡黙な質で、あれこれ口にしないところがある意味親切だ。 そうかと思えば。 「あの辺の水は冷たそうですねぇ」 「そっか、氷は食えないが、水浴びなら出来るな!」 天儀よりは涼しくても、やはり夏。移動だなんだと動いていれば汗もかくので、涼しいものには飢えて来る。目の前には寒々しい季節に大量発生するアヤカシがてんこ盛りだが、わさわさし過ぎて結局は暑苦しい。 だが、アヤカシが上がって来た後の水辺はなかなか涼しそうで、エルディンと滝月は依頼を終えたら水浴びをする計画に気合が入っている。出来ればさくさくとアヤカシを退治して、村人の首尾も確かめた後に、のんびりゆったり水浴び。なんとも素敵な計画だ。 「そんな呑気なことでいいのかよ」 川の辺りの様子から、背の高いアヤカシがまだ見えないために、赤雷の飛行能力が活かしにくいなぁと悩んでいた嵐が、横合いから耳に入った会話に眉を寄せている。確かに水浴びは素敵な案だが、今から楽しみにするのはちょっと違う‥‥なにより水が冷たくても、アヤカシの後に入るのは抵抗があるような。 もう一つ言うなら、見渡す限りのアヤカシって、大半が流れてくる間のもみ合いでへたばり気味でも、うきうき水浴び計画をしている場合ではなさそうだが、しかし。 「氷雪樹とゴーレムだな。どちらを取りたい?」 村に不要なアヤカシの足止めに落とし穴を計画していたものの、時間の都合で直接対決に持ち込む事になった焔が、特に不満な様子もなく周囲に尋ねた。ゴブリンは村の送り込むのに選別の必要があるのと同様、村人ではどうやっても歯が立たないアヤカシは早急に退治せねばならない。で、自ら最初に上がって来た大物を退治する気満々だ。 村を出る時に、梟の羽を眺めているのに気付いた村人が一枚譲ってくれたので、焔のやる気もいつもよりちょっと熱めかも。羽一枚、されど欲しいものは嬉しいものだ。 中には大技を試してみたいと考えている者が複数いるが、ここで全滅させたら依頼が失敗だ。まずはわさわさアヤカシからゴブリンを見付けるところから、戦いは始まる。 「あの辺りのゴブリンでいいでしょうか?」 ここまで持参していた酒を一気飲みしていた絵梨乃が、えっちらおっちら水から上がってくるアヤカシの群れを見回して、端の方の一団を指した。一団と言っても、元は違う群れなのか、それとも流されてくるうちに某か発生したのか、お互いにぼかすか殴り合っている二十体余りのゴブリン達だ。 ちょっと数が多いが、武器と言っても棒くらいだし、殴り合いで程々に疲弊している。その割に見た目が崩れて、一般人からすると怖そうに見えるのではないかと‥‥すっかりアヤカシを見慣れて、そうした感覚と少し離れている一行でも思える程度に見苦しい格好だった。絵梨乃も、他の者もすでに理解している。ゴーヘンカン村に必要なのは、見た目が怖くて、興奮して襲ってくるが、あんまり強くなくて鎌だの斧だの鍬だのでざくざくやられてくれる連中だ。 「うむ、まさに適材」 作戦を聞いたら、ゴブリン達は派手に反抗の意思表明をしただろうが、からすの納得は皆の意思でもあった。彼女の迅鷹・詩弩はじめ、指示を受けた花月、ケルブに忍犬・楽鬼が、ゴブリン達を追い回しに向かう。 更に追いかけるのはからすと風鬼の二人だが、こちらは基本的にゴブリンの数と向かう方向の調整が目的だ。うまい具合に、ゴブリン達が群れていてくれてありがたいというものである。 「二十一、と。まあ、ちょうどいい具合に引けましたかね。じゃ、先生方、やっちまってくだせえ!」 誰が『先生方』だが知らないが、迅鷹達に激しく突付きまわされ、頭上で泣き喚かれ、前方では忍犬が首を傾げて見ているという、苛々な状況に走り出したゴブリンの数を数えて、風鬼が一声あげた。これを合図に、川岸やまだ川の中でわさわさしているアヤカシ達に、他の八人が一斉に向かっていく。 ついでに、ゴブリン追い立て組の迅鷹と忍犬も、大層な勢いで頑張っている。 『神父様が、退治しちゃ駄目って言うから、突付くだけなんだからねっ』 『あぁ、芋羊羹のためでも、退治するなってつまんねー』 『はいはい、棒を振り回す暇があったら、とっとと走る!』 『やれやれ、皆さん、突付き回してくれますけど、追いかけられるのは私なんですよ』 もしも彼や彼女達の間に会話があるとしたら、そんな感じかもしれない。もちろん実際は『クワァ』とか『ワンワン』とか『アホー』とかだけれども。 そうして村の方角に引っ張られていくゴブリン達のそのまた背後からは、からすと風鬼がそれぞれの得物を手に、すたこらさっさと一応は気付かれないように追いかけていた。興奮して楽鬼を追いまわしているゴブリン達は、振り返りもしなかったが。 そして、川の近くでは。 「よっしゃーっ!」 誰が叫んだのが最初か、わさわさアヤカシへの総攻撃が始まっていた。 「ストーンウォールは一枚で済みそうです。これが長持ちするように、アヤカシにはここで止まってもらわなくてはいけません」 村娘からの『きゃー、素敵〜』という黄色い声援はすっぱり諦めたエルディンが、村のある方向に目隠し目的で壁を作って、アヤカシ相手だというのに説法に入った。開拓者ならある程度察しが付くが、天儀で魔術師の修行をしている彼は、実は天儀神教会の信徒で聖職者だ。ジルベリアでは大きな声では言えないから、もちろん神父だなんて名乗らない。 それに、ジルベリアと天儀では発音にずれが生じているものか、神父が新婦に、教会が協会や境界、聖職者が生殖とか聞こえるので、いつも悲しい思いをしているのだった。ゴーヘンカン村の人々もそういう発音を思わせる訛りで、村人に罪はないがなんとなく切ない。あと、ちょっとだけ鬱屈。 よって、憂さ晴らしにはアヤカシ退治が最適とばかりに、他の皆さんに声を掛けてからメテオストライクで一撃だ。たくさんいるから、最初の一撃である程度戦力を削いでおくのは有効なはず。 「ふうん、派手なことだ」 言葉は冷静そうだが、風雅の行動もかなり大胆だった。管狐・翠嵐牙との同化で輝く鎧に身を包み、ぶちかますのはトルネード・キリク。これまた先に仲間に断ってあるとはいえ、派手に広範囲攻撃をかましている。 すでに二人だけで、アヤカシのかなりの数に攻撃をぶち当てていた。ゴブリンあたりでは瘴気と散った連中もいそうだが、その隙間にはまた別のアヤカシがどんぶらこっこと流れてきて、川の中でじたばたしている。 「よぅし、ウィルフレッド、そろそろ我らの活躍の番ぞ」 実は今まで、皆の後方でプレシアに負けずに剣を掲げたり、やや珍妙な姿勢で格好付けたりと忙しかったエリーセが、いまだ乗り込んでいなかったウィルフレッドに語りかけていた。予想外にゴブリンがあっさりと分離出来たので、今まで前線に出る機会がなく、稼働時間調整で乗らずにいたウィルフレッドにいつ乗ったらいいものかと迷っていたのだが‥‥そんなことは言わなければ分からない。 アイスゴーレムがわさわさ上がって来たのを見て、今この時に活躍せねばと、素早く乗り込んでいる。なにしろせっかくのアーマーなのに、似たような大きさがいてはその雄姿が目立たないので、手早く退治しなくては。そう、ウィルフレッドに手に入れるための、資金稼ぎは大変だったのだ。ここは励まねば! 活躍するぞーと気概たっぷりなのはエリーセばかりではなく、嵐も戦斧を振り回して、近付くアヤカシを次々斬って捨てていた。背後は赤雷が守ってくれるから、心配はしない。 「うーん、まだ時々勢いに振り回されるな。これじゃ赤雷に怪我させちゃうよ」 サムライの技能で払われたアヤカシどもが、斧の下をくぐって嵐にまで迫ることはないが、嵐本人が斧の重さに引き摺られることが一度、二度。地上ゆえにすぐさま立て直しているが、騎乗しての攻撃では赤雷に無用の負担を掛けてしまう。 精進あるのみと、真剣かつ全力での攻撃を次々ぶちかまされ、炎龍にも攻撃を喰らうアヤカシ側はたまったものではないから、わさわさ近くから逃げていく。そういう姿は、動き出したウィルフレッドや、魔術師エルディンや風雅の攻撃範囲からもだったのだが‥‥ 「ふふ、こうもいっぱいだと攻撃がしやすいね」 範囲攻撃なら自分も得意だとばかりに、少しばかり上気した顔で絵梨乃が身構えている。逃げてきたはずのアヤカシ達が効果範囲に入ったと見るや、崩震脚を遠慮なく使った。先んじて他の者から離れているから出来るが、うっかり撃ち漏らすと危険なのは他の者と変わらない。 「やれやれ、多少の距離はこの面子ならないも同然だが」 「まったくだ。よろしく頼まぁ!」 そうした場合には、焔の弓が鳴った。当人も本来は前衛だが、さくさく飛び出した者の支援も忘れない。とはいえ、主目的はより強そうなアヤカシで、今のところは滝月が先んじて攻撃を仕掛けている。汪牙と火燐も急がしく飛び回り、あちらこちらでふらふらになったアヤカシを一箇所に追い立てていた。 迅鷹達が追い立てるアヤカシがある程度まとまると、誰かしらの範囲攻撃がドンと行く。その間に滝月は川から上がってくる樹と言う怪しすぎる相手の枝を、素早い動きで払っていた。うっかりすると矢のように飛んでくるから、川から上がりきらないうちが狙い目だ。 少しすると太刀「阿修羅」に持ち替えた焔が駆けつけて、二人掛かりでさくさく、さくさく。長い付き合いが可能にするものか、掛け声一つ掛け合わずとも相手の動きを見切って、的確な攻撃を繰り出していた。 たまに、予想外にアイスゴーレムとアーマーの戦いの振動で足元が揺れるが、それで姿勢を崩す者もいない。 いや、一人ばかり『き〜や〜』とか悲鳴が上がっていたが、相棒の管狐が頑張ったようだ。 アヤカシの数は多いが、川を流れる間の同士討ちで傷んでいて、しかも統制が取れているわけでもない。こちらに向かってくるのもてんでばらばらで、そこでも仲間内でもめて攻撃しあったりする。それに乗じて攻撃すれば、本来ならその手数では倒せないアヤカシも倒れることが多々あって、攻撃はかなり一方的に開拓者有利だった。 『数の割に、手応えがない奴らだ』 口数も少ない翠嵐牙さえ、ついそう口にしたくらいである。 『悲恋姫は、本人が泣かなくてもいいのではないか?』 もう一体の管狐・玖耀など、プレシアに精進を促していた。 『ちょっと飛び足りないな』 『今ひとつ、物足りないぞ』 『風斬波もあまり使わなかったし』 他の相棒達も、そんな顔をしていたらしい。分かる者はなかなかいないけれど。 ちなみにウィルフレッドは掲げた剣で天を指し、『帝国万歳』と叫んでいる模様。 なお、村にゴブリンを追い立てていったからすと風鬼は。 「あ、同じのをやっちまいましたか」 「おっと、これはしくじった」 我を忘れて楽鬼を追うゴブリンの、一番図体がでかいのをぷすぷす攻撃していたら、そいつがへろへろになってしまった。ちょっと手強そうだったから、まあ悪いことではないのだが、ゴブリンにはせいぜい手強い悪役として村に入ってもらわねばならない。 今度は視線で相談しながら、適切に数を減らして十五体。村に送り込んで、不測の事態に備えていたが‥‥ 他の八人が大暴れして、水浴び前に報告しなければとゴーヘンカン村に戻ってきた時。 「行けー!」 「よく見てろーっ!!」 村では、まだ残っているゴブリンを、村の男衆が追い回しているところだった。退治しきれずにいるのではない。 「‥‥わざと追い回してない?」 様子を見ていた風鬼とからすが尋ねられ、揃って『ふっ』と笑って遠くを見る目になった。危なかったら、こっそり助けに行こうと思っていたけれど、村人は度胸試しのようにアヤカシを村中追い回した上、ようやく先程から退治に入ったところなのだ。でも、まだ半分残っている。 心配して、損した。 「‥‥あいつら、実は志体を持っているんじゃないのか?」 しばらく様子を眺めて、風雅がポツリと零した考えに、うっかり頷きたくなった者がほとんどだ。毎年ゴブリン退治していると胸を張るだけあって、たいしたものである。 半時間後に、まさしく見世物よろしくゴブリン退治をした男衆は、他の村人達から拍手喝采を浴びて満足気。開拓者達もようやく退治の報告をすることが出来た。 待っている間に、プレシアのおなかがきゅるきゅる鳴った。 絵梨乃は芋羊羹を求める花月に頭をつつきまわされた。 エルディンと滝月が水浴びを済ませてきた。 焔が貰った羽をどう手持ちの細工に合わせるか考え付いた。 危ないところで飛び出しかけたエリーセと嵐は、必死に耐えて、耐えまくった。 風雅は周辺の見回りに行き、この後の振る舞い用らしい料理を見て、つい研究した。 からすはお茶の葉を合わせて、時間を潰した。 「とんでもない村ですな」 風鬼は楽鬼に語りかけている。 見事にゴブリン退治を成し遂げたゴーヘンカン村の人々は、一部の開拓者から熱烈な賛辞を受けて大変喜び、たくさんの料理を出して振る舞ってくれた。もちろん皆のアヤカシ退治についても聞きたがる。 村の男衆の活躍が薄れないように、でも皆が楽しめるように。 そうやって自分達の様子を語るのが、多くの開拓者にとっては今回一番の難関だったらしい。 |