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■オープニング本文 オリジナル・サンドシップ、または神砂船。 呼び方は人により異なれど、アヤカシの巣窟となっていたそれを人の手に奪取してしばらく、この船から派生する動きは、統制を失って巷に蠢くアヤカシの討伐がちらほらと見受けられるだけだった。 けれども、王宮派と呼ばれる都市住民達の中核では、まったく別の問題が持ち上がっていて。 「戦いで捕虜が出れば、交換か身代金を払って解放してもらう。その程度の約束事も守れぬのか!」 神の巫女があずかり知らぬ、というより、彼女の仕事から大きく外れた範囲にて、相も変わらず王宮派と反王宮派の諍いは続いていた。 反王宮派の頭目とされるジャウアド・ハッジは、神砂船を奪おうとして失敗。戦場から逃亡したが、反王宮派の全てが同様に逃げおおせたわけではない。中には敵対行為を理由に、捕虜になった遊牧氏族の者もかなりいた。 王宮派の多くが、この機にジャウアドの勢力解体、出来ることなら捕縛に漕ぎ着けたいと考えていたろうが、いかに過激思想の持ち主とはいえ遊牧民の有力首長の一人だ。積極的に、または考えの全てに同意はしなくても都市住人とも溝があるために、彼を擁護する有力者は少なくなかった。こうした動きは円卓に参加している長老にも存在する。 連合王国である以上、こうした声を無視して、ジャウアドをどうこうする事が出来ないのが、ファティマ朝の現実だ。 だが、流石に戦いがあった後に捕虜になった者を、交換でも対価支払いでも話し合いでもなく、襲撃で奪っていくとなれば、問題だ。 いや正確には、捕虜を捕らえていた氏族が盗賊に襲われて、応戦している間に捕虜達が戒めを破って逃亡した事になっているのだが‥‥状況の全てが捕虜奪還が目的だったとしか思えない。 そして当然のように、ジャウアドは捕虜の扱いに関する話し合いに応じたことはなかった。 なんとかして、この男を話し合いの場に引きずり出してくる必要があるのだが‥‥現在、彼の氏族の勢力圏に王宮派の者が入ると、実力行使で追い払われるため、誰を使者に立てるかが問題になっていた。 困ったことに、都市住民も遊牧民も信頼する、例えばメヒ・ジェフゥティやメリト・ネイトのような有名人は、まず相手の顔も見ることは出来ないだろう。後者については、『あんな男のところに若い女の使者を立てるなんて危険だ』と、猛反対する者も多い。 「使者は任せるが、護衛をどこの氏族が請け負っても、後々揉め事になりそうじゃ。それで、開拓者を付けることにしたい」 「一族の者から、なかなか強い者が多いと聞いております。護衛の約束事さえ守ってもらえれば」 「先日の件では、確かめねばならぬことも多い。ともかく話し合いに応じるように、説得してきてくれ」 捕虜強奪の疑いは、あくまで疑いなので詰問も出来ない。 そして現状が続けば、ジャウアドに近い遊牧民達はよりいっそう都市住民達との対立を深めるだろう。 彼を話し合いの場に出てくるようにと説得する役割を任されたのは、同じ遊牧民の中堅氏族の女性だった。族長の一族でも、ジンでもないが、 「義理とはいえ、困った弟です。私の息子まで感化されて、悪さをしている様子。うまく殴り倒せたら、そのまま引き摺ってまいります」 ジャウアドの身内だった。 欲深く横柄で乱暴者。ついでに女遊びが激しいとか、酒癖が悪いなどとも噂される‥‥いや、大半は事実のジャウアドだが、自分の氏族や味方、身内にはめっぽう甘い一面もある。 色々検討した結果、ジャウアドの兄の妻である女性が、数少ない選択肢の中では最良の人物として、使者に選ばれたのだった。 この女性が目的地に向かう護衛が、氏族のしがらみがない開拓者達に依頼されている。 依頼の主目的はジャウアド勢力への警戒ではなく、遊牧中の彼の氏族に追いつくための経路に現れるサンドワームからの護衛となる。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
からす(ia6525)
13歳・女・弓
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
沖田 嵐(ib5196)
17歳・女・サ
サラファ・トゥール(ib6650)
17歳・女・ジ
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ジャウアド・ハッジへの使者ミーザーンは、ほとんどが十代に見える護衛の姿に少々驚いたようだった。けれども一番表情が動いたのは、トィミトイ(ib7096)の姿を認めたときだ。 「あんた、ジャウアドのとこの砂迅騎じゃなかった?」 「抜けた」 「そうかい。街暮らしは大変だろう」 トィミトイの返答の一言には色々な事情、心情が篭っていそうだったが、ミーザーンはそういうことは気にならないようだ。石や日干し煉瓦造りの家は息苦しくてと、興味深げに見やってきた門・銀姫(ib0465)に語っている。 更に銀姫や水月(ia2566)、霧雁(ib6739)にラクダの手綱を投げ渡し、荷物を載せろとも言う。 「随分大きい袋だな。ありがたく使わせてもらう」 霊騎・深影をつれたからす(ia6525)は、余分に水を持っておけと、彼女が肩まですっぽり入りそうな大きさの袋を差し出された。同じ袋を借りたサラファ・トゥール(ib6650)が、水を入れたらどう積むのかと教えている。 「出発前に予定の経路を、説明してもらえるか。サンドワームの縄張りは、明るい時間に通過した方が警戒しやすいだろう。他に危険がないか、情報も集めておきたいし」 こちらも手馴れた様子で駿龍・カスゥルガに荷物を積んだクロウ・カルガギラ(ib6817)が、ミーザーンに質問を投げかけると、彼女は地図を取り出した。クロウやサラファ、トィミトイの目には詳細な地図だが、他の儀の出身者からすると白っぽい。 「目印になるもんも、あんまりないんだな。あ、だけど井戸はあるんだ」 これなら途中でも水が汲めると喜んだ沖田 嵐(ib5196)に、下の方から地図を覗き見ようとしていた水月やからすも、道中の苦労が一つ減ると安心したが、トィミトイの表情は固いままだ。それに気付いて、サラファが水質に問題があるのかと尋ねたが、返答は別だ。 「そこに出る」 「それは残念な。近くの方々も、さぞかしご苦労されているでござるな」 霧雁が大仰な身振り付きで嘆いたが、実際は苦労なんてものではなかろうと理解出来るサラファやクロウは少しばかり暗い顔付きになった。交易路の井戸が使えなくなるのは、時として死活問題だ。 なにより途中の水場が一番の危険地域では、気の休まるところがない。けれども地図を眺めていた銀姫は別のところが気になっていた。 「この印は? 岩場なら、この上を通れば少しは安全かな〜?」 普通に話していても節を付けたような調子になるので、やたらと明るく聞こえるが、当人は真剣に地図を見ていたのだろう。サンドワームの縄張りの端を一キロあまり通っている岩場の印を指でなぞって尋ねたが、あいにくとそこは通るに適した足場はあまりないとか。その岩場の端と井戸とが大体同じ位置で、井戸を通り過ぎて岩場を乗り越えたら、後は危険はないらしい。目的地もそのすぐ先だ。 念を入れて、その周辺の最近の治安を確かめたが、サンドワームが出てくるような地域に賊はおらず、アヤカシや他のケモノ、危険動物の話もない。警戒する相手は絞っても大丈夫そうだった。 ミーザーンはサンドワーム対策は開拓者に任せて口を挟まないが、ようやくラクダの背によじ登った水月に自分の後を付いて来いとうるさく言っていた。 「‥‥‥‥」 護衛の依頼を受けたからには、自分が気遣われるなど不自然だと、口にはしないが水月が思っているのは他の者にも伝わるのだが。、同じに見える砂漠でも、ラクダを歩かせるには適した場所があるのだと、ミーザーンは霧雁とからすにも同じことを言い聞かせている。 「私達より先には出ないでくださいね」 龍で先行するからとサラファが告げたのには、ミーザーンは素直に頷いた。 出発してしばらくは、まだ特に危険はないとされる地域を進む。龍で移動の四人が上空からどんなに目を凝らしても、砂の連なりと、時折突然現れる大きな岩や潅木の茂みくらいしか見るものがない状況だ。 地上を移動する五人には、そうした茂みの下に少しだけ緑色が残る草も見えるが、それでも目にする光景にたいした差はない。だが、あちらこちらで風に吹き寄せられた砂が小さな山になっていて、案外と見通しは悪かった。 「砂漠って〜、もっと遠くまで見えるものかと思ってた〜♪」 「前に行ったところより、砂山が高い気がするでござる」 ラクダの背に荷物を載せて、更にその上に乗り上げている状態の銀姫はいつもより視界がかなり上にあるが、霧雁が言うように砂山が高いので、地平線まで見通せるのは時々だ。しかもまっすぐ進まず、うねうねと歩いていくから、時間の割に距離は稼げていないように思う。 「この山を乗り越えてまっすぐ行くのは難しいのか?」 同じことはからすも感じていたが、休憩時にアル=カマルの人々に尋ねてみると、砂山を登るのは体力の無駄だと返された。風で吹き上げられた砂は上に行くほど細かくなって、崩れやすい。砂丘の間を進んだほうが、結局時間も体力も消耗せずに進めるのだとか。 それでミーザーンが先頭を譲らなかったのだが、昼過ぎからは霧雁がミーザーンの指示を受けつつ先頭を歩く事になった。彼が先頭なのは、最年長だからだ。後は猫又・ジミーが『働け』といらん口を差し挟んでくれたおかげである。 対照的に三羽の迅鷹はそれぞれの飼い主の下と空を行ったり来たりと、命じられた斥候の役目を果たすべく飛び回っていたが、今のところは異変を見出してはいなかった。 昼の暑い時間は長く休憩を取って、地上組より早く龍に乗ったクロウ、トィミトイ、サラファ、嵐が出発した。この先はサンドワームの縄張りと推測される地域だから、偵察と可能ならば誘き出して、遠方まで引き摺っていく作戦だ。 万が一、誘き出した以外のサンドワームが近くに現われた場合に備えて、引き寄せる囮の第二陣でからすが霊騎・深影と控えている。そこから大分離れた場所で、ミーザーンを囲む残り三人が、首尾を窺っていた。 龍に騎乗した四人はこれから通る予定の地域を一巡りしたが、サンドワームはそもそも地上を移動するものではない。移動の際につきものの音もせず、差し迫った危険はなさそうだ。 「一度降りてみる」 トィミトイが駿龍・青き風と共に地上に降りるのを、旋回しながら他の三人が見守っていたが、降り立って数歩歩かせようとしたトィミトイの指示を振り切って、青き風が急上昇を始めた。同時に下方から、激しい音がする。 「え、雷?」 「違う、下だ!」 嵐は一瞬空を見上げたが、サラファとクロウは地面に目を走らせた。トィミトイもかなり上昇した青き風をようやく従わせて、皆と同じ高さに戻ってくる。 その眼下で、サンドワームにしては少しばかり小さい頭が砂の中から現れ、あっという間にまた潜っていった。高度を下げる指示にはなかなか従わない駿龍・カスゥルガにようやく少しばかり地上に近付いたクロウが短銃を砂地に打ち込むと、その方向に少し反応があったが姿は見せない。サラファの舞踏のピアスくらいの音では、反応もなかった。 「今の、黒かったな!」 嵐が見たままを、他の三人に叫んだのは、龍四頭の羽音と風で声がかき消される分とで通りが悪いからだ。三人から返事がないのは聞こえなかったからではなく、目撃したものの質の悪さに次の手を考えてしまったからだ。十メートル前後と小型だったが、黒種のサンドワームは縄張りなく移動する始末が悪い種類だ。通常なら縄張りと分かるところに入り込まねばいいところが、これが相手では近郊全域で警戒しなくてはならない。 「これは少々予想外の相手でしたね」 サラファが焙烙玉を出して、他の者がいる方向と反対側に投げた。地上近くでの大きな音に、轟くような音が勢いよく移動したのを確かめて、嵐に合図してアル=カマル生まれの三人は龍首を巡らせた。サンドワームは討伐戦でなければ、相手の注意が逸れたところで全速力で逃げるのが基本である。 「黒種が出たら、幾らなんでも討伐隊が必要だろう」 トィミトイが低く呟いたのは、誰の耳にも届かなかったが‥‥ここから少し離れた場所にジャウアドの氏族の放牧地があるとは知らなくても、危険なものがいることを周囲の人に知らせずに済ませていいと考えるような者は、一同の中にはいなかった。 ミーザーン達は、焙烙玉の音で移動を開始し、途中でサンドワームが方向転換をしてきた気配には霧雁が爆竹を仕掛けた矢を、からすが響鳴弓、水月が重力の爆音を方々に散らして放ち、一目散に岩場を目指した。 結構危うい状況だったかもしれないが、銀姫は自分の迅鷹・銀姫を呼び戻し、水月の彩颯にも陽気な声を掛けつつ、ミーザーンに付き従ってラクダを走らせていた。 「全員無事なら、問題ないですよね〜♪」 自分だって武勇の歌を歌ったのだと主張していたが、あんまり歌らしくなかったというのが全員の感想だ。 天儀の光景に慣れていると、あまりにささやかな草地に見える場所がミーザーンの目的地だった。 「そういえば、そもそもなんでもめる羽目になっているんだ?」 尋ねたクロウも、もちろん神砂船の騒動のあらましは知っている。けれども知りたいのは、ジャウアドが都市住民とそこまでもめるに至った経緯のほうだ。彼の氏族では、遊牧民は放牧生活に耐えられない都市住人に土地を譲ってやったと伝わっているので、土地でもめるのは了見が狭いと感じるらしい。 問われたのはトィミトイもだが、彼は沈黙を守っている。事情を知らないのか、単に黙っているのかは分からない。 そしてミーザーンは、 「街の女に遊牧民は風呂に入らないからって振られた、商人と護衛の費用で喧嘩した」 あれこれと個人間の諍いをあげてくれた。口数が少ない水月が、思わず『そんなことで?』と聞き返したくらいに、些細な揉め事から始まる。 「あと、何百年も使ってた放牧地に灌漑して畑を作るって言い出された、共有していたオアシスに住み着いちゃって水利権を主張された、市場で街の商人の倍も出店料取られた、織物買い叩かれて文句を言ったら暴力振るわれた、護衛の契約を破った商人のせいで人が死んだ‥‥族長ってのは、そういう諍いの積み重ねを背負ってる。で、あいつは喧嘩っ早くて、短絡的でねぇ」 他所の氏族のことにも関わって、主に武力解決を担っているうちに同様の力押しが得意な連中に担がれている部分がなきにしもあらずとは、やはり身内からの視点だろう。都市住民側にも言い分があるに違いないが、この視点があるから遊牧民全体から弾き出されることもなく、一大勢力を為して王宮が手を焼く存在であるわけだ。 「欲望を追求したら限りはないけど、分別をつけ難い問題だね〜♪」 「元は家族と一緒にいい暮らしがしたいってことか。うわ、まとまりにくそ」 「いやいや、拙者が知るジャウアド殿は、確かに仲間には慕われておったでござるよ。多分」 銀姫と嵐が、霧雁の発言に実際はどうだったんだと突っ込んでいるが、トィミトイのように離反する者もいるのだから、完璧ではあるまい。そんな輩だったら、こんな依頼も出ないだろうと冷静に分析したからすは、ミーザーンに手土産はいつ出したらいいだろうかと確認を入れていた。ミーザーンが何か用意しているだろうとも考えたが、招かれぬ客ゆえに土産は多いに越したことはないと、これは水月も同じ考えで酒を持参していた。 これにさてと首をかしげたのはサラファで、こちらでは土産を喜ぶ氏族と喜ばない氏族とがいるらしい。 「旅人には親切にするのが遊牧民の流儀ですから、いきなり出すと嫌がられるかもしれません」 どうでしょうかと質問を回されたトィミトイが、『歓待されたら出せ』とぶっきらぼうに教えてくれた。それで王宮嫌いのジャウアドが受け入れてくれるのかと、心配する者もいたのだが、実際は。 「ミザーンかっ、久し振りだな! うちに移る気になったか?」 最初に出会った氏族に先行していた男達は、トィミトイを見て警戒心を露わにしたものの、ミーザーンの名前と氏族名を聞いて取って返し、しばらく後にはジャウアド本人が砂龍を操って駆けつけてきた。兄嫁というより、恋人にでも会ったかのような大歓迎振りだ。 とはいえ、開拓者と聞いてあからさまに嫌な顔をし、トィミトイには殴り掛かりそう、霧雁の顔はともかく名前は忘れている有様だったが、もっと攻撃的な態度の他の者に手出ししないよう指示したから、話し合いにはなりそうだ。 「わざわざミザーンが出てくることはないだろうに」 「あんたが下手こいたせいで捕虜になった連中の家族に、泣きつかれたんだよ。まったくジンときたら力に甘えてなんでも出来るみたいに大言壮語を吐くがさ、ジンの力だけじゃ人は食わせられないんだからね。それと、力がない奴は簡単に死ぬことと、怪我は巫女が治せばいいって考えは阿呆の極みだってこともいい加減に憶えろ」 からすと水月とサラファが『こんな調子で大丈夫か』と言いたげな顔になり、霧雁と銀姫が取り成そうと口を挟む機会を伺いながら果たせず、嵐とクロウは単純に押されるジャウアドを眺めてこっそり楽しんでいた。トィミトイと氏族の者達は、常には見ないジャウアドの態度に、多少の差はあれ困惑を滲ませている。 ミーザーンが畳み掛けている間に、歳のいった女達が開拓者一行のために天幕を張って、休憩するように勧めてくれた。 「あれは放置しておいてよいのだろうか?」 からすが礼を言いながら、一方的に責められている族長を指したが、女達には見慣れた光景らしい。子供の頃からあんな調子だし、今回はジャウアドが悪いのだからこってり絞られたらいいと、族長があっさり見捨てられている。 ともかく龍や霊騎を休ませてやれと勧められれば、ミーザーンも見える範囲にいることだし、一応使者の役目を果たしていると言えなくもない。危険はないだろうと、交代で水汲みなどをすることにした。好意は素直に受けるに限る。 「いやはや、神砂船の時とは別人でござる」 誰よりも早く、天幕で腹を出して転がったジミーを片隅に寄せつつ、霧雁がぼやいた。彩颯の羽から砂を払っていた水月に見上げられて、あの時は‥‥と語り出す。それを世話を放棄された迅鷹・銀姫の抗議の羽ばたきに抵抗しつつ、銀姫が吟遊詩人魂を発揮して聞き取っていたが、あまりジャウアドの機嫌をよく出来る話には仕上がらないようだと悩んでいた。最終的に逃亡したわけで、そんな話をしたら叩き出されそうだ。 「こちらの族長は、もっと気難しい方かと思っていました」 駿龍・マリードに水を飲ませながらのサラファの感想に、近くにいた砂賊と呼ばれる男達は奇妙な表情を作った。気難しいという言葉は似合わないが、さてどう表現したらいいかと考えているようだ。言葉遣いも態度も上品ではないし、時折周りに怒鳴り散らすし、暴力的だしで誉めにくい相手なのだろう。だが従うからには、ミーザーンが言う都市住民との揉め事に当たる姿勢以外の何かがあるはずで。 「気前はいいよ、ちょっと気分屋だけど」 「年寄りや女には親切だな、手も早いけどさ」 兄嫁になるミーザーンのことを知る知らないは、いつ頃ジャウアドに従う様になったのかで違うようだ。知らない者も、誰だかの母親だと言われて納得している。そういえば、来る道すがらの世間話に息子がいると聞いたとサラファと、霊騎・深影に水をやったからすも加わって尋ねてみたところ、息子はサンドワームが出る地域の見回りに出たと教えてくれた。もちろん一人ではなく、十人近くでだ。 地域の呼び名は氏族独特のものだったが、青き風には手持ちの水を与えていたトィミトイが耳にして、彼らも通ってきた場所が含まれていると教えてくれた。それは大変だと、こちらは遠慮なく近くの井戸で水を汲ませてもらったクロウが声を上げる。 「サンドワームは確かに出たぞ。今回は護衛の仕事だから、手出ししなかったんだが」 「黒種だった」 トィミトイが添えた言葉に周囲が騒がしくなって、誰かがジャウアドにも知らせに行った。 「周りに知らせを出せ。やっぱり討伐隊を組まなきゃ駄目だな。ミザーンも、なんであんな道を通ったんだ。危ないのは分かってるだろうが」 途端にミーザーンに一方的に責められていたジャウアドが族長らしくなる。ミーザーンから姿を見たのはこの四人だと示された中にトィミトイを見付けて、行儀悪く唾を吐いたが、話を聞いている間は余計なことは言わなかった。それでも、最後には『出てった奴は隅で遠慮してろ』と嫌味を言い置いていく。 「言いたいことがあるのかい?」 「‥‥貴様にもとやかく言われたくない」 神砂船を我が物にしようとして失敗し、結局王宮の力が増しただけの顛末をどう考えてるのか尋ねてみたい気持ちはあったが、トィミトイが何か言ったところで聞く耳持たない相手だとも思い出した。だがミーザーンの助力も受けたくはない。 そういうトィミトイの感情とは別に、ジャウアドは義姉とその護衛をまずは歓待することにしたようだ。自分はサンドワームのことであれこれ指示を飛ばしつつ、他に宴会の準備も命じている。 そこに霧雁が近付いていって、愛想を振りまくものだから、容赦なく扱き使っていた。彼から天儀では出向いてきた側も土産を出すのや、宴席に花を添えるのが当然だと聞き、実際に彼らが酒を持参したと知って、少し機嫌が上向いたらしい。男達に、一働きしたらいい酒が飲めるぞと、振舞い酒の約束をしていた。 「案外気前はいいんだな」 「羊も出してくれるそうですよ」 クロウとサラファが宴会料理になるために引っ張られていった羊を数えて、今夜は豪勢だと頷きあっている。豪華なご飯に水月は期待大で、迅鷹達にも分けて大丈夫かしらとどきどきしていた。あからさまに年少に見える彼女やからすには、砂賊と呼ばれる男達もさほど敵意は向けてこない。銀姫や嵐は向けられる視線がちょっときついので、いささか居心地が悪いのだが、女達は旅人だから親切だ。それにサンドワームの情報提供者だから、遠慮なく食べて行けとも言われる。 そうした人達からジャウアドの事を聞いたり、こちらの風俗を教えてもらったりして、宴会での会話も困らずに済みそうだ。せっかくなので嵐は手伝いも申し出てみたが、客人は座っていろとたしなめられた。 「宴会での歌が作れそうですよ〜♪」 「こっちは退屈だーっ」 やはり立場からか開拓者は遠巻きにされているので、水月とサラファ、銀姫が宴会で何をどうすると相談したり、ちょっと練習するのを囲んで、時間を潰した。 それとミーザーンは氏族の長老と話をしているから、それに交代で付き添ったりもする。こちらには礼儀正しく、ジャウアドに捕虜を引き取る話し合いへの説得を頼んで快諾を得ていた。 後はジャウアドにもう一押しといった具合だったが、これには霧雁が他の者より頑張ったというかなんというか。女装しての奇妙な踊りは、本職のサラファの見事な踊りより砂賊達にウケていた。機嫌がよければ、話も通りやすいだろう。 サラファの踊りや銀姫や水月の物珍しい歌は女性や年配者に評判が良かったが、 「男って、下世話なものが好きだからね」 ミーザーンは、砂賊達をそう評している。元砂賊のトィミトイは無言で、男が共通項のクロウはきっぱりした発言で『一緒にされたくない』と示したが、宴席のことで気に掛けてはもらえなかったようだ。 霧雁と一緒に踊らされたジミーはぶうたれていたが、他の迅鷹や龍、霊騎は宴会のおこぼれでご馳走を貰い、それぞれにゆっくりと夜を過ごしていたらしい。 翌日、戻るミーザーンにジャウアドが護衛を追加するのしないのと騒いで、開拓者共々げんなりさせられるのだが‥‥砂賊の護衛は断る代わりに違う道を通って帰ることになり、少なくとも安全だろう。 |