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■オープニング本文 アル=カマルという新天地に臨む飛空船の上に、とある青年がいた。 「俺が死ぬのと、向こうに着くのと、どっちが先だ‥‥」 日がな一日、船縁でへたばっている青年の脇には、乗り合わせた医者が付き添っている。 「はいはい、予定では後一日かそこらだから。死なない死なない」 「神はどうして俺に試練を与えるのか‥‥」 「いや、あんたのはただの船酔いだから」 金髪碧眼。 細身に見えるが結構筋肉質で身長も高く体型もなかなか。 顔立ちはちょっと目付きがきついものの、相当美形。 これでにっこり笑ったら大抵の人がそう認めるのに文句ないだろう青年は、飛空船に乗って十分後から、船酔いに悩まされ続けていた。 船が飛び立つ以前から船酔いとは珍しいが、当人の話だと自分の足で歩く以外の移動手段は大抵駄目らしい。だから、馬に乗れるがもちろん乗りたくはないし、高級な馬車だって全然駄目。 「天儀神教会も、どうしてそんなお人を布教に行かせるのかねぇ」 医者のぼやきももっともだが、これには青年が胸を張って答えた。 「俺が若い女性に人気がありすぎて、やっかまれたからだ」 「‥‥ほらほら、いきなり動くから。吐くなら甲板じゃなくて外にね」 こんな騒ぎより二日の後。 アル=カマルの大地に、とある天儀神教会から布教の役目を与えられた青年が降り立った。 「うー、まだ地面が揺れている気がする」 彼は降り立った場所から、いまだ一歩も動けていない。 |
■参加者一覧
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
土津(ib0080)
17歳・女・吟
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
ティアラ(ib3826)
22歳・女・砲
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
果林(ib6406)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 砂が地平線を形作るアル=カマルの大地を踏みしめ、自分の祖先がこの地からジルベリアに赴いたのではなかろうかと想像を巡らせていたモハメド・アルハムディ(ib1210)の思案を妨げたのは、幾つかの悲鳴と怒号だった。 「ちょっと待てー!」 「どこを触ってるんだっ!」 「ちょっと目を離すと、ろくでもないことをしでかして!」 「お三方とも落ち着いてください〜」 「ちょっと! わたくしが話しかけたのに無視するとはどういうことですの?」 声のする方向を見れば、数名の男女がきゃんきゃんとなにやら騒いでいる。 「ヤッラー、なんと、あれはアル=カマルの方々ではありませんね」 服装からして、明らかにアル=カマル以外の人々だけで揉めているので、何事かと野次馬が集まってきている。 更に。 「何事です? 争いごとはいけませんよ」 言う事はもっともだが、からりと晴れた日差しの下でまるごとらくだを着込むという、奇天烈な装いの誰かが割り込んでいった。そうしたら、騒いでいる中の男性をびしばしと叩いていた女性の一人が、振り返ってぎょっとした顔の後に‥‥ 「いやぁ〜、あれはいい拳ですねぇ〜♪」 まるごとらくだの顔をぽこんとぶん殴った。 いつの間にやらモハメドの隣で野次馬していた者が感心しているが、殴った当人は大慌てだ。見ていると、今まで殴っていたもう一人に対して、平身低頭謝り倒している。 「あまり私の創作意欲を刺激する騒ぎではないようだ」 野次馬の連れは興味が失せたようだが、話しているのか歌っているのか区別が難しいもう一人がその場を離れないので、なんとなく付き合っている風情。こちらの二人は吟遊詩人と思うのは、天儀やジルベリアの楽器を担いでいるからだ。それ以前に白塗り化粧の青年とは依頼で一緒になったことがある。 相変わらず騒動の真ん中では、背の高い男女がなにやら言い合っていて、その足元に土下座する勢いの猫獣人の女性が、狐獣人の少女に宥められていた。まるごとらくだは、今は皆から無視。 そんな様子に野次馬は集まっては散っているが、その中で足早に集団に近付いた者が二人いる。 「その服装は天儀の方々ではありませんか?」 「何かお困りなら、お助けしますが」 これまた服装でアル=カマルの住人ではない二人は、見れば開拓者だなと判明する。女性で銃や剣、盾を軽々と装備して歩いている上、顔立ちからジルベリア人だろう二人が、神教会に抵抗感がない点もそれを窺わせる。 そんな中で、神教会の神父だろう服装の青年が突然しゃがみこんだのでまた一騒動あったが、要するに気分が優れないのだと分かれば、周りも親切だ。なにやら揉めていた一行も助けを差し伸べた二人と一緒に移動するかと思いきや。 「あら、エレメンタラーピアノではありませんの」 一際身なりが派手な少女が。野次馬していた吟遊詩人二人の楽器に目を留めたついでに、まるで自分の物のように触り始めたのだ。 「ヤー、皆さん、よければ場所を変えて、ゆっくりお話し合いをされてはいかがです?」 「そうです。ここでは他の方に迷惑になりかねません」 見兼ねたモハメドの申し出に、最初ににこやかに賛成したのはまるごとらくだだったが‥‥その姿も迷惑の一つだとは思いもしないようだ。 事の次第は、地上に降りても船酔いが収まらず、蹲っていた神教会神父の神楽シンを、通りかかった朱麓(ia8390)が蹴り飛ばしかけた事に始まる。幸い直前に気付いたが、立ち止まった彼女の足を柱と間違えたシンが思い切り掴んでしまい、朱麓が激怒したのだ。 だが混迷の度が増したのは、そこに逃げた連れを探していた猫族で神教会助祭のティアラ(ib3826)が通りかかってから。彼女の連れと髪の色と体格が似ていて、女性に対する不埒と思える振る舞いが誤解されたシンは、問答無用で鉄拳制裁を喰らっていた。 一応朱麓の連れである果林(ib6406)が制止はしていたが、こちらには持っていたバイオリンに目を留めた土津(ib0080)が突然話しかけ、反応が遅いと怒り出して、しっちゃかめっちゃか。 それをなんとかしようとした親切な二人連れのカメリア(ib5405)とアナス・ディアズイ(ib5668)は今更見捨てるわけにも行かず、奇妙な一行の世話をなにくれとやいている。元が親切なのと、アナスは騎士として弱い者を助けるのが務めと考えているのだろう。 明らかに巻き込まれた組の吟遊詩人の門・銀姫(ib0465)とKyrie(ib5916)の二人は、土津の執拗にして高飛車な物言いでの楽器詮索に珍しい生き物でも見るような顔で付き合っていた。同業者ゆえ何かが通じているのかもしれない。 その間にかくかくしかじか、各自の事情が語られた。まだふらふらしているシンが、布教の拠点はともかく、今夜の宿を見付けるまで付き添うのも嫌だと言う者はいないが、申し出られたシンはあからさまにジルベリア人は避けている。その様子を勘違いしたアナスが、 「女性が近寄るのが嫌なら、離れて付き添うが?」 と告げたところ。 「帝国で禁教に関わったって疑われたら困るだろう?」 反対に首を傾げられてしまった。帝国の状況を知らないなりに、一応気を使っていたらしい。 「いや素晴らしい思いやり。でも我々は開拓者なので心配はご無用ですよ!」 失礼なほどに避けられた理由がそれかとびっくりしていた一同は、まるごとらくだのこれでもかと思いやりに満ち溢れた風に聞こえる言葉に、一瞬同意しかけて‥‥それは説明になっていないと思い直した。 「騒がしいらくだですこと」 土津の言い分がもっとも正しいが、まるごとらくだは神教会の使徒でエルディン・バウアー(ib0066)という名前を持っていた。が、今はティアラに説教されていた。 「いいですか? 私たちは一にも二にも皆さんから信用を得なくてはならないんです。信用無いとどこもお金貸してくれないんですからね? 判ってますかそこの所。それなのにそんな姿で歩き回るなんて!」 これでは所属していた教会は違っても、同じ志のシンが布教活動を開始するにも差し障りがと慣れた様子で滔々と叱り続けているティアラだが、シンの一言は聞こえなかったらしい。 「天儀神教会は金の亡者ではないので」 とりあえず、今日のところはアナスが港で聞き込んでいた、女性も安心の宿に腰を落ち着けて、一同ゆっくり休むことにする。 翌日。すでに夕暮れ時。 とある店の中では、ほぼ一日をそこで過ごしたモハメドとシン、何度も出入りしていた銀姫とKyrieが、店主や店員と和やかなお茶の時間を過ごしていた。皆の間に広げられているのは、かなり簡素だがアル=カマルがあるアル=シャムス大陸の地図である。吟遊詩人で各地の文化や歴史にも興味がある銀姫やKyrie、モハメドには興味深い品物だ。 ただし銀姫やKyrieは時折店を出て、近隣の店を回っては軽食や甘味を抱えて戻ってくる。Kyrieはたまに化粧も直してくるようだ。ついでに地元の人々の服装や化粧などを観察して、気になったところを店主に教えてもらっていた。 「う〜ん、この麺は当たりだね♪ 肉汁が良く染みて、香辛料も効いてて美味しいよ〜♪」 何を言うにも歌うように韻を踏む銀姫が、店主お勧めの麺料理に舌鼓を打っている。 銀姫はこれらを皆にも振る舞ってくれるのだが、味の濃い料理はシンの好みと違うらしい。 「春でこんなに暑いなら、食べるものも味が濃くなるか」 「ナァム、確かに。どこの国でも露店のものは家庭より味が濃いですしね」 こちらは美味しそうにご相伴に預かっているモハメドが、時折出身氏族の言葉を交えて、料理の名前を店主に確かめている。アル=カマルでも良く似た言葉を使う部族がいるらしいが、ここの店主は片言が通じる程度だ。 Kyrieは見た目によらず甘味担当で、これまた大量買いして皆に勧めてくれる。当人は事前にこちらの菓子類は甘いと予想していて、 「気候に合わせると、このくらいの甘みは必要でしょう」 と、ご満悦で果物を大量に入れて白っぽい羊羹のような菓子を口にしていた。あまりの甘さに側頭部を叩き始めたシンには、『この美味しさがわからないとは可哀想に』とでも言いたげな顔をしている。 「あら、まだここにいましたのね」 途中から、姉に会うのだと別れたはずの土津が戻ってきた合流し、ちゃっかりと飲食を共にしていたが、誰も咎めない。ついでに『お姉さんは?』とも尋ねなかった。うっかり『道に迷った?』などと口にしたら、立て板に水の勢いで否定されるのは、昨日だけで皆承知している。 アル=カマルも今は定住民も多数いるが、遊牧の頃の名残で男女とも財産を装飾品にして身につけて歩く習慣があり、そういうものを買うならどこと紹介してもらったが、実はここにいる人々の興味は楽器職人の工房だったりする。 買い食い派は、他にもいた。 「別に一つじゃなくてもいいんだよ」 「で、でも頭は一つしかないのです! それに幾ら体で返すとはいえですね」 甘味中心にあれこれ買い食いしていた朱麓と果林は、櫛を商う露店の前にいた。悩んでいるのは果林。支払い担当の朱麓はお手頃価格の木製の櫛だし気に入ったものを全部買えばと言うのだが、言われた側はやや意味不明なことを口にしつつ、考えている。露店の小母さんが不思議そうに二人を見比べているのは、果林の発言が原因だろうが‥‥どちらも気付いてはいなかった。 ずっと悩んでいそうなので、朱麓は櫛をあるだけ全部買い取ってしまった。後で果林に選ばせて、他は土産にすればよい。このままでは大好きな甘味の食べ歩きが継続出来ないのだ。甘いものが多いが、味わいが色々なので食べまわるのは楽しい。 もちろん荷物は買ってもらった果林が持って、食べ物の露店や食堂に一つ一つ立ち止まり、それは何、あれの材料はなどとやっていると、日暮れなどすぐなのである。 そういう食べたい派とはまったく別の行動をしていたのは、カメリアだ。こちらはこちらで、とある工房に居座っている。 「これが銃の台座‥‥細工が凝ってますねぇ」 うっかり口から汗を垂らしそうな様子で眺めているのは、銃の部品だ。宿の主人の紹介で銃を作る工房に立ち寄った彼女は、そのまま工房の職人達と意気投合。こちらの銃の作り方を間近で見る機会に恵まれていた。 もちろん先方は彼女が持っていたジルベリア製マスケット「クルマルス」を借り受けて、今にも解体しそうな様子で観察中だ。かろうじて我慢しているが、カメリアも部品を一揃い持って帰りたいとか考えているから、やろうとしていることだけ比べたらどっこいどっこい。 「「これ、欲しい」」 でも、あちらとこちらで口走っていることはまったく同じだった。 そうかと思えば、街中でうな垂れている二人組もいる。 「こちらでは高価な品物なんですかねぇ」 「信仰心はその気になれば沸いて来るけど、お金は沸いてこない‥‥」 ぐったりしているのは、エルディンとティアラの二人だ。大変熱心に街中を巡って、欲しいものを精力的に探し歩いたが、いいものが見付からない。正確には欲しいものは時折見付けられたが、天儀での売値と比べて五割増しから倍額と、二人のお財布と折り合わず‥‥現在のうなだれに至る。 この二人が最初はシンが探していた教会用の建物の下見を請け負ったので、念のためについてきたアナスはいささか手持ち無沙汰である。もちろん下見は済ませ、小さな通りだが治安がいい場所の建物だと確かめてきた。そこまでの地図も完璧だ。 そこから三人で、買い物を始めて、現在に至る。高価ではないが珍しい飾り物などは手に入れたアナスはまあ満足しているが、エルディンとティアラは諦めきれない様子。 と、アナスはふと思い出した。 「こちらは信用がある方だと、買い物も有利なのかもしれませんよ」 天儀にだって、一見の客には見る目が厳しい大店はたくさんあるしと口にしたら、目の前の二人が遠くを見つめてしまった。 ちなみに、彼らが歩いていたあたりは『買い物するなら誰かの紹介で。そうでなければじっくり値引き交渉』の普段会計明朗な万商店を愛用する多忙な開拓者には不向きな地域だったと、後で判明した。 更に翌日。 昨日一日粘りに粘ったおかげで、目的にかなう建物を無事に借り受けたシンと、それに付き合った格好の開拓者一同が、天儀神教会アル=カマルの支部に集っていた。こちらでは宗教と呼べそうなものが色々あって、神殿なども手続きを踏んで納税をすれば建立許可は簡単に出るとかで、後は手続きを始めるだけ。 で、これだけ吟遊詩人もいるし、手続き費用の捻出と知名度上昇を狙って、聖歌の演奏会などしようと‥‥いつの間か話がまとまっている。吟遊詩人勢は、信仰が違うモハメド以外、土津が『仕方ありませんわね』と言いつつ参加。 「揉め事にもならなさそうですし、見物でも」 「ええ、こちらが寛容な土地でよかった」 一緒に混ざらないのかと、アナスに問われたカメリアは苦笑している。布教を止めるつもりもないが、協力するのも少しばかり躊躇われるのだ。さてどう言ったものかと迷っていたら、 「俺も、そんな熱心に活動したくて来たんじゃないのになぁ」 盛り上がっている吟遊詩人と聖職者二人の輪から離れたシンがぽろりと漏らした。しまったという顔をしたから、人に聞かせるつもりはなかったのだろう。 「ん、ありがとさん」 聞かなかったことにしますよと、身振りで示したモハメドに頭を下げたシンが子供のように唇を尖らせてたので、アナスとカメリアはつい吹き出してしまった。 「ラ、いいえ、お気になさらず。‥‥あの方々は何をするつもりでしょう?」 うっかり目を離していた隙に、聖歌隊を自称する一団が通りに台まで運び出したのを見付けて、四人は待て待てと寄っていった。そういうのは許可を取るのと同時進行するものではなかろう。 まあ、きらきらした瞳の集団と、それに紛れた『憂さ晴らそうとか思ってない?』と声を掛けたくなる一部に見詰められたご近所様方が、あっさり許してくれたので助かったが。 聖歌と天儀の歌とたまに退廃的で倒錯の美に溢れた歌詞に弾き語り、偶像の歌まで交えての歌唱会は好評だった。建物前の食堂の女将さんが、珍しいものを見たお礼だと全員に夕飯もご馳走してくれて、大変にありがたい。 「この町がお姉様のいらっしゃるところと違うなんて、どうして誰も教えてくれないのかしら」 土津が今更になって、とんでもないことを口にしたが、それはそれ。 「次は値切り倒せばいいんですね」 「頑張らなきゃにゃ」 どこかの聖職者達もぶつぶつ言っているが、それもそれ。 「明日の昼には船に乗るから‥‥」 それまでに工房巡りか観光か、それとも気合を入れて買い物をしてみるかと相談するのが賢明だろう。 船の中で動けなくても、別にいいのだから。 |