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■オープニング本文 渡月島に急造された飛空船工房では、天儀のみならず泰国、ジルベリアから集められた船大工と宝珠加工職人達が、長く続いた作業の終了に揃って地面に座り込んでいた。 「こりゃあ、軍船だ」 「軍船だって、こんな丈夫なのは滅多にねえよ」 彼らが見やる先には、最初見た時からこれまで、変わることなく荒れた様子しか見せない嵐の空がある。いつこの島も暴風雨に晒されるかと、彼らのその心配は杞憂だったが、注文通りの飛空船が完成した今は、別のことが気に掛かる。 「まさか、あたし達まで一緒に乗れなんて言われないかしら?」 「冗談じゃない。そりゃ騎士や開拓者の仕事だよ」 これまで渡月島では嵐を突破するための飛空船改造が、一三成の監督の下で行われていた。 朝廷からの派遣だけでは二、三隻を改造するので手一杯だったろうが、各国の思惑が入り乱れ、あちこちから人手が送り込まれた結果、十隻を超える飛空船が軍船もかくやという強度と武装に加え、宝珠を追加されて推進力を増していた。これなら嵐も突破出来るだろうが、職人達でそんな危険な船旅に同行したい者はごく少数派だ。 もちろん黒井、一三成に、各国派遣の調査隊や利権を求めて来た商人達は、職人達より開拓者を乗せることを選んでいた。 新しい儀を目指す商船の依頼に応じ、いつ果てるとも知れなかった暴風を潜り抜けてしばし。 ようやく天儀と泰国、ジルベリア帝国の間を行き来するのと大差なく、下に流れ落ちる海の中に浮かぶ陸地を発見したと喜んだのもつかの間‥‥ 「せっかく人がいたと思ったのにねぇ」 「ジルベリアでも知らない船が来たら警戒するが、いきなり攻撃してこなくてもなぁ」 この商船を仕立てた商人達のうち、エゴールとエリーナという兄妹がのほほんと会話している。 ただし、のほほんとしているのはこの二人くらい。船員は突然現れた飛空船に、意思疎通もままならぬうちに攻撃された自船の状態確認に走り回り、商人達は積荷の損害の有無で一喜一憂していた。兄妹は装飾品商人で、荷物はしっかりと二人で抱えているからのほほんとしている‥‥というより、元々こういう人達だった。 もちろん開拓者一同は、いきなり現れた形は見慣れないが飛空船の攻撃に警戒態勢をとっていたが、なにしろ向こうに上を取られているので、どう攻撃されるか分かりにくい。 「あ、あっちにも女の人がいるわよぉ」 「美人の上に、服装が面白いなぁ」 航海中もやたらと目が良いところを示していた兄妹商人は、現状敵船の甲板から覗き込んできた人影を素早く見分けて、なにやら歓声をあげていた。散発的に石が落とされてくるのに、呑気を通り越している。 だが、確かに良く見れば乗っているのはどう見ても人だし、向こうの甲板から龍が飛び立ったのも見えた。もちろん手綱を握る人物もいるが、強烈な陽光除けか全身、顔まで布で覆っているので性別もよく分からない。 「染めの色といい刺繍といい、どこの儀でも十分売り物になる出来栄えだわぁ」 「ぜひとも取引してほしいねぇ」 相手が弓を構えているのが見えないのかと怒鳴りつけたくなる兄妹は、素早く積荷の陰に隠れた仲間達の呼ぶ声も聞こえていないようだった。相手に手を振りかねない様子である。 ここまで状況に適した行動が取れない人物など怪我しても仕方がないと、そういう思いがよぎった開拓者も多々いたのだが、あいにくとこんな二人も依頼人。護衛するのもお仕事のうちだ。 それに、このまま攻撃を受け続けては、いかに強化した飛空船でもどんな損傷を受けるか分からない。 さて、どう行動したらいいものか。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟 |
■リプレイ本文 嵐の壁を通り抜けた途端に、空路はそれまでと打って変わって快適なものになっていた。なにしろ暴風雨の中を飛んでいたのに比べれば、多少揺れようが、行く手に土地があるかどうかも分からない船旅だろうが、乗っている人も獣も表情は明るい。 唯一、なんともいえない顔をしていたのは、村雨 紫狼(ia9073)だ。 「もっとこー泥臭いもんだろ、開拓ってさー」 存在するかも分からぬ新たな客と商品と販路を目指している商人達の気概は理解できるが、村雨の抱く開拓の印象と飛空船での船旅は合致しない。危険が去ってしまうとその思いがぶり返してきて、ついついぼやいてしまったのだ。 「あらあら、ご機嫌がよろしくありませんね」 「新しい国に行けるかもしれない依頼で、しけた顔するなよなー」 反対に『新たな儀』との言葉に夢膨らませる、商人達に近い感覚のフェルル=グライフ(ia4572)やルオウ(ia2445)は、船縁で前方に何か見えないものかと首を巡らせていた。他にすることもたいしてないから、用事がない者は皆同じ。 中には舳先の一番突端に足を踏ん張っている管狐・ウェイブに向かって、戻ってくるように呼びかけているトカキ=ウィンメルト(ib0323)の姿もある。 「ウェイブ君‥‥お願いだから言う事を聞いてください」 聞いちゃいないので、こういう呼びかけが延々と続いていた。 そうした騒ぎが、別の様相に取って代わったのは、待ち望んでいた新たな儀が見えた時で。 「おぉ、ふつくしい」 『うむ、美しいな』 うっかり港で商人兄妹に『開拓者見っけ』と依頼を受けさせられたサニーレイン(ib5382)は、土偶ゴーレム・テツジンと船縁で前方を眺めていた。サニーレインの言葉遣いが独特なのには、すでに皆が慣れている。 「砂ばっかりか?」 「うんと向こうに川が見えたかも?」 寝ている以外は甲板でうろうろしている装飾品商人のエゴールとエリーナの兄妹は、見張りの船員張りの視力を活かして陸地に人里がないかと見ていたが、あちらこちらに雲が掛かっている中では詳細を見て取るのは難しいようだ。それでも、川が見えたという方向に船首を向けて、皆で目を凝らしてみたところ、確かに川らしきものは確かめられた。 水があるところ、人里のある可能性も高い。他が砂地にしか見えないので、そう判断した一行は、次はどちらの方向に進むべきかと相談しようとした。 その時。 「‥‥影?」 日差しを遮る雲は多数あったが、その日差しと影の境目が妙にくっきりしたのに、鈴木 透子(ia5664)が視線を上げた。次の瞬間には、忍犬・遮那王と左右に飛び離れている。 「どうせ降って来るなら酒がよかったな」 待ち伏せていたか、それともこちらの姿を先に発見して忍び寄ったか。上空から現れて、突然攻撃を開始した飛空船からの手荒い『贈り物』に、無月 幻十郎(ia0102)が心底がっくりしたと言いたげに口にしている。彼の駿龍・八葉も同意の鳴き声を上げていて、彼らの酒好きを示しているが‥‥襲撃してきた相手が、それを叶えてくれる気配はない。 「早々に厄介事とは巡り合わせが悪いようにも思えますね‥‥」 「あれですかねぇ、こちらの方々は気の短い方ばかりなのですかねぇ」 そもそもこれまで交流がない地域に、重装備の飛空船が現れれば警戒されても不思議はないが、一言もなしに攻撃してくるのはいささか解せない。言葉が通じるのかどうかという懸念は最初からあり、でも商人達の『身振り手振りでも誠意と商魂は通じる』との根拠のない自信に付き合う形の開拓者達だが、この時の朝比奈 空(ia0086)とディディエ ベルトラン(ib3404)の会話には同感する思いが強かったろう。 「いっそ幸先がよいとも言えますよ。少なくとも、探す手間は省けましたし」 でもただ攻撃されていては危険すぎると、船長に相手飛空船と並べるように高度を上げるか、それとも相手を振り切るために陸から離れるかの判断を求めたジークリンデ(ib0258)は、さっそく自分の炎龍の手綱を取り上げている。船足が遅い船故、船長の判断に陸から離れるはないが、上がるのも難しそうだった。 忍犬、土偶ゴーレム、管狐が相棒の透子、サニーレイン、トカキの三人以外は、それぞれの龍とルオウはグライダー・シュバルツドンナーで甲板から飛び出すべく、慌しく準備を始めていた。 その間にトカキは油の樽を拾っては投げ落とし、甲板が滑らないようにしている。透子は積荷の崩落を防ごうと苦心する商人の手伝いに走ったが、サニーレインはまず当人が揺れで振り落とされないように命綱を結んでいた。体格は似ていても、経験の差か、体力の問題か、透子ほど踏ん張れないサニーレインは暴風で吹き飛ばされかけたこともあるからだ。 と、サニーレインでさえそんな用心をしているのに、 「あ、あっちにも女の人が入るわよぉ」 「美人の上に、服装が面白いなぁ」 エリーナとエゴールは、相変わらず甲板をうろうろしていた。今までの旅路でも分かっていたが、この兄妹は危険を感知する能力が著しく欠落している。その船から龍が飛び出してきたのに逃げることは思いつかないようだ。 上空の飛空船から降りてきた騎影は六騎。船を制圧するには少ないが、さりとて相手が友好的な気分ではないのは明朗なので、透子が困った兄妹を船内に入れるべく動き出した。他の者はそれを見て、相手の射撃線上に入らないように飛び出す機会を窺っている。 そして、透子が弓を構えた者の様子を警戒しつつ、甲板に出たところで、強風が三隻の船と六騎を煽った。 「テツジン、出番ですよ」 『サニー、いつも言う様に私は飛べないのだが』 「ふがいない‥‥では、あの二人を守りなさい」 ようやく命綱を着け終えたサニーレインがテツジンに騎龍を指してなんとかしろと言っていたが、無茶な話だ。結局兄妹の護衛に命令が切り替わって、盾を構えた土偶がえっちらおっちら甲板を横切っていく。 「滑るので、出来るだけ今の位置にいてください」 トカキが投げ込まれた油樽を全部投げ捨て、兄妹以外の船員と商人の無事を確かめながら、まめに声を掛けている。樽は捨てたが、油は撒き散らされているから火攻めをされると危険極まりないものの、今の風で攻撃の手も鈍ったようだ。その隙に、荷物が崩れたら潰されそうな位置から、夫婦ものの商人達を他に移す。 その間に、こちらからも六騎の龍と一機のグライダーが空に舞い上がった。 「魔法少女の説得に期待するぜーっ!」 誰までが彼主観の少女の範疇だか知らないが、村雨が景気よく叫んで飛び出した。彼とて、自分達が相手にしたら正体不明船で、軍隊なり自警団が出張ってきた可能性は了解しているが、言うことはとてつもなく軽い。 問答無用の攻撃から無法者の疑いも濃厚だが、村雨もまだ武器は抜いていなかった。流石に相手の前に無防備に出るつもりはないが、敵意がないことを示して反応を見てみるべきだと考えているからだ。 でも、中には反応を見ると考えるより先に飛び出した者もいる。 「戦いに来たんじゃないんです!」 炎龍・エインへリャルで急上昇をかけ、相手飛空船の甲板からも良く見える位置まで上がったフェルルが大きな声で叫んでいる。下方にいる人々の耳には届いたが、風向きから上に届いたとは思い難い。 挙げ句に、こちらの飛空船に近い位置で弓を構えていた一人が、予想外に素早い動きで龍の向きを変えて、フェルルに狙いをつけている。背中から射るのも躊躇わないとの態度が見て取れる。 「後ろから射る奴があるかー!」 『咆哮』の後、その弓手に叫んだルオウは、自分の技に掛かった相手をすかさず飛空船から引き剥がしに掛かった。 「貴様、ジンのくせに掟破りの仲間か!」 グライダーと龍で追いかけ合いになった中で、一つ判明したのは先方の言葉が理解できることだ。発音に癖はあるが、多様な出身地の者がいる開拓者も依頼人達もそのくらいのことなら聞き取りに苦労はしない。 「言葉が通じるようですが、さてどうしましょうかね」 甲板では、船縁に行きたがる兄妹をテツジンと一緒に押し留めつつ、透子が話しかけている。他に興味を向ければ、なんとか安全圏に導けそうだと狙ったのだが、その場に留まって考え始めるのには閉口だ。 上からこちらの動きを窺っている騎龍は、まだ二組いる。この二組も、炎龍・禍火で近付いた空の呼び掛けには、腰の剣に手をやった。こちらの対応に比べれば、先方は程度の差はあれ攻撃的だ。もしもの時には自分に引き付けようと、二組の近くには無月と八葉も近付いている。当然彼も警戒されているが、まだ相手も武器は抜いていない。それでも武器に手をやるあたり、魔法や幻覚幻聴などを操る相手ではなかろうと無月は見て取った。 ついでに目に留まったのが、相手の鞘の造りだ。 「へぇ、いい細工だねぇ。あの豪胆な兄妹が喜びそうだ」 互いに二組、龍に細かい移動をさせて睨み合いながらの無月の感嘆に、相手はなおもしばらく黙っていたが、 「私達は攻める目的など持っておりません。別の儀から参った隊商です」 冷静に風向きも考えて、叫ばずとも相手に聞こえるように平時と変わらぬ声音で話し掛けた空の態度に、手綱を両手で握りなおした。その手の見た目から、二人共に成人男性であろうと思われたが、一人が被っていた布を背に落とし、しみじみと空を見やっている。 空と無月はその姿に、表には極力出さないまでも、警戒を強めていた。 同じ頃。 「やっと‥‥届きました」 サニーレインが命綱をつけたらなかなか届かない位置になってしまった自分の荷物から、ようやくセイレーンハープを取り出していた。彼女は吟遊詩人、もちろん呪歌の類を使うことが出来る。 この場では、敵意がないことを示すためにも偶像の歌が向いていると判断をした。それは間違いがないのだが‥‥ 『我ら 天儀より来る『開拓者』 未知なる友求め 嵐の壁 乗り越えり 我ら 汝らの敵にあらず 今は 争う事 無益なり 願わくば 争い辞めたもうことを 願わくば 汝らが 我らの友たらんことを』 操舵室への攻撃を警戒して、相手の飛空船と自船の中間に陣取っていたジークリンデとディディエが、この歌声に思わず酸っぱい顔付きになった。ちょうど相手の船から新たな龍と人とが降りてきたところで、あるかもしれない襲撃に備えるべきところだが‥‥ 「テンギとは、どこの氏族だ? 勝手に名乗っているわけではなかろうな?」 奇妙に耳が尖った壮年の男性と、こちらはディディエとジークリンデも見慣れた猫の耳の獣人女性とがそれぞれの騎龍を操りつつ、厳しい表情で問い掛けてきた。神威人や猫族と同じ獣人はともかく、男性の外見は彼らの目から見れば異様だが‥‥少なくとも言葉が通じるのはありがたい。 「天儀は氏族の名前ではございませんで〜、私共が船を出した儀の名前なのです」 「私はベラリエース大陸はジルベリア帝国の生まれ、ジークリンデ・フランメ・ケリンと申します。そちらご身分卑しからぬ方とお見受けしますが、お名前をお聞かせいただけましょうか?」 儀という言葉が通じるか危ぶまれたが、こちらの二人はよそで追いかけあいをいまだ繰り広げている者よりは話が分かりそうだ。 「掟破りーっ!」 「だから、俺達は違うって!」 「おーい、そいつは悪い奴じゃないんだよ。お嬢さーん、お話聞いておくれ〜」 「お前のどこが怪しくないんだっ」 咆哮の効果が出過ぎたか、単に熱しやすい性格か、ルオウを追い掛け回している少女は相変わらず『掟破り』一辺倒で何を言っても耳に入らない。ルオウを追う少女の後ろを、村雨が申し開きしながら更に追っているが、これまた先の少女に良く似た娘に罵られながら追い回されている。こちらは至近距離まで近付くと鞭でびしばし叩いていたのだが、村雨が避けるばかりで反撃しないので、問答無用の攻撃をしていた相手方も攻撃の手は止めていた。 ジークリンデとディディエが少しの距離で向かい合う位置の二人も、そうした状況で龍を出したと思われ、警戒はしながらも礼法にのっとったジークリンデの言葉に少しの間をおいてから、最初の詰問調を改めたやや丁寧な調子で返事を寄越した。 「アル=カマル‥‥赤の川面の氏族、ファルロフ。こちらは我が氏族の客人、マーフドフト。一つ尋ねるが、あの船にエルフ族は何人乗っている?」 マーフドフトと紹介された女性が、鞭で叩かれるばかりの村雨を見やって同情しきりの様子だが、仲間である二人はそれについてはなんとも言い難い。ファルロフは甲板のサニーレインや透子の姿に戦闘員らしくないものを感じている様子も見えるが、開拓者は年齢や外見では計り知れない能力を持つものだ。見た目は手弱女と病弱そうなジークリンデとディディエとて、時に突風も襲う中で余裕で龍に騎乗していられる技量の持ち主である。 それに『エルフ族』と言われても初耳だと思いつつ、こちらの二人は返事のしようを検討していた。 少し離れた空の上では、技量的にはとても巧みとは言えないサニーレインの歌が切れ切れに届くところで、無月があっさりと相手の質問にこう答えていた。 「エルフなんてのは乗ってない。どういう連中か説明してもらえば、該当者がいるかどうかまた返答できるが」 「エルフはエルフだろうに。まさか知らないとでも言うつもりか」 「悪いが知らん」 エルフとは目の前の青年のように耳が奇妙に尖った種族のことだろうと思いつつ、知らないものは知らないと堂々と返す無月の少しばかり後方で、空も知らないと首を振って見せた。幸い、こういう身振りに変わりはないようで、あからさまに不思議そうな顔をしている相手にも言いたいことは伝わったらしい。 「我が氏族の川で殺人を犯して逃亡した賊とは、何の関わりもないか?」 最初にそう聞いてくれれば話が早いのにと、そう思ったとしても顔には出さず、商売のために旅をしてきたと穏やかに返した空に、相手はようやく少しばかり態度を軟化させた。仲間に何かを示す身振りで合図をして、いつの間にやら増えていた新たな二騎を振り仰いでいる。そちらが指揮官というところだろうか。 「フェルルさんはどうしました?」 空が見上げた上空には、先に上がって、降りてきてはいないはずのフェルルとエインヘリャルの姿は見えなかった。 「ちゃんと治りましたか? 他にもお怪我した方がいれば、治癒の術使いますから」 問答無用の攻撃をしてきた船の前に飛び出して、挙げ句に『敵じゃないなら降りて来い』と、激情に駆られて叫んだとしか思えない相手の要求に『ここで争うのは駄目だ』との気概で従ってしまったフェルルは、なぜかその船に乗っていた怪我人に治癒の術を施していた。 後で商人達も含めて相当の人数から無茶にも程があると怒られる羽目になるのだが、巫女の術は『商隊だ』との皆の主張に相当の信憑性を与えたようだ。単純に敵対の意思がないとの表明の他に、マーフドフト達の追っていた賊には治癒の術を使う『ジン』はいないとも言われている。 「はぁとが通じたんです」 とフェルルは嬉しそうだったが、なんにしても無茶に変わりはない。運がよかったというほうが正しかろう。 どうやら事態が収まったらしいと察するや否や、声を限りに自己紹介を始めて、透子やトカキまで紹介してのけた困った兄妹は別として、飛空船の商人や船員達は相手から『旅人は歓迎するのが氏族の掟だ』と聞かされるまでは緊張を解かなかった。合わせて、人違いでの襲撃の詫びに旅の便宜を図ると申し出られた途端に元気付いたので、開拓者の大半は感心と呆れ半々の感想を憶えたが。 だが、仲間の村雨が鞭で打たれた傷をフェルルに治してもらうより、相手方のお嬢さんに軟膏を塗ってもらうのを選んだ時よりは、まだ商人の逞しさの方が‥‥ 「たいした傷じゃなくてよかったよな」 ルオウの言葉に、皆して頷いたものだ。 その後、乾いた土地が多くを占めるこの儀では水源を汚すのが大変な禁忌で、それを犯した空賊を追っている最中にかち合ってしまったと事情を説明された一同は、自分達の飛空船の無骨さにさもありなんと思い、先方が完全には警戒を解かないのも致し方ないと納得したのだが。 「珈琲じゃありませんか!」 酒を期待していた無月が違う飲み物に肩を落とした横で、ディディエが身を乗り出し、商人達も『歓待してもらって』とまずは喜んだ珈琲がこちらでは珍しいものではないと言うところから、少しは会話が弾むようになった。 龍達が暑さと疲れで日陰から動かず、ウェイブは注目が煩わしいと絨毯の端を丸めて入り込み、遮那王は土地の犬達との挨拶に忙しい。テツジンは念のため、船で留守番。 そんな中で、熱い珈琲を嬉々として飲んでいる一部と、冷たい飲み物はこの儀に存在しないのかと残念がっている多数の開拓者達とが、贈り物攻勢に入った商人達の逞しさを眺めている。 どこかから、随分香辛料を効かせている料理のいい香りが漂ってきていた。 |