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■オープニング本文 その日、神楽シンは不運だった。 アル=カマルの首都の片隅で、いつものように天儀神教会の教えを広めるという目的を果たすための資金調達、正確には生活費稼ぎに勤しんでいた彼は、小さな不幸に続けて見舞われていた。 まず、 「だからさ、西瓜の縞はヘタが上なら、縦だろ」 「ちがうもん、よこだもんっ」 先日、月見をした際に開拓者に貰った西瓜の絵を描いていた子供に、間違いを指摘したら脛を力いっぱい蹴り上げられた。 次に、 「先生、ハロウィンをしよう」 「うちの宗派はやらないのでお断りだ」 「じゃあ、開拓者ギルドに行ってくる!」 やはり開拓者に聞いたジルベリア帝国由来の行事をやりたがる子供を止めていたはずが、一緒に騒いでいると勘違いされて、子供の親に叱られた。 更に、 「女難の相が出てるわよぅ」 食後の珈琲を楽しんでいたら、器に残った粉を覗いた食堂のお姐さんに、占いだと嫌な事を吹き込まれた。 そして現在。 シンは毎日のように通っている近くの公衆浴場へ、これまたご近所の神殿の巫女さん達に引きずり込まれていた。巫女さん達は全員女性なので、もちろん女湯の方だ。いきなり教会に押し寄せられ、無理やり引き摺ってこられたのだから、女難の相とはこれのことだろう。 「なるほど、壁が崩れたわけですか。それなら本職の棟梁を呼んでくださいよ」 「残念ながらお金がありません」 アル=カマルといえど、首都は大河に面しているので水には困らない。住民には入浴の習慣もあるし、豪商や政治家などが名声を手に入れんと公衆浴場を建てるのは古くからの習いだ。この公衆浴場はそうした中では規模が小さいが、歴史はある。言い方を変えれば古い。 古いので、建てた商家は没落してしまい、現在は地域の住民が組合を作って運営している。入浴料と寄付でようよう経営されていたから、壁のひびも修繕がされないままに放置されていて、とうとう崩れてしまったのだ。怪我人がいなくて、それだけは幸い。 けれども、直すには寄付を募り、足りない分はどこからか持ってこなくてはいけない。言い方を変えれば、稼ぎ出さねばならない。 その心配を神殿の巫女がするのは、彼女達が浴場運営の経理を担当しているからだった。無類の風呂好きの集まりだから、ではない。シンがいつ来ても、必ず巫女の誰かと会うのだけれども。 「寄付を募って歩くのでしたら、いつでも行きますが‥‥この掃除道具はなんです?」 「ええ、もちろんご寄付を呼びかけていただくのも大切ですけれど、先にあちらの浴槽を掃除していただけません?」 「それと、シン様のお国にはハロインですか。大々的にお菓子を売るお祭りがあるとか。それについてもご教授くださいな」 「出来れば異国の珍しいお菓子も並べたいけれど、まあそれはシンさんに言っても無理なので、雰囲気だけでもそれっぽくして、修理代をなんとかしたいと」 「うちの宗派はハロウィンとは縁がありません。でも菓子を売る祭りではないはずです」 どうやら巫女さん達はたまたま耳にしたハロウィンの賑わいにあやかって、浴場の修理代を稼ぎ出す心積もりでいるらしい。彼女達は確かに料理もお菓子作りも上手だが、人を呼び集めるのに珍しいものを求めているのだろう。 あいにくとシンが所属する教会は、ジルベリア帝国の土着儀礼も関係しているらしいハロウィンとは無縁だ。シン自身、天儀での商業化された騒ぎしか知らない。よって、ハロウィンについての教授は抵抗があるので、掃除に専念したい。 「前から不思議だったんですけど、なんで庭先にこんな深い浴槽があるんです?」 「動物用ですわ。この浴場を建てた方は龍を飼っていて、ここでお風呂に入れていたそうですよ」 今は使う龍もおらず放置されていたが、突然掃除をするからには使う目的があるわけで。 「あのねぇ、龍が入れるお風呂があるの。遊びに来て」 「人が入れるお風呂は、女の人用が壊れちゃってるの。直すお金が足りないから、お菓子も売るんだよ」 「他所の国のお祭りもするのー」 開拓者ギルドの前では、子供達が浴場の宣伝真っ最中だった。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
ティアラ(ib3826)
22歳・女・砲
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●ハロウィンってどんなもの? 異国の祭りについての子供達の質問に、開拓者達はそれぞれが知っていることを説明していた。 「かぼちゃのフルフェイスマスクを被って周辺国に攻め込み、大量の食料を奪ってくる地味に恐ろしい作戦でな」 この近隣の子供達とはすでに顔馴染みのからす(ia6525)は、真顔、低い声色に板に描いた図解入りでハロウィンを語っていた。 『だいたい合ってる気がするけどちゃうやろ!』 傍らで猫又・沙門が突っ込んでいるが、カンタータ(ia0489)や乃木亜(ia1245)はあからさまに違うと態度で表明している。 「ジルベリアの地方氏族のお祭り、サウィン祭は冬の太陽を送って新しい年の太陽を迎えるような新年のお祭りで」 「‥‥精霊信仰の一つではありませんでしたか?」 「あれ? 当時のどこかの王様がこれを取り入れて異氏族教化を狙ったけれど、意義は薄れて行事として神教会が伝えているんじゃなくて?」 「天儀には神教会が持ち込んで、お祭りとして楽しむには仮装した子供が近所のおうちからお菓子を貰い歩くとか‥‥」 ところが説明を始めると、この二人の間でも知識が食い違う。だが聞いている子供達は、『お菓子が貰える』のくだりで目がきらきら。 「あれ、子供だけなの? あたしも仮装したことあるよ」 そこに和紗・彼方(ia9767)が入って、更に情報は錯綜し始めた。一応ジルベリアから伝わった部分は一致しているので、出身はどうでも天儀神教会聖職者のエルディン・バウアー(ib0066)とティアラ(ib3826)に視線が集まったが、神教会にも色々と宗派、派閥が存在する。彼らの母体教会は、ハロウィンと縁が遠いようだ。 「元の行事はさておき、天儀では仮装を楽しんだり、子供がお菓子を貰ったり出来る日として、商家の皆さんが熱心に珍しいものを売ることが多いようですねぇ」 「子供といえど、ただでお菓子を与えるのはしつけの上で問題です。修理や売り子のお手伝いをしたら、ご褒美で貰える様にするべきですね」 エルディンはにこにこと天儀の商家の逞しさをあげ、ティアラは教育云々発言の後に『ただであげたら、誰が材料費を出すのか』と言い放っている。 「えっ、悪戯をしない子供にお菓子をくれる日ではないのですかっ」 すでにハロウィンの祭りをやっていると思い込み、すっかりとお菓子を買うつもりでやって来ていたアルネイス(ia6104)が、更にハロウィン談義に一石を投じる。子供達には、もはや『お菓子が食べられるなら、細かいところはどうでもいい』状態になっていたが、そこにもう一つの新情報が。 「細かいことはわからないのだ。でも、こういうのを着て楽しむらしいのだぁ〜」 話を聞いて、友達から借り受けてきたと玄間 北斗(ib0342)が、荷物から華やかな衣装を次々と取り出した。それを見た乃木亜も、色々と出し始める。 ここでもう、子供達は細かいことはどうでもよくなってしまい、話もうやむやしたままになったが‥‥からすとティアラが徹底したことがある。 働かざるもの食うべからず。 お菓子が食べたければ、浴場の修繕と資金稼ぎに一役買うべきなのである。開拓者の場合、お風呂に入りたければ、だ。 ●さて、修繕とか ところで、その公衆浴場では。 「まあ、これならラエドでもゆっくり入れますね」 「順番は自分達で決めてくれ。で、この金額は間違ってないんだな?」 「はい。多少なりとお役に立つと良いのですけれど」 駿龍ラエドを連れたシータル・ラートリー(ib4533)が、龍用の浴槽を掃除し終えた神教会神父の神楽シンと話し込んでいた。見知った子供に誘われたシータルは、公衆浴場の危機だと聞かされて駆けつけ、手伝いと寄付を申し出た二人目なのだが‥‥金額がたいそう大きかった。それでシンが確かめているが、彼女がくれると言ったらそのまま受け取っている。 ちなみに駆け付けた一人目の村雨 紫狼(ia9073)は、女性用の浴室の壁が壊れて難儀していると聞いた途端に、 「なるほどなるほど。この入口の向こうが脱衣所で、その先の浴室の壁が壊れて難儀している、と! 任せろっ、汗を流せず困っている乙女たちの柔肌は俺が守る!!」 と叫んで、寄付金をお願いに近付いてきた神殿巫女達にすーっと離れられてしまっていた。遠巻きに、なにやらひそひそやられて、相手が若い女性達だけに、大変悲しい。 『大丈夫です〜。マスターは言うだけで手は出しませんから』 ミーアの発言は事実だが、逆効果。困っている女性を助けるためなら全財産投げ打ってもいいと考えている村雨だが、出だしでちょっと失敗したようだ。 結局、『なんだか変わった人が来た』と通報されたシンが間に入って、手伝いをするとの気概は認めてくれたが、そのまま修理の場に叩き込まれた。 『お役に立たないマスターの分まで、ミーアが頑張るのです!』 ちょうど、その頃にやってきた他の開拓者のうち女性陣に手を振り始めた村雨を放置して、ミーアが高らかに宣言しているが、修繕に集まった近所の男性陣は困惑の表情ありありだ。 その後にやってきた玄間は、皆に安堵の表情を向けられて驚いたが、大変珍しい型の土偶ゴーレムを見て、なんとなく納得したらしい。 なにはともあれ、修繕だ。 すっかりと男性陣が修繕に掛かってしまったので、龍用の浴槽に入れるお湯を沸かす作業を、修繕手伝いのつもりだった乃木亜が引き受けていた。 「ここでお湯を沸かすと、この管から浴槽まで流れていくんですか‥‥よく出来てますね」 「中が詰まってて、掃除が大変でさ」 まるきり人手がないわけではないが、後はお年寄りばかりなので、これも立派な仕事のうちだ。大半が話し相手だったりするけれども。 修繕費用を稼ぎ出してみせる。 そんな決意の元に、お菓子作りに精を出そうとしていた件の公衆浴場愛用の女性陣は 強力な援軍を得ていた。 「初めての味ですが、こちらの葡萄とよく合いますねぇ」 カンタータが用意してもらった酒を舐めて味を確かめ、香辛料を少し足して、干し葡萄を漬け込んでいる。後程、焼き菓子に入れる予定だが、味が染みるまでしばらく時間が掛かるだろう。もちろんその間は、別のお菓子を作る心積もりだ。 ナッツも色々とあったので、どれを使おうか贅沢に悩んでいる。産地が違えば味も変わるので、味見も忙しい。 「あら、バターは塩気が強いかも」 「塩味が薄いのもありましてよ」 「はーい、それはこっちでも使いたいです!」 手馴れた様子のカンタータとは別に、彼方もせっせと粉を計り、バターや砂糖を混ぜている。こちらの手付きはいささかおぼつかないが、一通りの材料を準備して、非常に満足そうに頷いていた。 南瓜まで用意したのは、菓子の中に練りこむからだそうだが‥‥ 「えーと、南瓜って皮が固いんだよね?」 包丁を手に、なにやら身構えている。 「開拓者が南瓜程度で迷ってどうする。ヘタのところから、包丁を入れれば簡単だ」 どこから切ろうかなと考えている様子に、からすが横から手を出した。小さな刃物でヘタをくりぬいて、そこからすぱんと切り分けたのは、開拓者だからというより慣れだろう。彼方もお手本を真似て南瓜を切り分け、蒸して生地に混ぜている。 この焼き菓子は星や月の形にしようと計画されていて、彼方一人では手が足りないから料理好きの巫女達に手伝ってもらう。月の精霊を信仰しているので、任せると月ばかりになるが、そこは彼方が星を作ればよい。ちょっと難しいが。 カンタータも近隣の料理自慢とあれこれと菓子の作り方を披露し合いながら、泡立てた卵白に蜂蜜や砂糖などを混ぜ、後で地元以外の人の何人かが『脳天まで痺れる』と評する菓子なども作っている。元から甘い菓子なのか、当人の味覚の反映かは不明だが、この近辺の人々は甘党が多いようで、味見段階では大変好評だ。 そうかと思えば、からすとアルネイスが、それぞれに南瓜に目鼻をくり抜いていた。出来栄えが全然違うように見えるが、それが当人達の腕と感性と目的のいずれの違いなのかは、眺めるだけではちょっと分からない。くり抜かれた部分は、彼方がありがたく焼き菓子に使って消費だ。 一つ確かなのは、からすが作ったのは中に蝋燭をいれ、アルネイスは一旦被ってみて、頭が入らないから真っ二つに割って面にしていたこと。 「ん〜、それでも重いですねぇ。ムロンちゃん用にしましょう」 アルネイスの仕込んだ南瓜は、まだ姿が見えない『ムロンちゃん』に渡されるらしい。 ハロウィン風お菓子販売会の準備は、お菓子作りだけではなかった。 「神殿が関係しているので滅多なことはないと思いますが、念のためにお金の袋はラエドに括っておいたらどうかと思うのです」 「客寄せにもなりそうですしね。パトリックにも働いてもらいましょう」 公衆浴場前の通りのどこに卓を並べて、どう飾りつけ、誰と誰がいつ、どこで売り子をするか。特に人の出入りが激しくなる中、大事なお金はどうやって管理するかと、ティアラとシータルが経理担当の巫女と相談を重ねていた。 合わせて、あちこちから借りてくるものを手配したり、通りを掃除したりと、こちらもやはり忙しい。 通りの隅では、商家の子供達が他の子供達に、お客への挨拶の仕方を教えていた。 ●その頃の朋友達 さて、開拓者達が忙しく奉仕活動に務めている頃、連れてこられた相棒達はといえば。 『は〜、きもちいいでふ』 もふらさまのパウロは、龍用の浴槽でぷかぷかと浮いていた。普段浴場の管理をしているご近所の老人方が、馬用らしいブラシで毛並みを梳いてくれる厚遇っぷり。アル=カマルにはいないもふらさまゆえ、扱い方が正しいとは限らないが、双方共に楽しんでいるようだ。 「ほらほら、あんたも洗ってあげるから」 かと思えば、乃木亜が風呂焚きに忙しい間は放置気味で不機嫌なミヅチ・藍玉が、浴槽周りを逃げ回っていた。老婦人が石鹸片手に構いつけるも、藍玉は乃木亜じゃなきゃ嫌と抵抗している。 そんな気持ちも知らず、乃木亜は洗ってもらえばなどと言うので藍玉はきゅいきゅい不満の声を上げ‥‥聞きつけた子供達に追いかけられるまで、後ちょっと。 この鳴き声につられたのか、浴場の小さい庭に丸くなっていたカンタータの炎龍カノーネがよくにた鳴き声をあげているが‥‥こちらはうたた寝中なので、夢を見ているのだろうか。横にいる玄間の駿龍月影が、しばらくそちらを眺めていたものの、何もないので煉瓦の破片を踏み潰して暇を紛らわせるのに戻っている。 同じ駿龍でもパトリックとラエドが、金庫番のみならず飾り立てられる相談までされているのとは対照的ながら、どうせなら他の龍も綺麗に洗って、リボンをつけようと画策されていた。主に服飾職人達から、自店の宣伝目的で。 そうして、通りの方では。 「あんなにご寄付をいただいたので、皆さんのお名前を刻んだものでも飾ろうかと」 『いらんっ。そんなもんに金使うんやったら、いっそ建て直したらええ! 皆、楽しんどるから、それで充分やで』 神殿の巫女長に抱えられた猫又・沙門が、祭りと化した浴場修繕費用捻出祭りの相談を繰り広げていた。正しくは、開拓者から多額の寄付を貰ってしまい、お礼をしなきゃねと言われたのを、勝手に断っている。 沙門の『楽しんでいる』発言は、確かに高らかに歌いだしそうな勢いで修繕作業をしているミーアの様子などからも明らかだが、まあ、言いたくなるくらいにすごい金額だったのである。 ところで。 『かーっ、やってらんねえぜ』 本日は男性用の浴室も修繕の都合で休みだったが、彼方がさっさと入浴料を払ってしまったので、特別に入浴用に桶を出してもらった人妖・束紗が、脱衣所の棚の陰に隠れていた。彼が風呂に入る事になって、生きたお人形を見付けた目になった女の子達の『洗ってあげる』攻撃が炸裂しかけたが、束紗も男子なのでなんとかそれからは逃げた。 湯上りの現在、赤ん坊用と思しきひらひら晴れ着を持って、入口で待ち構える女の子達の目をどう晦して、身を隠そうかと悩んでいる。なにしろ他に客がいない事に気付いたら、踏み込んでくるに決まっている。 こんな具合に、朋友達は一部を除いて平和だった。 ●お菓子と悪戯 今更ながら、南瓜ランタンを横にからすは語る。 「事の起源は精霊信仰、収穫の祝いなどが絡むのだろうが、天儀の風習ではお盆に近くてね。先祖を祀る儀礼と言えばいいか。この南瓜の精霊に悪霊を追い払ってもらったり、仮装は人だとばれて連れ去られないようにする用心だとも聞く」 だがアル=カマルの子供達にとって、ハロウィンで最も重要なのは『お菓子を貰える』こと。手伝わない子供はお菓子にありつけないと、あちらこちらで元気に働いている。接客に慣れない子供は、沙門が見本になっているが、彼女の独特な口調まで真似ていた。 それの効果と、カンタータが作った珍しい菓子が人目を引くのか、売上げは好調だ。味見でもたくさん作ったほうがいいと言われたカンタータは、山ほど作って冷やし固めていたが、途中から時間が足りなくてジンの巫女の一人が氷を作って間に合わせている。 「誰か、アーモンドを炒ってください〜」 おかげで放置されているカノーネは寂しいが、鳴いたところで寄ってくるのはお客ばかり。余計にカンタータの仕事が増えていた。 出来上がったお菓子は、看板と金庫をラエドに任せるシータルが主に売り子を努めている。おっとりした口調ながら、手元はてきぱきとして、人当たりがいいのでお客は一様に笑顔で菓子を受け取っていた。 横のラエドはうかつに動けないので、首を左右に傾けて我慢しているようだ。 と、少し離れた場所で突然悲鳴が上がり、皆がそちらを振り返ったのだが。 「いやー、ムロンちゃん、それは売り物なんですのよ〜っ」 「おやおや。皆さん、これは天儀のジライヤと言う珍しい生き物です。ちょっと見た目は怖いですが、見慣れると可愛いものですよ」 『菓子が美味かったのだ。まだ食えるのだ』 悲鳴の主は、祭りは楽しむことに決めていたアルネイス。悲鳴を上げさせたのは、彼女のジライヤ・ムロンだった。頭には、南瓜製の蛙っぽいお面を乗せている。 このムロンとうっかり別行動をしたら、彼はお菓子を運んでいた巫女に『くれくれ』と迫り、ぺろりと平らげてしまったようだ。 悲鳴に駆け付けたエルディンが、皆に説明してくれているのだが、こちらもまるごとやみめだまの仮装中。なにやら遠巻きにされていた。両者に挟まれた巫女は、顔面蒼白でへたり込んでいる。 「ええい、何を仕出かしてますかー」 「びっくりしたねー。はい、特別にお菓子あげるからねー」 巫女はエルディンに蹴りをくれたティアラに救出され、衝撃に固まった子供達にはジルベリアの魔女風衣装の彼方がお菓子を配っている。それでも笑顔が戻らない子供には、束紗からもう一枚。 それから、南瓜や蕪を使って乃木亜がランタンを作っているところに案内されたり、からすのお茶をいただいたりして、お客の衝撃は解消されているが‥‥アルネイスはムロンのおなかに納まったお菓子の量に打ちひしがれていた。 「大丈夫? ええと‥‥ランタン、いる?」 お詫びや弁償ですっかりとお財布が軽くなったアルネイスが近くに来て、乃木亜が声を掛けたものの言うべきことがなくて、思わずランタンを差し出した。 しばらくの間、ムロンがランタンを下げて立たされていたが、まあ、それも長い時間ではなく。 「離せ、美少女が俺の助けを〜」 「おまえにはミーアがいるだろ」 『うふふー。早く直して、マスターと一緒にお風呂なのです』 「いや、あんたは女湯に行って。他の人が困るから」 いまだ修理が続く浴場では、村雨とミーアとシンが作業に勤しんでいた。ミーアはともかく、村雨は強制労働っぽい。先程の悲鳴でも、シンに飛び出すのを制止されている。村雨も本気で走れば振り切れたろうが、ミーアを置いていくのは忍びなかったのか、単に疲れていたのか。 これで延々と愚痴が続きそうだったが、 「仕事を任せて悪かったのだぁ。子供達の絵、こんな具合でどうだろうかぁ」 たぬき柄の甚平姿の玄間が大きな板を抱え、魔女や魔法使い姿に仮装した子供達を連れてきたので、静かになった。 板に書かれているのは、ちょっと歪なところもあるがもふらさまや龍などだ。エルディンがどうせ修繕するなら壁に子供達と絵を描きたいと言い出したものの、そんな顔料の準備はないので板に絵を描いて脱衣所に飾ることになったのだ。玄間はまるごとやみめだま姿で蹴りを喰らい、身動きがままならないエルディンの代わりに、子供達と絵を描いていて一枚完成したのである。色を塗るのはこれからだが、楽しんでいる子供達の顔を見せてあげようとの玄間の心遣いもあった。 「お疲れ様ですわ。差し入れになりますの」 「飲み物もあるよ〜」 シータルと彼方も差し入れに来てくれて、浴室の修繕がなんとか終わりそうだと知って喜んでいたが‥‥ ハロウィンお菓子を売り切り、手伝った子供達にも配り終え、お疲れ気味の朋友達の大半が浴槽で洗ってもらった後。 「あー、あがったら冷たいお茶が飲みたくなりますわ」 「うむ、用意してある」 開拓者の女性陣が、一番湯を楽しんでいた。からすにシータル、ティアラに彼方、カンタータに藍玉と乃木亜、それにミーアも一緒である。 泡立てのし過ぎで疲れた腕や、子供の速度に合わせて歩き回った足を揉んだり、擦ったりして、皆はゆっくりと過ごしている。流石に開拓者の入浴を覗くような命知らずはいないらしい。 だが屋外では、お湯を沸かしている男性陣が騒いでいた。 「神父のくせに、女の子を口説いていいのかーっ」 「うちの宗派は妻帯可能だから、いいと思う相手がいれば口説く」 玄間がエルディンに、違いがあるのかなどと暢気に尋ねているが、後の二人は対女性の心構えの違いで意見を戦わせている。触る触らないと、女性が聞いたら怒りそうな流れだ。 『うるさくて寝てられん』 沙門の呟きに、朋友達の多くの同意の気配がしたが‥‥入浴順を待っている巫女達も賑やかにおしゃべりしているので、彼女達がうたた寝の幸せに浸れるのはもう少し先だろう。 |