花を植える
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/02 20:12



■オープニング本文

 ジルベリア帝国の中、タハルという規模の小さい領地がある。
 農業と収穫品加工が巧みなことで、一部の商人に知られている程度のささやかな領地だが、ここ数年で知名度がぐっと上がったところでもあった。
 知名度が上がったのは、冬場に生花を大量に売り出すからだ。香草なども作っているらしいが、こちらはまだあまり市井に出回ってはいない。
 真冬のジルベリアで華やかな生花を作れるのは、タハル領が十年以上掛けて作ってきた温室と研究し続けている栽培方法の賜物だ。そして潤った財政を巧みにやりくりして、また温室を建てているという。

 発展著しいタハル領だが、一つだけ難点があった。
 あまりにも小規模領地過ぎて、外部からの移住者は滅多にいない。近郊領地と主に結婚で人の入れ替わりはあるが、人口増加は生まれた子供が無事に育った分だけの緩やかなものだ。
 でも資金力がついたので温室を毎年建て増ししていたら、とうとう‥‥

 畑仕事をする人間が足りなくなった。

 人口は四百人あまり。温室は十五棟。
 これだけ見れば十分足りそうだが、冬場のジルベリアでは他にも家庭内作業が色々ある。
 女性の多くは糸紡ぎ、機織、裁縫をして、農繁期の分まで家族の衣類を調え、絨毯、壁掛けを織って現金収入の足しにする。男性でも皮細工や木工が巧みな者もいるし、農機具の手入れやかごを編むくらいは誰でもする。
 それらの合い間に温室での作業が入っていたが、どうやっても人のやりくりがつかなくなって大変なのだ。
 よって、開拓者ギルドから人を派遣してもらおうと考えたのである。結構力仕事も多いから、志体持ちが来てくれると大変に助かるそうだ。

 仕事は温室内での種蒔き、苗植えをはじめとする、花き栽培作業一通り。
 加えて、雪が降ったら温室外の雪かき、中の温度維持のために屋外での薪焚き、薪運びなどもある。
 綺麗な花の世話を考えるとちょっと裏切られるかもしれないが、たくさんの種類の花を植えて、一足早い春を楽しめるかもしれない。


■参加者一覧
/ ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / フェルル=グライフ(ia4572) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 未楡(ib0349) / グリムバルド(ib0608) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / リア・コーンウォール(ib2667) / ミリート・ティナーファ(ib3308) / シータル・ラートリー(ib4533) / 湯田 鎖雷(ib6263) / 蹴球王(ib6383) / kahuna(ib6404) / ラルっち♪(ib6409


■リプレイ本文

 天気は快晴。天儀の春めいた陽気にはまだまだ叶わないが、地元の人々の上着は真冬より薄いものにはなっているようだ。
 そんな畑仕事日和にやってきた開拓者は男女取り混ぜて二十人。礼野 真夢紀(ia1144)や平野 譲治(ia5226)、からす(ia6525)、シータル・ラートリー(ib4533)のように一見すると子供にしか見えない者もいるが、とにもかくにも開拓者。
「着替えはあちらの納屋で頼むよ。用意もしてあるが‥‥そちらの二人には短いかもしれないなぁ」
 仲間内で気楽に使えるように納屋を空けたが、泊まりと着替えは別に用意があるからと、タハル領主自ら出てきて説明してくれたが、ちょっと困った顔を見せたのはグリムバルド(ib0608)と喪越(ia1670)の二人を見た時だ。開拓者達の中でも頭半分は飛び出している彼らほど大きな領民はいないらしい。
「汚れたら洗えばいいサ!」
 喪越はあっけらかんと口にして、あたりに興味を向けている。煉瓦造りの大きな建物が多数ある光景は、普通の農村にしか見えない領地の様子からすると確かに不思議だ。
「随分立派な建物がおありだったんですね。納屋まで煉瓦造りだなんて」
 この中では唯一、以前にタハル領を訪れたことがある明王院 未楡(ib0349)が着替え場所として提供された納屋二棟を見て誉めたが、その傍らでアルーシュ・リトナ(ib0119)は離れた木造の建物に向いて、そわそわしている。
「あちらは機織り場。昼時と休憩はあそこに来ておくれ」
 荷物も機織り場にどうぞと勧められて、なぜかどっさりと持ち込まれていたのが飲食物。そんなのはこちらで用意するのにと領内のおかみさん達が困っていたが、それはそれ。後程味の交歓会をすることとして、開拓者達はそれぞれ自分に向いていると思う仕事に散っていったのだった。

 温室内は窓を閉め切ると大変暗いのでランタンが欠かせないが、中は季節外れの花が咲いているところもあった。
「うわぁ、あった〜」
 歓声を上げたのはミリート・ティナーファ(ib3308)だ。明日には近くの街に出荷するというムスカリの鉢植えを見付けて、嬉々として寄っていく。そのまま運び出すのに加わっていたが、男性がよいしょと抱える鉢をえいやと持っていく様はなかなか目立つ。
 途中から歌いだし、うまいねと誉められた際に自分が歌っていた事に気付いたのか、危うく鉢を取り落とすところだったが‥‥
「えーと、これはどうしているところでしたっけ?」
『あっちに運んでるのよ、もーしっかりしてよ』
 次に種を植え付けるための木箱を運んできた和奏(ia8807)が、さっと箱を持ち替えて助けてくれた。ただし、同伴の人妖・光華がため息をつくように、いささかぼけっとしている。運んでいる方向くらい、体の向きで分かってくれとは光華の意見である。
 別に和奏もまるきり気が利かないわけではないから、より力仕事の鉢植え運びを担当しようとしたのだが、ミリートは花を運ぶ役目を譲りたくない。こんな時はどうなるかといえば、
「じゃあ、後で土を運べばいいのかな?」
「たぶん‥‥薪割りは誰か行ってたよ」
 もっと力が要る仕事を和奏に押し付けることで話がついた。なぜかその話の中で、光華はミリートにくっついていく事になっていたが。
『だって、綺麗なものが見れるほうがいいもの』
 この後も、まだ二種類ばかり鉢植えの運び出しがあるよと、ミリートはご機嫌である。
 なんたって、三月のジルベリアで満開の生花など、滅多に見られるものではないのだから。

 大抵の開拓者は、花や緑を愛でて楽しんでいたが、中にはちょっとばかり違う視点の者もいた。
「ヤッラー、内側に木の壁を設けて、冷たい空気を遮断するのですね。ヤー、あの天井はどうなっているのでしょう?」
「あー、布地は毛織物だぜ。結構目が荒いやつだな」
「わざと荒く織っているようですね。きっと意味があるのでしょうけれど‥‥後で伺ってみようかしら」
 建物の造りが気になるモハメド・アルハムディ(ib1210)とアルーシュが、中であちこちを確かめている。モハメドは建築方法や壁が二重の意味、アルーシュは所々に巡らされている毛織物の様子と織目を調べたくてたまらない。付き合わされて、頭の上に張られた布地を触って手触りを報告しているのはグリムバルドだ。
 真冬にも花を咲かせるには、温度の管理がしやすい建物の造りが不可欠だが、実際に見てみると日当たりはどう確保しているのかなど、気にならなくもない。とはいえ、この二人の場合にはもともとの職業意識が首をもたげてきたもののようで、段々と傷んでいるところを見付けて気にしている。グリムバルドはアルーシュに付き合っての結果なので、直せばいいなら手伝うとの態度だ。
 だが、壁の造りや天井の布は温度管理の秘策と関係するようだ。
「修繕ねぇ‥‥じゃあ、扉は外すから外で直して貰うとして、布は今織っているんだけど手が足りないのよ。いつ出来上がるかしら」
「織ります!」
「ショクラン、ありがとうございます。では外すのは皆様にお任せしましょう」
 なぜだか木の壁のあちらこちらに小さな扉があって、幾つかがひび割れたりしていたので、モハメドはその修繕に加わる事になった。勢い込んで『人手がないなら自分が』と領主夫人に詰め寄ったアルーシュは、本職の仕事が出来ると少し浮かれているようだ。
「俺は水汲みに行ってくるから、後でな」
 珍しく跳ね出しそうなアルーシュの頭をぽんぽんと撫でて、グリムバルドは得意の力仕事に戻っていく。その様子に目を細めた領主夫人が語り始めてしまった長い思い出話に付き合うのは、モハメドになった。
 縄がなえる領主夫人との会話は、なかなか楽しかったらしい。

 そんな温室から少し離れた建物で、酒々井 統真(ia0893)や玄間 北斗(ib0342)、湯田 鎖雷(ib6263)、琥龍 蒼羅(ib0214)は派手にくしゃみをしていた。湯田の霊騎・めひひひひんと琥龍の駿龍・陽淵は数歩後ろに退いている。平然としていたのは、からすに差し向けられた土偶ゴーレムの地衝だけ。こちらはどう見ても嗅覚はないから当然だろう。
 ちゃんと口と鼻を布で覆っていた開拓者の彼らを一瞬怯ませたのは、家畜の糞尿と枯れ草と何か他にも色々混じってぷすぷす蒸気をあげている堆肥の山だ。籠もっていた刺激臭がなくなれば辛いほどではないが、多分実際は相当臭いのだろう。
 この山を掻き出して、ごろごろしている塊を細かく砕いたら、温室前で土と合わせる。湿気を含んでいるから重いので、足腰と肩にも要注意と一緒に作業する男性陣は言ってくれたが、普段から力仕事とは縁がある者ばかり。その点はあまり心配はない。この作業では必須という厚手の皮手袋を着けて、鍬を握るのが慣れないから少しばかり力加減に迷ったが、慣れるのも早い。
「めひひひひん、そんな態度でどうする」
「陽淵も加減して踏め」
 自分達も手伝わされるんですかと言わんばかりの態度で、めひひひひんと陽淵は堆肥の山を足でつついている。塊を見付ければ踏むのだが、力加減がいい加減で湯田も琥龍も注意するのに忙しい。そのうち、いちいち目を配るのが面倒だと細かくした堆肥を運ばせることしたら、二体とも元気に言われた場所に桶入りの堆肥を運んでいった。地衝だけは、皆が崩した堆肥を両手で混ぜて、さらさらになるように務めている。手は後で洗えばいいやくらいの気持ちだろう。
 もちろん人間達もせっせと働いているわけで、
「この堆肥は何が混ざっているのだろう? 教えて欲しいのだ」
「ひ み つ」
 父親くらいの年代の人にお茶目に答えられても大抵の人なら困るだろうが、玄間は一緒になってきゃいきゃいと賑やかに話し始めた。特産品の作り方は秘密にされても不思議はないので、怒ることはない。実際、わざわざ開拓者を頼んだ理由が『隣接領地の人間は秘密が漏れるから雇わない』だそうだ。それぞれに特産品にだけは気を使っているらしい。
 確かに開拓者として依頼を受けたのだから、それでよそで利益を得たりしたらギルドからどう扱われるか分かったものではないし、細かいところまで観察するほどの余裕はない。
「結構、耕し甲斐があるよな。これ終わったら、体にも臭いが染み付いてそう」
 そんな事になったら困るなぁと、そう呟いたのは酒々井。それぞれの騎獣にすでに避けられ気味の琥龍と湯田も同意したが、ふと途中で気付いたらしい。
「よく洗ったほうがいいだろうな」
 琥龍は冷静な指摘だけだが、湯田は笑っている。行きの道中、酒々井はフェルル=グライフ(ia4572)と親しげだった。が、今の状態で近付いたら、困った顔をされるのは目に見えている。そういう指摘だ。言われた側は、聞こえなかった振りを貫くことにしたらしい。
「俺は昼飯の匂いもわからないんじゃないかと心配だよ」
 小一時間もしたら昼のはずだがと、湯田が思い出したように呟いたところ、周りの人々はにこやかに言い放った。
「夕飯だって分からんさ」
 でも風呂は用意してあるからと知らされて、四人共に心底ほっとしたのだった。

 力仕事も得意だと言ったのに、最初は堆肥にまみれるから後でと薪割りに回されたリア・コーンウォール(ib2667)は、積み上げられた薪の山を見てちょっと楽しくなっていた。
「‥‥そういえば、よくやったな。私は」
 子供の頃に薪拾いから薪割りまで、毎日のようにやった時期もあったと思い出したのだ。そう思えば慣れた作業、今日は天気がいいから使う量は少ないが、人手がある時にたくさん割っておきたいとの希望に沿って、食事まで汗を流すのも悪くない。
 だが、しかし。
「束ねる時は、解けなければ長さなんか気にしなくていいよ」
 薪を割るのは苦にならない。運ぶのだって地元の男性にも負けないが‥‥リアは薪の束の長さがてんでばらばらなだとなんとなく落ち着かない。わざわざ切りそろえるような真似はしないが、出来るだけ長さを揃えていたら、不揃いでも運べるから大丈夫と声を掛けられてしまった。
 自分がしっくりしないだけとは言えず、リアは割った順に薪を束ねて‥‥ひとつ溜息を吐いた。

 出荷用の鉢を運び出し、温室の中には次の種や苗を植えるための箱や鉢が運び込まれている。中には直接地面に植えつける温室もあるが、あちこちの作業は一区切りついたところで昼の食事になった。一部の男性陣と土偶は、よぅく洗ってからである。
 領内の人々は自宅に戻ったり、弁当を広げたり、開拓者達の世話をしがてら一緒に食べたりだが、料理を担当した女性陣はなにやら豪勢な菓子類を手に感心しきりだ。持ってきたのは未楡にからす、アルーシュなど。
「こちらは干し果物なども豊富ですから、珍しい味にはならなかったと思いますけれど。でも作り方は書いてきたんですよ」
「そうか。そういうものまでは用意しなかったな。私も書けば、この料理の作り方を教えていただけようか?」
 主婦の井戸端会議に突入した未楡とおかみさん達に、持参とタハル提供の香草を配合して淹れた茶を供したからすが、筆記用具の持ち合わせがあったろうかと荷物置き場に向かおうとする。その前に子供を走らせる母親がいて、からすはしっかり食べなきゃと勧められた。見るからに子供外見なので、とにかく食べさせたいらしい。
 他にも料理好きが加わって、あれがどうだ、これが珍しい、それはなんだと会話が弾んだが、なにしろ農作業中。
「さ、もっと食べて。途中でおなかすいたら困るよ」
 からすだけでなく、未楡も『もうおなかいっぱい』と思う量に三割増しくらいまで、『もっと食べなさい』攻撃に晒された。アヤカシ退治の時の空腹は気にならないが、戦う必要がない時の満腹感との戦いは、結構な苦労があったりする。
 途中で、未楡が『後でいただく』返し技を見出して、なんとか猛追を逃れたが‥‥その後のからすが淹れた香草茶は、消化を助ける効能が高いものになった。
 そして、それを必要としたのは彼女達だけではなく、更に十八人もいたりする。

 午後からは、堆肥と土を混ぜる作業と平行して、新たな種と苗を植えはじめた。大半は特産として売り出す花のものだが、一部は野菜だ。冬場は乾燥や酢漬けの野菜がほとんどのジルベリアでは、恵まれた状態と言えよう。
「おおっし、全力で遊ぶのだ!」
「まあ、平野様、遊びではございませんよ」
 常日頃の依頼と農作業では緊迫感が違うのか、『遊ぶ!』と叫んだ平野にヘラルディア(ia0397)が声を掛けている。怒られでもしたらと心配したかもしれないが、平野はちゃんと種を植える箱に土をどのくらい入れるかを習っていた。こんなものかと実際にやって、誉められて嬉しそうだ。相手方も年少者の扱いをよく心得ていると見える。
 それでヘラルディアも一緒に箱の準備を始め、まずは温室内に積んでいく。この時は温室の窓も南側が開けられて、明るいから作業も簡単だ。
「菫なども小さな鉢に植えてあれば素敵だと思いますけれど、扱っていらっしゃらないんですね」
「冬に花が必要な人は、見栄えがいい大きい花が好きなのよねぇ」
 菫の花は季節になったら子供達が摘んで歩いて、それを砂糖漬けにしてやっぱり売るのだと、ヘラルディアと年頃が変わらない娘が説明してくれた。愛でるのではなく食べ物に加工してしまうとはと、感心したのはヘラルディアだけではないが‥‥
「それは、美味しいのか? どんな味がするんだ?」
 平野が勢い込んで尋ねた返答が、皆、なにより気に掛かる。
 でも、返答はあっさり『砂糖の味』だった。
「世の中には、あれより安くておいしいものが山とあるわ」
 要するに、見た目が上品で甘くて、高級感があるのが商品価値。おなかを満たしたり、味を楽しむものではないのだろう。
 なんて勿体無いと思ったり、でも大事なお客に供したら喜ばれるかもと考えたり、ちょっとお土産に欲しいと願ったりするのは個々人で異なる。いずれにせよ季節外れの今の時期には、タハルにもないそうだから拝むことすら叶わないので、また機会があればというところだ。
 そんな会話をしている人々が植えているのは、葉物野菜色々だった。

 土や堆肥は変わらず男性陣が引き受けてくれたので、女性陣はおおむね種蒔きを始めていた。この時期に植えるのは天儀ならそろそろ植えておかしくないものだが、四月でも時に雪が降るジルベリアでは時期が早いものばかり。そうでなければ、日常でよく使う香草類だ。こちらは乾燥物が出回るが、生をいち早く市場に出せればいい値段がつくとか。
『重いもふ〜』
「食べすぎ、かしら?」
 もふらさまの八曜丸に鉢の下に混ぜる荒い砂を担いで来てもらった柚乃(ia0638)は、あまり働き者ではないもふらさまの愚痴に大真面目に応えていた。八曜丸はむっとしているようだが、昼食時に皆が食べ切れなかった料理をしっかり貰っていたのは事実。よって言い返すことは出来ないらしい。
「もうちょっと頑張れば、お夕飯も美味しいですよ」
 空腹は最高の調味料とは言わず、フェンリエッタ(ib0018)が八曜丸のやる気を導き出している。あっさり『頑張る』と返した八曜丸に、柚乃はちょっと恥ずかしそうだ。
「食欲を抑える香草を、いっぱい、食べさせたらいいかしら‥‥」
 香草の苗を作るための木箱に土を盛り、手袋をした指先で一列に穴を開けながら、柚乃は真剣に悩んでいた。家族も同然の八曜丸の食欲に、体調管理の必要性でも感じたのだろう。彼女が開けた穴に、慎重に数えた種をぱらぱらと落としているフェンリエッタは苦笑している。働き者で粗食を愛するもふらさまは、きっと滅多にいない。
「それよりは、どこでもたくさん作物が取れるようになるといいかもしれませんね」
 タハルも温室栽培が出来るようになるまでは、出稼ぎをして家族の食い扶持を稼ぐのが当たり前だったと、フェンリエッタに限らず、世間話で聞いた開拓者は多い。これからも新たな作物を作って、豊かになりたいものだと領主も口にしていた。目的があるから、ここでは作っていない作物の勉強もしていて、開拓者達に天儀や泰国の農業についても尋ねてくる。
 天儀で春を告げる花と問われて、桜と即答した柚乃は、木では栽培が難しいかと首を傾げたが、他にも桜をあげる開拓者は少なくなかった。おかげで、天儀では欠かせない花だと認識はされたようだ。
 フェンリエッタは種が食用や油糧に使えるひまわりを挙げている。タハルでは見たこともないと言うから、育て方もせっせと説明していた。春になったら、大きな街の市場へ種を探しに行きそうな勢いである。
 領地のはずれに放牧地があるから、その端にひまわり畑が出来たら綺麗かもと思う開拓者は多かったが、
「そんなとこに植えたら、山羊に食い尽くされるよ」
 現実は、甘くないようだ。

 大半が種蒔きの中で、時には苗の植え替えという作業もある。
「根っこを傷つけないように、と‥‥一鉢に三つずつですね」
「この鉢、可愛らしいわよね。市場できっと人気が出ると思うの」
「ボクもそれは思ったよ。模様が描いてあって、部屋でも飾れそう」
 アイリスを庭に植える家はよくあるが、室内で楽しめればまた見栄えも違うだろうと、話が弾んでいるのは真夢紀とフェルルとシータルの三人だ。木箱から、アイリスの苗をちょっと大きな鉢に植え替えているところ。
 鉢にシータルが土を入れて、真夢紀が木箱からそうっと苗を移し入れる。そこに土を被せて、所定の場所まで運ぶのはフェルルの担当だ。アイリスは傷を付けるとそこから腐ることもあるので、三人とも傷が付かないように注意しつつ、でもおしゃべりにも花が咲いていた。むっつり黙って作業をしても、あまりはかどらないものだ。
「芝桜もいいと思うんだけど、温室にはないのよね」
「それなら外に植えてあるって。でも咲くのは五月も末になってかららしくて、全然分からなかったけど」
 花といえば桜の一人だったフェルルだが、急には苗木も手に入らないので芝桜がお勧めだと思っていたら、すでにどこかにあるらしい。よくよく聞いてみると、隣の領地との境界線に領民が踏み込みにくいように植えてあるとか。だから芝桜は売っていない。
 たまたまそれを聞いたのはシータルだが、天儀と種蒔きも花の時期も違うジルベリアで、より早く春付け草の数々を育てる温室に興味津々。設計はともかく、どういうものが育てられるのかとか、そういうことが気になって仕方がない。ついでに咲いている花も。
 同様に真夢紀は午前に摘み取りを手伝った地元産の野菜や香草が気になっていて、報酬で買取まで考えていたが、花以外は領民の貴重な食料だと知って諦めていた。
「後でよく教えてもらって、姉様達に手紙を書くのです」
 温室のことは秘密でも、タハルの人々も小さい体でせっせと働く真夢紀の願いを無碍にすることはなかったが‥‥あっという間に同様の興味を持つ開拓者達が集まってきたのには、勉強熱心だと感心と驚きの半分ずつでいたようだ。
 この日は好天のままに暮れたが、翌朝霜の恐れがあると数名が領民に協力して温室外の焚き火に付き合うことになった。雪が降ったら男性は総出で見回りを交代するそうだが、そうはならずに一安心。

 翌日も天気はよかったが、なぜだか屋外に天幕の屋根と壁部分半分だけ張って、焚き火を始める事になった。
「あ、虫‥‥」
 空気を暖めた場所で日光を浴びせるべく、鉢植えを出す手伝いをしていた和奏が、葉っぱについた虫を眺めている。
「この時期に根性のある虫だな」
 でもせっかくの飛燕草だから食わせられないと、ひょいと琥龍が摘んで潰そうとしたら、和奏がちょっと哀しそうだ。妥協点で、虫は温室から離れた草の上に。
「この鉢は水がたっぷりだったか?」
「バジルだからたっぷりだよ〜。がお〜って」
 別の鉢には、リアとミリートが水をやっている。ミリートの説明は時々抽象的だが、態度でリアには通じているらしい。二人とも、香草は摘んで食べてみたい欲求がちらちら見えているが我慢我慢。
 と思っているのに、
「ちゃんと許可は取った」
「お料理を習うんだ」
「一本あれば、増やせると聞きました」
 からすとシータル、柚乃の三人がやってきて、ちょいちょいと摘んでいったので面白くない。後で食べに行くーと叫んだのはどちらだったか。一部の香草はからすのお茶になるのだが。
 この頃、すでに共有の竈がある一角では、未楡が主婦達と一緒に、何年もタハルに住んでいるような顔で料理をしていたりする。
「開拓者はあちこちに行くので、名前を広めるいい宣伝になりますから」
 言うことまで、地元の人のようだ。

 温室の中では、今日も種蒔きや植え付けが行われていた。
「芝桜が六月に見られるそうですよ」
「お前も暖かくなったら植え替えてもらえよ」
 先ほど実際にその丘陵を見てきたフェルルが、酒々井に手伝ってもらいつつ、鉢に芝桜の小さな苗を植えている。冬の間に枯れてしまった芝桜の代わりに植えてもらうためだが、一株くらいは一緒に植えたいというのもある。
 同様に。
「なんでこんな大きな鉢に植えるんだ? 後で移せばいいのに」
「移動が嫌いなんですよ。さ、ここに重ならないようにどうぞ」
 力仕事と機織から解放されたグリムバルドとアルーシュが、一際大きな長方形の鉢にひなげしの種を蒔いていた。種を渡されたグリムバルドは、戦うときよりよほど緊張しているようだ。蒔かれた種の上に、そっと土を撒くのはアルーシュが。
 雰囲気の違いで、この二組の周りからは人が遠ざかっていたが、反対にヘラルディアは同年齢の女性達に囲まれていた。
「人恋しいと言いましても、お仕えしたいということで‥‥」
「なんだか素敵ぃ」
 尊敬する相手に一生仕えたいと思うのは人恋しいというものなのかと、うっかり口を滑らせたヘラルディアは、同年齢女性達がそういう話が大好きだと思い知らされているところだ。咄嗟に目の合ったフェンリエッタに視線で助けを求めたのだが、ダリアの鉢を抱えたフェンリエッタも割って入る隙が見つけられない。
「‥‥あのぅ‥‥いえ、急がないです」
 声を掛けたら、今忙しいと断言されて、引き下がってしまっている。
 二人を助ける救いの手は、まだちょっと遠いようだ。

 ようやく仕事が終わって、もう疲れ果てましたよと態度で示す相棒の体を洗ってやっていた湯田は、仕上げにめひひひひんの体をわらで擦っていた。
「なんだ、おまえ達もか?」
 龍にもふらさま、ゴーレムも寄ってきたので、そちらも体を擦ってやる。もふらさまはわらで擦ると毛が絡む上、注文をつけるのでなかなか手強い。
 なんて思っていたところ、軽妙な音楽が聞こえてきた。

 事の始まりは、平野がこう叫んだことだ。
「おいらが植えた苗はおいらの子なりよ!」
 どう考えてもまだ本人が子供なのだが、農家の人々には共感できる言葉である。が、三味線を持ち出してきて、歌って祈るのだと続けた時には、流石にタハルの人々も反応に困ったらしい。豊作を願う歌とか、もちろんあるのだが‥‥そもそも平野が持ち出した三味線を初めて見る者の方が多い。何をするつもりかと思ったことだろう。
 だが、こういう突拍子もない事にすかさず乗っかる者もいる。
「まゆちゃんも踊るのだぁ」
「えっ、そうなんですか」
 豊作を願うのなら踊りも必要だと、平野が出したブレスレットベルを受け取った玄間が、音楽が始まらないうちから滑稽な振り付けで踊りだし、それに真夢紀を巻き込んでいる。
「なってねぇなっ、躍るってのはこういうもんだろ!」
 真夢紀が顔を引き攣らせている間にも、今度は喪越が割り込んだ。玄間と真夢紀の両手を取って、えいやと回し始めている。あら大変だと何人かが思ったあたりで、真夢紀も振り回されるのは駄目だと思ったのだろう。平野の三味線に合わせて、ちゃんと踊り始めた。なにしろ巫女、踊るのに臆することはない。
「ヤッラー! 天儀では畑で踊って、豊作を祈る地域があるのですよ」
 ジルベリアにもそんな習慣を持つ氏族もいるから、タハルの人々もなるほどとすんなり納得した。モハメドもリュートを出してきたのには、少し驚いたようだが、幸いに仕事の目処はついている。
 皆して踊りだすには、まだ少し仕事が残っていたけれど、どこのものだか混ざり合いすぎて不明な踊りと音楽を交代で眺めたり、しばし混じって踊るくらいの余裕はある。
 段々と人が増えてくるのは、仕事が順調に進んだ証だった。