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■オープニング本文 ジルベリアの一地方ハクーシには、それは険しい崖がある。 通称ハクーシの崖。 山裾以外に人が入らないような山にある崖なら、別に通称でも名前を呼ぶ必要はない。 この崖に名前が必要なのは、崖の上に細く険しいが、その向こう側にある村々との大切な交易路が存在するからだ。 馬車はおろか、馬も大きなものは通れない。大抵は人が背負うか、それとも荷物を満載した驢馬をひいて行き来する。 途中で天候が崩れて強風が吹けば、大切な荷物や驢馬、時には人が滑落して命を落とす危険な場所である。 そんな場所だから、冬は滅多に人の行き来もないのだが、稀少な薬を求めて危険な山越えを敢行した青年が、ある情報を持ってきたのだった。 「ハクーシの崖に、アヤカシがいる」 そのアヤカシは蛇のような姿をしている。挙げ句に、器用に崖を上下して移動し、青年も危うく食い殺されるところだった。 数は分からない。数え切れないほど、それこそ土も凍った崖の斜面を埋め尽くすほどにいたという。 助かったのは、アヤカシに遭遇した際、薬の代金の足しにと籠に入れて担いできた鶏をぶちまけ、アヤカシの群れはそちらに気を取られて移動したから。青年を追ってアヤカシが降りてくるのをふもとの町では警戒したが、幸いにそんなことはなく。 だが、アヤカシの脅威はいまだ取り除かれてはいないのだ。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ハクーシ峠の蛇アヤカシ退治にやってきた開拓者は九名だった。 「この場にいない人は、召喚状が喰われたのかしら?」 葛切 カズラ(ia0725)が呟いたが、そもそも開拓者ギルドでは召喚状なんてものは通常出していない。出していたとして、そんなものを食うのはヤギくらいだろう。 プレシア・ベルティーニ(ib3541)やルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)はちょっと心配そうだが、現地で人数が揃わないのはたまにあること。 「困っている人々を待たせるわけにもいかない。目撃者の話を聞いて、現地に向かおうじゃないか」 よって、ロック・J・グリフィス(ib0293)の言が容れられて、一行は依頼を出した村でアヤカシとハクーシの崖の情報収集に勤しむことにした。 「寒いですねぇ。ムロンちゃん、動けるかしら」 『天候もよく尋ねておくのじゃぞ』 自分のジライヤの心配をしているアルネイス(ia6104)の独り言を聞きつけて、人妖・鶴祇が竜哉(ia8037)に言っている。口調だけだと命じているようだが、 『横殴りの雪の中、なんぞは御免だし』 ルオウ(ia2445)の荷物に乗って担がれつつ、猫又・雪もぼやいている。カズラの人妖・初雪も強風に閉口しているし、プレシアの人妖・フレイヤもコートの中に潜り込んでいる。全然平気なのは、御陰 桜(ib0271)の忍犬・桃くらいだろう。ルゥミの甲龍・トントゥでさえも、風から顔を背けている。 アレーナ・オレアリス(ib0405)とロックはアーマーケースを軽々と背負って、だがいささか暗い表情で、これから登る崖沿いの道を見上げていた。 ハクーシの崖。 雪で白く染め上げられたそこは、無闇と不安感を掻き立てる不気味さを持っていたのだった。 さて、その頃。 ハクーシに現れなかった風鬼(ia5399)は、甲龍・乱雪と一緒にある峠に到着していた。 「ものの見事に誰もいやしませんなぁ。どういうことなんでしょ」 真っ白に染め上げられた峠に続く道に、滅茶苦茶顔色が悪い風鬼が立っていると、大変に験が悪そうだ。まあ見ている者もいないかと思いきや、峠を降りてきたらしい親子連れがぎょっとした顔で立ち止まっている。 「あれ? この辺ってアヤカシが出てるんじゃ?」 親子は警戒している様子だが、子供がアヤカシはしばらく出ていないと返してくれた。しばらく言葉のやり取りがあって、風鬼が聞いたのは。 「ハクーシ? そりゃ、もっとあっちの方角だよ。この道はゴッジ・ダッツージ峠から降りてきて、ゴーヘンカン村に繋がるが」 「そういや、崖なんか見えませんですな」 ようやく人間だと信じてくれた親子は、親切にハクーシ方面への行き方を教えてくれた。乱雪で飛んでいく風鬼には微妙に分かりにくい説明だが、大体の方角が分かればなんとかなる‥‥多分。 問題は。 「今から向かって間に合いますかなぁ」 この一点に尽きるだろう。 かたやハクーシの崖とアヤカシの情報を集めた一行は、強風に混じり始めた雪の中、二手に分かれて崖の中腹を目指していた。片方はもちろん、普通に道を登っていく。 もう片方のルオウとルゥミの二人は、崖の下にある林の中を進んでいた。二人の目的は、崖の下方からアヤカシを攻め立てることだ。ルゥミの場合、同伴出来る唯一の相棒・トントゥが崖沿いの道は歩けないのと、小柄な彼女自身が風に煽られて崖道から転げ落ちる危険性とを考慮して、下方から近付く方法を探しに行っている。少しでも風が弱くなれば、トントゥを飛ばしての攻撃も出来るだろう。砲術士ならではの攻撃である。 サムライのルオウはといえば、相棒・雪に先行してもらい、崖をよじ登るつもりでいた。仲間が崖の情報からアヤカシに攻撃を開始した場合、下に降りてきて依頼を出した町に雪崩れ込む危険性を心配した‥‥訳ではなく、何か彼なりの考えがあるのだろう。単純に道を進んだ先に、アヤカシがいてくれるとも限らないのだし。 「気を引き締めないとな‥‥一瞬の気の緩みに奴等はつけこんで来やがる‥‥」 『こんなところを登るなら、そりゃあうっかりしている場合ではないわね』 蛇のアヤカシはたいした大きさではないが、この天候だし注意しなくてはと前を進む人と猫又の会話に頷きつつ歩くルゥミは真剣だが、今回の依頼ではルオウ同様に『この場所、なんだか嫌』と印象が先に立っている者が何人かいた。アヤカシより地名が問題視されるのも不可思議なことだが、より注意深く事に当たれるのなら良いのだろうか。 「う〜ん、アヤカシの色が灰色だから、分かりにくいなぁ。あ、ここからまっすぐ上の岩の張り出しより右斜めの辺り」 崖が見渡せる位置で、鳥銃「遠雷」の照準眼鏡を覗いたルゥミが、ルオウにアヤカシの位置を知らせた。ざっと目視で四十メートルは上の辺りに、言われて注視すればもぞもぞと何かが蠢いている。 「あれだけいりゃあ、暴れ甲斐があるってもんだ。撃つ時は右の方から頼むぜ」 「群れの端から一メートルくらいを狙うからね。うっかり飛び込んでこないでね」 手早く相談をまとめて、ルゥミは手元が安定するように銃架「金輪」を据え始めた。自分の身長より三十センチも長い「遠雷」を振り回すよりは、据え付けた方が命中精度も上がるというものだ。 もちろん風が弱まれば、今は風除けに努めているトントゥで飛び出す予定だが、天候は悪化の様子はあっても改善する気配はない。 そんな中を、苦無を握ったルオウは、雪の指示に従って、険しい崖を登り始めていた。 崖沿いの道を登っている七人も、道行きはけして順調ではなかった。 先頭は本人の希望で竜哉が努め、アヤカシの姿がないかと目を配りつつ、細い道に降り積もる雪を踏み分けている。首に回るテンの毛皮マフラーのような姿は、鶴祇が変化したものだ。小さな人妖が風に飛ばされないための用心だが、こんな場所では人型より獣型の方が何かと動きやすいだろう。 二番目はアレーナだ。アーマーケースと一緒に背負ってきた手裏剣「鶴」と楔を、惜しげもなく岩肌に突き刺し、町で借りた金槌で打ち込みつつ足を運んでいた。楔も町からの提供品だ。 ここしばらく、アヤカシ目撃者の青年だけしか通っていない道は、ほとんど踏み固められていない。そもそも風もあってたいして積もっていないが、一行が踏み固めた道は帰りには凍り付いているだろう。アヤカシと対峙した際にも、少しでも体を支えるものがあるのは大切だ。 よって、三番目には桜が入り、打ち込まれた手裏剣や楔に縄を掛けていく。結び目はシノビらしく、簡単に結んだように見えても容易に解けないものだ。担いだ縄の束の反対端には、桃の首輪が結ばれていた。 時に、忍犬の桃でも足を取られそうな強風が襲ってくる中では、途中で立ち止まっても危ないだけで、桜も時折膝で桃の背中の雪を払ってやりつつ、黙々と作業をしながら登っていく。 『寒いのだ、こんな寒いところに来たくなかったのだ』 賑やかなのは、アルネイスのジライヤ・ムロンだ。一応言われた通りに、まるごとじらいや姿のアルネイスを抱えて桜の後をついていくが、今にも『帰る』と言い出しそう。先程ルゥミもまるごとじらいや姿でご機嫌だったが、その効果もそろそろ薄れてきたろうか。 『ちょっと、文句言わずに歩いてよ。前にいてくれないと、プレシアが飛ばされちゃうでしょ』 もう一人、賑やかに人妖・フレイヤが叫んでいる。前方に声を届かせようと思ったら叫ぶしかないのだが、アヤカシが寄ってくるとかは考えていないようだ。どうせその居場所に向かっているので、誰も咎めないが。 こちらはフレイヤを抱えて、五番目にはプレシアが歩いていた。もこもこ着込んで、風除けに狐の面まで着けているが、狐獣人らしい耳は寒さでぺたんと頭に張り付いている。それでも張られた縄を掴んでせっせと登っているが、風で吹き上げられると足が止まる。 たまにフレイヤも飛ばされそうだが抱えられる位置から動かないのと反対に、初雪は最初からカズラの防寒具の中に潜り込んでいた。その方が双方暖かいのと、単純に人肌好きなカズラの趣味もあるかもしれない。カズラは両手で縄を掴んで登っているから、抱えている場合ではないというのもあるだろう。 幸いにして、五番目、六番目が今のところ登るのに必死でも、最後尾のロックが周辺に目を配っているので、不意をつかれる心配はない。ロックも先頭で進みたかったのだが、唯一開けた中間点でアーマーが展開出来れば、すぐさま出すつもりの自分が先頭では、他の者が展開しにくいのと、目的地到着前に仲間が欠けては元も子もないので後方に。 話に聞いた通りなら、そろそろその中間点が見えてくると彼が思った時、ふわりと上から降ってきたものがあった。 『上から来た!』 叫んだのは初雪で、ロックはレイピアでばらばらと降ってきた蛇アヤカシを次々と刺し貫いている。長い割に、突き刺して数回振ると瘴気に返るから、一体ずつなら戦い易い敵だ。 だがそれが、うねうねしながら、どさどさ落ちてくる、よく見ると足元目掛けての崖斜面を登ってくる群れはあるで、本来なら悲鳴の一つくらい上がっても良さそうな光景が展開されているのだが‥‥ 「いやぁん、素敵っ。来て良かったーーーーっ!」 カズラの妙な嬌声に、度肝を抜かれたのか、悲鳴はなかった。驚いたフレイヤがムロンに突っ込んでしまったが、落ちたわけではないから大丈夫。 「ヤギが出るんじゃなかった? もちろんにょろにょろうねうねしてるほうがいいんだけどっ」 「ヤギじゃなくて、ハクーシ退治だよ‥‥」 「そうだよ。ハクーシってなんか怖いよね」 「皆さん、落ち着いて。ハクーシの崖の蛇アヤカシ退治ですよ」 カズラは普通なら気持ち悪いだろう光景で興奮して妙なことを口走り続けているが、桜やプレシアも地名とアヤカシがごっちゃになっていた。アレーナが冷静に突っ込んでいるが、ちゃんと皆の耳に入ったかどうか。 「間合いは取れているか? 俺は広場までの道を拓いて」 常よりややぞんざいに言い置いて、竜哉が鞭を前方に振るった。上下から押し寄せてくる蛇アヤカシは二度も叩けば消えるが、前方にも多数いるようだ。この勢いで各個分断されるのは御免だが、幅一メートルあるかないかの道で迎え撃っても効果的な攻撃は望めないし、接近戦が不得手なものもいる。広場を中心に展開し直そうとの意図を汲んで、アレーナも手裏剣を惜しみなく投げ続けて、前方への道を開いていたが。 風の合い間に、崖の裾から何か音が響いた。数秒後に、大分下の岩肌で硬い音が跳ねる。下方から崖を目指したルゥミの銃撃が始まったようだ。重なるように、下のほうで威勢のよい掛け声がする。 すると、アヤカシの群れがそちらの方向にざっと流れた。その様子に気付いて、桜がものは試しと崖肌に石を投げ付ければ、そちらの方向にも向かう。音か振動か、そうしたものに反応しているのだろう。 そうと分かれば、道を開く者より大きな音で、一旦アヤカシを引き付ける事も可能な事に気付いた者達が何かするより早く、今までで一番大きな声が響いた。 「ムロンちゃんっ、食べるのは止めてーっ!」 ジライヤ・ムロンがアルネイスを降ろして、彼女の近くのアヤカシを攻撃しているのだが、何度も叩くのは面倒だし、術を使うには他の者もすぐ近くにいるしで、数匹まとめてぎゅうぎゅう掴み上げ、何を思ったか噛み砕いているのだ。そりゃあ、アルネイスも悲鳴を上げようというもの。 『美味くない』 ぺっと吐かれた先にはプレシアがいて、フレイヤ共々瘴気の滓を向けられて、悲鳴を上げている。それから逃げようとして、アヤカシを手当たり次第に攻撃しているが、効率が悪い。 なお、この騒動でアヤカシが振動により反応するようだと察した桜は、手裏剣を前方の崖肌に次々投げ付けた。アレーナも倣って、進路からアヤカシを外していく。 「一旦突破だ!」 アーマー云々より、陣形を整えるのが先だとばかりにロックが皆を促して、七人はひとまず広場に駆け込んだ。 ロックがアーマー・X(クロスボーン)を出し、アレーナはアーマーケースを置いて刀を構え、桜が桃と一緒に背後にプレシア、カズラ、アルネイスの陰陽師三人を置いて、竜哉は広場より上に登る道に展開していた頃。 崖の下では、トントゥが突然前方に唸るのに身構えたルゥミの前には、雪が戻って来ていた。 「どうしたの? ルオウちゃんは?」 『いい足場があったから、そこに置いて来た。ところで』 アヤカシが振動に反応することにルオウ達も気付いた。ルゥミの銃撃はアヤカシに当たるとは限らないが、岩肌に当たればそこに敵がしばらくひきつけられる。人が多い道に集中するアヤカシを逸らすのに向いていると、雪はそれを知らせに来たのだ。 ちなみにこの頃のルオウは、 「ここなら咆哮を使っても、十分対応出来るぜ」 一メートル四方あるかないかの、単に角度が他より甘く、岩肌がすべらかで立ち易いという場所で、威勢が良すぎることを考えていた。 実行する寸前に、上の方でずんと大きな振動がするのだが。 アーマーが動けば相応の振動が起きるが、わざと強く踏み込めば、当然この蛇アヤカシは寄ってくる。 「やれやれ、吹雪の中、この足場では華麗な技の披露も叶わないな」 そんなことを言いつつ、すでに鋼剛雷衣を発動しているロックは、寄ってきたアヤカシを槍でざぁっと打ち払っていた。これなら一撃で瘴気に還り、取りこぼしは場を譲ってくれたアレーナが綺麗に切り払ってくれるだろう。彼が注意すべきは、味方を巻き込まないことだけだ。 特に、崖の縁で蝦蟇油炎弾を吐いているムロンや、果敢な噛み付き攻撃を続けている桃は動き回るので要注意。たまに触手がうねうねしたものが見えるが、こちらも当たらないようにしておいたほうがいいだろう。 Xが動く場所から外れて、竜哉は眼前を移動するアヤカシを次々と鞭で屠っていく。こちらを目指してこないので、攻撃もしやすい。幸いなことに、心配していた咬み付き攻撃は今のところなく、絡み付きが主な攻撃らしい。もちろんそれをされれば動作が阻害されて、アヤカシの群れの中に落ちる事になりかねないから、常に手が届く位置のつかめそうな岩は確認してある。 こちらも、たまに聞こえる奇声は無視。 そして、アーマーの傍らのアレーナは、そこに群がり寄るアヤカシを容赦なく切り刻んでいた。流石に機体に傷はつけないようにしているが、囮扱いだ。 同様のことは、プレシアと桜もやっている。フレイヤは『悪いんじゃない』と言っていたけれど、効率がいいので仕方ない。一見アーマーを攻撃しているようだが、他人がいるわけではないからいいだろう。アルネイスも、ムロンが近くに戻ってくると、それに参加。 なにしろ、一人で悦に入っている御仁がいて、そちらの方向を見るのは少しばかり怖いのだ。ものすごく攻撃しているのは、よく分かっちゃいるが。念のため、腰には桜が縄を結んで、楔の一つに繋いでおいたから、転げ落ちはしないだろう。ちなみにアルネイスとプレシアも同じく楔と繋がっている。違いは後者は自力で解けるようにしてあるが、前者は解けないように縛ってあること。 そうこうして、雪が降ったり止んだり、風の強さが瞬時に変わりして、一瞬視界がふさがれた隙に桃が首、アレーナが手首をアヤカシに締め上げられたりしたが、冷静に当たれば一匹ずつはあっという間に仕留められるから行動不能になることもない。 この頃には、無尽蔵に見えたアヤカシの群れも後僅かと見えたのだが、 「咆哮? あんな場所でなんてことっ」 届いた侍の技の叫びに、アレーナが身を乗り出した。その体を後ろから支えた桜が、目を細めて下を見やり‥‥ 「アヤカシが下に行こうとしたんじゃないかね? 縄を寄越しておくれっ!」 自分が降りるか、それともルオウを引き摺り上げるか。どちらがより危険が少ないかと忙しく頭を巡らせる桜に、アルネイスとプレシアが縄束を投げ掛けてきた。竜哉も異変に気付いて、崖下に投げられた縄に向かってくる。 と、ルオウのいる場所を大きく逸らして、襲撃が岩肌を抉る。続いてXの槍が大きく振られて、竜哉の移動で人がいなくなった場所を叩いた。 ざわりと動いていたアヤカシの群れが一旦止まり、それから。 「あら、大きいのは趣味じゃないわ」 「お姉さん、怖いよ〜」 「流石にあれは、ムロンちゃんでもちょっと‥‥」 どういう力の働き方か不明だが、うぞうぞと蛇型アヤカシが集合体になって、巨大な一体を組み上げた。その頭が向かうのは、自分より小さくなったアーマーXのいる場所。つまりは皆がいるところだ。 ただ、ルオウもただそれを見送ったわけではなく、五メートルはある腹の中ほどに殲刀「秋水清光」を突き立てて、そのまま乗り上がっていた。途中で桜が投げた縄に気付いて、そちらに飛びついたが、多分あちこち痣をこしらえたことだろう。それでも停滞なく道まで登り、そのまままた切りかかっていく。 竜哉とアレーナ、桜の手からは苦無と手裏剣が飛び、アルネイスの斬撃符、プレシアの霊魂砲が向かう。一つ当たるたびに、徐々に小さくなっていくようだが、あれだけいた蛇が一体化したのか、体は滑らかに一つに見える。 ロックが振るうXの槍がずぶりと蛇身に埋まり、そのまま切り下げていく中、先程からぶつぶつ何か呟いていたカズラの手から白狐が放たれた。 「決着」 一言あっさりと断言されたが、いきなり刺し貫いていた対象が消えて、危うく転がり落ちかけたルオウにロックは、誉め言葉以外の何かが言いたかったろう。幸い転がり落ちることもなかったので、付近にアヤカシが残っていないかを調べることが優先されたが。 竜哉がこんな大量発生には何か原因があるのではないかともっともなことを口にしたので、一行は時間が許す限り上まで登り、異変の痕跡がないかを調べたのだが、それらしいものは見当たらなかった。念のため、町の人々には注意して見てもらったほうがいいかもしれないが、今のところは安心だろう。 『怪我が少なくていいけど、早く言ってくれなきゃ』 一通りが終わってから治療を頼まれた鶴祇は不機嫌だったが、動けないような怪我人が出なかったことには安心したらしい。それは他の者も大抵同じだろう。 そうして、八人が麓に下りたときには、ルゥミが町の人々と大量のご馳走を作ってくれていたのだが、その豪勢さには理由があった。 「すいやせん、間違えてゴーヘンカン村に行きやして」 事が終わった頃にハクーシに到着した風鬼が、お詫びにと振る舞いの用意をしていたからだった。 でも、それを楽しむより先に『またなんか怖い気がする』と地名で鳥肌を立てている数名がいたようだ。 |