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■オープニング本文 少し前、領主が様々な義務を放置して自分の趣味に溺れたあまり、捕らわれてその地位を失ったシューヨーゲンという領地がある。 現在は件の領主の親戚筋で、まったく別の街に暮らしていたオリガという女性が領主の地位を継いでいた。地位継承まで貴族ではなく商人の家系の生まれで、当人は飲食店の経営者という肩書きを持っていたオリガだが、補佐役の役人もついていて、領主生活の始まりはそこそこ順調だ。 ところが。 「姐さん、姐さん、旦那が」 「ねーさーん、ねーさーんー」 「もう駄目だーっ!」 色々慌しい一年ももうすぐ終わり、領民と新年を祝って過ごそうかとのんびりしていたオリガのところに、以前の仕事仲間に当たる飲食店の店員やそこの舞台に立っていた踊り子達が十数名、ほとんど着の身着のままのここまでよく死ななかったと思う姿で駆け込んできた。 流石に何人かは凍傷が、二人ばかりが高熱を発したが、ジルベリアの冬に一日半歩き詰めで来たのなら、まだましな被害だろう。 そして、オリガの顔を見た途端に口々にあれこれ、取り留めなく訴えたのを、三時間掛かりでまとめてみたところ。 「店が、あの男の女房に乗っ取られた、と。経営方針の転換とか、そういう話じゃないんだね?」 「旦那はすっかりおかしくなって、いきなり怒鳴り散らしたり、一日ぼーっとしてたり、とにかく変なんだよ。それなのに、あの女はちやんとした医者にも見せないで。あいつが連れてくる医者は怪しいよ」 「それに旦那の子供だって言ってたのも、本当は違うみたいだし。前から通じてた男が、その医者らしいってさ」 「あれ、医者の兄貴の方じゃないの?ほら、どっかで農園をやってるっつー」 「どっちでもいいけどさ。あの兄弟が店に出入りし始めてから、旦那がおかしくなったのは確か。それに、恋鳥小屋と星砂亭も持ち主がいきなり倒れて、買い叩かれそうなんだ」 「あたらしい、まちの、だいかんも、きにいらないーっ、ひぃっく」 オリガは領主着任前に、十年間の結婚生活暦がある。経営していた飲食店の持ち主が相手だったが、あいにくと子供に恵まれずに過ごし、相手が浮気相手との間に子供を作っていたことが原因で離婚した。 それで心機一転、飲食店経営から領地経営に乗り換え、店の人々に惜しまれつつも、故郷の街を後にしてきたのだが‥‥その店の従業員の半数が街を飛び出して、オリガのところにやってきたというわけだ。残り半数も店を辞めると言い置いて、それぞれ実家に帰っているらしい。 原因は、オリガの後に店の持ち主と結婚した元愛人にある。 彼女が店の経営に関与するようになってから、まずは食料品への経費が削られた。手頃な値段の美味しい料理と、舞台の華やかだが色気過剰ではない踊りで、歓楽街ながら楽しく食事が出来る店だったのに、食事よりも酒に重点が移り、店の雰囲気も娼館やそれに類する酒場に傾きかけていた。 もちろん店員達は揃って抵抗したものの、旦那と呼ぶ店の持ち主の様子がおかしくなった辺りから、新規の客で不埒な振る舞いをする者が出てくる、給金は下げられる、何人かは辞めさせられると続き、とうとう全員で出奔という非常手段に訴えて、街まで飛び出してきた。 その前に、旦那を馴染みの医者に診てもらおうともしたし、同業者組合にも訴えたし、街を管理する代官にも相談した。だが、医者には当人が行きたがらずに現妻にばれて、首謀者が辞めさせられた。同業者組合は旦那と前後して幹部の半数が倒れてしまい、機能不全。 最後の頼みの綱だった代官は、その屋敷に店に来た不埒な客が出入りしていることが分かって、店員達は『何かとてつもないことが起きている』と考えたのだ。 「代官、変わったんだ?」 「それが旦那の医者とその兄貴と親しいらしくて。これは夢蝶屋敷の女の子が、医者から聞いた話」 「変わった直後に、酔芙蓉亭、あそこの大旦那が亡くなったのに、葬式に顔も出さないのっ」 夢蝶屋敷は高級娼館、酔芙蓉亭はシューヨーゲンも含む近郊領地を束ねる大貴族に季節ごとに菓子を納める、街一番の高級店かつ老舗である。恋鳥小屋は芝居小屋で、星砂亭は大食堂だ。 ちなみにオリガがいた店は、華やぎ亭。こちらも街で名前を挙げれば、ほとんどの人が知っている人気店だった。今はどうだか怪しいが。 街そのものは隊商の行き来が多く、彼らの扱う品を売り買いする商家も多数あり、歓楽街にも上品な店が並ぶ賑やかなところだ。当然動く金銭も莫大で、何代か前の代官が横領で斬首されたが、押収された財産が大変なものだったと語り伝えられている。 だが旦那の現妻はもとより店員と折り合いが悪い。他に病人が多発したとか、代官の印象が悪い程度で、全部が彼女も関わる陰謀だと騒ぐのは筋が通らないのだが、一人が持ち出してきた旦那の薬が決定打だった。 「細かい配合は分からないけど、これは麻薬ですよ。その所有者の方の症状も、麻薬で中毒を起こしている可能性が否定できません」 シューヨーゲンに最近移住してきた医者が、薬の中身を確かめて、そう証言したのだ。 また、他の病人の症状にも、毒草の中毒症状を疑わせるものが多いという。 「男に未練はないけど、店は今でも大事だし。なにより、その女に子供がいるのは確かでしょ」 「旦那の子供じゃないかも」 「誰が父親でも、亭主に薬盛ってるかも知れない女が母親でいいもんか。それに、あの街は主君の領内だし、誰かにちょっと詳しいところを探ってきてもらわなきゃ」 「じゃ、俺が戻って」 「顔が知れてるでしょ。大丈夫、そういうのが得意な帝国歌劇団を再編成してもらうから」 そうして、開拓者ギルドには『内密の潜入捜査』の依頼が届き、密かに人が集められたのだった。 |
■参加者一覧
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
ブリジット(ib0407)
20歳・女・騎
サブリナ・ナクア(ib0855)
25歳・女・巫
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●シューヨーゲンにて 「劇団名がないと、もぐりの娼婦と間違えられるよ。仮に帝国歌劇団にしておく?」 帝国歌劇団という仮の名前で集められた開拓者は、女性ばかり十人。中には依頼人のオリガと面識がある者も複数いたが、それでオリガのあけすけな物言いは変わらない。 「もぐりだったら、こんな派手なりしないって」 一般的な女性なら娼婦に間違えられると言われるのも嫌うだろうが、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は平然としたものだ。他も開拓者だけあって、多少の事では動じない。 その上、フダホロウでは高級娼館の夢蝶屋敷に行ってくるので紹介状をと言い出したが、ここへの紹介に書面はありえない。代わりにすんなり入れる方法を華やぎ亭の元店員から伝授してもらい、他の希望者がオリガから紹介状を貰い受けることになった。 劇団員や楽士として回る予定のシャンテ・ラインハルト(ib0069)、イリス(ib0247)、葉桜(ib3809)、ユリア・ヴァル(ia9996)、アレーナ・オレアリス(ib0405)には、興行のための推薦状を。酔芙蓉亭に向かうブリジット(ib0407)が受け取ったのは、オリガからの注文書だ。サブリナ・ナクア(ib0855)には、オリガと隣領・ミエイ領主の連名で、医師である旨証明する書面。 華やぎ亭には、もちろん紹介状は出ない。代わりにスワンレイク(ia5416)やフィーナ・ウェンカー(ib0389)を含む全員に、念のために近隣四領の領主連名で身分証明が書かれていた。もちろん簡単に使ってはくれるなよと繰り返し注意され、他の準備も整えた上で、彼女達は出発したのだった。 ●夢蝶屋敷 高級娼館だというだけあって、店構えもそこらの商店より立派な建物では、最初正面から訪ねていったヘスティアにあからさまな不審の目を向けた。 「芸妓のリンに手紙を届けてくれって頼まれて。華やぎ亭のラスクを訪ねたら辞めたそうだから直接」 だが華やぎ亭の元店員ラスクの伝授は完璧で、家族からの手紙ならと通してくれる。手紙だけ受け取らないのは返事を預けるのと、ヘスティアが心付けを出したからだ。 「あの男もどこに行ったのか。女衆の癇癪に付き合って、落ち着き先が決まるまでついてったのかねぇ」 ラスク当人とは会っていないことになっているが、女将の独白はヘスティアが聞いた事情とぴったりだ。流石にこういう店の女将だけあって、人を見る目は確からしい。 「賑やかな街だけど、いつもこんななのかい?」 「冬は長逗留が増えるからね。あんたのとこも、それを当て込んで来たんだろ?」 「そう言われたんだけどさ。俺はこの辺りには疎くてね」 事前にオリガに娼館に興行の挨拶は必要ないと言われている。よって所有者変更でごたごたしていて、今回は興行は打てないが下見と挨拶に来たと告げている。幸い女将は事情をとやかく言わなかったし、顔合わせしたリンもヘスティアの素性にはまったく疑問を挟まなかったが。 「あたしに一言も言わずにっ!」 娼館だが芸だけ売る歌い手のリンの、切々としているが執拗な愚痴に付き合わされる羽目になった。この日は宴席のお呼びがなかったので、延々と。 「街の様子を聞かせて貰えるかな?」 ヘスティアがそう言い出せたのは、軽く数時間経ってからだった。 ●華やぎ亭 今回の依頼の原因となった店、華やぎ亭にはスワンレイクとフィーナが向かった。ここに来る途中で一緒になった商人から、いい店だと聞いたというふれこみだ。 「この時期に女だけで挨拶周りに行けだなんて!美味しいものでも食べないとやってられないわ」 「あら、いい舞台ですのね。私達もこんな舞台で働ければありがたいのですけれど」 思っていたより広い店に舞台があり、全部の卓に客が座れば軽く五十人にはなるだろう華やぎ亭は、店内の装飾も名前通りに華やかだった。だが店員はどことなく不慣れだし、表情にも張りがない。料理も、オリガのところで振る舞われたものよりはいささか劣る。 だが文句なしに舞台は立派で、店員相手に愚痴を言ってみせるスワンレイクの横で、フィーナが品定めする視線は本気だった。挨拶回りや顔を広めるという表の目的に沿うなら、このくらいはして当然だが、オリガがいた頃の経営手腕を推測する気分もある。 華やぎ亭では、現在舞台での出し物は何も行われておらず、客には踊り子がよそに引き抜かれたような話をしているらしい。店員の一部は街の中の実家に戻っているわけだから、実際の事情も知れているのだろう、人の入りもよくない。せいぜいが半分というところ。 「舞台が活用されないなんて勿体無いこと。裏を見せていただけないかしら?」 「店長さんってどの人?こんな大きなお店だから、きっとやり手でしょ」 隣の卓の会話で事情を知ったような顔で、イリスが売り込みを掛ける。更にスワンレイクが、畳みかけた。実際には、二人とも店の所有者やその妻の顔も名前もオリガ達によく聞いてきたから、店の表に出てきていないのは分かっている。 案の定、今はいないから駄目だと断られ、日を改めてでもと複数の店員に頼んだりしてみたが、いずれも芳しくない。それでも所有者は病気で伏せりがちだとは聞き出して、食事代に少しばかり色を付けた額を支払って店を後にしたが‥‥その頃には、客は数組だけという寂しい状態だった。 ●酔芙蓉亭 街一番の老舗であれば敷居も高かろうと、オリガからの注文書を片手に身構えて向かったブリジットは、予想外に開放的な店構えに拍子抜けしていた。少し生活に余裕があれば買える値段の菓子も取り揃えているらしい。 「どうせ貴族になるなら、この町の代官って訳には行かなかったねぇ」 「前の方、急に変わられてしまったんですか?」 オリガの注文の菓子は三日前に予約が必要なものだから、もちろん受け渡しは三日後。だがオリガの使いのブリジットをそのまま帰すのは悪いと思ったか、単に新たに貴族になったオリガへの印象をよくしたいのか、若女将が手ずから茶を淹れてくれた。オリガの近況をひとしきり聞いて、小さいながらも領地を切り盛りしている様子を知ると、しみじみと呟いている。これはとばかりに、勢い込まぬように話題を振ったブリジットをしばらく眺めてから、 「前の方はね」 小さな声で話し出したが、それが二時間も語り始める前兆だとは、ブリジットも考えが及ばなかった。その分、色々語ってくれたのだが‥‥ ●恋鳥小屋 フダホロウの興行の元締めに型通りの挨拶をして、短期の個々人の活動先を探すのにも許可を貰った後、サブリナとアレーナは芝居小屋の恋鳥小屋に出向いていた。二人の芸人らしからぬ雰囲気に驚いていた小屋の人々も、 「医学は天儀で学んだものだけれどね。誰か怪我人でも出たのかい?」 サブリナが医者と聞いて態度が変わった。恋鳥小屋にも懇意の医者がいるのだが、持ち主の病気がなかなか改善せず弱り果てていたらしい。二人がオリガに言い含められた通りに、ミエイにしばらくいたと話したのが効果を上げている。 「アリョーシャ殿と会ったことは?」 「何度かお世話になっておりますわ。先日など、アヤカシの対処にご自身も前線に出られて。本来は後方で控えてよいお立場ですのにね」 街から近い薬草の大規模生産地だからか、老年に入った医者もミエイに詳しいらしい。サブリナはまったく縁がないが、アレーナは何度も依頼を受けて面識もあるし、近況にも通じている。水を向けられた話は一手に引き受け、切り札を出すまでもなく、そこそこの信用を得ることが出来ていた。 ついでに、芝居小屋の脚本家にアヤカシ退治の詳細を尋ねられて、他の小屋の面々も集めての情報交換となっている。その間に、サブリナは医者と一緒に所有者の家に向かっていた。 「他にも奇病に掛かった者がいると聞いたのだけれど」 「街の外にも聞こえておるか‥‥代官は、会合の料理に毒草が混じったのではないかと言うんだがなぁ」 恋鳥小屋の所有者も六十近い。変なものを食べてしまって弱るのは分かるが、それが長期間続くのは不自然だというのが医者の見立てだ。他に悪いところがあるのか、それとも‥‥わざわざ外から来たばかりの医者を見付けて、すぐに連れて行くのはよほど手詰まりになって重篤な状態かと、サブリナは最悪のことも考えたのだが。 その頃のアレーナは、まだ観客が入らない舞台が上が一番散らかっていないという理由で、小屋の人々と一緒に世間話に興じていた。 ●星砂亭 冬のジルベリアでは、防寒と傘代わりを兼ねた帽子は必需品だ。もちろん上着は分厚くて裾も長いものがよい。だから葉桜の耳も尻尾も外ではまったく目立たないが、店の中では帽子を取って挨拶するのが礼儀。一緒にイリスも星砂亭に仕事を求めに行ったのだが、葉桜の外見で『今まで街に来たことがない一座だ』と即認識された。 「毎年夏に泰国から猫の耳の人達が来るんですよ」 「じゃあ、街の皆さんも他所の国からの人にも慣れているのでしょうね」 最初は悪目立ちしないようにと警戒していた葉桜だが、星砂亭の店員達の態度だと他国人でも獣人でも慣れたものかと少し安堵する。 「客商売なら年に何度も見るから。裏道は女の人は危ないから入っちゃ駄目ですよ」 「この街は治安がいいって聞いていたのですが。最近、何かありましたの?」 あいにくと大衆食堂でみっちり卓と椅子が並んでいる星砂亭は、店員も数を揃えているし、吟遊詩人が入る余地もない。仕事で入るのは難しそうだから、多少でも情報を集めなくてはとイリスが身を乗り出した。新しく来た劇団が治安を気にするのは当然でもある。だが単純に人通りがなくて暗い裏道は危ない、それだけだ。 葉桜が心配していた華やぎ亭に来た不埒な客らしき姿もない。奇病の噂も、店員の口からは出てこない。出来れば華やぎ亭の評判も聞きたいが、イリスがなかなか会話の切っ掛けを掴めずに、仕事を探す話をしていたところ。 「華やぎ亭で探しているけど‥‥」 歯切れの悪い店員の言葉に、イリスと葉桜は目配せして、口を挟む機会を伺いだした。 ●商人ギルドの一角 街の商人ギルドの有力者に、口利きの依頼を兼ねて挨拶回りをする。新規参入の劇団で、売り込みに力を入れていると見せる方法にはよかったが、 「団長が来てくれないと。ま、こっちも店主は寝込んでるから、伝言になっちゃうけど。今はそういうところが多くて、ちょっと落ち着かないだろう」 向かったのがシャンテ一人だけでは、あまり効果が出ない。訪ねた一軒では、同じくらいの娘がいるという古株の店員が、こんな時期に旅をしてきたと境遇に同情して、親切にしてくれたが、他での対応はとりあえず用件を聞いてくれただけだ。 「病気の人が、多いのですか?」 見たところ、店の活気が失われているといった様子は伺えない。だが店員が言うには、この時期に商う品物の量が減少しているのだとか。それは店主の病気とは無関係に、代官が一時通行税を上げたために、届く荷の量が減ってしまったためだ。 だがシャンテ達が入る時にはそれほど高くもなかった。まさに『一時的』だったらしい。 「そんな時に、一人なんだか妙な病気が出て、うちの旦那まで奇病扱いで困ったもんだよ」 「病気は、大変です」 あまり表情が豊かではないシャンテだが、病気の話となれば自然と顔付きも深刻になる。それで驚かせたと思ったか、店員の話はたいしたことではないに終始してしまった。あまり突っ込んだ話は出来なかったが、その中には事前に耳にしていた店の名前が幾つか出てきている。 奇病に倒れたはずの商人ギルドの幹部達の店を一巡りして、ユリアは首を傾げていた。どこの店も極端に商売が滞っている様子もなく、客がいるところで内情が漏れるような話をしている者もいない。傾いてくるとそのあたりの規律が緩むものだが。 ただ途中で覗いた代官屋敷は警戒が厳しく、門も締め切りで、門番の兵士が五人もいた。せいぜい三人で用が足りる大きさで、当人達も真剣さが欠けている。とはいえ、顔付きや身なりからして、華やぎ亭の元店員達が言う不埒な客とは一線を画する、訓練された兵士だとは騎士の目で判断できる。 「ねぇ、その服ってここの兵隊さんでしょ?ちょっとお話いいかしら」 そういう兵士らが、夕刻に仕事を終えて、すぐ近くの食堂に入ったところで、ユリアは朗らかに声を掛けた。話の最初は歌劇団の興行で来たのに、所有者変更がごたごたして許可が貰えず、いい場所を取られてしまうのではないかと心配しているとかなんとか。 「偉い人の好みの題材なら、きっと贔屓にしてもらえるって仲間が言うのよね。代官さん、新しい人なんでしょ?」 「まだ一月だよ。でも歌劇ねぇ‥‥どうかなあ」 「しばらく目立つことは慎むんじゃないか?」 「あの偉ぶる医者も最近は静かだし」 好み云々以前に今は難しいかもといきなり返され、ユリアは当然『どうして?』と切り返している。 確かめたところ土地の人間だから、不埒な振る舞いには及んできそうもないが、念のために強い酒を頼んで酔い潰す準備も万端だ。 ●アレクセイとマイヤ 十人が手分けして調べた結果、華やぎ亭が街でもかなり危ないと噂されているのが判明した。もともとオリガと元夫のアレクセイが盛り立て、短期間で知られる名前にした店が、夫の不貞で夫婦は離婚して、オリガは貴族に出世と、下世話な話題になりやすかったのも影響している。その細かい経緯はブリジットが聞かされてきた。 だが、一番はその後のアレクセイの奇病が一番の原因だ。今でも度々錯乱して家から飛び出したりしていると、教えてくれたのはアレーナの発案で皆が一人ずつこっそり訪ねた華やぎ亭の元店員達だ。今でも代官と懇意だという医者が診ているが、現妻のマイヤも付ききりで看病しているらしい。 それでスワンレイクやフィーナ、後にイリスと葉桜まで訪れて確かめたように、店員が総入れ替えになった店はどうにも持ち直せずにずるずる傾いている最中なのだ。店員はなんとか掻き集めたものの、舞台に立つ人員は少しでも街に馴染みがある者は先約があるから集まらない。また落ち着いて探す状態にもない。 ただし代官の交代は急ではあったが、ユリアがヘスティアを援軍に、兵士達と何度か食事して聞きだした限りでも不審な事柄は存在しない。これについては、他からも同様の情報が確認出来ている。 「奇病の噂は、商人ギルドの幹部にも一時は錯乱が見られたんで、アレクセイと繋がって広まったらしいね」 サブリナが入手した情報は、シャンテが商店で聞かされたのと同じだ。ただアレクセイとは違って、幹部達も少しずつ回復してきているという。高齢の者が二人ほど、これを機に引退することになったが。 今、彼女達の手元にある問題は。 「何の変哲もないお酒に見えますが‥‥」 幹部の一人から預けられた酒の瓶だった。 |