作戦・歌姫
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/10 01:52



■オープニング本文

 ジェレゾから少しばかり離れたある村に、行商人のナタリアという女性が住んでいる。やはり行商人の夫と交互に仕事に出掛けているが、自宅には夫の両親と子供が二人、留守を守っているので安心だ。
 そんな彼女だが、流石に年末年始は自宅で家族勢揃いでゆっくりと過ごすことにしていた。この村では、年末から年始にかけては村人総出で宴会を行い、素人芸ながら歌や踊りを交代で披露するのがならわしだ。
 この宴会、一家に一人は芸達者がいないと、肩身が狭い思いをするくらいに、皆が楽しみにしているのである。
 そして今年。

『ね〜え』
「なあに、鳴。頼んでおいた荷物は届けてくれた?」
『行ってきたもふよ。あのね、お願いがあるもふなの』

 ナタリアの家には、もふらさまが二頭いる。一頭はナタリアが行商に出る時に荷物運びを担当する鳴。天儀の旅芸人一座で十年働き、その一座と共にジルベリアに渡ってきた後、色々あってナタリアに引き取られたおしゃべり好きの社交的なもふらさまだ。
 なんと特技に、旅芸人一座が得意としていた劇の宣伝口上を述べるというのがある。今となってはたいして役に立つものではないが、行った先々で子守が出来るので重宝されていた。
 ちなみに、この前歴のせいか芝居好きの役者好き。時々ジェレゾの演芸小屋に連れて行ってもらうのがなによりも楽しみという、変わったもふらさまでもある。
 その鳴が、ナタリアをきらきらした目で見上げて言うには。

『あたし、今年の宴会では歌を歌うもふ。舞台の上で歌って、拍手してもらうもふよ〜』
「‥‥いつもの踊りでいいじゃないの」
『いやもふ!今年は歌いたいもふね!』

 毎年、宴会の時には簡素な舞台が作られる。今まさに、村の男手が組み立てているところだ。
 鳴はいつもその上で、誰かの歌に合わせて体を揺する踊りを披露していたのだが‥‥今年は、何を思ったのか歌い手になりたいと言い出した。
 だが、しかし。

「って、鳴が言うんだけど」
「無理。絶対駄目。鳴の音痴は村中が知ってるだろう。何とか止めさせなきゃ」

 鳴は、ヴォトカの酔いも醒めるくらいの、とてつもない音痴なのだった。


 ところが、その翌日の早朝の開拓者ギルドの前では。

『開拓者の人もふね?うちの村の年越し宴会で、一緒に歌を歌ってほしいもふよ。あたし、舞台で主役になりたいもふ!』

 勝手に村を抜け出してきた鳴が、出会う端から開拓者に『一緒に舞台に立とう』と誘っていたのだった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
白仙(ib5691
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 聞いてみた。
「童謡なのに、終末観漂う何かにしか聞こえませんでした」
 何かってなんだろう。なんと野暮なことは、誰もレティシア(ib4475)に尋ねたりしなかった。
 ぽふぽふぽふぽふ‥‥
 態度と表情と拍手の音のすべてから気が抜けている和奏(ia8807)の態度も、誰一人咎めない。それよりは、『よく拍手出来るなぁ』と考えているだろう。琉宇(ib1119)など、まさにそんな顔付きだ。
「はぁあぁ〜」
 もちろん感嘆の溜息などではなく、苦痛の時間から解放された安堵の吐息は鈴木 透子(ia5664)。途中から、どこか遠くを見ている目だったが、なんとか目の前に視点が合ったらしい。
「なんとかしましょうね、なんとか、私達でなんとか」
 柚乃(ia0638)が隣にいた白仙(ib5691)の手を握り締めて、ひたすらに繰り返しているが、握られたほうは『無理かも?』と顔に書いてある。
 そんな光景が全然見えていないようで、
『どうもふ?大きい声が出てたもふね?』
 今回の依頼人であるもふらさまの鳴が、それはそれは自慢げなお顔でおぬかしあそばされていた。
 誰もが、『こんな攻撃的な音痴は聴いたことがない』と思っている。

 もふらさまが村の祭りの舞台で歌うので、一緒に歌って欲しい。
 そんなお願いに心を動かされたのは、何ももふらさま好きの柚乃だけではない。レティシアや琉宇は歌い手として興味を覚えたのは確かだ。他の三人が、執拗な鳴の『お願い』に半ば根負けしたとか、うっかり流されたとしても、集まった六人にやる気がなかったわけではない。
 祭りでもふらさまと一緒に歌を歌って年越しって、のんびりしていて楽しそうだし、皆で楽しくやるためならば、歌う時には真面目に頑張ろうと考えるような人が集まっている。それ以外で美味しいもの食べたいとか、土地の珍しい話が聞けるかもとか、色々思っていたとしても、まあ罪のない範囲だろう。
 だが、彼らが上機嫌に鼻歌を歌う鳴を先頭に村に行って、『これこれこんな事情で』と村人に説明したところ、相手はものの見事に絶句したのだ。しばらくして、気を取り直したように言った台詞が、村はずれで一度聞いてみたほうがいい、だった。『村はずれ』を強調されて不思議に思ったが、なるほど納得。
「鼻歌と、宣伝口上はお上手でしたよね。でもお歌はどうしてあれなんでしょう?」
「四本足全部突っ張って、力んで歌うから声が裏返るんだけど‥‥威嚇してるみたいだよねぇ」
 和奏が首を傾げ、琉宇が一目瞭然の点を上げて、ついでに自分の感想を追加した。
 そう、鳴の歌声を一言で説明するならば、
『キシャーーーーーーーっ!!!!!!!』
 裏声で攻撃的で大音量。あろうことか、顔までアヤカシ・ふらものように危険に見えるおまけ付きだ。まさにレティシアの言う『終末観漂う何か』な光景である。歌もひどいが、姿も見ちゃいられない。
 あまりのことに、柚乃はつれて来たもふらさまの八曜丸の背中にしがみ付いて、精神的衝撃からの回復を計っている模様。
 そんな状況には一切気付かない鳴の案内で飼い主のナタリアを訪ねた一行は、鳴の希望を説明して、ここでも絶句されてしまっていた。数年前に赤ん坊がひきつけを起こした件も聞かされたが、納得してしまう話だ。
 だがしかし、ここまでやる気の鳴に諦めさせるのは、どう見ても無理。それなら誘われてきた者として、最低限誰もひきつけを起こさないように、出来れば皆で楽しめるような演出を考えるべきだろう。勝手に舞台に上がって、全力で歌われたら後味が悪いことこの上ない。
「緊張して‥‥身構えるから、あんな‥‥声になる?」
「口上の声はいいのですから、あれを活かしたいですね」
 かなり真剣に考えていた様子の白仙の指摘には、吟遊詩人二人が深く頷いた。どちらも見習いの頃に覚えがあるのだろう、分からないでもないといった風情だ。まあ、レティシアと琉宇はあそこまでの奇声を放ったりしなかったろうが。
 だが、透子の指摘ももっともで、問題は鳴の無駄に激しく空回りする『歌うぞー!』との熱意だ。声はいい。発声も悪くない。口上を聞いた範囲では、発音と口の滑りも滑らかだ。鼻歌では音程もずれていない。踊りのつもりだろう足踏みも、そこそこ曲と合っていて、姿には愛嬌がある。
 ここまで条件が揃えば、最低限聞き苦しいことはないはずだが、全てを台無しにするのが、鳴の熱意。これをどうしようかと相談している間に、六人はなぜだか造花作りにも精を出していた。発案者は和奏である。
「鳴さんの出番が終わったら投げてもらえば、きっとご満足いただけると思うので」
 道端でとはいえ、『開拓者』として頼まれたのだから、依頼人が満足出来るように取り計らうべき。あと、祭りに参加して飲み食いさせてもらう分、皆が楽しめないと大変困る。もふもふ出来なかったら泣けてしまう。事情は色々あったりなかったりするが、六人は真剣に相談を重ね‥‥
『珍しいお歌の歌い方があるもふのね?それは素敵もふよ!』
 とにかく、宴会らしく皆が楽しめることを優先することにした。
 村の人々にも根回ししつつ、鳴には緊張しないように慣れた口上に近い節回しで歌うなり、歌いやすい新しい歌を覚えてもらう。後は六人が、盛り上げるべく働くのだ。
「宴会で盛り上がるって、難しいです」
 柚乃が深刻な様相だが、普通は何をしなくても開放感やお祝い気分で盛り上がるのだ。あまりの鳴の音痴の印象が強くて、村人も身構えてしまうだけのこと。
 そんなわけで、柚乃と透子、白仙が手分けして宴会準備に忙しい村人達に事情を説明して、温かい目で見てくれるようにお願いをして回る。もちろん鳴には内緒。ついでに、鳴の出番を最後にしてもらえば、それだけでかなり満足しそうなので、合わせてお願いした。最後は人気がある芸が出るとか、鳴はそういう事にはやはり詳しいのだ。
 ちなみに順番については、
「最後?ああいいかもね。最後なら皆出来あがってて、気にならないよ、きっと」
 こんな感じで快く譲ってくれたが、もちろん鳴には絶対秘密。
 それから、特に重要なのは。
「だからね、手拍子をして欲しいの」
「わ、私の‥‥尻尾は、叩かなくて‥‥いい」
「ほらほら、このベルを貸してあげるから、練習してみましょ?」
 村の子供達の説得と練習だ。開拓者が来たと珍しがって寄ってきた小さな子供達を皮切りに、家の手伝いの合い間に覗きに来る年長の子供にも、鳴の出番になったら手拍子や合いの手を入れてくれと頼んで、念を入れて練習もしてもらうのだ。
 年長の子は鳴が音痴だとよくよく承知していて嫌そうだが、開拓者の話を聞く機会は逃したくない。柚乃がたくさん持ってきたブレスレッド・ベルも珍しいし、白仙の姿もよく見たい。作戦が決まってからしゃっきりした透子が、子供相手のことで高圧的にならないようにしつつもてきぱきと話をした結果。
「これはね、こうやって鳴らすといい音が出るんですよ〜」
 元来人見知りの気がある柚乃と白仙が、子供達に囲まれてベルの鳴らし方を練習し始めた。二人を励ますように、八曜丸とナタリアの家のもう一頭のもふらさまが音に合わせて踊っている。
「皆で舞台に上がれば、見ているほうはより楽しいかしら‥‥?」
 全体に目を配っていた透子の頭の中に、何か浮かんできたようだ。

 その頃、当の鳴を教育している琉宇とレティシアは。
「いいですか、今のあなたは歌姫です。歌も踊りも演技も出来る、もふらさまの歌姫。その名前に恥じないように、今の歌をもう一度です!」
『わかったもふね。歌姫への道は厳しいもふのよ』
「え〜、そんなに力んだら駄目なんだってばぁ」
 予想外に発声がちゃんと出来て、ついでに音階もすんなりこなした鳴の才能に、レティシアの歌い手魂が燃え盛っていた。力むと相変わらず『キシャー!』なので、琉宇がまあまあと取り成すのだが、一人と一体の耳には入っていない。
「力を入れてはいけません。お好きな役者さんに撫でてもらう時のもふもふした気持ちを思い出して、感情豊かに歌い上げてください!」
『難しいもふよ、力を抜いて歌うもふのね?』
 集中し過ぎてレティシアが暴走気味だが、多分に鳴の気合の入った語りに影響された部分が多いようだ。練習に熱心なのは素晴らしいが、琉宇は『もふもふした気持ちってなんだろう?』と思っていたりする。
 まあ、鳴に歌というか曲に合わせて語らせるのによさそうな芝居口上を聞いているうちに、うっかりとその内容を書き留めておくのに夢中になった琉宇が、このノリに乗り遅れてしまったのは仕方ない。レティシアと鳴は、はるか彼方に行ってしまっている。
 それにしたって、ものすごい集中力だなと感心しながら、もちろん琉宇も段々歌らしくなってきた口上に曲を合わせるのには余念がない。鳴に新しい曲をと考えたが、あまり物覚えがよろしくない鳴に一から歌詞を教えるのはお互いに大変だから、鳴のお気に入りの口上にレティシアが即興で曲をつけた。琉宇は更にそれに合わせて、自分の楽器の演奏部分を作っているところだ。大体作ってあれば、後は即興でもなんとかするのが吟遊詩人だから、この点はあまり慌てないが。
「あのねー、そこはもう少しゆっくりの方が、後が盛り上がるんじゃない?」
『そうもふか?盛り上がる手前から、早い方がよくないもふね?』
 たまに二人と一体で頭を寄せ合って、歌詞の速度や曲の調子を相談して、最初に比べたら『キシャー!』でなくなってきた歌の練習を続けている。

 他の五人が、歌や演奏、手拍子の練習をしている間。
「ごめんなさいねぇ、うちの鳴がわがままばっかり言って。後で遠慮なく食べて行ってちょうだい」
「ありがとうございます。年越しに混ぜていただけるなんて嬉しいです」
 鳴から『舞台衣装が欲しい』というご意見を賜った和奏が、ナタリアに分けてもらったリボンに、造花を縫い付けている。先程皆で作った造花は色紙だったが、こちらは布製。もちろん和奏が一人でせっせと余り布を切って、縫い合わせて、綺麗に丸みまで付けてから、彩り華やかに縫い止めている。
 別に針仕事が好きなわけでも、得意なのでもないが、やろうと思えば出来てしまう和奏はある意味雑用係だが‥‥外の納屋とか、風除けして焚き火のある舞台近くではなく、屋内の暖炉の前で働いているので、そこは役得かもしれない。
 宴会が始まる前には、鳴と調子が合ってきて楽しくなってきた琉宇とレティシアと、子供達と馴染んで大抵の歌や芸には合いの手が入れられそうな勢いの白仙と柚乃と透子とが、すっかり顔を上気させていたのだった。
 そして。
「これ、鳴だけ?」
 和奏が作ったリボンに文句を言った者がいたのだが、鳴用ほど華やかではないが人数分あったので、喧嘩はしないで済んだのである。
『おめぇだけ派手じゃねえかっ』
『主役なんだから当たり前もふよ〜』
 もふらさま同士でもめてはいたが、まあそれはそれ。

 宴会は。
「お客さん達も飲んで飲んで」
「子供の面倒みてもらって助かっちゃったよ」
 元々見知ったものばかりの村の祭りだから、開拓者が来たと六人とも酒や料理を勧められ、話かけられ、話をねだられ、また酒を勧められと忙しかった。もふらさま達にもご馳走が振る舞われて、三頭でもふもふ言いながら食べている。後で舞台に上がることなど忘れたような食べっぷりに、レティシアが一言注意しておいたほうが‥‥なんて思ったのだが、周りの人々が構ってくるのでそれどころではなく。吟遊詩人が宴会でもてるのは当然で、琉宇と一緒にあれこれ歌や演奏を披露するのに忙しい。
 主に開拓者らしい話を披露するのは和奏だが、こちらはメリハリつけて語るなんて細かい芸は持ち合わせていない。それでも物珍しい異国の話などをねだられて、丁寧に説明していた。穏やかな話しっぷりが、落ち着いて飲食を楽しみたいという人々に受けがよいようだ。
 透子と柚乃と白仙の三人は、この期に及んでも子供達に囲まれている。最初は大人の中にいたのだが、この村の宴会では強い酒が次々出てきて、男女問わずそれを飲む。付き合うのも大変で、自然と子供達の中に紛れていたのだ。この後、大役が待っているのだから、酔っ払っている場合ではない。転んだりしたら恥ずかしいし。
 しばらくすると、村人が入れ替わり立ち代わりで舞台に立ち始めた。吟遊詩人二人が見たら素人芸の域を出ないだが、
「ああやって堂々としているのは立派ですよねぇ」
「それだけで、見栄えと声の張りが違うしね」
 楽しそう、かつ緊張しすぎていないのはなによりだ。歌や踊りになると、子供も一緒になって歌い踊っている。踊りはもふらさま達も一緒。場合によっては、村人もお客も関係なく、皆で踊りだす。
 そんなことをしているうちに、宴会も終わりが近くなって、鳴の出番がやってきた。柚乃や白仙が緊張に手を握り締めたのだが、
「あ〜、時間が立つのは早いですねぇ」
 和奏がぱちぱちと緊張感なく拍手を始め、透子に衣装を着せてもらった鳴がご機嫌に舞台に上がる。舞台の下では、ブレスレッド・ベルを手にした子供達が、すでに勝手に鳴らして楽しんでいた。和奏に渡された花を投げている大人もいる。
 段取りが全然違っているが、鳴が平気そうなので琉宇やレティシアは気にしない。透子はせっせと柚乃と白仙、八曜丸達まで舞台に押し上げ、なにやらすっきりした表情だ。当人は先程式神人形で丸太割を披露した後だからか、さりげなく下に座った。
『もふらの歌姫の成長物語もふよ〜』
 鳴が高らかに宣言して、大半が酔っ払った人々が大らかに拍手して、吟遊詩人二人の素敵な演奏が始まる。
『天儀のある旅芸人一座に、歌姫になりたいもふらがいました』
 早口の歌詞と言うより語りに合わせて、白仙と琉宇が一座の踊り手らしく踊っている。八曜丸達もくるくると。
 語りが続いて、いい感じに鳴が調子付いてきて、一節だけ真面目に歌を歌うところがあるのだが、

♪〜坂で転がる もっふもふ 大きなおなかで 鳥より速く

 鳴は鼻高々だが、一緒に転がる真似をする二人はちょっと恥ずかしい。音程が外れて、演奏する二人も忙しい。拍手している人々だけは、楽しげに造花を舞台に投げていた。
 話を聞いた当初は困惑仕切りだった村人も、面白がって、手拍子を合わせている。そうして、鳴の出番は平和のうちに終了したのだった。
 それからは、演奏なしで皆で知っている歌を歌いつつ輪になって踊りだし、その真ん中で鳴も楽しそうに歌って、足踏みを繰り返していた。
 相変わらず音程はびしばし外れるが、一日楽しく練習し、拍手も存分に貰った成果か、あの『キシャー!』はほぼ卒業したらしい。
 もうすぐ、新しい年が来て、また楽しく歌い踊るもふらさま達の姿が、また見られそうだ。