【神乱】傷病者救護
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/24 01:51



■オープニング本文

 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。
 しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。


 こうした中枢の動きとはまったく別のところで、とある男が悩んでいた。
「なあ、アリョーシャ」
『なんでもふ、アリョーシャ』
 男の名前はアリョーシャ・クッシュ。どこからどう見ても野良着でしかないものを着て、肘につぎが当たった毛織の上着を羽織っているが、これでも貴族の当主である。領地は村が二つ。領民は大雑把に数えて三百人。冬季は三十人から百人ほど増加することがある。
 はっきりきっぱりと中央での出世が望める家柄でもなければ、文武の才能もたいしてない。だがアリョーシャは農耕技術、その中でも香草と薬草類の栽培に長けていた。先代が健在の頃は、皇帝陛下の軍に医療官として従軍していたこともある。
 そんな彼の領地は、領内ほぼ全域で薬草や香草栽培をし、その加工をするところまで行っている。大量栽培と加工とで良質の薬や化粧品などを生み出し、領地経営は順調だ。領民もけっこう豊かに暮らしている。
 ついでに反乱が起きた南部の所領でもないので、ジェレゾから要請があった薬品類を送り出した現在、たいして心配することなどあろうはずはないのだが‥‥
「アリョーシャは、届け物には行ってくれないかい?」
『おことわりもふ、アリョーシャがいけばいいもふ』
 南方に領地を構える古くからの友人から、緊急の手紙が届いたのが、事の発端だ。

 友人の領地はそれこそ反乱軍と帝国軍が睨み合う地域にある。境界線より少しは離れているが、決して安穏と構えてはいられない地域だ。現在は、前線から送り返されてくる従軍傷病者と近郊地域の避難民のうちのやはり傷病者を受け入れているらしい。アリョーシャの友人も医者なので、そういう役回りなのだろう。
 当然現地でも薬草の栽培をしていて、備蓄などは他に比べればあっただろうが、流石に心許なくなってきた。なにより傷病者の看護で働き詰めの人々を休養させたいので、物資と人手を少しばかり融通して欲しいと、そういう依頼だった。
 いつもの冬場なら、移動が大変で長逗留を決め込む旅芸人や吟遊詩人に流れの魔術師、職人、傭兵などが領地にはいて、彼らに頼めばだいたいのことは引き受けてくれるのだが、この冬はなぜだかほとんどいない。やはり反乱の報を聞いて、そちらに稼ぎ口を求めて行ってしまっているものらしい。
 働き盛りの領民は、ジェレゾから南部に向かう援軍に物資を届けに出払っていて、これまたいない。
 よって、品物はあるが人手が無くてどうしようもない状態なのだ。流石に領地に老人と女性と子供だけを残して、アリョーシャまでが留守にすることは出来ない相談である。
『ひとをたのめばいいもふ』
「道中アヤカシが出るかもしれないところに行くのに、誰を頼んだものだろうねぇ」
『アリョーシャはしらんもふ。アリョーシャがかんがえるもふ』
 思わず、飼っているもふらさまのアリョーシャ相手に困ったと零していたアリョーシャが、しばらく後に頼ることにしたのは開拓者ギルドだった。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
栄神 望霄(ia0609
16歳・男・巫
暁 露蝶(ia1020
15歳・女・泰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
金寺 緋色(ia8890
13歳・女・巫
汐見橋千里(ia9650
26歳・男・陰
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
星宮 綾葉(ib0336
21歳・女・巫
篁 光夜(ib0370
26歳・男・泰
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 依頼人のアリョーシャの元に荷物を受け取りに行った際に、金寺 緋色(ia8890)と汐見橋千里(ia9650)は薬草の内容を尋ねていた。どちらもかなり薬草の知識があるので、届けた先でもすぐに役立てるようにとの気配りだろう。
「細かく仕分けされているな」
「薬箪笥はこちらにもありましたか」
 細かい引き出しが多数ついた小さな箪笥に観音開きの蓋がついていて、鍵まで掛けられるのが二つと、もっと大きな箱に詰められた荷物が八個。こちらの箱の中身は、袋分けだ。
 緋色と千里が引き出しや袋ごとに書かれた名前を見ると、引き出しは劇薬、袋は巷にも出回る薬草類だった。箱は馬一頭で引く荷車に食料と一緒に載っている。
 何十人分になるだろう薬を見て、気が引き締まる思いがしたのは緋色と千里ばかりではない。

 戦闘地域に近付くとアヤカシの被害が多いと言われるが、一行は出くわすことなく目的地に到着した。アリョーシャからの手紙で、すぐに領主レフとの面会が叶ったが、
「あんたが最初に寝るべきじゃないか?」
 巴 渓(ia1334)が思わず口にしたように、千里や緋色が内臓が悪いんじゃないかと疑うような顔色で壮年男性が出てきた。
「一昨日運ばれてきた怪我人が、なかなか安定しなくてね」
 つききりで容態を診ていたら、寝不足が極まったらしい。まだ予断を許さない患者がいると聞いて、ラヴィ(ia9738)が巫女の能力の提供を申し出た。さっと続いたのが星宮 綾葉(ib0336)と白 桜香(ib0392)、野乃宮・涼霞(ia0176)の三人だが、他の巫女とて否やはない。陰陽師の千里も同様だ。
 だがレフも巫女や陰陽師を見るのも初めてで、申し出にも最初は怪訝そうな顔をしていた。それを栄神 望霄(ia0609)が端的に『こんな能力』と説明して、
「信じられなかったら、物は試しで実行させてくれ!」
 と言い切った。
 それでも考え込んでいる様子に、言葉を変えて説明が必要かと暁 露蝶(ia1020)が相手に伝わりやすい言葉は何かと考えていたが、レフの思案は別のところにあったらしい。
「君らのその力だと、何人をどのくらい回復させられる?」
 騎士の能力も無制限ではないから、一行も同様だと気付いて、すでに割り振りを検討していた。町で預かっている負傷者がおおよそ百人。その中に生命が危ぶまれる者が七人、今は安定しているが急変しないとも限らない者が六人。他にも身動きがままならない者から軽傷者までいる。
 まずは危うい状態の十三人に対処すると決めて、皆は動き出した。
「その場で使うものがあれば、俺が運ぶ」
 レフが届いた荷の中から、薬箪笥を引っ張り出したのを見て、篁 光夜(ib0370)が愛想のない声で申し出た。巴や露蝶も、駆けつけて来た薬師の指示にあわせて、荷物を次々と下ろしていく。

 治療する相手の大半が一般人で、巫女と陰陽師の治癒能力で完治までいかなくとも、傷の具合は大幅に改善した。二人ばかり志体持ちがいたが、その傷は涼霞のおかげで完治している。
 それで一安心かと思えば、なかなかそうではなくて。
「なんかすごい薬があるんでしょ?」
 どういう誤解をされたのか、自分も一気に治して欲しいと尋ねてくる者が後を絶たない。だが実際に傷病者の中に入ってみれば、逃げてくる途中の心労で胃が痛い、神経痛が悪化した、風邪をこじらせたなんて人も多かった。こういうのは治癒の能力で対処できないし、後から重傷者が運ばれて来る可能性にも備えてくれとレフに言われれば、出来ないのだと返事をするしかなくて‥‥そもそも気の優しい人々には、心痛だ。
「数が限られているし、心臓に負担を掛けるから、今回は使えないよ。代わりと言ってはなんだが、食料も届いたからね。うまいものを食べて元気を出しておくれ」
 ものすごくすまなそうに謝っている巫女が多い中、一眠りして元気を取り戻したレフは堂々としていた。それで全員が納得したわけではないが、届いた薬で症状が改善した者も多いから、ちょっと不満そうな顔をされるくらいで済んでいた。
「全力を尽くしていないようで、あまりいい気分ではありませんわ」
 それで看護に専念出来るようになったが、涼霞がレフに少しばかりきつい物言いで吐露したのは、ラヴィや桜香も考えていたこと。多少恨みがましい目になったかもしれない。レフは『手伝いが倒れては意味がない』と平然としたものだ。
「戦をしなくてはならない理由なんてありませんのに」
「確かに、今回の反乱は無意味だな。だがそれを言ったところで、怪我人は治らないよ」
 あんまりあっさりと返されて、ラヴィも涼霞も驚いたが、まあ確かに言っても状況がすぐに改善するわけではない。まずは体を動かして、怪我や病気に困っている人々を助けるのが先だ。
「怪我でじっとしていると、手足が萎えますから、そうならないように何かするのはよろしいですか?」
 それでも何かしたいのが人情で、桜香がお手玉なら気も紛れていいと思うと言い出した。これまたジルベリアには馴染みのない遊びだが、『無理しない程度に』と苦笑された。

 その頃。
「普段からこんなところで洗濯してるのかな?」
 栄神が川辺で唇を蒼くしながら、傍らの露蝶に尋ねている。
「色々汚れているから、流水で洗うことにしてるみたいね」
 流石にこれが習慣だとは露蝶も栄神も思わなかったが、今まで誰がこれをしていたのかと感心しきり。まだ氷が残る川に大きな籠を入れて、中にさっきまで使っていた包帯を入れて、ざぶざぶと棒で突いて洗うのだ。もちろん最後は手で持ってぎゅうっと絞る。大物の敷布などは、二人で左右を持って、掛け声と共に力を入れる。
 日当たりはすごくいい、でも氷が浮かんでいる川だ。直接水に入らなくても、芯から凍えてきた。でも、それからしばらくして、二人が町の井戸の近くに戻った時には歯の根が合わなくなっている。
「なんだぁ? 寒いんなら、俺と変わってくれよ。背中でも炙ってな」
 井戸の近くの小屋では、対照的に巴が延々とかまどの番で、汗だくになっていた。ここでは川で洗った包帯が、今度は煮立てられ、それからぬるま湯と石鹸で洗われる。普通の衣類も近くで洗濯されているし、怪我人の体を洗うお湯も沸かしている。何時間も火の番をしていたら、干からびる気分だろう。
 けれども巴はじゃあ洗濯をと誘われたのは、きっぱり『得意じゃねえ』と断言し、水汲みと洗濯物干しを買ってでた。看護や料理は人手があるし、力仕事が自分の役割と決めているようだ。そのうちに、重い洗濯物を運ぶのに専念し始め、干すのは家族が怪我や病気で町に足止めされて手持ち無沙汰の子供達に手伝わせていた。
 栄神と露蝶は、今度はぬるま湯で洗濯をしている。
「「「ああ、楽になった」」」
 思わずそう呟いているのは、三人とも一緒だった。

 看護は重篤な者がいなくなったので、患者も看護人も最初に見た時より顔付きが柔和になっていた。幾ら病室に別にしていても、医者や看護人が慌しく行き来していれば、気が休まらなかったろう。
 それに十人増えて、忙しかった人々も交代で休みを取ったら、今までなかなか出来なかったことにも手が回るようになってくる。
 そうした中で、綾葉が笑顔を振りまいて、乾いた洗濯物を配って歩いていた。男性の怪我人相手だが、着替えの手伝いは必要がない人達だから、まさに配るだけだ。それでも若い女性の笑顔は効果抜群で、なにやら嬉しそうに受け取る者が多いが、中にはすれたのもいて。
「手が滑ったか? 調子が悪いなら、医者のところまで背負って行ってやる」
 綾葉の体に触ろうとして、光夜にがっちりと手首を掴まれた。痛くないのに動かないという絶妙な押さえ加減が、かえって怖い。ついでに目付きも。言われたのは結構な大男だったが、光夜も体格では負けていない。
「いやぁねぇ、心配性なんだから。さあさ、余計なことは考えずに療養してくださいな」
 光夜へと他の人への口調があからさまに違うのに恨みがましい視線が光夜に向かったりもするが、当人はそ知らぬ振りだ。このくらい元気なら、ここの連中はたいして心配せずともよかろうと考えていたりする。
 いざとなったら綾葉の手料理を食べさせようかと一瞬考えたことを、綾葉が知ったら‥‥最初に光夜の口に手料理を押し込んだことだろう。なにしろ最初に台所に行こうとした彼女を止めたのは光夜自身である。

 綾葉が立ち入り禁止の台所では、ラヴィと桜香が料理に加わっていた。露蝶の泰国風の乗せる具が多い粥とは別に、桜香は卵粥を作っている。台所で病人食を見てびっくり、かなり濃いスープで麦を煮たり、パンを煮崩したり。脂っこくないかしらと心配したが、ジルベリアの人はそういうのが好きなのかもと、まずはラヴィに味見をしてもらう。
「さっぱりとした、天儀の味ですわね。ご年配の方がお好きそうですわ」
 実際、胃が弱った人や年配者と食が細くなっていた子供達に評判が良く、こちらでは結構貴重な米を使わせてもらった甲斐があるというもの。ただし、作り方をレフの夫人が習いに来てしまい、本当はジルベリアや泰の料理を習いたい桜香は内心大弱りだ。
 かたや具沢山のスープで、食べることに問題がない人達向けの料理をしていたラヴィは、小まめにあちらこちら見回って、食事が皆に行き届いているかを確かめていた。いつでも温かい物が食べられるように、台所に目配りするのも忘れない。ひたすら火にかけていたら、スープは煮詰まって美味しさが逃げてしまうし。
 季節柄、料理は材料が限られていたが、ご馳走を作るわけでなし、一部を除いて他の人達も入れ替わり立ち代りで台所に立ち、それぞれの出身地の料理などを披露し、教えあって、色々と作ったりしていた。
「野菜の味まで違いましたわ‥‥奥が深いです」
 桜香のある日の呟きは、皆が頷く至言だった。

野菜の味も違えば、薬草の使い方も異なる。当然手当ての仕方にも違いが出る。開拓者達は自分達が手を出していいところを先に確かめ、本格的な治療は元からいる医師達に任せていたが、許可を得て独自の方法を持ち込むこともあった。
「この調合は面白いねぇ」
「そこに書き付けておいた。後で化膿止めの軟膏の調合を教えてくれ」
 その中で千里が淹れた薬草と香草の調合茶は、風邪予防や内臓を温めるものなど色々あって、少しばかり余裕が出来たレフの薬と調合方法を交換している。傍らでは、緋色が別の薬の調合を試しているが、薬草の種類が天儀と少しばかり異なるので効能がきちんと出るかは不明。これから三人でくじを引いて、負けた者が飲んで様子を確かめることにしている。
「そこまでしなくともよいと思いますが‥‥」
「ラヴィ殿が夜に見回ったら、うなされている方がいらっしゃるそうですし。お薬は色々あるに越したことはありません」
 場所が医師や看護人の休憩場所だから、後から来た涼霞も話を聞いて、少しばかり呆れている。幾ら予断を許さぬ患者がいないとはいえ、慌てて新しい薬を試さなくてもいいと思うのだが、薬師の仕事もしている緋色や千里はこの機を逃してなるものかと言わんばかり。実際レフはそう言ったし。
 今回は眠り薬だが、患者の体質や傷病の程度、また同じ薬ばかり服用するのを避けるためにも種類はたくさんあったほうがいいのだと意見の一致を見た三人は、誰が服用するかとくじ引きを始めようとした。ところが千里が不意に立候補したので、彼が服用することに。領主のレフに何かあっても困るし、緋色が昏倒したら男性ばかりの医師で対応するのもどうかと気付いたようだ。実際のところは、効果が出るまでは少し時間が掛かるが、役に立つ眠り薬でよかったのだが。
 その効果を計っている間に四方山話をしていた一行は、経過が良い患者も多いので、今度は気晴らしもさせようという話題になっていた。桜香の教えたお手玉は、傷病者の家族で時間がある者達が作っているし、栄神がどこからか花を摘んできて飾ったのも好評だ。開拓者であれば、天儀の話をせがまれることも多い。要するに、患者も暇だし、気を紛らわせるものを求めているのだ。
 そうして。
 格別準備もないし、そんな時間も勿体無い、ついでに場所をえり好みする者もいなかったので、天気がよい昼下がりにその『気晴らし』は行われた。
 光夜に巴、千里などは動かしても支障がない患者を担いで来て、綾葉と緋色、ラヴィは足元が少し危ない患者に手を貸していた。
残る四人のうち、露蝶は『お願いだから最初に』と繰り返し、桜香は横笛の手入れをし、涼霞は栄神に髪を結い上げられている。栄神の視線は、露蝶と桜香にも厳しい。
「俺がいるからには、普段の格好でなんか躍らせないよ」
 美しいものはより美しくと、頼まれもしないのに涼霞の髪を綺麗に結い上げた栄神は、一部の隙もない派手ななりだ。巫女舞の涼霞や、泰国の良家の子女の習い事の露蝶と違い、見るからに芸で生計を立てている者の風情。演奏者が一人しかいない桜香は忙しい。
 なにより日が暮れてきたら寒くなるから、急がなくては。

 日が暮れてからは、どこかからジルベリアの子守唄が響いてきた。異国の舞いに興奮しきった子供達も、そろそろ疲れて眠り込んできたろうか。中には、まだ誰かを捕まえて、話をねだっている子もいるかもしれない。
「ジルベリアの踊りも見る機会があるといいわね」
 光夜に一日の働きを労われた綾葉が、瞬き始めた星を眺めながら、そう口にした。
 その言葉の端々に、早く皆が快癒したら、戦いも終わればよいと滲んでいる。
 頷いた光夜も、ここにはいない多くの人々も同じ願いを感じているだろうが‥‥季節にも人の心にも、まだ春の気配が満ちてくるには時間が掛かるようだ。