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■オープニング本文 ジェレゾの開拓者ギルドに一人の若い女性が担ぎこまれてきたのは、ある夜のこと。 凍えて近くの通りで倒れていたところを、たまたま通り掛かった開拓者に助け起こされ、目的地がここだったので背負われてやってきた。 身なりは悪くないが、真っ青でがたがた震えているし、手足は冷え切っている。どこか遠くから、緊急を要する事情でもあって開拓者ギルドに助けを求めてきたのかもと、主に若い男性職員達が世話を焼きながら話を聞いてあげたところ。 「その食堂は、ここから三十分くらいだけど‥‥?」 「なんで四時間掛かる?」 女性の名前はクラーラ。仕事は看板絵描き。 職員達がよく調べてみたら、先月半ばに部屋の片付けという依頼を出していた人だった。ギルドから三十分くらいの集合住宅に住んでいるはずだ。一階に食堂があって、その店なら職員達にもたまに利用している人が何人かいた。 ところが、このクラーラは四時間掛けても到着出来ずに、とうとう途中で力尽きて倒れていたとか。道に迷ったりしていたようだが、そんなに複雑な道ではない‥‥と、職員達は思う。 何はともあれ、本人からは用件を聞きながら、交代勤務で帰る職員が自宅がある建物に寄って、隣近所に所在を伝えることにした。依頼をしに来たらしいが、聞き終わって一人で帰れと言うのは滅茶苦茶無理がある。 見るからにそんな感じの、虚弱な感じがする女性なのだ。帰りに、ジェレゾの街中だというのに遭難しそう。 そうしたら、しばらくしてから物凄く不機嫌な顔付きで、大家の青年が迎えに来た。 クラーラが住んでいる集合住宅では、行方不明になったと騒いでいたらしい。 彼女の行動範囲は、建物の中と歩いて五分の画家工房だけだから、開拓者ギルドにいるなんて誰も考えもしなかったのだろう。 「一体何を頼みに来たんだ。部屋なら、まだちゃんとしてるだろ」 「お仕事で、龍の絵を描いてくれと依頼があったそうで。開拓者達の龍なら港にいますから、誰かに見せてもらおうとお願いにいらしたそうですよ」 「さ、さささささ、さむ」 「‥‥こんなのが行って、龍を描けますか?」 「近くで龍が羽ばたいたら、転げそうな人ではありますね」 開拓者に部屋を綺麗に片付けてもらい、生活も仕事もしやすい環境を得たクラーラは、片付けの際にたまには外に出たらいいと勧められたことを憶えていた。現在、一日に一回は部屋を出て、食堂まで行き来しているというが‥‥それまではどんな生活だったのやら。 ともかく、そこに龍を描いてくれと仕事が入ったので、開拓者ギルドで龍を飼っている人を探そうと思い立ち、出掛けてきたが‥‥道に迷って、街中で遭難しかける始末。 ギルドの人々と大家の意見は、『一人で港に行かせたら死ぬかも』で一致した。 クラーラは、困ったことに仕事に入ると寝食忘れて集中する性格で、ジェレゾ育ちのくせに大変寒さに弱いのである。 そういうわけで、依頼内容は二つ。 クラーラが絵を描くために、龍を見せてやること。 その絵が完成するまでの間、クラーラが倒れないように見張ること。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
土橋 ゆあ(ia0108)
16歳・女・陰
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰 |
■リプレイ本文 絵師クラーラの龍の素描が描きたいとの依頼に応えた開拓者達は、早朝、待ち合わせ場所に集まっていた。クラーラが住んでいる集合住宅一階の食堂がそれで、何人かは部屋まで迎えに行かねば駄目だろうと考えていたのだが、当人はちゃんと食堂の椅子に座っていた。必要な道具も揃えて卓の上に置いてある。 以前にクラーラや周囲の人々と面識があるティア・ユスティース(ib0353)はもちろん、ギルドの職員から依頼に来た時の様子を聞かされていた他の面々も、この状態にはひどく驚いたのだが‥‥ちゃんと理由はあった。 道具は絵画工房の面々が、昨日のうちに確認済み。服装は同じ集合住宅の小母さん達が見苦しくないように調えて、道具は子供達が運び降ろした。当人は、皆の後からゆ〜っくり降りてきただけ。 それでも。 「クラーラさん、とっても頑張っているんですね」 と、ティアは感激しているので、初対面の面々にも以前のどうしようもなさが伝わってきた。周囲がこんなに親身なのは、家賃は年に一度戻る両親がまとめて支払い、生活雑貨は兄弟達が送ってきて、仕事道具に掛かる金は当人の性格を鑑みた工房で給金から差し引いていたので、使いどころがあまりないクラーラが小金を貯め込んでいたからだ。以前に開拓者を雇ったのもその貯金で、最近は階下の人々に時々掃除と洗濯を頼み、室内の崩壊を防いでいるとか。 若い娘の生活態度ではないが、要するに生活能力が低いのだから仕方がない。なにしろ、この上更にティアが着ているものを確かめて、追加している状態だ。 「なんだか放っておけない方ですね。体のほうは大丈夫でしょうか?」 「ここ一月は毎日食事に下りて来てるから、前よりはいいよ」 思わず露羽(ia5413)が零した疑問には、食堂の小母さんが返事した。先の依頼以降、集合住宅中で『死なないように世話して、その分手間賃を貰おう』で一致したという。度々工房の人々が廊下で大騒ぎを繰り広げるのに、住人達も辟易していたのだろう。 それに、時々開拓者を呼んで掃除だ洗濯だと大騒ぎになるくらいなら、自分達が少しばかり儲けてもよかろうと考えたらしい。近所のよしみで、相場よりはよほど安い金額だったが。 こんな依頼なら、行き帰り以外はのんびり出来るだろうと思っていた土橋 ゆあ(ia0108)は、椅子から立ち上がるだけでよろけたクラーラの姿に、色々思うところがあったが、わざわざ口にはしなかった。そこはかとなく、自分に通じるものが見て取れたなんて、そんなことはないはずである。 「クラーラさーん、よろしくおねがいします〜」 建物入口の階段を下りるのに、無月 幻十郎(ia0102)に体を支えてもらっているクラーラに、プレシア・ベルティーニ(ib3541)が明るく声を掛けた。にぱっと笑顔を向けられたクラーラが、これまたにぱっと笑い返している。『猫族の人だ〜』と言うあたり、まるきり世間知らずと言うことはないようだ。 でも、生粋のジェレゾっ子だと胸を張った割に、道を全然知らなかったけれど。そりゃあ、開拓者ギルドに行くのに道に迷いまくるのも納得の方向感覚だ。港と正反対を指して、『あっち』と言ったのだから。 「よいお絵かき日和で何よりでしたな」 こんな人、天気が悪かったら行く前に倒れてしまいそうだと思ったか、寿々丸(ib3788)が呆然と呟き、もしもの時の運搬手段の台車にもふらの祥雲を繋いでもよいと考えていたコルリス・フェネストラ(ia9657)は、深く同意を示して頷いている。 ただし、繋がれる立場の祥雲は抵抗を示したので、台車は赤鈴 大左衛門(ia9854)が引いて歩いている。上には猫又のにゃんこ師匠が鎮座して、自称弟子の働きを見守る態勢だ。 そして露羽に手を引かれたクラーラは。 「立って!立つんです、クラーラさんっ」 度々転んでは、ルシール・フルフラット(ib0072)に励まされていた。服に付いた土埃は、わざわざティアが払ってやっている。 「どのくらいからか過保護か、見極めの難しい方ですね」 「姉妹があそんどるみたいで、可愛いもんス」 コルリスの手の貸しどころを悩む態度とは裏腹に、赤鈴は呑気なもので、ゆあは先程から何かぶつぶつ言いながら歩いている。 そんな中、クラーラの歩く速度が遅いのをいいことに、無月は通り掛かった酒屋で地酒を仕入れている。 しばらく後、プレシアが気を引きつつ、クラーラを歩かせていた一行は、出発から十分足らずで彼女を台車に乗せていた。普段よほど歩かないのか、音を上げる前に足がつったのだ。ある意味分かりやすい人だった。 そうして。 「ちゃんとご飯食べてるのでしょうか?」 一人だけ先に港に行って、場所と火の使用許可を貰い、せっかくだからぜひとも印象的な初対面をと駿龍・蝉丸で急降下しつつクラーラの前に現れた鈴木 透子(ia5664)は、クラーラが上を見た拍子に台車から転げ落ちたので、せっかくの気勢をそがれてしまった。落ち方がまた『ころん』といった様子で、龍を側に寄せて大丈夫かと心配になる。 でも当人は、 「うろこ欲しー」 と、めげた様子は欠片もなかった。 そんなこんなで、まずは一通り全員の相棒と顔を合わせたクラーラは、最初にプレシアの人妖・フレイヤに手を伸ばして、ぺろりと服の裾をめくっている。 「穿いてた」 物珍しそうに報告されても、女性陣も困るのだが。当のフレイヤは言葉も出ない。 まあ、最初も露羽をしげしげと見た挙げ句、ひょいと手を伸ばして喉に触り、『やっぱり男の人』とやらかしているから、誰もひどくは驚かなかったけれど。突然の行動でも、正面からだったから露羽が咄嗟に払い除けたりしなかったのが偉いと思ったくらいで。 災難だったのはこの二人だけで、クラーラもすぐに仕事に取り掛かった。最初に描くのは、初対面で印象が強かった上に、態度も『さあ、描くがいい』といわんばかりの蝉丸だ。透子の許可も出たので、体にも触っているが、爪や牙にも平然と手を出すので、ルシールとティアが付き切りで危険な時には手を押さえていた。うろこ捲りなど、挑戦しないで欲しいものである。 全員が付き切りではかえって邪魔だから、その間に赤鈴と寿々丸が火を起こしている。丸石を焼いて懐炉代わりの温石と温かい飲み物の準備も忘れない。座る場所には露羽が敷物を用意してやり、ゆあは甲龍・板札をつれてきて、誰に何を言うでもなくクラーラ達のいる場所の風上に伏せさせていた。同様に伏せるのでも、駿龍・八葉は無月が買い込んだ地酒の匂いを敏感に嗅ぎ取り、無理やりせしめて飲んだくれている。 後はコルリスが、祥雲に時々もふもふの毛皮でクラーラの気分転換に付き合ってやるようにと、言い聞かせていた。 それがめぐり巡って、いつの間にかクラーラが背もたれ代わりに祥雲を使い、温石をにゃんこ師匠に貸し与えて、自分は諸共に猫又を抱え込み、寿々丸の鬼火玉・閻羅丸を近くに置くという、なにやら不思議な光景になっていたが‥‥祥雲は美味しいものに、にゃんこ師匠は暖かいものに釣られているので、致し方ない。閻羅丸と、風除けの大役を果たしている板札とは、今のところ見返りは相棒からの感謝の念だけ。 この頃になると、クラーラが話に聞いていた集中力を発揮し始め、ときやり抱えたにゃんこ師匠の首を絞めそうになりつつ、忙しく手を動かしている。付き切りで世話をする必要もない代わりに、近付くのも憚られるから、開拓者達は少し離れた場所にも火を焚いて、そちらで休憩していた。 もちろん、クラーラが作業に入る前には座る場所も地面からの寒さが這い上がってこないように注意を払って調え、当人には歩いている時とは別の上着を、更に上から作業用の上っ張りを着せて、手には指先だけ切り落とした手袋をはめ、温石と懐炉も複数持たせた。懐炉と温石は、替えも次々と準備中だ。 もちろん持ち寄ったり、途中で買い込んできた食べ物も色々取り揃え、現在はルシールがスープを作っていた。傍らでプレシアがぱたぱたと尻尾を振っているが、食べるのはまだまだ先だ。 なお、クラーラの『お世話』は相棒が描かれている者が担当して、それぞれの特徴や性格の説明をすることにしたのだが‥‥会話が成立するのは最初だけで、後は凍えたり、倒れないように見ているのが仕事になる。 最初に描かれることになった蝉丸は、こともあろうに美人の前ではぴしっと態度が改まる癖がある。透子の前では気が抜けるのか、たいていはだらけているのだが、今はクラーラに観察されているのが分かるのだろう。一部の隙もなく、見目良い姿勢を崩さないのはたいしたものだ。昨日の内に体も洗ってやったから、当龍はさぞかし気分がよろしかろう。 透子がやれやれと思うのは、蝉丸の顔付きがどう見ても流し目に見えるから。いかにも自信に溢れていると取るか、単なる自意識過剰に見えるかは受け取り手次第だが、散々止めろと言ったのに、蝉丸は聞いちゃいない。 「あ、蝉丸。向こう側に尻尾を直して!」 だが、注意をちっとも聞いてないのはクラーラも同じで。 「右足と左足は違うのかなぁ?」 一人でぶつぶつ言い出して、ふらふらと近付いていったりする。野性の龍ではないからいきなり食いつかれることはないが、羽ばたきの風で転げる人だから、どんな事故が起きるか分からない。流石に透子が気付かないうちに触らないが、それは単に動きが遅いからだ。 「何が見たいんですか、え、足?後ろ足ですか?」 「えと、全部?」 尋ねたことに質問で返されるのも困るが、自分でかっこいいと思っている姿勢を崩して足の裏を見せろと言われる蝉丸の機嫌が急降下しそうで、透子はやれやれと思っている。 それと、足の裏の絵が何に活かされるのだろうかと、大変疑問だ。 次に描かれたのは、本日も飲酒してご機嫌の八葉だった。腹を出して、ごろりと横になっている姿は蝉丸とは対極だが、クラーラは『おなかが見える』と喜んでいた。無月同様に結構強い酒をがばがば呑む八葉は、全身酒の匂いがぷんぷんだが、全然平気で腹にへばりついている。よじ登りそうな勢いに無月は八葉の手綱をまず押さえたが、そもそもクラーラに登れる筈もなく。 でも懲りることなく、首筋に行って、またぺたぺた触ったり、自分の服の色と鱗の色を見比べたりと忙しい。 「おぅい、飴でも嘗めるか。甘酒もあるが、一区切りついたら飲むか?」 「手先がぶれるから、描く時は飲まない」 たてがみも弄っているクラーラに声を掛けたら、飲酒は断られたが、飴は素直に口を開けた。普通に受け取ってくれればいいのだが、手はたてがみを三つ編みにするのに忙しいようだ。 片頬だけ膨らませて飴を嘗めている姿が微笑ましいなと思って見ていたら、八葉が『酒は?』と言いたげに無月を睨んでいたのだが。 龍の素描は、全身と手足や羽、顔のつくりに関節などと何枚も描き分けられ、ティアの相棒の甲龍・フォルトも同様だった。近くと遠くを行き来して、とうとうフォルトは尻尾に跨られたりしていたが、こちらはまあ手綱を押さえておけば大丈夫。 問題は、 「ああ、そんなところに座り込んだら、上着が。その飛び出した毛糸は何ですか」 クラーラが着ている服のことなど気にせず、地面にしゃがむし、龍の爪を触るし、道具箱の中をかき回していることだ。せっかくティアと近所の小母さん達が寒くないように重ね着させて、見栄えもよくにし、服そのものも親兄弟が送ってくるいい品物なのに、すでに一部着崩れ、汚れてしまっている。まだ上っ張りがある上半身はいいが、下半身はかなりの状態だ。ついでにもふらと猫又の毛にまみれている。 それでいて、風も冷たいのに平気な顔で素描を続けている。指は蒼黒いが、集中して寒さは感じていないようだ。懐炉を取り替えてやったけれど、それで手を温めることには頭が回らないらしい。 これは、家まで送り届けたら、服の手入れもしていかないと大変なことになると、ティアは気をもんでいる。 他人が見ると相当精密に描いているが、クラーラが『まだ軽く描いただけ』というものを、ゆあは借りて眺めていた。甲龍・板札は指示すれば風除けを黙って勤めてくれるほど温厚な性格だし、クラーラも龍の細部を見るのにどうしたらいいのかコツを掴んできたのか、あまりうろうろしなくなった。だから、ちょっと位なら目を離しても大丈夫だ。 ゆあが見るところ、そろそろ足が疲れてきて、うろうろするのが面倒になってきたのもあるだろう。念のためにお菓子も用意しているが、声を掛けても振り返らないので後にしている。風向きに注意して、板札の代わりに風除けをしておけば、まあ急激に疲れるようなことはないだろう。ゆあは雪は嫌いではないが、流石にこの依頼中に降ったら手間が増えると思う。雪の中の板札の絵なども見てはみたいが。 「お天気で良かったけれど、海沿いは風が強いこと」 雪が降ったらいけないと、念のために持ってきた傘はもっぱら風避けに使われているが、クラーラが描いた素描が吹き散らされないようにするのにも重要だ。龍の足の裏とか、後でじっくり本物と見比べてみたいものである。 ついでに、こういう本物同然に描くにはどうしたらいいのだろうかと、そのあたりのコツも知りたいゆあだった。なにしろ式ときたら、ゆあが思った通りの形になかなかなってくれないのだ。 板札は、のんびりと座った姿勢で並んでぶつぶつ言っている二人を眺めていた。 途中。 『これしかないもふ?』 『せっかく港だからな、魚が食べたい』 昼食休憩をするのだと、クラーラをえいやと祥雲とにゃんこ師匠で作った角から引き剥がし、皆でルシールが作ったスープや寿々丸が作った温かい飲み物、持ち寄ったパンや菓子類を摘んでいたら、偉そうに異を唱えるのが二体ほどいた。背もたれと懐炉代わりに使われていたので、まあ確かに疲れているのだろうが、今すぐ出せといわんばかりの態度はいかがなものか。 クラーラは差し出された菓子を両手で摘んで、ちまちま食べ始め、『リスみたいな食べ方』と何人かに思われていたが‥‥ 『ちょっと、それ甘酒よ?』 「え、天儀の人って、これもお酒扱いなの?」 後で飲もうねと準備されていた甘酒を、『子供でも飲めるものかと思った』と一気飲みして、印象を覆していた。確かに酒精はほとんどないが、匂いで忌避するようなことはないらしい。多分、相当飲む人間だ。 フレイヤは、現在も及び腰で、閻羅丸の影からクラーラの動向を注視していた。 午後にはルシールの甲龍・シャルルマーニュから描き始められた。光が当たると色変わりの目立つ鱗の観察に、またクラーラは龍の体にへばりついているが、落ち着いた性格のシャルルマーニュはされるがままになっている。もちろんルシールが暴れないようによく言い聞かせているからだが、筆の柄でこつこつ鱗を叩かれるのでそちらの方向からは目を離さない。クラーラが『一枚はげないかしら』と考えていると知ったら、そっと押し退けるくらいはしたかもしれないが、おとなしいものだ。 「クラーラさん、足の具合は大丈夫ですか?」 「うー」 道具箱の中をごそごそしていたクラーラが、またシャルルマーニュに張り付いて、ずっと俯いているので心配したルシールだったが、彼女が鱗と染料の色を見比べているだけだったので一安心。 だが、懐炉を伏せているシャルルマーニュの背中の上に置こうとしたので、慌てて取り上げる。助けられたシャルルマーニュの目が、『頑張れ』と言っていたように見えるのは、案外気のせいではないかもしれなかった。 龍の最後は、露羽の月慧だった。今回いる六体の中では細身で、ちょっと上品そうに見える。他の龍同様に、普通の依頼の時とは違って移動もなく、十分世話もしてもらって満足気だし。 そんな月慧をみて、クラーラはこれまでに描いた素描を広げて、何か見比べ始めた。月慧の座った姿勢も描いて、六体の龍の幅や体格を比べているらしい。研究熱心で、そこは露羽も感心するが、相変わらず懐炉を別の素描を描いた紙の上に乗せそうになったり、傍らのにゃんこ師匠の尻尾を踏みかけたりと、目の前の絵の事以外には注意力散漫も極めている。 「幅を比べるなら、皆で計ってみますか?あまり根を詰めないでくださいね」 眉間に皺まで寄せているので、根気よく話し掛けて、すこし気をそらせる。頑張りすぎて、後で頭が痛いとか言い出しそうな形相だったからだ。一休みを兼ねて、水飴を持ってきてやったら、今度はそれで龍の首の角度がどうとか、形作り始めた。 結局、飴は露羽が練ってやり、クラーラの口に入れてやっている。 龍六体の素描が終わった頃には、もう日が暮れかけていた。当然気温も下がってきて、閻羅丸が側にいてあげてもクラーラはくしゃみが止まらない。それで作業を終えて、家まで送り届けることにしたのだが、寒くないようにとルシールがまるごともふらを着せてやっている間にうつらうつらし始めた。 もちろん台車の出番だが、自分は描いてもらってないと祥雲が労働を拒否したので、また赤鈴が引いている。転げ落ちないように、ティアやコルリスが両脇を、後ろを透子が支えてやっている。他の人々は、荷物を分担して運ぶ係だ。 「ごはーん、ごはん。せっかくだから、食堂でおいしいもの食べようね〜。ご飯食べたら、クラーラさんも元気になって僕のことも描いてくれるかな?」 はてさて、まず目を覚ますのかが問題だが、一日中フレイヤや他の者の龍と遊んだプレシアはまだまだ元気いっぱいだ。彼とクラーラを足して割ったら、元気の量が人並みになるかもしれない。 「歩くのはともかく、思っていたより元気に描いてましたけれど、この後は大丈夫なんでしょうか」 散々気を配って見ていたものの、あんまりすとんと寝てしまったので、コルリスが体力がなさ過ぎるのを心配している。祥雲のおかげで、当人にとっては楽な姿勢で描けていたようだが、クラーラは全般に姿勢も悪くて、筋肉痛なども心配だ。 「家で清書をするのでしょうから、皆さんによく注意してもらったほうがいいですな」 寿々丸も心配そうに、寒くないよう閻羅丸を張り付かせている。当人は一日閻羅丸とゆっくり遊んでもやれたし、用意していった飲み物も好評でよかったが、クラーラの体力のなさは確かに心配だ。 赤鈴はおおらかに、きっとよく休めば大丈夫だと口にしている。そんな彼の背中に器用に張り付いたにゃんこ師匠は、自分の出番が懐炉代わりだったことをひとしきりくさしていたが、食堂に着いた途端に暖炉の前に陣取って、こちらもうつらうつらし始めた。 そうして。 「あ、座布団をしくだスよ。それともこの箱の中がいいだスカ?」 食堂の小母さんに『寝て帰って来るな』と一喝されたクラーラが目を覚まして、まだ閻羅丸とフレイヤと祥雲、にゃんこ師匠に寿々丸、プレシアを描いていない騒ぎ出し、女性陣に神威人を相棒達と一からげにするのは感心しませんと注意されている。 その間に、にゃんこ師匠のために猫が好きそうな箱を持ってきた赤鈴は、それを暖炉の前に置いた。すかさず祥雲も店の中に走りこみ、これまた暖炉の前に陣取っている。 「クラーラさん‥‥」 まだ寝惚けていたのか、赤鈴の声に反応して箱の中に無理やり座り込んだクラーラに、頭痛を覚えたのは開拓者ばかりではなかった。 「こっちは見事なんだがなぁ」 無月が運んできた素描を眺めてぼやいた通り、描かれた龍はそれが鼻先だけだとしてもこれは自分の龍だと言い当てられるくらいに精密で特徴を捉えていた。この画才は素晴らしいが、実生活方面の才能も食い潰した結果かもしれない。 でも、清書したものを眺めてみたいとは、全員が思ったことだった。 |