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■オープニング本文 ジェレゾの開拓者ギルドの一角で、ある一団がなにやら騒がしく論じていた。 「だから、かかる経費を先にちゃんと計算してからです」 「そうおっしゃるから、こう計算したのに、何がおかしいんですの」 「志体持ち十人雇うなら、このくらいが順当だろう」 「ならばうちだって六人出すんですから、相応の料金を取りますよ。風信術の借金、まだまだ残ってますからね」 「あら、それはもうすぐ返済し終わるのでは?」 「あー終わる終わる。後二年くらい」 「来年も仕事が入るとは限らないんですから、取れるところからはちゃんと取ってください」 一応依頼人のはずだが、受付に来る前に開拓者を護衛に雇った場合の相場が依頼内容と見合うものかと、延々やり合っているのだ。 少し高いと主張するのは、帳面片手の三十前後の男性。 その男性に怒られているのは、十代半ばのいかにも上流階級の少女。 二人の間に、調整役なのかやり込められる立場なのか、三十ちょっとの男性。 「では、仕事内容を変更いたしましょう。開拓者の皆様にアヤカシ退治を全面的に引き受けていただいて、白峰の皆様が輸送船の護衛でいかがです?」 「いいんじゃね? うちは元々接近戦は苦手だし」 「その仕事で、この金額なら‥‥皆への分配と借金の返済と村の備蓄支払いをして、残りがこれですから」 「悪くねぇだろ。相変わらずちっとしか残らないけど」 「これを積み立てて、隊長、あんたの再婚に備えてるんですから、早く相手を見付けてくださいよ」 「あらまあ、お父様。またお見合いがまとまりませんでしたの? 今度の方は、なかなか良さそうだと思っていましたのに」 「一度も結婚した事のない奴らがうるせえや」 なにやら余計な事にも話が及んでいたが、とりあえず相談はまとまったらしい。 依頼人は少女。依頼内容は、彼女と親族、関係者が所有する山から切り出した木材を、川を利用して運搬する経路の途中にアヤカシが出るので、それを退治してくれというもの。格別珍しい話ではない。 ちょっと変わっているのは、すでに少女が傭兵隊とも契約していることだ。 開拓者は運搬経路の途中に出没するアヤカシを退治。傭兵隊は船と荷物と乗員を護衛。一応仕事の割り振りはそうなっている。 「船は七隻、乗員は一隻毎に二人くらいですわね。たまに三人。荷物は多いのですけれど、今の時期は水位も安定していますから最小限しか乗せておりません。問題の場所はこちらですわ」 少女が地図を広げて説明するところによると、木材運搬船は船と言っても大型の筏に近い。舵は付いているものの、ほとんど流れに任せてゆっくりと移動していくものだ。だから全長十二メートルでも二人しか乗っていない。 横幅は七メートル程の船が流れていくのに、川幅も十分。途中に両岸が高さ八メートル前後の岩場に囲まれる場所があって、そこだけは川幅もぎりぎりで、岩肌にぶつからないように用心するが、難所はそこだけ。 今まではそうだったが、ここ一ヶ月ほどはその難所にアヤカシが出没するようになった。 「剣狼、体に剣が生えた狼型のアヤカシだな。あの群れが岸で待ち構えて、船に飛び込んでくる。この場所は川を下る船の大半が幅ぎりぎりで避けられないから、乗り込まれたら終わり。そうならないように、アヤカシを退治してくれ」 依頼人とすでに契約済みの白峰傭兵団は、砲術師と弓術師を抱える、銃と弓矢使いだけの珍しい傭兵隊だ。アヤカシ退治専門で、接近戦は滅多にしない。 今回は岩場から姿を見せるものがあれば、片端から撃ち殺す作戦で行く予定だが、開拓者側の作戦と調整は可能だとのこと。 「せっかくですから、女性が多いといいですわね。お父様以外にも独身男性が多いですし」 依頼人のこの希望は、無視していいようだ。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲 |
■リプレイ本文 出発地で合流した木材運搬船は、どう見ても筏だった。その上に山積みに木材が乗せられて、すでに白峰傭兵団の面々が木材の山のてっぺんで足場の具合を確かめている。 「砲術士と弓術師ばかりって珍しいのなー‥‥って、銃はどこだ?」 「背負ってる包みの中だろう。防水の加工がしてある」 その様子に目をきらきらさせたルオウ(ia2445)が伸び上がり、しばらくして首を傾げた。疑問はキース・グレイン(ia1248)の指摘で解消したようで、今度は中身が見たくてうずうずしている。 その隣で千鶴 庚(ib5544)も傭兵隊の装備を注視しているが、こちらも砲術士、銃を包んでいる防水袋が気になるらしい。 この間にジークリンデ(ib0258)と玲璃(ia1114)が依頼人に挨拶していたが、先方は龍を連れているのが四人しかいないのが不思議そうだ。 「龍とグライダーの人が先行して剣狼の捜索、残りは守備担当で、発見したら殲滅に。何人かは船に乗り込まれた場合の守備に残るようにしますけれど」 「船と船員の護衛は白峰傭兵団に依頼してあります。皆様には剣狼退治をお願いしましたので、全員でそれを全うしてくださいな」 剣狼に船に乗り込まれるのは、開拓者が討ち漏らした場合のみ。白峰傭兵団が対処しないで済むくらいに速やかに仕事をしてくれたらありがたいがと、依頼人はたおやかで上品な外見と裏腹に物言いが辛らつだ。はきはきしすぎるのも問題という感じ。 「そうするとしても、傭兵団の方々との相談は必要ですので、お引き合わせをしていただけませんか」 ジークリンデの申し出にはすんなり頷いて、隊長を呼んでくれたが、こちらも基本姿勢は『開拓者が剣狼対処。こちらの戦力は当てにせずでよろしく』だった。 「依頼を遂行するのは当然だが、万が一に乗り込まれた場合、そちらは対処可能か?」 「そんな近くに来たら、迷わず撃つよ。今回は接近戦も経験がある奴ばかりにしたし」 シュヴァリエ(ia9958)の確認には、最後に『もしもこちらが怪我したら、それはこちらの責任』と続けられた。 「なかなかきっぱりしているじゃないか。敵を見付けたら、とっとと退治に降りろと言うんだね」 せっかくだから、出来るだけ長くいい男と船旅と洒落たいものだと口にした葛切 カズラ(ia0725)に、乃木亜(ia1245)と依頼人が赤面している。口調の妖艶さもあるが、そのまま隊長にしなだれかかる姿に、どちらも腰が引けている。 「カ、カズラさん、お仕事前ですよ」 乃木亜がうろたえているのに、隊長はまったく動じた様子もなく、傍らにやってきたルオウに銃を取り出して見せていた。 「い・か・だ〜だ♪もう乗ってもいい?」 『こら、遊びに行くんじゃないのよ!ちゃんとしないと駄目じゃない!』 色々なことは眼中になさそうなプレシア・ベルティーニ(ib3541)がえいやと船に乗り移り、人妖のフレイヤに注意されている。だがまとめて傭兵団の少女達に可愛いと黄色い声を上げられて、あちらはあちらでもみくちゃにされているようだ。 「女の子もいるじゃないの。それでも独身ばかりって、どういうこと?」 庚が不思議そうに呟いたが、依頼人も隊長も教えてはくれなかった。カズラが訊いておいてあげると請け負っている。 本来の仕事内容と違うことが気になる女性達を何人か乗せつつ、運搬船は予定通りに出発した。途中で二度の休憩を挟み、夕暮れ時には目的地に到着する予定だ。問題の場所に差し掛かるのは昼過ぎ、最初の休憩の後となる。 天気も風も安定しているので、そこまでは滅多なことも起こらないだろうと言われ、龍に乗っている四人とグライダーの一人は、船を見失わない程度の距離を保ちつつ、それぞれの乗騎・乗機に適した速度で移動している。問題の場所以外はアヤカシの話も聞かないそうだが、念のために周囲には目を配っておく。 「袋入りじゃ、上から見てもつまんねーなー」 グライダー・シュバルツドンナーの上だと余人に聞かれることもないから、ルオウは他愛ないことで深々と溜息をついたりしている。船に乗っても袋を解かないから、銃が見られるのは危険地域が迫ってから。のんびり眺めている暇はなさそうだ。 まあ傭兵隊には気の良さそうなのが何人もいたから、依頼が終わってから頼めばいいだろう。そう思い直して、彼は隣で炎龍を飛ばしているジークリンデに身振りで合図を送った。先行偵察の合図に、ジークリンデも了解の意を返してくる。 ずいと飛び出したグライダーに、甲龍・グレイブの上からキースが手を降ってきた。自分が右を注意しておくとの合図だ。左右満遍なく警戒するよりは、手分けして見落としがないようにした方がいい。 「結構森が迫ってるからな。お前が暴れられるといいが」 キースに首筋を叩かれたグレイブは任せろと言わんばかりの様子だった。 この頃。船の上では、なにやらのんびりとした光景が繰り広げられていた。 「この川は逃げられる支流がないから、滅多に木材運搬船は襲われないって」 「じゃあ、やっぱりわんわんだけ躾ければいいんだねっ」 『剣狼だってば』 積み上げられた木材に膝を抱えて座り込み、弓術師の少女とプレシアが語らっている。そこだけ見ると物見遊山のノリだが、一応見張りは傭兵隊の別の二人がやっているところだ。後は人妖フレイヤが気をもんでいる。 かと思えば、ど真ん中の四隻目では乃木亜が周りを見ながら、傭兵団の成り立ちを副隊長から聞いていた。 「同じ村からこんなに出てくると、村の人は寂しいですね」 「なに、俺の親父は冬も帰って来なかったのが、俺は村で年越しするんだからよくなったさ」 白峰は彼らの住む村のある山の俗称で、そこに一つだけあるシテ村の住人だけで構成されたのが白峰傭兵団。村をあげての出稼ぎ傭兵団というわけだ。目標は二十年以内に傭兵稼業から足を洗って、村の産業で食べて行くことらしいが‥‥そんな先の自分など想像もつかない乃木亜は、何を聞いても恐れ入るばかりである。 しかもシテ村は小さいながら一つの領地で、隊長がその領主、副隊長は従兄弟だと聞いたら、失礼がなかったろうかと心配してしまい、ミヅチ藍玉が副隊長を水面から睨みつけることになっていたが‥‥ こういう話に目を輝かせるのが最後尾に乗り込んだカズラである。もちろん隊長がそこに乗るのを確認してから乗った。 「領主。ほう、領主。確かに娘はそれらしい顔をしていたかしらね」 「確かに山村一つの領主なんて、徴税役人の肩書きに飾りを付けただけだがよ。はっきりしてるなぁ」 「付き合いやすいでしょ? で、立派そうな娘がいるのに、女房はどうしたの?」 「娘が生まれる半年前に離縁した」 複雑な事情があるようで、船員や他の傭兵がそれ以上は突っ込むなと目配せしてくるから、カズラもここでは聞かなかった。まあ、仕事が終わってから寝物語に訊けばいいかと、他の人々が知ったら頭を抱えそうな事を考えている。 人妖の初雪だけは、空を飛ぶ龍やグライダーを眺めて、無邪気に喜んでいた。 唯一、いつでも真面目に取り組んでいたと言えそうなのが玲璃で、傭兵隊と術をどうやって掛けるかと相談していた。なにしろ先頭から最後まで、距離は百メートルを少しばかり越えている。船との船の間も何メートルがあるから、前や後ろと声をかわすのも流れが速いと水音で妨げられるほどだ。 特に、剣狼が出る区域は船員も操船に集中するから、船から船に飛び移るような行動をしやすいようになどと配慮は出来ない。よって、術を付与するなら、その効力が及ぶ範囲の人だけになるのだが‥‥ 「無尽蔵に掛けられるんでなければ、仲間優先にしてくれていいなぁ。あたしら、今回は打って出ないもん」 「届く範囲にいるかどうかが、問題なのですけれど」 剣狼が近かったらよろしくと、そう言うのは見たところ玲璃と年頃のたいして変わらない少女だ。志体のない銃士。どの船にも、このくらいの年代の男女と二十代から三十代の男性が三人ずつ乗り込んでいる。この船の残る二人は子供がいるようで、人妖の蘭が挨拶した時にはお土産に持って帰りたいと繰り返していた。その割に、触ったら潰れそうだと手は出さなかったが。 剣狼が現れる区域の地勢等も確認しているうちに、船は最初の休憩場所に到着している。 休憩になって、甲龍・柘榴を川沿いの空き地に下ろした庚は、いささか張った肩をほぐしていた。なにしろ開拓者としての初依頼、しかも龍騎乗で移動して、同業者が多数いる傭兵団と共同作戦だ。風が冷たいのもあって、思ったよりも筋肉が強張っている。 「調子はどうだ?」 「問題なし。‥‥随分、装備がいいことで」 庚にだけではなく、一通り仲間全員に声を掛けていたシュヴァリエに応えていた庚だが、途中から少しばかり悔しげな口調になった。何事かと視線を巡らせたシュヴァリエは、傭兵団がようやく銃の包みを解いたのを見て成る程と思う。砲術士と銃士の誰も旧式銃は持っていない。庚と同じマスケット「バイエン」が「クルマルス」、性能も値段も高いものが揃っていた。 シュヴァリエには、予備装備の剣もちゃんと手入れされているようだと、そちらが気になるのだが、そこは慣れた武器に目がいくからだろう。庚があんなに数を揃えて羨ましいと感じるのは、分からないでもない。 それに同調したわけではないが、ジークリンデが傭兵団に一つ尋ねていた。同業者のことにも詳しかろうと、国内で有名な騎士団や傭兵隊の情報などを礼儀正しく求めたのだが、隊長の返答はちょっとずれている。 「一番は陛下の親衛隊。あそこは実績も実力も装備も家柄も俸禄も最高だな。レナ皇女の親衛隊や配下の砲術士の装備も羨ましいけど」 「家柄もですか? 陛下は実力重視だと伺っていましたけれど、やはり貴族以外は弾かれるんでしょうか」 「見所があって、陛下の覚えがよければ、出身は関係ない。家柄がいいのは、そういう人間には武門で目立つ人材がいない有力貴族が、縁談や養子縁組を持ってくるから。どうしても中央は金が掛かるから、形はどうあれ援助されて助かる場合もあるだろうしね」 「ですが‥‥傭兵隊にも装備がよいところは多いようですけれど」 騎士団に限らず、傭兵団でも龍を何頭も保有したり、グライダーを使ったり、装備も性能と金額が高いものをつけていることは多いようだと、正直な感想を述べたジークリンデには。 「だって命懸けだぜ? 金で買える分の安全は買うよ」 代わりに借金が減らないと続けられて、構成員の装備と組織の資金力は同一ではないのかと、ジークリンデはなんとなく落胆している。物事には正直に言い過ぎると、もの寂しいものが確かにあるのだ。 率直過ぎる隊長の発言を耳にして、やれやれと思った者は開拓者に限らず多かったが、船員のほとんどとキースは含まれなかった。海洋船舶なら操船の心得があるキースが、運搬船の乗り心地を体験していたからだ。 剣狼を乗り込ませないのが、傭兵団に言われるまでもなく仕事だが、船の動きが分かっていればより良いと考えたか、単純に興味があるか。まかり間違って自分達が川に落ちたら、筏にぶつからない深さも確かめていたようだ。 「現場は斜面だと言うし、反対側に接岸して逃げるのも難しいんだな」 「よじ登ってる間に、後ろから追い付かれちまうってよ」 それさえなければ、寒いが年越し前にいい稼ぎの期待できる仕事なんだがと言われて、キースはなにやらグレイブに細かな指示を与えていた。 しばらく休んで、それから今度は庚とシュヴァリエ、ジークリンデの三人が偵察に向かい、一応剣狼の姿はないと伝えてきた。ただし、龍の姿に鳥が逃げ散るのはいつものことだが、右側の森からは飛び立つ鳥が少なかったと、三人とも気付いている。 剣狼がいる可能性は右が高そうと、主に開拓者は右の警戒、傭兵団は左側の警戒を中心として、船の出発と同時に四頭の龍と一機のグライダーが先んじて川の上空に舞った。船の上からは、玲璃の瘴索結界やプレシア、フレイヤの人魂がアヤカシの気配を探っている。 ほどなくして、上空から剣狼発見を告げる笛の音が届いた。合わせて、まだ速度が緩い船から乃木亜とプレシアだけが飛び降りた。玲璃は降りられる足場がなく、カズラは剣狼に遠すぎて降りても益がない。もちろん降りた二人には、藍玉とフレイヤも一緒だ。 最初の一撃を放ったのは、上空の庚。銃撃音に続いて、二十頭前後の剣狼の群れでもっとも大きな個体の左耳から目にかけてが抉れて飛んだ。柘榴の上では庚が舌打ちしているかもしれないが、自分も敵も動いている中での初撃で片目でも潰せれば悪くない。 岸に駆け下りようとする群れの前にはグレイヴが降り立ち、足場を確保したキースともども行く手をかなり塞いでいる。それでも突っ込んできたモノには、グレイヴの尾が振るわれ、キースが直閃を使って、刃がない顔面に拳を叩き込んでいる。 「はいは〜い、いっくよ〜〜〜!」 見ようによっては、キースが危うい状況に、緊迫感のない声が割って入った。続いたのは霊魂砲で、効果はプレシアの気負いのなさを裏切る剣呑さだ。効果は一匹のみだが、それで群れが二つに割れた。 その片方に、乃木亜が精霊剣を使った一撃を加え、間髪いれず水柱を藍玉が繰り出している。剣狼も密集していると動き難いのだろう、慌ててばらばらと飛び退いた。 この間に、玲璃は高度を下げた上空の仲間に一通り神楽舞「瞬」を付与し終え、他の仲間との距離を測っていた。なにしろ船は速度を緩めず進んでいくから、もう飛び降りることは難しい。それでも、乃木亜やキースは川岸ぎりぎりで効果範囲に詰めてくる。プレシアは剣狼の向こう側で、どうにもならなかったが、届く仲間には術を惜しまない。 代わりのように、ルオウの駆るシュバルツバウアーがプレシアの前の剣狼集団に被さった。逃げ散ろうとする剣狼の背中に、ルオウの回転切りが加えられる。剣狼の悲鳴や吠え声が響く中、一番元気なのはプレシアの歓声で、二番はルオウの気合の声。 「逃げてんじゃねえぞー!」 撃ち漏らしなどするかと、グライダーの姿勢を制御し直して、咆哮に移ろうとしたルオウだが、少し上からのブレスに一旦止めた。森の木々の下に逃げ込もうとした剣狼に、シュヴァリエのドミニオンが放ったものだ。シュヴァリエはオーラショットで、後ろ片足を失った一体に止めを刺している。 そうした攻撃に、離れた場所の剣狼も撤退を始めていたが、目の前にアイアンウォールが出ては咄嗟の方向転換も出来ない。ジークリンデの退路妨害はそれだけで終わらず、剣狼達が撤退路を探す間にブリザーストームを浴びせてくる。その攻撃力で動きが鈍ってくれば、庚が体格の大きなものから追い撃ち、乃木亜も距離を保って攻撃していく。直接攻撃のキースは、場所を川べりに移して、川ぞいに逃げようとする剣狼をグレイヴと一緒に追っている。 「出遅れたわね」 最後尾の船で戦闘区域に到着するのが遅れたカズラが、霊魂砲を叶う限りの速度で続けて打ち放つ。途中で『火力が足りない』と呟いて、聞いていた隊長に胡乱な目で眺められていた。呪縛符を出したら、多分何か言われただろうが、幸いにしてそちらの出番はなかった。 地上にいれば、流石に剣狼の刃に掠められたりはしたが、行動を阻害するほどの深手は誰も追わず、大半が間合いを保つ攻撃法があったので、剣狼の数は順調に減っていった。 たまに船に肉薄するモノもあったが、シュヴァリエの斧槍「ヴィルヘルム」が見逃すことも、川べりを越えさせることもなかった。ドミニオンのブレスも船には危険がない位置を見定めて吐かれるし、空からとは思えない攻撃だ。 多彩な魔法攻撃で次々と剣狼の退路を絶っていたジークリンデは、もう誰かしらが相手取っているモノしか残らなくなったのを確かめてから、首を巡らせて庚とルオウの様子も見て、庚が額に皺を寄せているのに気付いた。 「乃木亜が弓の射撃順を調整してって言ったら、自分達だけで揃えてるから駄目だって断られたって、なんか鼻持ちならないと思ったけど‥‥気持ち悪いくらい揃ってたわ」 攻撃の後半は少し余裕が出来て、傭兵団の動きを観察もしていた庚は、号令や合図がなくても、各船毎に残った剣狼を重なることなく狙っていた様子に感心したものかどうか考え込んでいたのだ。船に危険がない限りは動かないの言葉通りに、一矢一発も撃たなかったのは開拓者の大半の行動理念とはかけ離れているが、手出しせずに済ませてくれた開拓者の技量には素直に感服している。 剣狼の気配なしと聞いて、祝砲だと銃をばんばん撃っていたのは‥‥空砲を返した庚や、珍しいものを見たとプレシア、ルオウ、乃木亜が喜んでいたので、まあ良いのだろう。 岸に下りてしまった二人を回収するのに少しばかり時間が掛かり、玲璃が怪我を治す様子は船員まで覗きに来たが、木材運搬船は無事に目的地に到着して、剣狼退治の報告は港の人々も安堵させた。せめてものお礼だと、港の関係者からなかなか豪勢な食事の提供があったくらいだ。もちろん飲食を要する龍は当然、きっと食べると思われたミヅチや人妖にも。 その夜、人妖の誰かがうっかり飲みすぎてあられもない姿で寝ていたとか、うっかり飲みすぎた相棒を介抱していたとか、人妖以外が水を撒き散らしたとか色々あったようだが、大抵の人は気楽な飲食を程よく楽しんだようだ。 |