【祝盃】北の国から
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 36人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/24 07:19



■オープニング本文

 その日、ジルベリアの開拓者ギルドマスターであるジノヴィ・ヤシンの元に届いた便りは、歳の離れた友人の吉報だった。
「ゼロおにいちゃん、けっこんしきいくの?」
「結婚式をするのよ。お祝いのお手紙書かなきゃね」
 手紙に添えられたのは、普段顔を合わせる事もない相手には過ぎた品物だが‥‥同じものが大量に入った箱と、ゼロの顔の広さを考えると、誰かに山ほど押し付けられて配る先に困ったのかもしれなかった。
 しかし。
「こちらもお祝いの品物は吟味しないといけないだろうね」
 お祝いすべき相手から頂き物などしてしまったら、大人の社会の常として相応の祝いの品を贈るべきだ。ゼロ当人は『いらねぇ』と言いそうだが、ジノヴィは社会的立場もある人物ゆえ、貰うだけとはいかない。
 それはさておいても、祝い事に何かしら贈りたいのは当然で。だが、高価なものを贈られることを喜ぶ相手ではないのは、ジノヴィも承知している。
「何を贈ったら喜ばれるかな」
「よくおうちにお友達が集まるようなことを言ってらしたから、ワインを樽で贈っても困らないと思うのよ。後は‥‥実用的なものが好きそうよねぇ」
「ワインは‥‥押し付けると言わないかね?」
「いっぱいあるんだから、あげればいいよ」
 妻子がお祝いの第一にワインをあげるのには、もちろん理由がある。なにがどうしてどうなった結果かは端折るとして、彼の家には現在ワイン樽が二十ほど置かれているからだ。ワインがこんなにあっても困る。
 いい品物だから、お祝いにどんと贈ってしまえと妻が言うのも間違ってはいないが、他にも何かお祝いは考えねばと、ジノヴィはしみじみと考えたのだった。

 その頃。
 上司の家にワインが大量にあり、その妻子が社交的で、更に妻の手料理が絶品だと知っている開拓者ギルドの面々は、いつ上司の家を強襲するかと作戦会議を開いていた。


■参加者一覧
/ ヘラルディア(ia0397) / 富士峰 那須鷹(ia0795) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 安達 圭介(ia5082) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / 霧先 時雨(ia9845) / 尾花 紫乃(ia9951) / レイラン(ia9966) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / アグネス・ユーリ(ib0058) / マテーリャ・オスキュラ(ib0070) / アルセニー・タナカ(ib0106) / ラシュディア(ib0112) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / 十野間 月与(ib0343) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 尾花 朔(ib1268) / ケロリーナ(ib2037) / 白藤(ib2527) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / 十野間 修(ib3415) / 常磐(ib3792) / ジレディア(ib3828) / 凶 猛(ib4381) / アイスナイス(ib5470


■リプレイ本文

「寒い‥‥こんなに寒いんだ、ジルベリアって」
「寒い‥‥寒すぎる」
 地元の者なら真冬の寒さにはまだ遠いし、雪も積もってないだろうと笑ったろうが、白藤(ib2527)と常磐(ib3792)にしたら切実な問題だ。ゆっくりまったり日頃の疲れを取るためなら、わざわざ寒いところに来る必要などないのだが‥‥
「いっそ雪降らないかな。雪見と月見が出来て最高なのに」
 人それぞれに目的があるのだ。

「雪が降っていないのが残念です」
「降ったら、野原でも出掛けるか?」
 多少の寒さなら気にしなさそうな言ノ葉 薺(ib3225)と東鬼 護刃(ib3264)も、曇天を見上げていた。宿でのんびりしつつ、一献傾けようかと考えている二人だが、寒いところに来ると雪の有無が気になるものらしい。
 だが気になることは他にもあるようで、二人の足は市場に向かっている。

「私、あれ食べたいな」
『ウィナも!』
「二人とも子供みたいだそ」
 フェンリエッタ(ib0018)とファリルローゼ(ib0401)の姉妹は、市場で軽食を楽しんでいた。買って口にするのは軽食で、だが量は人妖のウィナフレッドが次々とあれがこれがと言うので、結構なものになっている。
 そんなウィナを抱えて歩き回る二人は、周囲の寒さなどたいして気にならないようだ。

「龍さんはどこいったですの〜?」
 ジェレゾの一角、開拓者ギルドマスター宅では、ケロリーナ(ib2037)が開口一番にジノヴィに対して叫んでいた。ギルドで、彼が騎龍を手放したのを聞き及んだらしい。
「あぁ、私は滅多に乗ってやれないからね」
 どこかに出向く際も立場上騎龍で移動とは行かないジノヴィは、日常的に飛ばしてくれる人に龍を譲ったとか。龍も飛ぶ機会が多いほうが良かろうが、代わりに引き取ったというのが‥‥
『おまえ達、今日は呼んでないよ』
「裏のギルドマスターもいたんだね。僕は本を見せてもらいに来たんだよ」
 ほとんどがただ酒、ただ飯目当ての人々を、不機嫌そうに眺めやっているのは長い二本の尻尾をゆらゆらさせている真っ黒な猫又だ。琉宇(ib1119)や和奏(ia8807)と面識があるこの猫又、態度が大きいことこの上ない。最初は会う人毎に威嚇していたが、なにしろ三十人以上が出入りしているものだから、これは途中で諦めたらしい。
 そう、開拓者ギルドの職員から『ギルドマスターの家にはワインがいっぱいで、飲み放題』と聞いた人々が、挨拶と笑顔は素敵に押しかけてきているのだ。事前の約束はしていない。
 いきなりこんな大量に客が来たら、大抵の主婦は表向きはどうあれ、内心穏やかではなかろうが、ヤシン家の主婦ヴェラは見るからに燃えていた。
「月与さ〜ん、お湯はどう?」
「たくさん沸いてますよ。お茶の葉も用意しましょうか」
「ワインの樽も出しますね」
「器はこれでしたか」
 予告なしに押しかける気配濃厚な職員の様子に、ヴェラへの連絡と手伝いを先行した明王院 月与(ib0343)と十野間 修(ib3415)、神咲 六花(ia8361)の三人は、すでに家の中で立ち働いている。ただ飯を食らうだけで、お土産などまったく考えていなかった職員達に、せめても子供達には何か持って行くべきだと諭し、それからヴェラにこの襲撃を知らせに出向いてきて、料理と雑用三昧に突入していた。
 まあ、ヴェラにはギルド幹部が知らせていて、三人が訪ねた時には、今まさに料理に取り掛かろうとしていたところだった。もちろん有能な助手と力仕事要員の登場は大きな助けになって、宴会準備が着々と進んでいる。ただし、欠食職員と開拓者の群れが満足するほどの料理を作るには、ちょっとばかり手が足りないが‥‥ワイン新酒を楽しむための肴には十分のはずだ。
 民宿の看板娘と食堂の元看板娘が素早い手付きで下拵えから煮る焼く炒める諸々から味付けまでをこなしている間、十野間は次女のマーシャが竈に手を出さないように目を配りつつ、鍋やワイン樽を運び、足りなくなった食材は神咲が買いだしに走る。四人して頑張っているが、押しかけ欠食職員や開拓者の様子と人数からして、人手不足が明らかになってきた。
 だが、流石にそのあたりを分かっている者もいて。
「ん、それは長さを揃えて切ってね。人参は乱切りで」
「乱切りも大きさは揃えた方がいいんですよね」
「ええと、ワイン煮には新酒は合わないんでしたっけ?」
「新酒は味わいが軽いですから。果物以外に肉も煮てみましょうか」
 屋内だが上着のフードをしっかり被ったまま、でも台所を興味津々で覗いていたマテーリャ・オスキュラ(ib0070)と、こちらは幼馴染で揃ってやってきたフラウ・ノート(ib0009)、泉宮 紫乃(ia9951)、尾花朔(ib1268)の三人とが調理の手伝いに名乗りを上げたのだ。材料も持参していたが、出してある食材と調味料はなんでも使ってよいと聞いて、まずは一通り確かめている。ヴェラは人手が増えたので押しかけ客への挨拶に出て行ったから、分からないのがあれば教えてくれるのは月与になる。もちろん月与も先に同じことをしているのだが。
 そうして、この人数が動くには広さが足りない台所で、結構手際よく大量の料理が作られていくことになった。紫乃、フラウ、尾花の三人は長い付き合いであまり動き回らなくても済むように協力しているし、マテーリャは尾花の祖父が料理の師匠だったそうで、下拵え方法がだいたい同じで手間が減っているようだ。月与も人数が多いのは平気。
 ちょっと豪華に塩釜焼きに、簡単に摘めるように一口大に切ったパンの上に甘く煮たり綺麗に飾り切りした果物を乗せたもの、香辛料を効かせた肉や魚、もちろん甘いお菓子も忘れずに、各国料理を取り揃えて色々と出来上がっていく。
 ただ。
「商売をするのでなければ‥‥いい、かしらねぇ?」
 ヴェラの困惑気味な語尾が皆の気持ちを代弁する、見た目がこの上もなく壊滅しているマテーリャの料理は端っこに紛れ込むことになったようだ。当人もまあ自覚があって、下拵えだけしていたのに、無理やり仕上げを任せられたのだから仕方がない。
 料理は出来た順から神咲と十野間が運んでいる。

 人で溢れている応接間では、挨拶を済ませた人々がわさわさと動き回っていた。卓と椅子は部屋の端に置き直し、別室から椅子を更に運んでくる。職員達に誘われてついてきて、せめても手伝いをと考えた凶 猛(ib4381)は言われるままに動いているが‥‥指示しているのが職員の一人なあたり、襲撃する側も手馴れているようだ。
 天儀式に床にも座れるように絨毯を敷き詰め、クッションも幾つか出された部屋には、礼野 真夢紀(ia1144)がお土産の栗の渋皮煮と蜜柑を持ち込んで、卓で並べる場所を探していた。
「こちらにどうぞ。お蜜柑は籠に入れないと転がりそうですね」
「はいは〜い、籠ね。探してくるっ」
 雑然と料理や飲み物が置かれた卓の上を整えて、置く場所を作ってくれたのはイリス(ib0247)。蜜柑を入れる籠を台所から探し当ててきたのはアーニャ・ベルマン(ia5465)だ。アーニャにもっとおしとやかにと言っているアルセニー・タナカ(ib0106)と、三人してこの家の使用人かと思い違えそうな服装だが、いずれも開拓者だ。手伝いを買って出て、イリスとアルセニーは人が溢れている中でもすいすいと動き回っているが、アーニャは平然と皆を掻き分けて通る。お互い様で誰も気にしていないが、この中で給仕をするのはなかなか大変なことだろう。
「アーニャ様、果物を入れるのでしたら、籠もちゃんと拭いてからお持ちいただかないと」
 真夢紀が目を白黒させている間に、卓の上はそれは綺麗に見た目にも彩り麗しく、料理や取り皿などが並んだが、行ったのはアルセニーとイリス。アーニャはすたこらと籠を拭くのに台所に戻っている。もちろんまた掻き分けていくので、アルセニーの溜息が落ちた。
 まあ真夢紀は『大人は大変』と思って、蜜柑を三つ手にして、カーチャとマーシャを探しているのだが。可愛いは正義と信じる彼女の場合、自分より年少の二人は可愛がるにふさわしい存在である。
 だが、小さいと大人ばかりの中では歩き回るのも覚束ないわけで。
「この人数じゃ、飲み放題とはいかないかもな」
 霧先 時雨(ia9845)は、座った膝の上にマーシャを乗せ、隣の椅子にカーチャを座らせて、料理を取り分けて与えていた。お土産のもふら飴もあるのだが、最初にそれをあげたら食事が入らなくなってしまうから、子守よろしくお世話をしているのだ。ちゃっかりワインも飲んでいるが、人数が多いから思う存分飲めるかは怪しいところ。
 一応上物のワインは程々が一番で、料理上手で気立てがよい若くて美人の奥方を見るのが目的だったが、ジノヴィ共々挨拶に忙しいようなので観察は後ほど。ぜひとも誰かに馴れ初めから突っ込んで欲しいものである。
 なんて、思っていたら。
「見付けました〜。マーシャちゃん、大きくなりましたのね」
 真夢紀が人の隙間を縫って、近付いて来た。カーチャと二人、きゃいきゃいと賑やかにしだして、それは大変に微笑ましい光景だ。時雨が『子供が増えた』と思っているのは、内緒。
 すでに最初の樽が半分空になっているが、ようやく乾杯の運びとなったようだ。

 大抵はギルドの職員達と一緒に雪崩れ込んできた開拓者達だが、時間の取り決めがあったわけではない。それで富士峰 那須鷹(ia0795)と安達 圭介(ia5082)の二人は、少しばかり遅れての到着だった。差し入れの料理を作ったり、幾つか手配をしていたらこの時間になったのだ。
 五月に一度訪れているから、約半年ぶり。以前に植えた桜の木は、細い幹に筵を巻かれて冬支度が済んでいる。
「おや、久し振りだね」
「ジノヴィ殿、突然すまんの。桜がよく育っていて安心したよ」
 季節は冬に入ったが、人いきれで暑い部屋に風を入れるためだろう、ちょうどジノヴィが顔を出した。家の中からはヴェラも気付いて手を振っている。
「お変わりなくて何よりです。今日は五月のお礼と一つ報告があって」
 安達がかしこまって挨拶するものだから、ジノヴィは中に入ってからでいいのにと苦笑していたが、報告を聞いて笑みを深くした。半年前は付き合い始めたばかりだった二人が、先日結婚したのだと聞けば、表情も緩もうというもの。お披露目はまったくしていないと口にした二人を、
「私もしなかったよ。妻の父が猛反対でね。だが」
 せっかくだから皆がワインを飲む理由の一つになったらいいと、集まった人々の前に『新婚だそうだから』と放り出してくれた。確かにワインが余って大変だと聞いていたし、それなら楽しく飲むのはやぶさかではないし、ぜひとも飲ませろと思ってもいたが‥‥
「酒の用意だけでよかったぞ!」
「新婚さんバンザーイ!」
 宴会の素晴らしい理由が出来たと大喜びの酒飲み達にもみくちゃにされる羽目になった二人は、どのくらい怒ればいいのかと戸惑って、その隙にどんどん飲めと杯を持たされ、ワインを注がれている。

 お祝いの理由が出来て、なおいっそうワイン消費に拍車が掛かった人々の輪から外れた部屋の隅では、時雨のお守仕事にケロリーナも加わっていた。当人は子守をしてくれそうな年齢だが、そんなことに興味はないので役に立たない。一応カエルのぬいぐるみでマーシャをあやしてくれているが、顔はちょうど二人で居合わせたジノヴィとヴェラに向いている。
「ゼロおじさまの結婚式もいってきましたの〜。おばさまの結婚式ってどんなだったですの? けっこんするってどんな感じですかしら〜?」
 矢継ぎ早の質問がヴェラに向かうのは、ジノヴィは口を割るまいと思っているからだ。すぐ横で、他の部屋は寒いからと借りた本を広げている琉宇の迷惑顔も、出身氏族のしきたりで飲酒はしないのでここに混ざっているモハメド・アルハムディ(ib1210)や手伝いも一休みの猛の戸惑い顔にも気付かない。ついでに真夢紀と時雨の興味津々顔にも。
「結婚式も何も、父親が分からない人で、今でもジノさんを家に入れてくれないんだもの」
「おじいちゃん、こーんなよ」
 ヴェラはあっけらかんと笑っているが、大人は結構反応に困る。カーチャが両目をつり上げて見せ、ケロリーナと真夢紀は揃って『きゃー』と怖がっているのか笑っているのか分からない声を上げている。
「賑やかな式も披露もしていないが、妻の母と親族や私の友人に立ち会ってもらって、結婚の誓いだけはしたよ」
 当然ケロリーナは詳細を聞きたかったが、モハメドが果汁を絞ってくれたので、うっかりとそちらに注意が逸れてしまった。しまったと思った時には、話題はヤシン夫妻が悩んでいるゼロの結婚祝いになっている。
「器とか絵の類は扱いが難しいです、記念に残るモノをという気持ちは理解るのですけど、趣味が合わないと只の自己満足で‥‥」
 この話題になったら、ちゃっかりと混じってきた和奏が、誰もがわかっていながらも嵌りやすい罠について語っている。新酒のワインに贈る相手の生まれ年のものも添えたらどうかというのが彼の案だが、ワインは劣化しやすいからよほど保存がよくないと古いものは飲めない。よって入手も難しい。ヴォトカならまだ入手できそうだが、ヴェラが酒ばかりは芸がないと渋っているようだ。
「ラウ、もし、祝ってさしあげたいとお考えならば、直接、イラッテンギーヤ、天儀へと向かわれた方が、喜ばれると思いますが」
 モハメドの言うことが一番なのだが、ジノヴィは簡単には長期休暇が取れないし、ヴェラと子供達だけで天儀行きなど大変すぎる。
「このさい新郎が喜ぶものより新婦が喜びそうなものを選んでみては? 新婦が喜ぶものを新郎は遠慮はしませんよきっと?」
 猛の提案ならゼロも喜んでくれそうだ。ワインは付き合いが広いゼロなら幾らあっても困らないと真夢紀が断言したので、手紙でジルベリア人の奥方の好きな食べ物でも尋ねてみようかと、非常に手間の掛かった話になった。ヴェラが日持ちのするお菓子を添えたらいいかしらと首を傾げ、お菓子の作り方が知りたいと真夢紀が身を乗り出し、ケロリーナはお菓子の家があるかしらと気にしている。
 ジノヴィが知る限りでは、様々なお菓子を組み立てて作った家を跡継ぎの結婚披露宴で作って出した貴族はいるというが、さてそれがケロリーナの求めていたものかどうか。
 氏族に商人が多く、各地の習慣もよく耳にしているモハメドがあれこれ珍しいお祝いなどと、ゼロの結婚式の様子も説明していたが、奥方を詳しく知っているわけではない。猛はそのお菓子の作り方も一緒に教えたら喜ぶのではないかと言い出したが、奥方が料理好きかはもちろん知らない。この場以外の人にも奥方の好みを尋ねて、それも参考にしようかと話がまとまった。
「なんだろうこれ‥‥どうして料理の本が混じってるのかな?」
 熱心な会話の輪の端では、琉宇がジルベリア各地の伝承をまとめた数冊の本の中に、なぜか料理の本が混じっているのを見付けて、積んだ本の一番下に置き直している。

 一人で平気だと言ったのに、何人かが心配そうに付いて来てくれた。結婚したばかりの夫は快く送り出してくれたのに、そんなに自分は頼りないかしらと思いつつ、教えられたとおりの道を辿ってヤシン宅に到着したリーディア(ia9818)は、開けっ放しの扉から誰に挨拶したものかと中を覗きこんだ。すぐ後ろでは、そんなことせずにノックして入ればと言いたげに劫光(ia9510)が佇んでいる。たまたま一緒になったラシュディア(ib0112)まで似たような表情なのは、彼の連れのジレディア(ib3828)までリーディアと一緒に扉に張り付いているからだ。
 中には結構な人数がすでに楽しくなっていて、そんな四人を見ては『来い来い』と手招いてくれるのだが、まずは知った顔にギルドマスターに引き合わせてもらおうと考えているリーディアと、それにくっついていきたいジレディアはきょろきょろとしている。
 と。
「ひゃっほ〜、リーディアさん、結婚おめ〜。ん? こちらのお嬢さんはラシュディアさんのお連れ? え、もしや彼女ですかっ?」
「挨拶抜きでそれかよ。幼馴染みだって」
 なにやらすでにしたたかに酔っている様子のアーニャが飛びついてきた。ジレディアが驚いてラシュディアの背後に隠れたのを見て、更に騒いでいたが、アルセニーに引っぺがされている。待ちくたびれて、うっかり飲んだワインが美味しかったので杯を重ねて、現在に到るようだ。
 騒いだ当人はアルセニーが連れ去って、酔い覚ましをさせるのだろうが、注目された四人はそのままだ。もちろん入れ替わりで先に手伝いに来ていたヘラルディア(ia0397)がやって来て、ジノヴィ達のところへ連れて行ってくれたが、
「わ、若い奥様」
「あら、ありがと。ゼロさんは?」
「挨拶に来る人が多いので、向こうに残ってます。私は家族が増えた報告とお墓参りに」
「リーディア、挨拶」
 挨拶抜きでリーディアとヴェラはいきなり和んでしまっている。劫光が促したが、聞いちゃいない。仕方がないのでそちらはさておき、ジレディアやラシュディア共々ジノヴィに挨拶を済ませてから‥‥
「上司の御宅に押しかけて、ワインをいただこうなんて‥‥」
 ジレディアが呆れ果てたと満面に書いて、何度目か分からない台詞を繰り返したが、周囲の様子は大人気ない路線を一直線だ。今更何人か追加されたところで変わりはないだろう。
「奥様は賑やかなのがお好きだそうなので、気になさらなくても大丈夫ですよ」
 料理の手伝いは出来なかったが、配膳と給仕をしていたヘラルディアが気にしなくても平気だと請け負ったが、ジレディアはなかなか納得しかねるようだ。だが彼女が一番納得できないのは、元婚約者のラシュディアがこんな人だったろうかということで、こればかりは他人ではどうしようもない。
 白々とした視線を向けられている側は全然気付かないのか、旧知の人々と挨拶を交わしている。正しくは、挨拶しながら、さっそく飲んでいる。これは劫光もたいして変わらない。
「おぉ、新しい給仕のおにーさん、おかわりっ」
「誰が給仕だ。自分で取れよ。大体どれだけ飲んでるんだ」
 実際ヘラルディアのように給仕に専念している者も多いが、人が多いのでワインも料理も人の手から手に回されている。それでもアグネス・ユーリ(ib0058)など、どう見ても飲食に専念しているクチだ。古ワインになって酸っぱくなる前に飲むのよと、しつこく繰り返している。
 そうかと思えば、明らかにワイン樽の一つはここだけで空にしたのだろうと思わせる集団もいる。
「大丈夫、迷惑掛けるほど飲ませてないから」
「こんな押しかけて、がぶ飲みするなんて恥ずかしいことだよ」
「潰れる奴が悪い。こんなに美味いつまみがあるのに、ろくに食べないなんて失礼だぞ」
 新たにやってきた友人知人のちょっと冷たい視線に、ひらひらと手を振っているのはユリア・ヴァル(ia9996)とヘスティア・ヴォルフ(ib0161)の二人だ。間で小さくなっているレイラン(ia9966)も含めて女性ばかりだが、隙間に蒼い顔をしたニクス(ib0444)が挟まっている。どう見ても、ユリアとヘスティアの二人にしこたま呑まされて、撃沈寸前の助けを求める様子だが、今のところ彼を助け出そうなんて無謀な勇者は現われていないようだった。
 挙げ句に、平然とした顔で彼女達の幼馴染みのイリスが、新しいワインの壷を置いていく。何かが起きて、ニクスが苛められているのは明朗だ。これがニクスとユリアが付き合いだしたので、その前後にきりきり心配させられた幼馴染み達がニクスを酔い潰そうとしているのは‥‥ユリアが率先して加わっている時点で他人には分からない。
 一応幼馴染みであってもレイランやフラウは無関係で、紫乃と策は二人でのんびりしているのだが、ヘスティアが容赦ないのでニクスが潰れるのは時間の問題と周辺の人々は見ていた。ニクス以上に飲んでいる二人がけろりとしているのは、体質の差。憎たらしいほどに、こちらの二人は平然としている。
「どこの嫁さんも若いな〜、男の夢だよな〜。ギルドマスターが一番羨ましいやっ」
 ただ、ヘスティアの言っていることは女性らしからぬ内容だ。最初にもそんなことを言って周りが凍りついたが、今度は酔っ払いばかりでキャッキャと大喜び。リーディアの訪問でようやく皆の注目が外れたはずだった那須鷹と安達は、もう苦笑するしかない。
 挙げ句にニクスがいよいよ酔いが回ってきたようで、もう駄目だと言いながらユリアに抱きついたので歓声が上がっている。ユリアはせっかくの料理が食べられないと、素晴らしく邪険に払いのけていたが。さっきまで飲まなかったら口移しだとニクスを脅かしていた人物と同一とは思えない。
 ちゃんと観察していれば、崩れ落ちないように壁に寄りかからせているのは分かるのだか、そこまでの観察力を残している者がいたかどうか。ついでにニクスの手が、ユリアの服の裾を握っているのはそのままだ。
 そんなこんなの騒ぎの中で、レイランは行方不明の兄達を探す時より疲れ果てていたが、皆が楽しそうなので細かいことは気にしたらいけないのだと理解し始めた。大人の付き合いは大変だと思った彼女だったが、ここは一緒に楽しんだらいいのである。

 ところで、一部は知っていたが突然の来訪者であるところのリーディアは。
「このお料理、美味しいのです。どうやったらこうなるんでしょうっ」
 家の主への挨拶は忘れて、ヴェラはじめ料理好きの輪に加わって話に花を咲かせていた。新妻らしく料理を色々憶えたいと口にして、周りに冷やかされている。が、全然気にした様子はない。
「家族が増えたんですから、美味しいものが作れるといいですよね」
「あたしも家族になろうって言われたわ」
 ふむふむと聞き耳を立てている野次馬根性の人々もいるが、惚気は聞いちゃいられないと宴会に戻る人もいる。そんなこんなの会話の後に、突然お祝いの品物が決まったようだ。
「実家の店とジノさんのお友達から集めた料理法を本に綴じてもらったのがあるから、それあげる」
 この申し出にリーディアは喜んだが、あっという間に集まった人々に押し退けられた。よろけたリーディアは劫光が支えたが、弾き飛ばされた人妖・双樹が文句たらたらだ。
『なんなのよ、いきなり〜。本ってそんなに大事なのかしら』
 もちろん誰も耳を貸してくれない。
 なにしろ、やっとゆっくりワインを楽しんでいたはずの月与や、紫乃と尾花、フラウにマテーリャ、真夢紀やケロリーナまでもが見せろ見せろと騒がしい。一気に動いたものだから、色々とっ散らかってしまった卓の上や床をヘラルディアやモハメドが片付けていた。そんな光景にすぐ反省しそうな人も多いのだが、それより何より気になる本らしい。
「ええと、どこに置いたかしら」
「また私の本と一緒にして忘れてないだろうね」
 この頃になると、あまりにワインが酌み交わされたせいで、子供と年少者の何人かが匂いだけで酔っ払ってきた。大抵は眠くなって、抵抗しつつも別の部屋に運ばれていったが、ジレディアはラシュディアの膝の上から頑として動かない。もちろんそんな彼を助けてくれる人もいない。からかう人には事欠かないが。
 真剣に本を読んでいた琉宇も舟をこぎ始めて、モハメドと時雨が他の子供と一緒に運んで行ってから本も取り上げたら、ようやく目的の物が現れた。でもリーディアに贈られるまでには、きっとかなりの時間が掛かるだろう。

 少し人数が減って、ちょっとだけ広くなった部屋では、アグネスが踊ると言い出した。もちろんお祝い事に歌の音楽と踊りはつきもので、神咲が楽器を取り出し、イリスが歌を申し出たり、今までとは違う賑やかさだ。もちろん他にも次々と楽器も歌手も出てくる。
「寒い時に温かい場所で美味しいお酒と料理をいただく。しかも楽しい音楽と踊りまでとは至福かも」
 和奏が呟いて、皆が頷いて。
 夕暮れ近く、でも宴はまだ続くようだ。


 ワインには燻製だチーズだパンだと、行く先々で色々と勧められて、おいしそうなものだけ見繕って買い物したはずが、随分な量になっていた。別に運ぶのは苦にならないが、食べきれるかとなるとかなり怪しい。ワインも数本あって、新酒ばかりでは味が分からないと、今思えば売り手の口車に乗せられた気もする。
「うーん、ちと苦いかのぅ。渋いのは今ひとつじゃな」
「新酒だとそれほどでもないですよ。替えますか?」
 宿でのんびり、二人だけの酒宴。護刃が鼻の頭に皺を寄せたのに、言ノ葉がちょっと笑って、自分が手にしていた杯を差し出した。外見で外での飲酒はまず断られる言ノ葉だが、すぐに酔う事はない。ただ今日のように、進んで次々と飲めば話は別だ。
 大きな尻尾を護刃に寄せたり、やたらと酌をしようとして、勧める言葉も色々と。
「今日は寒くはないぞ。‥‥前のように暖取る事出来ずとも、共に在るだけでも十分と思うてしまうのは我ながら何とも欲の無いことよ」
 たわむれているだけにも見える言ノ葉が、何を考えているかは知らず。こちらも少し酔いが回って、護刃はついいらぬことを口にした。問い掛ける視線には、軽く首を横に振る。
 互いに想い人だが、その想う中にはもう一人がいて。
 どちらの手も離したくはないと願う二人は、指先さえ触れることなく、酒杯を重ねている。


 寒い寒いと延々と言い続けていた白藤は、途中の通りで『おなかすいた、温かいものが飲みたい』と変わった。
「おまえは食べ物のことしか口から出ないのか。この先の店が美味しいと聞いたから、そこでご飯を食べて戻るか」
「食べてから寒い思いをして帰るのか‥‥」
 あまりの言いように常盤が拳を握ったが、往来の真ん中でもめるほどに子供ではない。少なくとも彼は。白藤については、常盤もあまり自信がないが。
 白藤にしたら、冬用の着物を着ては来たもののやはり寒くて、どうせ買うつもりだったからとこちらの上着を買い求めたが、着てみると袖の収まりが悪い。結局羽織るだけで前が締められず、寒いのは仕方がないのだ。それが分からない常盤が悪いとなる。昼にもあれこれ注文をつけて、食堂を探させたのはもうすっかり過去のこと。
 結局持ち帰りが出来る料理を見繕って持ち帰り、宿には温かい飲み物を頼んでのんびりしていたが、
「月見をしよう」
「窓を開けたら寒いと言い出すんだろうが」
 せっかく買った本を開いて、常盤が寛ぐのはなかなか難しいものらしい。どうせ白藤が窓を開けてしまうから、寒くないようにうんと部屋を暖めないといけない。


 散々と市場で買い物と軽食巡りをして、これは夕飯は入らないと気付いた姉妹は、腹ごなしを兼ねてしばらくそぞろ歩くことにした。同じく満腹の人妖・ウィナはフェンリエッタに抱えられている。
『あれ、お城? もっと近くに行けば?』
「スィーラ城は、大きいから近くに見えるだけだ。全景を見ようと思ったら、離れておかないとな」
 騎士の卵だった頃にもこうして眺めに来たと、懐かしく思いつつウィナに説明していたファリルローゼは、なにやら物思いに沈んでしまった妹に気付いた。
「存在が大きいから、近くに見えるのは‥‥人もかも知れませんね」
 妹が何やら思い悩んでいるのはファリルローゼも承知していたが、尋ねたところで言う妹でもなく、今日も気晴らしになればと思っていたのだが‥‥皇家と家と民のための自分だから、と妹を袖にした男がいると聞けば、気持ちは穏やかではいられない。貴族としてはそれが正しいはずだが、人の心情はそう簡単には割り切れないものだ。
 ただそれで相手を恨むのはお門違い。ウィナが文句を言いだけにしているのをやんわりと止めて、ファリルローゼは妹に肩を寄せて、風に流された髪を撫で付けてやった。
「きちんと伝えてくれたのは、私のことを考えてくださったからだと思うから‥‥だけど」
 諦めないと、フェンリエッタの口にしない想いを汲み取って、ファリルローゼは応援したものかどうかとしばし迷って、その幸せを願った。想いがどういう形に結ばれていくかは分からないが、結末に後悔がなければよい。
 せっかくだからと、フェンリエッタがフルートを取り出して演奏をはじめ、その音が風に流れていく。
 夕暮れを過ぎてスィーラ城を、街のあちこちを彩る灯りが、その音色を運ぶ寒風を和らげるように輝いている。