【HD】ジルベリア解放
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/15 23:14



■オープニング本文


 世界はアヤカシに支配されていた。

 あらゆる儀の、人が住むすべての場所はアヤカシに監視され、人々はいつ食い殺されるか分からない恐怖に怯えつつ暮らしていた。
 特に志体持ちは、その予兆を見せた幼少時に狩られ、成長することなく生を終える。
 世界を統べる大アヤカシ・ミソカの支配の下、人に希望はないかと思われた。

 大アヤカシ・ミソカ配下四天王の称号を戴く、ジルベリアを管理する上級アヤカシ・タツカワは、その日珍しい報告を耳にした。
 志体持ちが指揮する人間どもの一軍が、タツカワの居城目掛けて進軍を行っているというものだ。
 こんな話は、他の四天王の支配地域でも聞いた事はない。
 今までどうやって志体持ち狩りを逃れてきたか。
 現在は、如何にしてタツカワの城を目指しているか。
 どこで殺せば、人間達の血涙を絞ることが出来るか。

 やがて、志体持ちに指揮されていた人間の軍は、一部が城の中に辿り着いた。
 志体持ちだけが。

「死体の大量生産、まことにご苦労。生ある時の仲間は、死すれば敵だ」
 城の中に響く嘲笑に紛れて、力あるアヤカシ達の動く気配がする。
 そして。
「殺っておしまい!」
 志体持ちの彼らに、人の世を取り戻す希望を託して斃れた人々の死体が、動き出した。


※このシナリオはハロウィンドリーム・シナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません



■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
盾男(ib1622
23歳・男・サ
ワルプルギス・ロマーノ(ib5274
30歳・男・騎


■リプレイ本文

「殺っておしまい!」
 その声と共に、十人の志体持ちの周囲でその何倍かの死体が起き上がった。彼らにとってはある意味見慣れたアヤカシ・グールだ。
 違うのは、その顔がジルベリアをアヤカシの手から取り戻すことを目指し、ついさっきまで一緒に戦っていた志体を持たない仲間達だということ。
 そして。

 ひそひそ
 くすくす

 アヤカシと化した死体の群れの前に飛び出たアーニャ・ベルマン(ia5465)が、バーストアローでそれを散らしたのと同時に、あちらこちらから聞こえよがしの囁き声がする。地を這うような小さな声だというのに、なぜか囃し立てる口調だ。
「噂の中級アヤカシどもどすな。こそこそ隠れて、ほんにいやらしい」
 衝撃波の範囲を外れたアヤカシを手にした刀「夜宵姫」で切り伏せつつ、華御院 鬨(ia0351)が吐き捨てる。その横では、暗い表情の滝月 玲(ia1409)が呟いていた。
「友を斬れる俺は狂ってるのかな、だけど俺達に命懸けで託した思いまで失う訳にはいかないんだ」
 かたやアグネス・ユーリ(ib0058)は、アヤカシ達の嘲弄に毅然と言い返していた。
「倒れた皆の、覚悟も無念も‥‥絶対に、無駄にはしないから!」
「アヤカシにこの世界を好きにさせるわけにはいかないよね」
 なぜか不気味に含み笑いを漏らした浅井 灰音(ia7439)が、誰にともなく呟いた言葉も、皆の気持ちを代弁している。雰囲気までは同調しているとは限らないが。
「何かあったのかな?」
 こそこそと琉宇(ib1119)が周囲に尋ねたが、誰も理由は分からない。だが何か共感するものがあったのか、こんなところにまで熊に乗ってやってきたワルプルギス・ロマーノ(ib5274)が『誰にも恨みの一つや二つはあるだろう』と頷いている。
「‥‥ジルベリアを解放するぞよ」
「‥‥故郷を解放する!」
 何事があっても変わらない、最上の目標をハッド(ib0295)と盾男(ib1622)がほぼ同時に口にして、村雨 紫狼(ia9073)は近くで首を傾げていたが‥‥結局悩まないことにしたようだ。
「まずは配下の仲良し四天王の打倒だな!」
 仲間が『ジルベリアを我が手に』とか『世界を手に入れる』なんて言おうとしていたなんて、聞き間違いに違いないのだが‥‥村雨の発言にはアヤカシ達から『五、五!』と文句が出たようだ。
 僅かの間に数を減らしたグールの合間を縫って、姿が違うアヤカシ達が城の奥へと走りこんでいく。逃げているのではなく誘い。そこにはもちろん罠の一つや二つはあるのだろうが、誰一人飛び込むのを躊躇う者はいなかった。
「お父さん、お母さん、お姉‥‥、みんな私に勇気を貸して!!」
 祈る言葉は人それぞれに、十人は城の奥へと進んで行った。

 数多ある罠を力尽くで乗り越え、あるいはかわし、引っ掛かったり、発動しなかったり、痛い目を見たり見なかったりしつつ、十人はいつの間にか自分達が分断されていたことに気付いた。
 そして、盾男の前にはちんまりしたものがいた。名をコーヤと言うのだが、彼はわざわざ問い掛けるような面倒はしない。アヤカシに殺されたかつての主や仲間の仇討ちが目的だが、その対象はアヤカシすべてで個別の名前など知ったことではないからだ。
『やる気出ねー』
 だから、コーヤがやる気なさげに背中を丸めて座り込み、酒瓶片手にぶつくさ言っているなら好機。それが酒瓶ではなく棍棒だろうが、振るわせることなく瞬殺である。
「本気でいかせてもらうんで」
 ここまでは封じていた真実の力『盾王(シールドスペシャル)』を解放した盾男は、両手の盾を使うまでもなくコーヤを瞬殺した。

 アーニャもただ一人、アヤカシ・レンカと向き合っていた。妙に気弱そうな外見のレンカだが、アヤカシ相手に油断は出来ない。
『お手柔らかに〜』
 ちょっと恥ずかしそうに言いながら、レンカの手が何かを投げてこようとするのを、アーニャは正確に見て取った。同時に覚えた嫌な予感に逆らわず、レンカの前に身を投げ出すように回避を取る。
 耳をつんざくような爆発音と姿勢を維持するのも難しいほどの振動があって、咄嗟に頭を庇ったアーニャは、崩れる城の瓦礫の雨の下でレンカからの次の攻撃を避けるにはどの方向に逃げるべきか探ろうとしたが‥‥
『当たらないなんて、つまらない〜』
 レンカは瓦礫で石積みを始めていた。アーニャに向けた背中は、石積みが楽しいのか弾んでいる。
「爆破は終わりですか?」
 余りの態度に、肩を震わせた彼女の怒りで震える声に振り向いたレンカは『あれれ?』と首を傾げて、こちらは必殺技を喰らうまでもなく、瘴気に還っていった。

 世の中、嫌だと思ったことほど実現する。
 その不条理に巻き込まれた琉宇は、すでに戦線から離脱していた。『きゅぅ』と一言、目の前の幻影に失神しているのである。
 だが、その幻影の贈り主にして、人型ながら男女の別がよく分からない外見のアヤカシ・セガワは一人を失神させたくらいでは満足していないようだ。
『青少年健全育成〜って、無視したッ!』
「ぐだぐだ五月蝿いんだよ!」
 セガワの元に辿り着いたのは、現在戦力外の琉宇の他には二人。殺気立つことこの上ない灰音と、数限りない色気溢れる幻影を冷たい視線で斬って捨てる華御院だ。どうやら二人それぞれに、セガワには思うところがあるらしい。
「幻の誘惑などに、本当の魅力は感じまへんどす。本当の誘惑にはオーラが伴っておりやす」
 華御院の侮蔑を含んだ言葉はセガワの耳を素通りしたが、アヤカシなりに二人を見て考えるところがあったらしい。幻影の種類が変わった。
「だから、幻なぞ‥‥」
「私相手にそんな幻影とか舐めてるのかな?もっと可愛い女の子ならともかく!」
『こりゃ失礼ッ!』
 色気過剰の女性から筋骨隆々の男性に変わった幻影が、今度はうら若い娘に変わって、華御院はしばし言葉を失ったようだ。仲間とアヤカシ、どちらの言動に呆れたのかは不明。いずれにしても、華御院が何か言うより先に灰音はセガワに肉薄している。途中の経過など、都合よく無視した動きだ。
「泣いたって許しはしないよ!」
 志体持ちがそれぞれ一つだけ持つ必殺の技、普通は発動呪文と名前が異なるそれが、灰音の場合には同一だ。挙げ句に行動方針とやることも同一。
『ああッ、いややめッ!いやぁんッ!』
 灰音の行動は手にしたヴィーナスソードで滅多刺し。うっかり刺されたセガワの悲鳴が段々変な調子に変わっていくが、灰音の手は止まらない。華御院が見るところ、わざわざ急所を外しているようだが‥‥下手なことを言うと何をされるか分からないので、琉宇を助け起こすことにした。
 セガワの悲鳴が消えるまでには、それは長く掛かったらしい。

 別の場所では、こちらも三人の志体持ちがアヤカシ・発兎蝟集と舌戦と戦闘入り乱れる戦いを繰り広げていた。
『ほいっとシュー』
「ほっと紀州?あれれ、ほっと利休だっけ?ほいっと?」
「お菓子を玩具にしやがって‥‥シューにはカスタードだろうがぁあ!」
「食べ物って見せかけて、乙女心を弄ぶのは、もっと赦さないっ」
『もう間違えんなよ!』
 中級アヤカシというには小鬼めいた姿だが、発兎蝟集の投げてくるシュークリームにそっくりだ。紛い物とは思えぬそれを、どんどか三人へと投げ付けてくる。当たれば痛い。だがそれだけだ。そんなことでいいのかと思うほどに、石つぶての威力しかない。
 それを食べ物を粗末にするなと滝月とアグネスが怒り、名前が覚えにくいと村雨が毒づいて、攻撃をしている。先の二人の攻撃は普通だが、村雨は球「友だち」を蹴り、石つぶてを弾いていた。それが全部発兎蝟集に戻ればいいが、なかなかそうもいかずに仲間二人の目の前を飛んで行ったりする。
 効果は薄い石つぶても、次々投げられれば足止めにはなり、村雨が生む跳弾で更に事態が膠着化し始めた時、彼が叫んだ。
「ここは俺に任せて先に行け!」
 あまり言ってはいけない台詞である。これでホイホイと先に行く志体持ちは滅多にいないし、
「いいとこ取りは許さないわよ!」
「つうか、進路は発兎蝟集の向こう側だろ!」
 状況も考慮しないといけない。この場合は、『そこまで言うなら活路を開け』と話がまとまったようだ。二人掛かりの精神的圧力ともいう。
「俺‥‥最初に見たとき【ほっと異臭】だと思ったぜ」
 そして村雨がそんな呪文と共に蹴りだした「友だち」は狙い過たず発兎蝟集を射抜いたが‥‥最後の一言がアヤカシの琴線に触れたらしい。
 最後に放られたほかほかと湯気の立つシュークリーム様の異臭を放つ物体から逃れるように、三人は全速力で城の奥へと向かっていた。

 タツカワ城、最後の中級アヤカシとなったクジョ・エモンに対しているのは、ワルプルギスだった。この二人の戦いは、必殺技を相互に繰り出しつつ、すでに長く続いている。
「あ、『またまた』誤字発見!」
「ぬうっ、だからどうした、『バラ肉100gまいどありー』!」
 竜人のワルプルギスが繰り出す必殺技がクジョ・エモンに効果を及ぼしていないはずもないのだが、両手の肉切り包丁をがちがち打ち鳴らす泰国料理人風の禿げ親父の豊満すぎる腹は未だに削られた跡が見えない。かたや多くの報告書風の書面を手に戦うワルプルギスは、そろそろ目の疲れが極限に迫っているようだ。
 そして、この一言が発せられた。
「後は頼んだぞー、ハッジ!」
 ワルプルギスが戦う部屋の扉の影で、のんびりと持参の本を繰り、手下となる式を呼び出していたハッジは、自分を指名した挙げ句に熊に乗って悠々と立ち去る男に冷たい一瞥を投げた。
「やはりここは王たる我輩がジンルイどもに威光を示してやらねばならぬのか」
 持参の赤い本で呼び出したデビルなる式の群れが、クジョ・エモンのいる場所へと殺到したのは、この直後のこと。

 ようやく上級アヤカシ・タツカワのいる場所に到達した志体持ちは、なぜか人数を八人に減じていた。ワルプルギスはクジョ・エモンと戦った後に行方不明、村雨は城内に数多いる雑魚の掃討に名乗りを上げて、皆がいる広間の扉の前に陣取っている。
 八人に減じたとはいえ、ここまで戦い抜いた者達が、力不足な訳はない。だが事態は予想外の膠着に陥っていた。
『殺っておしまい!』
 タツカワが呼び出した下級のアヤカシが、見知った顔に無念の表情を浮かべて八人に向かう。
「皆はん、そないな目で見いへんでほしいどすぅ〜」
 それを華御院の舞が絡めて、魅了したかのように動きを止める。
「歌曲様式はラップレゼンタティーヴォやレチタティーヴォになるかな〜」
 琉宇がリュートをかき鳴らして歌う心の旋律で崩れていくアヤカシもいた。歌詞は難解で理解出来る者も少ないようだが、アヤカシではなく操られる死体には懐かしいだろう音楽ばかり。それが特別な効果を生み出しているのかもしれない。
 だがすべてのアヤカシが止まった訳でもない。その中で、盾男がいたって上品に囁いた。
「天地万物よ、我が盾と成れ」
 途端に、何もなかった天井から床から、多数の盾が降り注ぎ、突き上げてくる。それらは敵味方を分断するというより、床面に数限りなく突き刺さりそそけ立ち、あらゆるものの動きを止めていた。八人と共にタツカワも。
 だが、タツカワは余裕の態度を崩さない。そう見えたが。
「さあみんな、大アヤカシミソカに立ち向かおう!」
「誰がミソカッ‥‥ミソカ様か!」
 突然どこからともなく湧いて出た覆面貴族の雄叫びには、きいきいと叫んでいる。
「「「言い直した、言い直したよ」」」
 そして八人は、タツカワの失言を話題にしていた。もちろん、相手の苛立ちを募らせて、隙を生み出すための高尚な作戦だ。嫌がらせではない。
 この時を待っていたとばかりに、滝月が今だ使うところがなかった必殺技を発動した。
「それゆけ!我らのヤギィー」
 途端に、タツカワの『殺っておしまい』同様に大量の、ただしこちらは二本足でちょこまか走り回る白や黒のヤギが現れた。重ねて、アグネスがイーグルリュートをかき鳴らす。紡がれる呪歌は『ヤギ達の叛乱』、走り回るヤギ達の狂騒はいよいよ激しく、盾の隙間を縫ってタツカワに肉薄している。
「あんた達は自由…大アヤカシの元で、手紙の盗み食いをする必要は、もうないのよ!」
「台詞が長い!」
 アグネスの歌詞に容赦なくけちをつけているが、タツカワの視線は泳いでいた。好んでヤギ姿の使い魔を使うタツカワのこと、その叛乱にさぞかし度肝を抜かれたかと思いきや。
「む〜、可愛すぎる」
 隙ありと踊りかかって来た覆面貴族ことバレバレのワルプルギスを、なぜか冷凍鮭で殴りながらヤギを観察している。明らかに自分の物にしようと狙っている様子。
 盾が生え、アヤカシとヤギが埋める広間で、ワルプルギスとタツカワの距離が離れた。その途端に、こともあろうにヤギを抱えられるだけ抱えて広間の奥扉から撤退しようとするタツカワに、追いすがろうとした者は多い。だが、容易に近付けない中で、琉宇が新たな曲を奏でた。
 懐かしのメロディー。古い曲にのせて、あるものの姿をはるか昔に引き戻す幻影を見せる必殺技だ。うっかり間違えて、ヤギが仔ヤギだった時の姿を指定したが、タツカワの黄色い悲鳴が響いたから効果はあった模様。
 そうして、アーニャはタツカワが足を止める瞬間を狙っていた。今まさに放つ矢に、必殺技『ノウヒンビ・オーバー』を籠める。
「チエンリプ・ダイヒツ☆リターン!」
 矢の刺さった周辺のアヤカシの力を削ぐ必殺技は、一部の志体持ちにも有効だとか諸説あったが、タツカワへの効果は間違いなく大きかった。そして、華御院に足止めされていたアヤカシ達はこの衝撃に耐えられなかったか、ただの死体に戻って倒れて行く。
 走り回るヤギを蹴散らして、ハッドが呼び出した三つ首の狼の群れがタツカワに迫る。これは『お手』の一言で従えたタツカワだが、乱立する盾を乗り越えてきた灰音や盾男、滝月らの攻撃を避けるほどの力は残っていなかった。
「皆の想いを込めた我炎刃、その身体でとくと味わえ!炎牙秋水」
 滝月の一撃を最後に、ジルベリアを支配していたアヤカシは瘴気に還ったのだった。
 後に残ったのは、ヤギの群れが食い散らかしたあらゆるもの。あれほどあった盾も、すでに喰われて姿がない。ハッドが求めた赤い本など、残っているとも思えなかった。

 斃れた仲間へ祈りを捧げ、ジルベリアを奪還した十人は、ある者は人々に解放を知らせに、ある者は別の儀の解放を目指して旅立ったが‥‥
 彼らは気付いていなかった。
『レオナルド‥‥我が遺志を継げ』
 数多呼び出され、いつの間にか消え失せたはずのヤギの中、白黒ぶちの一頭だけがなぜか残っていたことを。
 彼が魔ヤギ・レオナルドとして人々の前に立ち塞がるかどうかは、また別の物語だ。