毒草毒蛇毒虫毒キノコ!
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2010/10/25 23:06



■オープニング本文

 ジルベリア開拓者ギルドの受付で。
「ええと、今の動植物の名前、危険なものが混じってますよね?」
「全部毒草毒蛇毒虫毒キノコですわ!」
 一息に、とんでもないことを、にこやかに言い切った女性がいた。

 依頼人の名前は、アデライーダ。生業は医者。
 時折身内の相続問題に巻き込まれていると知っている人は知っているが、診療所を兼ねている自宅近くでは、特に薬酒や塗り薬を作る腕がよい医者だと評価されている。
 そうした薬のために自宅にも薬草園を作り、毎日せっせと世話をしているが、このアデライーダは、それはそれは毒草が大好きだ。
 
 そして今回、開拓者ギルドには、こんな依頼を出してきた。
「先日、貯蔵していた薬酒や薬草を大分売り払ってしまって、材料が足りませんの。取りに行くので、付き添ってくださいな。その辺りには、最近は熊や野犬が出るそうで怖くて」
 ジェレゾから歩くと半日程度掛かるだろう森の中に、アデライーダが作りたい薬の材料が一通り揃う場所があるので、そこに付き添って、ついでに作業も手伝って欲しいという、単純な話だ。
 わざわざ開拓者を頼るのは、その近くに熊や野犬が出没するから。人が襲われた話はないから、動物が近付かないように用心してくれればよいという。だから、騎獣でも犬でも連れて行って構わない。龍や忍犬がいれば、それだけで十分獣避けにはなるだろう。
 ただし。
「熊の肝はいい薬になるそうですから、退治してもらってもいいかも知れませんねぇ」
 依頼人は、うっとりそんなことを呟いていたりもするが。

 仕事は単純。
 ジェレゾを出発して、毒だということを考えずに、草ときのこを採取し、注意して蛇と虫を捕まえて、依頼人共々ジェレゾに帰って来るだけ。
 ただし、依頼人は『毒草毒蛇毒虫毒キノコ‥‥うふふふふ』と麗しく笑っている若い女性である。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
ジェシュファ・ロッズ(ia9087
11歳・男・魔
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
ベルトロイド・ロッズ(ia9729
11歳・男・志
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
リゼット(ib0521
16歳・女・魔
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
西光寺 百合(ib2997
27歳・女・魔
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ


■リプレイ本文

「そもそも何で依頼人はこんなに毒が好きなわけ?‥‥私には理解できないわ」
『リゼットが分からないものが私に分かるはずはないね』
「まぁ、毒と薬は紙一重とも言うが、何とも変わった医者がいたものだな‥‥」
「植物も生き物も、使い方次第では毒にも薬にもなるもの‥‥だけれど」
「勉強も兼ねるから、根気の勝負‥‥になるのかな」
『森の中は毛がぼさぼさになるもふ〜』
「ティアから診療所の様子や薬草園の話を聞いて、実際に会って色々と医術や薬について語り合う機会があればって思っていたんだ‥‥うん、思ってたけど」
 依頼人の医者アデライーダとの顔合わせをして少しばかり経った頃。
 なぜか『どんより』と背後に書き込みたくなるような雰囲気で、リゼット(ib0521)、滋藤 柾鷹(ia9130)、西光寺 百合(ib2997)、柚乃(ia0638)、御鏡 雫(ib3793)が口々に溜息混じりの感想を述べている。合間に口を挟んでいるのは、リゼットの土偶ゴーレム・セシリアと柚乃のもふらさま・八曜丸だ。
 彼らが『この人は変わっている』と言葉にしないが思っている傍らでは、依頼人と縁があって見送りに出向いてきたティア・ユスティースがアデライーダにあれこれ熱っぽく語られているところだった。話の内容は、おおむね毒の話。
「見張り‥‥と言うか、目配りが必要な方なのはよく分かりましたわね」
『いわゆる変人ね』
「言葉は選んで使用しないと駄目だろう、桃香嬢」
 これは全員が実感していたから、白 桜香(ib0392)が胸に手を当てて口にしたことは確認でしかない。人妖・桃香の言い分ももっともだが、依頼人のことなのでオドゥノール(ib0479)がたしなめるのもむべなるかな。
 ただし、何事もにも例外はいて。
「そうかなぁ。あのくらいは普通だよ。趣味の話って熱中しない?」
『どこが?』
「若い女の人が熱中する趣味に、毒は変わってるよ」
 ジェシュファ・ロッズ(ia9087)は、猫又・シリブリーストゥイに冷たくあしらわれているが、依頼人擁護派だ。もしかしたら一緒に語り合いたいのかもしれない。こちらも兄弟だろうベルトロイド・ロッズ(ia9729)がたしなめているが、あまり効果はないようだ。
 なんにしたところで、開拓者を十人も雇って毒草、毒蛇、毒虫、毒キノコを採取しなくてはならないのが依頼人で、一同は依頼を受けたわけだから、自分達と依頼人の安全に留意しつつ実行するべきなのだが‥‥
「楽しみですわ〜、生きている毒蛇」
 こういうことを満面の笑みで漏らす相手には、
「下手に捕まえ方とか色々尋ねないほうがよさそうだな」
 レビィ・JS(ib2821)が言う様に、あまり刺激をしないのが一番だ。
 それでも移動方法に、現地での作業の分担と手順、何より必要とされる動植物をよく確かめ、相談する必要はある。流石に依頼人もそういう話では普通に話が出来るようで、多くの者は一安心した。

 指定の場所には、騎龍で向かえば一時間半程度。依頼人は馬車で向かい、途中から徒歩になるから倍ちょっとの時間が掛かる見込みだ。馬車で森の中に入るのは無理でも、龍が降りられる場所の有無や危険な獣の存在は確かめておかねばと、先行したのは滋藤と駿龍・影牙、雫と駿龍・涙、オドゥノールと駿龍・ゾリグに相乗りの桜香と桃香である。
 上から見て、あまりに見通しが悪ければ周辺警戒の方法も練り直しだし、騎龍達を遠くで待機させるのは大変だ。そもそも、龍がいれば危険な獣が寄ってこないことも期待されているのだし‥‥
 というあたりで、龍連れと相乗りの合計四人は気が付いた。開拓者間では、『熊が出たら退治する』で大雑把に意思統一が出来ていた。依頼人は肝が欲しいそうだし、近くに来たら倒すことは難しくない。実際に率先して熊を捜そうという者はいないが、『出てきたら倒す』つもりでいたわけだ。
 でも、よく考えてみたら、いやそんなことはしなくても、森の上を飛んでいるだけで鳥やら地上の獣の気配がざーっと離れていくのだ。もしも熊や野犬がいても、龍が三頭もいたら出てこないかもと思うのは当然のこと。安全は確保されるが、さて、依頼人はどう言うかと少しばかり悩まなくもない。
 とりあえず、目的地の少し先に落雷か何かで数本の木が倒れた場所があって、そこなら龍達の待機と自分達の休憩に使えそうだと判明した上での、ある種贅沢かつ余分な悩みではあった。熊退治は依頼に入っていないのだから。
 この頃、移動中の馬車の中では、採取する動植物談議が行なわれていた。ジェシュファと依頼人が御者席で大層偏った知識の会話を繰り広げているのはさておき、百合と柚乃が指定された植物名から詳しい特徴を他の者に説明している。大半は自宅庭への植え替え目的で土ごと採取だから、根を傷付けないためには周りをどう掘るかとか、そんなことも含まれていた。きのこは普通に摘み取って構わない。
 大半が捕獲方法を迷った蛇は、先行した雫が『蛇の首根っこを指又状の棒で押さえる』と知っていたので、無闇と武器を振り回さずに済むようだ。道具だけは、ちゃんと馬車に乗せられている。後はたくさんある筒の中に、毒蛇も死に到る毒を布に含ませて蛇ごと押し込み、三日くらい放置するとか。
「蛇は叩くと気絶したように見えるけれど、攻撃本能と反射で咬んでくるから、きっちり首根っこを摘むことね」
 百合に淡々と説明されると難しくないようだが、相手は毒持ちなので油断禁物。柚乃は自分のもふらさまの他、忍犬、猫又の足元にもしっかりと布を巻いて、蛇対策を施すように皆に勧めている。施されるほうは『そんなにとろくないよ』と考えていたかもしれないが、猫又・シリブリーストゥイはともかく、ベルトロイドのザラチーストゥイやレヴィのヒダマリ、瑠璃のラミアといった忍犬達は人語を話さないのでされるがままだ。もちろん八曜丸もしっかりと足元は布でぐるぐる巻きである。
 なお、毒蛇より面倒な蜂は、百合が準備も簡単な誘き寄せの罠を提示したので、それで捕まらなかったら巣を目指すことにした。あえて危険な方法を取る必要はない。よって、これまた皆して、蜂に襲われにくいという白い上着を羽織り、頭にも白い布地を被った。
「これだけ準備が良くて、どうして捕獲方法を知らないのかしら」
 リゼットの疑問はもっともだが、セシリアが自分にも上着を寄越せと騒いだので、依頼人に確認はされなかった。土偶ゴーレムに毒蛇と蜂のどんな対処が必要かと、言われた側は結構不満だったようだが‥‥種族の違う同輩達はちっともセシリアの味方はしてくれなかったようだ。

 さて。
 三頭の龍は離れた場所に待機させ、二手に分かれた一同は蛇と蜂捕獲が三人、毒草ときのこ採取が八人と、かなり歪な人数比になった。これは森に入った途端に勝手に奥に進もうとする依頼人の見張り兼護衛に雫とリゼットが付き、同様に単独行動に走りそうなジェシュファの首根っこをベルトロイドが押さえていることによる。それに柚乃と桜香、オドゥノールが加わっての八人だ。
 残る滋藤と百合、レヴィの三人が主に毒蛇、毒蜂捕獲担当なのだが、この三人には強い味方がいた。まずはレヴィと百合の忍犬ラミアとヒダマリの二頭に、
『リゼットめ‥‥私を最前線に送るなんて!』
 愚痴に忙しいゴーレム・セシリアだ。準備した数の都合で、上着はないまま。
「それだけ頼りにされておるのだと思えばよかろう」
 龍の影牙には待機場所周辺の警戒は怠らぬよう言い聞かせてきた滋養は、生真面目にセシリアの愚痴の相手をしてやっている。百合とレヴィは、蛇を見付けたら吠えて知らせるようにと、愛犬達に言い聞かせているところだ。
「蛇を見付けても、咬んだら駄目だぞ。毒がある奴だけ知らせてくれればいいからな」
「そこまで判断出来るかは、流石に怪しいと思うけれど?」
「そ、そうかもしれないけど、一応期待してみたというか、うんっ」
 ヒダマリにかなり難しいことを言いつけて、百合に突っ込まれたレヴィはあたふたしているが、ヒダマリは落ち着き払っている。言われたことはちゃんと理解していますよ、とでも言いたげだ。次の命令を待っている様子でもある。
 百合も仲間を困らせる趣味はないから、レヴィとヒダマリの様子を確かめて、自分の愛犬に向き直っている。こちらはこちらで、百合にべったりのところがあるが、仕事の合図の黒曜石ペンダントをかけられてどっしりと座っていた。
 三人と二頭と一体は、植物採取の一団が棒で草を掻き分けて移動し始めたのと反対側に、荷物を背にゆっくりと進み始めた。山林で蛇に遭わない用心は、足元の草を大きく掻き分け、自分の存在を示すことだが、捕まえるためにはゆっくり、そっと歩くしかない。その上で、蛇が好むらしい物陰などを見付けて探すことになる。
 うっかりすると潅木の茂みや葉の落ちない枝に視界が遮られて、互いの位置を見失いそうになる。一応熊避けの鈴は全員が持っていたから、その音を頼りにしつつも声も掛け合い、はぐれないようにしながら歩いていて、最初にそれに気付いたのは滋藤だった。身長の関係で、高い位置にあるそれが嫌でも目に入ったのだ。
「蜂の巣らしいものを見付けた。前方の柏の木のうろだ」
 百合とレヴィの頭の位置にあるうろの中を確かめるのは大変だったろうが、二人も蜂が出入りするのは見えたらしい。小さい身振りで了解の合図を送ってくると、そっと柏から離れていく。セシリアは『取って来い』とでも言われると考えたのか、すでに遠くに離れていた。幾らなんでも、三人とも他人のゴーレムをそこまで扱き使うつもりはないのだが。
 ともかくも少し離れて、それから背負っていた荷物から小さな素焼きの壷や水筒を取り出した。壷の口には蓋があって、細い紐で吊るせるようにもしてある。その中に果汁から作った酢と水を入れて、入口に蜂蜜を塗ったら、蓋を少しだけ開けて適当な枝に吊るす。うまく行くと甘い香りに誘われた蜂が中に入って、水に落ちて飛べなくなる。
「蜂は避けるのが難しいから、これで捕まるといいな」
 レヴィは呑気にヒダマリに話しかけていたが、なにやら唸っている様子に視線を巡らせて、
「何、熊が出たの?!」
 甲高い悲鳴に慌てて駆け付けた百合とラミアが見たのは、盛大な悲鳴を上げつつも棒の先で蛇の頭を押さえているレヴィとそれに吠えているヒダマリの姿だった。慌てて駆け付けた滋藤も、咬まれたわけではないと知って安堵している。彼の場合、実際に蛇の大きさを確かめて、待機させている龍達の鱗を貫くほどの牙は持っていないことを確かめたせいもあっただろうか。

 甲高い悲鳴に驚いて振り返ったのは、毒草・きのこ採取の人々もだったが、中には耳に入っても聞こえていない者がいる。
「ジェシュ、ちゃんと周りの様子も注意しておいてよね」
「何?何か言った?」
 稀少な毒草を見付けたとかで、土を掘るのに夢中のジェシュファは、やっぱり悲鳴も聞こえていなかったらしい。その後に問題ないと示す笛も届いたが、仕事に集中しているとはいえ耳に入らないのは困る。と、ベルトロイドもシリブリーストゥイも思うし、その意を正しく汲んだ様子のザラチーストゥイはジェシュファを立たせようと鼻面で押しているが‥‥肝心のジェシュファには伝わらない。
 植物に詳しいから、周辺の様子から『生えているならこれ』と捜す手腕も的確で、力仕事はベルトロイドも手伝うから仕事の進み具合はよい。ついでに指定された以外の植物も少しずつ集めているらしい。おかげで荷物はどんどん増える。
 こんな状態で熊や野犬が出たら、他の者と離れてしまった自分達は危ないのではなかろうかとベルトロイドは思うのだが、やはり人の気配に犬、猫又までいるとなれば大抵の野生動物は逃げるか身を潜めるものらしい。ねずみ一匹出てくることはない。
 しばらくして。
『これ、いるの?』
 周囲の警戒と称した散策にお出掛けあそばしたシリブリーストゥイが爪先に引っ掛けてきたのは、だんだら模様も派手な蛇が一匹。ザラチーストゥイは派手に唸っているが、猫又は『いらなかったら遊ぶ』と弄り倒す気満々だ。
 もちろん、毒蛇はご提供いただく。

 夢中になると人の声が聞こえないのは、一人ではない。依頼人のアデライーダことイーダも相当のものだ。リゼットが念入りに二つも熊避け鈴を着けさせたのは、万が一にはぐれた場合に備えてだ。とはいえ、リゼットと雫の二人で左右か前後から挟んで移動している現在、振り切られる畏れはほとんどない。
「あ、これは食べると呼吸困難になるきのこ〜」
「そんなのが、歌うほど楽しいの?」
 だが、何か見付ける度に変な節をつけて歌うようにされるのは、はっきりきっぱり奇妙すぎて落ち着かない。医者の道を進んでいる雫も、何に使うつもりか分からない物が多いようで、なんとも奇妙な表情になっていた。
「これを何に使うの?」
「ねずみ駆除ですわ」
「あぁ、診療所には重要ね」
 人間相手ではないと答えられれば、雫は納得しているが、なんで医者がねずみ駆除に熱心なのかがリゼットにはよく分からない。後で雫に訊いたところでは、ねずみは病気を運んでくるから、診療所などには寄り付かないように幾重にも対策したほうが安心という話だった。聞けば真っ当な理由だが、採取の間中『うふふ〜』と笑うのは止めて欲しい。
 ちなみに、雫と二人でなら医者らしい会話になるので、聞いているリゼットも安心の状態だ。でも視界に毒草や毒きのこが入ると、体がそちらに流れるので要注意。
「どうしてそんなに毒が好きなの?」
 あまりにふらふらと見付けた物に直進するので、リゼットが面と向かって尋ねてみると、
「修行中に、姉が詳しくない分野を修めようと考えましたの」
 至極真っ当な理由ではあった。姉妹で得意分野が違えば治療の幅が広がると、雫は納得の面持ちで頷いている。
「そのうちに、毒を扱う緊張感が楽しくなって」
「そういう言い方は、誤解を招くから止めてください」
 続いた言葉は雫が叱る通りに、だれかれ構わず言っていいことではない。
 とりあえず、またどこかにすっ飛んでいかないように、二人はイーダがうきうきと毒草を掘り起こすのをの待っている。下手にうろうろさせられないと、その一点で彼女達の意思は統一されていた。

 その頃、ちょっと離れた場所では。
 駿龍が三頭、羽を休めていた。そのうちに飼い主達が戻って来て、上空偵察に出るかも知れないが、今はやることがない。待機と言われたので、三頭共に楽な姿勢でいる。
 だが長時間ともなると退屈してくるのか、最初に動き出したのは涙だ。周りの木を眺めていたが、一本に近付いて爪で幹の上を削りだした。誰かが見れば、その辺りに熊の爪痕があって、上から消していると分かったろう。縄張りでもないのに、示威行為に目覚めたらしい。
 そうかと思えば、ゾリグも一度遠吠えをやりだした。これは遠方から聞こえた狼か野犬の吠え声に対する威嚇らしい。こちらも程々に退屈していたのだろう。飼い主は吠え方で思考が分かるのか、急いで様子を見に来ることもない。
 影牙だけは、のんびりというよりは物静かに伏せて、寝ているらしい。

 毒草ときのこ採取は順調だが、指定された種類は一つではない。だから三人と二体で行動している柚乃と桜香、オドゥノールと八曜丸、桃香はかなり忙しく、あちらこちらに巡っていたのだが‥‥
「八曜丸、勝手に食べたら駄目だって言ったでしょ」
『なんでわかるもふっ』
 八曜丸は見付けた果実をもぐもぐやっていたことを見破られて、驚愕している。鏡を持たない八曜丸には、自分の口周りの毛が紫に染まっていることなど見えないからだ。そうでなくても、柚乃が近くに来るまで木苺の茂みに頭を突っ込んでいたから、誤魔化しようもないのだが。
『これで落ち着いて摘めるわ』
 毒草が沢山生えているところだから、不用意になんでも口にしたらいけないと注意したのを忘れたかと、心配半分で怒られている八曜丸の背中では、桃香が木苺摘みの真っ最中だ。自分の背が届く範囲は一通り摘んでしまい、台替わりに活用中らしい。人妖の彼女が持てるのは小さい籠だが、中はすでに木苺でいっぱいだった。
「薬草も採ってねってお願いしましたのに」
 毒草摘みは気が乗らないと、桜香の注意もあっさりと跳ねつけられた。桜香とオドゥノールがきちんと仕事をしているから、自分は休憩に備えるのが仕事だというのが桃香の主張である。
 確かにオドゥノールは桜香や柚乃と会話も楽しみつつ、熱心にきのこ類を採取している。きのこは湿ったところを好むから、その採取も場合によっては地面に這うようになって、この季節は地面に触れたところから冷えてくる。それだけのことをしただけあって、きのこの採取量は一行の中でダントツだ。傘が開きかかっている危険なものは、油紙で包んだりと対応も素晴らしい。
 その実、二つ用意した籠の片方には食用きのこが入っていて、更に別の袋に指定の毒キノコでもなければ食用でもないだろう極彩色のきのこが『なんとなく面白そう』と詰められていたりするのだが。
「そうだ桃香嬢、もうちょっと大きな実があれば、ゾリグにも採っておいてやってくれるか」
 見た目に似合わず甘いものを好む駿龍のために、毒草でも薬草でも掘り起こしたり抜いたりするのは難儀そうな人妖にオドゥノールが頼んだが、龍が満足するような大きさはこれまた桃香の手に文字通り余るようだ。たくさんあればいいのだろうと、八曜丸共々探しに行っている。
 根気のないもふらさまに無理に仕事をさせようとしても無駄と、柚乃はまた目的の植物を探し始めた。離れすぎないように、桜香とオドゥノールも下を向いて作業している。
「後で、きのこ汁にしましょうね。干し肉をちょっと入れると美味しいんですよ」
 こちらも食用のきのこや植物採取『にも』余念がない桜香は、口に入れても絶対安全なものを別により分けて採取していたが、まさか予想もしていなかっただろう。
 後で友人が食べられそうで毒があるきのこを大量に出してきたり、それを見たレヴィが『この間食べようと思った』と口にしたり、イーダが『ちょっとだけ入れると、体が痺れるけど暖まる』とほざいたりするとは。

 半日ほど、それぞれに働いた結果。
 蛇捕獲の百合、レヴィ、滋藤は少し顔色が悪かった。蜂は十数匹、蛇は二十匹あまりも捕らえる事が出来たのだが、蛇団子を見付けてしまって非常に心臓に悪い思いをしたからだ。蛇団子はごく稀に、寒さをしのぐのか蛇が大量に絡み合って、冬眠同然にじっとしているものだ。流石にこれに触れる気にはならなかったが、それだけ固まっていると気配にも敏感になっていたのか、向かってきたのを何匹かは切ったり、潰したりしている。
 そうしながら離れた三人の合間から、セシリアが捕まえた蛇がいっぱいというわけだ。
『咬まれたのよ』
 ゴーレムの剛肌には傷一つないが、皆して労わった。
 毒草、きのこも十分に確保され、ついでに食べられる実やきのこがどんどんと出てきて、そちらに混ざっていた毒きのこは的確に弾かれたが‥‥
 せっかくの収穫もあるで、熱い汁物を味わってから帰ろうと話がまとまったはずなのに、余分に取れた薬草を誰が取るかやどう交換するかで熱っぽい論議を繰り広げている一部の人々は、そうしたものを要さない人々からの不思議そうな視線などものともせずに騒いでいる。
 この調子では最後まで熊は出るまいと、『取引』を眺めている人々はしみじみと思っていた。イーダがまったく気にしていないので、多分気にする必要は無いのだろう。