裏・開拓者ギルド 〜白猫又
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2010/10/18 23:27



■オープニング本文

『よう、開拓者でもふな。この世の修羅場、開拓者ギルドにようこそでもふ。ここのギルドで依頼を受けるのは初めてもふ? ふふふ、大丈夫もふ。最初は苦行でも、それが快感に変わり、いつの間にか依頼なしではいられなくなるもふ‥‥そうなる頃には、一人前の開拓者の完成もふよ』
 そこでは、一頭のもふらさまが、含み笑いつきで出迎えてくれていた。そもそも顔の造りが笑っているようだとは、言ってはならない。

 場所はジョレゾの一角。入口には『うら・かいたくしゃぎるど』と子供の悪戯書きかと思わせる字で書かれた看板が掛けられた、どう見ても倉庫っぽい建物だ。
 確かに、位置は開拓者ギルドの正しく裏。
 覗いてみれば、中には一応カウンターらしきものがあり、そこには見慣れた受付の姿は‥‥なかった。
『いよう、開拓者がや。覗いとりゃせんで、ずずぅっと中にへえれや。ちょんど、依頼が入っただよ』
 いや、それっぽいものはいる。
 どこの訛りかも分からぬ謎言語を操る、土偶ゴーレムがカウンターの向こうには立っていた。
 依頼書らしきものを手にしているが、書かれているのは明らかに人語ではない。

 と、土偶ゴーレムの背後から、ゆらりと立ち上がった影がある。
 古びたクッションに横たわっていた、真っ黒艶やかな毛皮をまとったそれは、長い二本の尻尾を持っていて、どこからどう見ても立派な黒猫又だ。
『ギルドマスターのお成りもふ』
『やいやい、マスター直々のご説明だじぇ。よんぐ聞げ』
 裏開拓者ギルドのギルドマスター様は、真っ赤な口を開いて仰った。
『お前達、白い猫又を捕まえておいで』
 猫又が猫又に何の用? それより自分で探したほうが早くない?
 なんて呆気に取られていると。

「こらっ、おまえ達はまた勝手に抜け出して!」
 本物の開拓者ギルドで見たことがあるような人が、怒鳴り込んできたのだった。
 どうやらもふらさまと土偶ゴーレムと猫又は、ギルドの宿舎から抜け出して来ていたらしい。
『いいかい、このあたしに喧嘩を売った白猫又を捕まえて、外の原っぱに連れて来るんだよ』
 裏の開拓者ギルドマスター様は、そう言い残して、窓から華麗な逃亡を遂げた。
 もふらさまと土偶ゴーレムは、入口で押し合いへし合いしているうちに捕まっている。

 そういえば、さっき開拓者ギルドの屋根の上で、白と黒の猫が大喧嘩をしていたけど、あれって猫又だったのかな‥‥と思った時には、裏開拓者ギルドの中は空っぽだった。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
ジェシュファ・ロッズ(ia9087
11歳・男・魔
イリア・サヴィン(ib0130
25歳・男・騎
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
藤嶋 高良(ib2429
22歳・男・巫
針野(ib3728
21歳・女・弓
常磐(ib3792
12歳・男・陰
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文

『いいかい、このあたしに喧嘩を売った白猫又を捕まえて、外の原っぱに連れて来るんだよ』
 裏の開拓者ギルドマスター様は、そう言い残して、窓から華麗な逃亡を遂げた。
 そのはずだったが。
「ちょっと待ってくれないか」
「白猫又って、もうちょっと他に特徴はないの?」
 イリア・サヴィン(ib0130)と琉宇(ib1119)か呼び止めたものだから、不機嫌さ丸出しで振り返っている。ちなみに黒猫又は屋根の上だ。
「わしら人間の目から見ると、猫又を見分けるのって難しいんよ。だから、『白い毛並み』だけじゃなくて、他の情報もほしいさー‥‥初めて会った子だったん?」
 彼我の距離がちょっと離れているので、針野(ib3728)が背伸びして、口の周りに手を当てて問い掛けている。その横では藤嶋 高良(ib2429)が、やたらと神妙な顔付きだ。
『二、三日前から姿を見るようになったけど、とにかく失礼な奴なんだよ』
 顔を見るだけで失礼さが分かると、見分けが難しいと訴えている相手には説明にもならないことを言い放ったが、猫又連れのジェシュファ・ロッズ(ia9087)が納得していたので、『失礼そう』くらいは分かるものかもしれない。
「まさか、人生で二度も猫探しの依頼をする羽目になるとはね‥‥これも世界を征服する女の宿命か」
 猫又探しの経験者がいるのはありがたいが、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が言うことはなにやら微妙な雰囲気だ。
「土鍋の中に入った猫又さんもいましたね。狭い所がお好きなのかもしれません」
 真剣な和奏(ia8807)だが、同じく微妙。狭いだけでは、流石に探しようがないし。
 そんなことを言っている間に、黒猫又はすたこらさと屋根から屋根に飛び移り、『原っぱ』に向かってしまったようだ。
「あら〜、向こうで暴れたりしないといいんですけど」
 のんびりとアルネイス(ia6104)が呟いた横では、今まで話に取り残されていた常磐(ib3792)とルー(ib4431)がようやく事の次第を皆に聞いていた。彼と彼女は、早朝の猫又大喧嘩を知らなかったらしい。
「喧嘩って一体、どんな喧嘩してたんだよ‥‥」
「でも喧嘩と聞いては、放置もしておけませんね」
 感じ方は多少異なるが、あの興奮状態の黒猫又をそのままにしておくのはどちらも気が進まない。『なぜ毎回動物探しなのか』と話し込んでいるイリアや琉宇、世界征服の前段階らしい風葉、その風葉に『行くぞ』と同行決定されているアルネイスと、その場の勢いに釣られた気配の和奏は今にも捜しに出そう。ジェシュファもひょっこり顔を出した兄弟のベルトロイドと一緒に白猫又を探すつもり満々の様子。
 もうちょっと話を聞きたかったねぇと言いつつ、針野もこの珍妙な依頼を受けるつもりでいるようなので、まあちょっとは協力しないといかんだろうと、ルーと常盤が思い、皆でどう手分けして探そうかなんて相談を始めたところ。
『高良。我がいない間に、何を勝手に出歩いておるか』
「デュク、尋ねたいことがあるんだが」
 『うら・かいたくしゃぎるど』の入口には、白猫又が一匹、素晴らしく偉そうな顔付きで座っていた。話し掛けられたのは、藤嶋である。
 もしこの猫又が、問題の白猫又だったら‥‥あっさり見付かってつまらない、いや良かった、もう帰って自分の龍と遊びに行くか、まだパン屋にも寄ってないのに、自分の猫又くらいよく見ておけ等などと、皆が勝手に色々考えていたが、白猫又デュクは事情を聞いて、きらーんと光る爪を出した。
『‥‥お前は我に引っ掻かれたいのか?』
 そんなのと間違われるとは迷惑千万、失礼にも程があると、返答次第では実力行使も辞さない構えだ。とは申せ、この中の誰も問題の喧嘩を直接目撃はしていないので、しっかり確かめたいとか思うのだが、助け舟は珍しいところから出てきた。
『確かに声が違うみたいね。どこかに別の白いのがいるのじゃないかしら?』
 喧嘩の声だけなら聞いたと、ジェシュファの連れの猫又シリブリーストゥイが口添えしたのだ。喧嘩の内容まではよく聞かなかったが、片方の黒猫又が大変な剣幕だったのはよく憶えているらしい。
 と、この段階で猫又連れでない者も短時間に三頭の猫又と出会った訳だが、確かにいずれも顔付きから受ける印象が違う。どっちも偉そうな黒猫又とデュクでも、黒猫又の方がより猛々しい。デュクは落ち着き払った高貴な感じの偉そう。高貴な感じはシリブリーストゥイもだが、こちらはかなりお上品だ。
 なんてことを見て取った琉宇や常盤は、これなら白猫又がもう一匹くらいいても間違えないだろうと、まずは買い物に向かおうとした。常盤は猫向けに煮干やマタタビ、琉宇は人間用にパンと牛乳を買うためだ。聞き込みはその次である。
 だがその前に、白猫又を探す範囲をちゃんと相談してからということで、情報交換のための集合時間も決めて、それでようやく一旦解散だ。
「果たし状でも書いてもらいたかったが、あの剣幕では無理だったろうな」
 イリアが残念そうに呟いていたが、そもそも猫又に読み書きが出来るのかという大切な点が抜け落ちている。すらすら書かれたら、それはそれで見物だったけれど。

 さて。
 まったく正規の依頼ではないが、これもまた世界征服の第一歩。
『きっと違うぞ、それは‥‥』
「あによ?そうでなければ、アタシに二度も猫又探しの依頼が来る理由がないって」
 人妖の二階堂ましらをつれ、同行者はこれまた喧嘩の声で安眠妨害されたと立腹のジライヤ・ムロンは後刻召喚予定のアルネイスである風葉は、黒猫又が向かっていった方向に移動していた。もちろん自分もましらも人魂を使って、白猫又の捜索も抜かりなく進めている。移動方向が黒猫又の行った先なのは、白猫又を連れて来い指定が『原っぱ』とあんまり大雑把すぎて、細かい場所がはっきりしないせいもある。それもはっきりしておかなければとアルネイスが指摘したので、時間があれば原っぱに二人とましらで向かうか、アルネイスだけが行くことにしてある。
「ムロンちゃん、うたた寝していたら五月蝿かったって、すごく怒ってましたからねぇ。何度も喧嘩しないで済むようになるといいんですけど」
「ムロ助が顔を見ててくれリゃ、絶対に間違えないんだけどな」
 人魂を使っているから、移動はたいして速くないが、範囲は広い二人と一体は今のところは白猫又の手掛かりは見付けられていなかった。このままだと原っぱで、まずは黒猫又と合流する羽目になりそうだ。
『猫又なんか探したくないよ』
 ましらの一言は、巻き込まれた朋友達の正直な気持ちだったろう。

『なんでっ、わざわざっ、猫又なんかをっ、探さなきゃいけないのっ!』
 小さい体で大絶叫しているのは、和奏の人妖・光華だった。せっかく和奏と二人で、楽しいお買い物三昧のはずが、いつの間にやら白黒猫又の揉め事に巻き込まれて大迷惑だ。和奏がそんなのとっとと断ってくれればいいわけだが、強く出られるとうんと頷いてしまう光華の相棒は、こういう時にはまったく頼りになりゃしない。
 となれば、致し方ないので、
『和奏、あそこのお店で訊いてみなさいよ』
「服屋さんは猫又さんにはご用がない場所だと思うのですが」
 猫又喧嘩の目撃者探しをしている和奏を、自分が覗いてみたいお店に向かわせるのに忙しい。人妖の光華に人間の服も装飾品も合うわけはないのだが、世の中には見ているだけで幸せなものがあるのだ。猫又探しで中断するには、あまりにも惜し過ぎる。
 でもしかし、見付からなくてもいいとは、光華も思っていない。
『見付け出したら、肉球を踏み付けてやるんだから!』
 真面目に探すのは、他の面子にお任せだが。

 その頃、ルーは開拓者ギルドで聞き込みを行っていた。周辺でも他の者が手分けして、喧嘩の目撃者探しを行っているところだ。ルーの担当は、開拓者ギルドの職員達である。
 なにしろ猫又といえば討伐依頼も出る獰猛さを持つケモノ。普段朋友で見慣れている開拓者の大半は脅威と感じないが、野良が帝都をうろちょろしていることはまずありえまい。よって開拓者ギルドなら飼い主も分かるはずと考えたのだ。
「真っ白の猫又?今、港に二匹いるはずだよ。ミヅチはもうちょっといるねぇ」
 ルーの相棒・ミヅチのローレライは、港と聞いてじたばたし始めた。依頼があるわけでもなかったのに、ルーがローレライを連れているのは、ローレライが極端にルーと離れるのを嫌がって騒ぐからだが、係員はそこまで気付かなかったらしい。可愛い可愛いとひとしきり構いつけ、白猫又の飼い主に会いたいと告げたルーに、
「ジェレゾにいないんですか?依頼中?」
「依頼が終わって、里帰り中、かな?猫又だけ預かってるみたい」
 飼い主はいないが、喧嘩をしていた白猫又は間違いなく現在不在の開拓者が飼い主だと目撃した人々に確かめて、ルーはもう一つ大事なことを思い出した。
「なんだか失礼だって怒っていた朋友がいるんだけど」
「あー、雌には失礼」
 あっさり返されて、ルーは『猫又って明確に性別があるんだ』と違うところに驚いたりしている。

 問題の白猫又がデュクではないとしっかり判明して、ほっと一安心した藤嶋だが、彼自身の聞き込みではたいした情報は仕入れられていなかった。喧嘩している猫又を見た人は何人か見付けたが、何が理由かはよく分からない。あまり人語を使っていなかったようで、最初は普通の猫の喧嘩かと思っていた人が大半。突然人語に切り替わったりして、猫又だったかと驚いたと言うのがほとんどだった。
 となれば、デュクが周辺の猫から白猫又が去った方向だけでも訊いてくれればいいのだが‥‥
「喧嘩がひどくなったら、説得だけは一緒にしてね」
 すっかりと傍観者状態のデュクは、藤嶋の『お願い』にもゆらゆら尻尾を揺らしているだけだ。最初にまさかと思ったのが、よほどお気に召さなかったらしい。

 ギルドの外では、針野も忍犬の八作を連れて、開拓者を中心に情報収集を行っていた。こちらも喧嘩の原因はよく分からないが、二人ばかりしっかりと目撃した人がいて、身体特徴は教えてもらうことが出来たのだ。
「猫又って、五十センチくらいだから‥‥結構大きいんかな?」
 よくよく思い起こすと、ジェシュファや藤嶋が連れていた猫又より、黒猫又はちょっとだけ小柄だった。だがそれより二回りも大きかったとなれば、普通の猫又より大柄なのだろう。
 なんでそんなのと大喧嘩したんだかと思わなくもないが、考えようによっては、大変珍しい場面に遭遇したとも言える。猫又に頼まれて、猫又喧嘩の仲裁なんて、故郷の祖父母や近所の人達への土産話に最適ではないか。
「八作、ちょっと大変そうだけど、頑張るさー」
 白猫又、多分体長六十センチくらい。色は確かに真っ白で、目撃者の一人は妙に生意気そうな、もう一人は気障ったらしい顔付きをしていたと断言した顔付き。やはり誰かが飼っているものらしく、首に赤い紐を巻いていたという証言まで得られて、針野は結構手ごたえを感じていたのだが‥‥
 頼まれたのは見付けて連れて来ることで、黒猫又は喧嘩の仲裁など頼んでいないと、残念ながら人語を話せない八作からの指摘はなかった。話せたところで、じいちゃんばあちゃんにお手紙書くときの話題になるかもと喜んでいる針野に、『よかったね』と言いそうな忍犬なのだが。

 どうして裏開拓者ギルドの依頼は、いつも動物探しなのかと首をひねりつつ、とうとう依頼を受けるのも三度目のイリアは、なぜだか『ボンサイさん』と琉宇に呼ばれている。常盤には事情がさっぱりだが、こういう依頼の時には互いを偽名で呼ぶのがしきたりらしい。琉宇をなんと呼べばいいのかは聞かされていないから、かなりあいまいな定義だが‥‥とりあえず、イリアは『ボンサイ』でいいらしい。
 そして現在、市場とパン屋とどこかのお屋敷を経由して開拓者ギルド近くに戻ってきた琉宇と常盤とイリアの三人は、犬やら猫に囲まれていた。常盤が干し魚、イリアが生魚を買い込んで匂いを振りまき、琉宇がパンくずを落としているとなれば、それは当然犬猫が寄ってくるだろう。
「犬が借りられなくて残念だったけど、よく考えたら忍犬がいたよね〜。ろんろんにも手伝ってもらえばいいか」
 あははと笑っているが、琉宇は猫又喧嘩の仲裁要員に以前縁があった家の猟犬を借りようとして、猫又相手なんて勘弁してくれとお断りされたところだった。それでようやく『それはそうかも』と思い至り、仲裁要員を自分や他人の朋友に置き換えている。
 ちなみにパンくずを撒いているのは。犬猫が寄ってきたら役に立つかもと考えたらしいが、そもそも猫又連れの仲間と別行動の時点で単なる餌やりになっていた。
「こんなに集めて‥‥猫又はパンは食わないだろ」
 黒猫の神威族だから猫と話出来ないのと尋ねられ、ちょっと不機嫌な常盤は、干し魚を守るのに忙しいから仏頂面に磨きが掛かっていた。犬猫からは聞きこみも出来ないので、早いところ誰か白猫又の行方を知っている人物に会いたいのだが、屋根の上で喧嘩した挙げ句に唐突に声が途切れてしまったとかで、どの方向に行ったのかはよく分からない。
 そもそも黒白猫又とも、飼い主なしで出歩くなと、そんなところに考えが到ったところで、地道に聞き込みを続けていたイリアがようやく白猫又が向かった方向を見た人を捜し当てた。ちなみに白猫又、去り際の台詞は『諦めるもんかー』だったそうだ。
「この台詞だと、ギルドマスターが一応優勢だったと見るべきだろうが‥‥それならどうして、わざわざ連れて来いと言うのだろうな」
 イリアは真剣に悩んでいるのだが、その傍らに佇む琉宇と常盤はと言えば。
「ボンサイさーん」
「ボンサイ、食われてるぞ」
 聞き込みに熱中したイリアがうっかり地面に置いたずだ袋の中の魚を、必死に漁っている犬猫の姿を眺めていた。手を出したら引っ掛かれそうなので、見ているだけ。
 ちなみに、白猫又が去ったのは、港の方角だったそうだ。

 その港には、ジェシュファとベルトロイドの兄弟が辿り着いていた。基本的にシリブリーストゥイのお手柄だ。道行く猫から情報を集め、港によくいると聞いて到着したが、あいにくと白猫又は再びのお出掛けの後だった。少なくとも、港の朋友預かり施設にはいないようだ。
「どこに行ったのかわからない?」
「大抵日当たりのいいところにいるが、どうしても会いたきゃ、そこの猫又に屋根の上でも上がってもらえばいい」
『なあに、それ』
 同族の姿を見ると近くまで観察しに来る性格だと聞かされて、シリブリーストゥイが『変わってるわね』と一言。わざわざ屋根の上に上がるつもりはないようだが、ジェシュファが『早く早く』と彼女の意向を無視して急かすので、仕方なく上がってあげたところ。
『よう、美人さん。一緒に散歩に行こうぜ』
『‥‥‥なんなの、あなた!』
 あっという間にどこからともなくやってきた白猫又の言い草に、シリブリーストゥイが尻尾と毛並みを逆立てている。

 それからしばらく後。
『この白い神聖な色に生まれたムロンに、でかいカエルとは何事かーっ』
 黒猫又指定の原っぱで、ジライヤ・ムロンが叫んでいた。アルネイスはどこに消えたものだか、姿が見えない。一緒に行動して行方も知っているだろう風葉は、黒猫又の居場所をきちんと確かめてくれていたのはいいが、白猫又を見た途端にましらと昼寝を決め込むことにしたようだ。
 そりゃあ、見付けたと聞いて、あちこちから慌てて集まってきた開拓者と朋友達も大抵が言葉に詰まったくらいだから、気持ちは分かる。
 ジェシュファは面白がっているものの、シリブリーストゥイはご立腹。
 光華の激怒に、和奏はご機嫌取りに忙しい。
 ルーはローレライにじゃれ付かれそうになってから、防御態勢を崩さない。
 針野は『猫又違いだといいのに』と呟きつつ、八作と様子見。
 『兄弟』といきなり呼ばれたデュクが不機嫌に唸っているので、藤嶋は気が気ではない。
 常盤はすっかり傍観者に徹して、炎龍・紅玉と一緒に原っぱでごろごろしている。
 ここまで白猫又を連れて来たイリアは、炎龍・クロノスがしゃべれれば『食い殺す』とでも言いそうな気配満々なので、宥めるのに必死だ。
 琉宇は駿龍・ろんろんが眺める中、原っぱで猫じゃらしを集めるのに忙しい。
『でかいカエルはカエルだ!俺の女に近付くなー!!』
『ふざけたことを言うんじゃないよっ。今度こそ叩きのめしてやるぅ!』
 猫又の習性か、単にムロンが挟まっているからか、猫又魔法大戦争にはなっていないが、舌戦は延々と続いていた。聞き苦しいことこの上ない。
 シリブリーストゥイがご立腹で、デュクが不機嫌なのも、もちろん白猫又のせい。こやつは同族には異様になれなれしく、他の朋友には無駄に偉そうで、人間は眼中にない。挙げ句に何をとち狂ったのか、黒猫又に劇的一目惚れとかなんとか。
「猫又さんって、親御さんがいるんですねぇ」
『そんなのどうでもいいでしょっ。お買い物に行こ!』
「ケモノだしなー。でもあんまり考えたことなかったさー」
 和奏と針野は、やれやれびっくりと呑気なものだ。ルーも会話に加わりたいが、ローレライが騒いで仕方がないので頷いたりするだけ。
「マタタビでも投げてみようか?」
『止めなさいよ。放置よ、放置』
『もう帰るか』
「アルネイスさんが見付からないのに帰れませんよ」
 ジェシュファが更に混乱しそうなことを言い出したが、シリブリーストゥイに冷たく却下された。デュクまでもう構いたくないとあからさま。藤嶋は流石に一人見当たらないのに帰れないと言って、猫又達に溜息をつかれている。
 一番賢明なのは、昼寝している風葉。次は龍を構っている三人だろう。
「あ、忘れてたよ。これ、お約束だから」
 琉宇は途中で起きている皆に牛乳とパンを配っていたが、張り込みの必需品と言われても張り込んでいなかったり。まあ牛乳が飲める朋友の機嫌が上向いたのは、大変にいいことだ。琉宇自身が、パンまでろんろんに齧られてしまったのは不運だけれど。まあたわむれている姿は楽しそうなので、猫又達に近付かなければ平和だろう。
 イリアは牛乳は飲まれるは、持ってきた魚は全部食い尽くされるは、それでもまだ寄越せよと偉ぶられて困っていたが、あんまり唸るクロノスにルーが驚いて振り向いた途端にころっと態度が変わる様子に、違った意味で頭を抱えている。もともと女性の言うことはよく聞く奴だと思っていたけれど、とうとう視線を向けられただけで愛想がよくなるとは‥‥と飼い主は悩んでいるが、背中にばりばり爪を立てられたのに仕返し出来ないクロノスの不満はもうちょっとおなかが満たされないと収まらない。出来れば大好きな生肉が欲しいところ。
『まさか、こんなカエルがいいのか?』
『誰がカエルかぁ!』
『カエルもお前もお断りだよっ』
「人の言葉なんか話せなくても、お前はいい奴だ」
 久し振りに紅玉を存分に飛ばせていた常葉は、一向に収まらない口論に呆れ果てて、思わず紅玉にそんなことを語りかけた。その言葉を理解したわけではなかろうが、紅玉はおとなしく貰った干し魚を齧って、常盤共々のんびりを満喫している。似たような光景は、針野と八作、ルーとローレライでも。
『カエルと言うなー!』
 どこかでお昼寝中のアルネイスがムロンに起こしてもらえるのは、まだ先のようだ。
『うるさーい』
 ましらと風葉は、耳を押さえて起き上がってきたのだけれども。