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■オープニング本文 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥ この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。 しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。 「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。 ジェレゾの開拓者ギルドの奥にある、あまり使われることがない個室。そこは内密の依頼を受けるとか、高位の貴族が訪れた場合などに用いられる部屋の一つだ。ギルドの職員であっても、入ったことがない者も少なくないだろう。 だが現在そこに通されているのは、部屋の華美ではないが高級な品物を趣味良く揃えたしつらえにそぐわない青年だった。服装こそこざっぱりとしているが、あちこちに巻かれた包帯が痛々しい。更に当人も座り心地がいいはずの椅子の高級さに落ちつかないのか、尻をもぞもぞさせていた。 正面にはジェレゾ開拓者ギルドのギルドマスター、ジノヴィ・ヤシンが、右にギルドの幹部、左に王宮の軍人、周囲には警護担当の武官と固められては、いかなる椅子とて座り心地を楽しむどころではなかろうが。 「では、何度もすまないが、事情を説明してもらおうか。言葉遣いは普段の通りでかまわないよ」 青年は反乱軍総大将のコンラートが最初に決起した街に、近くの村から出稼ぎに出ていたという。出稼ぎが必要なくらいに厳しい生活だから、当然ながら現辺境伯に対する心象は良くなかった。ために当初は反乱軍に加わり、物資の輸送などを担っていた。 だがオリジナルアーマーの戦果を見聞きして集まった軍勢を養うために、結局はコンラートも支配地域に重税を課す以外の方法はない。戦時の常で、利を見て集まった輩にはその上前をはねる奴がいるから、多くの町村で以前以上の困窮を強いられる羽目に陥った。 青年の生まれた村は、幸いなことにそこまでの重税は課されなかったが、そもそも皇帝への税を払った後のこと。これでは反乱に加担しても何も良いことはないと思い詰め、青年は同じ村の若者達と反乱軍を脱走した。 そこまでしたのには、隣の村がアヤカシに襲われて、集落ごと滅ぼされたと噂されていたせいもある。青年達が出稼ぎに行った後の村には、ほとんど若い男はいない。そこにアヤカシが来たら、隣の村と同じ目に遭うと焦燥に取り付かれたのだ。 ところが、彼らが村に戻った時には、すでに村はほとんど空っぽになっていた。 「アヤカシが村の皆を捕まえて、わざわざ荷馬そりに乗せて連れて行ったんだ。途中までそりの跡を追っていったけど、友達も三人捕まった。残りは村の近くに隠れてる」 襲撃時のことは青年も伝聞なので正確ではないが、突然村人達がばたばたと倒れて動けなくなり、直後に証言からするとゴブリンスノウの群れが村を襲撃。抵抗できない人々を荷物のようにそりに積んで、連れ去った。 荷そりは村にあったものだが、引いていったのは青年が言う馬ではなく、これまたアヤカシの一種であるらしい。雪上にほとんど足跡も残っていなかったというから、狼型のアヤカシだろう。ゴブリンスノウ共々、人を捕らえて連れ去るなどということはしたことがないアヤカシである。 普通なら、どちらもその場で襲って喰らう。それが難しい場合でも、まず連れて行く前に止めを刺す。 「俺達のことを殺すつもりはないようだった。友達は皆、足を狙われて動けなくなったんだ」 青年は残った中では一番の軽傷で、助けを求めて討伐軍の陣に向かった。本人も、また故郷の村も反乱軍に加担していたものだから、事情聴取はしつこく何度も行われた。青年は知る限りを話して、その情報で反乱軍への輸送を一部阻止できたことで、ようやく嘘を言っているわけではないと思われたようだ。 それでも討伐軍が救援に行かないのは、人手の問題と、 「エヴノ・ヘギンあたりは、こういう小技を使う輩か?」 「同じ魔術師とはいえ、顔を見たことさえ一度か二度では、さて。ですが、いかな魔術師とてアヤカシを操ることなど考えはしませんよ」 反乱軍側の罠との疑いが晴れないからだ。どう考えてもアヤカシらしくない行動だが、ジノヴィが軍人にやんわり反論したように、アヤカシと通じるなど魔術師に限らず、誰もすることではない。 「皇帝陛下が、反乱討伐同様にアヤカシ退治も命じられたとは聞き及んでおります。国の大事なれば、開拓者ギルドも協力は惜しみますまい」 皇帝その人との不仲を噂されつつ、愛国心を覗かせ、天儀への傾倒は見せないジノヴィの態度がようやく軍人の納得も得られたようで、行方不明者探索は王宮からの依頼として掲示されることになった。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)
15歳・女・騎
ヴァレン・レオドール(ib0013)
20歳・男・騎
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
リーザ・ブランディス(ib0236)
48歳・女・騎
オーウェイン(ib0265)
38歳・男・騎 |
■リプレイ本文 最も近い街でも、今の気候と地勢では馬でも四時間は掛かる。そこで正規軍から人手を割いてもらい、とんぼ返りに戻ったとしても半日以上。それでもこの後の方策もなしに、弱っていそうな多数の人々を移動させるのはやや無理がある。 だからナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)とルシール・フルフラット(ib0072)、リーザ・ブランディス(ib0236)の三人が、これまで皆が乗り継いできた馬の中でも足が速い六頭を選んで手綱を取り、それとは別に一人では危ういと心配されつつも風鬼(ia5399)が白馬に自分の荷物を載せ替えたところで。 「馬車だ」 誰かが呟いた。 呟きが全員の耳に届く頃には、海神 江流(ia0800)、天河 ふしぎ(ia1037)、ブラッディ・D(ia6200)の手は刀や剣の柄に掛かっている。さして間を置くこともなく、ヴァレン・レオドール(ib0013)とオーウェイン(ib0265)は馬上の人になっていた。 鴇ノ宮 風葉(ia0799)の瘴索結界の効果範囲からはまだ随分と外れるが、まだ明るい時間だ。崩れかけた城壁が視界を遮るとしても、見間違えることなどありえない。 アヤカシ、多分スノウゴブリンやオーガの類が、人々を引き立てて荷馬車に乗せようとしていた。 「小勢は叩き多勢は逃げるが約束じゃが‥‥」 「拙速を尊ぶ。まさに言われた通りの事態であろう」 ナイピリカが迷いも露わに言うことに、オーウェインが言葉を被せる。とやかく言うより先に、ヴァレンは突撃を開始していた。同様に、すでに馬の上だったリーザとルシールが続く。 「あぁあ〜‥‥やると思いましたともさ」 風鬼がぼやいた時には、海神や天河も馬上の人になっていた。 「俺も俺も〜、ぶった切るぜ!」 ブラッディなど、歓声をあげて飛び出していく。残された馬の手綱をまとめて、今まで身を潜めていた茂みに結んだ風鬼は、 「この仕事は、人命救助優先じゃないんだけどねぇ」 バトルアックスの重みを確かめるように振り下ろしつつ、白馬の胴を軽く蹴って、皆の後を追わせた。 開拓者ギルドで依頼の取っ掛かりを作った青年と引き合わされた一同は、大雑把に三つに分かれていた。 「‥‥なーんか、見た顔ばっかりね」 風葉が仕方ないわねとでも言うように頭をぷるぷる振っていたが、天河、ブラディ、海神が旧知の仲、それも相当親しいのは見ているだけですぐ分かる。似たような様子はナイピリカとルシール、リーザで見られ、残るオーウェンとヴァレン、風鬼は単独で依頼を受けている者達だ。 全員が揃えば、青年をまずは村までの道案内にするとして、ジェレゾから最も近い精霊門まで通してもらうだけだが、風鬼が正式依頼人は城の関係者になっているからか、出発の確認に来たギルドマスター・ジノヴィに幾つか尋ねていた。 行方不明者探索中であること、帝国軍が動く可能性とを、行く先々で出会うかもしれない人々に漏らしていいものか。これは問題なし。 そんなやり取りの合間に、『アヤカシと誰かが協力していたら』という話題になったが、風鬼はアヤカシにそそのかされる者がいないとは限るまいと思っているのに対して、 「それをした時点で罪人だ。開拓者でも、能力があっても魔術師と呼ぶことは出来ないよ」 押しの強さはないが、きっぱりと断言された。彼が『開拓者がそそのかされたかも』と口にしたら、開拓者ギルドの存在を危ぶむ者も出てくるだろう。 依頼を受けた十人の中に魔術師はいなかったが、我が身に置き換えて最も嫌悪感を示したのは五人いる騎士達だ。そもそもの期し方が違いすぎる風鬼やブラッディはさほどの共感はないが、労少なく仕事を探せる開拓者ギルドが皇帝に睨まれる事態など避けたが賢明なのは分かる。 何はともあれ、出発である。人命が係ることゆえ、馬を潰すまでは行かずとも、急ぐことには大体異論はない。 青年の村は話に聞いていた以上にささやかだった。その片隅の家に、連れ去られずに済んだ人々が隠れている。 「事件当日の様子と、今までに何か気付いたことがあれば、教えてくれないかい」 いかに急ぐとはいえ、村人からも情報をして入れておくべきとは数名から出た意見だが、実際に村人に対処したのはリーザだった。子供にはルシールが話を聞いている。 庶民に対するには同じ庶民の自分がと風鬼が名乗り出ていたが、村の青年が彼の奇妙なほど青白い顔に初対面では腰が引けていたので除外。自由奔放が過ぎる風葉と、言動がまるきり庶民的ではないナイピリカとヴァレンも除外。それに納得できない風葉をなだめているのが海神で、オーウェインと天河は念のため周辺の警戒に当たっている。 そうして、ヴァレンと風鬼、途中からナイピリカや海神も加わって馬の世話を一時間ばかりしている間に判明したのが、 「要するに白い大毒蛾だろ? それを連れて回ってるってことか?」 「連れているのではなく、モラの進路にあった村を襲ったと思えますが‥‥警戒は必要です」 ジルベリアではモラと呼ばれることの多い大毒蛾が飛んだ前後に、スノウゴブリン達が襲ってきたものらしい。人がばたばたと倒れたのは、おそらく毒蛾の鱗粉を吸い込んだからだ。吸ってすぐに死ぬことはないが、連れ去られた人達があまりいい状態ではない可能性も高い。 天河は早くも空中戦をどうするかを検討し始めたが、唯一弓を持参しているルシールは戦力的にそもそも空の敵はやり過ごしたほうがよいのではないかと考えている。浚われた人々が生命の危機に陥っていなければ、それが良かろうと思う者が大半だ。 「空の警戒も加わるのなら、隊列を少し見直してから出発しようか。先頭にはなれないよ」 投擲武器なら海神と風鬼も持参しているから、ルシールを含めた三人が固まらないように進む順番を入れ替えて、でも先走りそうな風葉と、反乱軍兵士にかち合った時に芝居をしてもらうナイピリカは真ん中だ。負傷者でもある青年の同行は辞退して、天河が任せておけと自分の胸を叩いていた。 先頭はこの時期でも騎乗に慣れているヴァレンとリーザにして、彼らが最初に向かったのは三つの候補地の中で最も人を軟禁するのに適した音信不通の寒村だった。そこにいなければ、廃村、洞窟と続ける予定でいる。 件の寒村までは、丘陵地帯と小さいが森を一つ、その後に平原を横切ることになる。天河が地図を描いてもらおうとしたが、口頭で目印を聞けば分かる道のりで、行程も順調だ。 もしも反乱軍に出くわしたら、相手の人数では捕縛か、それとも反乱軍に参加する貴族一行を装うつもりでいたが、見事に人っ子一人いない。迂回路を取らないで進むと、途中では他に人里はないからだろう。 オーウェインの手配でギルドから借りてきた白い布を馬にも被せ、マントの上にも羽織った一行は誰かに見咎められることもなく、寒村に辿り着いた。今度こそ、庶民を主張する風鬼が最初に入って行って‥‥すぐに戻ってきた。 「どうじゃ、家の中にでも隠れておったか?」 「この顔付きが示してるってもんでさ」 「アンタの顔、分かりにくいって」 ナイピリカと風葉の二人に畳み掛けられた風鬼だが、その前から顰め面だった。そうでなくとも、この季節にどの家からも煙一筋あがっていないのは、ジルベリア人にしたら異常な光景だ。リーザ、オーウェイン、ヴァレンの三人は、すでに村に繋がる道に残った轍の跡等を確かめ始めている。 「あれが砦だろ? とっとと見に行こうぜ」 そういうまだるっこしいことは面倒だとばかりに、ブラッディが言い募っている。実際はここまでも一人で突出したりはせず、きちんと調べることは調べていたが、退屈の虫がうずくようだ。皆が轍の跡があると言っているのを尻目に砦を眺めていて、 「人影みたいなのが見えたぜ」 最初に気付いて、ほらほらと他の九人を追い立て始める。もちろん言うがままに近付いたら危険なので、まずは隠密の心得がある風鬼と、心眼で何かいるかどうかが確かめられる海神、天河の三人で、様子を伺いに行くことにした。その間に、他の七人は装備を確かめ、馬の荷を移したり、もしもの場合に報告に走る経路を確認する。 やがて、明らかに砦の壁の向こうに人の気配が多数あって、心眼でも五十を越えるだろう反応が得られたと知らされて、一行は砦の中が窺えそうな場所に移動した。 「アヤカシは、左側だけだよ。海神、しっかりやんなさいよ!」 「俺には何にもないのかっ」 多分小さい頃からの態度だろうが、風葉が海神をけしかけるのに、天河がこんなときだというのに不満そうだ。風葉と天河の関係は見ただけだと分かりにくいが、恋人かそれに近い仲だろう。一見すれば女の子二人でも、年頃の男女であることだし。 それをこんなときに余裕なと思うか、不謹慎だと感じるかは人にもよるが、その近くではナイピリカがルシールの前に出ようと焦っている。リーザにどちらも無理をするなと言われているが、 「ナイ姉さま、戦場で年齢は関係ありませんわよ」 「ええい、もうわしが前に出ておるのだっ」 こちらはこちらで、一見したら何の間違いかと思う会話を繰り広げている。開拓者一行の中でも身長が高いルシールだが、ナイピリカが主張するところでは実際の年齢と外見は逆転しているらしい。 などと賑やかに五人ばかりが突っ込んでいけば、仮に馬蹄の音がなくてもアヤカシと、引き摺られるようにしていた人々も気付く。どちらも突然わいて出たと見える開拓者達に動きを止めたが、流石にアヤカシは敵と認識して身構えた。 その際に引き摺っていた女性を突き飛ばすのを見て、海神がそのアヤカシに向かった。風葉やブラッディ、天河には道中もやや突き放した言動が見られた彼だが、志体を持たない人にまで厳しいわけではない。海神が刀を振り下ろしたアヤカシは、更に横合いから剣に貫かれて瘴気に還る。 「弱〜い、まっ、これだけいればちっとは楽しめるかぁ?」 乗ってきた馬から飛び降りたブラッディが、奇声を上げてゴブリンスノウの群れに飛び込んでいく。相手がさして強くもなく、また仲間が多数いるならちょっと飛び出しても平気だと思い切ったのだろう。馬が突然制御を失って、砦の中で呆然と騒ぎを見ていた人々の中に突っ込みかけたのを、馬首を巡らせたリーザが止めている。 「後で話を聞かせてもらうが、今は皆で固まって待ってておくれ」 ここの数時間の間に連れて行かれた者がいないか確かめ、リーザもアヤカシ退治に加わる。代わりに風葉が砦の城壁の中に転がり込み、アヤカシとの間にオーウェインが立ちはだかった。 「馬車まで壊してはならんぞ」 オーウェインの鋭い声に、ブラッディが首をすくめた。しまったとばかりに距離を置いたのが天河とナイピリカで、反対にその傍らでランスの先にアヤカシを突き通したのがヴァレンだ。馬が繋がれていないから突然馬車が移動する事はないが、アヤカシに壊されても困る。 左右に目を走らせても馬の姿はなし、どうやって動かすつもりだったかとヴァレンが悩んだのも一瞬。数こそ多くても実力差が激しいことに気付いたアヤカシが、雪崩をうって逃げ出し始めた。 けれども追いついた風鬼がその退路にいて、たたらを踏んだアヤカシ達を今度は背後から皆が攻撃していく。人が相手なら背後から襲うのは躊躇う騎士もいるだろうが、アヤカシはそも人の理の外にある。退治しそびれることの方が罪悪だから、誰も容赦はしない。 中には多少力のあるアヤカシもいなくはなかったが、多くは馬上からと有利な位置を占めている。 その場にいたアヤカシを全て平らげ、半数が周囲に見落としがないかと警戒している中、火の気がない砦に閉じ込められていた人々は、風葉に促されて外に出て。 「私はヴァレン・レオドール、騎士の位をいただいております。開拓者ギルドへの依頼にて、皆様を捜しに参りました」 場違いな程に礼儀正しい挨拶をされて、多くの者は立ち竦んでいたが‥‥アヤカシがいない事を確かめて、少しずつ助かったことが理解出来てきたらしい。へたり込んで動けなくなる者、泣き出す者、早く帰りたいと言い募る者と様々だが、リーザやオーウェインに促されて、次々と馬車に乗り込んだ。馬は皆の替え馬を使うだけでは足りなくて、開拓者はほとんど徒歩だ。治療で疲れた風葉は馬車。 当初の予定が大幅に狂ったものの、ナイピリカとルシール、それから『口喧しいから行け』と風葉に喚かれた海神の三人が、近くの町へと馬を走らせることになった。 「今回ばかりは無理を願うよ」 馬に一言語り掛けた海神が他の二人と積雪と土とが入り乱れた平原を駆けて行き、残った七人は新手のアヤカシが現われないうちに少しでも現場を離れるために、馬を引いて歩き出した。幸いなことに馬車は全員乗り込めるだけあったが、到着が少しでも遅れればまるごと全員が連れ去られていたわけだから、間一髪というところ。 そうして、道々交代で人々から話を聞いてみると、彼らはやはりあの青年の村の住人で、少しばかり別のところで捕まった人達が混じっている。最初から顔触れは変わっていないが、砦には別に誰かがいた様子が残っていたらしい。もしかすると寒村の人々だったかもしれないが、今は確認する方法はない。 「働かされたとかはねえのか?」 遺跡の発掘でも密かに進めていたのではないかと疑っていた天河の問い掛けは否定の言が返ったが、この辺りに大アヤカシやゴブリンスノウ達以外のアヤカシの話はないかと尋ねたオーウェンには、数人が随分迷った挙げ句に聞き違いかもしれないと前置きしてから、こう証言した。 「お前達は何かの餌だと、そう言われた気がする」 スノウオーガか何かの、あまり鮮明でない発音で聞いた者も自信が持てないようだが、ともかく『餌だ』と言われたのは間違いないと口を揃えた。考えようによっては、アヤカシどもからより強いアヤカシへの貢ぎ物にするつもりだったのか。 より詳細に事情を尋ねるには相手の衰弱と敵への警戒が邪魔をしたが‥‥ 「開拓者ギルドの者だと名乗ったら、快く協力してくれたぞ!」 ナイピリカが『自分の家名は知らなかったのに』と少し不機嫌ではあったが、夜間行軍もしてくれた帝国傘下の町の兵士達と合流して、一行はようやく一息つくことが出来た。兵士達の勧めで交代で馬車に乗せてもらい、町でももう少し念入りに話を聞いてみたところ。 「あのじじいの餌だと言ってたわ」 人心地がついてようやく話が出来た女性の証言を得ることが出来た。兵士達は人型のアヤカシなど噂もないと断言したが、彼らとて昨今の状況から不安げな様子は隠せない。 もう少し戦地の様子にも通じている開拓者ならば他にも色々思いつくことはあったろうが、流石に不確実なことをその場で口にするほど無分別な者はいなかった。一部、他に止められた者はいたにせよ。 |