ベル薔薇
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/09 20:58



■オープニング本文

 ある日、開拓者ギルドにやってきたのは、老齢のご婦人だった。
 年の頃、六十歳かもう少し上。腰がちょっと曲がっているが、足取りはしっかりしている。
「あのねえ、ちょっとお願いがあって来たんだけど‥‥もうちょっと、落ち着いて話せる場所はないもんかね」
 ご婦人はちょこちょこと歩いて、依頼を受け付けるカウンターまで辿り着いたが、最初にまずそう言った。
「こちらのお部屋で伺いますから、どうぞお入りください」
「はいはい。上を向いてお話しするのは疲れますよ。ここの人達は、皆背が高いねぇ」
 別にたまたま話を受けた職員が大きいのではない。目立つほど背が高い男性ではなかった。まあ、ごくごく平凡なあたり。
 ただ、そのご婦人がかーなーり小さめだったのだ。
 けれども、このご婦人、声はべらぼうに大きかった。
「あたしの名前はベルと言いましてね。薔薇農園をやってます。薔薇農園ってのはね、薔薇の花を育てて、色んなところに売るんですよ。大輪の綺麗なのはお金持ちに、普通のは市場で売って、形が悪いのは香り袋にしたりね。うちの農園には、薔薇がいっぱいあってねぇ」
 そして、話は長いようだ。しかも、切れ目なく延々と話している。

 半時間ほどして、ベルおばあちゃんの薔薇農園語りが一向に終わらないので、別の職員が助けに行って、巻き込まれた。
 一時間後には、上司が割り込みに行って、少し話を進めたが、席を外した途端にまた話が迷走を始めた。
 一時間半後、受付の係の一番偉い人が出向いて、ようやく話をまとめてきた。
「農園の土壌作りに欠かせない土を、近くの崖に毎年取りに行っているが、今年は泥状のアヤカシが住み着いたと言われているので、退治して欲しいそうだ。ついでに土の採取と運搬も手伝ってくれという事になったから」
 依頼の要点やベルおばあちゃんの家の場所と問題の崖の位置関係などがばっちり書かれた紙を渡された受付職員は、若い女性だった。彼女の先輩である二人は、いまだベルおばあちゃんの世間話攻撃にさらされているらしい‥‥
「あのぅ、お話は終わってるんですよね?」
「ああいった相手の話をどう切り上げるのか、修行のいい機会だろう」
 受付の職員二名は、まだベルおばあちゃんに捉まっている。
「あらまあ、二人ともまだ独り身なんだねぇ。もったいないねぇ、こんなところで働いてるなら、きっと頭もいいんだろうに。あれかい、忙しすぎて出会う暇もないってやつかね? うちの近くだったら、幾らでもいい娘さんを紹介してあげられるんだけど」
 なんだか個人の私生活がだだ漏れているが、いつ息継ぎをしているのか分からないベルおばあちゃんの話しっぷりに恐れをなした受付の面々は、誰も仲間の救出には向かわなかった。
 結局、四時間後に偉い人に助け出された二人は、今度はお説教を喰らっている。

 何はともあれ、高齢のご婦人がアヤカシでお困りなので、退治して、ついでにちょっと農園のお手伝いをして欲しいとの依頼が、開拓者ギルドで募集され始めたのだった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
美空(ia0225
13歳・女・砂
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰
翔花(ib4373
16歳・女・シ


■リプレイ本文

 崖と聞いていたが、それは遠目でもはっきりと分かる程度の、
「土手だナ」
 梢・飛鈴(ia0034)が断言したとおり、高さがちょっとある土手だった。かなり黒っぽい茶色の土がむき出しで、所々に雑草が伸びている。
 だがまあ、依頼を受けた開拓者の中で飛び抜けて小柄な美空(ia0225)と腰の曲がった依頼人とは視線の高さが同じだから、崖に見えることもあるのだろう。
「このくらいなら、飛び降りても全然平気だよね」
「美空でも何とかなると思うのです」
 その美空は石動 神音(ib2662)と土手の高さについて、志体持ちらしい感想を口にしていた。一応高さは五メートル、男女問わず飛び降りて『全然平気』な一般の子供はいないだろう。
「あれなら泥の部分は目立つかしら。アヤカシが違う色だといいわね」
 邪魔になるほどの草木もなく、小動物の類はこれだけ人がいれば寄って来ないだろうから、予想していたより索敵は幾らか容易そうだと、少しばかり安堵しているのは深山 千草(ia0889)だ。もちろん油断は出来ないが、心眼に掛かるものがあればアヤカシだと断じてよい環境はありがたい。
「何体いるか分からないそうですが、離れているなら一体ずつ相手をするのがいいでしょうね」
 こちらも心眼の使い手の和奏(ia8807)も、土手の様子を眺めつつ、索敵の方法を確かめているようだ。
 ちなみに一行がいるのは、問題の土手から五十メートルばかり離れた所。全景を確かめてから、対処法を再確認していたのだが、二人ばかりしゃがみこんでいるのがいる。
「こんな感じでいいですか〜?」
「んと、大丈夫‥‥だと思います」
 ベルばあちゃんに貰った細紐を靴に巻いて、滑り止めにしている翔花(ib4373)とレジーナ・シュタイネル(ib3707)だった。お互いの靴に紐を結んでいたのだが、ようやく結び方に二人とも納得がいったようだ。アヤカシを上に引き寄せるか、下に叩き落せば足場は安定するが、何事も準備は大事。
「あの雲が切れたら行きましょうか」
「ナァム、はい。日差しがあれば、相手を見付け易いことでしょう」
 天候が崩れる心配はないが、少しばかり曇っているのを気にしていた菊池 志郎(ia5584)が、ようやく太陽から雲が外れそうなのを見て取り、皆に声を掛けた。泥状のアヤカシなら日差しで乾燥して多少の足止めにならないかと考えていたモハメド・アルハムディ(ib1210)は、そこまでの強さはないことを残念に思ったようだが、影が出来る方が土手に紛れているアヤカシは見付け易かろうと雲が切れるのを待ちかねている。
 基本の戦術は、和奏と千草の二人が心眼を使って索敵するのと合わせて、皆の目視はじめとする観察でアヤカシの所在を突き止め、相手が密集しているのでない限りは一体ずつ仕留める。後は状況により臨機応変。

 心眼の使い手が二人いるし、九人でぞろぞろ一緒に行動する必要もなかろうと、まずは二手に分かれる。土手の上と下に分かれるか、それとも両端から確かめて歩くかは悩みどころだったが、両端に分かれても見晴らしがよく、土手以外の場所はおおむね平坦な五百メートル。
「走れば間に合うナ。ちゃっちゃと退治するアル」
「ベル薔薇ばあちゃんのために、頑張るのであります」
 どこかにアヤカシ、天儀で粘泥、ジルベリアでスライムと呼ぶモノが大量にいたとして、通常移動は遅いらしいから、合流してから叩けばいい。戦ったことがあるモハメドの説明だと、気配を消した敵を敏感に察知して回避する知恵の持ち合わせはないから、心眼で見付けられれば問題はない。
 そして心眼で見付かりにくいのは、大抵知恵が廻るか、大型かで、今回は当てはまらない。もちろん和奏や千種の力量への信頼もあろうが、飛鈴は口にした通りに速やかに終わらせたいようだ。この後には土運びも待っているし。
 美空は基本が支援担当の巫女だから、それ以外の八人を使う得物や攻撃方法で割り振って、土手の両端から歩き始める。
「最近は雨も降ってないそうだし、ぬかるんでいたら怪しいですね」
 菊池が口調はのんびりと、視線は忙しく巡らせて、土手を上から下まで観察している。その傍らで、レジーナが土手から外れたあたりに目を光らせていた。こちらの態度は、きょろきょろ、そわそわといささか落ち着かないが。
 少し前には、神音が体を解しているのか、ぴょこぴょこ跳ねながら歩いている。スライムを見付けたら、すぐさま退治してやろうと決めているようだ。
「蹴り‥‥ちゃんと効きますかね?」
「暗勁掌使ってから、攻撃するよ」
「飛び掛かってくる時は素早いそうだから、足が巻き込まれないように注意してね」
 粘液状の泥に足を突っ込むことになったら、いかに開拓者でも嫌なものだ。どうも毒も持っているようだし。だから千草の指摘にレジーナが口をへの字にしたのは仕方ないが、その表情はすぐに真剣なものに変わる。
 心眼範囲ぎりぎりに一体と示されてよく見れば、菊池もレジーナも神音も、土手の裾が一箇所、周りの土とは違うことが見て取れた。動いてはいないが、明らかにねばねばした感じで、ただのぬかるみとも見えない。アヤカシがいると知らなければ、見落としそうなものではあったが。
 不意打ちを喰らわせられる状況なので、土手の中間地点で、少し離れた位置に待機していた美空を身振りで呼び寄せ、まずは菊池に神楽舞「心」を付与してもらう。最初は彼の不知火で攻撃と、こちらは話がまとまっているからだ。それで攻撃が当たりやすくなれば、後が楽になる。
「ささ、後ろは気にせず、頑張ってください〜」
 美空の、アヤカシ退治にはそぐわない気もする明るい声に後押しされて、四対一の戦いは一瞬上がった炎と共に始まった。

 それを土手の反対側から歩いていた、翔花やモハメドもすぐに気付いた。
「呼ばれなかったから、一匹だけですね。どんなのか、見てみたかったです」
「ヤー、翔花さん。こちらでも見付けたら、ちゃんと見られますよ」
 二体以上いれば、無駄に時間が掛からないよう全員で対するが、一体なら四人もいれば滅多なことにはなるまいと決めていたから、呼ばれなかった今回は一体だけ見付けたわけだ。初仕事の翔花は、後学のためにもスライムを見ておきたかったが、モハメドが言うようにまだいるかもしれない。油断してはならぬと気を引き締めて、まったく気にした様子なく進んでいる和奏と飛鈴に付いて行く。
 しばらくして、
「あれ、アヤカシ出たんですね」
「呼ばれなければ、気にするなアル」
 目の前のことに集中しすぎたらしい和奏と、決めた通りにするのが一番早いとちゃきちゃき歩く飛鈴に、翔花は驚かされる羽目になるのだが‥‥こちらは、特に異常がない故だ。そのまま双方合流できれば、すぐさまもう一つの仕事に移れたのだが、そうは行かず。
 和奏があまり緊張感なく、そこに一体いますよと指し示したのは、先頭の飛鈴から一メートルほどの距離で、彼らが踏んでいる地面から四メートルほど上がった土手の上の方。
「ゾァハラ、現れましたね!怪の遠吠えで引き寄せますか」
 モハメドが吟遊詩人の技能で引き寄せる提案をしている間に、飛鈴が苦無を投げ付けた。日が当たる中、そこだけぬかるんだようになっていたスライムに苦無は過たず当たり、ぷるぷると震えたスライムはぐいと四人がいる方向に体の一部を伸ばしてきた。その動きはかなり素早かったが、飛鈴とその背後にいた和奏は飛び退って避けている。
 その間にまずはモハメドがスライムを挟む向かい側に回りこんでいる。翔花もそちらに回り込もうとしていたが、まずはモハメドの重力の爆音が先。それをスライムにぶつけて、動きが鈍ったのか非常に分かりにくい状態だが、今度は和奏が白梅香で攻撃する。
 この頃になって、様子からアヤカシの存在を察した美空がせっせと走ってきたが、攻撃はどんどんと続いていく。シノビならではの技能活用まで思いが至らない翔花も、次々と手裏剣を投げているし、飛鈴はスライムのぐにょっとした感触が嫌だとぼやきつつ、蹴りに蹴っている。
 はっきり言って、攻撃がどのくらい効いているのかさっぱり掴めず、前触れなく触手のようなものが伸びてくるので間合いが計りにくい。急所もないだろうから、とにかく攻撃を当てまくるのが基本だ。
 とはいえ、どちらの組でも攻撃力に不足はないし、一体ずつ倒す分にはなんら問題はない。まず一体ずつ退治して、その後は二体まとめて見付けたのを八人で袋叩きにした。
 それで、無事にアヤカシ退治は終わったようだ。近くにアヤカシは探知されなかったし、それらしいものも見えなかったので、きっと大丈夫。

 故に、次は土手を崩して、土を荷車で十回も運ばねばならないわけだが。
「この荷車、車軸が傷んでますよ。ちゃんと直さないと、折れそうですね」
「おや、そうかね。これは亭主が作ってから、息子が直し直し使ってた(以下略)」
 ベルばあちゃんが出してきた荷車は、その体格にふさわしい小さなものだった。縦横幅一メートルの荷車は、手押し車の巨大版といったところだ。積む量の加減さえ間違えなければ、働きたくない感ダダ漏れの老驢馬を使わずとも、誰かが引いて、後ろから押せば動きそう。
 挙げ句に、うっかりと薔薇作りのコツやら土のことやら尋ねてしまったレジーナや翔花、神音に美空がベルばあちゃんの長話から脱出出来ないでいる間に、アヤカシ退治の様子を確かめに来た近所の住人から荷車や必要な道具のありかを聞いた和奏とモハメド、菊池が一通り持ち出してきて、和奏が念のためと荷車の点検をしていたら、傷んでいることが判明したのである。
 普通の荷車だったら、流石にないと困ると思ったろうが、これだけ小型。しかもベルばあちゃんの説明だと、土は固めてはいけないのだそうだ。出来るだけふんわり盛って運んでくれとのこと。
 この時点で、飛鈴が『鍛錬も兼ねて、籠で背負って運ぶ』と言い切った。けれどもベルばあちゃんや家族はどうも全員小柄らしい。道具類もちんまりしていたので、千草や菊池、モハメドが近所に頼んで、大きな籠や鍬などを借りてきた。驢馬はお留守番だ。
 そうして現在、土手の一部を上から崩している。下だけ掘ると崩れるから、上から削っていくのがいいらしい。
「えんやーこらやっと」
 賑やかな掛け声は、美空のもの。周囲にアヤカシがいないかの警戒との名目で、力仕事をすると潰れてしまう彼女は応援担当だ。時々踊ってもいる。
「どんどん落としますよ〜」
 土手の上で元気に声を張り上げているのは翔花。土を削って落とす作業に、神音と一緒に従事している。下に落ちた土を解して籠に入れるのと、その籠を運ぶ作業もあるが、運搬は力仕事になったので立候補した飛鈴が専任、男性三人が交代で。大きな籠に土を入れるのは、身長があるほうがちょっと楽なので、レジーナと千草が専任で頑張っている。
「細かくして落としたほうがいいのかなぁ?」
「塊だったら、下で割りますよ」
 神音がさてどういう風に土を削るかと考えていたが、細かい作業はレジーナが請け負ってくれたから、さくさく削っていくことにした。
「アーヒ、ああ、その位置から右に移動しながら削ってください」
 後日土手が崩れたりしないように、モハメドが各地の土木や堤防工事などを見てきた経験で、大まかだが指示を出している。手間の掛かる工法はまったく使う必要がないので楽だが、一箇所だけ削ると周りの土が雨で流されるかもしれない。それ以前に崩れるかもしれないから、皆して注意しつつ、作業そのものは順調だ。
「じゃあ、運んできます〜」
 開拓者の力なら、あの小さい荷車の半分は一人で一気に担いで行ける。となると、全員で二十往復すればよいから、そんなに時間は掛からないだろう。第一陣は菊池と和奏が、よろけることもなく運んでいった。
「ばあちゃん、風呂沸かしてくれてるアルかな」
「なんだか色々張り切っていたけど、お一人で大丈夫なのかしら」
 もちろん最初はベルばあちゃんも一緒に来るつもりだったが、開拓者と足並み揃えるのは無理があるので千草がお待ち願い、飛鈴が『終わったら風呂入りたい』と呟いたのを耳にして、蒸し風呂の準備をしているはず。夕飯も任せておけとか色々言っていたが、まあ全員が思っているのは、とりあえずお風呂だけなんとかして欲しい、だ。やはり汗もかくし、土埃を結構被っている。ここは一つ、さっぱりとしたい。
 神音と翔花がどんどん土を落として、千草とレジーナが籠に詰め、第二陣のモハメドと飛鈴が籠を背負って薔薇園に向かった。その頃には先の二人が戻っていて、今度は菊池だけが土を運んでいく。和奏は土を詰めるほうの手助けだ。
 運ぶ人は時々入れ替わりつつ、合計二十往復するのには二時間近くかかった。その後は、薔薇園の端っこで堆肥と土を混ぜ合わせて、こんもり幅広の小さな山を作る作業があったが、これも美空の応援を受けつつ八人であっという間に完了。
「驚いたね。うちの家族総出でやっても一日掛かるのに、たいしたもんだ。あ、蒸し風呂の使い方は分かるかね?上がったらお茶も淹れるから。とっときのお菓子も出すから楽しみに(以下略)」
 感心するベルばあちゃんを置いて、蒸し風呂に走ったのが少数。後はうっかり話を聞いてしまったり、
「蒸し風呂は湯船がないんでしたっけ」
 一つだけ確認のつもりで話しかけたら、ベルばあちゃんにしっかりと服の裾を握られて、逃げるに逃げられないでいる菊池がいたり。天儀の風呂についての解説をさせられるとは、よもや思ってもいなかったろう。
 なんとか交代で蒸し風呂に逃げ、さっぱりしたところで薔薇園見物を兼ねてベルばあちゃんの長い長い薔薇解説を拝聴したのは、流石に希望者だけ。
 他の者は、ベルばあちゃんが用意してくれたお茶や近所からアヤカシ退治のお礼と差し入れられた食べ物を摘んで、のんびり遠目に薔薇を楽しんでいた。
 果敢な希望者達が戻ってきたのは、三時間くらい経ってからだ。