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■オープニング本文 嵐の門の向こうにあると推測される、新たな儀『あるすてら』を発見せよ。 『あるすてら』を見出すために、飛空船使用を許可する。 一三成か、大伴定家か。 その文書に花押を記した者の名には二通り、文書の内容は受け取る者の立場で幾つかあれど、目指す場所は一つ。 嵐の門解放がなり、いよいよもって『あるすてら』の存在が現実味を帯びてきたと判断した朝廷は、その探索を改めて命じていた。朝廷に忠誠を誓う者には命令を、新たな土地に利益を求める者には許可を、居並ぶ国々には要請を。 受ける側には功名心に逸る者、まだ形のない利益に思いを馳せる者、他者への競争心を熱くする者、ただひたすらに知識欲に突き動かされる者と様々だ。 人の数だけ動く理由はあれど、嵐の門も雲海も、ただ一人で乗り越えることなど出来はしない。 『あるすてら』を目指す者は寄り集まり、それでも心許ないと知れば、開拓者ギルドを訪ねる。 新たな儀を求める動きは、これまでとは異なる多くの依頼を生み出していた。 『あるすてら』探索の飛空船の大半は、神楽の都から出発していた。 けれども他国が我関せずで注目していなかったわけではない。 ジルベリアでは、一部の商人達が新大陸開拓の波に乗ろうとしていた。 「いくら万商店が仕入先を沢山抱えてても、今回はあそこだけで全部の船を賄う品物を揃えるのは無理だ」 「商船が出るなら、万商店からは仕入れはしないだろうしな」 こういう出来事の際には、絶対に必要な品物が幾つかある。 金目のものより、武器より、役立つ朋友よりも何よりも、食料と水と医薬品。食べなければ働けないし、何が起きるか分からないところでは医薬品のあるなしが生死の分かれ目ともなりかねない。 後者については役に立つ場面がないに越したことはないが、あれば安心感が違う。 航路で使用しなくても、到着した先に人間がいれば商売道具になるし。 そんなわけで、新大陸探索に向かう船にジルベリア商品の売込みを図ろうとする商人達は、あちらこちらから物資の買い付けに走り回ったが、手が足りない。 ついでに、こういう時には食料と医薬品以外にも必要とされるものがあるのではなかろうかと、誰かが言い出した。 それで、その二つを同時に解決してくれそうな開拓者ギルドに、人員募集の依頼が出たのである。 指定物資の買い付け要員と、新規商品案の募集だ。 |
■参加者一覧
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●三者三様 予定外に周りを老人に固められつつ、ティア・ユスティース(ib0353)は新たな儀を探す際に憂慮される事態をまずあげた。 「未踏の地では、既知、未知様々な病や毒に悩まされる事が予想されます」 「毒、それも未知の毒!」 アデライーダが胸の前で手を打ち、うきうきと歌うように『毒』と繰り返すのを見て、ティアは無作法だがしげしげと相手の顔に見入ってしまった。 いきなり訪ねて領主に会えるのかと心配したが、御鏡 雫(ib3793)はあっさりと領主館に招きいれられた。領主のアリョーシャもすぐにやってきて、挨拶は滞りなく済んだのだが。 「お願いしていた医薬品の他に、お医者様の使う器具などもお譲りいただければと願っております」 「すでにうちから医者は出さないと断ったが、道具が必要かい?」 事前の打ち合わせはちゃんとしたつもりだが、何か見落としがあったろうかと、雫は忙しく頭を巡らせている。 タハル領の領主は、見た途端に狸の置物を思わせる体型の男性だった。だが依頼人達の話から、性格も食えない相手だろうと、明王院 未楡(ib0349)と明王院 千覚(ib0351)の母娘は考えている。 「保存食品って、中々産地にまで目が向き難いですし」 「うん、売れればいいんだよ。大々的に名前なんか知られなくても」 「え、でも‥‥名前が広まった方が、買い付けも増えるのでは」 でも保存食を産地指定で買う人なんかいないだろうと、あっけらかんと返されてしまい、未楡と千覚は考えてきた説得が通じないかもと、顔を見合わせている。 ●事前の準備 ジルベリア商人からの依頼を受けた開拓者は四人。まずは神楽の都でジルベリアと取引がある商人達に、ミエイとタハルの名前を尋ねたが、結果は大変に芳しくない。 「神楽ではまったく知られていませんねぇ」 「全然取引したことがないって言われましたし」 雫と千覚が歩き回って疲れた様子で、未楡とティアに報告したが、こちらの二人も同様の結果だ。扱っているものの割に知名度が低いどころかないのは、販路拡大などを目指している地域としては致命的だろう。 その後、ジェレゾではもう一つの取引先の姉妹医師の状況も確かめた四人は、手分けをしてそれぞれ取引先に向かうことにした。 ●ジェレゾにて ティアが訪ねたのは、住宅地の中に立つ庭付きの一軒家だった。ジルベリア貴族の母の実家に比べたら小さな家だが、ジェレゾでは姉妹二人で構えるには相当大きな家だ。一階は診療所として使用しているらしい。 確かに門は大きく開け放たれているし、家の扉にも『医者います』と書かれた可愛らしい絵柄付きの板が下がっている。中からは複数の人の声もして、忙しそうだが、ティアも用があるから来ているわけで。 「エカテリーナ様かアデライーダ様にお取次ぎ願えますか」 依頼人の代理である旨記した紹介状を取り出して、ジェレゾの上流階級でも通用するはずの礼儀作法を守った態度で扉を開けたティアは、入口すぐのところに大きな卓がどんと置かれて、ぐるりと取り囲む椅子に座った老人達に注目されて、内心驚いた。もちろん顔は笑顔を保っている。 「ふぁい、どちらしゃま?」 そして、その一角で『今まさに大口で食べてました』と言った様子でパンを噛み千切った女性がアデライーダだと知って、今度は微妙に笑顔が引き攣った。 けれども、それも診療が先と一時間ばかり老人達の話し相手をさせられた後に、ようやく姉妹と話を始めて、アデライーダが『毒!』と叫んだ時よりは、まだ表情が保てていたと心底思ったものだ。 「妹は毒から薬効を見付けるのが念願かつ生き甲斐なの。薬酒造りの腕は確かだから、品物に心配はしないで」 「ええ、それはもちろん。でもそんなに熱心なお医者様に、探索にもご一緒していただけたら、参加する者の不安も大きく軽減されるのですけれど」 実際、医者が同行してくれれば、医薬品を大量に確保する以上の安心感があるとティアは切実に思っていたが、一般人の医者に無理強いは出来ない。ましてや姉妹には患者も沢山いるようだから、そんな話を持っていくだけ無茶なのだが。 「私も行ってみたいですわ〜」 アデライーダは、未知の毒確保のためなら同行してくれそうな勢いだ。姉に窘められているが、新大陸探索の話に興味津々である。毒草好きは聞いていたティアだが、さすがにここまでとは思わなかった。 でも考えようによっては、未知の病気や毒の危険と同時に、薬草やそこに住人がいれば知られざる治療法との出会いがあるかも知れないことは、説明する前に理解してもらえたわけで。 「医師の皆様にも意義のある開拓になると思われますが。それに私個人も、故郷から提供される物資が武器より医薬品であることは誇らしいと思いますわ」 「そうね、戦が多い国だとばかりは思われたくないわね」 念のために詳しい話をもう一度聞かせてもらいたいと、エカテリーナからティアに求められたのはこれまでの状況説明。もちろん吟遊詩人の彼女には、難しい求めではない。飛空船での移動の様子や鬼咲島で拠点が造られている話など、戦闘とは違う話を重点的に、分かりやすく語っていく。 もとより『毒、薬』と興奮状態のアデライーダはもとより、エカテリーナもティアの『医薬品を多く揃えて、誰もが安心して探索に向かえるように』との意思は十二分に理解したようだ。 「薬の管理はイーダに任せているから、よく相談してちょうだい」 新たな患者に腰を上げたエカテリーナがティアに向けた微笑は、最初に比べれば随分と親しげなものだった。 ●ミエイにて 神楽の都でジルベリアとの取引がある商家が、まるでミエイの名前を知らなかった理由は、雫も依頼人達から聞くことが出来ていた。まずミエイ領に商家がなく、産物は領主が一括で商人達と売買し、取引先の名前で出回るからだ。 この領主が医者でもあり、医薬品と近年力を入れて作っている化粧品の評価が高まって、今回の依頼に結びついた。だが首尾よく領主との面会まで到った雫が悩まされたのは、まったく聞いていない『医者の派遣』の話だった。アリョーシャも雫の様子で、何か噛み合わないなと察している。 「お医者様の派遣もしていらっしゃるんですか?」 「従軍の命令が出た時だけね。うちは先々代から、医者の養成も続けている。それで派遣の申し入れもあったんだが‥‥探索には希望者がいなくて断った」 未知の土地を夢見るより、故郷で仕事をするための修行を優先する者ばかりだと言われれば、雫も納得する。志体はないが、志のある人ならば、最初の目的からぶれることも少なかろう。すでに患者を抱えている医者ならば、尚のこと、その人々を置いて未知の土地を目指すとは考えにくい。 「実は道具については、私の考えで。今のお話だと、探索に向かう船団の医師が不足するだろうとの思いが増して来たのですけれど」 雫は自身が新大陸を目指すかは未定だが、向かう人々を叶う限り準備整えて送り出したいと考えている。負傷ならば巫女がいると言う開拓者もいようが、練力には限りがあるし、病には対抗できない。経験豊かな医師が多数同行してくれればいいが、そもそも市井にだって十分な人数がいるわけではないし、せめても道具や医薬品はきちんと揃えておきたい。 そうした考えを述べるのには、今回開拓者としての仕事が初めての雫にはうまい説明の言葉が見当たらないこともあったが、大体のところは伝わったらしい。けれどもよい顔をされないのは、 「職種がなんであれ、専門の道具は素人には扱いが難しいだろう」 道具があれば命が助かると、そう簡単にはいかないから。 ただ、巫女に頼らず専門性も大事にしたいとする雫の考え方と、四人が神楽で足を棒にして調べてきた医薬品の流通状況にはよい評価をつけてくれたらしい。 「それなら、出来るだけ使い方が分かりやすくて、それとミエイ産だと分かる印が付いた商品が用意出来れば、今回の取引で名前が広がって、長期的な需要の増加も見込めるのでは」 お互い損にならない取引をと意気込む雫に、『今回渡す商品に、今から色々加工は難しい』とあっさりアリョーシャは返してくれたが、幾つか興味を持った部分はあったのだろう。 仮に産地を明らかにする手間を掛けるなら、どういう方法が適切と思うか。開拓者に使われることで、知名度がどう広がりそうか。他にも細々したことを、まるで何かの試験のように尋ねられた。雫が駆け出しだと話してあるのに、容赦がない。 雫も調査の段階で知った、今回の探索に乗り気な天儀の有力者や大店、天儀との定期航路に関係するジルベリア商人などの名前を挙げ、万商店で見た商品などを引き合いに出して答えていき、一時間は熱の入った会話を続けて。 「続きは、こちらの商品を見ながらにしようか」 雫の案が実現可能なものか、もう少し相談しようと、そこまで漕ぎ着けた。 ●タハルにて 明王院母娘が出向いたタハルは、秋蒔き小麦の作付け時期で、畑では人々が忙しく働いている。二人が見たところ、どの人も季節に合った服を着て、血色もよく、生活は悪くないようだ。 もちろん面会に応じた領主も、狸みたいだが恰幅がいいわけで、身なりは上等。愛想もよいが、いきなり『大々的に名前なんか知られなくてもいい』と来たのには、未楡も千覚も表には出さないが困惑してしまった。販路拡大には、知名度上昇が必要だろうに、どうしてそうなるのか、計りかねている。 「貴女も先ほどおっしゃったでしょう。なかなか目が届きにくいって。だったら、津々浦々まで名前が知られる必要はない。うん」 確かに未楡は挨拶のついでに、『保存食は産地まで目が向きにくい』と口にしたが、こんなにあっさりとその状況を領主本人に自己完結で納得されると、話の持って行きように困る。ただそんな様子を観察していた千覚は、相手が不機嫌ではないかと思うようになっていた。初対面なので確たる印象ではないのだが‥‥ちょうど香草茶と乾燥果物を供してくれた夫人の様子から、違和感を受けたのだ。 「あの、もしや私共に何か無作法がありましたか」 「それはない。ま、貴女方に意地悪しても仕方ないから言うが、この段階で代理人とは軽く見られたかと考えているところだよ」 千覚の問いかけにあっさりと種を明かしてくれた領主は、二人が商人ではないのは挨拶する前から分かっていたのだろう。商売相手としてどう依頼人達に見られているか、忙しく考えを巡らせていたらしい。 これで商談がご破産になったら、未楡と千覚としては依頼遂行が危うい以前に、新大陸探索での必要物資の供給が滞るかもしれないという大事に繋がる。それに依頼も長期の探索に有用な品物を開拓者にも考えて欲しいとの依頼だったから、そこはよく承知してもらわなくてはならない。 「ご懸念は理解しましたが、私達も使う側の目を頼られての仕事ですわ。もちろん依頼人には後日きちんとした挨拶をと伝えますけれど、まずはこちらをご覧になっていただけませんか」 未楡が差し出したのは、神楽とジルベリアを行き来する飛空船のおおまかな数や保存食材の流通具合、そこで判明した産地と扱っている食品の内容などだ。医薬品同様、四人で出発前に調べてきた成果である。内容への細かい補足は千覚が加えている。 「価格は時期によって違いますが、大体今はこのくらいです。今回の探索で、買い取り量はどの飛空船団でも増えていると聞きます」 「ふうむ‥‥これを書いたのはお嬢さん?これは天儀の帳簿のつけ方じゃないかね?」 「家が民宿を営んでいるので、両親に習いました」 領主ながら経営に詳しい相手だと知れて、千覚の説明にも熱が入ったが、未楡の言った『見る目を買われた』もようやく信用されたようだ。調べた内容を読む間に、自慢の果物をどうぞと勧められた二人は、今度は採ったばかりの葡萄を持って来た夫人に、持参の焼き菓子を差し出した。神楽で入手した干し果物もあるが、焼き菓子は二人がそれを使って作ったものだ。 「ジェレゾの保存食で見たことがありまして」 保存が目的で堅いが、領主夫妻は香草茶に浸して食べ始めた。もちろん二人は出された乾燥果物に手をつけて、双方が思ったのは真逆のこと。 「少し味が薄いね」 未楡も千覚も口にはしなかったが、乾燥果物がかなり甘いと思っている。そして、焼き菓子はけして薄味にしたつもりはない。地域性もあるだろうが、この感覚差は重要に違いないと、言葉を選んで伝えておく。乾燥果物については、神楽のものを食べて、領主夫妻も納得したようだ。 未楡が作っておいた焼き菓子は、幾つか種類があって、中には夫人が気に入る味もあった。作り方を教えたら大変喜ばれて盛り上がったが、それだけで値引きに応じてくれるとは思えず、千覚はまた今回の商品販売がもたらすだろう利益を領主に説明している。 「今回大量の商品が出せる生産力があると知られれば、多くの商家に知られることが出来て、よい商売相手を選ぶ立場を得られる可能性もあるでしょう」 「商売の相手は大事だね。いくら保存食と言っても、保管がいい加減な相手に売ったら、結局うちまで信用を失うし」 確かにと頷いた千覚に、領主は『うちの息子の嫁に欲しいね』と言い出している。ただし、夫人によれば未婚の息子はいないようなのだが。 ●商品納入 最初に商品を運んできたのは、移動がジェレゾ内で済んだティアだった。話があちこち行った挙げ句に、庭の薬草園を見せてもらった彼女は、香草茶も作れるのではないかと期待したのだが、流石に個人宅では出荷するほどは作れない。 「ミエイがよいお茶を作っていると、教えていただきましたけれど」 「それはお土産でちょっとだけくれた」 ぎっちり梱包された医薬品を運んできて、ティアと一緒に倉庫に移していた雫は、確かに作っていたと懐から出している。アリョーシャの、神威人は診た事がないので骨格や筋肉の違いはないかと調べさせてくれと勉強家な態度に協力したお礼である。 本当はそちらにもう少し色をつけてくれるはずだったが、食い下がって医薬品に変えてもらったので、本当にちょっとしかない。 この二人がいささか待ちくたびれるくらいの時間が経ってから、一番遠方でもあったタハルから未楡と千覚が帰って来た。 「まずは先様にお手紙だけでも送ってくださいませ」 「それと、こういう情報に興味がおありだそうです。今後のお役に立てば」 二人が持ち帰ったのは、予定の二割増しといった量。ティアは五割増し、雫は三割増しだが、それぞれ取引先から依頼人達への要求も携えている。それを今後の取引にうまく活かせるかどうかは依頼人次第だが、次に出航する神楽への飛空船には必要物資を満載にすることが出来た。 後は、食料は皆の役に立ち、医薬品はあまり必要とされない安心材料であることを願うだけだ。 |