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■オープニング本文 どこでもいい。 どこにでも、幸せな男女はいるものだ。 別に男女でなくともいい。 同性同士だろうと、相手が人以外でも、一緒にいると幸せという組み合わせはあるだろう。 そして、ここにも幸せそうな男女が並んで歩いていたところ。 「もふっもふっもふっ、ちゅーするでもふ?」 「ちゅーもふ、そこはちゅーもふよっ」 どこの誰がつれているのだか知れないもふらさま達が、元々たれ目な顔をもっとたれたれにして、にんまり笑いながら、いらん事を騒いでいた。 「まだもふ?」 「はーやっくっ、はーやっくっ、ちゅーみたいもふー!」 しまいには、はやし立てている。 となれば、当然の成り行きで。 「こらーっ、お前ら、どこのもふらだ!」 追い払われることになる。 どこにでもこんな出歯亀のもふらさまがいるわけではないのだが、どこにでも幸せ組み合わせはいるもので。 「つぎいくもふ」 「そうするもふ」 今日も幸せな二人を影からそっと見詰めている(つもりの)もふらさま達がいるかもしれない。 |
■参加者一覧 / 星鈴(ia0087) / 風雅 哲心(ia0135) / まひる(ia0282) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 嵩山 薫(ia1747) / 幻斗(ia3320) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 草薙 慎(ia8588) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / ラシュディア(ib0112) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / ファリルローゼ(ib0401) / 白藤(ib2527) / 八条 司(ib3124) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 月影 照(ib3253) / 東鬼 護刃(ib3264) / 十野間 修(ib3415) / ライディン・L・C(ib3557) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 常磐(ib3792) / ジレディア(ib3828) / 春陽(ib4353) |
■リプレイ本文 何が切っ掛けだか、たまにはゆっくり羽を伸ばそうという話になった。それとジルベリアでは早くも紅葉が楽しめるところがあると耳にして、明王院 浄炎(ib0347)は愛妻の明王院 未楡(ib0349)と出掛けることにしたのだ。 「こちらが皆のお弁当で、お客様用の食材はあちらにまとめてあります」 目的はのんびり紅葉狩りだが、出掛けるとなれば、留守を守る子供達が困らないように色々準備をする必要もある。なぜか二人はいつも以上に忙しい。 「こら、誰だ、荷物を勝手に開けたのは」 浄炎が夏に使った道具を洗って片付け、帰って来たら納戸から出すものを確かめている間にも誰かが何かをしでかしている。 二人が出掛ける為には、まだ幾つかの難題が立ち塞がりそうだ。 この日、ジェレゾの街にはもふらさま達が闊歩していたとかいないとか。 そんなことが噂されるくらいだから、平和な一日だったのだろう。 確かに、街の中は平和だった。 だが、運が悪い者はいる。 「ふふふっ、行き違ったなら仕方がない。今日はジルベリアの隅々まで回りつくしてやるぅ!」 往来で人目も憚らずに叫んでいるのはまひる(ia0282)。周りにいる八人も、一緒くたに色々な視線を向けられている。 「うわ〜、広いですねぇ。神楽と全然違うし。どこ行きましょうか」 紅潮した頬に、どう聞いても興奮気味の春陽(ib4353)は素直に頷いている。そのおっとりした口調に反して、体格がずば抜けてよい牛の神威人なので、道行く人々は彼のばたばた揺れる尻尾にも注目していた。 この二人に比べたら、他は服装以外に目立つところはないが、わざわざ注目されつつ佇んでいる理由もない。集まった目的を実行すべく、最初の目的地を目指すことにした。 「どこから行くんだっけ?」 「決まっとらんかったちゅうか‥‥まひるがあれやし」 が、主催のまひるが決めているはずだったので、芦屋 璃凛(ia0303)も朱麓(ia8390)もよく分からない。 まあ、まず依頼では行かない名所を巡ることで意見は一致したが‥‥ 「この方向かな?」 「反対です」 誰かが土産物屋で買ったジェレゾの名所を記した地図を見た幻斗(ia3320)は右に行こうとして、妻のアルネイス(ia6104)に腕を掴まれている。つられた人々は地図を見直して、確かに反対方向だと歩き出した。 「戦勝記念公園か、いかにもジルベリアらしいな」 「食事処はどうなっている?」 「買い物も出来たらええねぇ」 一枚の地図が琥龍 蒼羅(ib0214)、風雅 哲心(ia0135)、星鈴(ia0087)と回って、口々に行く予定と行きたい所を並べている。希望が噛みあわなくなったら、適当に分かれていけばよかろうか。 同じ地図を、買った店頭で熱心に眺めている者もいる。後方に留め置かれた駿龍が、店先の干し果物を物欲しげに眺めているが、礼野 真夢紀(ia1144)は気付かない。 「お店がたくさんで困ってしまいます」 真夢紀の目的はジルベリアの菓子だ。焼き菓子、蒸し菓子に作ってすぐに食べないといけない生菓子、携帯食扱いのパンと菓子の中間の品物など、欲しいものはいっぱいである。 「鈴麗には果物を買って来てあげますから、ここで待っているんですよ」 騎龍を預けられる場所に相棒を置いて、うきうきした足取りで真夢紀はジェレゾの大通りに向かっていったが‥‥鈴麗は拗ねて丸くなっていた。 甘味処を記載した地図は、どうやら最近売れ筋の商品らしい。地理に疎いジェレゾで美味しいものを食べ、お土産も買わねばと勢い込んでいた白藤(ib2527)も入手していた。ゆえに足取りもせかせかと、目的地へ向けて一直線だ。 「いい歳をして落ち着け!!急がなくても時間はあるだろうがっ」 その後ろを追いかけているのは、先を行く白藤の急ぎ足と神威人の外見で振り返られている常磐(ib3792)だ。話し振りだけなら常盤が年上のようだが、実際はまだ子供。白藤の方が一回りは上である。 「いい歳って、ひどい言い様ねっ。はいはい、ゆっくり歩けばいいのよね」 流石にここまで言われると白藤も足取りを緩めて、神楽とはまったく違うあたりの景色に目をやったが、 「あ、あそこにもお菓子屋さんがっ」 わざわざそぞろ歩きのために着替えたはずの桜と蝶があしらわれた着物の裾を乱す勢いで、新たな目的地に走っている。 義理でも姉弟。姉がもう少し思いやりを持てとの考えが常盤の頭をよぎるが、これがいつものこと。今更直らないのは常盤も承知している。 「そうか、いい歳だから生き急ぐんだな」 当人が聞いたら確実に反論するを呟いた常盤だが、どことなく負け惜しみのようだ。そして、彼はすでに店頭で何を食べるか悩んでいる白藤の様子を確かめてから、料理やお菓子作りの方法を記した本はないかと眼で探している。 それらを見付けた所で、白藤にばれないように買い求めるのは至難の業だが‥‥どうせなら、後日驚かせるためにも黙っておきたいものだ。 そういう平和なジェレゾの一角では、あんまり平和ではない思考に取り付かれてしまった者もいた。 「フェンのあの態度‥‥よもや」 溺愛する妹がうきうきと出掛けていく姿を見て、わざわざ追跡してきたファリルローゼ(ib0401)だ。同じ騎士で開拓者の妹が出掛けたくらいで慌てることはないはずだが、『デートか、デートなのか?』と心配してついて来ている。 もちろん、妹には内緒。 かたや件の妹であるフェンリエッタ(ib0018)は、 『デートの相手が人妖‥‥やけになったら駄目だと思うな』 「観光したいって言ったのはウィナでしょ」 連れの人妖ウィナフレッドと、美味しいお菓子探しに余念がない。姉が心配した大荷物には恋人への手作り弁当ではなく、菓子を持ち帰るための容器が入っていたらしい。 『リエッタには好きな人いるの?』 「‥‥ひみつ」 『ふーん、この間寝言で言ってた人は?』 フェンリエッタがウィナを鞄に押しこもうとしている様子は見えても、ファリルローゼに会話は聞こえていない。聞こえていたら、なにかしらの騒ぎになっていたことだろう。 真っ赤になってずんずん歩き出したフェンリエッタの背後を、道に点在する屋台から屋台へとちょこまか移動しながら追いかけるファリルローゼの道行きは、まだまだ続くようだ。 ジェレゾの一角の大衆食堂では、一見親子と思わせる二人連れが軽食を摘んでいた。足元にもふらさまが二頭転がっている。 だが、この二人は親子でもなんでもない。食堂でのんびりしていたからす(ia6525)に嵩山 薫(ia1747)が弟子を見ていないかと尋ねたのが最初の接触である。その後結局弟子を見付けられず、からすの招きで同席中。 「弟子の見聞を広めるのと実力把握は重要だからと思ったのよ」 観光より社会勉強、ついでに組み手もしようなどと、いかにも師匠らしく色気の欠片もないことを考えていた薫に、からすは行き違いもたまにはあろうと淹れた茶を勧めている。 食堂の店頭だが、からすの傍らには火鉢が据えられていて、当人が好きなように茶を淹れられるようになっていた。ただし供されるのは天儀や泰国の茶ではなく、ジルベリアの香草茶だ。 ちなみに連れてきた人妖の琴音は、店主の孫に連れ去られて、いまだ戻ってこない。よってからすは色々高待遇だ。 茶がなかなか美味しいので、薫もしばしのんびりすることにしたのだが‥‥ふと気付いた。 「このもふらもあなたの?」 「いや、貰ったパンに寄ってきた」 人妖にもふらさま二匹も連れているとはたいしたものだと思ったら、そんなことはなく。しかし、もふらさま達は捕まるとでも思ったか、 『おうちはあるもふ〜』 薫からもせしめた茶菓子を食べ終わると共に、人ごみの中に走って消えた。 「チェスは出来るかな?」 どっしり構えたからすは、珍客の動向など気にした様子もなく、チェス盤を取り出している。 のんびり飲食を楽しむ者もいれば、慌てている者もいる。 今現在、目的地への道を間違えたことに気付いた天河 ふしぎ(ia1037)など、その際たる存在だろう。本日一緒の友人・月影 照(ib3253)を案内しているのに、これは大変まずい状況である。 出来れば本日、友人以上の関係に踏み出したい天河だが、そのための『美味しいものを食べに行こう』が危うい。照がのんびり辺りを眺めつつ、彼の案内を疑う様子もなく付いてくるのが救いだが、道に迷っていると知れたら‥‥天河の自尊心には小さくない傷が付くだろう。 実は何度か依頼でジルベリアを訪れている照は、ジェレゾに詳しいのだが、行き先秘密の現在は迷っていることには気付いていない。もちろん天河は、迷っている素振りなど見せずに、でも石造りが多くて区別がつきにくい建物の間を進みつつ、目的の店を探す。 「あ、あれかな。思ってたより大きいや」 「あの店は名前だけは知ってますよー。最近評判がいい、地方料理の店じゃ?」 ちょっと通り一本違っていたが、無事に目的の店を見つけた天河は、照もいい噂を聞いていたと知って、年頃の少年らしく高揚した。馬車も横切る通りの向こう側の店を目掛けて、さあ行こうとばかりに照の手を握って歩き出す。照はちょっとびっくりしたようだが、握り返してきた。 この時、今まで何度も手を握る機会を伺って果たせなかった天河は、自分の行動に照以上に驚いていたのだが‥‥これも意地で顔には出さずに、色々と頑張っている。 ジェレゾにも天儀風の品物やしつらえをした店があるように、天儀にもジルベリア風を売りにした喫茶店が存在する。そんな店の息子十野間 修(ib3415)は、恋人の明王院 月与(ib0343)と連れ立って、ジェレゾを巡っていた。 もちろん目的は一に料理だが、店の造りにまで目がいく。将来は二人で十野間の実家を継いで‥‥と夢があるからだが、せっかくの二人でお出掛けという部分は大分忘れ去られていた。 ともかく、そんな目的であちこち巡っていたところ、一軒のパン屋で豪華なケーキを作っているから覗いていけと言って貰えた。 「店員さんがたくさんいらっしゃいますね。皆さん、職人さんですか?」 厨房で若い女性達が、ケーキにクリームを塗りつけているのを見た十野間は余程の繁盛店かと考えて、すぐに首を傾げた。女性達の服装は外出着だし、手付きが覚束ない。 これは絶対に月与の方が上手だと思っていたら、結婚式のお祝いに新婦の友人達が飾り付けをしているところだった。ふと見れば、月与がいつの間にか混ざって、材料や飾りについて尋ねている。 「こんな色のパンもあるんですね。どうやってこの色を出すのかしら」 そうして、友人でもないのに飾り付けにも参加している月与を、十野間は眺めて楽しんでいたのだが、対価はちゃんと必要で‥‥出来上がった大事なケーキは十野間が運ぶことになったのだった。 なにやら楽しげな人々が多いジェレゾの街の中を、もふらさま達が駆け抜けたのはこの頃。 そして、人を訪ねて神楽を歩き回り、ようやく手掛かりを得たジレディア(ib3828)がジェレゾに降り立ったのも、この頃だった。 目の前を興奮したもふらさま達に横切られたラヴィ(ia9738)とジルベール(ia9952)は、思わず顔を見合わせた。 「なんや面白いものでもあるんやろか?」 「もふらさまだと食べ物かも」 とにかく楽しげなので、何があるかと覗きに行った二人は、喫茶店巡りの真っ最中。行った先で、匙ですくった菓子を相手に食べさせたり、飲み物を一口貰ったりと、作法に問題はあるが、周囲の初々しい恋人達の羨ましがらせる所業を散々、無意識に繰り広げていた二人が見出したのは、ある意味似つかわしい場所だった。 『けっこんしきもふ〜』 店構えからすると、大衆食堂。そこには『貸切』の札が下がっていて、窓も扉も飾り付けられた店の様子に佇んでしまった二人に、乾杯して行けと声が掛かっている。 「ああ、正面の店にまた幸せそうな二人連れがっ」 昼日中から他人の幸せに嫉妬しているのは、結婚式真っ最中の食堂向かいの宿の二階で、寂しく独り身仲間と飲んでいたラシュディア(ib0112)だった。飲み仲間はエルディン・バウアー(ib0066)。 別に独り身が悲しいのではない。こんないい季節の昼日中から、行くところもないのが悲しいだけだ。いっそ散歩にでも行くかとラシュディアが思い始めた頃。 「世の中にはこんなものがありまして」 エルディンが出してきたのは一枚の地図。本日売れ筋の一枚だが、なにやら書き込みがされている。 「妙齢の女性がよくいる通りを記したものです。ここに行けば、素敵な出会いが待っていますよ」 どこの誰が作って、エルディンがどうやって手に入れたのかは分からないが、要するに彼が言いたいことは一つ。 出会いを自ら作るために、街に繰り出そう! ラシュディアが行くとも言わないうちに、『二人で』出掛けることになっている。二人の方が、女性と仲良くなりやすいのだそうな。 エルディンの相棒、もふらさまのパウロはお留守番だ。 足元は石畳、立ち並ぶ家のほとんどは石造り。ジェレゾの大通りは他の儀の生まれには珍しい景色だった。 「神威人も猫族も珍しいと聞きましたが、本当にいないのですねぇ」 「こういうところでは、わしらは如何様に映るんかのう」 実際は多少いるが、開拓者がいる神楽の都に比べれば獣人は珍しい。それが二人連れだからちらほら視線も投げられるが、言ノ葉 薺(ib3225)も東鬼 護刃(ib3264)も、大して気にしない。 先程入った喫茶店でも、最初だけしげしげと注目されたが、後は普通の接客で十分楽しめた。ただ天儀ではなかなか見ない紅茶を頼んでみたら、やたらと渋くて参ったが。好みで添えられた蜂蜜やジャムを入れて甘味を足すのだと、一つ勉強にはなった。 後は二人、気の向くままにのんびりとあちこち見て周り、遠目にだがスィーラ城も眺めてきた。いかにも質実剛健という言葉の似合う、風雪の重みに耐えてきたような佇まいである。 言ノ葉も護刃も派手好みではないが、城や家の形も場所で違うものだと感心することしきり。先程の喫茶店でも、天儀の茶店や普通の家とは異なり、壁という壁に綺麗な織物を張り巡らせていた。飾りと防寒を兼ねているらしい。 ふと、思ったのは言ノ葉のほうだ。 「月も違って見えるのでしょうか」 空は同じに見えるが、月や星はどうなのか。日が暮れるにはまだあるが、護刃が乗り気だったので、二人は月見に適した場所を探すことにした。 昼を大分廻ったが、市場にはまだ露店が幾つも並んでいた。 その並びを歩いている三人連れは、若い男女なのに三人で手を繋いでいる。 「この小袋はなんですか?」 「香り袋だよ。中身は好みの香りを詰められるよ」 衣装箱はもちろん、懐に入れてもいい香りが長持ちと、にっこり笑顔を向けられたのは、商品に目を留めたリリア・ローラント(ib3628)ではなく、ライディン・L・C(ib3557)とアルマ・ムリフェイン(ib3629)の二人だ。いかにも『買ってあげなよ』と言っている笑顔に、アルマがすかさず反応した。 「ラピイちゃん、買っておくれ。リリアちゃんの分も」 「支払いは俺かっ」 当然とばかりに頷くアルマに同調して、露店商人が愛想を振りまく。それにつられたリリアは、同じ柄の刺繍の小さな袋を三つ、指差した。 「お、お揃いがいいです」 「物見遊山の記念だよね〜」 流石にリリアはねだらないが、アルマは遠慮がない。当然商人は売り込む。ライディンにしても、高いものでなし、お揃いが欲しいと言うリリアの要望は叶えてやってもいいのだが‥‥アルマのたかりに屈するのは、ちょっと抵抗があるのだ。 でも、リリアがそれで困ったような顔をすると、あっさり折れてしまうのだけれど。リリアはずっと三人でお揃いのものが欲しいと、口にしていたことだし。 という訳で、ライディンが支払いをして、中に入れる香草は、リリアが選ぶことになる。 なぜなら、風向きが少し変わって、漂ってきた美味しそうな匂いに、アルマがふらふら引き寄せられていったので、ライディンは追いかけるのに忙しいから。もちろんそこでも攻防があって、結果は火を見るより明らかだ。 ジルベリアの風は、天儀に比べたらもうかなり涼しい。 それでも相変わらず火鉢を横に、からすはのんびりとしていた。さっきまで薫が座っていた椅子にはようやく戻った人妖の琴音がいて、一人と一体でチェスの最中。横からは、威勢のよい声とやんやの喝采が聞こえてくる。 声の主は薫と、つい先程通り掛かったまひるの二人。友人で、それぞれ一番の同行希望相手とは行き違った二人は、こんなところで出会って、気晴らしに組み手を始めてしまった。 「ふはは、吹きすさぶがいい、ジルベリアの風よー!」 店の前だが、まひるが時々勢いはあるが意味のあまりない叫びを上げるのと、それにまったく動じない薫の安定した動きの組み手が人を呼んで、店まで繁盛しているようだ。 「お酒が出る時間まで、じっくり修練しましょうね」 薫の台詞に、まひるの表情が一瞬引き攣ったが‥‥二人の動きは止まらない。 その店の少し離れた酒屋の前で、琥龍はさてと佇んでいた。半日ばかり、皆と一緒にジェレゾをあちこち回り、ちょっと変わったところでは私設図書館やスィーラ城の城壁、機械ギルドの建物も眺めてきた。後は色々な商店に、運良く見物出来た織物工房等。 最初は皆で楽しくおしゃべりに興じていたが、観光も一段落して先程自由行動になったのだ。琥龍は相方がいないまひると土産でも探すかと歩いていて、薫達と出会って‥‥なぜだか酒の買出しに行かされている。迷っているのは、薫の好みを知らないからだ。 「いっそ地酒かな」 仲間達が漂わせている恋だの愛だのも分からず、知人からは難しく考えすぎ、不器用だと言われたが、半日歩いただけでも結構話が出来て、何人かの酒の好みなら憶えている。 だが突然出くわした薫の喜ぶものなど見当も付かず、結構長いこと酒屋の前に立ち尽くしている彼は確かに真面目なのだろう。 今のところ、薫とまひるの組み手は終わる気配がないので、悩んでいても大丈夫だ。 そんな賑やかさとは通りを二本か三本挟んだところで、白藤は途方にくれていた。傍らでは常盤が不機嫌そうだ。 「もういいと言っている」 「だって、このあたりだよ。誰かに訊いてみようか」 二人の、正しくは白藤が捜しているのは料理屋である。もちろんそこで何か食べるのも目的のうちだが、別の店で、そこなら料理の本を譲ってくれると聞いたのだ。常盤が料理本を探していることに途中で気付いた彼女は、ぜひとも入手しようと店捜し真っ最中。 対する常盤は、すでにこっそり手に入れた二冊でいいと考えて‥‥白藤の気を引くいい店がないか物色中だ。 まだ夕方には間があり、女の子が一人歩きをしても、大通りなら問題がない時間帯。真夢紀は、とある店の前で歩けなくなっていた。 怪我ではない、疲れでもない、荷物が大量で運べないのだ。重さはさておき、かさばってなんともならない。 「姉様達へのお土産‥‥どうしましょう」 一つたりとも置いていけないと思っていた真夢紀への助けの手は、通り掛かりの開拓者二人連れだった。親切な二人に天儀に送るための飛空船への積み込み手続きが出来るところまで送ってもらい、真夢紀は一安心だったが‥‥辻馬車に乗って去っていった二人連れをすごい勢いで追いかけようとしている少女に気付いて、首を傾げたのだった。 ケーキを届けるだけのはずが、十野間と月与はそのまま結婚式をやっている食堂に引き込まれていた。一応遠慮はしたが、着飾った人達、特に新婦のドレスはレースがふんだんにあしらわれていて目を引いた。飾りつけも二人には新鮮で、つい座ってしまい。 「‥‥綺麗」 「早く月与の花嫁姿も見られるように頑張らないとね」 感嘆の溜息と共に呟いた月与に、十野間が告げたが、なにしろ賑やかな場所のこと囁くとはいかない。普通の声でも誰も聞いていないと思えば、ちゃんと聞こえる耳の持ち主がいて、『この二人もめでたい日が近い』と叫んでくれた。 「なんや、あっちの二人が掴まっとるな」 同じ場に引き摺り込まれたジルベールとラヴィは、会場の隅で振舞い酒を嘗めていた。実はジルベールは大きな箱も持っているので、長居をすると迷惑だと考えていたのだが‥‥ 「これ誰のー?」 気付かないうちに、その箱を誰かが開けている。中身はラヴィに贈るつもりのドレスで、華やかな結婚式は無理でもドレスくらいはとこっそり用意していただけに、取り戻さないわけには行かなかったが。 「それは駆け落ちで結婚式がまだの嫁さんに着せるんで、はよ返してください」 どういう贈り物かを人質ならぬドレス質で白状させられたジルベールは、ラヴィの感激のウルウル目に見詰められたのもつかの間、ドレス共々ラヴィを女性陣に掻っ攫われた。 この結婚式の会場では、その真似事をさせられた開拓者が二組いた。 ところでこの頃。 「ほわわ〜、皆さん、どこに行ったのでしょう?」 一緒だった仲間の誰もが、『きっと誰かと一緒』と思い込んで心配していない春陽は、自分の位置を見失っていた。 まだ見るもの全てが物珍しい上、すたこら走るもふらさまを見て追いかける春陽は、に迷った自覚はない。 星鈴と璃凛が古着屋に来て小一時間ほど経過していた。新しい服は試着できる店が見当たらず、 「こういうのが似合うよね。え、これ、花嫁衣裳なの?」 「花嫁衣裳は流石に買えんやろ」 古着屋で試着三昧中である。とはいえ、星鈴もいかに璃凛が勧めてくれても花嫁衣裳に袖を通すつもりにはならなかった。それでなくてもジルベリアの服は着方に途惑うのに、花嫁衣裳など一人では着られない。 だが璃凛は妙に乗り気で、着てくれと繰り返す。そこまで言われれば着るくらいはと考えを変えて、璃凛に手伝ってもらい着てみたが、似合っているのかどうか。 「星鈴、すごい綺麗っ。うちが男やったら、このままお嫁に貰う!」 いきなりしっかりと抱きしめられて、何を言い出すかと思ったのもつかの間、耳元で同じ意味のことを言葉を変えて囁かれた。 他の誰のものにもならないで。 抱き返した星鈴の返事も、璃凛に耳元に囁かれている。 地方料理を満喫した照と天河は、ここ港に至ってぼうっとしていた。二人で梨の丸齧りなどしているあたり、ジェレゾ見物も小休止である。 「いろんな船がありやすねぇ」 「自分の船、手に入れるぞ」 そしたら行きたい所には乗せてくと言うのが、今の天河の精一杯だ。船が欲しい気持ちに偽りはないから、これは緊張せずに言える。 それは楽しみと笑った照に、さっき寄った小間物屋で買ったブローチを渡すには、もうちょっと気合が必要だけれど。なにしろ買った時に渡しそびれて、もう三時間は経過している。 今日一日で、朱麓と風雅は地図に出ていた以上の店を巡っていた。ついでにパン屋もかなりの数を。 ただ、そんな甘いもの塗れの割に、風雅が手を伸べても朱麓が見ない振りをしたりと、二人の間には少しの距離がある。こういう反応には風雅も慣れているので気にはしないが‥‥なんとかしてやろうとは考えていた。 「土産でも見るか?それともどこか行きたいところは?」 「酒屋を覗いてみるかね。好きだろう?」 「腹ごなしにはいいかもな」 そういうわけじゃないと膨れた朱麓の荷物を持ってやり、すかさず空いた手を握った風雅が足を向けたのは、酒屋ではなかった。先程通りすがりに見て良さそうだと思った、ジェレゾの女性が出入りしている小間物屋だ。髪飾りを買ってやろうと思っていて、最初は土産物屋を眺めていたが、地元で流行の品物の方がいいだろう。 後の難問は、それを着けさせて、更に夕方の景色が綺麗だと下調べした場所まで、いかにこの手を振り払われずに連れて行くかだが‥‥朱麓はすでに真っ赤になって、手を揺すっている。もちろん風雅は、しっかり握り直すだけだ。 しっかりと姉に手を握られて、フェンリエッタは目を見開いた。そもそもどうしてファリルローゼがここにいるのか分からない。 『今の人達、怪我したんじゃない?』 「大丈夫、手加減した」 妹に触るなと弾き飛ばされた男性の安否は不明だが、その辺に転がっていないなら自力で動けるのだろう。それでいいのか分からないが、謝る先もないのでファリルローゼは姉に用向きを尋ね‥‥返答ははっきりしない。 「こちらのギルドマスターの奥様に聞いたお店にいこうと思うのだけど」 「今まではウィナと二人だったの?それなら、いいのよ」 噛み合わない姉の言葉に首を傾げつつ、フェンリエッタは姉を案内して歩き出した。提げた籠の中で、いつもの姉妹の姿にウィナがやれやれと肩をすくめている。 買い物をすると言っても、目的の物はない。要するに幻斗と一緒ならアルネイスは満足だ。そぞろ歩きだから、平気で同じところを三周くらいする幻斗の気が向いた方向に行ってもいいが、流石に彼も多少自覚があるのだろう。常にアルネイスの希望を尋ねてくる。もちろんこの場合は、自分を優先してくれると思うのが正しい。 たまに犬がいて、道を変えるが‥‥それはそれで、また違うものが見られてよい。ついでに何事にも動じないような幻斗が、仔犬一匹でも嫌がる姿も可愛いものだ。反面、幻斗が大好きで足が止まってしまう猫は、今回ばかりはアルネイスの大敵だったが。 「猫の置物が欲しいなら、買ってもいいんですよ?」 だが、時折幻斗が土産物屋や小間物屋、装飾品店で足を止め、猫を模したものなど手にしているのには、アルネイスも嫌な顔はしない。小物なら、記念にもなるし。 「猫のは、またの機会でいいんだが」 これを買うと幻斗が女性店主に差し出したのは、その店には場違いな天儀風の櫛だった。日常使いだろうか、飾りは質素だが、蛙の透かし彫りがされている。蛙はアルネイスが好きなものである。 もしかして、今までも蛙を探していたのかと問い掛けようとして、涼しさを増した風にくしゃみをしたアルネイスに、幻斗は上着を貸してくれようとしたのだが。 店主がこうしろと、悪戯っ子の表情で、幻斗の上着の中にアルネイスを押し込んでいる。小柄なアルネイスだと、ちょうどすっぽりと脇の辺りに収まった。 これでどう歩くのかと、思わず考え込んでしまった二人に示されたのは、三軒向こうの古着屋だ。 ゆったり紅葉狩りを楽しめた浄炎と未楡とは、日が暮れ始めたのに気付いて、腰を上げようかと話していた。けれどなかなか実行出来ないのは、二人だけの時間が惜しいから。 「早く帰らないと皆が心」 「言うな」 未楡が言いたいことは分かるだろうに、浄炎が一言告げた。未楡が彼を見るより先に、太い腕が伸びてきて胸元に抱きこまれる。 「帰り道は分かっているから、時間は掛からん」 だからたまには甘えていいのだと、直接は言わない夫の気持ちを察して、未楡も体重を預けた。そのまましばし、より距離が近付こうかという時になって、突然走りこんでくる足音がある。 『ちゅーしたら、たすけてほしいもふ』 もふらさま二匹と牛の神威人の青年。なんで気付かなかったかと浄炎がこめかみを押さえたが、口々に『帰り道が分からん』と言うのは見過ごせない。 見れば、未楡は早くも彼らの世話を焼いていて‥‥結局、自分達はこういう性分なのだと思うしかないようだ。 すっかりと日が暮れたジェレゾの街では、リリアとライディンが手を繋いで人探しの最中だった。アルマがまた、美味しい匂いにつられてはぐれてしまったのだ。 「あー、二人で手なんか繋いでる」 「捜してたんですよぅ」 「俺達まではぐれたら大変だろうがっ」 一生懸命捜していたのに、アルマはあっさりと戻って来て、今度ばかりは自分で買った焼き栗を二人に示して、リリアと手を繋いだ。 この状態で、どうやって焼き栗を食べるかは、かなりの難題だ。 「何をしているんですか、ラシュディア?」 女性の一人歩きはお勧めできない時間の、歓楽街一歩手前の通りで、ジレディアは地底から響くような声を出していた。目の前には、元許婚のラシュディアと、その友人エルディンがいる。 なぜだか二人の周りには、服は綺麗だがごつい体格の女装集団がいた。見るからに、酔客相手の客引きだが‥‥大抵の酔漢は慌てて逃げそうだ。 「ジレディア、ええとその‥‥」 「私とて勝手に決められた婚約で認めたつもりはありませんが、家出したから破棄をよしとするものでもありません。そのあたりの話を一度じっくりと」 「ではラシュディア、私はこれでっ」 「しなくてはいけないと探しに来てみれば‥‥何をしているんですか?」 そして今のジレディアは、素面の男性でも裸足で逃げ出しそうな迫力があった。実際、エルディンは離脱している。ここは宿で相棒のもふらさまをもふった方が心の平安が得られると悟ったのだろう。 そして、僅かの期間にとてつもない迫力を身に付け、年齢不相応の成長をした元許婚に、ラシュディアは。 「ここは女の子が一人でいるところじゃないから、一緒にまずは飯でも食いにいこう!」 ジレディアを抱えてこの場からの脱出を図ったが、間違えて歓楽街方向に進んでいる。 港の端の桟橋で、肩を寄せ合って月見をしている二人がいた。 「月は一緒だけど、星は違って見えるね」 海風で相当寒くもあるのだが、言ノ葉はあまり気にした様子はない。自分の尻尾が背中辺りにあったから、寒さが紛れていたようだが、流石に護刃は寒かろうと思い至ったようだ。自分の尻尾を巻いてみるかと、随分大きな尻尾を振る。 「ふふっ、これで両手に薺じゃな」 右手で言ノ葉を、左手でその尻尾を抱えた護刃は、言ノ葉の肩に頭を預けた。 二人の月見は、まだこれからだ。 |