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■オープニング本文 ジ・アースという世界の西のほうに、ノルマン王国という国がございます。 そこは結構若い、表向き独身の国王様が、色々面白い面子が取り揃った騎士団を率いて、あれこれしているお国でした。 表向きというのは、国王様は去年の暮れにこっそり結婚式をしたからです。どうしてこっそりかは、ややこしい事情が幾つかあるので、気にしてはいけません。 ここはいっそ、重臣達の反対を押し切っての駆け落ちだったことにでもしておきましょう。 そして季節は秋。豊かな実りを祝う収穫祭です。 お祭りなので、国民は楽しく浮かれ騒いでいます。 特に今年は、ようやく正式発表の国王様の結婚式と披露宴があるので、あちこちの国からお祝いの使節もやってきて、ノルマン王国の首都パリはそれは賑わっているのでした。 もう、食べて飲んで歌って踊って、浮かれ騒がなくても損というもの。 ところが。 「式典って、まだるっこしいし、時間は掛かるし、疲れるよね」 国王様は、結婚式用のそれは立派な礼装姿で、そう呟きました。 お隣で聞いているのは、結婚式が済んだら王妃様になる奥方様です。 「披露宴も城のに参加するより、外のに混ざりたいなぁ」 国王様達は、結婚式の後は披露宴で、よそのお国の偉い人達からお祝いを言われたり、集まった人とお話したりしなくてはいけません。 まあ、新婚さんですから、適当なところでいなくなってもいいのですけれど‥‥ ノルマン王国の国王様は、実はおしのび外出の達人なのでした。 これまでもちょくちょくお城を抜け出して、パリの街を歩き回り、奥方様ともその時に知り合ったのです。 そんな人ですから、お祭りの日にはもちろん『お出掛け』したいわけですが。 当然、側近の皆さんは国王様の『お出掛け』を阻止すべく、準備万端でいるのでした。 でも。 「後で、こっそりお出掛けしようか?」 国王様は、奥方様と抜け出すつもりです。 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / 黒鳶丸(ia0499) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フラウ・ノート(ib0009) / シリル・ロルカ(ib0014) / フェンリエッタ(ib0018) / アーシャ・エルダー(ib0054) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / ルシール・フルフラット(ib0072) / ラシュディア(ib0112) / デニム・ベルマン(ib0113) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リディエール(ib0241) / リスティア・サヴィン(ib0242) / ハッド(ib0295) / 十野間 月与(ib0343) / 十野間 空(ib0346) / ミレイユ(ib0629) / 岩宿 太郎(ib0852) / アントニオ(ib0948) / ユリゼ(ib1147) / ケロリーナ(ib2037) / 野分 楓(ib3425) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 色 愛(ib3722) / クレマシ(ib3763) / 葉桜(ib3809) / エーディット・メイヤー(ib3831) / 句胡散(ib3838) / 紅 天華(ib3839) / 龍神丸(ib3852) / kenta(ib3853) / Marble(ib3859) / FJS48(ib3864) / 蒼気(ib3866) / ウイング(ib3869) |
■リプレイ本文 吾輩は猫である。名前はバアル三世 又の名は、猫の王 デビル? そんなものと我ら猫族を一緒にしてはいかん 今宵はジンルイどもが一夜の夢と浮かれ騒ぐ、ノルマン王の結婚式とお祭り騒ぎを楽しむとしようぞ ええぃ、名前がいつもと違うとか、つまらぬことを言う奴は置いていくからなっ パリの都は、国王の結婚式を理由に浮かれ騒いでいた。 そしてこんな時、商売人達は稼ぎ時を逃してなるものかと、全力で商売に勤しんでいた。 「商品、あつらえ、準備万端ですの。今日は沢山売らなくては」 小さな握り拳を固めて、自宅のパン屋の店先でけなげな決心をしているのは礼野 真夢紀。パン屋の未来の看板娘、十歳だ。 彼女の家では、父親が『国王様の結婚祝いに、半額セールをやろう』と提案したので、本日はいつもより早くから歩きながらでも食べられる小振りのパンや焼き菓子などを沢山こしらえていた。真夢紀ももちろん手伝って、これから売り子を勤めるのである。 通りには吟遊詩人や踊り子達もすでに繰り出している。中には、服装が明らかに吟遊詩人などの人前で演奏することを前提とした職種ではない‥‥よく見ると聖職者の礼装のリスティア・バルテスもいた。実は王妃と仲の良い友人なのだが、結婚式や披露宴にもぐりこめずに、街中で最近習い覚えたリュートを演奏している。 お祝いの気持ちが先に立って、弾むような心根を表しすぎた演奏は、時々音程が外れるのだが、それとてもご愛嬌。 「おねーさん、クレリックなの? 演奏が出来るならありがたいわ。ちょっと付き合ってよ」 だが、大目に見るどころか、本職同様に働けとばかりに腕を取った女性がいる。こちらは服装で踊り手だと主張しているアニェス・ジュイエだ。お祭り万歳、楽しいこと大好きで、もちろんこんな日は稼ぎ時だが、演奏者がいない。いなくても踊れる技量は持ち合わせているが、やはり演奏も欲しいと、リスティアをナンパした。 本職じゃないとか、色々言われたかもしれないが、お祭りの日に野暮なことは口にしたらいけない。とにかく楽しそうに演奏が出来て、一緒に一日騒いでくれて、出来れば稼げるといい。そして夜になったら、稼いだ分をパーっと使うべく、酒場に繰り出すのだ。 こんなステキな主張を繰り広げ、リスティアの腕を引いたまま、今度は踊る場所を求めて歩いていると、小さな広場にいた吟遊詩人が手を振って寄越した。 「おはようございます。場所探しなら、使いませんか?」 「あたし、素人だけど混ざってていいのかしら」 歌と演奏だけでは通る人も楽しさ半減の上、自分はパリに不案内だから誰か一緒だとありがたいと申し出たのはシリル・ロルカ。アニェスに否はないが、本職登場でリスティアが迷っていると、シリルとアニェス両方から、『お祝いだから、気にせず楽しく演奏すること』と言い渡された。いかにも商売でございという者より、楽しくて仕方ないですという顔をしている者の方が、見ている側も面白いと言われたらリスティアも反論はない。 即席三人組はこれから全員の気が済むまで演奏し、歌って、踊り飽かす予定だが‥‥実のところ、まだ朝も早い時間なのだった。 国王の結婚式ともなれば、当然城内の人々の大半も城内礼拝堂近辺に集まっているのだが、宮廷図書館の面々は違っていた。 「そうか、流石の陛下も結婚式はおとなしくしておったか」 宮廷図書館の謎の少女、からすは部下達の報告に鷹揚に頷いている。実年齢は秘密だが、見た目はどう見ても少女のからすは、その外見を裏切って高級文官だ。ついでに彼女が作るお茶菓子は、この日の花嫁の好きなものでもあった。 そのために国王との距離も近いからすは、この日の城内を二分していそうな勢力の、けしからん側に味方していた。 「おしのびを止めると、機嫌は損ねる、健康まで害する困ったお方だ。執務と外交に害がない程度に羽を伸ばして、とっとと帰って来てもらおうか」 国王陛下のおしのび支援の一翼を担うからすの指示で、部下達はあちらこちらの警備兵に賄賂を配って歩いている。包みの中身はお菓子。 これを食べた警備兵達が昏倒したかどうかは謎だが、言葉に出来ない圧力は感じただろう。 結婚式は無事に終了し、城の披露宴もたけなわというところで。 ノルマン最高騎士団の誉れも高いブランシュ騎士団員のデニム・シュタインバーグや最近入隊の黒鳶丸は、副団長で赤分隊長でもあるギュスターヴに、厳命を下されていた。 要するに、国王夫妻が外交そっちのけでふらふら出歩かないように、よく動向を見張っていろと言うわけだ。 ついでに、国王のおしのび癖を承知している冒険者でプロスト辺境伯お抱え魔術師のラシュディア・バルトン、シャルトル地方査察官のセイル・ファーストにも、勝手に抜け出そうとする気配あらば即報告するようにと厳命が下っていた。 厳密には、ラシュディアがギュスターヴの命令を聞かねばならない義理はないが、その剣幕を見れば嫌とも言いがたく、言えば言ったでおしのびに助力するのを警戒されるだろうからと頷いた。セイルも立場は似ているが、こちらは城仕えなのでもちろん了解。 だが、心中で『陛下の楽しみを妨害するのは気が引ける』程度に考えているブランシュ騎士団のデニムや黒鳶丸に対して、こちらの二人は『それを取ったら、あの二人じゃないだろ』と思っていたりするのだが。 ちなみに、聖職者身分や貴族、騎士階級で冒険者である者には、それぞれの立場に応じた案内やら付き添いやら、もっと単純に見張りが用意されていた。彼ら、彼女らを頼って国王夫妻がこっそり抜け出すのを防ぐためだが‥‥つくづく信用がない国王夫妻である。実際に、『お散歩に行くなら支援しますとも!』と考えている者が多いので、赤様の用心は過ぎたものでもなかったのだけれど。 色々思われている国王夫妻も、現在のところは披露宴会場で各国からの客人との会話をこなしている。 一国の王の結婚式と披露宴だからして、国内の貴族や騎士が招待されてしかるべき立場として、または様々な伝手を頼って、城に集っていた。国外からの来賓は、外交の重要事項として新王妃の人柄や政治的影響力を見定めたり、ノルマン有力貴族との縁を取り結んだりと忙しいはずなのだが、違う者もいた。 「らぶっていいなぁ〜」 お付きの女官が一瞬額に皺を寄せた発言の主は、名前をケロリーナという。十代半ばほどの外見に反して子供っぽい言葉遣いだが、身分はロシア王国某公国の公女だ。公国代表のはずだが、華やかな席を存分に楽しむことにかまけている様子。 それでも、多数の人に囲まれている国王夫妻に話し掛けることはまだ叶わず、尋ねてみたい事柄は口に出来ていない。 ノルマン国王が、国難に際して多大な尽力をした冒険者の女性を見初めて、数多いた貴族の妃候補を振ってまで王妃に迎えたのは、とっくに各国でも有名な話だ。いまだ城内でも賛否両論あるようだが、心臓に難がある国王の健康状態が婚約以降かなり安定しているのと、王妃が政治や権力に妙な色気を出さないのと、国王側近はもとより、娘を妃にしようと画策していた公爵のマーシー一世までが元冒険者の王妃を認めたことで、当初の印象より立場は強固だと受け止められていた。 各国からの来賓は、当然そうした噂の確認なども担っているはずだが、ケロリーナはどうにも違う。おかげで国王夫妻の様子を頻繁に窺っていても、国王の警護の人々にもまったく怪しまれたりしてはいなかったが‥‥ ここに、女の子が一人いた。少女の年齢であるケロリーナとは違い、まったくの子供。今回は来賓の子供は早い時間だけ宴席に出席が叶っていたので、誰かの息女であろうと周りは見ていた。 名前はフラウ・ノート。実際は母親の友人で、聖職者で冒険者と赤様手配の見張りがばっちり付いているエルディン・アトワイトに連れられてきた、聖職者見習いだった。人見知りするので、知らない大人に声を掛けられない場所を求めてうろうろしている間に、エルディンとははぐれてしまったのだ。エルディンも、国王夫妻にわらわら近付く権勢欲が強そうな人々を聖職者スマイルで適宜撃退している真っ最中なので、彼女の不在に気付いていない。 両脇に猫のぬいぐるみを抱えるフラウに、ケロリーナが気付いた時、ある人物もやや場違いな女の子に気付いていた。ただし、フラウに話しかけたのはケロリーナが先。 「ひとりになっちゃったの〜?」 フラウは口をパクパクさせていたが、ケロリーナにぬいぐるみを誉められたら、少し緊張が緩んできたらしい。でも、そこに国王が加わったので、呆然としてしまっている。 「お嬢さん方は、楽しんでいるかな?」 国王をよく知る人が見れば、『あ、そろそろおべっか使いの相手に飽きてきたな』と思う表情で、国王はフラウにあれこれと話を向けている。それでも呆然としていたフラウだが、王妃リーディアも加わって、女性がいることでようやく安心したのだろう。 「フラウです。よろしくおねがいしますね。国王さま、王妃さま♪」 聖職者見習いながら、淑女らしくスカートを摘んで挨拶をした。途端にぬいぐるみが落ちて、リーディアとケロリーナが拾い上げている。双方、自分の身分を気にしているとは思えない行動だ。 そうして、ケロリーナは更にとんでもない行動に出た。国王夫妻に、結婚するってどんな感じかとか、子供は何人くらい欲しいのかしらと、相当直接的に突っ込んだのだ。誰か止めてしかるべきだが、誰もが聞きたい事柄なので止める者が出ない。 興味津々のフラウにも見上げられ、さしもの国王も苦笑を禁じえなかったようだ。 そんな光景を目にして、ラルフェン・シュストは少し離れたところで笑みを漏らした。身重の妻を連れて来てやればよかったと思い、今朝方些細なことで喧嘩したばかりだったことも思い出したが、よく考えればなんで喧嘩する必要があったかと思うようなことだ。身重の女性は何かと神経質だから、自分が労わってやらなければいけなかった‥‥とか、場所柄も考えずに反省してしまう。 せめても土産話くらいは楽しいものをと心を入れ替えたのはいいのだが、騎士の身分でここにいる彼も冒険者の一人。ようやくフラウを迎えに来たエルディンが、聖職者の身分を堂々と利用して国王夫妻に祝いの言葉を述べ、握手までしている光景に別のことを見て取ってしまった。 「まさか、ねぇ‥‥」 思わず漏らした呟きは、幸い誰にも聞きとがめられなかったが、彼もまた『お散歩に行きそうだ』と感じて、ついでに『それなら助力しないと』と考える一人だった。 流石に、今これからすぐに抜け出しそうだとは思わなかったが、本当に『お散歩』に繰り出したら、行きそうなところは幾つか予想が付く。それは他の冒険者達も同じように思い浮かべている場所だった。 その思い浮かべられた場所の一つである、冒険者酒場『シャンゼリゼ』。知る人ぞ知る国王行きつけの酒場だが、もちろんそんなことは誰も知らない振りをしていた。 この店では、パリ全体が慶事に浮かれる良き日だというのに、背筋が凍るような光景が繰り広げられていた。 「たのも〜!」 そこに飛び込んでしまったのが、アーシャ・エルダー。長らくパリで冒険者として活動して、最近イスパニアに嫁いだ女性だが、王妃リーディアとは苦楽を共にした仲。結婚式や披露宴への隣席は叶わずとも、せめても近くで祝いたいと理由付け、心中では『ここに来れば、きっと城を抜け出してきた二人と会える』と確信して、元気よく扉を開けたのだが。 彼女は、見てしまった。 そして、こんな日には気兼ねなく騒げるようにと店に掛け合って普段は閉鎖してある大ホールの開放をもぎ取ったエーディット・ブラウン、リディエール・アンティロープ、ユリゼ・ファルアートの女性三人も、凍りついたようにある一箇所を見詰めていた。 問題の場所には、ロックフェラー・シュターゼンとシャンゼリゼ名物ウェイトレスのアンリがいる。見詰め合っているなら素敵だが、アンリに睨まれたロックフェラーが、目を逸らすことも叶わず歯を食いしばっているところだった。傍らでは、ウィル・エイブルが顔を引き攣らせて、仰け反っている。 「よくも、受け止めてくれましたね?」 アンリの声は、地を這うように低い。彼女の手にあるのは、これまたシャンゼリゼ名物の一つ、銀のトレイだ。一見すれば見た目美しく、大変使いやすいお盆だが、アンリが持つそれは不届きな真似をした冒険者を、相手がいかほどに勇猛果敢で百戦錬磨であろうとも、角を使った一撃で昏倒させてきた伝説級の武器である。 だが、この日、とうとうというか、単なる偶然なのか、ロックフェラーがその一撃を見事に受けてしまったのだった。 「こ、これはだな、単なる‥‥事故だ。そう、事故! 別に古ワインを本気で樽で飲みたくて準備していたわけではっ」 「そう、古ワインを樽で持って来いなんて、ふざけた注文も許せませんよね」 もう一つのシャンゼリゼ名物が古ワイン。酢と成り代わる寸前の品物だが無料提供なので、冒険者なら一度ならず口にする味だ。挙げ句にそれだけで酒場に長居する者も多数出て、いつの頃からか頼むとアンリのこめかみに青筋が浮かび、度を越すと銀トレイが飛んでくるで、段々注文自体が勇気試しになってきた一品。 実はアーシャも懐かしのパリの味を堪能したいのと、アンリのトレイ攻撃が見たくて注文するつもりだったり、ウィルもロックフェラーの注文を面白がったりしていたのだが、この光景は恐ろしい。 この頃には、最初の驚きから立ち直ったユリゼとエーディットとリディエールの三人娘は、安全圏から事態がどう動くのかを小声で予想しながら、見物に回っている。自分に被害が及ばないのなら、こんな面白い見ものも滅多にない。 だが、予想に反して決着はあっさりとしたもので。 「セーヌの藻屑になってください〜!」 アンリの気合一閃、古ワインの樽に投げ込まれたロックフェラーが、えいやとセーヌ川に蹴りこまれて終わったのだった。 「いらっしゃいませ。ご注文は?」 「ええと‥‥古ワインいっちょ〜」 「ご注文は?」 何事もなかったかのようなアンリの挨拶に、それでもアーシャは気力を振り絞ったが、ステキな笑顔で尋ね返されて、 「本日のお勧めの品をお願いします」 敗北した。ウィルはすでに戦いを放棄して、一番高いメニューを注文したことになっている。 なんだ、つまらないと、三人娘の誰かが言ったような気もするが、それはきっと幻聴だろう。 厨房では、天津風美沙樹が料理人達に混じって、きっと来るだろう国王夫妻を祝うための料理のあれこれに腕を振るっている。 ところで。 「レオにーちゃ‥‥どこ‥‥」 パリの雑踏の中では、小さな子供、なにしろパラだから特に小さくて人の足の間に埋もれてしまうレジーナ・シュタイネルが、迷子になってしまっていた。 祝いの宴は、城の中でさえ昼夜分かたず、場合によっては主役の不在もなんのそので続いていた。国王の開く宴の他に、側近衆や血縁者が主催して、大量に集まっている人々を歓待するのだが、レンヌ侯爵・マーシー一世主催の宴には何人か話題の人物が集まっていた。 ノルマン王国が一度滅亡した際に、敵国に付いたマーシー一世との不仲が噂されるブランシュ騎士団の正副団長や、マーシー一世の娘で国王の花嫁候補の一人だったエリテリーナ公女、そして何より、昨今社交界で話題を振りまいている色 愛だ。 名前からしてジャパン出身だが、財政的に困ったとある有力貴族の養女に納まり、すでに浮名も流す女性と、艶福家で知られ、正室や複数の側室から生まれた娘達で閨閥を作っているマーシー一世の取り合わせは、色々推測を呼んでもおかしくない。 「話は合いそうですわね。父も最近身辺が静かでしたけれど、ああいう方はお好きではないかしら」 父親に自分とたいして年齢が変わらないどころか、明らかに年下の女性が父親に近付いても楽しげなエカテリーナも変わり者だろうが、その隣で何かの間違いと思うほどに軽食と菓子を並べて、次々と制覇している紅 天華は気にしない。そもそも天華は恋愛話そのものに興味がないので、自分に対する男性陣の熱っぽい視線にも気付かずにいた。 気にしたのは、エカテリーナにくっついて城に出入りする間と、それ以外の依頼とですっかりと顔なじみになった赤様がやってきたことにだ。先方も気付いて、マーシー一世に挨拶した後、彼女達のほうにやってくる。赤様にしたら、父親より娘の方がまだしも付き合いやすいということだろうか。 この二人のところに来たところで、熱いドラゴン談義に巻き込まれるだけなのだが‥‥ そうでなければ、国王が結婚した今、今度は騎士団の独身者の順番だろうと言われ、でも騎士団員達は女嫌いと噂されていると畳み掛けられ、赤様の気が休まることはなさそうだ。いらぬ噂を耳に入れた天華は、もりもりと茶菓子を食べるのに忙しい。 「父御と一緒なのは、どこのご令嬢かな?」 「あの方が色 愛様ですわ。きっと二人で、何か皆を驚かせることでも企んでいるのでしょう」 「‥‥話に聞くより、控えめなご令嬢に見えるな」 赤様に奔放な噂を裏切る印象を口にされた愛は、だが根が淑やかで控えめだったことは一度もない。そんな性質では、反国王派を称する一派の一員であることなど出来ないからだ。マーシー一世はまた別の派閥だったが、最近すっかりと国王に恭順した様子なので、自陣営に引きこむようにと厳命されての養子縁組から、この場への登場だったけれど。 したたかな男であるのは十分承知していたし、側室などとの馴れ初めまで調べてきたが、幼い頃から叩き込まれた彼女の手管に反応している振りをして、冷静でいるのが分かる。分かるように、相手が仕向けてくる。 挙げ句に囁かれたのは。 「目的がなんであれ、私ではなく至高の方を口説き落とす覚悟があるなら協力しても良いよ」 「それはまた、随分と楽しいお申し出ですこと」 はてさてどうしたものかと、愛は忙しく思考を巡らせていた。 側近からマーシー一世までもが忙しく宴で人々をもてなしていると言っても、国王が暇になることはない。そのはずだが、心臓が悪いことも国外まで知られている上、結婚式直後の身。夜の宴に遅くまで付き合う必要はない。 そういうことになっているが、引きも切らずに一言会話を交わそうと寄ってくる人々をあしらうのは、簡単なことではない。王妃のリーディアはこれほど大掛かりな社交は初めてだから、周辺を側近が固めていても相当大変そうだ。 だが、そんな主役の二人とは別に、人の輪に囲まれている者もいる。 「ああいや失礼を。女性の皆様に、地獄の光景などさぞかし恐ろしく聞こえるでしょう」 「それはもう‥‥でも、王妃様はそこでご活躍だったとか?」 立場は色々だが、共通するのは冒険者。そして王妃と親しく言葉を交わせるほどに近しい‥‥と貴族に認識されたエルディンや、素直に王妃本人が友人と言ってしまったジュディ・フローライトとフルーレ・フルフラット・クトシュナスなど。エルディンとジュディは聖職者の身分、フルーレは他国の貴族身分で招待されていて、ノルマン貴族より近寄りやすいとでも思われたのか、根掘り葉掘り国王夫妻のことを尋ねられている。 おかげでフルーレは挨拶だけして、乳母に預けてきた娘のところに戻るつもりがままならず、ジュディも慣れない言い回しに苦労しながら、社交の一端を担っている。こういう場所でもまったく困らず、周りを自分のペースに巻き込んでいるのはエルディンだ。 「ご養父様とのご縁ですか? それこそブランシュの方々にも王妃様が組織した救護隊のおかげで助かった方がいたからと、先方から是非にと陛下にお申し出があったそうです」 「あら、私は陛下が面識がある緑の方が気安かろうとご配慮されたと聞きました。橙の方があまりにご多忙で頼めなかったと」 フルーレとジュディが貴族達の質問に答えている内容は、実はリーディアの養父を務めたブランシュ緑分隊長が『こんな感じで答えておきなさい』といって寄越した内容だった。虚実取り混ぜて、ブランシュ騎士団の八つの分隊を示す色が次々出てくる内容は、友人の立場を固めるためのものだと思うから、それぞれの良心に反しない範囲で二人共に語っている。ちょうど目的にも沿っていてよい。 国王夫妻の周りから人を引き離す。 そうすれば、人の輪が途切れた隙に国王夫妻か抜け出せるからという思惑の故だが、流石に立場上こっそり会場を後にすることは出来なかったようだ。皆の礼や拍手に送られて退場するのを同様に見送った冒険者達は、一部の貴族達が『しまった』という顔をしているのを見て、目的達成をこっそりと喜びつつ‥‥今度は自分達が堂々と、またこっそりと会場から立ち去る機会を窺い始めた。 上品な首輪をして、頭に王冠のような飾りを載せた猫が、女主人の服の裾に爪を立てようとしたので、ミレイユはチーズをあげて気を逸らしていた。いつの間にか城に居ついて、国王から首輪を貰った猫は、愛称猫の王様である。 ミレイユが本来お世話する相手は、現在着替え中だ。普段なら手伝うのだが、今回ばかりは手が出せない。庶民出身の王妃が人に世話されるのが苦手で、権高い貴族の夫人や息女ではない地位のミレイユなどが側仕えになったのだが‥‥いかによく気が回って、王妃本人や国王の覚えめでたい彼女でも、殿方の着替えはお手伝いできない。 「出来ました〜。おかしいところはないですか?」 「服装は素晴らしいのですが、立ち方が女性の振る舞いのままですわ。目立ってはいけませんので、マントは厚めにいたしましょう」 禁断の指輪なる性別を一時的に変化させる代物があるのを、ミレイユは城に上がってから初めて知った。なぜなら国王がそれを持っていて、時々王妃と姉妹の振りで『お散歩』に出掛けていたからだ。そういう時の街歩き用の着替えを用意して、戻ってきたら隠しておくのも彼女の仕事。 そうしたら、今回は王妃まで同じ指輪をどこからか持ってきて、二人とも性別を変えてお城脱出を図るという。急ぎ王妃の身長に合うように国王の『外出着』の丈を直して、街に出てからの着替えも包み、準備万端整えて、着替えだけは本人にお願いした。後は細かいところを整えて、迎えに来た国王と一緒に秘密の通路を抜けていくのを、ミレイユはいつも通りに見送っている。 「どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ。朝までには、お戻り下さいませね?」 秘密の通路と言っても、側近は大体が知っているものだ。だからミレイユも緊急時のために教えられて、でも赤様に『緊急時以外は使わない、使わせない』と重々注意されているのだが‥‥力強い協力者のおかげで、国王夫妻は本日も『お散歩』に出発していった。 猫の王様は、いつの間にかいなくなっている。 それからしばらくして。 「お休みになられるとおっしゃいましたので‥‥」 「図書館の秘密通路は、誰も通っておらぬ」 「隊長、全ての門で紋章がない馬車と指定の外見の男女の退出はないっちゅー報告で」 赤様がこめかみに青筋を浮かばせて、いつもの様子になっていた。これをみると安心してしまう部下がいっぱいいたりするのも、彼の不幸だろうか。 「ギュスターヴ様、これよりパリの重点捜索地域を巡ってまいります」 平服に着替えた部下を送り出して、渋い顔のままの赤様に、からすが手で小さな卓を示した。いつの間にやら、ミレイユが茶器を準備している。 「如何ですか? たまには我らも隠れて紅茶など」 夜も更けてきた頃合に、城内では不思議な茶会が始まっていた。 普段なら宵闇に支配される時間でも、パリの大通りには子供達の声が響いていた。今日ばかりは夜更かしを咎める親も少なく、一度寝てもまた騒がしさに目を覚ました子供達が、走り回っているからだ。 さすがにこの時間には眠くなっていた真夢紀は、あとちょっとだけ残った品物が売れたら奥に引っ込もうと考えていて、時々店に立ち寄る貴族の青年を見付けた。連れているのは婚約者のはずだが、本日結婚式をしたという。 「じゃあ、お祝いにおまけします〜」 お代のやり取りで、真夢紀はおまけを主張したのだが、眠い頭で言うことを考えている間に押し切られて、残ったお菓子は全部買い占められていった。でもまた来てくれるといったので、次の時におまけしようと思いながら、頑張って片付けをする。 そんな彼女の前を、部下を連れたデニムが左右に鋭く目を配りつつ、部下と一緒に歩いていったが‥‥真夢紀には関係のないことだった。 「うーん、珍しいものがいっぱいで目移りするなり」 別の場所では、一日屋台巡りをしていたはずだが、まだ元気いっぱいの平野 譲治が、珍しいものを広げている露店の前に座り込んでいた。 「キャメの乙女道でも大人気! ご成婚記念人形やで〜」 売りさばいているのは、実は冒険者のジルベール・ダリエ。趣味の木工細工で作った新郎新婦の木彫り人形を、採算度外視で道行く人に勧めていた。王妃とはさほど面識もないのだが、同じ冒険者だと言うので祝賀気分に自分なりに花を添えたいという気持ちである。 平野は国王御成婚だと聞いたので、お祝いを仕入れねばと一日掛けて、様々なものを集めていた。そういう考えの者は少なくないので、城では受け取りをしてくれる場所がある。実際は教会などに寄付されることになろうが、この話を耳にした平野の目は真剣だ。 ただ見たこともない国王に、木彫り人形が似ているかどうかはさっぱり分からず、出来るだけ上品な顔付きのにしようと、見比べていた。それでも、他の客が来たら、少しずれて場所を空ける事も忘れない。 ジルベールが、新しい客二人の顔を見て、なんとも言い難い顔付きになったのには、気付いていないが。 「ありゃあ‥‥ご結婚おめでうございます、でいいですかね」 「ありがとうございますぅ」 会話はしっかり聞こえたので、手にしていた一番上品な顔だと思う人形を手に振り仰ぐと、なかなかいい服を来た二人連れがいた。女性と露店主とが顔見知りらしいと、会話の様子で分かる。 だが何より大事なのは、目の前の二人も新婚だということで。 「仲睦まじくっ! なりよっ!」 平野は、今買おうとした人形を差し出していた。支払いがまだだと気付いたが、ジルベールも記念だからと身振りで勧めている。平野から金を取るつもりでもないらしい。 結局、ジルベールから人形を、平野から屋台で集めた様々なご成婚記念の品物を譲られた夫婦は予想外の大荷物にしばし困惑していたが、持参していた焼き菓子を分けてくれた。 物々交換会場と化している露店の前を、またデニムが通っていたが‥‥今度は一瞬足を止めて、でも通り過ぎて行った。 国王夫妻の捜索隊には、セイルも駆り出されていた。兵士を数名借りて、来賓の親族が街中で行方不明だが、外交に関係するから内密にと言い含める。 セイルが指揮する、いかにもパリを知らない外国人が好みそうで、かつ国王夫妻に用がない場所を巡り歩く仕事は、まだ始まったところだった。 その頃。 なにやら色々貰ったものを抱えて歩いていた問題の夫婦は、迷子のはずだが、華やかな雰囲気に魅了されてうろうろしていた女の子が空腹でへたり込んでいたのを発見して、保護していた。ここで屋台の買い食いをするあたり、捜索隊の視点から外れている。 保護されたレジーナは、兄がよく口にしていたシャンゼリゼの名前を覚えていたので、ここから三人での移動になる。遠目には若夫婦にその子供に見える一行は、もちろん更に捜索隊の視界から外れて行き‥‥ そのうちにシャンゼリゼに到着するだろう。 パリのほとんどが賑やかなざわめきに包まれている中で、旧聖堂と呼ばれる一角だけは今日も静かだった。一時期は王妃がここの番人と呼ばれていたのだが、流石に城に入ってからは足を向けることもほとんどなく、今日も知己の大半はシャンゼリゼに繰り出している。 そんな中、旧聖堂にも幾つか明かりが灯されて、綺麗に掃き清めた聖堂の中に花束を幾つか飾り付けてあった。国王は冒険者酒場に出没するのが好きだが、王妃はここに立ち寄るだろうと予想した明王院 月与と十野間 空、十野間の妻アストレイアの三人が準備しておいたのだ。お茶もお菓子も軽食も準備万端。 でも、まだ目当ての方々は来ないだろうと、準備完了でほっと一息入れたところに、ひょっこりと顔を出した三人がいる。 「あ〜、綺麗にしてもらってますね。全然変わってませんよ」 「陛下っ、王妃様まで」 「しーっ。ヨシュアスだから。こちらは妻のマリー」 来るとは思っていたが、もっと大人数だと思っていたら、パラの女の子一人連れただけでやってきた夫婦の名前は、ヨシュアスとマリーらしい。女の子はレジーナだと紹介され、思わず大声を上げたアストレイアが恐縮している。元は貴族階級、デビルとの戦いで領地経営に幾つか支障が出て、城仕えも体調から厳しいと十野間と一緒にパリで私塾を始めたところ。 そんな訳で、アストレイアはつい昔の習慣で応対してしまうのだが、レジーナはきょとんとしているし、十野間と月与は万事承知して、『国王の結婚にあやかって同日に結婚式をした貴族の夫婦』をもてなしている。 「日中に、お城の式典を塾の子供達と見学に行きましたよ。お城の中には入れなくても、門の前だけでも華やかで、子供達が大喜びで」 「「いいなぁ〜」」 レジーナが羨ましがるのはともかく、ヨシュアスまで同様とはどうかと十野間も思うのだが、あまり突っ込むと愛妻が早く城に送り届けようとか言い出すので、微妙な視線を送るだけにする。イイ笑顔を返されて、溜息が出そうになったが。 月与は久し振りに『リーディア隊長』と話が出来て、すっかりと楽しそうだ。庭の様子から、ブランシュ灰隊長の隠し部屋まで話題の種は尽きないらしい。合間にお茶を淹れたり、レジーナの髪型を可愛らしく整えたり、口だけでなく手も止まらない。 「シャンゼリゼに先に行かれるかと思ってました」 その前に城を抜け出してくるのは当然の認識なのかと、月与の言い分にアストレイアが困惑をありありと浮かべているが、リーディアの返答はあっけらかんとしていた。 「お城の皆さんが、シャンゼリゼの近くにいらしたので」 「あら。こちらには誰もいらっしゃらないんですけどね〜」 誰も来ないのは、そのあたりを担当しているセイルが、黙殺して通過したからだが、そんなことはここにいる人々には分からない。話し込むことしばらくして、レジーナが寝入ってしまわないうちにシャンゼリゼに移動しようとなった。 でも、アストレイアが呆然としているので、十野間や月与が合流するのはまた後のことになりそうだ。 冒険者酒場シャンゼリゼは、日中の一騒ぎなどなかった事のように、祝賀の雰囲気に浮かれていた。飲食するのみならず、歌い踊り、久し振りに顔をあわせた友人との近況報告会にも忙しい。 多くの冒険者と同様に、久し振りに顔見知りを滅多に足を踏み入れた事のないパリで出会ったアルーシュ・リトナと琥龍 蒼羅も、仕事の手を休めて喉を湿らせる程度に酒を楽しんでいた。冒険者出身王妃誕生でここが沸いているのは納得だが、さっきから二人とも気になるのはあちらこちらで『まだ来ない』と皆が繰り返していることだ。誰か有名人がまだお祝いに駆けつけていないようだとは分かるが、悲しいかなパリには疎い二人のこと、一体誰が来ないのかは分からない。 ただ、最初のうちはアルーシュも琥龍も、前者は仕事でもあり、後者は純然たる趣味で、シャンゼリゼに集った人々と音楽を奏でたり、世界各地の歌を披露しあったりしていたのだが、それが段々と下火になってきたのも不思議だった。 待ち疲れた様子の人々に、ちょっと景気付けがあってもいいのではないかと、二人が視線だけで会話していたら、外からものすごい足音が聞こえた。そのままの勢いで、どこかの若夫婦とその子供と思しき三人組が飛び込んでくる。男性は勢い余って、琥龍の椅子の背にぶつかっていた。 そして、大丈夫かと尋ねようとした琥龍に開口一番、追われていると言った。 「人違いなんだけど、説明しても分かってくれそうにないから、誰も来てないって言ってくれるかな。あ、僕はウィリアムって言うんだけどね」 途端に背後で『来たーっ』と叫ぶ声が複数して、三人はあっという間に奥に掻っ攫われていった。状況は不明だが、確かにその後から白いマント姿のエルフの青年がやってきて、『ヨシュアスという青年が夫婦で来ていないか』と尋ねてきたのには知らないと返答する。外見が説明とよく似たというか、当人にしか思えない青年は見たが、名前が違うから嘘は言っていない。 ただし。 「今の方、ブランシュ騎士団のヨシュアス・レイン団長だと思いますけれど‥‥絵姿も、大分街の中で見ましたし」 探しに来た一団がいなくなってから、アルーシュが呟いたので、先程の青年の名前に合致する人物にも思い至った。 「いやまさか、国王が城を抜け出して、冒険者酒場に来ることはないだろう?」 パリをよく知らない二人が、真実を知るまではあと少しだ。 大ホールには、城の披露宴からこちらに回ってきたり、一日街の中で騒ぎ尽くして最後はここと決めてきたり、最初からここでてぐすね引いて待ち構えていた人々がいた。一人追い出された人物は、セーヌ川で装飾品を売り流れる謎の商人と後日の噂になるのだが、まあそれはそれ。 「さあさ、腕によりをかけて作ったヨシュアス殿の好物をどうぞ。まさかおなかいっぱいだとは言わないね?」 美沙樹が作ったのは、ノルマンから外洋に船が出て、見付けて来たという別大陸の香辛料を使用した逸品。お祝いの席でなければ食べられない、というよりそれでも値段を考えたら恐ろしいような料理だった。虎視眈々と狙う食いしん坊達も、本日の主役が取り分けないうちは手を出さない。 他にもユリゼが『どうせ熱々になって溶けるから』と氷柱に果物や花を閉じ込めてそこここに置き、その間をゾウガメがエーディットを乗せてのしのし歩く。合流した旧聖堂組はじめ、皆が持ち寄った飲み物食べ物が溢れんばかりに並べられる間、今度はヨシュアスに名前が変わった青年の妻マリーは、あちらこちらで集まった人達のぎゅうぎゅう抱きしめられている。 それでも最初はアーシャやユリゼ、エーディットなど、城に入れなかった人々が先だったのに、段々順番も滅茶苦茶になってきて、フルーレが自分の子供を抱けと迫るし、ジュディやリスティアが泣き出すし、乾杯もしないうちに大ホールはひどく騒々しくなっていた。 男性陣は騒ぎに乗り遅れて困っていたが、あるテーブルの上になかなか魅力的な足がどんどんと音を立てて乗ったのに、大なり小なり驚いた。 「まずは乾杯しなきゃー! このために、あたしは一日稼いできたわよっ!!」 アニェスがテーブルの上で乾杯だと繰り返して、ようやくまだ何もしていなかったと言い出す女性多数。今までのあれこれはなんだったのか分からないが、とにかく乾杯だ。音頭取りは、適当なくじの結果、ウィルが任命されている。 「パリは相変わらずで、このノリはずっと変わらないといい! では、国王陛下とリーディア殿のご成婚を祝って乾杯!」 今本名で呼びやがったとか、俺の春が来ないとか、大きくなったら冒険者になるとか、何か色々と叫びが炸裂したが、そこからはもう何かが弾けた人々が、歌い踊って、時に魔法の幻影や噴水に拍手して、一夜限りの夢を楽しむことに全力を傾けていた。ゾウガメがラッパを吹いて、それを更に盛り上げている。 中には、 「ずっとお慕いしておりましたっ」 シャンゼリゼを抜け出して、本物のヨシュアスに抱きついているリディエールもいるのだが、景気付けに飲んだ酒が強すぎて、あまり本気に取られていない気配が濃厚。でも、その分力が出ているので離れない。 やがて、吟遊詩人達が即興で合奏を始め、冷やかされつつ本日の主役達が踊り始めて、皆がそれに倣う。 夜が明けるまで、この騒ぎは終わりそうにない。 花びらが舞う都にて 今 一対の蕾が喜び溢れ花開く 願いを 想いを吸い上げ 育て上げた縁 実を結べ 大地豊かに 何より二人の幸せを‥‥♪ そして、夜明け頃の城の一角では。 「どうせ見付けても、気が済むまで覗いておったのだろう」 昨日から続いている茶会に加わった黒鳶丸やデニム、セイルが、赤様に『すみませんでした』と頭を下げていた。 その傍らでは、なぜか騎士団長がくっついてきたリディエールと天華に、両脇から世話を焼かれている。赤様はそちらを故意に放置していて、ずるいと思わなくもないのだが、ヨシュアスが困っているので、やはり放置。 また、まだ祭りの余韻が残る街の中で。 「それでね、お母さん、お城の中はね」 城を出たところで母親の元に戻ったフラウが、昨日の続きの話を始めている。 |