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■オープニング本文 『よう、開拓者でもふな。この世の修羅場、開拓者ギルドにようこそでもふ。ここのギルドで依頼を受けるのは初めてもふ? ふふふ、大丈夫もふ。最初は苦行でも、それが快感に変わり、いつの間にか依頼なしではいられなくなるもふ‥‥そうなる頃には、一人前の開拓者の完成もふよ』 そこでは、一頭のもふらさまが、含み笑いつきで出迎えてくれていた。そもそも顔の造りが笑っているようだとは、言ってはならない。 場所はジョレゾの一角。入口には『うら・かいたくしゃぎるど』と子供の悪戯書きかと思わせる字で書かれた看板が掛けられた、どう見ても倉庫っぽい建物だ。 確かに、位置は開拓者ギルドの正しく裏。 覗いてみれば、中には一応カウンターらしきものがあり、そこには見慣れた受付の姿は‥‥なかった。 『いよう、開拓者がや。覗いとりゃせんで、ずずぅっと中にへえれや。ちょんど、依頼が入っただよ』 いや、それっぽいものはいる。 どこの訛りかも分からぬ謎言語を操る、土偶ゴーレムがカウンターの向こうには立っていた。 依頼書らしきものを手にしているが、書かれているのは明らかに人語ではない。 と、土偶ゴーレムの背後から、ゆらりと立ち上がった影がある。 古びたクッションに横たわっていた、真っ黒艶やかな毛皮をまとったそれは、長い二本の尻尾を持っていて、どこからどう見ても立派な黒猫又だ。 『ギルドマスターのお成りもふ』 『やいやい、マスター直々のご説明だじぇ。よんぐ聞げ』 裏開拓者ギルドのギルドマスター様は、真っ赤な口を開いて仰った。 『お前達、カラスを捕まえておいで』 このジェレゾの街に、カラスが何羽いると思っているの? なんて呆気に取られていると。 「こらっ、おまえ達はまた勝手に抜け出して!」 本物の開拓者ギルドで見たことがあるような人が、怒鳴り込んできたのだった。 どうやらもふらさまと土偶ゴーレムと猫又は、ギルドの宿舎から抜け出して来ていたらしい。 『いいかい、昨日の早朝、表のギルドの前で子供から硝子玉を奪って去ったカラスを捕まえて来るんだよ』 裏の開拓者ギルドマスター様は、そう言い残して、窓から華麗な逃亡を遂げた。 もふらさまと土偶ゴーレムは、入口で押し合いへし合いしているうちに捕まっている。 そういえば、昨日の朝、開拓者ギルドの前で四つか五つの女の子が宝物をカラスに取られたと大泣きしているのを見掛けたっけ‥‥と思った時には、もう裏開拓者ギルドの中は空っぽだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
皇 那由多(ia9742)
23歳・男・陰
イリア・サヴィン(ib0130)
25歳・男・騎
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓 |
■リプレイ本文 『うら・かいたくしゃぎるど』の騒々しさが過ぎた後、残った開拓者は十名ほど。子供と呼んで差し支えない年齢層から二十代半ばくらいまでの男女だ。 このうち皇 那由多(ia9742)、イリア・サヴィン(ib0130)、琉宇(ib1119)の三人は、裏ギルドマスターの黒猫又とも面識がある。以前も似たような状況で、えいやと仕事を押し付けられたのだ。 猫又が依頼人ではもちろん報酬は望めないし、正規の依頼でもないから放置して帰ってもいいのだが、一人もそういう者はいない。 前日に件の出来事を目撃していて、これを機会と硝子玉を取り返すことを誓う天河 ふしぎ(ia1037)や鹿角 結(ib3119)、平野 譲治(ia5226)、那由多などは、今にも皆で拳を天に突き上げて気合を入れそうだ。その勢いには乗り切れないが、白蛇(ia5337)も硝子玉取り返しに異論はないらしい。 だが、最初に行動することを言葉にしたのは雲母(ia6295)で。 「裏・開拓者ギルドか‥‥ま、こういうのがあってもいいんじゃないかね。可愛いもんじゃないか‥‥‥そうだろう?」 「可愛い‥‥かどうかはちょっと。でも硝子は取り返してあげたいですね」 「なんにしても、まずは情報収集ですね」 子供の災難は見逃したら駄目、ついでに依頼人が面白いと言い放った雲母に、和奏(ia8807)と桐(ia1102)が同意はいたしかねるといった様子だが、行動の最初の道筋を示した。 この時には、もう他の七人は倉庫‥‥にしか見えない『うらかいたくしゃぎるど』から飛び出していたのだが。 黒猫又から依頼されたのは、前日早朝に女の子から硝子玉を奪って行ったカラスの捕獲だ。けれども他にも被害の話を聞くので、まずは桐の提示した情報収集が始まった。もちろん最初に事情を尋ねるのは、何人もが顔を知っている前日の女の子。 「ガラスはおとーさんがかってくれたの」 流石に十人まとめて訊きに訪ねた訳ではないのだが、硝子玉を取り返すためにカラスを捕まえに行くと聞いた女の子は大興奮。硝子玉は妹の誕生日に花束を作ったご褒美だったところから始まって、重要と不要な情報を取り混ぜて、よく分からない順番で語ってくれる。 挙げ句にたまたま近かった、平野の手と結の尻尾を握ってぶんぶん振り回しつつ話している。 「きいてる?」 「う、うん。聞いてるぞ」 「聞いてるから、あんまり引っ張らないでくださいね」 勢いに押され気味の平野と尻尾がちょっと痛い結では聞き取りがうまく行かないが、雲母が外見の印象を裏切る丁寧さで必要なことを尋ねていた。合間に天河が女の子を励ましつつ、結の尻尾は救出している。。 「ほら、もう怖くない、怖くないからね。僕達に大事な宝物の事教えて、絶対取り返してあげるから」 「おねーちゃん、ありがと」 「僕は男だっ!」 「えーっ!」 途中から励ましているのか、驚かせているのか分からなくなってきたが、天河の持参した飴玉のおかげで、平野の手も解放された。 そんなこんなで聞き出したカラスの特徴は『大きくて、ぎゃーと鳴く』だった。 ちなみに、この特徴の前半『大きい』は他の目撃者達によって、おおむね否定されている。例えば、イリアと琉宇がまずは張り込みに必要なパンと牛乳を求めるために立ち寄ったパン屋では、『他のカラスより少し小さい』と主人が証言した。 「隣の奥さんも髪飾りを盗られたが、この位だって言ってた」 「ふむ、それだと若いカラスかな。しかし、女性は年齢に関係なく光物が好きなんだな」 このくらいと示された大きさが、先程道端で目撃したカラスより少し小さいのを確かめて、イリアはほかの事まで含めて納得している。隣の奥さんが結構年配なのは、通り掛かりに目撃していたからだ。 「ボンサイさん、どういう飾りか、訊きに行ってみよう。あ、お土産はいるかなぁ」 琉宇は他の仲間の分までパンを買って、更に窯から出されたばかりの焼き立てパンに惹かれている。すでに大量にお買い上げだったので、一つはおまけしてもらって、お隣にも事情聴取だ。 ちなみにボンサイはイリアのこと。こういうときには暗号名が必要だの主張によるが、この二人以外には誰も名乗っていないので、ちょっと物足りない。 その頃には、桐と白蛇、和奏と那由多の四人も、別の家族から話を聞いている。こちらも子供はカラスを大きいというが、大人は小さめと証言したから、要するに目撃者の体格差で印象が違うのだろう。 「西に飛んでいくそうですが、カラスが巣をかけそうな場所にお心当たりはありますか?」 「何を盗られたのかも‥‥教えて欲しい」 なにかしら盗られた相手は、大半が子供かお年より、または後ろから襲われた女性などだ。どうやら男性には何度か撃退されて、以降は狙わなくなったらしい。桐と白蛇が聞いた内容を、和奏が襲撃地点を地図に書き込み、那由多が盗られたものの目録を作ってまとめてみると、開拓者ギルドを東端にして、ジェレゾの西の方に散らばっているのが分かった。 「驚いて転んだとはいえ、怪我人も出ているのならお灸を据えないといけませんねぇ」 「人の善悪の基準を嵌めても仕方はありませんけれど‥‥悪戯は控えてもらいたいところです」 盗られたものは、大抵が白蛇や平野でも握りこめるくらいの大きさで、割と小さいもの。硝子に限らず、金属製の笛や貝殻を埋め込んだ飾りなど、日光を反射するものばかりだ。どう見ても、光物が好きと言われるカラスらしい所業である。 だから和奏も那由多も、もちろん白蛇も桐も殺すことはないと思っているのだが、悪戯は続けない程度にお仕置きしないと駄目だろうとも考えていた。子供が一人、カラスに飛びかかられた拍子に転んで怪我をしていたので、こんなことが何度もあったら本当に退治されてしまうからだ。 ちなみにカラスがよく巣を掛けているのは、ジェレゾの西郊外の雑木林ではなかろうかというのが、十人共に聞きこんできた結果だった。 盗られたもの、襲撃されるだいたいの範囲と時間が判明して、十人の意見は『囮作戦』で一致した。窓際に置いていたのを盗られた例もあるので、持って歩く囮役のほかに狙われそうなものを目立つ場所に置いておくようにもした。 その上で、まず天河は宝物のゴーグルを懐にしまい、囮に使う髪飾りに赤い紐を結んでいる。結も首飾りを服の下にしてから、ふと気付いて白い紐も結んで置くように促した。取り返しに行くなら、カラスの目が利かない夜間がよく、赤では宵闇に沈んで見付け辛いからだ。 琉宇とイリアは文銭と『騎士の銅貨』をぴかぴかになるまで磨いて、やはり色とりどりの糸を結んでいる。後はどこに置いて、物陰から見張るかだが、無関係の誰かに拾われないよう、場所の選定が重要だろう。 平野も陰陽寮身分証明・朱花は大事にしまって、なぜだかピロシキを抱えている。団子が欲しかったのだが、そんな天儀のお菓子は滅多に見ないために、普通に売っているもので。その傍らの雲母が銜えた煙管を上下に揺らしているのは、光物繋がりで鯖寿司を買おうと思ったのに、ジルベリアでは品物はおろか知っている人間さえも希少だと気付いたからだ。ちょっと不機嫌ながら、本来の目的のきらきらしい飾りはちゃんと入手していた。 白蛇は硝子細工の鈴を、桐が真鍮製の髪飾りを用意して、やはりそれぞれに糸で小さな紙の旗をくくりつけていた。白蛇は音のしない飾りも用意しようと思っていたが、他の者が用意していたので一つにしておく。桐は光が反射すると狙われるなら踊ってみようと思い立ち、被害点数も多い髪飾りを選択していた。 那由多と和奏は、当初は身長がそこそこあって目立つだろう和奏に囮の品物をつけて、那由多が人魂で追いかけようと相談していたが、成人男性は襲撃対象外と判明したので桐や白蛇の支援に回っている。同様にイリアも隠れて見張ることになっていた。 後は、カラスがよく出没する夕方の時間を狙って、これまで被害があったところを囮役が歩き回ったり、踊ったり、地面に光物を置いて見張ったりとし始め‥‥ 「カラスが出ましたーっ!」 叫んだのは結、髪飾りを毟り取られて、蹴りつけられた頭を抱えてうずくまっていたのは天河だった。後方からの一撃は、予想以上にきつかったようだ。 その日の夕暮れ、ジェレゾの街は騒がしかったかもしれない。 「うおおーっ、きゅー、きぃーっ!」 気合の声なのか、謎の発声を繰り返しつつ、町中を疾走、挙げ句に時々なにやら呪文を唱えているような少年が一人。すれ違う人々が、揃って道を譲っていた。 「屋根の上に人がいるーっ!」 地上から指差されている女性が一人、女の子が一人。女性は時々足を滑らせ、屋根から転げ落ちてはまたよじ登っていく。女の子は素晴らしく速い身のこなしで、障害物を次々と飛び越えていて、どちらも志体持ちだと分かれば目撃した人々も安心だが‥‥どんどん移動するから、その先々で悲鳴が上がる。 「どーろーぼーうー!」 「カラスのことなので、お気になさらずっ」 人通りが多い道を、景気よく大声で不穏当なことを叫んで走る男の子と、その後始末をしつつ一緒に駆けている青年。二人とも、なぜかパンを抱えていて、それがぽろぽろ欠けて落ちていくので、通った後には犬猫がうろうろしている。 「人魂はどうしてます?」 「まだ見えているので、今は使わなくても大丈夫です」 「でも、なんだか糸が段々見えにくくなってきましたよっ」 夕暮れの街中を、異国情緒たっぷりの姿で走り去る青年二人と少女か少年か微妙な者が一人。開拓者ギルドが近いから歩いていれば目立たないが、走っているのは珍しい。何事だろうかと見送る者も多いが、声を掛けるには三人とも急がしそうだ。賑やかに、すみません、申し訳ありませんと繰り返しながら、人の間をすり抜けて走っていく。 まずは、そんな八人がジェレゾの街を飛び出して、西の雑木林に向かっていった。流石に屋根の上やら人家の塀を飛び越えたのがいたもので、警邏の兵士達が出てきているのだが‥‥ものの見事に八人とも振り切っている。というか、気付いていない。 そうして、雑木林では。 「‥‥カラス、いた」 「なんで逆さづりだ?」 夕日の中、かろうじて姿を追いかけてこれた白蛇と雲母が、雑木林の一角で佇んでいた。彼女達の視線の先では、木の枝から逆さづりになったカラスが鳴きわめいている。近寄ってよく見ると、髪飾りにつけていた糸が枝とカラスの足に絡まって、暴れるカラスが宙吊りになっていた。逆さでもカラスは威嚇してくるし、周りには鳴き声に刺激されたと思しき他のカラスが群れているしで、二人が手を出しあぐねていると、他の六人もやってきた。足りないのは、天河と結の二人だ。 そうこうしている間に日が暮れてしまい、カラスも疲れたのかあまり鳴かなくなった。周りには相変わらずカラスが群れているが、 「なんで僕達だけ怒られるのか、納得いかーん!」 ようやく追いついた天河が叫んでも、襲っては来ない。やはり夜は動きがたいのだろう。 結の説明によると、街を出る前に警邏に捕まって、依頼でカラスに盗られた物を取り返している最中だと説明したが、街中だから方法は考えなさいと注意されたらしい。 両者の怒られたと注意されたの違いは、その前にカラスに綺麗に蹴りを決められた者か、その単なる目撃者かの違いだろう。傷にはなっていないが、かなり痛かったそうだ。 そんな蹴りを喰らうのはもちろん嫌だから、那由多が蛇の式を作ってカラスを追い払う。もちろん平野も協力したから、件のカラス以外は飛び去った。 「やれやれ、今助けてやるからな」 件のカラスはイリアが糸を切ってやると、慌てて近くの枝に逃れていった。それをしばらく見守っていると、巣に戻ったので、皆して強襲する。 「二度としないと約束するのだ!」 「あんまり悪さしてると、今度は狩られちゃいますよ」 平野と桐の説教が利いたものか、カラスはイリスの用意した麻袋にあっさりぽい。 後は暗い中で巣から色々つかみ出して、地面に広げて皆で手分けしての確認作業だ。鳥の巣だから時々変なものもあったが、次々と盗られたと聞いていたものが出てくる。もちろん硝子玉もあった。 硝子玉は割を食った天河が持って、他のものは皆で手分けして、街に帰る頃には夏の早い夜明けになっていた。流石に人の家を訪ねるには早すぎるから、まずは黒猫又マスターがいるかもしれない倉庫に向かう。 黒猫又マスターは倉庫で怠惰に寝ていたが、十人がやってくると偉そうに起きて来た。捕まえてきたカラスを、白蛇とイリアから手荒な真似をしないようにと言われたのに、羽を咥えてぶんぶん振り回している。黒猫又いわく、『これで人里には来ない』だそうだが‥‥ 『で、巣はどこだい? 硝子玉を探しに行かないと』 「「「「それは持って来た」」」」 皆して返事をしたら、ものの見事に黒猫又の毛並みが逆立った。 『私が探して、持ち主に返すんだろうがっ!』 硝子玉について何も言わなかったのは、自分で探しに行くつもりだったのかと、黒猫又の善意に感じ入ったのは平野や天河、白蛇、結、和奏、那由多、イリアと少なくなかったが、ここで琉宇が尋ねた。 「なんで?」 『魚くれるから』 「それは、台無しです」 桐が言う通りだった。世の中、言わなきゃいいこともある。 「ふぅん、私達の手柄を横取りとは、猫のくせに生意気な。那由多、やってしまえ」 そして、誰もがきっと何か言うと思った雲母は煙管をくゆらせつつ、これまた偉そうに那由多に命じている。まあ、命じられたほうもやってみたかったので構わないのだが。 猫又って、猫じゃらしに反応するの? 帰って来る途中で那由多が呈した疑問は、何人かの仲間を得ていて、この時に実行された。 『ええいっ、卑怯だぞ!』 「うわぁ、猫じゃらし好きなんだね」 「僕もやる」 「おいらも」 「‥‥僕も」 「俺も‥‥最後でいい」 「私も〜」 これからしばらく、よその家を訪ねるのに適した時間になるまで、裏開拓者ギルドマスターを手玉にとって遊ぶという一時を過ごした十人は、もちろんその後に硝子玉その他諸々を持ち主に返して回り、大変に感謝されたのだった。結は前日尻尾を振り回したこと事への『ごめんなさい』付き。 パン屋さんにも『よくやった』とパンをおまけしてもらって、皆ちょっとずつ幸せだ。 黒猫又には、きっとさぞかし恨まれていることだろうが。 |