猫族救出
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/21 23:54



■オープニング本文

 天儀で神威人と言い、泰国で猫族と呼ぶ獣人は、ジルベリアにはほとんどいない。どんな少数氏族も全て人間のベラリエース大陸では、そもそも獣人が存在していないからだ。
 けれども天儀や泰国と交流が出来てからこちら、たまにジルベリアに渡ってくる者がいて、その中のごく少数が住み着いて、最近ではジルベリア生まれという獣人も時折いる。
 ただし、帝都のジェレゾですら滅多に見掛けぬ種族ゆえに、ジルベリア全体で見れば、その特異な外見は不可思議で珍しいものだ。
 そして、珍しいものといえば、時に売買の対象になるもので‥‥

「うちの息子がさらわれたーっ!」

 開拓者ギルドに、そんな悲鳴が響いたのだった。
 被害者は猫族の商人の息子。猫族というだけあって、猫の耳と尻尾がある獣人だった。
 年齢は十三歳だが、ジルベリアの同年齢平均より少し小さいので一つ、二つは年下に見られることが多いとか。
 そして、何より。

「息子なんだが、うちの仕事は高級乾物の売買なんだが‥‥どういうわけか、女の子の格好をするのが好きなんだ。美人になるって誉められるんだが‥‥」

 見た目は、猫族の猫獣人、十代前半の泰国民族衣装のすごく可愛い女の子、なのだそうだ。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
ロイエンブラウ・M(ia9063
22歳・女・志
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
マーリカ・メリ(ib3099
23歳・女・魔
カナカ(ib3112
17歳・女・泰
九条・颯(ib3144
17歳・女・泰
狸毬(ib3210
16歳・女・シ
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫


■リプレイ本文

 官憲が動いているとはいえ、依頼されたからには開拓者も動かねばならない。
「父親も、いてもたってもいられなくて飛び込んできたようでしてね。依頼を受けたからには、私らも誠実に対処しなきゃならんのですな」
 そんな訳で、現在風鬼(ia5399)は現地で誘拐犯達と睨み合っている官憲の偉い人へ筋を通しに向かったところだった。誘拐犯と間違われては大変だし、手柄の横取りなどと恨まれるのも面倒。子供を助けて、きちんと報酬が受け取れればいいのだから、犯人捕縛の手柄が誰のものでも気にしない。
 自分達が解決してやるぜなんて態度ではなかったのが良かったか、親なら頼めるところは全部回るだろうと偉い人が納得してくれたので、風鬼はあっさりと仲間のところに戻ろうとして、
「他の子供や犯人の年恰好はどうでもいいのか?」
 引き止められていた。

 浚われた子供は、見た目はどうでも全員男の子。もちろん依頼人の子供以外は、ごく普通の少年達だ。共通点は、目鼻立ちが整っているのと、年頃が十二歳から十五歳で、いずれも少しばかり年齢に比して小柄だということ。どうも依頼人の息子だけは身代金目的を疑わせる節もあったようだが、浚う現場を目撃されたので即逃亡に移って、現在に到るらしい。
 誘拐犯のうち六人はいかにも悪党面をした体格がいい男達だが、残りは一人が細身の美男子で、もう一人は十四、五の少年だ。志体持ちはこの美男子と少年と、残りのうちの一番背丈が高い男。
 かなり詳細な情報が事前に手に入って、依頼を受けた面々は大変助かったわけだが、ロイエンブラウ・M(ia9063)はいささか反応が違う。
「ふふっ、美男子に少年‥‥誘拐された子供の持ち帰りは無理でも、こいつらなら誰も」
「いやいや、役人に引き渡すのが筋だろ」
 一体どういう妄想が頭の中を巡っているものか、一人で中空を眺めてほくそえんでいたが、時任 一真(ia1316)の制止は一応耳に入ったらしい。言うことを聞く気がないのは態度で明白だが、まあ叩きのめしたとしても志体持ちを二人抱えて他の者を振り切るのは無理だろう。
 そんなロイエンブラウの傍らでは、一緒に囮役をする手筈の繊月 朔(ib3416)が、少しばかり不安そうな顔付きになっていた。今更面子と作戦の変更はないから、終わるまでは我慢するか、容赦なくどつくか、知らない振りをするしかなかろうが。
 それはさておき、同じ獣人なのでなんとしても助けたいと意気込む狸毬(ib3210)やカナカ(ib3112)、誘拐や人身売買そのものが許せない天霧 那流(ib0755)とマーリカ・メリ(ib3099)、万木・朱璃(ia0029)に、人助けに個人的な意味を見出す時任と、彼とは正反対方向に私情に走っているロイエンブラウ、お仕事はなんでも誠実にの風鬼はいつでも出発可能だったが、
「一つのシマに一種族位は存在すると思ってたのに、まさか存在しないシマがあるだなんてな〜。アヤカシと勘違いして絶滅させたとか言うオチじゃないよな?」
 しみじみと何か考えていると思えば、突然獣人の分布について言い出した九条・颯(ib3144)の誰にともない問い掛けには、はっきりした返答はなかった。ありそうなと考えた者もいるだろうが、人語を解し、ごく普通の社会生活を営む種族がアヤカシと間違えられることは、おそらくない。きっとない、幾らこの国でもないよねと、そんな視線だけの会話が一部で交わされている。
 そういう光景の中、今回が依頼初参加の朔は、囮役を頑張ろうと気合を入れている。

 作戦は、まずシノビの狸毬と風鬼が、官憲から提供された情報を元に誘拐犯と人質達の居場所を捜索。これで見付かったら、囮役のロイエンブラウと朔が、友人を捜しに来た女の子と近所のお姉さんと言う偽装で近付き、捕まるなり、相手を人質から引き離すなりして、人質の安全がある程度確保可能な位置取りが出来次第に捕縛に動く。
 人質の安全が『ある程度』確保となるのは、流石に誘拐犯も人質を使って逃げ回っているのだから、確実に安全な距離は稼ぎ難いと承知しているからだ。囮役の二人が人質を守れる位置に入れればよいが、そうでなかった時に誰がどの子供を救出するのかは、風鬼の提案で決めてある。
 その風鬼と狸毬は、貰った情報で人質や犯人達の居場所と推測されるあたりの道から、森の中に分け入っていた。二人とも抜足でこそとも足音はさせないが、生えている草や下のほうに張り出している木々の枝を払うのには神経を使う。更に見付からないように身を低くしているから、進む速度は実にゆっくりしたものだ。
 気合は十分だが、まだシノビ、開拓者としての経験も少ない狸毬には、相手の人数を鑑みて、移動が大掛かりだろうことに着目して足跡を捜すとか、相手が仕掛けたかもしれない罠にも気を配るといった事柄は、説明は受けられないまでもそれなりに勉強になっただろう。音を聞き分ける技能は風鬼に任せても、追い立てられて歩いた様子の子供達の足跡を見付ける事は難しくない。というか、十二人も移動すると、そこに即席の獣道が出来ているので、いかに見付からずに相手の所在を捜すかということのほうが大事だ。
 ついでに囮が動きやすい経路や、救出と捕縛担当が潜むに便利な位置も確かめて、音を立てないために草葉でこしらえた擦り傷を両手につけつつ、二人は仲間のところに戻ったのだった。

 事前情報がちゃんとしていたので、予想より相当早くに誘拐犯の居場所が特定できたのは、囮役の朔にはよいことだった。幾ら友人思いでも、日が暮れてから人里離れた場所をうろうろしている女の子は怪しい。囮たるもの、信憑性にも気を使ったほうがよい。
 反対に、ロイエンブラウは心中残念だ。日暮れ時に捕まれば、夜に人質を連れての移動は大変だから野営になって、そうしたら個人的に好きなうふふな事態に持ち込めると期待していたのに、まだ真昼間だから。
 こんな二人を送り込んでいいものかとまた誰かが思ったとしても、予定の急な変更は他の調整から組み直しになるので致し方ない。ゆえに、しっかりと手を繋いだ獣人の女の子と若い女性という二人連れが、森の中を人質の獣人の男の子の名前を連呼しながら歩き回ることになった。
「‥‥私の友達はどこにいるんだろう、ロイエンブラウのお姉ちゃん一緒に探してくれてありがとう」
 普段の巫女装束では開拓者でございと言っているようなものだから、目立たない服装に着替えてきた朔が、いかにも人質のお友達という風情を演出しているのに、ロイエンブラウが度々抱きしめる点はまあさておき、二人が狸毬と風鬼が『だいたいこの辺り』と目星をつけてくれた方向に蛇行しながらずんずん近付いて行ったところ。
「たーすーけーてーっ!」
 そんな悲鳴を上げたら、自分達が危なくなると思わないのかと頭を抱えたくなるような声が聞こえたのだった。

 ロイエンブラウと朔の二人が、ずんずんと囮の役目を果たそうと歩いている頃。
 風鬼の先導で残る七人は、誘拐犯が潜んでいるだろう場所に近い茂みまでなんとか到着していた。もちろんこちらの音が聞こえにくいように風下、見えないように鬱蒼とした潅木の茂み。
 ここで一番苦労したのは、大きな翼がある竜獣人の颯だった。当人に責はないが、金色がかっている翼はとにかく目立つ。ついでにあちこち引っかかって音を立てやすい。風鬼と高いところに手が届きやすい時任が道を切り開いて、そこを泰拳士らしい柔軟さでなんとか潜り抜けていた感じだ。
 実際は、巫女の朱璃や魔術師のマーリカも恩恵に預かっていたし、猫獣人のカナカも耳を隠すのに被っていた帽子が枝に引っかかったりせずに済んで大助かりだった。ただ通ってきた道を見たら、こちらも大人数が移動したのが思い切りばれる状態になっている。
 それでもなんとか目的の場所に到着し、時折聞こえる声の方向を、皆で身振り手振りで確かめていた頃合に、囮役二人が移動する音が聞こえてきた。代わりに、今まで聞こえていた誘拐犯達の声が消える。他の音もしないから、わざわざ捕まえて人質を増やそうとは考えていないようだと判断するのに五分くらい。誘拐犯達が潜んでいるのは、那流の心眼の範囲外だったが、念のために確かめても範囲内に移動はしていない。
 囮が捕まって、人質の安全確保なり陽動をしてもらったら行動開始と考えていた朱璃や那流、時任は少しばかり途惑ったが、
「たーすーけーてーっ!」
 悲鳴が聞こえた瞬間には、迷わなかった。

 まだ駆け出し開拓者と呼ばれる颯やカナカ、狸毬にとマーリカからしたら、他の四人の動きは思わず呆気にとられるほどに素早かった。ロイエンブラウも同じく。
 人質を増やす気がない相手でも、潜伏を邪魔した子供とそこにいる別の子供を取り替えることなら考えるかもしれない。そうでなくとも、人質や朔達に対する行動が予想していたより攻撃的になるのは否めない。となれば、とやかく言う前に救出せねばと思うのは、経験の差だろう。そんな判断をする前に、出遅れた五人もそれぞれ全速力で先達を追いかけているのだが。
 特に時任が先頭切って飛び出して行き、状況もよく確認せずに潅木も乗り越え、そこにあった人の輪に加わる勢いで飛び込んだ。続けて駆け付けたのは、すでに太刀「銀扇」を抜き放った那流。
「なんでえ、きっ」
 一応奇襲だが、人質がいる都合上、開拓者側が特別有利なわけではない。それでも誰何の声など上げる悪党は、一声もなく時任が殴り倒した。切り捨てないのは、足元が腐葉土で滑りやすいと見て取ったからだ。
「もう逃げ場はないわよ、どうしても逃げたきゃあたしを倒してごらん!」
 那流が声を上げるのは、相手の注意をひきつける目的がある。人質の四人のうち、助けを求めたのは依頼人の子供だったようで、男の一人が胸倉掴んでいるところだった。そのまま盾にされる前に、挑発めいた言葉を投げつける。
 この頃には、ロイエンブラウも駆けつけていたし、翼に枝葉を絡ませた颯と帽子が脱げ落ちたカナカも誘拐犯達を囲む位置に回りこんでいる。ようやく追いついた朔は、皆の背後で神楽舞・攻の発動時機を窺っていた。
 誘拐犯が直接捕まえているのは依頼人の子供だけだが、子供達は四人とも腰縄で繋がっている。移動のために手足が縛られていないのは良かったが、今のままだと四人まとめて引きずりまわされる可能性もあった。よく見てみれば、掴まえている相手は志体持ちとされる一人だからだ。しかもいかにも腕っ節が強そうな男が相手。
 志体がない男のうち、一人はのされて、残り四人は時任の気に呑まれて動けない。青年は那流とロイエンブラウの二人に睨まれつつ隙を窺い、少年はカナカと颯の怒気に顔を顰めながら、彼我の距離を測っている。人質への距離は、青年と少年のどちらも大きく三歩ほど。
 後は志体持ちの男だが、
「人質を盾にするなんて、せこいことはさせないよー」
 その男が子供達を引きずりまわす前に、姿勢を崩した。早駆で飛びついた狸毬が体当たりする結果になり、一緒に倒れこんだところに風鬼が飛び付いて刃物を突きつける。子供達もまとめて倒れたが、
「子供に近付いたら、もう一発いきますよ!」
「手加減しませんからねっ。バリバリやります!」
 途中で狸毬や風鬼と一緒に物陰に潜んで、攻撃の機会を窺っていた朱璃とマーリカが叫んでいる。丁寧な口調だからといって、やったことは精霊砲やサンダーの攻撃だから、やられた青年と少年は咄嗟に睨み返すことも出来ない。
 志体持ちさえそうだから、時任が睨みあっていた男達などあからさまに隙を作り、二人は時任に叩きのめされた。もう二人は、
「私達猫族を拉致して売りつけるだなんて、許しませんよーっ!」
 尻尾がピンと立った状態で、手甲の飛手着きの拳を右左右左と素早く動かしているカナカが、これまたなぜだか丁寧口調で怒りながら、一人の顔の形を変形させていた。
 もう一人も颯が顔の造形を変更中。こちらの手甲はカナカがちょっぴり羨望の眼差しで見た霊拳「月吼」だから、これでもかって勢いで変わっていく。技能がどうこういう以前の相手なので、単純腕力勝負だ。いかに男女と体格の差があっても、志体の有無が優劣を決める見本のようになっていた。
 残るは志体持ちの青年と少年で、少年は那流と後から加勢した時任の二人掛かりで押さえ込まれている。最初に一撃の後、マーリカから精霊武器を持っていると指摘があったので、魔法攻撃を食らわずに済んだのが幸いだった。
 そうして、青年だが。
「‥‥‥‥」
 ロイエンブラウが、引き摺り倒した上に馬乗りという、人質の子供達にはお見せできないような姿勢で、服を脱がせていた。後に逃亡阻止のためだと言い張っていたが、多分に彼女の趣味だろう。
 邪魔をすると怖い一人は後回しで、子供達から外した縄で他の七人を縛り上げ、ちょっとばかり怪我をしたのは朔と朱璃が治癒をして、誘拐犯達は官憲に引き渡した。
 後は、官憲側の許可も出たので、子供達をジェレゾのそれぞれの家に送り届けたら終わるはずなのだが。
「おうちまで送るから、安心してね」
「全員無事でよかったよ」
「子供は親御さんにとって、世界一の宝物ですからね」
「そうそう、人はものじゃないんだから。うんと厳しく罰してもらわなきゃね」
 朔と颯、マーリカ、那流が子供達を元気付けているのは、問題ない。どちらかと言えば誘拐犯と似通った体格のよい男性ばかりの官憲より、女性がほとんどの開拓者の方が子供達も安心して一緒に歩けるようだった。
 だが。
「この耳とか尻尾とか、ほんとに可愛いです」
「確かに可愛い子だよねー」
 朱璃が依頼の緊張がほぐれて獣人全般への興味を示し、狸毬は素直に依頼人の息子の見事な外見女の子っぷりを賛美していたら、カナカも思わず本音が出た。
「なんで女装なんかするのかしら? 私、なよなよした男の子は嫌いよ」
 これには、人質だった男の子が頷いたり、苦笑したり。でも、言われた方は負けていない。
「このお姉さんが苛めるの〜」
 そう、時任に泣き付いたのである。明らかに、味方してくれそうな相手を選んでいる。
「まあ、まずは親御さんの所に届けるのが優先だろ」
 時任がしがみ付いてきた子供の頭を撫でつつ、大変に理性的かつ当然の発言をしている背後では、誰とは言わないが誰かが『こっちに来い』と呟き、風鬼に斧の柄で頭を小突かれていた。