殲滅! ゴッジダツージ
マスター名:龍河流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/30 21:53



■オープニング本文

 ゴッジダツージの峠。
 峠と言うからには、山の上にある。けれどもそこに至る道はそれほど険しくはなく、山道であっても道幅があって通りやすい。
 そもそもこの峠のある山は高山というほどのこともなく、夏の早い夜明けに合わせて出発すれば、遅い日暮れには峠を通って、反対側に下りられる。連なる山はもっと高く、道もないので、この峠を抜ける道は様々な人々に重宝されていた。
 けれども、この峠には一つ、とんでもない特徴があったのである。

「また出たっ!」
「だあっ、どこからともなく出てきやがって!」

 このゴッジダツージの峠は、何が理由か調べても分からないが、アヤカシが頻繁に居つくことでも有名なところなのだ。
 そして現在、またこの峠にはアヤカシが出没しているのであった。
 しかも、十分様子を伺って、絶対に気配はない大丈夫だと思って進んだのに、突然襲い掛かってくる。気配を消すのが極端にうまいアヤカシだった。

 当然、こんなアヤカシの討伐は開拓者に委ねられた。


■参加者一覧
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
露羽(ia5413
23歳・男・シ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
ハイドランジア(ia8642
21歳・女・弓
李 雷龍(ia9599
24歳・男・泰
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
紫焔 鹿之助(ib0888
16歳・男・志
黒町(ib2020
14歳・女・陰
飛鷹・義経(ib3218
18歳・女・サ
フォルテュネ(ib3227
21歳・女・弓


■リプレイ本文

 突然だが、飛鷹・義経(ib3218)は悩んでいた。
 別に有翼の獣人で、注目されるのがすごく嫌だと言うことではない。騒がしいのは苦手だが、依頼を受けて集まったのだから、多少のことで動じるものではない。同じ獣人なら、竜族だというフォルテュネ(ib3227)もいることだし。
 だが、そのフォルテュネも合わせて、今回の依頼に臨む十名の開拓者の多くが、異様に難しい表情なのが、義経が困惑した原因だった。
「突然現れるアヤカシ‥‥困りましたね。とにもかくにも、退治しないといけない事には変わりないのですが」
「変わった名前の峠ですが、聞くと複雑な心境になるのは何故なんでしょう‥‥」
「ゴッジダツージの峠‥‥何でか分からないのですが、峠の名前の時点で、怪しさと危なさが大爆発な気がするのですよ」
 集合場所にした開拓者ギルドで、李 雷龍(ia9599)、露羽(ia5413)、此花 咲(ia9853)と立て続いてこんなことを口にするとは、とても困難な依頼のようだ。ハイドランジア(ia8642)までが、
「いかにもなにか出そうなふいんきだよねー」
 と、同意を示して、暗い表情で頷いている。彼女は真剣だが、何かが違う‥‥
 それでも、フォルテュネはまだ前向きとみえ、
「ゴッジダツージとかいうアヤカシさんを退治するのです」
 と、持参の弩「火牛」をしっかりと抱え直していた。これに釣られたように、物静かに皆の様子を眺めやっていた黒町(ib2020)も、
「初めての戦闘系依頼‥‥頑張ろうと思う‥‥」
 ささやかながら意思表示をして、その意気だと周りに励まされていた。
 行き先の地名に色々と思うところがある人々が多かったが、仕事はアヤカシ退治。それも二体から六体と、極端に多いわけではない。もう少しいるかもしれないが、狼型のアヤカシとまでは分かっている。あいにくと正確な種別や名称は不明だが、大アヤカシなんてことはないだろう。
 だが、狼型アヤカシでは呼びにくいので、アーニャ・ベルマン(ia5465)がこう提案した。
「ゴジと呼ぶことにしませんか」
 誰も異論はなかったので、アヤカシの仮名称はゴジ。ゴッジタツージは地名だが、なぜかそこから名前が取られている。
 そのまま作戦会議に移行している中、相変わらず義経は誰にも声を掛けられずにいたのだが、
「その煎餅、分けてくれねえ?」
 彼女が大袋入りで抱えていた煎餅が気になる様子の紫焔 鹿之助(ib0888)の一言で、皆がしばし囲もうとしていた卓に、ざらざらと煎餅を撒いた。
「皆、お煎餅食べない?」
 作戦会議がてらの、腹ごしらえである。別に皆を食べ物で釣ろうなんて思っていない‥‥と一人でわたわたしている義経の様子など気付かず、皆、口々に礼を言って煎餅を取った。唯一の例外は、人身牛面の件(くだん)を自称する王禄丸(ia1236)で、単純に牛の面があるためか煎餅は取らず‥‥依頼書をじっと眺めていたが、突然に言った。
「こう、誤字と言っていいかは分からないが、桁を間違えてたりはしまいな。20〜60匹とか」
 そんなに増殖するアヤカシは滅多にいないが、なぜか十人が十人共に『ありえないことではない』と思ってしまったのだった。
 ゴッジダツージ。確たる理由はないはずなのに、妙に不安感を煽る地名である。

 作戦は、気配を隠すのが得意なアヤカシでも探知できる能力で場所を察知して、そこに皆で次々と攻撃を加えていくことを基本にした。加えてフォルテュネの提案で、弓術師はじめ飛び道具を使う者は、鏃などに赤い塗料を塗る。最初の攻撃で仕留められなくても、塗料がつけば居場所を捜すのが容易になるだろう。
 アヤカシの居場所を探る技能は、心眼か鏡弦。どちらも効果が一瞬で、感知直後に移動されるとすぐには気配を追えないが、そのための塗料の準備だ。目や耳が常人より利く者も多いから、発見した順に退治すれば手間取ることもなく、六体くらいはすぐに殲滅できるはずだった。
 そのはずだったのだけれども。
「くっそ、なんだってこんなに‥‥! どーしてこんなになるまで放っておいたんだっ!!」
 ゴッジダツージの峠の手前の山道に、紫焔の叫びが響き渡った。誰もアヤカシを放置していたわけではないのだが、そう言いたくなる気持ちは、他の九人にもよく分かる。
 分かりすぎるくらいに、嫌でも理解できた。
「やはり、間違いだったか‥‥」
 王禄丸が、矢の雨を潜り抜けて足元まで駆け寄ってきたアヤカシ・ゴジを、力任せに切り伏せた。すでに手傷を負っていたゴジはそれで瘴気に還ったが、姿が見えているだけでまだ六体ほどいる。
「神出鬼没に人を襲うのはとても困るんです。それ以前に、こんなにいると邪魔ですし」
 何かもう笑うしかないといった表情で、露羽も合口を振るっている。今までに退治したアヤカシは、見えている数の倍はいたと思うのだが、まだ隠れているらしいから始末が悪い。どれだけいたところで、結局倒すしかないのだが。
 不幸中の幸いは、ゴジは思いのほか弱かったことだ。図体の大きさと見掛けの割に、しぶとさはない。跳躍力はあるが、足はどちらかと言えば遅い。飛び掛ってくることに警戒していれば、弓術師達の矢嵐を簡単には潜り抜けてこられないのだ。あいにくと飛び道具だけで息の根を止めるには、数が多すぎるのだが。
「アヤカツがすごい大量ってこともありえるかもって思ったけど‥‥なんなの、これっ」
 ハイドランジアが、自分の身長の倍もある弓を、全身を使うようにして引きつつ、言わずにはいられない様子で声をあげている。先程誰かが『もう数え切れない』と呟いたが、いっそきちんと数えてみろと言いたくなっていたかもしれない。まあ、彼女自身も数えるのは面倒で放棄したが。
 だって、周りの人々が口々に愚痴をたれるので、敵を細かく数えるなんてことに集中するのは大変だったのだ。どうせ全部退治するのだし。
 ちなみにその周りの人の筆頭アーニャは、なぜだか涙声である。
「この〜、ゴジめっ! よくもこっぱずかしい思いをさせてくれましたね!」
 これは全員が思っていることだが、この峠に向かうことになってから、口の回りがよくないと言うか、発音が不鮮明になったというか‥‥妙に言葉に詰まったりすることが増えた。発音の間違いで、言った事が全然違う意味に取られることも多発。
 その中で、アーニャは先程当人蒼白、周囲も反応に迷う発音間違いを一つやらかし、『お嫁にいけない』と嘆いているところなのだ。何を言ったかは、誰も蒸し返したくあるまい。
 アヤカシの感知をするのは、アーニャと咲、紫焔の役目だったのだが、こんなわけで早々にアーニャが位置指摘役から脱落。まあ、彼女が矢を打ち込んだところに続けて攻撃すればいいことなので、フォルテュネとハイドランジアは弓の向きでだいたいの方向と距離を把握して、遠距離攻撃を継続中だ。
 仮にゴジがこれを突破しても、他の七人がてぐすね引いて待ち構えている。フォルテュネ発案の塗料が役立って、ゴジが茂みなどに飛び込んでも見つけるのは容易だ。
 まあ、数の差はあれ、見付けてしまえば開拓者側の一方的な攻撃なのだが‥‥
「後ろから来ますっ! 皆さん、気をつけてくだしあ!」
 予想外の後方からの気配に、感知した咲も口が回らない。でも内容は伝わったから、後方にいた黒町と義経が振り返って迎え撃った。
 黒町は斬撃符、義経は刀で、ざくざくとアヤカシを切り裂いて瘴気に還したが、どちらもアヤカシと戦うのは初めての二人。そこはかとなく、表情に緊張が漂っている‥‥どころか、義経は緊張で口の端が引き攣っていた。
「緊張は禁物、緊張は禁物、禁物は緊張‥‥てっ」
「えと‥‥大丈夫?‥‥」
 緊張のあまりに口の中を咬んだ様子の義経に、黒町が首を傾げて問い掛けている。返事は腕がじたばたすることで示された。多分、大丈夫なのだろう。声は出ないようだが。
 雷龍は戦闘以外の騒ぎが大きい中、かなり冷静に戦いを進めていたのだが、段々とそうもいかなくなってきた。
「そこにいるのは分かっているのです! 大人しく出てきなさーい!!」
 アーニャが、一見何もいないところに向かって叫んでいる。いやもちろん、彼女の能力はそこにアヤカシがいる事を察しているのだろうが、いきなり叫ばれるとなんともはや‥‥
「気配を消すアヤカシとは、特にこのような地形ですと厄介ですね。どんどん見つけ出して、早々に倒してしまいましょうか」
 露羽の言うことは至極もっともだが、顔が笑顔に見えて、目の色が変わっている。ついでに目が座っていて、微笑みは冷笑だ。
「それにしてもなんきゃ、こうアヤカシのせいかな。ちょっと何か違和感があるんだよね」
 ハイドランジアが感じ続けている違和感は、どうやら口の回りに作用するらしい。そろそろ彼女もこんな違和感とはおさらばしたいと考えているのは、普段なら可愛らしく見える懸命に弓を引く姿が殺気を纏いまくっていることで明らかだ。
「ひょっとして、この的にやられたら台詞がおかしくなったりとか‥‥あ、畜生こんなところにもいやがった!!」
「‥‥‥‥まと?」
 ささやかという事にしたい言い間違いに、黒町が冷静なのか、世間知らずが極まっているのか突っ込んでいるのに、紫焔が気付いていないのは幸いだろう。
「さあこい肉食獣共。草食系に勝てると思うなよ、最近流行りらしいぞ」
 ここで件は肉食しなかったっけとか突っ込む存在がいないことには、感謝したほうがいいような気がした。そもそも一体どこのどういう流行を言っているのか。そこも意味不明である。
「こそこそと隠れていようとも、私にはまるっとお見通しなのですよ」
 咲の言うことはまともだが、その後に『そろそろおむすび食べたいし』と続くのはどうなのか。
 アヤカシとの戦いは何度も潜り抜けていた雷龍だが、こんなにも皆が好きなことを言う体験はない。多分ない。咄嗟に思い出せない。
「開拓者の依頼って、賑やかですねぇ」
「‥‥‥‥」
 フォルテュネと義経がこの輪に入り込んでいないのは、経験の差だろうか。アヤカシに対する開拓者としての恨みなどがないからかもしれない。
 なんにしても、こんなにも殺る気に満ち満ちた開拓者達が、全力で戦っているのだ。嫁の分だの、あの時の恨みだの、おまえのおかげでかっこよさ半減だの、非常に個人的と思われる発言が相次いでいても、ともかく全力。
 やがて、感知技能の持ち主達が口を揃えて『もういない』と断言した。その前に、全員でゴジの逃亡を防ぐべく戦ったし、一、二体はせっせと追いかけて退治した。
 退治したゴジの総数は、誰も数えていなかったのでよく分からないが‥‥六体よりはうんと多かったのは確かだ。何倍もいた。
 しばらく休憩しないと、とてもではないが動けない。
 中には、自分の口走ったことで脱力していた者もいたが‥‥これはもう、お互いに知らない振りをするのがいいだろう。
 アーニャや紫焔があっちとこっちでのたうっているのも、見ない振り。

 その後。
 開拓者達は咲やフォルテュネの指摘で、この峠にアヤカシが引き寄せられる要因がないかどうかを調べて回ったが、どこをどう見ても原因になるようなものは見付からなかった。怪しい祠も洞窟も、遺跡もなんにもない。見るだけなら、単なる峠である。
 依頼が来てから、彼らが到着するまでにゴジが大量増殖していた理由も判明せず。非常に心許ないが、皆で見た限りは、
「この峠は当分安全でしょう。もう人が襲われることがなければ良いですね」
 ようやくその見目麗しさに似合う微笑を浮かべた露羽が言う通りに、安全そのものだった。見るからに美人の露羽が、実は男性だとか細かいことは気にしてはいけない。ここでは、それは無関係だし。
「随分多かったですが、全員大きな怪我がなくて何よりです」
 雷龍もほっとした様子で、怪我人がいないことを喜んでいる。多少の擦り傷程度はあるだろうが、特殊技能の出番がないのはいいことだ。
 同じことを考えているのだろうか、義経は翼の手入れをしている。人が腕を伸ばすのと同じ姿で、一緒に翼まで引っ張っているのは、相当緊張していたのだろうか。といったところに興味を持ちそうな紫焔とアーニャは、まだ復活しておらず、咲は持参のおむすびを食べるのに忙しい。
 咲の場合、これまでの口数の少なさが嘘のようにおむすびの具について語る黒町と、季節別なら何が美味しいかを論じるのにも忙しかった。
 それだけなら平和だったが、やはりあの発生数は謎が残るので、フォルテュネはまだあちこちの茂みなどを覗いている。変わらずなにも異常はないが、またこんなにアヤカシの数が違う依頼など出たら大変だ。
 そう、今回の一桁違うのは、幾らなんでもあんまりだったのである。
「誰の責任だろうな」
 王禄丸がポツリと呟いたのに、反応したのは数名。開拓者ギルドに報告するついでに、依頼書を書いた職員を締め上げちゃえと言いそうな空気が漂っていた。
 その中で、一人だけ別の事を考えていたのがハイドランジアで。
「それにしても変な峠だったけれど、似たような峠がまだまだありそうだね」
 シメキーリ、ハクーシ、スキルミカッセーイ等など。
 彼女がどうしてそんな地名を思いついたのかは分からないが、聞いた九名の背筋になぜか冷や汗が伝ったのだけは、間違いがなかった。

 そうして。
 開拓者ギルドに戻った彼らが、アヤカシの桁違いを責める前に職員に尋ねてみたところ。
「ハクーシって平原はあるよ。時々アヤカシ討伐の依頼が出るところ」
 予想外か、予想通りか、そんな返事があったのだった。