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■オープニング本文 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥ この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。 しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。 「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。 ところは変わって、天儀の開拓者ギルドにて。 この日、滅多に使われることがないギルド奥の個室に通されたのは、明らかにジルベリア人だった。着ているものはもちろん、顔付きから体格まで、天儀で見られる多くの人とは異なっている。ただし開拓者ギルド内で違和感はそれほどなく、強いて言うなら身に着けている物がいずれも高級品であることくらい。 それもそのはずで、来客はジルベリアの高位の貴族だった。何用でかは明かさないが天儀を訪れ、まもなく帰国するところだ。当然、応対するのも相応に経験を積み、ギルドの中で要職にある者となる。 しかしながら、依頼内容は護衛。開拓者ギルドにおいては、珍しいものではない。 珍しいのは、他国に赴く飛空船上での護衛であること。ジルベリア本国から遣わされている船だが、帰りの航路にアヤカシが出る可能性が高い故の護衛だった。 「帝国で飛行するアヤカシといえば、クリッター、ガーゴイル、ドラゴンゾンビ‥‥少し低空になればハーピーや雪喰虫、モラなどですな」 依頼人が挙げたアヤカシは、天儀なら雲骸、鷲頭獅子、死竜、人面鳥と呼ばれている。雪喰虫はせいぜい十センチ程度の小さな虫だが、群れで移動し、人に取り付けば気力、体力を吸い取ると言われている。たまに血を吸う個体も混じっているらしい。モラは巨大な蛾で、こちらも吸血をする。 この中の幾つかは、飛空船が度々被害に遭うアヤカシで、大抵の船はなんらかの対抗策を載せている。それでも開拓者をというのは、航路によほど危険があるのかと思えば、 「レナ皇女がご帰国されるので、万が一にも被害を受けることなどあっては困る」 ジルベリア皇帝の娘で、天儀にしばらく滞在していたレナ・マゼーパが帰国のために乗り込んでいるのなら、いつも以上の警戒もしようというものだ。開拓者ギルドを頼るのは、国家間のやり取りにしたくない思惑が帝国側にあるのだろうか。 「皇女殿下には、アヤカシ討伐は我らにお任せいただくようお願い申し上げた。身辺護衛もいる。アヤカシ討伐に集中して、任を果たしてくれる者を寄越してもらえますか」 皇女であっても前線に立つお国柄のジルベリア帝国だが、流石に何が起きるか分からない飛空船の上でレナ皇女が愛用銃を抱えて走り回ることはないらしい。 ジルベリア行き飛空船の護衛依頼は、飛行方法がある者優先として、開拓者達に提示された。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
ヴァレン・レオドール(ib0013)
20歳・男・騎
オーウェイン(ib0265)
38歳・男・騎 |
■リプレイ本文 皇女の護衛依頼。それが今回の依頼だが、一筋縄ではないことは、他にも出発日を変えて三つも同様の依頼が出ていることで分かる。最初に出発する船団に、対アヤカシが主目的の護衛として乗り込んだのは十人だが、多くは酒々井 統真(ia0893)がぽろりと口にした『そうそう姿は見せられねえか』に頷いていたのだが。 「皇女殿下。私はヴァレン・レオドールと申します。騎士として、貴方様の御身を御護りいたします。この命にかけて、騎士としての務めをまっとういたします」 恭しくヴァレン・レオドール(ib0013)がいささか長い挨拶を向けた相手は、大型飛空船の前に到着した少女だった。いかにも北方の民らしい白い肌に薄い色の髪をして、細い体格ながら銃を担いで歩く姿はなかなか勇ましい。前後を武装は色々の護衛に挟まれているが、ヴァレンとオーウェイン(ib0265)に騎士の礼を取られて、律儀に立ち止まった。 「開拓者か」 「どうぞお見知りおきを」 如才なく名乗って、こちらはサムライの礼を尽くした鬼島貫徹(ia0694)に軽く頷いて、レナ皇女と思しき少女は全員の顔を一回り見渡してから、大型飛空船に乗り込んでいった。 「ほんまにおひいさんって感じやねぇ」 皇女にまるきり緊張した様子がないのに感心していて挨拶をしそびれた華御院 鬨(ia0351)が、目を細めておっとりと微笑んだ。だが、華御院をはじめ、開拓者の誰一人として、レナ皇女その人を見たことなどない。あくまでも、『それらしい』と思うだけだ。 『ゆるりと、いつものように行きましょうか、皆さん』 なぜだか話すのは腹話術の青嵐(ia0508)が、抱えている人形を見事に操りながら言うのに、皇 りょう(ia1673)が生真面目な表情でこう口にした。 「開拓者ギルドと天儀の威信の為にも、傷一つつけることなくお返しせねばなるまい。気は抜けぬ」 確かにそうだが、嵐の壁を越える旅は数時間で終わるものではない。あまり最初から気張りすぎてもと夏 麗華(ia9430)と朝比奈 空(ia0086)が二人して、和やかな言葉を重ねている。 そうでもしないと、白蛇(ia5337)が先に緊張で倒れてしまいそうな様子で、左右をおどおどと見渡しているからだ。 「やっぱり‥‥故郷には‥‥‥帰りたいよね」 それでも、皇女の帰路を守ろうという気持ちは十分に伝わってきた。 囮を使うほどに危険な状況で、でも安全な天儀で居ることをよしとしない態度への共感の度合いはそれぞれだが、依頼を受けたからには全うするのが当然の務めであろう。 ところが。 大型と小型二隻の飛空船に分乗して、相互の連絡手段を一通り説明してもらう。日中は身振りと色違いの布、夜間は松明を振る動作が主な連絡方法だった。もちろん身振りや布の色で、最初から伝える内容が決まっている。緊急なら船内にも聞こえるように、銃声が使われることもある。船団によっても違うらしいが、さして難しくもなく、憶えるのは全員早かった。 更に青嵐が確かめたら、アヤカシと交戦する羽目になっても追い払えれば良く、追撃は必要ないと念を押された。船団もアヤカシを避ける進路に変更するから、はぐれないうちに戻って欲しいわけだ。これが人里近くなら徹底的に叩くが、降りる場所もない空域で無理はしないと、これは船長の弁。 それに朝比奈が船体下方の警戒を指摘して、龍に乗って四方を警戒する開拓者や護衛騎士などの交代順も決めたというのに、その見回りの役が一巡する間には何事も起きなかった。 「何事もないのが一番ですが、こうもないとかえって後が恐ろしいような」 早い時間に見回りをこなし、駿龍・飛嵐の世話もして、甲板上の見張りを手伝っていた麗華が暮れようとする空を見上げて目を細めた。薄暮の時間は近付いてくる影が見通しにくい。夜間ともなれば尚更で、この後アヤカシが襲ってくるとしたらひどく戦いにくい。まず自分も含めた射撃武器を使うものが狙いを定めにくいのは、大きな戦力減だろう。 だが、そんな麗華の緊張とは裏腹に飛嵐は甲板上の龍用の囲いの中で、うたた寝を決め込んでいる。麗華が見れば、多少の物音にも反応しているからのんびりしているわけではないのだが、龍を良く知らなければ緊張感がない姿だろう。 もっとも鬼島など、炎龍・赤石はそう指示されたのだろうがぐっすり寝ているし、当人も甲板にはいるがこれまた熟睡中だ。当人志願で夜間の見張りになっているから、一仕事した後は後に備えているのだろう。主従どちらも、どっかりと妙に偉そうな態度が共通しているのが‥‥船員達に呆れられていた。見方を変えれば、そのくらい余裕があったということだ。 幸いにして夜間も何事もなく、早朝には周辺にアヤカシの気配がないことを確かめてから、しばし皇女が甲板で風に当たっていた。 そんな平和な明け方の光景に比べて、時間が経つにつれて起きた問題はアヤカシより天候の変化だった。嵐の壁を抜けるのとは別の、一般的な変化だが、雲の流れが速い。龍で飛ぶにも苦労するし、なにより視界がめまぐるしく変わるのは警戒する側の神経をすり減らす。 護衛艦、大型船と引き続いて、銃声が木霊する。見張り台からは危険を知らせる黒の布がはためき、尾を引くような笛の音がする。実際は笛ではなく、白蛇の手を離れたオトヒメが鳴いている声だ。後から鐘を叩く音がするのは、見張り台に足を踏ん張っている白蛇が打ち鳴らしているもの。すぐに途絶えたのは、船内外の人々があらかじめ打ち合わせた通りに動くのを確かめたから。 次々と騎龍に跨って飛び出して行く人々が、アーマーの傍らでアヤカシの動きを注視する騎士達がいて、船縁には銃士と弓術師が並んで、すでに攻撃を開始している。 進路前方左側から、黒っぽい雲が近付いてくる。クリッター、雲骸と呼ばれる不定形のアヤカシだ。大きいと四メートルくらいあるが、見たところ一メートルから二メートル。ただし数は多い。どういう認知能力なのか、船団を獲物と見定めたようだ。 「少しばかり、煩くするぞ!」 大型船に乗り込んでいたオーウェインが、超越聴覚の能力を使う白蛇に声を張り上げる。オトヒメが顔をしかめたようだが、白蛇の周りで警戒怠りない姿勢だ。周囲の音を相当遠くまで聴く能力だが、戦闘の音とアヤカシが立てる音を聞き分けて、アヤカシの位置を知ろうとするのには相当の集中が必要だろう。最初から船員が周りの警戒はしてくれる手筈だが、オトヒメがいる限りはその方面には心配はなさそうだ。 ついでにオーウェインは自分の炎龍・フレイムレオンにも、甲板上で船の航行に携わる人々の守りを命じていた。甲板まで近付かせるつもりはないが、視界の悪さと風向きとで万が一ということもある。龍の中でも攻撃に秀でた炎龍ゆえ、背後を守らせるにも適任だ。とはいえ、甲板では本来の動きなど出来ないから、フレイムレオンは不満かもしれないが‥‥今のところは、オーウェインが矢継ぎ早に藍染麗しい弓の弦を鳴らしていた。姿が黒雲では急所の狙いようもないが、当たれば身を捩るように動きが停滞するのは分かりやすい。 背後では、他のアヤカシを疑う音はしないようだと、白蛇が黄色の紐束を見張り台から吹き流している。 同じ黄色と黒の紐を手綱に絡ませ、風の強い宙に飛び出した開拓者の騎龍は八騎。すでに朝比奈は瘴気結界を、華御院と皇は心眼を用いて、アヤカシが現われたのとは別の方向に回っている。クリッターの襲撃を隠れ蓑に別方向から近付く敵への警戒だが、こちらもしばらく後に黄色の紐が流れた。 すぐに皇の駿龍・蒼月、朝比奈の禍火は紐を疎んで、護衛船の上に振り落としたが、華御院の駿龍・壱華はうまく首に絡んだのをそのままに、大型船からつかず離れずの位置を行き来し始めた。同様に大型船近くに留まったのはガウェイン操るヴァレンだ。 残りは、クリッターが作る群れ目掛けて龍の手綱を引いていた。酒々井の駿龍・鎗真が、飛空船に乗っていた時の穏やかな様子を一変させて、まっすぐに空を駆けている。勢い込んだ酒々井の気合が乗り移ったかのような、人龍一体の動きで途中からは酒々井の手から手綱は離れている。 それでも流石に突出はせず、すぐ背後には朝比奈の禍火が続いていた。こちらは小太刀を握った右の手首に手綱が巻きついているが、細かい動きを制御しているわけではない。 「後ろからアヤカシと一緒に撃ってくれるなよ!」 「それはまた、皆様に失礼と言うものでは」 笑いを含んで後方に投げられた声に返す言葉もアヤカシを前にしたものとは思えないが、両方を受け取る位置で重機械弓を構えた麗華も必要以上の緊張はしていない。いかに体を預けた飛嵐の下に大地がなかろうと、振り落とされる心配をすることはなかった。こちらも、当然弓を使うために手綱は帯に挟んでいる。 がっしりと龍の巨体を挟んだ両腿から腰にかけての動き、独特の掛け声、首筋を叩いて送る合図、その他にも人龍ごとに違うだろう意思疎通の仕方で、開拓者の第一陣がクリッターの群れに突撃した。朝比奈の小太刀と手裏剣がクリッターを上下に分断し、酒々井は鎗真の羽刃ですれ違い様斬った雲が伸び上がるのを素早く殴りつける。二人が取りこぼした合間のアヤカシには、麗華の狙い済ました矢が突き立つ。 第二陣は護衛船から飛び立ってきた今回ジルベリア側の騎士も含めて唯一の甲龍・嵐帝にジルベリアの人形を変わらず抱えた青嵐と、赤石共々赤装束の鬼島、蒼月の鱗と揃えた様に青い出で立ちの皇だ。 『形がしっかりしないものは面倒ですね』 「こんな時くらい、腹の底から声を出さんかっ」 相も変わらず腹話術で通す余裕を見せた青嵐は、もちろん鬼島の交ぜっ返しなど気にしない。鬼島も反応はどうでもよいようだ。アヤカシが相手でなければ名乗りでもあげそうな悪目立ちする飛び方で、皇を追い越して斧を振り回し始めた。 「異国の皇女の前で、天儀の開拓者が皆同じと思われてもな‥‥」 皇の呟きは他の誰にも聞こえないが、蒼月は鼻を鳴らしたようだ。同感とでも思っているのかもしれないが、あちらの炎龍は元が好戦的な龍族ゆえに、駿龍の感想はどうあれ楽しそうだ。 青嵐は式の一撃を与えては、少し下がって、アヤカシが船に近付きそうなところに回る。対照的に鬼島は群れの真ん前でその移動をがっちりと妨げる位置。皇は皆の位置取りに青嵐の合図と、見える範囲のアヤカシの位置を大声で指摘しつつ、少しでも味方の陣が薄くなったところに駆けつける。 黒雲の姿をしたアヤカシ故に、有効打が放てたかどうかの見極めをする間に第一陣を擦り抜けたクリッターは幾らかいたし、途中からは上下左右に広がって船へ近付こうとしていたが、ほとんどが第二陣をも突き破るには到らなかった。 それを抜けても、 「あまり出番がないのも、ジルベリア騎士としては歯がゆいところだな」 自国の皇女の護衛だと言うのに、どうも自分の出番がないと嘆いてみせたヴァレンだが、視線は油断なく船に近付くアヤカシがいないか探している。 「うちらの出番があんまりあったら、それはそれで護衛の皆はんがおいやでっしゃろ」 ヴァレンの嘆きを、笑顔でばっさりとやったのは華御院で。確かに護衛の騎士や弓術師、銃士も開拓者だけで対応しきれていない場所できっちりと働いている。特に開拓者の攻撃を避けようとするクリッターを集中射撃で塵に返す連携は見事なもの。途中からは麗華の一撃に、大型船から追随して飛んでくるオーウェインらの矢があって、その反応も素早かった。多分中空からの声を聞いた白蛇が間に入っているが、それだけではない練度が感じられる。 だが、そこまでの人龍、人同士の連携があっても、飛空船が十二分に離れられたところで、クリッターの群れは捨て置かれた。 もうちょっと活躍できると思ったのにとは、誰かの愚痴だか‥‥ 多少の負傷者というか、負傷龍が出なかったわけではないので、朝比奈やオトヒメに癒してもらっている間も、当然交代での警戒は続いていた。 護衛船でもそれは同様だが、青嵐が嵐帝に香草を与えていると、物珍しげに覗いてきた銃士が数名。肉を貰ってくればいいのにと言われるが、あいにくと龍にもそれぞれ好みがある。香草を咬んでいるのが嵐帝の幸せなので遠慮した。 腹話術でしか話さない青嵐だが、そういう稼業の生まれとでも納得されたのか、最初の不審そうな態度が薄れた銃士達が持っているのは酒で、でも当人達が飲むものではない。 「ほぅら、こっちだぞ」 こちらも甘党の酒豪という蒼月が、毛糸玉でも見せられた猫のように慌しく視線を動かしている。もちろんその先にあるのは酒で、皇が近くで頭を抱えていた。開拓者ほどではないが女性も多い護衛達のいい息抜きになったご褒美に、ようやく貰った酒を蒼月は一息で飲み干している。 大型船でも龍達がしばし休んでいるのに、鬼島がもう一度くらいは襲撃があってもいいと嘯いていた。もう少し大見得が切れるくらいの相手でないと、つまらないと言うわけだ。ヴァレンが乱を望むのは良くないなどと言ったところで、性格の違いすぎる相手とは意見が合わない。 ついでに龍達も、自分が休む場所を巡って睨み合っていた。鬼島の赤石の方が炎龍だけあって、実力行使でヴァレンのガウェインを押し退けている。しばらく押したり押されたりしていて、『鬱陶しい』と割って入った酒々井に左右に分けられたが、その当人は慌てた風情の鎗真にくわえて引っ張られていた。立場が逆と、思った人は多数いるが幸いにして誰も言わない。 そして鎗真は、なぜだか飛嵐から一声鳴かれていた。鳴き返している姿は、なんとはなしに世間話のようだ。ちょうど麗華も酒々井になにやら声を掛けていたことだし。 おっとりした性格の龍同士は和やかに鳴き交わしていたが、それが止んだのは人の緊張を察したから。けれどもアヤカシが原因ではなく。 「皇女‥‥様だ‥‥」 妙なところで間を入れて、付き添う護衛に一瞬睨まれた白蛇がオトヒメの陰に隠れたが、船長になにやら説明されていた皇女は朝比奈と彼女をしげしげと見やっていた。治療に当たったことが伝わったのだろう。オトヒメは相変わらず笛の音を思わせる鳴き声で、臆することなく皇女を眺めている。 結局非常に簡素な謝意を受けたのは朝比奈だったが、禍火が傍らで人間どもを睥睨しているから、直属護衛の人々と緊張感を漂わせていた。まあ、朝比奈がどうこうしてもかえって禍火が興奮しそうだし、皇女は皇女で、 「陛下の親衛隊に、似たような顔の龍がいたな」 と動じていない。 戦闘後の壱華の世話を、手足の爪の一本ずつまで確かめて終えた華御院が流石は皇帝の息女などと感心していたら、思い切り視線が合った。天儀流の礼をしてやり過ごしはしたものの、何も言わないのも気まずいなという雰囲気だったので、思わず自分の家業の歌舞伎一座への誘いを口にしてしまう。流石に帰国してすぐにまた国を離れることなどないからだが、『いつジェレゾに来る』と問い返されると苦笑するしかなく。 見れば、直属の護衛の人々も思わずと言った様子で表情を緩ませていた。世間知らずの皇女殿下の噂を思い返した者もいたことだろう。 その後は、強風に吹き上げられたと思しき数匹の雪喰虫が護衛船で発見されて、真夜中に大騒ぎになったが、大軍と出くわすことはなく、皇女は無事にジェレゾに降り立った。 この時に、オーウェインが、 「天儀はいかがでしたか」 と留学の感想を尋ねたところ。 「冬はもう少し寒いほうが身が引き締まる」 そう、返してきたという。 |