蒸風呂奪取(初心者歓迎
マスター名:龍河流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/21 02:56



■オープニング本文

 ジルベリアには、地方にもよるが蒸し風呂に入る習慣がある。
 だいたいは水辺近くに小屋を建てて、その中に炉を組み、蒸気を満たした室内で温まるものだ。薪を燃やす炉の上に大きな石を置いて、熱したその石に水を掛けて蒸気をあげるものが多い。
 この他に、石に掛ける水に針葉樹の枝を入れておいて、水に移った緑の香が蒸気になるのを楽しむとか、労働で凝り固まった体を枝で叩いて解すなんて習慣があったりなかったりする。人によっては、香草や薬草を浸した水を使って、香りを楽しんだり、体調維持に努めることもあるようだ。
 こういうものは都市部より地方によくあり、家族や友人での利用が多い。商売でこれを営んでいるところもあるが、何の変哲もない村の共用財産として維持されているものも少なくはなかった。もちろん、土地があれば個人で所有するのも難しいことではない。

 そして、依頼は蒸し風呂小屋を二つ、村で共同所有している人々からやってきた。
「スノウゴブリンが、小屋を占拠したと‥‥数は分かりますか?」
「十五から二十くらいかな。錆びた剣とか、棍棒を持ってる」
 村には、大小二つの蒸し風呂小屋があり、村人達の娯楽として大事にされていたのだが、ある日アヤカシの群れに乗っ取られてしまったのだ。スノウゴブリンにしても、捕食対象の人間の村が目と鼻の先で、風雨を凌ぐのに楽な建物があれば、嬉々として居座って不思議はない。
 一番近い人家と小屋の間は五百メートル。まさに目の前にアヤカシが居座っている状況で、村人達はひとまず追い出そうと試みたのだが、結果は双方に負傷者を出す痛みわけとなった。アヤカシも警戒したのか、すぐに襲ってくる気配はないが、出て行く様子もない。いずれは襲ってくるだろう。
 村人も小屋に近い家の人々は別の家に避難して、小屋の周囲は交代で見張っているのだが、追い払うには実力が心許ない。スノウゴブリン達が小屋を荒らしまくっているのを、遠目に見ながら悔しがっているしか出来ない状況だ。
 でも、自分達で追い払うにはスノウゴブリンの数が多いので、ここは一つ、開拓者達にお願いしようということになったのだった。

 蒸し風呂小屋は、大きいものが奥行き四メートル、幅八メートル、小さいものが奥行き三メートル、幅五メートルほど。どちらも村とは反対側の川に面して入口がある。
 入ってすぐは脱衣所になっていて、奥が蒸し風呂だ。蒸し風呂が脱衣所の倍の広さだが、窓はどちらも一箇所。その気になれば成人男性が出入り出来るが、大きいものではない。
 小屋の周りは、人家まで果樹が数本植わっているだけで拓けており、見通しはよい。
 村人はアヤカシを退治してくれれば、最悪小屋が壊れ、果樹が倒れてもよいと考えているそうだ。

 もちろん、小屋が無事で済めば、すぐに直して利用したいし、開拓者が希望すれば使用させてくれると言う。


■参加者一覧
/ 小野 咬竜(ia0038) / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 緋炎 龍牙(ia0190) / 井伊 貴政(ia0213) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) / 鞘(ia9215) / セシル・ディフィール(ia9368) / 皇 刹那(ia9789) / セルシウス・エルダー(ib0052) / アーシャ・エルダー(ib0054) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 不破 颯(ib0495) / 琉宇(ib1119) / ミアン(ib1930) / 蓮 神音(ib2662) / 山門 武(ib2971


■リプレイ本文

 開拓者一行が依頼先の村に到着した時、アヤカシとの睨み合いを続けていた村人達はかなり憔悴していた。昼夜通して、目の前にアヤカシがいる状況では気が休まらないのだろう。依頼が出てからこれまで、二度ほどアヤカシの偵察めいたものが向かってきて、村の男手総出で追い返したと言う。
 だから、シルフィリア・オーク(ib0350)はこの依頼を見つけた時に、
『仕事の後に、ひとっ風呂浴びて汗を流せてお給金も出るって至れり尽くせりだねぇ〜』
 と喜んだことは、内緒にした。同様に、セルシウス・エルダー(ib0052)とアーシャ・エルダー(ib0054)と、小野 咬竜(ia0038)と紫焔 遊羽(ia1017)との夫婦二組が、『せっかく蒸し風呂に来たのに』的な事を考えていたりもするが、言わなければ問題はない。
 言うとするならば、
「困ってる人を助けるのが開拓者や志体持ちの仕事だってちぃ姉様はいつもおっしゃってましたし」
 礼野 真夢紀(ia1144)のような言葉であろう。彼女やリエット・ネーヴ(ia8814)、からす(ia6525)、琉宇(ib1119)、石動 神音(ib2662)らの、見た目年少者に危ない仕事を任せるのは、開拓者だと分かっていてもためらいがあった風情の村人達も、心構えが違うんだなあと安心したようだ。
 ゆえに、倉城 紬(ia5229)とリエット、ルヴェル・ノール(ib0363)が村人に、戦闘中は家にいること、開拓者が声を掛けるまでは顔も出さないことなどを徹底するよう願った時にも、素直に頷いてくれた。
 その前に、もちろん周辺の状況や依頼の時と変化はないかなどを尋ねておく。ついでに村人が村の入口に防御柵代わりに立てていた板を、茜ヶ原 ほとり(ia9204)が修理や色々で使用したいと申し出て、了解を得た。村人はまさか、彼女が井伊 貴政(ia0213)や不破 颯(ib0495)、ルヴェルに協力してもらって、小屋近くの川べりに川床を作ろうと考えているとは思いもしなかっただろう。
 ついでに、設楽 万理(ia5443)の荷物に『アヤカシが使っていた小屋なんて、消毒しなきゃ』との思案のもとに大量の酒を持ち込んでいるなんて事も、想像の外に違いない。
 なんにしても、村人が家に戻ったらそのままアヤカシ退治も開始である。大抵は出来れば小屋や果樹への被害は少なくと思っているが、鞘(ia9215)の口にした、
「アヤカシを取り逃がしでもしたら本末転倒だから、全力で往かせてもらうよ」
 これがやはり基本である。
 葛葉・アキラ(ia0255)が人魂での偵察を買って出て、小屋の中にいるアヤカシが多ければ通用するかやってみないと分からないが挑発で誘き出し、セシル・ディフィール(ia9368)と葛葉の大龍符で驚かせたところを強襲出来れば一番楽。なにしろ村と小屋の間の見通しがよいので、アヤカシがどう対処してくるかやや予測が難しいところもある。
 場合により、皇 刹那(ia9789)、リンカ・ティニーブルー(ib0345)、鞘などの弓術師か、それとも雪ノ下・悪食丸(ia0074)、緋炎 龍牙(ia0190)、セルシウス、アーシャ、シルフィリアといった直接攻撃を担当する人々のどちらが先に攻撃するかはまだ不明だが‥‥
「さあ、我らの仕事を始め」
「神音、ごぶりんって初めて見たよー!」
 こちらも弓術師のからすが、全員の配置を確かめてから移動の開始を告げようとしたところ、泰拳士の神音の歓声が割って入った。
 あまりに無邪気な言い様に、村人がいなくてよかったと、思った者が数名いたかもしれない。

 アヤカシ退治に乗り出すのは、十四名。村まで来たのは二十三人だから、おおよそ六割だ。残りの九名は、退治がなった後に速やかに蒸し風呂小屋の修理をするためと諸々の準備で村入口に待機。
 もちろん、万が一で十四名を潜り抜けてきたアヤカシがいれば相手にするのだが、警戒すべきは好奇心や警戒心から村人が出てきた時の安全確保だろう。仮に敵が聞いた数より多くても、倒せないとは皆、思っていなかった。鞘が言っていた通りに、逃亡を許さないのが大事であろう。
 その辺りはわきまえているが、点々とある果樹の影に隠れようとする後方支援担当や、ある程度敵が出揃ってから飛び出す予定の者以外は、村人が見たら驚くほどにのんびりと小屋に向かって歩き出した。アーシャとセルシウス、シルフィリアに琉宇の四人だ。あまりに堂々と近付くので、人の気配を察して小屋から出てきたのだろうアヤカシも様子見の素振りだ。
 琉宇以外の三人は騎士だが、どういうわけか騎士には挑発が技能として数えられている。三人が具体的に何をどうしたのかはさておくとして、合わせて琉宇がブレスレットベルをがんがん鳴らしながらのそれは、相応に効果があったらしい。スノウゴブリンが人語を解するとはついぞ聞かないが、馬鹿にされた気配は如実に伝わったものらしい。
 この間に、葛葉が人魂を放とうと思ったが、小屋の中まで入れるほどには近付けない。仕方がないので、出てきたアヤカシが何体か仲間を呼んだところで、セシルと一緒に大龍符の準備を始めた。他の人々が予定していた位置に到着したら、これでアヤカシどもを一発驚かせてやる手筈だ。
 それだけで全部が飛び出してくるとは限らないが、興奮したところに幻影の龍を見たら、混乱するだろう。順次出てきたものを倒して、最後に小屋の中を確かめればよかろう。
「二つの大龍符‥‥きっと見応えがあるやろうなぁ」
 セシルと一緒になって、葛葉が含み笑っていたところで、とうとうアヤカシが琉宇に向かってきた。もちろん、年少で吟遊詩人の彼が一番殴りやすいと見たからだろう。武装した三人に向かわない辺り、下級と分類されるアヤカシだけのことはある。
 当然のように、琉宇はどんどんと村に近い方向に避難する。真夢紀の加護結界が掛けられているものの、斬り合いをする担当ではないのだ。それを追おうとするアヤカシには、皇やリンカ、鞘が容赦なく矢を浴びせだす。からすは撃ち漏らしがないか、視線をあちこち動かしていた。
 矢がそれたとしても、一瞬でも足止めになれば、
「今ですっ」
 セシルの掛け声と共に、小屋を向かうような姿勢の龍が二体、あちらとこちらに現われた。それを見たアヤカシの警戒の叫びに、更に小屋からアヤカシが出てきて、十体ほどに。まだ最低五体はいるはずだが、きいきゃあ騒いでいるアヤカシに対して、直接戦闘を担当する者達が襲い掛かったのはこの時だった。
 アーシャ、セルシウス、シルフィリアはもちろん、雪ノ下と緋炎もそれぞれまず一体を相手取る。雪ノ下はこの中ではいささか小柄だが、スノウゴブリンは彼の胸辺りまでしかないから、斬り付けるのには有利。
「一の太刀、チェストーーーーッ!!」
 掛け声も勇ましく、目の前のアヤカシが一瞬止まる。そこに渾身の一撃を入れれば、反撃を食らうとしても些細なものになる。
 他の者だと、斬り付けるより叩き伏せるようになっていた。
「行くぞ、緋炎流奥技‥‥ッ!」
 緋炎など、相手に倍するほどの身の丈がある上に、顔は兜や面で隠されているものだから、アヤカシといえども多少興奮が冷めると敵対する愚が理解出来るらしい。あからさまに逃げ腰になるのを、容赦なく刈り取っている。往路の温厚な様子はどこへやら、まさに刈り取ると言った風情だ。
 身長なら大差ないシルフィリアは、性別をアヤカシが考慮するはずもないが、装備がまだ薄く見えるのだろう。逃げようとしたアヤカシの退路を絶つ位置に回ったのに、逃げずに立ち向かってくる。これまた押されることもなく、面と向かって一撃を浴びせていた。
 離れた場所では琉宇が武勇の曲を鳴らしていたが、精霊集積の呪歌は最初に少しばかり出番があったきり。真夢紀の加護結界もやはり最初だけ。もしもの時の白霊弾はほぼ出番がない。
 たまに歓声じみた声が上がるのは、セシルと葛葉が大龍符で足留めを成功させているからだ。
「なにやら楽しげだな‥‥」
 実戦はほとんど初めてのリンカにはそこまでの余裕はないが、小屋から出てきたアヤカシが適度に離れた頃合で矢を射掛けている。近過ぎたら小屋に逃げ戻ってしまうので、間合いを丁寧に計っていた。
 鞘は木苺の茂みに埋まるように身を隠して、器用に矢を放っている。おおむね騎士、サムライの誰かが切り結んでいるアヤカシの背後を狙う位置取りだ。そうでなければ、小屋を出て、まっすぐ逃げようとしているアヤカシ狙い。
 こういうのは一人だけだと、手傷を負わせても次の矢までに逃げられる可能性もあるが、見つけ次第に皇やからすの援護があった。なかなか前衛達が力強いので、弓術師は逃亡阻止が主な任務になっている。術者に向かってくるなら、もちろんそちらが優先されるのだが、その位置は神音がなんとかかんとか、突破されずに守っている。何かにつけ悲鳴みたいな声がするが、決定的に危なくなることはないようだ。
 やがて、ざくざくとアヤカシを切り伏せていたセルシウスとアーシャの二人が、大きなほうの小屋まで辿り着いて扉を開け放ったが、中にはもうアヤカシはおらず。もう一方の小屋は、一体だけ残っていたが、シルフィリアや雪ノ下、緋炎と三人も行ったのでは逃げようもない。
「セラ、怪我はなぁい?」
「おかげで‥‥せいぜい痣か打ち身くらいだろうな」
 まるきり無傷という者はいないが、重傷者もおらず、少々の手当てで大丈夫と言えなくもなかったが、そこは真夢紀が譲らず。せっかくなら蒸し風呂も堪能したい人々は、神風恩寵の恩恵に預かったのだった。

 さて、アヤカシが十四名の戦線を突破できずに続々と瘴気になっていく合間に、残された九名はといえば。
 紬とリエットは村の中を見回って、誰かが言いつけを破って出歩いていないかを確かめている。やはり気になるのか、窓を細く開けて外を覗いている家は多く、一軒ずつにアヤカシ退治は順調だと知らせて回るのも仕事のうちだ。
 小野と遊羽は、村の入口でアヤカシが向かってこないかの警戒中。流石にのんびりはしていられないが、慌てて応援に飛び出す必要もなく、適時様子を他の者達に知らせていた。合間に、ちょっとばかり蒸し風呂小屋の心配をしているが、その内容が『いつ入れるかな』になっているのはご愛嬌だろう。
「アヤカシだからよくわかんないけどゴブリンが住み着いた小屋って超臭そう! 掃除よ、掃除!」
 全員頑張らなきゃ駄目よと気炎を吐いている万理は、村から薪の提供の段取りを付けて、借り出した大きな鍋を傍らに様子を見守っている。持ち込んだ酒もあるが、小屋には排水の設備があると聞いて、まず熱湯で消毒してやると準備万端整えているのだ。
 だが一番不可思議なのは、ほとり主導で不破、ルヴェル、井伊の四人が鋸や手斧を使っていることだろう。貰った板の大きさを揃えて、川床にするべく木工作業中だ。わき目もふらず、一心不乱に作業しているのは、そうでもしないと色々と間に合わなくなりそうだからだ。この後は、掃除もあるし、蒸し風呂も堪能しなくてはならないし。
 そんな感じに、はっきり言ってアヤカシ退治の展開にはほぼ心配などしていなかった居残り組だが、もちろんアヤカシ戦を済ませた人々を労わることは忘れなかった。支援だってもちろん考えていたけれど、必要なかったのでせめてもこのくらいはという気持ちもあったろうか。
「さあて、では掃除と工事の両立ですが‥‥こちらはどうしようかな」
 流石に疲れて戻るだろう仲間に、甘い飲み物でも用意してあげたいと考えていた井伊だが、準備で忙しくて材料はそのまま置きっぱなしだ。どこかの台所を借りるなりしないと大変だし、さてどうするかと悩んでいたのは少しの間のこと。体を休めがてらに、そちらはやってくれるという者が複数いたので、小野や不破、ルヴェルと一緒にまずは木材を運ぶ。ほとりは他の道具を、万理、紬、リエット、遊羽は掃除道具を抱えて移動である。
「不破よ、魔術師に力仕事要員を期待するとは如何に」
「あちらの人達に運んでもらうよりは、よほど頼りになるはずだが?」
 ルヴェルがわざとらしく嘆いて見せたが、不破はびくともしない。アヤカシ退治終了の連絡に家から飛び出すように出てきた人達は、掃除だけなら自分達でやると言ってくれたのだが、川床作成計画者が『ぜひ驚いてもらいたい』と主張したので、残党確認とか色々と理由をつけて留まってもらったのだ。それがなくても、不破が言うように志体持ちのルヴェルの方が力はあるだろう。掃除に用いる水も運ぶのだと慣れも必要だが、水は目の前の川から汲めばいいので、木材や道具だけなら志体持ちの彼、彼女達には軽いものだ。
 もちろん、村人に言った残党のアヤカシがいることも一応警戒して、それぞれに武器などは持参しているが‥‥その辺りも退治担当が確かめてくれたから、あまり心配はいらないだろう。
 幸い、今回のアヤカシは小屋で人間を襲撃したわけでもなく、アヤカシの常として死体も残らないから、小屋の中は万理が予想したほどには汚くも臭くもなかった。でも床は泥だらけだし、木っ端や石ころなどが入り込んでいる上、所々に切りつけたような傷もある。窓は蝶番が外れて、今にも落ちそうだ。
「窓は俺が直そうか。水汲みも遠慮なく言えよ?」
 小野がベタ甘にものを言うのは、もちろん愛妻の遊羽に対してだが、
「じゃあ、これとこれとこれに汲んできて! よろしく〜」
 最初に反応したのはリエットだった。その傍らで紬が途惑って小野と遊羽を交互に見ているが、その程度で怒ることもなし、速やかに掃除は始まった。汲んできた水は、幸いに壊れていなかった炉に乗せた大鍋にあっという間に投入され、万理ががんがんに火を焚いて、沸かした熱湯でまずは室内全部を消毒してやるとやっているので、結構何度も水汲みが必要だったけれども。
 なにしろ、まずは泥汚れを洗い流して、残ったゴミを拾い集めて外に捨て、先に傷んでいるところを確かめてから熱湯消毒だ。特に腰掛けたり、肌が触れる場所は念入りに。ついでに、ちょっと順序が前後しているが、煙突のすす払いまでやってしまう。
「よく考えたら、泥汚れくらい気にしない生活もしてた気がするけど‥‥アヤカシの気配の欠片も残したくないわよね」
「洗い流して、一度拭いて、それから水拭きと乾拭きを二度は繰り返したいですね」
 万理が躊躇いなく香り袋も提供したので、最後はそれを浸した水で濡らした布で拭こうと紬が一計を案じている。多分に気持ちの問題だが、やはり万理が言うことには、皆が同意していた。
 リエットは床をごしごし拭きながら、服の裾や髪が床に落ちそうになるのを、遊羽に直してもらっている。その遊羽は、ばっちりたすき掛けでてきぱき働いていた。
 一休みしてから、手伝うと申し出た退治担当の応援もあって、後で確かめに来た村人が前より綺麗と言ったくらいに、ぴかぴかに磨き上げられた小屋に仕上がったのは、日暮れまで少し時間を残した頃だった。
 それと同時進行で、主な作成面子が四人の川床作りも順次応援を増やして進められていた。村で休んでいると、アヤカシがいなくなったことで安堵した村人達が何をどうやったのかなどと尋ねに来るので、話し上手でない者は避難してきたとも言う。
 あいにくと小屋の近くで川床を作れそうなところは限られている上に、川の中に土台を作ったりするのはどう考えても時間がない。ついでに普段の川の様子を知らないと、水位の変化も分からないので、川べりに露台風に板を張って涼むようにすることにした。
 それでも柱を埋め、板を巡らすのだから、事は簡単ではない。掃除は応援もいるから大丈夫と送り出されたほとりは、鼻歌交じりに土を掘ったり、柱を埋めるのに木槌を振るったりしていた。本当に力が必要な仕事は、もちろん男手が担当だが。
 井伊に到っては、ここで強力の技を使って力仕事を進めている。時間の都合で人に任せたが、料理に携われないのは彼には辛い。不破がいい風呂と夕涼みのために、ルヴェルが湯上りの一杯を、それぞれ楽しみに作業に勤しんでいるのに、まだ働きたいらしい。
 動機はどうあれ、力仕事がばりばりと進むので、作業はそこそこ手早く進んでいた。板がすでにあったのが一番の理由で、それを巡らせた土台の上に打ち付ければ完成というところまで行く。
 だが。
 本職が大工ではない開拓者達の手では、日があるうちに全部の作業を終わらせるには慣れが足りず、それ以前に小屋の様子を心配した村人達を残った人々が留めて置くにも限度があった。やはり村の共有財産、様子が気になるのである。
「‥‥見付かってしまいました」
 未完成状態を見付けられたほとりは肩を落としたが、川床なんて天儀の風流な習慣は知らない村人が『洗濯場』と口走ったのでなおいっそう萎れている。この誤解は、ルヴェルが川床の情緒溢れる楽しみ方を滔々と説明して解けたが、彼の背後で不破や井伊が知恵を仕込んでいる場面もあったのは秘密だ。
 でも、将来的な使われ方には洗濯場も加わることだろう。もちろん蒸し風呂の後に涼むのに最適とは、説明された村人達も大きく頷いたところである。
 ちなみに、完成が翌日になりそうだと知らされた村人が、大工仕事が得意な数人を連れて来てくれて、土台に少しばかり手を加えて積雪があっても容易に崩れない丈夫さを追加した川床は、なんとかかんとか夕暮れが消え去る前には最低限の形を整えたのだった。あったら嬉しい低めの手すりなどは、雪で潰れるからなくなっているけれども。
 まあ、予定よりちょっと‥‥かなり小さいのは致し方ない。座って涼むとしたら、せいぜい五、六人、一家族くらいというところか。

 アヤカシ退治も終わり、蒸し風呂小屋も直して、掃除もし終えたら、ここしばらくの疲れを癒すのは村人からと思った開拓者もいるのだが、村の人々はこれでようやく安眠出来ると早々に家に引っ込んでしまった。皆を歓待したい気持ちはあったようだが、それも申し訳なさそうに明日の昼にでもと言うくらいだから、この面子ではさほどの敵ではないアヤカシも相当の脅威だったのだろう。
 ゆえに蒸し風呂は、開拓者達の使いたい放題になったのだが、
「遠目でも、姿が見えるのもよくないよね。僕は絶対見たりしないけど」
 琉宇が言った通りに、蒸し風呂の後に涼みに出てきたら、隣の小屋を使っていた異性とばったりというのはいただけない。互いにその気がなくても、気まずいものだ。中には『遠目ならいいんじゃない?』とか『夜だから見えないでしょ』なんて豪儀な女性もいたりしたが、まあ、これらは琉宇をからかう冗談だろう。
 そんな訳で、男女別で男性が先、女性が次で、夫婦ものは最後となった。おそらく最後になった二組には、そのお熱さへのやっかみよりもなによりも先に『この人達を先に入れたら、自分達の番が回ってこない』という警戒心があったのだろう。男性が先になったのは、単なる順番決めの賭けの結果である。

 夜のこととて、アヤカシはもういないとしても獣への警戒はしたほうがよいから、周りには贅沢に篝火など焚いて、大きな小屋のほうを使用した男性は七人いた。最初は皇が辞退しようとしていたのだが、そんなことをされると楽しめないと他の圧力で引きずり込まれている。
 使い方はルヴェルがだいたいこんな感じと説明して、室内に蒸気をあげて、皆でだらだらと汗を流す。皇はどうも会話に加わったりするのが不得手らしいし、緋炎も面を外すのには抵抗があったようだが、それならそれだとルヴェルが室内が真っ白になるくらいに蒸気を作っていた。
「湯に浸かるのもよいが、こういう蒸し風呂も悪くはないな」
 体の中から悪いものが出て行くような心持ちだと、のんびり堪能したのは雪ノ下や慣れているルヴェルだが、まだ発育途上の琉宇は早いうちにのぼせてきている。そうかと思えば、不破などは、
「あぁ、甘味をつまみに酒が飲みたい」
 同行の士が限られるだろう、酒の飲み方の好みを披露していた。別にこの中で飲んではいけない決まりはないが、あいにくと涼みながら飲むと決めて酒瓶は川に浸けてある。涼みがてらに取って来て、また中で飲むという方法もあるが‥‥そこまで蒸し風呂を長時間堪能するには、後を待っている人々が気に掛かるというもので。
 十分に汗を流した男性陣は、早々に小屋を出て、川床の出来栄えを楽しみつつ、しばしの涼やかな時間を過ごしたのだった。のんびり一杯やるのは、村に戻ってからになりそうだ。
 ジルベリアは天儀に比べると、日が暮れた後にはずいぶんと冷えるのだが、蒸し風呂の後は確かに心地よい風情だった。さぞかし湯上りの一杯が美味しかろう。

 男性陣に比べると、女性陣は大分賑やかだった。
「やはり身だしなみには気を配りたいからね」
 蒸し風呂への慣れもあろうか、シルフィリアが精油を持参して、蒸気にはよい香りが混じっている。その蒸気の上がり口を、セシルが覗こうとして熱さに驚いていたが、彼女がやらなくても誰かが同じ事をしただろう。
 なにしろ、ジルベリア風の蒸し風呂の体験は初めてという者が大半だ。あれこれ珍しがって、先ほどは精油を入れすぎてむせ返る羽目にもなっていたし。もちろんシルフィリアが入ればそんなことにはならないが、二手に分かれていたので、いない方ではそんな失敗もあったのである。
 女性ばかりでも、中には真夢紀のようにシャツを羽織ったままで入っている者もいたが、大抵は天儀で風呂に入る時と気分は同じ。湯船がないので汗をかくばかりで綺麗になるのかと心配する向きもあったが、それにはリンカと神音が対応していた。
 リンカはほとりが大量に持ってきていた手拭いを蒸して、肌を擦る方法を実践して、皆が真似ている。合間に互いに適温にした湯を掛け合ったりして、きゃらきゃらと笑ったり、これはこれで賑やかだ。
 リネットが紬の髪を流して、梳いてやろうとしたら指に絡んでしまい、ほとりやシルフィリアの手を煩わせたが、それはそれで楽しいものである。髪の手入れの仕方など、あれこれと話題も尽きない。
 そうかと思えば、神音は『蒸し風呂だったら垢すりが一番』と、一緒に入った女性陣を次々とごしごし擦りたてていた。手拭いだからたいして痛くはないが、丁寧にやると時間が掛かる。ましてや頼んだわけではないが、順番で全員となると‥‥あとの者はのぼせてきた。
 神音は全然平気だったが、鞘とセシルが最後とその前でふらふらになって、他の人々に支えられて川床にやって来ていた。そのまま川に飛び込みそうだったが、眩暈がするのに実行したら開拓者でも危険すぎる。
「あの暑さとこの清清しさ‥‥病み付きになりそうです」
 セシルの意見はもっともではあるが、のぼせていては説得力にやや欠ける。結局、からすが先に淹れて冷やしておいた茶を貰って休み、他の者は好みで茶や酒、ついでに羊羹といった甘味を楽しみつつ、葛葉が吹き出した笛の音に耳を傾けることしばし。
 最後は万理が使っている虫除けの薬を分けてもらって、せっかくすべすべになった肌に虫さされの跡などつかないように気を配ってから、きっと待ちくたびれているだろう二組の夫婦に蒸し風呂を譲ることになった。
 もちろん、男性陣もしてくれたように、自分達が使った後はちゃんと掃除してある。

 はてさて、最後に回されていた四人が待ちくたびれたり、退屈していたかといえば、きっとそんなことはなく。
 挙げ句にこの後は誰が使う予定もないし、のんびりと使えるわけで、大分夜が更けたことも気にしてはいなかったようだ。元より、ここの大半が農家の村人のように、日が暮れたら早々に休んで、夜があける前に起き出して来る生活というわけでもない。
 もし問題があるとしたら、涼みに出てかち合うことくらいだろうが、近くに人の気配があれば互いを避けるくらいは事もなしと思ったのか、どちらも相手方のことなど気にしない。
 そして違いは、セルシウスとアーシャの夫婦が肌に塗りこめたり、筋肉を揉み解したりと使える香油を持参していたのに対し、小野と遊羽の夫婦はとっときの酒を持ち込んだことくらいだろう。
 中で彼と彼女が何をして、語り合ったかは余人が知るところではないけれど、
『願わくば、このままずっと‥‥』
 一緒にいたいと願うのは、互いを想い合う二人には当然のことだっただろう。